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PCC東京Aのカード大会は決勝リーグに入った。そしてその一回戦。俺こと長岡恭介と八雲真耶との対戦が行われている。
俺のバトル場には雷エネルギーが一つついたエレキブルFB LV.X100/120と、ベンチにはネンドール80/80、ピカチュウ60/60、雷エネルギー一つついたライチュウ90/90、同じく雷エネルギーが一つついたピカチュウ10/60。
一方の八雲のバトル場は闘エネルギーが二つついたヒポポタス70/70と、ベンチには闘エネルギー一つのサイドン60/90。スタジアムはハードマウンテンが依然発動されたままだ。
そして今は俺のターン。
「エレキブルFB LV.Xのポケパワーを発動。エネリサイクル!」
トラッシュをチラと確認する。
「エネリサイクルは自分の番に一度使え、自分のトラッシュのエネルギーを三枚、好きなようにつけれるパワーだ。俺はトラッシュの雷エネルギーを二枚ライチュウにつけ、もう一枚の雷エネルギーをダメージを受けていないピカチュウにつける! エネリサイクルを使うと自分のターンは終了する」
「私のターン。手札からサイホーンをベンチに出して、ヒポポタスをカバルドンに進化させます」
これで八雲のバトル場にはカバルドン110/110。ベンチにサイドン60/90とサイホーン60/60がいる形になる。
「そしてカバルドンに闘エネルギーをつけます」
「なんだかんだあったけどだいぶ相手も食いついてるなあ」
「まだまだ始まったばっかだろ? ……まあ風見の方はもう勝負決まったみたいだけど」
蜂谷がいろんな試合を見ては、何を納得したかふんふん言っている。確かに流石は決勝リーグだけあってどの試合もプレイングは丁寧だ。だがその中で光るプレイングをしているのは風見である。
「ギャラドスでナッシーに攻撃。テールリベンジ!」
風見の最後の一撃が決まった。ナッシーが倒れたことによって、風見の対戦相手の戦えるポケモンがいなくなったので風見の勝利だ。
風見はバトルベルトを閉じるとそのまま観客エリアにいる俺達の方へやってきた。
「長岡はまだ対戦中か。相手は……、闘タイプ。雷タイプを主に使う長岡では苦戦しそうな相手だな」
「ああ。でも、恭介ならなんとかするんじゃないかな?」
「俺もそう思う」
蜂谷は分かっているのか分かっていないのかというような言い方で適当に相槌を打つ。決勝リーグまで勝ち進んだとはいえ本当に強いのかどうかよくわからない。恐らく単純に運が良いんだろうなあ。
「カバルドンの闘エネルギーは三つか。ハードマウンテンの効果でサイドンの闘エネルギーをカバルドンにつけかえるとグランドクエイクが使えるな」
風見の解説に蜂谷が聞き返す。
「グランドクエイク?」
「グランドクエイクは闘闘無無で使えるカバルドンのワザだ。威力は80で、互いのベンチにいる進化していないポケモンに10ダメージを与える効果をもつ」
「それじゃあグランドクエイクが使われれば恭介のエレキブルFB LV.Xも、ピカチュウも一気に気絶になんのか!」
俺よく計算出来ました! とでも言いたそうな蜂谷の肩をトンと叩いて「バーカ」と言う。
「恭介のピカチュウは、どれもピチューから進化してるからグランドクエイクでダメージは受けねーぞ。むしろ対戦相手自身のサイホーンがダメージを受けるだけだ」
「じゃあもう一個のワザを使うのか?」
「だろうなあ。砂をため込むは無色エネルギー一個で使えるワザの割に小回りいいしな。元の威力は20だけど、自分のエネルギー×10ダメージ分追加できて、ダメージを与える前にトラッシュの闘エネルギーを一枚つけることができるからな。まあ最もその闘エネルギーがトラッシュにないんだけど」
「エレキブルFB LV.XのHPは100/120だからハードマウンテンの効果は使わなくてもいいんだな!」
「そういうことだ! 今度こそよく出来ました」
「馬鹿にすんじゃねー!」
蜂谷は血眼になって俺を睨んできた。その様子が面白おかしくて「ははっ」と微かに声を出して笑った。風見も声には出さなかったが、口元は緩んでいた。
「カバルドンで攻撃。砂をため込む!」
カバルドンに向かって周囲から砂が大量に集まっていく。その砂にエレキブルFB LV.Xが足を取られ、後ろへ倒れこんでしまう。そんなエレキブルFB LV.Xに遠慮なく砂はどんどんカバルドンに集まって行くため、エレキブルFB LV.Xは砂に埋もれてしまう形になった。地形変化したため、カバルドンの位置が高くなり逆にエレキブルFB LV.Xの位置が低くなる。カバルドンが見下ろす形になった。
「砂をため込むのワザの威力は20に30足され、更に弱点を突いたことによって二倍。つまり100ダメージ!」
「つまり……、エレキブルFB LV.Xは気絶っ……!」
エレキブルFB LV.Xの体が崩れ落ち、表示されているHPバーにはしっかりと0/120と書かれていた。
「俺の次のバトルポケモンはライチュウだ」
「サイドを一枚引いてターンエンドです」
「くっそー……。俺のターン!」
今引いたのはナギサシティジム。発動してもいいが、ベンチにはまだサイドンがいる。あのサイドンがいる限り、ナギサシティジムはまた破壊されるだろう。デッキにこのカードは三枚しかない上に、スタジアムはトラッシュからサルベージする手段がほぼ無いので使いどころが大事だ。そう。プレイングを求められている。
少しくらいは長考してもいいだろう。気の向くままにトントン拍子で戦って、知らぬままに相手のペースにハマるのはもう御免だ。蜂谷の二の舞はしたくない。
手札を、自分の場を、相手の場を、そして互いのサイドの数、トラッシュのカードをチェックして「自分なり」でベストと思うプレイングをするんだ。
「よし、手札からスタジアムカードを発動。ナギサシティジム! 新しいスタジアムが発動されたため、ハードマウンテンはトラッシュ!」
八雲の顔が僅かに陰る。
「そして手札の雷エネルギーをベンチのピカチュウ(60/60)につけ、サポーター発動。バクのトレーニング! デッキからカードを二枚ドロー!」
まだ手札は六枚ある。頭の中でやりたいことと手札との釣り合いを考え直す。
「ライチュウをレベルアップさせるぜ」
これが俺がこの大会のために作ったデッキのエースカード。このライチュウLV.X110/110で、逆転への軌跡を紡ぐ。
「ライチュウLV.Xで攻撃だ! 必殺! ボルテージシュート!」
ライチュウLV.Xの頬から紫電が矢のような速さで射出され、カバルドンの横を通ると後ろにいるサイドンに命中する。サイドンの残りHPは一瞬で削られて0になった。
「ボルテージシュートは手札の雷エネルギーを二枚トラッシュすることによって、相手のポケモン一匹に80ダメージを与えるワザ。残りHP60だったサイドンは一発KOだ! サイドを一枚引くぜ」
「くっ……。私のターン───」
「まだ俺はターンエンドを宣言してないぜ。サイドンを倒したこの瞬間、ポケボディー発動。連鎖雷! レベルアップした番にボルテージシュートを使ったなら、もう一度ライチュウLV.Xは攻撃出来る!」
「二回攻撃!?」
八雲の表情が困惑のそれになる。
「二撃目を食らえ! 炸裂玉!」
ライチュウLV.Xの半分くらいの大きさの黄色と白が入り乱れた球体が先ほどのボルテージシュートとは違って遅いスピードで発射される。その玉がカバルドンの目先まで来ると、辺りの人が皆振り返る程の大きい音を発して爆発を起こした。
「炸裂玉は場のエネルギー三枚をトラッシュするカード。俺はベンチにいるピカチュウ10/60についている雷エネルギー一枚、ピカチュウ60/60についている雷エネルギーを二枚トラッシュだ」
「炸裂玉の威力は100。抵抗力で威力は20引かれて───」
「ナギサシティジムを忘れちゃ困るぜ。こいつの効果によって、雷タイプが闘タイプに攻撃するとき、抵抗力の計算を行わない!」
「しかしカバルドンのHPは110! なんとか10は耐えきった。カバルドンのポケボディー、サンドカバーであなたのポケモンLV.X全員に10ダメージを与えます」
「ちゃんと目の前のカバルドンを見てみな」
八雲は怪訝な表情を浮かべ、ワンテンポ置いてからカバルドンをチェックする。本来ならHP10を残しているはずのカバルドンだがそこにいたカバルドンのHPバーは0/110と表示されていた。
「どうして!?」
「俺がさっき使ったバクのトレーニングの効果は、このカードが自分のバトル場の横にあるときに自分のバトルポケモンが与えるワザの威力を10足すというものだ。サポーターは使ったら自分のバトル場の横に置き、自分の番の終わりにトラッシュするカード。だから炸裂玉の威力は100に+10で110。カバルドンも気絶ってことさ。サイドを一枚引いて今度こそターンエンド!」
八雲は苦虫を潰すような顔で渋々とサイホーンをバトル場に出す。このサイホーンはまだエネルギーが一枚もついておらず、八雲の手札は五枚ある俺に比べて僅か二枚。そしてサイドは俺の方が四枚、彼女は五枚でなおかつベンチポケモンはなし。
この勝負勝てるかもしれない。決して、油断はしない。とは思うものの、頭をひねって考えたコンボが上手く決まったことに快感を感じずにはいられない。
よっしゃ! と心の中で大きなガッツポーズを作る。
「私のターン! っ……」
暗い八雲の表情が、少しだけマシになる。もしかしたらなんとかなるかもしれない程度のカードを引いたのだろうか。
「サイホーンに闘エネルギーをつけ、ベンチにユクシー(70/70)を出します。そしてユクシーをベンチに出したタイミングでユクシーのポケパワー、セットアップを発動。手札が七枚になるようにドロー。今の私の手札は一枚。なので六枚ドロー」
あれよあれよと言う間に手札の数が俺を越す。もしかしたらもしかしてしまうかもしれない。なんとなく握った拳に手汗が生じる。
「サポーター発動。ミズキの検索。手札を一枚デッキに戻し、私はデッキからドサイドンを手札に加えます。そしてグッズカードの不思議なアメを使います」
不思議なアメはたねポケモンを一進化、或いは二進化ポケモンに一気に進化させるカード。ドサイドンを手札に加えたという事は。
「サイホーンをドサイドン(140/140)に進化! そしてドサイドンのポケパワー、地割り!」
ドサイドンはその重たい腕を持ち上げると、地面に向けて振り下ろす。地面はあっさり砕けると、ドサイドンの位置から俺の位置まで亀裂が生じ、カード(もちろん実際のカードではなく、立体映像のカード)が亀裂の中に三枚吸い込まれる。別に映像と音だけであるはずなのに、ドサイドンが腕を地面に叩きつけた時は本当の衝撃があるような錯覚を覚えた。
「ドサイドンのポケパワー、地割りは手札からこのカードを進化させたとき、相手のデッキを三枚トラッシュする効果!」
トラッシュしたカードはエレキブルFB、達人の帯、そして三枚目のナギサシティジム。サイドンがいないので破壊されることはないが、もし今発動されているナギサシティジムが破壊されればもうリカバリーはできない。
「まだです。もう一枚グッズを使います。レベルMAX!」
八雲はカードの宣言と同時にコイントスのボタンを押す。判定は表、効果が適用される。
「レベルMAXの効果はコイントスして表のときに発動でき、自分の山札から自分のポケモン一匹からレベルアップさせるLV.Xのカードを選び、そのポケモンの上に乗せレベルアップさせるカード。もちろん、私はドサイドンをレベルアップ!」
ドサイドンのHPバーは既に140/140という高水準から更に伸び、170/170。
「ひゃ、170!?」
170だなんてHPは壊れ物である。平均的な二進化ポケモンのLV.XのHPは140が相場だ。170なんてどんな攻撃をすれば倒せるんだ。
「そしてドサイドンで攻撃。ハードクラッシュ! このワザはエネルギーなしで使え、自分の山札のカードを上から五枚トラッシュしてその中にあるエネルギーの数かける50ダメージを与えるカード。もしも三枚トラッシュできれば、ライチュウLV.XのHPは0、気絶です!」
ドサイドンLV.Xは両腕をライチュウLV.Xに突きだす。すると両手の噴射孔から茶色い弾丸がいくつか発射された。効果的に弾丸一つにつき50ダメージだろう。打ち出された弾丸が三つなら絶体絶命……!
恭介「こいつが今日のキーカード! そして俺のデッキのエースカード!
