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あれだけ派手に戦っていた一帯が、急に静まり返った。
藤原拓哉は後方に向かって倒れたため、尻から落ちたとはいえ後頭部もモロに床に打ちつけている。
六枚の手札もあちこちに散らばっている始末だ。
「……こいつが悪いんだ。こいつが悪いんだあああ! 俺は忠告をしたはずだ、降参しろと! そうだ、こいつが悪いんだ。俺は何も悪くない!」
顔の右半分が火傷でただれた高津洋二はそう一人ごちると、高らかに笑い始めた。
本当は藤原拓哉の元へ駆けつけたい。流石に心配だ。とはいえ選手に試合中触れることは出来ない。
「一之瀬さん!」
自分の勝負を終えた風見雄大が僕の元に駆け寄ってくる。
「藤原は……」
「分からない。ただ、あと一分だ」
この大会には、三分以上何もしなかった場合は遅延行為として棄権扱いになるルールがある。藤原拓哉が倒れて既に二分。
高津洋二のカイリキーLV.Xの攻撃で藤原拓哉のサマヨールが気絶したので、次は藤原拓哉が新たなバトルポケモンを選ばなくてはならない。
今の藤原拓哉の場はバトル場は不在。ベンチにはベンチシールドをつけたネンドール80/80、超エネルギーが二つついたゲンガー110/110。残りサイドは四枚。藤原拓哉のヨノワールLV.Xが、そのポケパワーの効果でスタジアムカードとなっている。
一方の高津洋二のバトル場は、闘エネルギーが三つつき、なおかつ強力な存在感を放つカイリキーLV.X130/150。そしてベンチにはパルキアG LV.X40/120に、ネンドール40/80。さらに、残りサイドはあと三枚だがサマヨールが気絶したためこの後一枚引くことができる。
様子を見ても圧倒的に高津洋二が有利だが……、まずはそれ以前の問題。残り時間は三十秒を切った。立ち上がれるのか?
気づけばいつの間にか藤原拓哉のぼうぼうにはねていた銀髪が、綺麗にまっすぐに伸びていた。
痛みが走った。
「ああっ! くっ、うう……」
完全に気絶してしまったパートナーの人格の代わりに、せめて僕が立ち上がらないと。
左腕が焼けるように痛い。そして完全に動かせない。左腕が揺れるだけでも痛みが走る。体の節々が痛い。打ちつけた後頭部も、たんこぶくらいはあるだろうか。
まだ無事な右腕を支えに、なんとか立ち上がる。
「そんな馬鹿なっ!?」
あの一撃で決まったと確信していたのか、立ち上がった僕を見てたじろぐ高津。
「僕はバトル場に、ゲンガーを出す!」
手札を拾う前にまずゲンガーを出さないと。バトルテーブルのベンチにあるゲンガーのカードをバトル場へとスライドさせる。
三分以上何もしなければその時点でもう戦いは終わってしまう。それだけは。それだけは避けないと。
「藤原っ!」
後ろから風見くんの声が聞こえる。振り返って、うんとだけ頷く。
「あれだけダメージを受けて、どうして!?」
「それは、……負けられないと思ったからだ!」
「くっ、サイドを一枚引いてターンエンド!」
ターンエンドと同時に、スタジアムカードになったヨノワールLV.Xのエクトプラズマの効果が発動する。
このカードがスタジアムとしてあるなら、ポケモンチェックのたびに相手のポケモン全員にダメージカウンターをそれぞれ一つずつ乗せるという効果だ。
高津のポケモンは皆苦しみもがき始める。そして今のHPの状況はカイリキーLV.Xが120/150、ネンドールは30/80。そしてパルキアG LV.Xの30/120となる。
自分の番を始める前に、まずは床に散らかった手札を拾わないと。手札を持っていた左手はこの有様だから、手札はバトルテーブルの端に置くしかない。
……。痛覚、いや触覚を共有していないことが唯一の救いだった。僕らは視覚、聴覚、嗅覚を共有しているが、それ以外は何も感じられない。例えば僕が何かを食べていても、パートナーの彼がその味を知ることはない。
同様に、僕も彼が受けていたダメージを受けることはなかった。ただ、自分が主人格に戻った時には傷の痛みを感じたが。これだけの傷を負うほどのダメージ。彼はそれに耐えて相当頑張ってきたんだ。その努力を無駄になんて絶対にできない!
「よし。僕のターン!」
このデッキは僕のデッキではなく彼のデッキ。彼がこのデッキで戦っているところは何度も見たが、自分で運用するとなると使い方がよく分からないのだ。
だから、今の僕に出来ることは。
彼がもう一度目を覚ますまで、ひたすら時間を稼ぐことだけだ。
……。手札は七枚ある。右手で引いては、それをバトルテーブルの端っこに広げる。彼が考えに考え抜いて作ったデッキのカード達。
しかし、待てど待てど彼はまだ起きない。そろそろドローから三分が経つ、何かしなくては。でも、何をすれば……?
「うん、ゲンガーをレベルアップさせる!」
バトル場のゲンガーが、よりパワーアップしてゲンガーLV.X140/140となる。この大会ではまだ出してない、彼の本当のエースカード。
彼のデッキは非常にややこしい。処理もややこしいが、なにより手順がややこしい。
ただ単に目の前のバトル場のポケモンを攻撃するだけでなく、バトル場もベンチも、時と場合によればそれ以外も。自分の場も相手の場も、縦横無尽に動き回るプレイングは、見ていて痛快だが行うのは非常に複雑。
そして僕にはそのプレイングを再現するほどの腕がない。彼の軌跡をなぞるだけならまだしも、臨機応変に動くことなんて……。
「サポーターカード発動。オーキド博士の訪問! デッキから三枚ドローし、その後一枚手札をデッキの底に戻す!」
三分経つ前に再び動く。しかし引いたのはいいがどのカードを戻すか。手札には超エネルギーが三枚もある。一枚くらい戻してもいいよね……。
疑問抱きつつひとまずそれをデッキの底に戻す。
手札にはたねポケモンがない。余ったエネルギーは、ゲンガーLV.Xにつけるか。それともネンドール、いやいやつけないという選択肢もある。
「手札の超エネルギーをゲンガーLV.Xにつける!」
迷った挙句、ゲンガーLV.Xにつけることにした。あとは……。ポケパワーを使うとか? ゲンガーLV.Xには非常に強力なポケパワー、レベルダウンがある。このレベルダウンは自分の番に一度使え、相手のLV.X一匹の、LV.Xのカードを一枚はがしてレベルダウンさせ、そのLV.Xのカードをデッキに戻すという強力なモノ。
ただ、高津の場にはLV.Xポケモンは二匹。カイリキーLV.Xを戻すのか、それともパルキアG LV.Xを戻せばいいのか……。
「ベンチのネンドールのポケパワーを発動。コスモパワー! 手札を二枚戻して二枚ドロー!」
お願い、そろそろ起きて……! もうこれ以上君のプレイングを妨げずに時間稼ぎをすることは出来ない。
後はゲンガーLV.Xのポケパワー、或いは攻撃を残すのみ。サポーターは一ターンに一度しか使えないし、手札には出せるポケモンや使えるグッズカードはない。
この三分、この三分以内に!
(……待たせたな)
その声が聞こえた瞬間、再び僕の感覚は遠のく。
理由は分からないが、俺が主人格になると髪の毛があちこちにはねる。俺の荒々しい、及び攻撃的な性格を上手く現わしているかのようにも見える。
俺が気を失っている間に場は多少変わったようだが、なるほど。相棒がなんとか凌いでいてくれたのか。
「……すまんな」
(当然じゃないか。こっちこそ君にばっか辛い思いさせて……)
「けっ、こんなもん大した事ねえ。……おい! そこのクソ野郎!」
「っ!」
声をかけられ驚く高津。あれだけの傷を負わせたのに、俺が立ち上がってくるということに対する驚きが大きいようだ。
「自分を認めないヤツを叩きつぶすだのなんだのほざいてやがったな。俺様がいーことを教えてやる。他人を信じない奴、なおのこと自分自身を信じない奴を認めてくれる人はいないってな!」
全ての手はずは相棒が整えてくれた。百点満点とは言わないが、及第点には間違いない。
少し休めて体調も多少良くなった。やられた左腕はいまだ焼けるような痛みを発しているが、耐えれないわけじゃない。
どっちにしろ、この痛み、傷を落ちつかせれるのはこいつをブッ倒してからだ。
「多少自分に分があるからって良い気になってんじゃねぇぞ! ゲンガーLV.Xのポケパワーだ! レベルダウン!」
バトル場のカイリキーLV.X120/150の体に黒い靄(もや)がかかる。その黒い靄の中でカイリキーLV.Xの苦しそうな声が響く。
「レベルダウンの効果でカイリキーLV.Xをレベルダウンさせ、LV.Xのカードはデッキに戻してシャッフルしてもらう!」
「デッキに戻すだと!?」
カイリキーLV.Xのポケボディー、ノーガードは危険すぎる。このカードがバトル場にいるかぎり、このポケモンがバトルポケモンに与えるワザのダメージと、このポケモンが相手から受けるワザのダメージを+60させるもの。
自分もリスクを負うのだが、それと同時にこちらも非常に怖い。たった威力20のワザが80になって飛んでくるのだから。
レベルダウンしたカイリキー100/130、これでノーガードのことは気にせず戦える。
「へっ、一気に潰してやる! ダメージペイン!」
ワザの宣言と同時にゲンガーLV.Xが右手を真上に振り上げると、上空から一立方メートル程の紫色の立方体が三つ、それぞれカイリキー、ネンドール、パルキアG LV.Xの元へ降り注ぐ。
「ぐおおっ!」
爆発と風のエフェクトを起こすこの強烈な攻撃は、ダメージカウンターが既に乗っているポケモンに30ダメージを与えるワザ。
生憎高津の場のポケモンは皆ダメージカウンターが乗っている。ダメージを受けたポケモンに、さらなるダメージを与えるというワザだが、しかもこれはエクトプラズマとの相性も良好。
ポケモンチェック毎に相手にダメージカウンターを一つずつ乗せるエクトプラズマで、傷ついたポケモンに追い打ちをかけるダメージペインというわけだ。
煙のエフェクトが晴れてようやく辺りを見渡せるようになった。残りHPが30しかないネンドールとパルキアG LV.Xは気絶。さらにカイリキーも大ダメージ。このワザはダメージを与えるワザなので、バトル場のポケモン限定だが弱点計算をする。よってカイリキーが受けるダメージはその分を計算して30+30=60ダメージ。これで残りHPは40/130。
