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この駅は今日もうざったくなる程人が集まっている。
ここを通学に使う身としては、ここを訪れる修学旅行生や外人、旅行に来たおっさんおばはんが邪魔で仕方ない。
特に外人なんて最悪で、タチが悪いと道を聞いてくる。
こちとら英語の成績ひどいんだ。これ以上ない迷惑である。
道くらい調べてから来なさい。
などと一人で悪態をつきながら歩いていると、唐突に肩を叩かれた。
「おはよ」
幼なじみの宇田由香里(うだ ゆかり)であった。
「おはよ」
こいつとは家が近所な上に親同士が仲良しだったせいか、幼稚園以前からの知り合いで、小学校も中学校も一緒だった。
と言えど中学校に入る春のときに由香里の父が東京に赴任することになり、一緒に東京に行って一時離れることになってしまった。二年後の中学三年の春には戻って来て再び同じ中学で学ぶことにはなったのだが。
そしてたまたま同じ高校に入り、今のように同じ通学路を行くことに。
決して悪い奴ではないんだが、ちょっと絡みがめんどくさいところがあるのがたまに傷。
「昨日寝不足でめっちゃ眠いわ……」
「何してたん?」
「ネット」
「相変わらずやなあ。ほらもうあくび移ったやん」
一つ大きなあくびをすれば、由香里も続いて大あくび。は、いいんだが叩くな、痛い痛い。
朝の駅は今日も変わらず人で雑多していて、改札口は人と人がぶつかりそうになる。
駅を抜けて学校までの長い長い徒歩の時間を学校の話やら他愛のない話で潰していると、由香里がこんな話を切り出した。
「そういや来週のバトチャレ行く?」
バトチャレとはバトルチャレンジの略で、ポケモンの公式イベントのことだ。
ゲームとカードの対戦が行えるイベントで、特にゲームのようにWi-Fiなどなく対戦機会が少ないカードにとっては絶好のイベントである。
丁度学校の側のショッピングモールで行われるので、交通費も定期があるし行こうかと誘われたのだ。行かない手はないだろう。
「中学生以上は午前はカード部門のみで午後はゲーム部門のみやってさ。両方出るやろ?」
「当たり前やろ」
と、言ったはいいが気になる点が少しばかりある。
「日付は?」
「安心しーや。別になんかと被ったりはしーひんから」
「せやったらええねんけど」
その後は話題が再び学校の話に戻り、長い道のりを歩いてようやく学校に辿り着く。
階段を登り我ら一年生の教室のある二階に着くと、由香里と離れた。高校までも同じ俺たちだが、俺と由香里は隣のクラス同士である。
デッキをどうしよう。
今日はほとんどそんなことを考えていた。なんせここしばらくまともにデッキを組んでいなかったものでどう構築していいかが手探り状態だ。半日考えていたらもう下校時刻になっていた。時の流れが早すぎる。
「どないしたん? そんな鳩がロケットランチャーを喰らったような顔して」
「鳩死んでるぞそれ」
学校から駅までの長い道を、一人デッキを考えながらのんびり帰っていると行きと同じように由香里が声をかけてきた。
「うん、せやから啓史の顔が死んでるような顔」
「ケーシィ言うな」
啓史と言うのは俺の下の名前で、名字は森。この下の名前を伸ばすとケーシィに聞こえるからそう呼ばれたりすることがあるのだが、呼ばれる度になんだかバカにされたように言われるのでただの蔑称でしかない。個人的には嫌いな呼び名だ。
「言うてへんわ! ちょっと自意識かずっ、過剰ちゃう?」
「なんやねん、詰まるとこちゃうやろ」
「うっ、うっさいなぁ」
からかうように笑ってやると、由香里が顔を赤らめて、すぐにプイッと前を向く。横髪のせいで由香里の顔が見えなくなる。
ちょっと怒らせてしまったのか、会話は絶えて周囲の雑踏しか聴こえなくなる。
こういう沈黙は大の苦手。こうなった責任をもってこちらから話しかける。
「噛むといえばさぁ」
「せや、バトチャレのことやねんけど」
「俺の話……」
「他に誰か誘った?」
「え? ああ、誘ったよ」
そう聞くと由香里は右手を軽くデコに当てた。この動作に果たして何の意味があるのか。
「で、誰誘ったん」
「タカ」
「ホンマに杉浦好きやなぁ」
タカというのは杉浦孝仁(すぎうら たかひと)という俺の親友の名前である。高校は別々だが、由香里同様付き合いが長い。
彼は俺や由香里のようにカードはやらないが、ゲームが非常に強くてそこそこ名が知れている。
ちなみに私見だが非常にイケメンである。
呼び方で分かるかもしれないが、俺とタカはかなり仲がいいが、由香里とタカはそんなに仲がいいわけではない。せいぜい友達ってとこだ。