ボルテージシュートはピカチュウ(DP2)とも相性がいいし、
連鎖雷はライチュウ(破空)の炸裂玉とも相性がいいぞ!」
ライチュウLV.X HP110 雷 (破空)
ポケボディー れんさかみなり
このポケモンが、レベルアップした番に「ボルテージシュート」を使ったなら、そのあとに追加で1回、このポケモンはワザを使える(追加できるのは1回だけ)。このパワーは、このポケモンが特殊状態なら使えない。
雷雷無 ボルテージシュート
自分の手札の雷エネルギーを2枚トラッシュし、相手のポケモン1匹に、80ダメージ。(トラッシュできないならこのワザは失敗。)
─このカードは、バトル場のライチュウに重ねてレベルアップさせる。レベルアップ前のワザ・ポケパワーも使うことができ、ポケボディーもはたらく。─
弱点 闘×2 抵抗力 鋼−20 にげる 0
最初の四試合が終わり、拓哉は無事に二回戦へ駒を進めた。その一方で蜂谷は敗北から来た喪失感なのか、「心ここに在らず」状態でどこを見てるのかイマイチ分からない状況だ。
そしてこの最初の四試合のうち一つに、能力者の一人である高津洋二の試合があった。そう、あったはずなのだがなぜか全然目に止まらなかった。
試合が終わってからそういえば高津の試合があったなと思い出す程度で、びっくりするくらい存在感のない試合だった。
そして担架でその対戦相手が運ばれてたのに、ほとんどの人が知らんぷりというよりは気づいていない感じだった。
真っ白な服を着た男性が数人で担架を運んでいればどう考えても目立つのは必至なのに、周りはそれに気付かない。
この不思議な光景に一抹の不安を感じた俺は、風見と共に首をかしげるしかなかった。
そして次の四試合。向井が三十近く見えるおっさんと戦って圧勝。相手の引きが悪くて、たねポケモンが二匹しか揃わなかったところを向井は遠慮なく叩きのめした。
一回戦は残り八試合。今から行われる四試合には、恭介と風見が。そしてその後は俺と石川と松野さんと、もう一人の能力者である山本信幸が戦う。
恭介の選手番号は17で、風見の選手番号は21。二人がぶつかるのは三回戦だ。そしてその恭介らの試合が今から始まろうとしている。
「恭介ー! 俺の仇をとってくれー!」
「えー」
「おいこら『えー』ってなんだよ!」
蜂谷が外野からぎゃーぎゃー騒いでいると、翔がコツンと蜂谷の頭を叩いた。
「蜂谷、お静かに。周りから変な目で見られると一緒にいる俺らが恥ずかしいじゃん」
「……はい」
とりあえず蜂谷は翔に任せれば大丈夫そうだ。気分を入れ替えるために両頬をピシャと叩いて、これから始まる試合に集中しようと図る。
バトルベルトをマニュアル通りに起動させる。今まで遠目で見てたが、目の前で使ってみるとなんだか楽しい。時代の最先端にいる気がする。
「うおおお、すげえ楽しい!」
とはしゃいだはいいものの、今から決勝リーグ一回戦だと考えると緊張する。部活のバスケの試合前とかと同じような緊張感があって、ポケモンカードは遊びだが、その遊びにいろいろ懸けている人がいるんだなあと認識させられる。
負けたくないな。勝ちたい。別に勝って優越感に浸りたいとかそんなんじゃなくて、純粋に勝ちたいなと思う。
「よろしくお願いします」
「こちらこそお願いします」
俺の対戦相手は八雲 真耶(やくも まや)と言う名前らしく、綺麗な艶のある黒色の痛みの少ない肩甲骨辺りまでのロングヘアー。カールした毛先が可愛らしい。
身体は細いが若干引き締まっていて、ウェストにくびれがある。首に黒のチョーカーを付けていて、色の濃い長袖のシャツと、タイトなジーンズを履いている。男装が似合いそうな印象がある。あと、年齢はタメだ。ピシッとしている印象があって年上に見えた。
デッキをデッキポケットに入れ、オートシャッフルのボタンを押す。バトルテーブルがデッキを認識して、人がするシャッフルの何十倍もの速さでデッキがシャッフルされ、手札とサイドが分配される。
「う」
最初の俺の手札は雷エネルギー、雷エネルギー、ピチュー、ライチュウ、ナギサシティジム、ハマナのリサーチ、ゴージャスボール。最初のたねポケモンがピチューのみのため、下手をすれば相手に一撃でやられてしまう恐れがあるため決していい手札とは言い難い。
やむなくピチューをバトル場にセットする。相手のセッティングも終わったらしく、同時に最初のポケモンを開示する。
俺のバトル場はピチュー50/50で、八雲のバトル場はサイホーン60/60、ベンチにはヒポポタス70/70。
「最悪だ……」
右手でパシンと額を叩く。ここまで来ると言葉にせざるを得ない。雷タイプの最大の弱点となる闘タイプのポケモンがまとめてやってきた。こっちの弱点でもあるし、相手にとっては抵抗力があるためダメージが綺麗に通らない。
「恭介、まだ諦めんなよ! 始まってさえないんだから!」
「そうだ! 翔の言う通りだ! ……セリフ取られて大して言う事がない」
翔と蜂谷が後ろの方からエールを送ってくれる。根拠はないが、なんだか安心できる気がする。
運が悪いと嘆いている俺だが、実は相手の手札はこのとき五枚とも全て闘エネルギーという俺よりもっと悲惨な典型的な逆エネ事故を起こしていた。もちろん、俺は知る余地がなかったのだが。
「先攻は俺がもらうぜ! ドロー」
今引いたのはピチュー。ハマナのリサーチやゴージャスボールを使ってなんとかやられる前に立てようと思うが、先攻一ターン目はトレーナーカードを一切使えない。
「雷エネルギーをバトル場のピチューにつけ、俺は新たにベンチにピチューを出すぜ。そしてピチューのワザ。おさんぽ! このワザは自分のデッキのカードを上から五枚見て、その中のカードを一枚手札に加える。そして残りのカードをデッキに戻してシャッフルする技だ!」
バトルベルトがオートでデッキの上から五枚のカードのディスプレイを表示する。エレキブルFB LV.X、ピカチュウ、雷エネルギー、バクのトレーニング、ベンチシールドの五枚だ。今一番必要なカードは……。ピカチュウだ。ピカチュウを手札に加えてシャッフルボタンを押すと、再びバトルベルトが高速でシャッフルを行う。
「私のターンです。ドロー。……手札の闘エネルギーをサイホーンにつけて攻撃します。角で突く!」
サイホーンがドスンドスンと大きな足音を立てながらピチューに突っ込み、そしてそのまま額の角でピチューを突き飛ばした。本来角で突くのワザの威力は10だが、ピチューは弱点として闘ポケモンからワザを食らうと更に10食らう。ピチューのHPは30/50となった。
「よし、俺のターンだ。まずはゴージャスボール。自分のデッキから好きなポケモンを一枚手札に加える。俺が手札に加えるのはライチュウ。そして更にサポーター、ハマナのリサーチを発動。俺はヤジロンとピカチュウを手札に加える。そしてヤジロンをベンチに出すぜ」
ベンチのピチューの隣にヤジロン50/50が現れる。
「そしてバトル場のピチューのポケパワー発動。ベイビィ進化! 自分の番に一度使え、自分の手札のピカチュウをピチューに重ねて進化させる。そのときピチューの受けているダメージは全て回復だ!」
ピチューのHPゲージがMAXまで回復すると、その体が白く包まれてピカチュウ60/60へと進化する。
「ベンチのピチューも同様にベイビィ進化だ! 更にバトル場のピカチュウに雷エネルギーをつけて、手札からスタジアムカードを発動。ナギサシティジム!」
スタジアムカードを所定の位置にセットすると、丁度俺達二人を中心に周りの景観が変わって行く。回転する歯車やスイッチなどが辺りに大量に現れ、ゲームを想わせる環境になった。
「このナギサシティジムが発動している間、互いの雷タイプの弱点はなくなり、雷ポケモン全員のワザは相手の抵抗力を無視してダメージを与えることができるようになる。なんとかこれでバトルはイーブンに持ちこめるぜ」
雷タイプの最大の弱点をこれで補うことができる。俺のデッキに入ってるポケモンのほとんどが闘タイプが弱点であり、その逆の闘タイプは雷タイプに抵抗力を持っていることが多い。現にサイホーンとかがそうだ。
「ピカチュウで攻撃。ビカビカ!」
ワザの宣言と同時にコイントスをする。このワザはコイントスが表の場合、与えるダメージを10追加することができるワザだ。
「ラッキー! コイントスは表! よって20に10足してサイホーンに30ダメージ!」
ピカチュウの頬から放たれる電撃がサイホーンに襲いかかる。それだけでなく、なんとジムのギミックからもサイホーンに向けて放電されていた。何はともあれ、サイホーンのHPは30/60。もし次のターン進化できず、またビカビカが成功すれば倒せる。
「ターンエンドだ」
「私のターン、ドロー。サイホーンに闘エネルギーをつけ、サイドンに進化させます」
サイドン60/90がドスドスと響くような足踏みをして現れる。一通り足音を鳴らし終えると、こちらを睨んできた。その目が妙にリアルに感じられて気圧される。
「サイドンで攻撃。突き壊す!」
サイドンが牛のように左足で数回地面をならすと、頭のドリルを前にして突っ込んできた。ピカチュウがトラックに撥ねられたように、というよりはコミカルに吹っ飛んだが、サイドンはピカチュウなんて最初からいなかったと想わせるようまだまだ突進していく。そしてベンチのピカチュウとヤジロンの間をすり抜け、俺の隣もすり抜け、俺の背後にあるナギサシティジムの壁に激突する。するとジグソーパズルが崩れるような感じでナギサシティジムの景観は失われ、元の会場に戻って行く。
「突き壊すは場にスタジアムがある場合20ダメージを追加し、そのスタジアムをトラッシュさせます」
突き壊すの威力は30。それに20追加されると50ダメージ。ピカチュウのHPはあっという間に10/60となった。しかしサイドンが隣を通った時は冷や汗が浮かんだ。
「幸いなのはワザのダメージを計算してからスタジアムがトラッシュされたことだな……。もし処理順がスタジアムのトラッシュを優先されてたら弱点も計算してピカチュウは気絶していたぜ」
俺がそうつぶやくと、対戦相手の八雲もまったくだと言わんばかりに頷いてきた。
「俺のターン! よし。手札のポケドロアー+を二枚発動。このグッズは二枚同時に発動したとき、自分のデッキから好きなカードを二枚手札に加える効果を持つ!」
ナギサシティジムを手札に加えようとした。しかし、それを選択する前に一つの考えが頭をよぎる。
もしこのターン、再びジムを発動させても次のターンまたまたサイドンにトラッシュされてしまうのではないか。もしドサイドンに進化できる環境であっても、再び突き壊すをしてくるという可能性は否めない。
だからといってジムを手札に加えないと、俺のポケモンがやられてしまう。どちらも阻止するにはどうすればいいか。
「これだ!」
適当に山札から引くこと! 全ては後から考える。引いたカードはワープポイント。……良いこと思いついたぜ。もう一枚は順当にネンドールを選ぶ。
「ヤジロンをネンドール80/80に。ベンチのピカチュウをライチュウ90/90に進化させるぜ。そしてネンドールのポケパワー発動。コスモパワー。手札を一枚か二枚デッキの底に戻して手札が六枚になるようにドローする!」
俺は手札のライチュウをデッキの底に戻す。これで手札はワープポイントのみとなり、新たに五枚ドローする。
「エレキブルFB[フロンティアブレーン]をベンチに出す」
これで俺のベンチにはライチュウとネンドールとエレキブルFBが並ぶことになる。
「そして雷エネルギーをこのエレキブルFBにつけ、グッズ発動。ワープポイント!」
バトル場のピカチュウとサイドンの足元に青い渦が現れて両者を飲み込む。
「ワープポイントによって互いにバトルポケモンをベンチポケモンと入れ替える! 俺はエレキブルFBをバトル場に」
「私はヒポポタスを……」
八雲の顔が陰る。これが俺の即興タクティクス。ヒポポタスを引きずり出すことに一見意味はなさそうだが、ヒポポタスは逃げるエネルギーが二つ必要なうえに使えるワザもまだ大したことない。
「そしてエレキブルFBのワザを使うぜ。トラッシュドロー。自分の手札のエネルギーを二枚までトラッシュし、トラッシュした枚数×2枚ドローする。俺は手札の雷エネルギーを二枚捨てて四枚ドロー。ターンエンド」
「私のターン。手札の闘エネルギーをヒポポタスにつけ、スタジアム発動します。ハードマウンテン!」
今度は周囲が険しい山に変わる。丁度山の高いところにいるようで、俺達より低い(ように見える)ところに雲がかかっている。
「ハードマウンテンの効果は、互いのプレイヤーは自分の番に一度自分のポケモンの炎または闘エネルギーを一個選んで別の炎または闘ポケモンにつけかえることが出来ます。これでサイドンの闘エネルギーをヒポポタスに一つつけかえます」
「これでヒポポタスのエネルギーは二つ!?」
「そしてサポーター、ミズキの検索を発動。手札を一枚デッキに戻し、LV.X以外のポケモンを手札に加えます。私が加えるのはドサイドン」
ヒポポタスを逃がさないでくれ……! と祈っていたが、よく考えるとそれをする利率は低そうだ。
サイドンの今の闘エネルギーは一つ。そしてサイドンのワザエネルギーは闘無の突き壊すと闘闘無の激突。既にこのターン、ヒポポタスにエネルギーをつけかえているのでサイドンは攻撃できないことになる。
「ヒポポタスで攻撃、突き飛ばす!」
ヒポポタスが体で思い切りタックルをすると、エレキブルFBはベンチエリアまで吹っ飛んだ。弱点が闘×2のエレキブルFBは10×2の20ダメージを受けて70/90に。
「突き飛ばすの効果で、相手はバトルポケモンとベンチポケモンを強制的に入れ替えなくてはなりません」
「俺はピカチュウをバトル場に出す」
「ターンエンド」
「俺のターン、ドロー。ピカチュウの雷エネルギーをトラッシュしてベンチに逃がし、エレキブルFBをまたバトル場に出すぜ。そして手札の雷エネルギーをベンチのライチュウにつけて、サポーター発動。ハマナのリサーチ。その効果によってデッキからピチューとピカチュウを手札に加る。そしてベンチにピチューを出してピチューのポケパワー、ベイビィ進化によってピカチュウに進化させるぜ!」
これで俺のベンチに二匹目のピカチュウが並ぶ。
「エレキブルFBをレベルアップさせるぜ!」
エレキブルFB LV.Xの咆哮が響く。HPも100/120と大台に乗り、ポケパワーも強力になる。
「さあ、こっからが本番だ!」
恭介「こいつが今日のキーカード!