「サイドを二枚引く。けっ、サイド差二枚もあっという間に埋まるもんだな。ターンエンド。そしてターンエンドと同時にポケモンチェックだ。エクトプラズマでダメージを受けてもらう!」
カイリキーが再び悶絶する。残りHPは僅か30/130。何も攻撃しなくても、このままでは次の高津の番の後に10ダメージ、俺の番の後に10ダメージ、そしてさらに次の高津の番で10ダメージ受けて気絶だ。
そのとき、そのまま高津が新たにポケモンを出さなければ、サイドはまだ残っているが高津の場に戦えるポケモンがいなくなり俺の勝ちとなる。自分のターンも終えたので、そっと右手で左腕を押さえる。
「どうしてだ、くっ、俺のターン! ……そうだ。そのゲンガーLV.Xさえ倒してしまえばお前のベンチには非攻撃要員のネンドールしかいない。それにネンドールが攻撃するにしてもワザに必要なエネルギーは二つ! まずはこのターンでゲンガーLV.Xを倒し、その次のターンにネンドールを倒してしまえばもう何も問題はない。エクトプラズマの効果で倒れる前に勝つことは出来る!」
「このターンでゲンガーLV.Xを倒すだと? カイリキーLV.XなしでこのHP140を一撃で倒すとはついにそのチンケな頭も終わっちまったか?」
「だったら見せてやる! カイリキーに闘エネルギーをつけて怒り攻撃だ。このワザは元の威力60に加え、自分のダメージカウンターの数かける10ダメージを与えれるワザ! 今のカイリキーに乗っているダメージカウンターは十! よって与えるダメージは160となる!」
「ひゃ、160だと!?」
「そうだ! それでゲンガーLV.Xは気絶となる! だがその前にお前自身が持つかどうかだが。今度は右腕をもらう! さあ、行けっカイリキー!」
高津の右人差し指が今度は俺の右肘を指差す……瞬間を逃さなかった。
「このタイミングで!」
思いっきり大声を出してやる。すると大げさなほどに高津の体は震え、そのせいで右人差し指は狙いを外れて俺の首の右側、右腕の上側。つまりは虚空を指した。
そしてカイリキーは何事もないようにゲンガーLV.Xへ攻撃を仕掛ける。
「バーカ、ブラフ(はったり)だよ」
カイリキーの渾身のパンチがゲンガーLV.Xの顔面を殴りつける。だが、俺の右肘には何の衝撃もない。
「貴っ様ああああ! ブラフか!」
「身を守るためだ、悪く思うなよ。そしてこれで完全にお前の能力(ちから)は見切った。お前は相手に衝撃を与えることが出来る能力を持っていて、なおかつどこに衝撃を与えるかを指定することが出来るようだが、ワザの宣言時に自分の指で指したところにしか衝撃を与えることが出来ないようだな。現に左肘に衝撃を与えたときは攻撃宣言時に左肘を指し、今も俺の右肘を指差そうとした。俺自身、体がふらふらで避けるなんて急な動作は出来ないし、バトルテーブルの前から離れると棄権扱いになるからな。こうでもしなきゃ避けられねぇ」
「しかしそれでもゲンガーLV.Xは気絶!」
「調子に乗んなよ! ゲンガーLV.Xが相手のワザで気絶したときにこのポケパワーは発動する。死の宣告! 俺がコイントスをしてオモテだったら、こいつを気絶させたポケモンも気絶させる!」
左腕を押さえていていた右手をそっと離し、バトルベルトのコイントスボタンを押す。
「これでオモテが出ればお前のカイリキーは気絶っ! ベンチに戦えるポケモンがいないからその時点で俺様の勝ちだ!」
「なっ、なんだと!?」
画面に表示されたのは、オモテ表示のコインだった。
「残念だがこれまでだ!」
倒れたゲンガーLV.Xの影がカイリキーの方まで伸びていき、その影がカイリキーの首をしめつける。残り僅かだったカイリキーのHPバーは0を刻んで決着が着く。
勝負がついたと同時に、高津の体が糸の切れた操り人形のように倒れる。バトル場にいたポケモンや、あのスタジアム、エクトプラズマの映像が消え、元の会場に戻る。
「お前の敗因は、この俺様に一度でも恐怖したことだ。俺、いや、俺らが立ち上がった時にお前は確かにビビッたろう? その恐怖が後からでも目に見えたぜ」
デッキの片づけは後回しだ。後ろを振り返れば風見と一之瀬が。
「おい一之瀬! これで良いだろ? 俺らはもうここらで限界だ。左腕が動かねえし立つのもやっとだ。休ませて……くれよ」
右腕を支えに使い、ゆっくりと仰向けに寝転がる。無理のしすぎか、意識が落ちるのは早かった。
能力者は勝負に負けると能力を失う、らしい。理屈は分からないが、まだ分からない以上はそういうものだと思うしかない。高津はこれを機に俺のようにやり直すことが出来れば、……な。
拓哉(裏)「今回のキーカードは俺様が使ったゲンガーLV.Xだァ!
レベルダウンにダメージペイン。どれもこれも使い時が複雑。
さらにレベルアップ前のゲンガーも複数種類がある。プレイヤーの実力が試されるってやつだな!」
ゲンガーLV.X HP140 超 (DPt4)
ポケパワー レベルダウン
自分の番に1回使える。相手の「ポケモンLV.X」1匹の上から、「ポケモンLV.X」のカードを1枚はがし、レベルダウンさせる。はがしたカードは、相手の山札にもどし、山札を切る。このパワーは、このポケモンが特殊状態なら使えない。
超超無 ダメージペイン
ダメージカウンターがのっている相手のポケモン全員に、それぞれ30ダメージ。
─このカードは、バトル場のゲンガーに重ねてレベルアップさせる。レベルアップ前のワザ・ポケパワーも使うことができ、ポケボディーもはたらく。─
弱点 悪×2 抵抗力 無−20 にげる 0
プラスルが弾き跳ばされる。エアームドのとても固い鋼の翼に。タイプ相性上は有利なはずなのに、体格と強さが桁違いだ。
これが最強のトレーナー。ザフィールは唾を飲み込む。対面すれば相手に与えるプレッシャーは他のトレーナーの比ではない。
「さっきまでの勢いはどうしたんだい? 終わらせてもらいたいんだね」
「なにを!」
エアームドの鋭い嘴がザフィールの心臓に狙いをつけていた。そしてその重量のある体ごと突っ込んできたのだ。ザフィールが新しいボールを投げる前に、黄色いプラスルが青白い電気をまとってエアームドを弾くように突進した。空中で電気を逃がすものもなく、エアームドは動きが止まったおもちゃのように地面へと落ちる。
プラスルも無傷とはいかず、右の耳元に嘴を受けて血を流していた。エアームドと二度もぶつかり、そのダメージは決して小さくない。けれど、プラスルは起き上がって一度だけザフィールを振り向いた。そしてダイゴの方を向く。再び電気を身にまとい、威嚇する。手出しはさせないと。
電気のダメージが予想以上に酷かったようで、エアームドはダイゴの命令に従えるようにも思えない。それなのに労る素振りも見せず、労る言葉もかけず、無表情でダイゴはエアームドをボールに戻す。思わずザフィールがアンドロイドか、と小声で口走った。聞こえたのか聞こえてないのか、次のボールを投げる。
現れたのはプラスルの体長よりも遥かに高いボスゴドラ。見た瞬間に、ザフィールはプラスルに戻るよう命じた。その瞬間、ダイゴと目が合う。殺気立つアクア団を相手しているようだった。
「ダイゴさん」
「なんだい? 降参ならいつでも認めてあげるよ」
「貴方、本当にダイゴという人物なんですか? ヒトガタの話、とても普通の人が知ってるとは」
「何を言ってるんだい、僕は人間だよ。正真正銘のね。君みたいな人の形をした藍色の珠じゃないんだよ」
ダイゴは嘲笑う。
「だからなんですか」
ザフィールは静かに言った。
「俺はそう言われた。カイオーガともつながってた。けれど俺とダイゴさんの違いはなんですか。勝手にそう生まれて裏切られて死にかけて、俺には自分の意見を言う権利もないんですか!?」
ボスゴドラが静かに動いた。ザフィールの目の前に何もポケモンがいないのだから、その太いしっぽの一撃は致命傷になる。ダイゴはそれを容赦なく命じた。片方だけのヒトガタなど必要ない。言った通りに、ザフィールにはもうヒトガタとしての役割すら期待していない。
大きな音がした。波を蹴る大きな音。同時にボスゴドラは横切る青に飲み込まれ、そこから姿を消す。大きな巨体がダイゴとザフィールを分けるように鎮座していた。
「あの時のホエルコか。全く知恵ばかり回る」
ホエルオーの大きな口の中からボスゴドラのしっぽが見える。どんなに力があっても、体格差では勝てないようだ。ただダイゴの他のポケモンがそうであったように、桁違いの強さを持っていてもおかしくない。今もホエルオーのしっぽが苦しそうに上下に暴れている。
「進化すれば強くなる。本気でそう思ってるの?」
ホエルオーが飛び跳ねる。大きな体だから地震のように揺れた。口の中の異物を吐き出した。ボスゴドラの体がずっしりと地面に落ちる。
「さあボスゴドラ、暴れておいで。突進!」
「今だイトカワ」
ザフィールの合図と共に、大量の海水が辺りを濡らす。ボスゴドラはそれを嫌がり、地面にうずくまる。鋼の鎧が海水に濡れた姿は、海底に沈んだ鉱物を連想させた。固唾をのんでボスゴドラの動きを見つめる。それ以上は動かないようだった。
ダイゴはその冷たい表情のまま、やはりいたわりの声すらかけずにボールに戻した。機械的な動作で新たなボールを投げる。そこにポケモンと共に生きて来たトレーナーの雰囲気は全くない。ザフィールはヒトガタと言われた自分よりも人間ではないように感じていた。
「こんな子供に手こずるなんて正直思ってなかったよ。片方だけのヒトガタなんて恐れるものでもない」
ダイゴの手から投げられたボールが、無機質な4本足の鋼鉄を吐き出した。
「もう終わりにしよう」
ダイゴはそれをメタグロス、と呼んでいた。容赦のない言葉をダイゴはメタグロスに伝える。目の前の人間を全力でつぶせ。ザフィールの耳にもはっきりと聞こえるように。
「誰が終わりなんかに、させるか!」
ホエルオーがその巨体でメタグロスを押しつぶすように転がる。地面が揺れる。重心を低くし、まっすぐホエルオーを見た。完全にホエルオーの下に入っているメタグロス。身動きを封じた。ホエルオーの向こうに見えるダイゴの表情は動揺もなにもなく、ただ無表情。生気のない人形。
「じしん」
もっと大きく揺れた。ザフィールは思わずよろけ、ダイゴから視線を外す。ホエルオーの体が転がってくる。ボールをかざし、戻すと、目の前にメタグロスの巨体が目の前に迫っていた。