「杉浦は朝から来んの?」
「うん。来るって言ってた」
「朝はカード部門だけやのになんで来るん?」
「聞いたところだと理由は一人で行くのが嫌っていうのと、(※)野良試合したいからやってさ」
※野良試合・ポケモンのワイヤレス通信を利用し、適当な人と対戦をすること。
「なるほどな、納得したわ」
「まあタカ自体は場所わからんし賢明な判断やろ」
ようやく着いた駅のホームでは今にも新快速が出ようとしていたところだった。
鞄を閉まろうとしていた扉に挟み、無理やり扉を開かせる荒業を使って乗った電車はいつもより乗客が多かった。
夏は終わったがまだ九月。熱気が溢れる車内では、一日の疲れが直接に体に来てデッキを考えるまでに思考能力は届かなかった。
※この作品は「ポケモンカードゲームシリーズ(PCS)」の番外シリーズとなっておりますが、そちらが未読でも楽しむことが出来ます。
東京から遠く離れた大阪の地。森啓史は幼馴染と共に公式大会、PCCへの出場をするが、そこでとんでもないことに巻き込まれ……。
ポケモンカードゲームシリーズ、略称PCSの番外編です。
こちらの略称はHF。
PCSを読んでいればこちらは大丈夫でしょう。
【時間軸的にはPCSのPCC編頃です】
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なんか立てられないときいたのでテスト
ぴじょおおおおん
「や、やっと着いた……。チャンピオンロードを抜けてからも中々長いな」
太陽が帰宅する頃、ダルマはセキエイ高原にあるポケモンリーグ本部前にいた。彼の後ろには数キロメートルに及ぶ道があり、さらに後ろには大きな洞窟がある。チャンピオンロードのことだ。ダルマは汗を拭いながら深呼吸をした。
「とにかく、受け付けをしないと」
ダルマは本部の建物に入り、所定の受け付けに足を運んだ。
「すみません、ポケモンリーグの出場申し込みをしたいのですが、まだできますか?」
「ええ、できますよ。ではバッジを提出してください」
ダルマは受け付けの男にワタルの許可証を見せた。受け付けは一瞬面食らった様子だったが、すぐに冷静さを取り戻す。
「こ、これはワタルさんの許可証ですか。……確かに確認しました。これで参加選手は255人目。それでは宿舎に案内するのでついてきてください」
「ここがあなたの部屋となります」
宿舎の3階にある355号室。ダルマはこの部屋の前に案内された。他の部屋は既に埋まっているらしく、中から物音が聞こえてくる。しかし、廊下をうろつく人は全くいない。ダルマは首をかしげながらも部屋に入室する。
「今日から大会が終了するまで、大会の公平性を保つために他の選手との接触は禁じられます。あらかじめご了承ください。では、ごゆっくりどうぞ」
受け付けはお辞儀をすると、静かに持ち場へ帰っていった。ダルマは荷物を置き、ベッドに腰かける。
「やれやれ、久々に屋根のある場所で眠れるぞ。コガネからセキエイまでの半月以上の道のり、恐ろしいものだったなあ」
ダルマは外を眺めた。日はとっぷり落ち、藍色と紺色の微妙な色合いが空を染めている。彼は冷蔵庫からミックスオレを取り出し、喉を鳴らした。
「コガネからワカバに戻って挨拶回りしてたら、父さんはもう出発しただって。相変わらずせっかちだな」
1人しかいない部屋でダルマは苦笑いした。この部屋にあるのはベッド、机、椅子、テレビ、風呂、パソコンだ。驚くことに、ポケモンを回復させる機械も完備している。これが、ここをポケモンリーグの宿舎だということを思い出させてくれる。
「ワカバからセキエイまでの道も中々手強かった。トレーナーの数も野生ポケモンも多いし、何より長い。最後の難関チャンピオンロードよりきつかったはずだよあれ。トレーナーがいないだけまだ楽だよ。しかし、俺で255人目ということは、まだ1人来る可能性があるのか。締切は今日までなんだけどなあ。そして明後日から1回戦、誰と戦うんだろ」
ダルマは何気なしにテレビの電源を入れた。映画をやっている。1人の青年と老博士が時代を超えて大活躍するという内容だ。ダルマは今回の旅に思いをめぐらした。
「思えば、普通とはだいぶ違う旅だったよなあ。ゴロウやユミと出会ったところまではどこにでもいるトレーナーだった。けどトウサさんと知り合ってからは大変。乗ってる船を爆破されたり濡れ衣を着せられたり、しまいにはがらん堂の討伐をしてトウサさんの真実に迫った……。本当にこれで良かったのかな、もっと良い選択肢はなかったのか?」