ポケパワーを使うとターンは終わるけど、
エネルギーをトラッシュするワザの多い雷タイプとの相性はいいぜ!」
エレキブルFB LV.X HP120 雷 (DPt3)
ポケパワー エネリサイクル
自分の番に、1回使えて、使ったら、自分の番は終わる。自分のトラッシュのエネルギーを3枚まで選び、自分のポケモンに好きなようにつける。このパワーは、このポケモンが特殊状態なら使えない。
雷無無 パワフルスパーク 30+
自分の場のエネルギーの合計×10ダメージを追加。
─このカードは、バトル場のエレキブルFBに重ねてレベルアップさせる。レベルアップ前のワザ・ポケパワーも使うことができ、ポケボディーもはたらく。─
弱点 闘×2 抵抗力 鋼−20 にげる 3
「へへっ」
笑いながら鼻の下を指でこする。俺の残りサイドは五枚で、対戦相手の沙羅さんは六枚。
俺のバトル場には草エネルギーのついたスピアー(DP4)110/110。ベンチにはネンドール80/80、草エネルギー一つついたスピアー(DPt2)110/110、スピアー(DPt2)110/110、スピアー草(DP4)110/110、ダメージを負っているフィオネ20/60。
相手のバトル場には新しく登場した炎エネルギーが三つついているブーバーン100/100、ベンチにはデルビル50/50。まだまだ俺の方が有利だ。
「喜ぶにはまだ早いぞ。私のターン」
しかし沙羅さんの手札は今ドローしてもようやっと二枚だ。たった二枚じゃ俺のこのリードは揺るがないさ。
「手札の炎エネルギーをデルビルにつけて、ベンチにユクシーを出す。そしてこの瞬間にポケパワー発動。セットアップ!」
ユクシー70/70が新たにベンチに現れると、ユクシーの周りにカードを象った長方形が七つどこからともなく出てきた。
「このポケモンを手札からベンチに出した時、自分の手札が七枚になるようにデッキからドローする。今の私の手札は0。よって七枚ドローする」
なんということだ。一気に相手の手札が潤ってしまった。文字通り開いた口が塞がらない。
「そしてブーバーンをブーバーンLV.Xにレベルアップさせてサポーターカード、ミズキの検索発動。手札を一枚戻し、ポケモンのカードを一枚手札に加える。私はヘルガーを手札に加え、ベンチのデルビルを進化させる」
沙羅さんの手札はあっという間に四枚まで減るものの、バトル場には悠然とブーバーンLV.X130/130、ベンチにはヘルガー80/80とユクシー70/70が構えている。
「ブーバーンLV.Xで攻撃。火炎太鼓!」
ブーバーンLV.Xがバトル場のスピアーに向かって大きな咆哮をあげると、それに遅れてブーバーンLV.Xの体から溢れんばかりの火炎がほとばしり、それは拡散しつつも確かにスピアーを狙った。
スピアーのHPバーは減り続ける。半分を切り、四分の一を切り、そして0。
「えっ、もう気絶!?」
「ブーバーンの火炎太鼓は威力は80と高いけど、自分の進化前にブビィが無ければ自分の手札のエネルギーを二枚トラッシュしないと使えないワザ。私のブーバーンLV.Xはブビィから進化しているからカードをトラッシュする必要はないわ。更にスピアーの弱点は炎+30。よってスピアーが受けるダメージは110!」
「110って、スピアーのHPと同値じゃねえか……。くそっ、俺はスピアー(DP4)をバトル場に出すぜ」
「サイドを一枚引いてターンエンド」
「たった一ターンで追いつかれるとは思わなかったな。俺のターン! 手札からグッズカード、夜のメンテナンスを使うぜ。トラッシュの基本エネルギーかポケモンを合計三枚までデッキに戻す。俺はビードル、コクーン、スピアー(DP4)をデッキに戻してベンチのスピアー(DPt2)のポケパワー、羽を鳴らすを発動。その効果によってデッキからビードルを手札に加える。さらにもう一匹のスピアー(DPt2)の羽を鳴らすを発動してスピアー(DP4)を手札に戻す! ビードルをベンチに出して不思議なアメを発動。ベンチのビードルをスピアー(DP4)に進化させるぜ」
「倒したばっかりなのに?」
俺のベンチには再びスピアーが三匹並んだ。沙羅さんは驚いて絶句しているようだ。
「倒されても諦めねー! それが俺の根性だ。バトル場のスピアー(DP4)に草エネルギーをつけ、ネンドールのポケパワー、コスモパワーを発動。手札を二枚デッキボトムに戻し、デッキから五枚ドロー!」
またたく間にデッキの残り枚数は二十七枚になる。流石にドローしすぎかな?
「スピアー(DP4)で攻撃。皆で襲う!」
またスピアーの大群がブーバーンLV.Xに襲いかかる。130あるブーバーンLV.XのHPがあっという間に10まで削り取る。
「よっし、ターンエンド!」
「私のターン。……、それにしても正直驚いたわ。まさか倒した次のターンにポケモンをすぐ並べるだなんて」
「俺にとっては造作ないことですさ」
「そう。だったらそのリズムを崩すとこから攻めていくわ」
沙羅さんが余裕の笑みに。思わず俺は身をグッと構える。
「まず手始めに。あんたのポケモンが手早く進化する流れを断つ。新しいスタジアム、ポケモンコンテスト会場を発動。新しいスタジアムが発動されたため、破れた時空はトラッシュされる」
暗い背景が元の展示場に戻ると、今度は明るいポケモンコンテスト会場がバックに現れる。辺りもヨスガシティの栄えた街になり、平和な光景が広がった。
「そしてポケモンコンテスト会場の効果発動。お互いのプレイヤーは、自分の番ごとにコインを一回投げれる。そして表だった場合、自分のデッキからたねポケモンを一枚ベンチに出してポケモンのどうぐをつけることができる。……表ね、デッキからデルビルをベンチに出し、達人の帯をつける」
コンテスト会場の扉が開くと、中から達人の帯をつけたデルビル50/50が現れる。しかし、達人の帯の効果でHPが20増えてデルビルのHPは70だ。それ以外にも達人の帯をつけたポケモンはワザの威力が+20され、気絶させられた場合相手はサイドを二枚引くという効果もある。
「ブーバーンLV.Xに炎エネルギーをつけて、ブーバーンLV.Xのポケパワー発動。灼熱波動!」
ブーバーンLV.Xが深く息を吸い込むと、紅蓮の吐息を俺のバトル場のスピアー(DP4)に吹きかける。吹きかけられたスピアーには火傷マーカーがつけられた。
「灼熱波動は相手のバトルポケモンを火傷にするポケパワー。このポケパワーで火傷になった場合、火傷で受けるダメージは通常の20から30になるわ」
「30!? いや、でもまあある程度は余裕あるか……」
「草ポケモンをサーチし続けるスピアー(DPt2)は厄介だけど、それ以上にドローエンジンとなるネンドールが一番厄介。ブーバーンLV.Xでネンドールに攻撃。フレイムブラスター!」
ブーバーンLV.Xは真正面にいるスピアー(DP4)ではなく、ベンチにいるネンドールに向けて真っすぐに右腕を突き出すと唸るような低い音と共にすさまじい火炎が放たれ、それは広がりはしないものの不規則に荒れ狂いながらネンドールを包み込んだ。そしてネンドールのHPは瞬きする間に80から0へ下がって行く。
「一撃でこんなにやられるとは」
「フレイムブラスターはブーバーンLV.Xについている炎エネルギーを二個トラッシュしなくてはならない上に次の番にこのワザが使えないデメリットがあるけど、相手の場のポケモン一匹に100ダメージを打ち込む大技よ。『相手』ではなくて『相手のポケモン一匹』だからベンチのネンドールを攻撃できたってワケ。サイドを引いてターンエンド」
沙羅さんの番が終わったため、ポケモンチェックが行われる。コイントスボタンを押すと、儚い願いは届かず裏。スピアー(DP4)の体が一瞬だけ炎に包まれるエフェクトが発生し、HPバーが110から80へ緩やかに削られる。
「俺のターン! 手札の草エネルギーをベンチのスピアー(DP4)につけ、俺もポケモンコンテスト会場の効果を発動させるぜ。コイントス!」
今度こそと憤ってみるも、またもや裏。俺には分かる。こういうときはダメだ。運も流れもついてこない。
「バトル場のスピアー(DP4)をベンチに逃がし、今エネルギーをつけたばかりのベンチのスピアー(DP4)を新たに場に出すぜ。逃げるエネルギーは0だからエネルギーはトラッシュしなくて済む上に、ベンチに逃がすことで火傷も回復だ」
俺にちょくちょくカードを教えてくれた風見が、「運が向かないと思ったらコイントスは避けろ」と言っていたのを思い出す。思えばあいつのデッキにはコイントスを要するカードがほぼないな……。と余計なことを考えていた。
「よーし。スピアー(DP4)で攻撃だ。皆で襲う!」
本日何度目だろうか、スピアーの大群が残りHP10しかないブーバーンLV.Xにとどめの一撃を───いや、スピアーが大勢で襲いかかる様を一撃と言い表すのには無茶があった───食らわす。
「サイドを一枚引いてターンエンドだ」
次の沙羅さんのポケモンは先ほどポケモンコンテスト会場の効果でベンチに出した達人の帯つきのデルビルだ。
「私のターン。流れを断ったと思ったら考えは甘いわね。手札のグッズ、ゴージャスボールを発動。自分のデッキからLV.X以外の好きなポケモンのカードを手札に加える。私が加えるのはもちろんヘルガー。そしてバトル場のデルビルを進化させる。
小柄なデルビルの体が二倍程大きくなってヘルガーとなる。達人の帯をつけているせいでHPが通常のヘルガーより20大きい100/100だ。
「そしてこのヘルガーに炎エネルギーをつけて、傷を焦がす攻撃!」
「へへん、傷を焦がすは威力たったの20! 達人の帯と弱点の効果で20、30と加算していったところで俺のスピアー(DP4)が受けるダメージは70だぜ!」
「甘いわね。ヘルガーには復讐の牙というポケボディーがあるの。私のベンチポケモンの数があなたのベンチポケモンより少ない場合、ヘルガーがバトルポケモンに与えるワザのダメージは+40される。今の貴方のベンチにはスピアー三体とフィオネの四体。私のベンチはヘルガーとユクシーのみ。よってポケボディーが働き、このワザでそのスピアー(DP4)に110ダメージを与える」
「110って俺のスピアー(DP4)の最大HPと一緒じゃねえか!」
気付いた時にはスピアー(DP4)はぐったりと倒れていた。仕方なく、さっき火傷を受けたスピアー(DP4)70/110をバトル場にだす。
「残念ね、サイドを一枚引いてターンエンドよ」
「俺のターンだ。えーと、くそ! どうすんだ」
俺の手札は今八枚ある。しかし、内訳がネンドール、草エネルギー二枚、コール・エネルギー二枚、フィオネ、アグノム、ミズキの検索。このピンチを打開する手がない。アグノムやフィオネをベンチに出せばヘルガーのポケボディーで……。
焦りを通り過ぎてイライラしてしまっていた。風見に「どんな不利な状況であっても自分をしっかりと保て。チャンスは必ず来る」とアドバイスを受けていたのだがそれさえ思い出す余裕がなかった。
「ベンチのあらかじめ草エネルギーが一つついてあるスピアー(DPt2)に草エネルギーをつけ、バトル場のスピアー(DP4)で皆で襲う攻撃!」
しかしヘルガーを倒しきることは出来なかった。スピアーの数が減ったため、皆で襲うの威力は90しか出ずにヘルガーのHPを10だけ残すという状況で俺の攻撃は終わった。
「私のターン。ベンチのヘルガーに炎エネルギーをつけ、傷で焦がす攻撃!」
またも110の三ケタダメージで俺のスピアー(DP4)は気絶。さっきエネルギーをつけたスピアー(DPt2)をバトル場に出す。
「サイドを一枚引いてターンエンド」
俺のサイドは四枚なのに沙羅さんのサイドはもう二枚だ。どうすれば勝てるんだ。どうやったら。
「俺のターン、スピアーに草エネルギーをつけて攻撃だ。ニードルショック!」
さっきみたいにスピアーをまたトラッシュから速攻でベンチに戻すコンボは、トラッシュのカードをデッキに戻してから始まる。しかし俺の手札にはそれを可能にさせるカードがない。だからがむしゃらに攻撃するしかない。
本来ニードルショックは相手を毒とマヒに出来るワザだが、残りHP10のヘルガー相手ではその効果も無意味。勿体ないな、と思った。
「私はベンチのヘルガーをバトル場に出すわ」
「今倒したヘルガーは達人の帯をつけていたため、俺はサイドを二枚ドローできる!」
ようやく夜のメンテナンスが来た! 間に合うか……!?