その素早い足をもってしても、追跡するメタグロスの攻撃からは逃げられない。腹に重たい一撃が入り、体は吹き飛ばされる。勢いは止まることを知らないようだった。痛みに呼吸すら満足にできない。足音に目を開ける。
「君が死ねば予備のヒトガタが使える。僕たち人間が生きるためにヒトガタは必要だ」
「ふざ・・・けんな」
マツブサもダイゴもなぜこんなわがままがまかり通る。人のことを道具としか見ず、一方的に必要だとか必要ないとか、なぜそんなことが許される。人の形をしたものは、なぜこんなに憎まれて排除されなければならない。
生まれたのも一緒だ。子供だったのも、ポケモンと出会ったのも。何が違う。何がヒトガタだ。そんなもの、必要なポケモンなど生かしておくことが間違いではないのか。
「協力もできないヒトガタなんて要らない。ラティオスとラティアスもそう言っている。僕は人を殺すんじゃない。出来損ないのヒトガタを始末するだけだ」
「……ガーネットも、俺も、出来損ないなんかじゃない」
「よくそんな事が言えるね。口だけは達者だ。片方だけを残して死ぬ紅色の珠も、それを助けられない藍色の珠も出来損ないにしかならない」
「……あいつが、帰ってくるなら、なんだって、してやる。それで、お前の、言ってること、全部嘘だと、証明してやるよ!」
メタグロスがその4つ足で近づいてくる。その足で頭を踏みつぶされれば耐えられるはずもない。
「さようなら。次はまともなヒトガタに生まれてくるといいね」
無表情でダイゴはメタグロスに命ずる。メタグロスの足の一つが眩しい銀色の光を発した。そしてそれはポケモントレーナーにあるまじき行為。
「コメットパンチだ」
「いくらダイゴさんでもザフィールに手を出すなら覚悟してくださいね」
メタグロスの重量が吹き飛ばされた。地面に少しめり込み、メタグロスがダイゴを見る。しかし彼は一人の少女に取り押さえられていた。その存在はそこにいる人間たちを驚かせる。
「ガーネット……? ガーネット? 本当に、ガーネット?」
ザフィールに名前を呼ばれ、ガーネットは振り向く。
「私は一人しかいないわ」
視線をダイゴに戻す。そしてダイゴの片腕を持ち上げた。
「私ならダイゴさんの腕くらい、簡単に折れます。これは脅しじゃありませんから」
下に伏せたダイゴの腕をねじりあげる。人間の関節ならどんな大男も悲鳴を上げるはずだった。それなのにダイゴの顔は表情一つ変わらない。
「なぜ、君がここにいる? まさか、君がなぜ、ラティオスとラティアスの言葉は絶対で嘘など、嘘などない!」
「いるからいるんです。これ以上、私だってダイゴさんを傷付けたくありませんので」
黄緑色の妖精が彼女のまわりを飛ぶ。その軌跡がきらきらと輝いていた。そしてダイゴの目の前に来ると流暢な言葉で話し始めた。
「哀れな人間。心を閉ざしてひたすら言うことを聞くだけの道具にされて。もう大丈夫。僕が思い出させてあげるよ。君の楽しい思い出を」
聞いたことのない美しい音色の風が響く。冷たく閉ざした心に響く風。春風のようにとかして行く。
その瞬間。ダイゴのまわりからドス黒いオーラがあらわれる。そしてそのオーラは風にとけ込み、消えていった。その方向をしばらくみつめ、気絶したダイゴを優しく地面に寝かせると、まっすぐにザフィールを見る。
「どうして、どうしてここに」
少しずつ近づいてくる。ザフィールは痛む体を押さえて起き上がる。夢なのか幻なのか。そこに存在し、手を差し伸べている。すがるようにザフィールはその手を掴む。
「どこいってたんだよ。ずっと会いたかっ」
「この犯罪者がああ!!」
痛いところをさらに掴まれてザフィールはぐふっとしか言えなかった。
「マグマ団なんかにいて、あんなことになって! 心配したんだから! ザフィールのバカ! バカぁ!」
強い力で体を揺すられて、ザフィールの世界はシェイクされている。こんなことできるのは一人しかいないし夢でも幻でも絶対にない。
「……ごめんなさい」
「バカ」
信じられなかった。こうしてまた話していること、ガーネットが抱きついて来たこと。彼女の体はマグマに焦がされた匂いと、硫黄の匂いが少し混じっていた。めざめの洞窟と同じ匂いだ。
「お前こそ、最後の最後であんな告白されて俺がどんな気持ちになったか考えたことあるのかよ……」
次に言いたい言葉なんて出て来なかった。ずっと会ったらまずなんて言うべきか考えていたのに。
「ザフィールこそ、私が寝てる間にしてたの気付かれてないとでも思ってるの?」
「えっ、もしかして三回も気付かなかったフリしてたのかよ!」
「え、三回もしてたわけ!?」
ザフィールは突き放された。ガーネットは怒ったような表情で彼を見ている。うっかり言ってしまい、ザフィールは必死で視線をそらそうとする。
「信じられない。三回も一方的にキスされて、今さら断れるわけないでしょ」
けれどその言い方は柔らかかった。再び目が会った時、ガーネットは微笑んだ。
「だから最後は返事のつもりだった。けどザフィールが解ってないようなら言ってあげる。私はザフィールが好き」
改めて言葉に出して言われると、ザフィールもどう反応していいか戸惑う。
「ザフィールが昔にどんなことやってようと、私は貴方が好き」
「……予想外すぎる」
たくさんの嬉しいことが一度に起こり過ぎた。ガーネットに再び会えて、そしてさらに一番欲しい言葉をもらって。
「男の子がそんなメソメソ泣かないの」
「解ってるよ。解ってるけど」
嬉しい感情が溢れていた。ザフィールの白い髪をガーネットが撫でる。
「嘘じゃないよな。全部夢じゃないよな」
3ヶ月越しの言葉を言うため、ザフィールは深く息を吸う。
「俺はガーネットが好きです」
絶対に受け入れてくれないと思っていた。初めてマグマ団とバレた時に好きだと自覚するのと同時にそれを覚悟していた。だからこそこっそりと伝えることしかできなかった。それなのにはっきりと口に出して自分の感情を伝えることができる。堂々と唇を重ねることができる。初めてでないようで初めてのキスは少し潮風が混じっていた。
俺のサイドは残り四枚。バトル場には水エネルギーが二枚ついたボーマンダ40/140。ベンチにはギャラドス130/130、炎エネルギーが二枚ついたバトル場にいるのとは違うボーマンダ140/140、ヤジロン50/50。
向かいにいる長岡恭介のサイドは五枚。バトル場にエレキブルFB LV.X120/120、ベンチにヤジロン50/50、雷エネルギーが二つついたピカチュウ60/60、雷エネルギーが三つついているピカチュウ60/60。スタジアムは長岡が発動させたナギサシティジム。
「俺のターン!」
引いたカードはネンドール。そして他の手札はコイキングとボーマンダLV.X。どのカードも俺の目指す構想に必要なカード。コスモパワーで戻しにくい。
いくら相手の場にエネルギーが溜まっているといえいるポケモンは皆小物。ここは多少リスキーな立ち回りでも問題ないだろう。
「ベンチにコイキング(30/30)を出し、手札からヤジロンをネンドール(80/80)に進化させる」
ネンドールのポケパワー、コスモパワーは手札を一枚か二枚デッキの底に戻して手札が六枚になるまでドローするもの。今左手で持っている唯一の手札、ボーマンダLV.Xは俺にとっての文字通り「キー」となるカード。俺は長岡のように運が良くないし、それに長岡と戦うといつも(高校でたまに戦っている)運気が下がる。これをデッキに戻して自力で引くのは分の悪い賭け。
カードゲームにおいて「確実」なことなどほとんどない。俺は常に「不安」と戦い続けなければならない。せめてボーマンダLV.Xが手札にあるという僅かな「確実」だけでも手にキープしておかねば。
「ベンチのボーマンダのポケパワーを発動。マウントアクセル!」
ボーマンダ140/140が右足を持ち上げると、それを振り下ろして地ならしし、ズシンと辺りに響かせる。
「このポケパワーはデッキの一番上をめくり、それが基本エネルギーならボーマンダにつけ、それ以外の場合はトラッシュするポケパワーだ」
ボーマンダの頭上に降ってきたカードはギャラドスのカード。これはポケモンのカードだからトラッシュしなければならない。
「む……。だったら攻撃だ。ボーマンダで直撃攻撃!」
勢いをつけたボーマンダの突進がエレキブルFB LV.X120を襲う。直撃は相手の弱点、抵抗力、すべての効果を無視してダメージを与えるワザ。その威力は50。正面から直撃を受けたエレキブルFB LV.X70/120。大きい体が真上に飛ばされ、そのまま地に落ちる。
「よっしゃー! 俺のターンだ。ドロー! まずはベンチのヤジロンをネンドール(80/80)に進化させる。そしてポケパワー、コスモパワーを使わせてもらうぜ! 手札を二枚戻し、五枚ドローだ」
俺とは違って手札が潤う長岡。手札の枚数の差が歴然となった。手札の数だけ可能性、翔が良く言う言葉だがまったくもってそう思う。
いきなり笑みが浮かぶ長岡。
「ふっ、まずはグッズカードのワープポイントを使う! 互いのバトル場のポケモンをベンチのポケモンと入れ替える!」
ワープポイントだと? 長岡のベンチにはピカチュウ60/60二匹にネンドール80/80一匹。エネルギーがついていなくてワザでダメージを与えれないエレキブルFB LV.X70/120を入れ替えてピカチュウを出すつもりか?
俺のベンチにはコイキング30/30、ネンドール80/80、ギャラドス130/130、ボーマンダ140/140。コイキングを出すのは愚の骨頂。ネンドールを出してもバトルは出来ない。ボーマンダは俺の切り札、ボーマンダLV.Xを最大限に活かすためには少しでもダメージを受けさせたくない。となるとギャラドスか……。たしかに雷タイプが弱点だがピカチュウ程度の攻撃。そしてギャラドスはエネルギーがなくても攻撃出来るワザ、リベンジテールがある。
「俺はギャラドスをバトル場に」
バトル場のボーマンダ40/140とギャラドスが渦に呑まれると、互いに場所を入れ替えるように渦から出てくる。
「なら俺は雷エネルギーが二つついたピカチュウをバトル場に出すぜ」
長岡の方も同様にポケモンの位置が入れ替わる。
「さらに雷エネルギーをピカチュウにつけ、ライチュウ(90/90)に進化させる!」
「進化か……」
考えない訳ではなかったが、実際に進化されると幾分つらい。いや、そういえば前のターンにミズキの検索でライチュウを手に入れていたな……。ここまでの展開はあいつの予想通りということになるのか?