「私のターン。手札の炎エネルギーを更にバトル場のヘルガーにつけて攻撃。紅蓮の炎!」
ヘルガーが口をあんぐりと開くと、そこから真っ赤な炎が射出された。
「紅蓮の炎の威力は60。弱点とポケボディーの効果によって与えるダメージは130だ」
HP110は本来決して低いという数字ではない。そのはずが、さっきから何度も何度も三ケタダメージばかりを食らっているのだ。どういうことだ。
「紅蓮の炎を使った後、コイントスをして裏ならヘルガーについている炎エネルギーを二枚トラッシュ。……表。よってエネルギーはトラッシュしないわ」
もう後がない。ベンチの最後のスピアー(DPt2)をバトル場に出した。
「サイドを一枚引いてターンエンド」
「俺のターン!」
手札の夜のメンテナンス。これを使えばまたスピアー(DP4)を呼び出せるかもしれない。
「手札からグッズカード、夜の───」
いや、ちょっと待てよ? もしスピアー(DP4)を呼んで、攻撃できるようになったとしてもそのスピアー(DP4)と今バトル場にいるスピアー(DPt2)の二体しかスピアーがいないため、皆で襲うは60しか威力が出せない。それじゃあ今目の前にいるヘルガー80/80は倒せない。
そして次の番、沙羅さんがヘルガーで紅蓮の炎をしたら……。
そこから導き出せる結論、俺がすべきことは一つ。
「降参します」
俺のナンパ計画は終わった。そのまま膝からがっくりと崩れ落ちるが、沙羅さんはそんな俺に見向きもせずにどこぞに行ってしまった。
後ろの方で拓哉が対戦相手の中学生の男子に向かって「俺は自分の場と相手の場にある全てのカード、全てのポケモンを最大限に活かして一つのバトルを組み立てる。そのためにあいつほどじゃねえが、俺も俺なりにデッキを信じてる」と言っていた。
翔ぐらいだと「ちゃんとデッキを信じずに自分の目先の欲望だけ考えてたからこうなったんだろ?」と言ってきそうだ。
そこまで考えると胸に堅いものが突き刺さり、もう自力でそこから立てそうになかった。
蜂谷「今回のキーカードはブーバーンLV.X……
レベルアップ前も非常に強くてバラエティに富んだ戦い方が出来るみたい……。
帰っていい?」
翔「こないだ俺のセリフを俺を撥ね退けてでも無理やりでも言ったヤツとは思えないなぁ。っておい大丈夫か!?」
ブーバーンLV.X HP130 炎 (DP2)
ポケパワー しゃくねつはどう
このポケモンがバトル場にいるなら、自分の番に1回使える。相手のバトルポケモン1匹をやけどにする。ポケモンチェックのとき、このやけどでのせるダメージカウンターの数は3個になる。このパワーは、このポケモンが特殊状態なら使えない。
炎炎炎炎 フレイムブラスター
自分の炎エネルギーを2枚トラッシュし、相手のポケモン1匹に100ダメージ。次の自分の番、自分は「フレイムブラスター」を使えない。
─このカードは、バトル場のブーバーンに重ねてレベルアップさせる。レベルアップ前のワザ・ポケパワーも使うことができ、ポケボディーもはたらく。─
弱点 水×2 抵抗力 − にげる 3
───
沙羅比香里の使用デッキ
「爆炎!咆哮の光」
http://moraraeru.blog81.fc2.com/blog-entry-760.html
藤原が勝負を繰り広げようとしている時と同じころ、同じブロックにいた俺こと蜂谷亮も決勝リーグの一回戦が始まろうとしていた。
対戦相手の名前は沙羅 比香里(さら ひかり)と言うらしく、俺(16)より二つ上の年上のお姉さんである。艶のある黒色の長髪に、スタイルの良さを魅せる紅蓮のライダースーツ。正直カードに対するわくわくよりも違う方向でわくわくが働いて仕方ありません!
「ふっ、これは役得」
近くで試合を見ている恭介をニヤニヤしながら見つめると、なんか腕でジェスチャーをし始めた。何を伝えたいかは分からないのだが。
ここは勝負で勝って、「お姉さん、僕がカードの勝ち方をご教授しますよ」みたいなことを言ってそのまま……。
「……。早くしてくんない?」
「へあ?」
妄想しているうちにお姉さんはバトルテーブルを組み立て、デッキをセットしていた。俺も遅れないようセットする。
俺の遅さに遅れたお姉さんはポケットから小さな青い箱を取り出し、箱の中身を開けようとした。が、なぜか辺りを見渡しながら箱をポケットに戻す。
理由は単純。あの青い箱の中身はタバコだ。うちの親父が吸ってる、ピース・インフィニティっていうやつだ。お姉さんもまだ未成年、特にこういう年齢のバレやすい場所で吸うとすぐに注意されたりする可能性があるからな。特に目の前の対戦相手とか。
代わりに違うポケットから緑の大きな箱が出てきた。アレはプリッツのサラダ味だ。そっちなら問題ないです。
「よし、準備出来た!」
俺も遅れてデッキポケットにデッキをセットし、シャッフルさせる。手札が七枚引かれ、サイドが六枚セットされる。そして互いに最初のバトルポケモンを選ぶとポケモンが表示される。俺のバトルポケモンはフィオネ60/60、ベンチにはヤジロン50/50。一方で相手のバトルポケモンはロコン50/50、ベンチにはブビィ40/40。
「俺から先攻だぜ。ドロー!」
一ターン目の先攻はトレーナーカードが使えず、進化もできない。俺の今の手札がゴージャスボール、ポケドロアー+、コール・エネルギー、破れた時空、バトルサーチャー、ミズキの検索となっているだけにほとんどすることがない。
「よし、手札のコール・エネルギーをフィオネにつけてエネルギーの効果発動だ! 自分の山札からたねポケモンを二匹ベンチに出すぜ」
俺のベンチエリアにビードル50/50が二匹現れる。しかし出したはいいけど、相手は炎デッキっぽいぞ……。どう対処しようか。
「私のターン。手札からスタジアムカードの破れた時空を発動」
辺りがあっという間に破れた世界への入り口が開いた槍の柱に変わる。この瞬間俺の手札の破れた時空が腐った。よりによって相手が発動かよ。
「破れた時空が場にある間は互いに場に出したばかりまたは進化したばかりのポケモンをさらに進化させることができる。よってロコンをキュウコンに、ブビィをブーバーに進化させる」
沙羅さんのポケモンが一気にキュウコン90/90、ブーバー70/70へと進化する。全体的にHPの少ない俺のポケモンからすると、大きさもHPも圧迫されている気がする。
「そしてサポーター、地底探検隊を発動。自分の山札のカードを下から四枚見て、好きなカードを二枚手札に加える。その後残りのカードを好きな順番にして山札の下に戻す」
沙羅さんが手札に加えたカードは俺からでは分からない。地底探検隊のテキストには加えたカードを相手に見せる必要はないからだ。しかし四枚のうち二枚と言えど、ある程度のレベルでチョイスが可能だ。何を引いたのか……。
「キュウコンに炎エネルギーをつけて、ワザを使うわ。炎の宴! 裏が出るまでコイントスをして、表の数だけデッキから炎エネルギーを選んで好きだけ自分のポケモンにつける」
コイントスの結果は表が三回出てようやく裏、つまり炎エネルギーを三枚自由につけることが出来る。
キュウコンの周りに炎のシンボルマークが三つ現れて三つともブーバーに吸収されていく。
「私はブーバーに炎エネルギーを三つつけてターンエンド」
「よし、俺のターンだ! 手札からグッズカード発動。ゴージャスボール! 自分の山札からLV.X以外のポケモンを一枚手札に加える。俺はコクーンを手札に加えるぜ」
バトル場にいるフィオネの隣にゴージャスボールが現れる。ゴージャスボールが開くと、拡大されたコクーンのカードの絵が映し出された。
「更にサポーターカードのハマナのリサーチも使うぜ。デッキからビードルを二匹加えてそいつらもベンチに出す!」
これで俺のベンチはヤジロンとビードル四匹で全て埋まった。
「ビードルのうち一匹をコクーンに進化させるぜ」
ビードルのうち一匹がコクーン80/80へと進化する。他のポケモンはポケモンバトルレボリューションみたいな感じである程度各自で動作を取っているが、コクーンだけは微動だにしない。流石だ。
「そしてコクーンに草エネルギーをつけ、フィオネのワザを使う! 進化の願い。自分のデッキから、自分のポケモン一匹から進化するカードを選んでそのポケモンに進化させる。俺はベンチのヤジロンをネンドールにさせるぜ」
フィオネが両手を胸の辺りで手を合わせると、ヤジロンに淡い光が降り注ぐ。するとヤジロン自身が白く輝きフォルムを変えてネンドール80/80へと進化する。
「よし、ターンエンドだ」
「私のターン。ブーバーをブーバーンに進化させ、ベンチにデルビルを出すわ。そしてキュウコンに炎エネルギーをつける」
進化したブーバーン100/100と新たに現れたデルビル50/50が壁となる。かろうじてデルビルが悪タイプなのが救いだが、残りが丸ごと炎タイプ。草タイプを主として戦う俺にとっては不利だ。
「キュウコンで攻撃、怪しい炎!」
九色の火の玉がフィオネの周りを輪のように遊泳し、同時にフィオネに襲いかかる。フィオネのHPが20/60へ一気に下がり、更に火傷のマーカーと混乱の象徴としてフィオネの頭上で幾多の星が回り始める。
「怪しい炎は自分の場のエネルギーの数が相手の場のエネルギーより多いとき、相手を火傷と混乱にする。今の私の場のエネルギー五つ。あんたのエネルギーは二つ。よってフィオネは火傷と混乱になってもらうわ。そしてポケモンチェックよ」
「む……」
火傷は各ターン終了後に行われるポケモンチェックでコイントスをし、裏ならそのポケモンに20ダメージを。混乱は、ワザを使用するときにコイントスをして裏ならワザが失敗してそのポケモンに30ダメージを与える状態異常だ。
このコイントスで裏が出ればフィオネは気絶。ベンチが整っていない状況でのこれは出来る限り避けたい。
「せあ!」
コイントスボタンを押すと、結果は表。ダメージはなんとか免れた。
「ふうー」
一息つかざるを得ない。肺に溜めていた空気をすべて吐き出す。
「よし、俺のターンだ。手札からグッズのポケドロアー+を二枚発動。ポケドロアー+は同時に二枚使うと効果が変わるカードだ。二枚使った場合、自分の山札の好きなカードを二枚選んで手札に加えることが出来る。もちろんこの効果は、二枚で一回しか働かないけどな。俺はカードを二枚手札に加え、ベンチのビードルを二匹コクーンに進化させる!」
俺がポケドロアー+の効果で手札に加えたのはコクーン二匹だ。
ベンチのビードル二匹がコクーンに進化したことによって、コクーン三匹ビードル一匹という割と奇妙な構図が出来あがる。
「そして草エネルギーのついたコクーンをスピアーに進化させる!」
コクーンが殻の内側から光を発すると、そこからスピアー110/110が現れる。小型ポケモンばかりの俺のベンチにようやく大きめのポケモンがようやく登場だ。
「まだだ、ミズキの検索発動。手札のカードを一枚デッキに戻して好きなポケモンを一枚手札に加える。俺が加えたのはスピアー! ベンチのコクーンをスピアーに進化させる」
再びベンチのコクーンがスピアーに進化する。だが俺のデッキのエンジンはかかったばかり。相手が強力な炎のビートダウンなら、やられる前にやるまで。
「ベンチのスピアーのポケパワーを使う。羽を鳴らす! 自分のデッキから草ポケモンを一枚手札に加えることができる。俺はコクーンを手札に加え、ベンチのビードルをコクーンに進化させる。そしてもう一匹のスピアーの羽を鳴らすも発動。スピアーを手札に加えてコクーンを進化させる!」
「嘘!?」
相手もようやく危機感を感じたらしいが、これだけじゃあ止まらない。ちなみに今進化させたスピアーはポケパワー、羽を鳴らすを持つスピアーとは別のスピアーだ。シリーズ分けで呼ぶなら、羽を鳴らすのスピアーがスピアー(DPt2)で、今進化させたのがスピアー(DP4)。
「更にネンドールのポケパワーを発動。コスモパワー! 手札を一枚か二枚デッキの底に戻し、手札が六枚になるようにドローする。俺は手札を一枚戻すことによって今の手札は0。だから六枚ドローだ!」
これで残りデッキ枚数は三十。
「貴女が発動させてくれた破れた時空のお陰でおお助かりだぜ。更にベンチのコクーンをスピアー(DP4)に進化させ、そのスピアー(DP4)に草エネルギーをつける。そしてフィオネのコール・エネルギーをトラッシュしてベンチに逃がし、草エネルギーのついたスピアー(DP4)と入れ替える!」
「くっ」
フィオネがベンチに逃げることで、混乱と火傷が回復する。これでいつ気絶するかわからないハラハラする状況は防ぎきった。
「スピアー(DP4)でキュウコンに突撃だ! 皆で襲う!」
バトル場のスピアーがキュウコンに向かって襲いかかる。それを号令に、ベンチにいる他のスピアー三匹もキュウコンに飛びかかる。
「皆で襲うは俺の場にいるスピアーの数かける30ダメージを与えるワザ。今俺の場にはベンチにいるスピアーが三匹、そしてバトル場にいるスピアーが一匹。よって合計四匹。与えるダメージの累計は120だ!」
スピアーの突撃から身を守っているキュウコンのHPバーはあっという間に0になり、その場に崩れ去る。
「やるね。私はブーバーンを新たにバトル場に出すわ」
「よし! やられる前に勝負を決めるぜ! サイドを一枚引いてターンエンド!」
ふう、一時はどうなるかとひやひやしたけどもなんとか捲き返せそうなとこまで試合を運んでやったぜ。
俺だってまだポケモンカードを始めて二ヶ月くらいだけど、やればここまで出来るんだ!
満更でもない表情でチラと後ろにいる恭介を見つめる。予想通り驚いた顔をしているあいつを見れてなかなか痛快だ。
蜂谷「今日のキーカードはスピアー!
ベンチにスピアーを集めれば、
草エネルギー一個で120ダメージも与えれるんだぜ!」
スピアーLv.41 HP110 草 (DP4)
草 みんなでおそう
自分の場の「スピアー」の数×30ダメージ。
無無無 ダブルニードル 50×
コインを2回投げ、オモテ×50ダメージ。
弱点 炎+30 抵抗力 − にげる 0
───
蜂谷亮の使用デッキ
「ハイパービートスピア」
http://moraraeru.blog81.fc2.com/blog-entry-756.html
「さあ、ポケモンチェックだ。エクトプラズマーの効果によってお前のポケモン全員にダメージカウンターを乗せる」
沙村のポケモン達は各々の姿勢で苦しみだす。そしてそのままHPバーは緩やかに減少していく。
バトル場にいる鋼の特殊エネルギーが二枚、基本エネルギーが一枚ついたボスゴドラは100/130。ベンチのジバコイルは90/120。鋼の基本エネルギーが二つ、鋼の特殊エネルギーが一つついたディアルガLV.Xは80/110、ココドラは40/50。
それに対して俺のバトル場のポケモンは超エネルギー一つついているゲンガー110/110、ベンチには同じゲンガー110/110、ベンチシールドのついたネンドールは80/80。
残りのサイドは互いに四枚だが、主導権は完全に掌握している。
「俺のターン。ゴースとヤジロンをベンチに出し、ゲンガーで攻撃する。シャドールーム!」
ゲンガーは両腕を自分の腹部に持っていく。すると右手と左手の間に黒と見違えるほどの濃い紫色の立方体の謎の物体を作り出す。ゲンガーが腕を広げるとその立方体もそれに合わせて大きくなる。ある程度の大きさになると、ゲンガーはその立方体を投げつけた。
謎の立方体は沙村のバトル場にいるボスゴドラに───。少なくとも沙村はそう思ったはずだ。実際には、謎の立方体はボスゴドラの脇腹の横を通り過ぎてベンチにいるココドラにぶつかった。
ぶつかっただけならまだしも、謎の立方体はココドラを包み込む。謎の立方体にココドラが捕えられる様子になった。
「なっ」
ココドラのHPバーが40から10へと減少すると、ココドラを包んでいた謎の立方体は霧散した。
「シャドールームは『相手のポケモン一匹』にダメージカウンターを三つ乗せる技だ。そこのデカブツみたいに真正面しか殴れないと思うなよ。ポケモンチェックだ!」
休む間もなく沙村のポケモンが苦しみ始める。ボスゴドラのHPは90/130、ジバコイルは80/120、ディアルガは70/110。そしてココドラのHPは尽きた。
「サイドを一枚引くぜ」
「くっ、僕のターン! ジバコイルにマルチエネルギーをつける」
(マルチエネルギーはポケモンについてる限り全てのタイプのエネルギー一個ぶんとして働くエネルギーだね)
「あいつのジバコイルのワザには鋼エネルギーと無色エネルギーしか必要としねぇはずだ。何かあるかもな」
「そしてグッズカードのエネルギーつけかえを発動。ディアルガLV.Xについている鋼の基本エネルギーをボスゴドラにつけかえる! 更にサポーターのバクのトレーニングを発動」
バクのトレーニングとは、自分の山札からカードを二枚引くサポーターだ。しかし効果はそれだけでなく、このカードを使用したターンはポケモンのワザの威力を10上げるのだ。
「来いよ、潰してみろ!」
「ボスゴドラでゲンガーに攻撃。ハードメタル! ボスゴドラに40ダメージを与えることによって、ワザの威力は60から100へ。更にバクのトレーニングの効果によってゲンガーに与えるダメージは110!」
鈍色の光に包まれたボスゴドラが地面を蹴り勢い良くゲンガーに肩からぶつかっていく。ゲンガーを地面に叩き伏せるようにのしかかると、ボスゴドラは思い切り頭をゲンガーの頭に叩きつける。爆ぜるような音が衝撃の強さを物語り、頭突きを見舞ったボスゴドラでさえ、ふらつきながら後退るとゲンガーから距離をとった。
ゲンガーのHPは110から一気に0へ。ボスゴドラのHPは70/130。ハードメタルの効果で自らも40ダメージを受けるはずだが、現に20しか受けていない。
「ハードメタルの効果でボスゴドラが受けるダメージは、鋼の特殊エネルギーで軽減できる。ボスゴドラについている鋼の特殊エネルギーは二つ。よって受けるダメージは20軽減され、20ダメージ」
「まーたトリガー引いたな。再び天国か地獄かのターニングポイントだ! ゲンガーのポケパワー発動。死の宣告!」
「倒したはずなのに……」
「倒されたときに発動するポケパワーなんだよ。今から俺様はコイントスをする。裏なら効果はないが」
出来るだけ相手に緊張感や動揺を与えれるようにわざと言葉を区切る。
「表だった場合は問答無用でボスゴドラは地獄送り(気絶してトラッシュ)だ!」
バトルテーブルを叩きつけるようにコイントスのスイッチを押す。結果は、
「わりぃな、表だ」
倒されたゲンガーの影がすっと伸びてボスゴドラの影と重なり、重なった影はゲンガーの形を形成した。ボスゴドラが異変に気づいて振りかえったのが最期、なんと影が立体と化してボスゴドラを殴りつけた。70も余力のあったボスゴドラのHPはあっという間に0になる。
今まで無表情、それかかろうじて悪意の眼差ししかしなかった沙村の顔が初めて負の色に包まれた。思い通りにいかない動揺、予想しない出来ごとの連続から来る驚愕。
「ようやくいい表情しはじめたじゃねえか」
「……ゲンガーが気絶したことによってサイドを一枚引く。新しいバトルポケモンはジバコイル」
「俺も引かしてもらうぜ。ベンチにいたもう一匹のゲンガーをバトル場に出す。そして楽しみポケモンチェックだ」
何度目だろうか、またも沙村のポケモンが苦しみ始める。先ほどよりもポケモンの数が減ったのでうめき声の音量は控えめだ。今回のエクトプラズマーによってジバコイルは70/120、ディアルガLV.Xは60/110へ。
「俺のターン、ドロー。ゴースに超エネルギーをつけ、ヤジロンをネンドールに進化させてベンチシールドをつける」
これでベンチにベンチシールドがついたネンドールが二匹ずつ並んだことになる。
「まずは一匹目のコスモパワーだ。俺は手札を二枚デッキボトムに戻し、手札が六枚になるよう。つまり三枚ドロー。さらに二匹目のコスモパワーもいくぞ。手札を二枚デッキボトムに戻して二枚ドロー。そしてベンチのゴースをゴーストに進化させる」
一見手札をぐるぐる回してるだけに思える行為だが、「今自分に要らない手札」をデッキボトムに戻し、「これから必要になるであろう手札」をデッキから新たに探っているのだ。そして、そのためのピースは揃った。
ケッ、もうサポーターを使う必要性も感じねえ。チェックメイトどころかもう、剣が体に突き刺さってるじゃねえか。後は息の根が止まるのを待つだけだな。
「ゲンガーで攻撃。シャドールーム!」
再びゲンガーが謎の立方体を生み出す。今度はベンチのディアルガLV.Xに向けて投げられた。投げられた謎の立方体はディアルガLV.Xに届く前に自然と大きくなり、あの大きなディアルガLV.Xをも閉じ込めた。
「ダメージカウンター三つだけではまだディアルガLV.Xは気絶しない!」
「カードテキストも読めねえのか? シャドールームは確かに相手のポケモン一匹にダメージカウンターを三つだけ乗せる技だ。だが、乗せる相手がポケパワーを持っている場合は更に乗せるカウンターを三つ増やす!」
今のディアルガLV.XのHPは60/110。きっちりHPは0となり、ディアルガLV.Xは足に力が抜けて崩れ落ちるように倒れた。
「タイムスキップで逆転の可能性もあったのにこうなっちゃどうしようもねえな。サイドを一枚引いてターンエンド。あれ、もう残りサイド一枚か?」
沙村の舌打ちが聞こえる。だが、舌打ちだけじゃなかった。
「さっきからいちいち一言余計でむかつくんだけど」
態度だけで我慢していた沙村だったが、ついに言葉に表した。
「むかつかせてんのはどっちの方だ?」
「くっ……!」
返す言葉がないようだ。そしてジバコイルに再びエクトプラズマーの効果が適用され、HPは60/120まで下がった。
「僕のターン。ジバコイルに鋼の基本エネルギーをつけて、レベルアップさせる!」
ジバコイルはレベルアップしたことによってHPが80/140へと拡張。それだけでなく新しい技をも使えるようになった。だが、その位想定内だ。
「ジバコイルLV.Xでゲンガーに攻撃。サイバーショック!」
ジバコイルLV.Xを中心に、眩い青白い光が拡散する。眩さあまり思わず目を伏せ両腕で顔を隠したが、健康に悪そうな光ったらありゃしねえ。
光が収まったので目を開いてフィールドを見ると、ゲンガーのHPバーは30/110まで一気に下がっていた。さらに、ゲンガーは体が麻痺しているのか、立っているだけでつらそうに見える。
「エネルギー二個でなかなか大技だな」
「サイバーショックは相手に80ダメージを与えて更に相手を麻痺にする技。自分についている鋼と雷エネルギーをトラッシュしなくてはいけないけど、効果は十分」
沙村のターンが終わったのでポケモンチェックが入る。エクトプラズマーによってジバコイルLV.XのHPは70/120へ。
「俺のターン。まさかゲンガーが動けないからこのままターンエンド。……とか言うと思ったか?」
「……」
「手札からグッズカード発動。ワープポイント!」
ゲンガーとジバコイルLV.Xの足元に青い渦が発生する。
「ワープポイントの効果により、互いにポケモンを入れ替える。ただ、お前は替えるポケモンがいないからそのままだな。俺はゲンガーとゴーストを入れ替える!」
青い渦はゲンガーを飲み込んだ。ベンチのゴーストの足元にも青い渦が現れて、同様に吸い込む。そして互いに先ほどとは違う渦から現れる。沙村のジバコイルLV.Xの足元にあった青い渦は別段何もせずに消えていった。
「新しくバトル場に来たゴーストをゲンガーに進化させ、ジバコイルLV.Xに攻撃だ。シャドールーム!」
これで三回目となるシャドールーム。謎の立方体がジバコイルLV.Xを包んだ。
「ジバコイルLV.Xには使われなかったが、ポケパワーがある。よって乗せるダメカン六つだ」
「ジバコイルLV.Xの抵抗力は超タイプ。だから受けるダメージは───」
「ダメージじゃねえよ。このワザは『相手にダメージを与える』んじゃなくて『相手のポケモン一匹にダメージカウンターを乗せる』効果だ。抵抗力はダメージに対してしか働かねえ。これでジバコイルLV.XのHPは10/140だな」
沙村は左手に持っていた手札六枚をポロポロと落とす。そんな沙村とは関わりがまるでないように、ジバコイルLV.XのHPバーは残り僅かの赤へ減少する。
「そしてポケモンチェック。スタジアム、エクトプラズマーの効果発動だ」
今度こそジバコイルLV.XのHPが0となる。急に浮力を失ったジバコイルLV.Xは金属音を放って落ちた。
「最後のサイドを引いて終わりだな」
ようやく紫色の空間が消え、辺りは元の展示ホールへ戻った。「くっそぉ!」と声を荒げてバトルテーブルを叩く沙村に向けて言い放つ。
「俺は自分の場と相手の場にある全てのカード、全てのポケモンを最大限に活かして一つのバトルを組み立てる。そのためにあいつほどじゃねえが、俺も俺なりにデッキを信じてる」
そうやって観客として試合を観ているはずの翔を探した。目があったが、それだけだった。再び沙村に視線を戻す。
「お前に足りないのはそういうものと、後は簡単に挑発に乗ってくる精神の弱さだ。ま、戦う分には最高ってくらいやりやすかったけどな」
バトルテーブルを変形させて元のバトルベルトに戻し、その場から立ち去ろうと振りかえると背後から声がかかった。
「次は絶対ぶっ倒す」
「ケッ、そんときゃ精々スクラップにならないようにな」
何はともあれ一回戦突破だ。誰にも見えないように拳をグッと握って小さくガッツポーズを作る。
「やるわね彼」
今の勝負を静観していた松野がようやく口を開いた。ずっと腕組みして試合を見続けていた風見は腕組みを解いて松野に話しかける。
「藤原だってなんだかんだ言って元能力者ですしね。松野さんは今の勝負見ていてどう思いました?」
「まず最初の方で、わざわざ自分でヨノワールにダメカンを乗せてダメージイーブンを放ったときに感覚でやってるのじゃないというのは感じたわね。あの挑発も、感情的にやってるものかと思えばそうではなくて相手の冷静さを欠くもの。私と戦った時より全然成長して、今は立派な策士ね」
「このまま順当に昇って行けばあいつは準々決勝で能力者の高津洋二との対戦、ですか」
「風見くんも勝ち続ければ準決勝で山本信幸との対戦よ」
「まずは目の前の一勝を、ですね」
能力者の足音が聞こえる位置にいることを、風見は改めて自覚した。
拓哉(表)「今日のキーカードはジバコイルLV.X。
サイバーショックはリスキーだけど威力も効果も高レベル!