「そしてグッズカード、プレミアボール。デッキかトラッシュのLV.Xポケモンを一枚手札に加える。俺はトラッシュからライチュウLV.Xを手札に!」
「だが進化させたターンはレベルアップは出来ない」
「もちろん分かってるさ。だからこのグッズを使うんだ。レベルMAX!」
「レベルMAXだと……!」
あのカードの効果は、コイントスをしてオモテの場合、自分のポケモン一匹をレベルアップさせるカード。進化させたターンはレベルアップ出来ないという制約を破ることが出来るカードだ。
「……オモテ! よし、レベルアップさせるぜ!」
再びライチュウLV.X110/110が現れる。だがあの厄介なポケボディー、連鎖雷を行うには手札の雷エネルギー二枚をトラッシュさせるワザ、ボルテージシュートを使う必要がある。それに対して長岡の手札はたった一枚。なのでボルテージシュートは使う事が出来ない。ネンドールのポケパワーを使ったあいつに手札補給の機会はない。
「じゃあ手札を増やすぜ。サポーター発動。バクのトレーニングだ!」
「それで勝負に出る気か!」
「デッキの一番上からカードを二枚ドロー。そしてこのターン与えるワザのダメージが10プラスされる!」
たった二枚しか引かないのにそれで雷エネルギーを二枚引くのは至難の業だ。流石にそこまで運よく行くはずがない。……と信じたいが。
「手札の雷エネルギーを二枚トラッシュし、ライチュウLV.Xで攻撃。ボルテージシュート!」
「っ!」
宣言と同時に紫電が俺の場を襲う。ベンチにいるネンドールに向けて発射された紫電はネンドールに触れると爆風と砂煙のエフェクトを巻き起こす。
「うぐあっ!」
「ベンチのポケモンに攻撃するときは抵抗力や弱点を計算しないぜ。ボルテージシュートの威力は80。ただ、バクのトレーニングで与えるダメージがプラス10される場合は相手のバトルポケモンに攻撃した場合のみ! だからネンドールには80ダメージだ」
最大HPが80のネンドールには一撃だ……。
「ネンドールが倒れたことによってサイドを一枚引く。そしてライチュウLV.Xのポケボディー、連鎖雷はこのポケモンがレベルアップした番にボルテージシュートを使ったなら、もう一度攻撃のチャンスを得るもの。よって追撃だ! 炸裂玉を喰らえッ!」
巨大な電気の集まりの球体がバトル場にいるギャラドスに襲いかかる。早いボルテージシュートに対し緩やかな炸裂玉だが、ギャラドスに触れた途端爆弾でも落ちたかのような轟音が鳴り響く。
ギャラドスのHPは130あった。そして炸裂玉の威力は100。しかしギャラドスの弱点は雷+30の上、バクのトレーニングの+10効果もあるので受けるダメージは100+30+10=140ダメージ。ギャラドスのHPを上回ってしまった。
「くっ、ここまで想定内かっ」
「いいや、多少の偶然もあるぜ。ボルテージシュートを使えたこととかな。さてと。炸裂玉は自分の場のエネルギーを三個トラッシュしなければならない。俺はピカチュウについている雷エネルギーを三個トラッシュ」
このターンだけで長岡がトラッシュしたエネルギーは五枚。そして倒したポケモンは二体。痛手にも程がある。
「俺はボーマンダ(40/140)をバトル場に出す」
「サイドを一枚引くぜ。これで逆転だ」
そう、俺のサイドは四枚だが長岡のサイドは三枚。あっという間に逆転されてしまったのだ。
やはり格段と強くなっている。元々の運に加え、立ち回りなどといったプレイングもいい。自分の運を過信しすぎる点もあるが、ある程度のリカバリは想定しているようだ。
とはいえ簡単に引き下がるわけにはいかない!
「俺はまだまだ上を目指す! 行くぞっ! ドロー!」
引いたカードは水エネルギー。一番欲しいカードではない……。しかも先ほどドローエンジンのネンドールを気絶させられたために俺はデッキからカードを新たに供給することが一切できない。
「くっ、水エネルギーをベンチのボーマンダにつけて、こいつのポケパワーを使う。マウントアクセル!」
マウントアクセルの効果でデッキの一番上を確認する。しかし一番上はエネルギーではなくポケモンのエムリット。効果によってトラッシュしなくてはならない。
「ついてないなー」
「俺はお前と違って運は最悪だからな。しかたあるまい。ボーマンダで直撃攻撃」
ボーマンダの突進する一撃でライチュウLV.Xにダメージを与えていく。HPは60/110まで削ったがまだまだ残っている。
「今度は俺のターン。まずはベンチのピカチュウのポケパワー、エレリサイクル。その効果でトラッシュにある雷エネルギーを手札に加えるぜ。そしてこの雷エネルギーをベンチのエレキブルFB LV.Xにつける」
エネルギーをつけるということはワザを使わせるという事。エレキブルFB LV.Xはベンチにいてポケパワーを使う置物というわけではないのか。
「手札からサポーターのミズキの検索を発動。手札を一枚戻し、デッキから好きなポケモンを一枚加える。俺はライチュウを加える。そしてネンドールのポケパワーのコスモパワーを発動。手札を一枚戻し、デッキから五枚ドローだ」
俺のデッキは残り二十六枚だが長岡のデッキは僅か十四枚。ドローが自由に出来ない俺との差がここにも顕れる。
「手札を二枚トラッシュし、ベンチのコイキングにボルテージシュートだ!」
再び鋭い紫電が俺のベンチを抉る。80ダメージを与えるワザに対しコイキングのHPはたったの30。
二つ前の俺のターンでコイキングをベンチに出したのは失敗だったか。思惑ではこいつをギャラドスにし、リベンジテールでエネルギーなしの90ダメージを与え続けるはずだったが……! しかしギャラドスを引けなければなんの意味もなかった。
そもそもコイキングを出した番、まだライチュウLV.Xはピカチュウだった。進化してもライチュウはベンチのポケモンを攻撃出来ないと油断していた。まさかベンチにも攻撃出来るライチュウLV.Xがあっさりサルベージされるとはな。
「サイドを引いてターンエンド」
連鎖雷はレベルアップしたターンにしか発揮されない。二撃目はないものの、それでも俺と長岡のサイドの差は二枚になった。
「……。俺のターン」
くっ。今引いたカードがギャラドス。しかしコイキングがいなくなってはもうどうしようもない。俺のトラッシュには四枚のコイキング。つまりデッキにもサイドにももうコイキングはいない。ギャラドスが手札で腐ってしまった。
「ベンチのボーマンダでポケパワーだ。マウントアクセル!」
ここでもデッキの一番上のカードはクロバットG。このカードのポケパワー、フラッシュバイツはこのポケモンを手札からベンチに出した時、相手のポケモンに10ダメージ与えるポケパワー。
もしもギャラドスでなくこのカードを引いていた場合、ベンチにクロバットGを出してライチュウLV.Xに10ダメージ与え、ボーマンダの直撃で50ダメージ与えれば気絶させることが出来たものを。とことんついていない。
「仕方ない。ボーマンダで直撃攻撃!」
この一撃でまた50ダメージを与え、ライチュウLV.XのHPは10/110。そう、クロバットGさえ引けていれば!
「一気に畳み掛けるぜ。俺のターン! ベンチのピカチュウのエレリサイクルを発動し、トラッシュの雷エネルギーを一枚手札に戻す。そしてベンチのエレキブルFB LV.Xに雷エネルギーをつける」
長岡のトラッシュにある雷エネルギーはあと五枚。
「コスモパワーを使うぜ。手札を二枚デッキの底に戻して三枚ドロー! 続いてベンチのネンドールにポケモンの道具、ベンチシールドを使う。ベンチシールドがついたポケモンはベンチにいてもダメージを受けない! さあライチュウLV.Xで攻撃だ。分裂玉!」
ライチュウLV.Xから炸裂玉と同じように大きな球体が発せられる。しかし、それが半分に分割されてそのうち一つは俺のボーマンダに。もう一方は長岡のベンチのエレキブルFB LV.Xに向かって飛んでいく。
「ぐうっ!」
再び光と風の激しいエフェクトが。
「分裂玉の威力は50! それに対してボーマンダの残りHPは40だ。当然気絶になる!」
ボーマンダのその大きな体が力を失くして倒れていく。
「そして分裂玉のもう一つの効果。このライチュウLV.Xについているエネルギーを一個、ベンチポケモンにつけかえる。俺はライチュウLV.Xの雷エネルギー一枚をベンチのエレキブルFB LV.Xにつけかえる!」
これでエレキブルFB LV.Xについている雷エネルギーは三つ。エレキブルFB LV.Xはテキストに書かれている全てのワザを使えることになる。
「俺はベンチのボーマンダをバトル場に出す」
「サイドを一枚引いてターンエンドだ!」
長岡の残りのサイドはたった一枚。そして俺にはベンチポケモンがいない。あとはこいつを信じるだけだ。このボーマンダ一匹で、サイドを四枚取らなければ。
「たとえどんな状況に追い込まれたとしても、俺は勝負を諦めるわけにはいかない! 行くぞっ!」
このターンのドローで引いたカードはクロツグの貢献。これも違う。欲しいカードではない。しかし俺にはボーマンダLV.Xがある。
「ポケパワー、マウントアクセルを発動する。デッキの一番上を確認し、それがエネルギーならボーマンダにつけ、そうでないならトラッシュする。……炎エネルギーだ!」
ようやっと成功した。これでボーマンダについているエネルギーは四枚。
「サイドの差は三枚。そして俺は背水の陣。しかしそんなことを全てひっくりかえすことのできる、圧倒的力を見せてやる! 来いっ、ボーマンダLV.X!」
バトル場のボーマンダがレベルアップし、ボーマンダLV.X160/160となる。レベルアップしたときに大きく雄たけびをあげるボーマンダLV.X。威圧感は十分。
「ボーマンダLV.Xがレベルアップしたとき、ポケパワーのダブルフォールを使用する。さあ攻撃だ、一撃決めてやる。ボーマンダLV.X、突き抜けろっ!」
直撃攻撃と似たようにボーマンダLV.Xは相手のライチュウLV.X10/110に向けて突進していく。ライチュウLV.Xの体を軽々と跳ね飛ばすと、さらにベンチにいるエレキブルFB LV.X70/120の巨体も弾き飛ばした。
「二体攻撃かっ!」
「突き抜けるの通常の威力は50。そしてこの効果で相手のベンチポケモン一匹にも20ダメージを与える!」
当然ライチュウLV.Xは気絶。エレキブルFB LV.X50/120も残りHPが半分を切った。
「俺はベンチのピカチュウをバトル場に出す。だがサイド一枚引いただけでもサイドの差は二枚に……」
「これこそが頂点を目指す者の力だ。ボーマンダLV.Xのポケパワーの効果が発動する。ダブルフォール!」
「このタイミングで!?」
「このポケモンがレベルアップしたターンにのみダブルフォールは使え、このターンにこのポケモンが使うワザのダメージで相手を気絶させたとき、気絶させたポケモン一匹につき一枚サイドをさらに引くことが出来る! 俺が倒したのはライチュウLV.X一匹。俺は通常引けるサイド一枚に加え、さらに一枚サイドを引く!」
「なんだとっ!?」
「サイドの差はあと一枚だ」
そしてサイドを二枚引けたことで俺の手札も四枚、ようやく潤い始めた。ネンドールというドローエンジンがいなくなってからカードを大量に引けなかった俺にとっては貴重な手札だ。
「くそっ、俺だってまだまだ! ドロー! ピカチュウのポケパワー、エレリサイクルを発動。トラッシュの雷エネルギーを一枚手札に加える。バトル場のピカチュウをライチュウ(90/90)に進化させる。そして手札の雷エネルギーをベンチのエレキブルFB LV.Xにつけ、ネンドールのコスモパワーだ。手札を二枚戻し二枚ドロー。そしてエレキブルFB LV.Xのポケパワーを使うぜ。エネリサイクル!」
エレキブルFB LV.Xはその電気コードのような尻尾を地面に突き刺す。
「トラッシュのエネルギーを三枚まで選び、自分のポケモンに好きなようにつける!」
これでライチュウにエネルギーをつけて炸裂玉でもする気だろうか……?
「俺はトラッシュの雷エネルギー三枚を、全てエレキブルFB LV.Xにつける!」
「エレキブルFB LV.Xに!? そいつは既に雷エネルギーを四枚もつけているぞ! 七枚もつけて何になるんだ」
「慌てんなよ、お楽しみはこの後だ。エネリサイクルを使うと自分のターンは強制的に終了となる。ターンエンド!」
「どんな手を打たれようと、俺はするべきことをするのみ! 俺のターン。ボーマンダLV.Xでマウントアクセル!」
デッキの上を確認するが、時空の歪み。はずれなのでトラッシュ。
「ならば手札からサポーターカードを発動。クロツグの貢献。トラッシュにある基本エネルギー、ポケモンを五枚まで戻す。俺は炎エネルギー二枚、水エネルギー二枚の四枚をデッキに戻しシャッフル!」
エネルギーだけ戻したのはマウントアクセルの成功率上昇のためだ。
「この攻撃を受けろ! ボーマンダLV.Xでスチームブラスト!」
ボーマンダが口を開くと、口のすぐ前に白い蒸気が集いだす。そしてそれが限界まで凝縮されると、ボーマンダLV.Xはそれを放つ!
白い強力な一撃は熱気と湿気を保ちながら長岡のライチュウ90/90にヒット、そしてライチュウの姿が隠れてしまうほどの蒸気が発散する。
「うおっ!」
エフェクトの激しさに長岡の素っ頓狂な声が聞こえる。
蒸気が晴れると、そこには力なく伸びているライチュウ0/90の姿のみ。スチームブラストの威力は100。ライチュウ程度は一撃だ。
「スチームブラストの効果で、俺はボーマンダLV.Xについている炎エネルギーをトラッシュ」
「俺はエレキブルFB LV.Xをバトル場に出す!」
「サイドを一枚引く。これで残りサイドはどちらも一枚! しかもお前のエレキブルFB LV.Xの残りHPは半分なのに対し、俺のボーマンダLV.XのHPはマンタンだ。俺の方が優勢だな」
「まだ分からないぜ! 俺のターン。俺は手札のポケモンの道具、達人の帯をエレキブルFB LV.Xにつける!」
エレキブルFB LV.X50/120の腰の部分に青い帯が巻かれる。この帯をつけたポケモンは、最大HPが20上がり、相手のバトルポケモンに与えるワザの威力も+20されるが、このカードをつけたポケモンが気絶したとき、相手はサイドをより一枚ドローすることができるデメリットを持つ。とはいえこのデメリット、残りサイド一枚の俺にとっては無意味。
HPが上昇する効果でエレキブルFB LV.Xの残りHPは70/140。
「エレキブルFB LV.Xで攻撃。電気飛ばし!」
体毛から弾ける電気をボーマンダLV.X160/160に向けて飛ばす。電撃がボーマンダLV.Xを襲い、そのHPを100/160まで削る。達人の帯をつけてこれなのだから元の威力は40か。
「電気飛ばしの効果で、このカードについている雷エネルギー一つを自分のベンチポケモンにつける。俺はエレキブルFB LV.Xの雷エネルギーをネンドールに一枚つけかえる」
「言っておきながら半分も削れていないな。俺が次のターンにエネルギーを引き当て、スチームブラストで100ダメージを与えれば俺の勝ちだ」
「へへ、悪いが俺はお前がエネルギーを引き当てないことを祈るだけだぜ」
緊張。このドロー次第で俺は準決勝に進めるか否かが決まる。
「ドロー!」
ドローしたカードを確認するのが怖い。たった一枚で運命が決まってしまうのだ。だが逃げるだけでは何もならない。引いたカードを確認すれば……。
「顔色が良くねーな」
引いたカードはスタジアムカード、破れた時空。今は不必要なカード。
「だがもうワンチャンスある。ボーマンダLV.Xのポケパワーを発動! マウントアクセルだ!」
ボーマンダLV.Xが右前足で地面を叩きつけ咆哮する。
「デッキの一番上のカードは……」
このターンの最後の運否天賦。恐る恐る確認すると、……ボーマンダのカードがそこにあった。
「くそっ! だが攻撃は通す! 突き抜ける攻撃!」
さっきのターンエレキブルFB LV.Xは60しかダメージを与えれなかった。次のターン、もう60ダメージを受けて俺のターンが回ってこればいずれにしろ倒すことが出来る!
エレキブルFB LV.Xを弾き飛ばすボーマンダLV.Xだが、長岡の他のベンチポケモンはネンドールのみ。ネンドールのポケモンの道具、ベンチシールドの効果でベンチにいるネンドールにダメージを与えることが出来ない。
ひとまずエレキブルFB LV.Xの残りHPは20/140。あとどんな一撃でも倒せる。
そう半ば勝利を確信した時だった。長岡がニヤリと笑みを浮かべる。
「この勝負っ、もらったぁ! 俺のターン! エレキブルFB LV.Xで攻撃。パワフルスパークだ!」
エレキブルFB LV.Xは右の拳と左の拳をガチンとぶつけると、体中から溢れんばかりの電気を生み出し、それを全て右腕に集中的に溜める。
「パワフルスパークは元の威力の30に加え、自分の場にあるエネルギーの数かける10ダメージ威力が上がるワザだ!」
長岡の場には雷エネルギーが七つ。そして達人の帯の効果も加わり、パワフルスパークのダメージは30+10×7+20=120になる。ボーマンダLV.X100/160の残りHPを上回る……!
「いっけー!」
駆けだしたエレキブルFB LV.Xは、電気を大量に溜めた右腕でボーマンダLV.Xの腹部を力いっぱい殴りつける。
弾ける電気の中、ボーマンダLV.Xの苦しそうな悲鳴、そして減っていくHPバーは目に焼きついた。
「これでゲームセットだな」
長岡が最後のサイドを引くと同時にゲームが終わる。全ての3Dが消えた。
今年の俺の大会はこれで終わってしまった。ここから先への戦いに進むことはない。全国大会での市村アキラとの再会、そしてリベンジは叶わぬ夢となった……。
「……」
首を上に向ける。もちろん天井しか映らなかった。目をつぶり、右拳に力を入れることでなんとか悔しさをやり過ごす。
ああ、単純に悔しい。ここまで純粋に悔しい気持ちでいっぱいになったのは初めてだ。不運の連続もあるし、俺のプレイングミスもあった。そしてなにより単純に、長岡恭介は強かった。
「風見」
長岡の声が聞こえる。首を再び正面に向け目を開くと、すぐそこにいつもの笑っているあいつの姿が見える。
「お前、やっぱ強いな!」
「ああ。でも───」
「でも、俺の方がもっと強かった、ってことだ」
差し出される右手。俺も右手を出し強く握手をする。
いつの間にか悔しさがなくなり、心が温かくなって何とも言えない充足感を感じた。負けても、楽しい。これが本当の戦いか。
また来年。次こそは全国の舞台へ進んでやる。そう、俺のリベンジは最下層からまた始まるのだ。新たなる決意を胸にしまった。
そんなときだった。藤原の悲鳴が聞こえたのは。
風見「今回のキーカードはボーマンダLV.X!
ボーマンダには豊富なレベルアップ前がある。
どのカードからレベルアップするかによってこのカードの活かし方が変わるぞ」
ボーマンダLV.X HP160 無 (DPt4)
ポケパワー ダブルフォール
自分の番に、このカードを手札から出してポケモンをレベルアップさせたとき、1回使える。この番、このポケモンが使うワザのダメージで、相手のポケモンをきぜつさせたなら、自分がサイドをとるとき、きぜつさせたポケモン1匹につき1枚、さらにサイドをとる。
炎水無無 スチームブラスト 100
自分のエネルギーを1個トラッシュ。
─このカードは、バトル場のボーマンダに重ねてレベルアップさせる。レベルアップ前のワザ・ポケパワーも使うことができ、ポケボディーもはたらく。─
弱点 無×2 抵抗力 闘−20 にげる 2
どうも。この前間違えて自分の記事に自分で拍手してしまった名無しです。
「ポケモンヒストリー」最新話投稿しました!
今回はオーキド博士のキャラが若干崩壊しますw
ちなみに昨日は「バカヤローの日」だったそうです。
バカヤローの日って何だバカヤロー。(調べてみたらけっこうしょーもない記念日だったw)
では、「ポケモンヒストリー」ぜひ読んでみてくださいダンカンバカヤロー!
『雄大。これで最後だ! マッスグマの攻撃、駆け抜ける! ガブリアスに攻撃だ! ガブリアスは無色タイプが弱点。僕の勝ちだ!』
何年前かは忘れた。まだ俺が小さい頃の話だ。小学生だった。
ジュニアリーグで出場し、あれよあれよと全国大会まで駒を進めた俺。
その当時、俺はうぬぼれていた。何一つ自分で掴み取ってはいないのに、すべて自分の思い通りにいくとでも思っていたのだ。
自分の圧倒的な力、絶対的な戦術、幼いながらに全て自信を持っていた。
そしてそれがアイツとの戦いで崩れ去った。しかし、それを認めたくなかった俺は幻にすがりついた。俺は強い、という悲しい幻に。
母親には怒られた。大企業会社の社長の息子は何においてでも負けることは許さない、だと。
粉々に砕かれたプライド。あの負け以来今日まで公式大会には出ていなかった。だがそれでもポケモンカードを続けていたのは何故だろう。惰性か、それとも別の何かか。
アイツとは小さい頃からなんとかパーティーでしょっちゅう会っていて、それなりに仲が良かった。たぶん初めての友達だったかもしれない。
しかしあの全国大会以来アイツとは会えていない。アイツには恥ずかしい姿しか見せれていないのだ。成長し、変わった俺を。母親の束縛から逃れようと、運命に抗い始めたその俺を。そして何より俺にもたくさん仲間と呼べる人が出来たというのを見せてやりたい。
母から逃れるために北海道を出、悲しい幻を引きずったまま東京にやって来た。そこで出会った奥村翔、翔は俺をその幻から引きずり出してくれた。口には恥ずかしくて言えないがとても感謝している。
奥村翔、長岡恭介、松野藍、他にもいろんな人と俺は出会えた。そしてその出会いが今の俺の強さだ。もう一度アイツにあって、それを見せてやりたい。……待っていろ、市村アキラ。
「風見杯以来だな」
「ああ。あんときは準決勝だったけど今回は準々決勝だな」
「今度は負けないぜ!」
「いや、俺は今回も負けない。負ける気はない」
「そうこなくっちゃ! じゃあ始めるぜ」
「来い、長岡!」
バトルベルトはもうテーブルにトランスフォームした。デッキもシャッフルし終わり、両者の場には既に最初のポケモンが出そろった。
俺のバトル場にはタツベイ50/50。長岡のバトル場はエレキブルFB90/90。互いにベンチにポケモンはいない。
「先攻はいただくぜ。俺のターン! 俺はまず手札の雷エネルギーをエレキブルFBにつける! うん、エレキブルFBのワザを使う。トラッシュドローだ。自分の手札のエネルギーを二枚までトラッシュし、その枚数かける二枚ぶんデッキからカードをドローする。俺は雷エネルギーを一枚トラッシュして二枚ドロー!」
長岡はあれからかなりのキャリアを積んだ。もう初心者ではない。一瞬の油断も与えられなくなった程だ。
「全力で戦う。俺のターンだ。炎エネルギーをタツベイにつける。よし、サポーターだ。ハマナのリサーチ! デッキからたねポケモンまたは基本エネルギーを二枚まで手札に加える。俺はコイキングを二枚手札に加え、そのうち一枚をベンチに出す」
ベンチにコイキング30/30が現れ、ピチピチと跳ねる。
「へぇ、コイキングも入ってんのか」
「ふ、タツベイでエレキブルFBに噛みつく攻撃だ」
タツベイがエレキブルFBの腕に噛みついた。HPバーがごくわずかに減ってエレキブルFBのHPは80/90に。噛みつくの威力はわずか10ダメージ。たねポケモンでエネルギー一個なのだから、多少はやむなしといったところか。
「よし、俺のターンだぜ! ベンチにピチュー(50/50)を出す! ピチューに雷エネルギーをつけ、俺もサポーターのハマナのリサーチを使うぜ。デッキからピカチュウとヤジロンを手札に加える。そして、ヤジロン(50/50)をベンチに出し、ピチューのポケパワーを発動だ!」
ピチューのようなベイビィポケモンは全員がベイビィ進化というポケパワーを持っている。自分の番に一度使え、自分の手札のそのポケモンから進化するたねポケモンを一枚、このポケモンの上にのせ、進化させる。そのときそのポケモンのダメカンを全て取るというやつだ。この場合はピチューからピカチュウ60/60へ進化する。
「ベイビィ進化でピカチュウへ進化させ、このピカチュウのポケパワーを発動。エレリサイクル! このピカチュウの進化前にピチューがいるとき自分の番に一回使える。トラッシュの雷エネルギーを一枚手札に加えることが出来る!」
長岡のトラッシュにはさっきのターンにエレキブルFBのワザでトラッシュした雷エネルギーが一枚ある。ここまで考えていたのか?