エネルギーが足りなくなったらポケパワーでつけなおそう!」
ジバコイルLV.X HP140 鋼 (DP5)
ポケパワー でんじトランス
自分の番に、何回でも使える。自分のポケモンの雷エネルギーまたは鋼エネルギーを1個選び、自分の別のポケモンにつけ替える。このパワーは、このポケモンが特殊状態なら使えない。
雷鋼 サイバーショック 80
自分の雷エネルギーと鋼エネルギーを、それぞれ1個ずつトラッシュし、相手をマヒにする。
─このカードは、バトル場のジバコイルに重ねてレベルアップさせる。レベルアップ前のワザ・ポケパワーも使うことができ、ポケボディーもはたらく。─
弱点 炎×2 抵抗力 超−20 にげる 4
───
沙村凛介の使用デッキ
「鋼の世界」
http://moraraeru.blog81.fc2.com/blog-entry-752.html
「では、手短に2匹ずつでいくぜ」
俺とターリブンはコートで対峙した。周りには選考会の参加者の他、多数の野次馬がいる。もちろんイスムカとラディヤもだ。
若者との勝負か……久しぶりのようで、実はそうでもないんだよな。あの時は負けたが、今回は俺が勝つ。
「わかったでマス。待ってるでマス、オイラのラディヤちゃん」
「は、はあ……」
しかし、この緊張感の無さは何事だ。ターリブンはラディヤにアピールするのに夢中で、俺の話は殆ど聞き流してやがる。彼女が困っているのにも気付いてない様子だ。……最初から彼女狙いだったのか。ま、不純な動機でも一向に構わないが。遠くイッシュ地方では、もてるためにやっていたら上手くなったトレーナーもいるらしいからな。
さて、そろそろ動くか。俺はボールを手に取りながらターリブンに声をかけた。
「うつつを抜かすなよ。ではまず俺からだ、ニョロボン!」
「もちろんでマス。いくでマス、ボーマンダ!」
俺とターリブン、勝負の火蓋は切って落とされた。俺はニョロボン、奴はボーマンダが先発だ。
「やはりボーマンダからか」
俺は一言つぶやいた。ボーマンダはドラゴンタイプであるコモルーの進化形で、非常に強力な性能を持つ。その根拠は、まず全ての能力が高く、素早さ、攻撃、特攻が抜きん出ている。そこから放たれる高威力の技はそうそう耐えられない。また、特性のいかくで物理相手に後だししやすいのも魅力的だ。強敵には違いないがニョロボンなら大丈夫さ。
「じゃ、いきなりだがぶちのめす。ニョロボン、れいとうビームだ」
「……甘いでマス。ボーマンダ交代、メタグロスでマス!」
まずはニョロボンのれいとうビーム。渦巻き模様から発射された冷気はボーマンダに命中したと思われたが、寸でのところで逃げられた。代わりに攻撃を受けたのは、4本の足とばつ印が印象的ポケモンだ。ちなみに、足には何かのハチマキが巻かれている。
「メタグロス……メタマンダか」
俺は2匹目のポケモン、メタグロスを眺めた。メタグロスはエスパーに鋼と言う変わった組み合わせのタイプ構成を持つポケモンだ。互いの耐性を相殺しているから微妙ではあるが、それでも押さえるべき耐性は残っている。タイプ相性の良さからボーマンダと組んだ「メタマンダ」が大流行した時期もあったが、最近はそうでもない。まだ使うトレーナーがいたとはな。だが、甘いぜ。
「ふん、その程度の動きは承知の上だ。ニョロボン、ハイドロ……」
「しねんのずつきでマス!」
「なんだと!」
俺は半ば信じられない光景を目にした。ニョロボンが技を使おうとしたところ、メタグロスが瞬く間に接近。そのまま鋼鉄の頭を叩きつけ、ニョロボンを沈めてしまった。あれは同じ速さの競り合いじゃねえ。
「ちっ、素早さ重視たあ盲点だったぜ。それにこの威力、こだわりハチマキか」
「おおっ、オイラの秘策を理解してくれる人がいたでマス。良い人でマス!」
ターリブンは1人で勝手に喜んだ。ナンパしたり騒いだり、忙しい奴だぜ。立場上負けられないのに、こんな相手に負けたら示しがつかねえな。
「そりゃどうも。ではこちらも本気を出すか、カイリュー!」
俺はニョロボンとの入れ替えでカイリューを繰り出した。お前の新しい力、今こそ見せつける時だ!
「カイリューでマスか。鈍速ドラゴンなんてお呼びでないマスよ」
「それはそれは、随分不勉強だな。カイリュー、りゅうのまいだ」
カイリューは空を飛びながら、怒り狂ったかのように踊った。力がみなぎっているのが俺にも良く分かる。もちろん、それを見逃すようなターリブンではない。
「そうはさせないでマス、しねんのずつき!」
カイリューが地上に降りてきたのを見計らい、メタグロスはしねんのずつきをかました。カイリューは直撃を受けたが、余裕の表情である。これにはさすがのターリブンも動揺したのか、声を荒げた。
「ど、どういうことでマス? びくともしないでマス、こんなのインチキでマス!」
「それは違う。これは特性『マルチスケイル』の効果だ。これは体力が満タンの時、ダメージが半分になるって言う便利な代物さ」
「な、なあんでますとおお!」
お、やっと静かになったか。さてさて、先制技の心配も無いことだし、とっとと片付けよう。
「もう誰も止められねえよ。じしん攻撃」
カイリューはその足で地面を蹴り上げ、メタグロスをその衝撃で襲った。りゅうのまいで底上げした攻撃の前に、メタグロスはたまらず力尽きた。これには周囲からどよめきが沸き起こる。
「め、メタグロスがやられたでマス……。ええい、こうなったらボーマンダの出番でマス!」
ターリブンは冷や汗を滴らせながらボーマンダを再登場させた。ボーマンダのいかくでカイリューは少し後退りするが、今更関係ねえ。
「いかく、か。それじゃあ駄目だな。げきりんを決めろ!」
カイリューはボーマンダを上回る速さで旋回し、渾身の力でボーマンダを殴り倒した。ドラゴンタイプの弱点はドラゴンタイプ、問答無用の威力だった。
「や、やられたでマスう!」
ターリブンが肩を落とす。ふっ、勝負あった。ギャラリーは展開の速さに感嘆するしかないみたいだな。まだまだ俺もやれるもんだ。もっとも、実際に戦うのはポケモンなんだが。
「よし、俺の勝ちだ。……まあ、これだけできるなら大丈夫だろう」
俺は何度か頷くと、ターリブンの元に歩み寄り、そしてこう言った。
「ターリブン、負けたが良い腕をしてるな。これなら文句無しで入部決定だ、是非とも俺達の力になってほしい」
俺の言葉を聞いたターリブンは、しぼんだ風船のような状態からみるみる元気になった。現金な奴め。
「ほ、本当でマスか! やったでマス、ラディヤちゃんと仲良くできるでマス」
「おいおい」
これで大丈夫なのか、なんとなく心配になってきたぜ。
・次回予告
最低限の人数は揃った、後は鍛練あるのみ。しかし、高校の勝負のルールはどうなってるんだ? 俺達は暇な時間にルールブックを読んでみるのであった。次回、第10話「これがルールだ」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.75
ターリブンは元々、パワポケのメガネ一族みたく「〜ダ」という名前にしたかったのですが、全員「あ」の音で終わるのはバランスが悪いと考え、こんなことに。ターリブンはアラビア語で「student」の意味です。アラビア語からすると、この言葉は外来語なんですよね。で、複数形は「タリーバン(tali-bが「学生」、anが「〜達」)」で「student共」となります。anの部分は昔からある使い方で、英語の〜erに当たります。
お気付きの方もいらっしゃると思いますが、かの有名なイスラム過激派組織タリバンは、アフガニスタン統一を願う学生運動から始まったのでした。なお、他の過激派アルカーイダやその指導者だったウサマ・ビン=ラディンとは、本来別々の組織です。アルカーイダは、ソ連のアフガニスタン侵攻に対する義勇兵の一部が、闘争の舞台を海外に求めて作られたのです。
ダメージ計算は、レベル50、6V、ボーマンダ無邪気特攻素早振り、ニョロボン控えめHP特攻振り、メタグロス@ハチマキ陽気攻撃素早振り、カイリュー陽気攻撃素早振り。メタグロスのハチマキしねんのずつきでニョロボン確定1発。攻撃1段階上昇カイリューの地震は、ニョロボンの冷凍ビームと合わせて確定でメタグロスを倒せます。そして、通常状態の逆鱗でボーマンダを確定1発。
あつあ通信vol.75、編者あつあつおでん
「……こいつは驚いた。まさかこれ程の影響力とはな」
「さすがラディヤさんですね」
9月3日の午後、俺とイスムカ、ラディヤは職員室から部室を眺めていた。職員室は2階にあるのだが、窓から部室とグラウンド、コートが一望できる。万一の際にすぐ駆けつけられるようにとの考えらしい。悪くはない発想だな。
しかし、こりゃいかんな。ポケモンバトル部の部室前には、暴動かと思わせる程ごった返している。正直、烏合の衆と言わざるを得ない。呆れながら様子を見ていると、ラディヤが困った表情で俺に尋ねてきた。
「……先生、もしかして全員入部させるおつもりですか? あまり大人数は好まないのですが」
「無論、そのつもりはない。ルールブックを読むと、3人いればどのバトルも参加できるそうだ。だから、あの群衆から1人か2人だけ採用する」
もっとも、全員不採用の場合も有り得るがな。わざわざ素人を鍛えるなんて、時間の足りないこの状況でやる気は全く無い。入りたい奴は自分ではい上がるしかねえ。
俺は眼下の生徒達に向け、こう叫んだ。
「おい、お前さん達。俺達はここにいるぞ!」
俺の呼び掛けに反応し、奴らは職員室の方を見上げた。俺は顔色1つ変えることなく続ける。
「入部希望者が多数いるようだから、今から選考会を実施する。覚悟のある奴はコートに来い。結果に関係無く、俺が見出だした奴を入れてやる」
俺が言い終わると、群衆は一目散に走りだすのであった。まあ、コートは部室の隣なんだがな。
「さてさて、どんな掘り出し物があるものやら」
「……どうなってるんだ、話が違うじゃねえか!」
「確かに、さっきと比べると……」
「少ない気がします。いえ、まぎれもなく少ないです」
俺達がゆっくりコートに赴くと、皆異変を察知した。少ない、少な過ぎる。確かにさっきは大勢いた。まさか、たった数分間でここまで減るとは。
「怖気づいたか、小心者め。所詮奴らの情熱なんてそんなものか。挑戦しなければ結果は出ないと言うのによ。まあ、それでも何人かはいるがな」
大方、途中で負けるのが怖くなったのだろう。あるいは、群衆の波に押されたが、元々入る気なんて無かったか。しかし、今となってはどうでも良いことだ。
俺は残った10人程の挑戦者を集め、こう述べた。
「勇気ある希望者よ、これより選考会を始める。ルールは簡単、トーナメント戦でのバトルだ。早い話、勝ち上がる程俺へのアピールチャンスが増える。ただし結果は考慮しない。あんた達の将来性を見させてもらうぜ。以上、各自組み合わせを決めたら始めるように」
俺の合図と同時に、各自一斉にバトルを始めた。頼むぜ、誰かまともそうな力を示してくれよ。
俺がコートの巡回をしだすと、イスムカが不意に問うてきた。
「先生、こんなやり方で大丈夫なんですか?」
「愚問だな。いざと言う時は、俺が直々に勝負してやれば良い。問題なんて無いさ。それより、1人ずつ見て回るぞ」
「はーい」
俺達は四方八方に目を向け、新たな可能性の発掘に努めた。そんな中、まずイスムカがとある生徒を推した。
「先生、あの人はどうですか?」