「もう一度トラッシュドロー。今度は手札の雷エネルギーを二枚捨てる。よって四枚ドロー!」
ひたすら長岡の手札が増えていく。まだ三ターン目なのにデッキの枚数は着実に減っていく。
「引くだけでは勝てないぞ。俺のターンだ。タツベイに水エネルギーをつける。ここでサポーターだ。スージーの抽選。自分の手札を二枚までトラッシュし、トラッシュしたカードの数によってドローするカードの枚数が決まる。俺は手札を二枚トラッシュして四枚ドロー」
手札のコイキングを二枚トラッシュしておく。俺のデッキはトラッシュにコイキングがあればあるほど強くなる。
「まずはタツベイをコモルー(80/80)に進化させよう。そして俺も手札からヤジロン(50/50)をベンチに出し、コモルーのワザだ。気合い溜め!」
コモルーはぐぐぐ、っと力を入れる。だがエレキブルFBへのダメージを与えるワザではない。
「へへっ、そういうお前もダメージ与えれてないじゃないか。俺のターン。ピカチュウのエレリサイクル! トラッシュの雷エネルギーを手札に加える。そしてこのターンもハマナのリサーチを発動だ。ピチューとピカチュウを手札に加える。ベンチのピカチュウをライチュウ(90/90)に進化させ、新たにベンチにピチュー(50/50)を出してピチューのポケパワー、ベイビィ進化! このピチューをピカチュウ(60/60)に進化させる!」
これでヤツのベンチはライチュウ90/90、ピカチュウ60/60、ヤジロン50/50の三匹か。ポケモンを立てるのが早くなったな。
「そしてだ。新しくベイビィ進化したばかりのピカチュウのエレリサイクルを使ってもう一枚トラッシュの雷エネルギーを手札に加える」
長岡のトラッシュに雷エネルギーがなくなった。ここまで考慮してのトラッシュだったのだろうか。
「雷エネルギーをライチュウにつけよう。そしてもう一度トラッシュドロー。手札の雷エネルギーを二枚トラッシュして四枚ドローだ。ターンエンド」
なるほど。エレキブルFBを盾としてドローしている間、ベンチにポケモンを揃える作戦か。
「俺のターンだ。そうだな、炎エネルギーをコモルーにつけ、ミズキの検索を発動。手札を一枚戻しデッキから好きなポケモンを加える。俺はネンドールを選択。そしてヤジロンをネンドール(80/80)に進化させる。そしてコスモパワーだ。手札を一枚か二枚デッキの底に戻して手札が六枚になるまでドロー。俺は二枚戻して五枚ドローだ」
引くだけのことはある。長岡相手だが好カードを引き当てれた。
「ベンチのコイキングをギャラドスに進化させる!」
小型ポケモンが多かったフィールドに急に大きなギャラドス130/130が現れる。威圧感バッチリだ。
「さあ、行け、コモルー。プロテクトチャージ!」
コモルーがエレキブルFB80/90目指してチャージをかます。そのチャージを鳩尾に受けたエレキブルFBは辛そうだ。
「プロテクトチャージの本来の威力は僅か30だが、気合い溜めを前のターンに使用していた場合このワザの威力は80となる」
「なんだって!?」
HPバーを減らしたエレキブルFBは、ふらふらとおぼつかない足取りを見せてそのまま前向きに倒れる。
「思ったより一ターン早いじゃんか。俺はライチュウをバトル場に出す」
「サイドを一枚引いてターンエンドだ」
先にサイドを引かれたが、それでも満面笑みの長岡。何か来るか……?
「よっしゃ、俺のターン!」
勢いよくカードをドローする長岡。ドローしたカードを確認すると、更にテンションが上がっていくようだ。
「オッケー。ナイスドロー! 俺が引いたカードはこいつだ。頼んだぜ、ライチュウLV.X!」
ライチュウLV.X110/110が長岡の場に現れる。……先にLV.Xを引いてきたのは長岡の方か。このターンからヤツの激しい攻撃が来るな。
「忘れんなよ、ベンチのピカチュウのポケパワー、エレリサイクルだ。トラッシュの雷エネルギーを手札に加えてライチュウLV.Xにつける。さらにミズキの検索だ。手札を一枚戻してデッキからエレキブルFBを手札に。そしてこのエレキブルFB(90/90)をベンチに出すぜ」
倒されたエレキブルFBをすぐにリカバリさせるのか? どう来る。
「バトルだ! 手札の雷エネルギーを二枚トラッシュ。こいつが、ビリビリ痺れる強烈な一撃だ! ライチュウLV.X、ボルテージシュートをぶちかませぇ!」
ライチュウLV.Xの体に大量の電気が集まると刹那、槍のような鋭い紫電が俺の場を襲う。
「ぐぅっ!?」
紫電はネンドール80/80を襲うと爆風と砂煙のエフェクトを起こす。ネンドールのHPバーはあっという間に0/80となり気絶。予感はこれか!
「ボルテージシュートは手札の雷エネルギーを二枚トラッシュして相手のポケモン一匹に80ダメージを与えるワザ! ベンチだろうとどこだろうと問題ないぜ? サイドを一枚引く」
「ふん。今度は俺のターン」
「まだまだ! 俺はターンエンドしてないぜ」
「何っ?」
「俺の攻撃はまだまだ終わらない! ライチュウLV.Xのポケボディーだ。連鎖雷! このポケモンがレベルアップしたターンにボルテージシュートを使ったターン、追加でもう一度ワザを使う事が出来る!」
「二回連続攻撃だと!?」
「もう一枚サイドをいただくぜ。こいつを喰らえ、炸裂玉!」
ライチュウLV.Xの体の半分ほどある白と黄の入り混じった球体が、目で追えないボルテージシュートとは違ってゆっくりコモルーの傍へ近づき、コモルーに触れると一気に膨張し爆発した。これも強風のエフェクトが強い。
「炸裂玉の効果でライチュウLV.Xについている雷エネルギーを三つトラッシュする。炸裂玉の威力は100! それに対してコモルーのHPは80だ。サイドはいただき!」
「悪いが、そう簡単にサイドはやらん」
「うっ! 何だこれ!?」
コモルー10/80の目の前に緑色の六角形のバリアが張られていた。これのおかげで炸裂玉のダメージを削りなんとか耐えきった。
「先ほどのターンに放ったプロテクトチャージの効果だ。次の相手の番に自分が受けるワザのダメージを30減らす。コモルーが受けるダメージは100から30引かれて70! ギリギリだ」
「流石だぜ。ターンエンド」
しかしネンドールが気絶させられたのは痛い。俺の数少ないドローエンジンだったのだが……。
「よし。俺のターン。まずはベンチにタツベイ(50/50)を出し、バトル場のコモルーに水エネルギーをつける。そして、バトル場のコモルーをボーマンダに進化させる!」
コモルーの体が光に包まれ、形が変わっていく。見慣れた屈強の体と大きな赤い翼が出来あがれば、いつもの相棒、ボーマンダ70/140の登場だ。
「サポーターカードを使う。ハマナのリサーチ。俺はヤジロン(50/50)とコイキングを手札に加え、ヤジロンをベンチに出す。……俺の熱い情熱を見せてやる。ボーマンダについている炎エネルギーを二枚トラッシュし、ドラゴンフィニッシュ!」
ボーマンダの口から真っ赤な炎が放たれ、ライチュウLV.X110/110を焼き尽くす。
「このドラゴンフィニッシュは炎または水エネルギーをそれぞれ二枚ずつトラッシュして発動されるワザ。炎エネルギー二枚をトラッシュした場合、相手のポケモンに100ダメージ!」
なんとか踏ん張ったライチュウLV.X10/110だが、そのHPはたったの10。さらにエネルギーは一つもない。
「ターンエンド」
「くそっ、まだまだ! 俺のターン。俺はピカチュウのポケパワー、エネリサイクルでトラッシュの雷エネルギーを一枚回収し、そのエネルギーをピカチュウにつける。……どっちにするか迷うなぁ。とりあえずこっちだ。俺もハマナのリサーチを使う。ピチューとピカチュウを手札に加え、ピチュー(50/50)をベンチに出す。そしてまたピチューのベイビィ進化! ピカチュウ(60/60)に進化させるぜ」
これでベンチにピカチュウが二匹いることに。エネリサイクルも二回使える。
「新たに進化させたピカチュウでエネリサイクルを発動。トラッシュの雷エネルギーを手札に加え、攻撃する。ライチュウLV.Xでスラッシュ!」
「エネルギーなしのワザか」
ライチュウLV.Xの尻尾が鋭利な武器となってボーマンダを切りつける。ダメージを受けたボーマンダ40/140は、二歩程後ずさるもまだ大丈夫。
「スラッシュを使った次のターン、俺はこのワザを使えない。ターンエンドだ」
玉砕覚悟というわけか。その気持ち、買ってやろう。俺もただただ前進するのみ。
「俺のターン。スタジアムカード、破れた時空!」
バトルテーブルにこのカードをセットするや否や、俺達の周りの風景が変わっていき槍の柱へ変わっていく。
「このスタジアムがある限り、互いのプレイヤーは自分の番に場に出したばかりのポケモンを進化させることが出来る。俺はタツベイをコモルーに進化させ、更にボーマンダまで進化させる」
一見同じボーマンダ140/140の用に見えるがワザやポケパワーなどが微妙に違う。
「ベンチのボーマンダに炎エネルギーをつけ、このボーマンダのポケパワーを発動。マウントアクセル。自分の番に一度使え、自分のデッキの上のカードを表にする。そのカードが基本エネルギーならそれをボーマンダにつけ、そうでないならそれをトラッシュさせる」
ボーマンダが前足で思いっきり地面を叩きつけて雄叫びを上げる。するとボーマンダの頭上から炎エネルギーのシンボルマークが落ちてきた。
「デッキの一番上は炎エネルギー。よってボーマンダにつける」
ここまではいいが、今の手札はコイキング一枚だけ。さすがにこれはなんとかしないと。
「バトル場のボーマンダでライチュウLV.Xに直撃攻撃」
真っ向から突進するボーマンダ。ライチュウLV.X10/110の体を簡単に跳ね飛ばす。直撃の威力は50なので、もちろんライチュウLV.Xは気絶だ。
「やってくれるな! 俺はエレキブルFBをバトル場にだす」
「サイドを一枚引かせてもらおう」
む、このカードは……。ただ、問題は使い時か。
「どんどん行くぜ。俺のターンだ! まずはこんな殺風景を変えてやるぜ。スタジアムカード、ナギサシティジム!」
破れた時空の景色は消え、ひとまず元の会場に戻ると休む間もなくゲームよろしくのナギサシティジム内部に変わる。あの動く歯車は厄介だったな。
「お互いの雷ポケモン全員のワザは抵抗力を無視でき、雷ポケモンの弱点もなくなる」
この効果は俺のデッキに対しては意味はない。ただ、俺の破れた時空を維持させないためのカードだ。長岡のデッキでは破れた時空の恩恵は受けれない。
「そしてグッズカード、ポケドロアー+を二枚同時に発動。このカードは同名カードと二枚同時に使え、二枚使ったなら自分のデッキから好きなカードを二枚手札に加えれる。もちろん、こうの効果は二枚で一回しか働かない」
選べるカードは好きなカードなので、ポケモンだけだとかエネルギーだけとかいった制限がないのがおいしいところだ。
「へへーん。盛り上がるのはこれからだ! バトル場のエレキブルFBをレベルアップ。行けぇ、エレキブルFB LV.X!」
「またLV.Xか」
バトル場のエレキブルFB LV.X120/120が雄叫びをあげる。だがこのエレキブルFB LV.Xにはエネルギーが一枚もついていない。その状況で何をする気だ?
「サポーター、ミズキの検索! 手札を一枚戻し、俺はライチュウを手札に加える。そしてあらかじめ雷エネルギーが一枚ついているピカチュウに雷エネルギーをつけ、エレキブルFB LV.Xのポケパワーを使うぜ。エネリサイクル!」
ピカチュウのエレリサイクルとは一文字違いだが……。
「こいつは自分の番に一度使え、自分のトラッシュのエネルギーを三枚、好きなように自分のポケモンにつけれる。俺はトラッシュの雷エネルギーを三枚ともエネルギーがついていないピカチュウにつける。このポケパワーを使った時点で俺のターンは終了となる」
だがエネルギーがあっという間に長岡の場に広がった。トラッシュが激しいデッキなだけにこんなにエネルギーを抱えられると後の爆発力が怖い。
「まだまだ始まったばかりだぜ?」
「ああ……」
俺は強くなった友、いや、強敵に押されているという事を自覚せざるを得なかった。
恭介「今回のキーカードはライチュウ!
ワザが三種類! しかもスラッシュはエネルギーなしだ。
とっておきは炸裂玉! トラッシュするエネルギーは自分の場のポケモンであればなんでもいいんだ」
ライチュウLv.45 HP90 雷 (破空)
─ スラッシュ 30
次の自分の番、自分は「スラッシュ」を使えない。
無無無 ぶんれつだま 50
自分のエネルギーを1個、自分のベンチポケモンにつけ替える。(自分のベンチポケモンがいないなら、この効果は無くなる。)
雷雷無 さくれつだま 100
自分の場のエネルギーを3個トラッシュ。
弱点 闘+20 抵抗力 鋼−20 にげる 0
春の街
第一話 小路
1
四月初旬になってからか、春の陽光は記録的な温かさを誇っていた。天気予報では今月の中旬から十五度あたりを上下に行き来するようで、その上、一週間ほど晴れた日が続くらしい。飲み物も良く喉を通りやすくなる。
病院の玄関を抜けてから、しばらく歩いた。陽光を浴びながらだと、妙に足元がぐらついてくる。病院から帰宅するさい、いつもこうしてあちらこちらを散策している。リハビリの一類として、自分の心の中の何かを鍛えていた。噴水のある公園、さくらに彩られた並木道、トレジャータウンと銘々横目にしながら通り過ぎるだけだが、胸の中に空白感が募ってくる理由を、近辺の風景に目を配らせながら、探していた。時折立ち止まって、ふと空を見上げてしまうこともある。それでも、春の空の下を歩きたい、という専念は固いはずだ、と思っている。
カクレオンの店で買い溜めていたきいろグミを一個だけ口に運んで、舌に乗ってくる甘酸っぱさを噛み締めた。味はある。ふーう、と深い息を吐いて、もう一個きいろグミを口に入れる。少しばかり優しくなれたような気がする。
買い溜めのきいろグミを袋の中に戻す。
春になった、と息を詰めて、心の中だけでつぶやいた。
さくらの下にあるベンチへ腰を掛けた。もう一匹がベンチに座れるように両脚の幅を狭(せば)めて、小さく顔を伏せた。
懐から処方箋(しょほうせん)を取り出して、中身を覗いた。タネを用いるだけでは治療の施しようもない。二粒のタネと水薬の原料である粉をひとつずつ取り出すなり、こんなややこしかったかな、と頬を緩ませる。気に留めず、自然と笑ってしまった。
ぼくの担当であるレント先生は、数ヶ月以上の休養が必須だと言っていた。臓器の損傷がそれなりに激しいらしく、その数ヶ月の期間内は定期的な診察が必要不可欠となる。定期的な薬品の服用もそうだ。定期的、という部分がどうにもややこしい。今度からの診察には、その部類の中にCT検査が組み入るようで、病院からの家路をたどるのが酷く億劫(おっくう)になるであろう。
何なんだろうね、まったく。
頬の凹みを均(なら)してから、さくらの木の梢(こずえ)から覗く、青い空を眺める。
最近になって、空を見上げることが多くなった。ユキにもロマンチストだね、と常々言われたことがあったような、そんな記憶がある。空を見上げたときの感傷を単に好んでいただけなのかもしれない。あるいは、海だとか、空だとか、茫洋とした風景に目を凝らして、胸の中に募る空白感を、ただ払拭したかっただけなのかもしれない。
会話に疎かった。吐血、心身に響いてくる耳鳴や頭痛のせいか、誰かとまともな会話を交わしたことが、ここ近日皆無に近い。だからこそ、誰かのそばにいたいと強く願ってしまう。ユキは、症状が出てきたときに、無言でぼくの背中を撫でてくれる。優しく、大きく撫でてくれる。それでも、咳がひっきりなしに出始めると、ユキから身を離して、ひとり床に臥(ふ)せるしかなかった。ユキもぼくの気持ちを見据えているのか、いつもぼくの布団を敷いてくれたり、おかゆを作ってくれたりする。けれど、そこに会話はない。
胸の空白感というのは自己嫌悪から溢れる情けなさや、寂しさなのだろう、とおおむねの見当はついていたりする。気遣われてばかりだ、と腑(ふ)に落ちないものを噛み締めることもできず、ぼくはただ、歩いたり、時々空を見上げたり、と自分勝手な行動の繰り返しに明け暮れている。
そんな自分が、酷くもどかしかった。
十分程度か不動のままだった重い腰を、ベンチから持ち上げた。午後三時から、旧友と再会する約束を交わしている。会おうと言ったのは、ぼくだ。ギルド前の交差点付近にある喫茶店で、ぼくらは小さな団欒(だんらん)を築く。
桜並木の道を歩きながら、春になった、と自分に言い聞かせるように、再度心の中でつぶやいてみた。思いのほか、気が楽になった。
2
こうして久しぶりに旧友と面を合わせると、やはり気まずくなるものだ。
左腕に包帯を巻いている上に、おそらく目を暗くしているぼくの顔を覗かせると、案の定、彼は心配の混じった目を浮かべた。
「……探検隊って、大変だなぁ」
彼は独り言なのか、ぼくに言っているのか、はっきりとしない声を出した。
「大変だよ、うん、ただ楽しかった」
「楽しかった?」
彼は首を傾げるなり、まあ、いっか、と今度はつぶやくように言う。
「語りたくないんなら、いいよ。お前は昔から無理をする奴だったからな。今は稼ぐよりも休め、的なことを神様が告げてんだよ、きっと」
「……そうかな」
「そうだって。探検隊だから、他にも隊員いるんだろう? 今は任せて、後になってから少し無理をして追い越せばいい。事務でも経営でも、同じことだと思うよ、俺は」
「……まあ、ね」
口元を歪ませる彼の顔に目を側めながら、ぼくは曖昧にうなずいた。
「……どうした? 何か気に障ったか?」
ぼくの顔を覗き込むなり、心配の混じったその目をこちらに向けてくる。
コウは、昔から顔色を良くうかがう奴だった。ぼくが風邪をこじらせて、深く寝込んでいたときには、差し入れに何冊かの小説を持ち込んできた、それなりに優しい奴だった。
「いや、なんでもない」
ぼくはかぶりを振る。
「そうか?」
「うん……ごめん」
「いや、別に謝られることなんて……」
彼は頭を下げたぼくに少し困惑したのか、次の言葉に迷っていた。まあ飲めよ、と手元のグラスを指で軽く叩く。グラスの中は、レモネードが店内のランプの光に照らされており、彼がこつこつとグラスを叩くたびにグラスの底へと沈んだレモンが揺れ動く。
「コウは、確か飲食店を開業するのが夢だったよね……どこかで指導されてるの?」
ゆらゆらと浮かんだり沈んだりするレモンを見つめながら、ぼくは尋ねる。
「うん? ああ……師匠なら一応、いるぞ」
「ほう」
「ロクさんっていうんだけど、このロクさん、おいしいミツを使った料理が絶品なんだよ。俺は一度しか食べたことないから、曖昧にしか調理法がわからないけど、多分、ミツを煮込んだ後に、りんごとかそういう果物をねっとりと、そこに混ぜていくんだと思う。それからは……まあ、こういっても、良くわからないよな」
「うん、わからない」
のんびりと首を縦に振ってみる。
彼は顔に笑みを浸らせながら、ふふん、と鼻をうごめかし始めた。
「今度もしここに訪れることがあったら、ロクさんに無理頼んで、持ってきてやるよ。美味いぞー、あれは。肌が落ちるほどの、そんな感じの美味さだぞ、あれ」
そう言うと、彼はぼくから目を逸らして、メニューに手を伸ばした。
ほっ、とため息を吐(つ)いた。レモネードを口に運んだ。きいろグミを食べた名残がいまだ舌にこびり付いていて、思う味がしない。それでも甘酸っぱい味である、ということは判然としている。
沈黙が流れる。財布を取り出して、中身の空き具合を確認した。思わず苦笑いを浮かべてしまった。傷を負ったばかりのころに、ぼくは確か、財布の中のほとんどの金銭をユキに渡したのだ。その理由は、ぼく自身もあまり明確に表現できない、不安定な何かが作用したのだと思う。
彼はコーヒーを注文すると、少し真面目な顔になって、ぼくを見る。目には、いまだ心配の色が混じっている。
謝らなくちゃならないことなんて、結構あるよ。
財布を片手に握ったまま、レモネードをちびちびと飲み進めた。
「……俺だって、探検隊に憧れた時期も、あったよ」
コウは昔から探検隊というものに憧れを抱いていた。有名な探検隊になってやるんだ、と意気込みを強く張りながら、公園やら岩場やら、と毎日をそこらの平和的な探検に費やしてきた。そのころにはもう、多分、コウの勢いも虚勢になっていたはずだ。
「お前らがすごい探検隊になったのは、知ってる」
――そうなってまで、続けたい仕事か。
――楽しいか、探検なんて。
コウの目が醒(さ)めていく。
ごめん、と一言付け加えた。
*