「……良いんじゃねえのか、イスムカよりは。だが、将来性は無いな」
「では、あちらの方はいかがでしょう?」
イスムカを軽くあしらうと、今度はラディヤが別の生徒をピックアップした。2人共、結構真面目に選んでいるな。これから長い付き合いになるから当然か。
「お、ラディヤはイスムカより良い線いってるな。確かに荒削りだが、それだけ先が楽しみだ。しかし、まだ保留にしとくべきだろう」
そう、まだ全員は見ていない。早計はしばしばミスを引き起こす。まだまだ吟味の必要があるから、もう少し巡回しておくとしよう。
「……むむ、あれは誰だ?」
ふと、俺は足を止め、とある生徒を注視した。そしてイスムカに何者かを尋ねる。眼鏡をかけたそいつの使っているポケモンは……ボーマンダだと。タンバの海と同じ白群色の胴に、紅葉のような深紅の翼。間違えるはずもねえ。まさか、こんな学校でドラゴンタイプを見るとは思わなかった。
「ああ、あれは同じクラスのターリブンですよ。ポケモンマニアとして校内では有名ですね。……けど先生、確か僕のクラスで授業教えてますよね? 生徒の名前は覚えた方が良いですよ」
「む、むう。それは失礼した」
仕事始めの前に写真と名前の一覧を覚えるように言われていたが、不覚だったぜ。だが、これでターリブンがマニアという事実にたどり着けた。確かに、本人の動きから努力の跡が垣間見れる。事実、他の生徒を圧倒しているしな。それでも、まだいくらでも改善の余地が残されている。こりゃ、滅多に無い大物だ。
「よし、あいつと勝負してみるか」
「え、ターリブンとですか?」
「ああ。俺はスカウトする時、なんとなくだが先が見えるんだよ。そして、奴は先が明るいと判断した……期待できるぜ」
驚きの表情を浮かべるイスムカをよそに、俺はターリブンに近づき、声をかけた。
「おい、お前さんターリブンって言うんだろ。少し俺と勝負してみないか?」
「おお、確かあんたは……誰でマスか?」
「こ、顧問のテンサイだ」
おいおい、俺はここに来てもう3日目だぞ。ま、授業を受けてない先生の名前を知らないのも無理は無い。……入りたいならそれくらい調べろと言いたいがな。
「ターリブン、俺はお前さんに無尽蔵の鉱脈を発見した。是非とも勝負してもらいたい」
「……それはつまりあれでマスか。オイラの入部は決まったでマスか?」
「まあ、そう慌てんなよ。ほぼ入部決定だが、念のためにな。万が一の場合は、わかるな?」
「なるほどでマス。じゃあ早速やるでマス!」
その気になったのか、ターリブンは腕を回しながら気合いを高めている。活きが良い奴だ。中々楽しめそうだぜ。
「任せろ。その力……真偽をはっきりさせてやるぜ」
俺はボールを手に取り、バトルに臨むのであった。
・次回予告
さて、ターリブンの力を知るために勝負を挑んだわけだが、さすがポケモンマニアと言われるだけはある。しかし、顧問の俺は絶対に負けてはならない。一気に決めるぜ。次回、第9話「俺対ターリブン」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.74
仲間がどんどん増えています。女性キャラがメインで2人いるのは、前作1人しかいなかったことを考えると倍増です。
ちなみに、ラディヤという名前は「満足する」という意味のアラビア語です。今作の名付けの方針はこのような感じになるでしょうね。ただ、見た目と名前があまり一致していない罠。なお、彼女は「私が今まで知り合った女性で最も綺麗だった人」をモデルにしてます。
あつあ通信vol.74、編者あつあつおでん
冷たい夜風がさらりと頬に当たって、目が覚めた。
ふと、何かのぬくもりを感じたような気がする。いや実際には、自分の目の前には何もいない。…寝てしまっていた間、毛布のような温かい物に包まれていたような感じがしたのだ。寝てしまっていたから、完全な気のせいなのだと思った。
早く、帰らないと……。見上げた夜空は、木々の間に静かな星が瞬いている。身体のぬくもりが抜けていき、少しだけそれらに見とれてから視線を元に戻した。
ちらりと視界の隅に映った、輝く銀色。目を向ければそれは四足のポケモンだった。薮に隠れておらず、少し遠いけど全身が見えている。よくよく目を凝らせば、銀色に見えたのは純白にも近い毛皮だったことが分かった。月の光をはじき返すそれは、とても美しく思えた。まるで、漆黒の夜空に凛と輝く星々のような、独特の静けさを持つ美しさだった。
そのポケモンは急にこちらを向くと、音も立てずに真っ直ぐ歩み寄ってきた。黒い顔の赤い瞳は、真っ直ぐ私に向けられている。それに、顔の右側に鎌のようなものが付いていて、鈍く光った。私を食べるつもりなのか、襲うつもりなのか。いままで歩いてきた細い小道の上で、ついに手が届くくらいまで、相手は寄ってきた。逃げようにも、足がすくんでしまって動かない。
近づいてきた相手は、私のことを未だに見つめたまま。頭の位置は、私のほうが少し上にあるくらい。そのまま十数秒、見つめ合っていたと思う。少なくとも、今ここで殺したりはしないらしい。赤い瞳が、ある事を問いかけているような気がして、言葉が勝手に口から漏れ出た。
「帰りたい」
正直、話す相手は誰でも良かった。問いかけられている気がしたのも、私の勝手な妄想かもしれなかった。それでも、口から出た言葉は私が心の奥で一番思っていた事だったのだろう。
目の前の黒い顔が、うなずく様な仕草をした。それから、白くて細い足を曲げて伏せるような体勢になった。乗れ、ということなのだろうか? 試しに声を出さずに、またぐようなジェスチャーをすると、もう一度相手はうなずく仕草をした。
多少とまどいながらも、白い毛皮の上にまたがる。すごく触り心地の良い毛皮だった。
私が乗った銀の身体は、私の体重をものともせずにぐん、と浮き上がった。とたん、自分の身体が後方へ置き去りにされそうなほどの風を浴びる事になった。それもその時一瞬だけで、次第に身体をさする夜風は心地の良い感触へと変わっていく。
「帰りたい」とは言ったものの、心はまだ揺れていた。
家に帰っても、父と母が出迎えてくれるわけではない。何でも、一人でしていかなければならないのだから。とはいえ、家以外に帰るところなど無い。
心を揺らし、家に帰りたくないと言っているのは、その耐え難い事実から来る、空ろな寂しさだった。
身体の下で白銀の身体が躍動する、温かい感触が伝わってくる。目の前に迫る樹木の横をすり抜けたところで、心が決まった。
一人でも生きよう。
いつからだろうか、気が付くと私は笑っていた。楽しい、気持ちいい。何かを吹っ切った心が、風に揺すられている。
地面から突き出た岩を飛び越えた。
そう、私は村に帰る……。
月夜の山道を、少女を乗せた銀の疾風が駆け抜けた。
徐々にスピードを緩める銀色。気が付けば、そこは見慣れた、村へ繋がる道だった。背中からストンと降りる。強い決心は、すでに立派に固まったものになっていた。地に足が着いても、もう少しも揺らぎはしない。
ただ、目の前の銀色の相手と別れるのが名残惜しかった。
「ね、また会えるかな? 今度は一緒に遊ぼうね、私頑張るから!」
村の坂道を下っていく少女の後ろ姿を、赤い瞳がまるで励ますように見送っていた。
それは、自分が撃ち殺されるかもしれない危険を冒しても、少女を救ったことを後悔してはいない表情だった。
そして、月が沈む少し前に、彼女は捜索をしていた村の人々に迎えられたのだった。
【次回予告】
新たに村で暮らす事を決意したナツキ。彼女の新たな日常、そして、初めて知った事実とは……
――――――
ずいぶんと凍結状態でしたが、テスト終了と言う事でついに! 更新再開です。 といっても第一話w
そして主人公の名前が出てきてないってどういうことなの…
【好きにしていいのよ】
「来たか。賢明な判断だ」
9月2日の放課後、職員室で仕事を片付けていた俺の下にイスムカがやって来た。俺は既に明日の準備を済ませ、いつでも帰宅できる状態だ。なにせ3時間しか教壇に立たなくて良いからな。さすがに私立高校とだけあり、この辺りは充実している。
そんなことを考えていると、イスムカが俺に疑問をぶつけてきた。質問は学習における4つの基本の1つ。中々分かってるじゃねーか。
「……先生、部員集めなんてどうするんです? もう大半の人は部活に入ってますよ」
「それなら心配はいらない。この学校は1学年6クラスだそうだが、内2クラスは進学に特化しているそうじゃねえか。ならば放課後に勉強している可能性が高い。そんな暇な奴を狙って押し倒す! どうだ、良い考えだろう」
「押し倒すんですか……」
イスムカの額からうっすら冷や汗が出てきた。おっと、ここは職員室だったな。ついついがらん堂のノリで話してしまった。俺はすぐさま話題を切り替えた。
「真に受けるな、これは比喩だ。それより、勉強に使えそうな場所はどこだ?」
「それなら図書室か教室しかありませんよ。とにかく静かですからね」
「まあ、そうだな。ではまず教室から回るか」
俺達はとある教室の前で立っていた。引き戸の上には「1-1」と書かれた板が妙に目立っている。どんなに時代が変わっても、この板だけは昔のままだ。まあ、俺はこの学校にいたわけではないんだがな。
俺達は遠目に、後ろの引き戸から室内を見回した。机が30台程ある中、内5台には人が座っている。また死角になる部分にも誰かいるのだろうが、よく分からない。
「ここが1年1組か」
「さすが、進学目指しているだけあって勉強してますね。僕のクラスはもう誰もいないのに」
「類は友を呼ぶ。お前さんみたいな奴らなら無理もねえだろうな。さて、まずは突入だ」
俺はイスムカを先に入れた。奴が教室に足を踏み入れた瞬間、右から何者かが飛び出してきた。そいつとイスムカはぶつかり、しりもちをつく。
「うおっ!」
「きゃっ!」
やれやれ。どこのどいつだか知らねえが、教室で走り回るなよ。部の貴重な戦力が怪我でもしたらどうしてくれるんだ。
「いてて、危ないじゃ……ああ、君は!」
「なんだ、この女は知り合いか? そこらの衆人とはちょっと違う気がするが」
俺はぶつかってきた奴を眺めた。なるほど、これは美形だな。まず目を引くのが、流れる水のごとくつややかな黒髪。これはかなりの量であると同時に、長さも腰まで届く程だ。布でできたコスモスをあしらったシュシュでまとめても、なお毛先は自由自在に舞う。次に、身なりが完璧である。制服の着方はどこにも隙がみられないし、長方形に近い楕円形レンズの眼鏡はいささかも傾いてない。また、面やつれした色白で、いわゆる「おしとやか」な分類に入るだろう。しかも、制服のせいではっきりと判別できないが、山あり谷ありの体だと予想される。……しかし、俺は面識がない。そんな俺に、イスムカが説明してくれた。
「え、先生知らないんですか? この人は学園で1番の美人と評判のラディヤさんですよ。しかも見た目だけでなく、勉強もできるし運動神経もそこそこ。おまけに誰にでも親切にするから、学園中の人気者なんです」
「人気者、なあ」
俺は首をかしげた。まるで超人だが、がらん堂にいた身としては普通なんだよな。あと、こういう奴は目をつけられて大変な場合が多いと思うのだが。……まあ、それでも人気者ってのは好都合。少し動いてみるか。
「お嬢ちゃん、ちょっと俺達の話に付き合ってくれねえか?」
「え、はい……」
俺達3人は廊下に出た。そして、俺が話を切り出す。小細工は無しだ、ストレートに頼もう。
「さて、単刀直入に言わせてもらう。ポケモンバトル部に入ってくれ」
「ぽ、ポケモンバトル部と言いますと、もしかして……?」
「そうだ、部員のほとんどが逮捕された。だがこの男が、イスムカが残っている。俺は部を立て直し、大会で勝たせようと思う。そこで、あんたのように暇そうな生徒を探していると言うわけだ」
俺が遠慮なく事情を説明すると、彼女は困惑した表情を浮かべた。なんだ、意外と普通な一面もあるじゃねえか。もっとも、普通の反応をされて普通に断られたら困るんだがな。
しばらくして、彼女は結論を聞かせてくれた。申し訳なさそうな顔である。
「……すみませんが、遠慮しておきます」
「何故だ? 放課後に勉強をするなんて、暇だからだろ? それに学業は十分すぎるほど出来が良いと聞く。何が問題なんだ」
俺は追及の姿勢を見せた。彼女の顔つきを観察してみるに、あまり本意と言う感じには見受けられない。これはもしやチャンスかもしれないと考えたからだ。もし本当に人気者ならば、入部は確実に部の評判を上げる。この好機、みすみす逃すわけにはいかない。さあ、どんな理由でも説得してみせるぜ。ところが、身構えていた俺に彼女が答えた理由は、思いもよらないものであった。
「……私はもっと勉強して、良い大学に入りたいのです。」
「だ、大学だと?」
俺は思わずのけぞった。これは……なんと言えば良いのか見当もつかん。だが1つ言えることは、とにかく交渉を続けるしかないと言うことだ。
「さ、さすがに真面目ですね……」
「感心している場合か。全く、この俺の誘いを断るなど、よほどの理由があるのかと期待したと言うのに大したことねえな。大学なんて、ただ勉強して入っても全然楽しめないぞ」
俺は大学に入ってないから偉そうなことは言えたもんじゃねえがな。科学者としての知識はほとんど自力で身につけた。何も固執する理由なんざ無い。しかしどういうわけか、彼女は血相を変えて怒りだした。
「大したことないとはなんですか! これは家族も望んでいることなんですよ!」
お、おいおい。まさか彼女、そんなつまらない理由のために死に物狂いで勉強しているのか? 故郷に錦を飾るつもりか知らないが、自分のために生きることを知らないようだ。しかしその辛抱強さ、ますます気に入った。
「家族の願い、なあ。それを聞いて尚更がっかりした。一体、あんたの意思はどこにあるんだ!」
「ど、どこと言われましても……これは私の望みでもあります」
「そりゃ違う、そう思わされているだけだ。それにな……」
ここで俺は一息入れた。失礼は承知の上だ。それでも、今は手を緩める余裕はない。俺は澄ました顔で自らの考えを述べた。
「どちらにしろ、そう言うのは理由にならない。世界を見渡してみろ、部活をばりばりやった奴だってちゃんと合格しているそうじゃないか。中には生活苦のため、バイトをしながら学んだ奴も大勢いる。『勉強があるから部活ができない』と言うのは、『部活があるから勉強ができない』と言ってる群衆と同じだ。そうではないと示したいのなら、俺達と一緒に練習をしてくれ」
俺は彼女を睨みつけた。サングラス越しでもわかるくらい俺の視線は鋭い。しばし沈黙が続いたが、遂に彼女は顔を引き締め、首を縦に振った。
「……そこまで言うのであれば、私も黙っているわけにはいきません。是非とも参加させてください。私、ラディヤがちゃんとした考えを持っているということを証明して見せましょう」
「そうか。ならば期待しておこう」
い、意外とあっさり決めたなあ。思った以上に駄目なのかもしれない。……人数不足だから仕方ないか。それに、俺の手腕をもってすればこれくらい、造作もなく改善できるだろうしな。
「先生、ラディヤさんを引き込むなんて凄いですよ! これは流れがこちらに来ますよ」
「だったら良いな」
俺は気のない返事をした。注目を浴びるようになるのは構わないが、にわかが殺到しそうなんだよな。ま、その時にまた手を打てば良いだけの話だ。今は部員が増えたことを喜ぼう。俺は疲れから伸びをした。すると、彼女は以下のように頼むのであった。
「……あ、先生。できればこのこと、家族には言わないでくださいね。とても厳しいですから」
「おいおい」
こりゃ中々タフな奴だぜ。
・次回予告
ラディヤを入部させることに成功した途端、大挙して入部希望者が押し寄せてきた。正直なところ、あまりに多いのも考え物である。そこで、希望者に少し実力を見せてもらうことにした。果たして、期待のニューフェイスはいるのだろうか。次回、第8話「選考会」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.73
最近は名前のネタがないんですよね。というわけで、今はアラビア語からとっています。6話のイスムカの由来は「あなたの名前は」という意味なんですよ。これは、ローマ字読みでisum-u-kaと分けられます(正確には発音が少し違います)。isumは「名前」、uは格変化で「〜は」、kaは「あなた(男)」を表します。例えば、これが「あなた(女)」の場合はkiになるのです。格変化は単語によって形が違います(同じ「〜は」でもuや、un、aだったりするという意味です)。更に複数形があり、変化の仕方は実に豊富ですよ奥さん。アルファベット覚えるだけでかなりてこずりました。
あつあ通信vol.73、編者あつあつおでん
「で、残った部員ってのはどんな奴だ?」
放課後。俺とナズナは職員室で話をしていた。話題はもっぱら部活についてだ。彼女は1枚の紙を眺めながら俺の問いに答える。
「名簿を見ると、いるのは1年4組のイスムカ君ですね。早速2人で探しに行きますか?」
「そうだな。……ところで、何故あんたが一緒なんだ?」
教員の一覧はチェックしたが、あんたは確かポケモンミュージカル部の顧問のはずだが。彼女は待ってましたと言わんばかりに説明をした。妙に生き生きしているぞ。
「へへ。今日は部活も休みで、仕事も全部終わりましたからね。やっぱり、困っている人を放っておくことはできませんよ!」
……やれやれ。できれば、あまり俺に関わってほしくないんだがな。
俺達は職員室を出て、教室に向かった。職員室のある棟には3年生の教室がある。一方1年生の教室はその隣の棟にあるらしい。俺は大股で素早く移動した。やがて、目的地の1年4組にたどり着いた。
「……教室に着いたが、もぬけの殻だな。既に帰ったか?」
今日は本来始業式、早く帰っても不思議ではあるまい。しかも事件の関係者となれば、いたたまれない気分になるのも分からなくもない。俺も昔は似たような状況だったからな。まあ、俺の場合は自業自得だが。
「そうですね、練習しているかもしれませんよ。専用コートに行ってみましょう」
「専用コート、なあ。おもいっきり他の奴らが使っているぞ。まあ、顧問も部員もいないから当然か」
俺達はポケモンバトル部のコートに来ていた。コートは2面あり、公園2つ分くらいの広さはあろう。全くもって恵まれた環境であるが、そこに部員の姿はない。あるのは、これをチャンスと好き放題やっている生徒達のみだ。仕方ねえ、こうなれば家に乗り込むか。俺がそんなことを画策していると、ナズナが辺りを見回しだした。
「……うーん」
「どうしたんだ、唸り声なんて似合わねえぞ」
「それが、何かを感じるんですよ。どこか……私達を見ているような」
「何、それは俺達に対する挑戦か。くそっ、どこにいやがる」
新手のストーカーか、あるいは追っかけか。さては、俺の正体を知った奴か?
俺は周囲の障害物を凝視した。こういうところに隠れるのが常套手段だからな。
しばらく探していると、ある草むらが目に止まった。やけに揺れているな。これはもしや……俺は草むらに近づき、分け入った。その時、叫び声が聞こえてきた。俺は不覚にもひるむ。
「あっ!」
草むらから現れたのは、少年だった。ひょろっとした今時の少年である。そいつは俺がひるむ隙に逃げ出そうとした。野郎、舐めやがって。良い度胸してやがる。
「逃がすな、ソーナンス!」
俺はソーナンスを繰り出した。ソーナンスは少年の影を踏んで逃がさない。俺達はゆっくりとそいつに近寄り、声をかける。
「おい、いきなり逃げようなんて、何か後ろめたいことでもあんのか?」
「うう……」
「はっきりしやがれ! まずは名前を教えろ」
俺は少年を睨みつけながら怒鳴った。少年の顔は強張っている。全く、返事くらいはっきりしねえと困るぞ。
「ぼ、僕はイスムカ。おじさんこそ誰ですか?」
「……そういや、始業式やらなかったよな。俺はテンサイ、ポケモンバトル部の顧問代理だ」
「え、あなたが新しい顧問!」
少年イスムカはのけぞった。ここまで失礼な奴もそうはいないだろう。このオーバーリアクション……ある種の才能だな。
「おいおい、悪いか? 俺はただ手拭いとサングラスを装着しているだけだろ」
「うーん、それでも十分不審だと思いますよ?」
ナズナの鋭い突っ込みが俺に突き刺さる。確かに、その点は否定できないな。だが、今はそんなことを言ってる場合じゃねえ。俺はイスムカに確認を取った。
「ま、まあ良い。で、イスムカ。残った部員はあんただけなのは分かっている。当然、これから部を引っ張ってくれるよな?」
「えっ。それはちょっと……」
「なんだ、何か問題でもあるのか?」
「だって、俺は1人ですよ。今更どうしたところで、廃部は目に見えてます」
イスムカは臆面もなく言ってのけた。……こいつ、よりによって俺が最も嫌いな考え方を持ってやがる。さて、どうしたものかね。少しきつめに言っておいた方が後々のためか。
「はっ、小市民の考えそうなことだ。1人でやって駄目な理由なんざ見当たらねえが? それに、人数が足りないなら探せば良いだけのこと」
「う、うう……」
「……逆に考えてみな。人数が減ったということは、それだけ1人に注目が集まる。こんな経験、あんたみたいな奴は卒業しちまったら永久に無理だ。だからこそ! 命を賭けて、かかってこい!」
俺は彼の目を見た。彼は視線を逸らそうと試みるが、絶対に逃がさない。首を縦に振るまでここに居座るぜ。そんな雰囲気を全開で出していたら、遂に奴が音を上げた。よし、これでこっちのものだ。
「……わ、わかりましたよ。部に残れば良いんでしょう。くそ、暑苦しい人だな」
「何か言ったか?」
「い、いえ別に!」
「それで良い。では、明日から部員集めだ。放課後、必ず俺の下に来るように。もしもの場合は……分かるな? では俺はこの辺で失礼する。ちゃんと寝ろよ」
俺はそう言い残すと、立ち尽くすイスムカを放ってさっさと職員室に戻るのであった。さて、明日から忙しくなるぜ。
・次回予告
部員集めを始めた俺とイスムカ。しかし誰1人として首を縦に振りやしない。だが、そんな俺達にも運は味方しているもので、大きなチャンスを見出だすのだった。次回、第7話「新たな仲間は人気者」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.72
最近、アニメカービィやロックマンエグゼをようつべで見直しているのですが、面白いです。年取ってからその魅力に気付きました。皆さんにもそのような作品はあるでしょうか? あったら教えてほしいです。
あつあ通信vol.72、編者あつあつおでん
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