彼と割り勘で会計を済ませて、喫茶店から外に出る。夕日が遠くの山の稜線に掛かっていて、斜陽も次第に冷たさを増してきている。彼の尻尾の炎に近寄るなり、心の中でじわじわと何かが解けていくような感覚に陥(おちい)る。お前は誰かにすがりたがって、お前は誰かのそばにいたいと強く願って――馬鹿馬鹿しいよ、と目を細くした。
彼から身を離して、交差点の中央に立つ。ここからまっすぐ歩を進ませて、小さな勾配を縫うと、プクリンの容姿を模(かたど)った建物が覗き込んでくる。あそこに、ぼくはいたんだ。そうつぶやいてみる。背後から、ため息を漏らす音が聞こえる。
「これからどうするの? 帰るんだったら、交通費、工面するけど……」
踵(きびす)を返して、彼に訊いた。
「いや、うん、いいよ。俺より、自分の心配のほうが優先だろう?」
「……自分の心配、ねぇ」
「おう。さしでがましいまねはよせ、ってこと」
彼はそう言って、静かな笑みを浮かべる。
彼は、彼自身のことと、ぼく自身のことと、ぼくと別れてから今に至るまでのその経緯を、ゆっくりと語ってくれた。そのときの彼の表情はどこか寂しげで、もっと的を射る言い方をするなら、微笑んでいた。
そんな彼と再会して先駆けてきたのは、やはり懐かしさだった。彼の言葉の数々を耳で拾いながら、多分、ぼくはコウの目と彼の目を重ねていたのだ、と思う。同じだった、とは言わない。九年ほども会わないと、鮮明に覚えているのは、コウの笑顔と性格だけだ。
「コウ」
「何だ?」
「……ちょっと、一緒にきてくれ」
トレジャータウンの方角に目を向けて、ぼくは言った。
無機質な輝きを放つ病院や、静かな風にざわめく桜並木を通り抜けて、ぼくらは西の方向を進んでいく。夕闇を背負ったトレジャータウンは蛍光灯の硬い光に照らされているだけで、思っている以上に道が見えにくい。薄暗かった。いつもの夕暮れの街の寂しさが、今日はみだりに重く感じられた。
この風景こそがあたかも幻のような、そんな不思議な認識が湧いてくる。トレジャータウンの昼はそれなりに騒々しい。家々の窓から溢れてくる柔らかい光も、昼間は陽光を帯びて、その知覚をなくしている。胸中に浮き立ってくる空白感も、この閑散とした道を渡るときが一番に沈んでくる。
なだらかな坂を上った。途中で道端に血痰を飛ばしてしまった。咳もひっきりなしに出始めた。咳の音が響く。夕日の半分は山の稜線を追い越している。もうじき夜が更けてくるであろう、そんな予感を漂(ただよ)わせている。
「大丈夫か?」
彼が背後で心配そうな声を上げた。
これでも走っているつもりなんだ。必死なんだよ、俺は――こんなときに、声が響かない。言葉にならない言葉が喉の奥でまとい付いていて、何度か咳き込んでしまった。
「無理するな、ってさっき言ったろ」
「……うん」
声が妙に枯れている。
ぼくの背中に、懐かしげな感触があった。
「……やめるか」
「やめないよ」
見せたい場所がある、と付け加えて、背中に置かれていた彼の手を解く。
いつも歩いている坂道が今日に限って、やけに長かった。登り切ってからもしばらくは息が荒れた。脈が速い。それでも一歩、一歩と前へ進むことによって、ぼくの心の中の何かが落ち着かせられるような、一途の期待があった。
3
俺が探検隊に憧れていた理由は、多分、紛れもない好奇心からだと思う。何かを探すために色んなポケモンを連れて、現場に向かう。それだけのことなのに、俺にはさ、酷く羨ましかったんだよ、それが。
レーク。俺のおじさんは探検家だったんだよ。お前らのような探検隊とは違って、一匹であらゆるところを探索するポケモンだったんだ。まあ、死んだんだけどね。その探検の途中で経済的にも肉体的にも路頭に迷って、あえなくぽっくりだ。
おじさんが死んだのは、お前が故郷を出た数日後のことだ。親父から聞かされた。洞窟の中層あたりで倒れ臥せていて、見つけたときにはもう腐っていたよ。おじさんの死に顔を見て、俺もこう死んでいくんだ、っていう意識が湧いたのが最初。それから探検家と探検隊に対しての復讐心に駆られて、いや、そうだなぁ、復讐って言葉は似合わないな。
まあ、恨んでいた訳です、うん。傷を負うほどの仕事をして、何が楽しいのか、わからなかったんです。レークだって、今や探検隊のトップなんだろう。そんなお前が死に直面して、何を思ったんだ? これは俺にとって憧れ的な意味も含んだ質問だし、もちろんお前がそうなったのを悲しんでいる意味での質問でもある。
答えなくてもいい。答えなんて、最初(はな)っから求めてないんだ。そのまま探検を続けたいってお前が言うんなら、俺も否定はしない。探検隊であるもう一匹の、そのユキっていう彼女にも悪いからな。
ただ、俺はおじさんが探検のせいでどんどんと生気が抜けていく様子を知ってる。目が暗くなっていくんだよ。色を失う、って言うのかな。眼球全体が黒に塗り潰されていく感じだ。レーク。お前はなるな。なっていたとしても、それを信じるべきじゃないんだ。わかるか。俺はなぁ、まともに生きて、まともに死んで、そんな道をなぞってほしいだけなんだよ。そうだろう? 俺だって、お前の誘いを受けるまでの間、ずっとこいつを隠してきた。おふくろにはもちろん言えなかったし、親父にも言い出せるきっかけが作れなかった。探検隊への憧れも薄れて。次第に周囲の空気が嫌いになって。自分でも白々しくなってくるくらい、その、何だろうな、毒のような? そんなもやもやとしたものを溜め込んで。今じゃ、その全てが、馬鹿だよなぁ、の一言で終わる。
一方で、飲食店の夢を抱いたのにも、一応の理由はあるんだ。もちろん誰かに食べてもらうためとか、元々調理が得意だったとか、そんなんもあるけど、俺は探検隊のように、団欒を色んなポケモンで囲むことにも憧れていた。そのきっかけを作りたかったんだ。単純な話かもしれないけど、本気。んで、俺の頭の中で、その団欒の言葉が食卓とイコールの関係にあたる、みたいな可能性を生み出した訳よ。言ったよなぁ。探検隊のような、親しいポケモンと何かを探すことが、酷く羨ましいって。まあ、言わなくてもいいかもしれないけど、一応言っとくと、これが理由だ。
レーク。俺は、まだ夢が遠いよ。どんどん置いてけぼりにされたような気がする。そりゃ、夢が叶わないことだってあるかもしれないけどな、そこからまた新たな妄想に明け暮れるなんて、あまりにも空(むな)しい。
どうして、こんな姿になったんだろう? 自分で思ったこと、あるか。俺はお前になれないから、どうかは知らないけど、もし一生付き合っていかなければならない傷を負っているなら、思うだろうな。失明とか、複雑骨折とか、精神的な障害とか、病とか、そういったものを支えるもとになるのは、やっぱり親しいポケモンとの関わりだよ。だからか、おじさんのその生涯を、俺はもっと広げられたんじゃないか、って思ってしまう。歴史上で言うのなら、戦場の中、身勝手な指揮官の命令でどんどんと死んでいく兵の命だ。
やっぱり腑に落ちないよ、うん。俺もお前も誰かの命をつなぐ仕事をしているけど、背負う代償があまりにも違いすぎる。別の方法で、たとえば、誰もが傷付かないような方法で仕事を完遂することはできなかったか? そりゃ、できないかもしれないけどさ。それを覚悟した上で、補えることのできる保険は作れたのか?
仕事を理由にして死んでほしくないんだ、とにかく。スリルとか、ストレスとか、復讐とか、悪循環しか生まないものを賄(まかな)い続けるよりは、平凡に仕事をこなして、のんびりとした生涯を送るのが一番幸せなんだと思うんだよ。
*
彼を港まで見送ってから、サメハダ岩まで歩いて帰った。以前は綽々(しゃくしゃく)と歩いていた道も、今となっては怖く感じられてしまう。夜の帳(とばり)が下りてからの空は、空気が澄んでいるのか、星の光沢が覗かず、家々の窓辺から溢れてくる柔らかな光のような、そんな色をした月だけが取り残されていた。
このごろ、やはり海を眺めるのを避けているような気がする。仕方がないか、とは思いながらも、昔からのしきたりのようなものが自然と乖離(かいり)していくのは、切なかった。彼は気付いているのか、気付いていないのか、ぼくと一緒にここを眺めたとき、感慨深げな目で遠くの水平線を見つめていた。ぼくは、その少し上の薄い雲の流れを見つめていた。さすがに、つらかった。
何をしてるんだ、と自分に言い聞かせた。岬に立ち止まって、夜の風がつむじを描いたときの音に耳を澄ませた。目を瞑(つむ)れば、このまま落ちてしまいそうだ。黒に塗り潰された視界は、途方もないほどの空白に広がっている。
深呼吸をしてから、サメハダ岩の洞穴に入る。ギルドの遠征のミーティングが長く続いているのか、他の事情があるのか、ユキは帰らない。深呼吸を重ねる。もう一度、時計に目を向ける。何を焦ったのか、九時と意識していた短針の先は、八時を示していた。これには、ちょっと頬を緩ませてしまった。
久しぶりにまともな会話をしたからか、喉を軽く痛めてしまった。水をコップに注ぐなり、一気に呷(あお)る。二杯目も呷る。落ち着かない。落ち着けない。手足は震えもしないのに、胸が冷える。
「ユキって、死にそうになったことある?」
多分、一年前――傷を負う前、ユキに一度尋ねたことがある。そりゃ、何年か生きてるとね、とユキは顔をほころばせていた。あの笑顔が印象的になっている理由は、もう知っている。笑顔だという事実が、悲しいだけだ。
ぼくの体は回復期を迎えている。
大丈夫です。そうつぶやきながら、テーブルをコップで弱く叩く。
想像以上に響いた。
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