ダルマはしばし唸った。それから目を細める。彼の視界にポケモンリーグのトーナメント表が飛び込んできた。トーナメント表には名前の代わりに部屋番号が使われている。これを見てダルマは吹っ切れたのか、伸びをする。
「……うーん、悩んでも分からないものは分からない! それよりは今に集中だ。俺の試合はっと……げ、初日の第1試合かよ! こうしちゃいられない。さっさと寝て本番に備えないと」
ダルマはトーナメント表をチェックして目を丸くした。ミックスオレを飲み干して歯を磨くと、おとなしく眠りにつくのであった。
・次回予告
待ちに待ったポケモンリーグ。1回戦第1試合はダルマの晴舞台となった。彼の前に立ちふさがるのは……。次回、第72話「ポケモンリーグ1回戦」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.52
チャンピオンロードなんてなかった。本当は書こうとは思ったのですが、宿舎の方が書きたくなったのでこんな話に。今考えると、ダルマはポケモンリーグに出場するために旅立ったんですよね。書き始める前から流れは決まってましたが、まさかがらん堂にここまで話を割くとは思いませんでした。
さて、いよいよ次回からポケモンリーグ1回戦。未だ対戦相手の候補がいないですが、なんとかなりますよね。またダメージ計算で文量が減るとは思いますが、ご容赦ください。
ちなみに、作中の映画、皆さんわかりましたか? 正解は「バックトゥーザフューチャー」でした。
あつあ通信vol.52、編者あつあつおでん
pocket
monster
parent
『夢食』
「頼むよ父さん! このとおりだ! 俺にポケモンを譲ってくれ!」
少年が叫んだ。正座の状態で、両手と頭を畳になすりつけた。
ヤマブキ=シオンの土下座。
「断る。誰が渡すかボケ」
無慈悲な罵倒をシオンの後頭部が浴びる。
気に食わない返答だった。
シオンは顔を上げて男の表情を伺う。
窓から射す朝焼けの光が男の容姿を照らし出していた。
その顔は、白髪で老け顔で「爺さん」と呼ぶのが相応しい。
ヤマブキ=カントはシオンの父親である。
陽光の満たす和室の真ん中に黒い三人掛けソファが設けられている。
その真ん中でカントはあぐらをかかき、シオンを見下していた。
肌蹴た浴衣の妙なエロスに気味が悪いのをこらえ、シオンは要求した。
「そこをなんとか頼む! 俺にポケモンをくれ!」
「頼めば何でも貰えるとでも思ったか?
そんな都合のいいことが起きると本気で思ってんのか?」
「思ってるよ」
「馬鹿だなお前、誰がお前にポケモン渡すか阿呆」
「そんなの駄目だよ! 俺にポケモンくれなきゃ駄目なんだよ!
だから今すぐ俺にポケモンを渡すんだ!」
「ポケモンは渡さんと言っとるだろ!
なんでも欲しいと言えば手に入ると思うなよ、バカタレ!」
吐き捨てられた乱暴な言葉も、シオンの精神力でひるまない。
下から目線での懇願を続けた。
「ポケモン持ってないの俺ぐらいなんだぞ!」
「だからどうした? 俺にゃ関係ねぇ」
「俺ポケモンがいないと困るんだよ!」
「死ぬのか? ポケモンがいないと死ぬのか?
生きていけないのか? だから困るのか?」
「いや死ぬわけじゃないけど……」
「なら別にいいじゃねぇか。ポケモンなんてあきらめろよ」
「嫌だ! いなくちゃ死ぬなんてことはないけど、でも俺はポケモンが欲しいんだ!
ポケモンってスッゲーしヤッベーしカッケーんだよ。強いんだぞ。
あんな素晴らしい生き物のいない人生なんて死んだも同然だ!」
「じゃ死ねよ」
シオンの必死に訴えもカントに効果は無いみたいだ。
正座のせいで膝から下が痺れて動かない。
なんとかあぐらに変え、父の顔を見つめた。
何がなんでもポケモンを渡す気にさせなければならない。
「俺はさ、ポケモンマスターになりたいんだ。世界最強のポケモン使いになりたいんだよ」
「あ? ……お前、ポケモンマスターの意味知ってんのか?
ポケモントレーナーって言葉があるのを知らないのか?」
「ポケモンマスターは、ポケモンの扱いが究極レベルで上手な人。
ポケモントレーナーは、ポケモン飼ってる人。常識だよ」
「解ってて寝言ほざいてんのか? どうしようもねぇ奴だな。
夢ばっか見てねぇで現実見ろタコ」
「寝言じゃない。俺は本気だ。一回きりの人生だし、やりたいことをやるんだ。
欲しいものは手に入れるし、夢だって叶えるんだ」
「お前の希望なんか聞かされたところで無理なもんは無理だ。
一体お前ごときが何をどうしたら、ポケモンマスターになれる道理があるってんだよ」
「そんなの簡単だよ。すごい頑張る。そしたら俺もポケモンマスター」
「まるで他のポケモントレーナーが努力しねぇ生き物だとでも言いてぇみてぇだな?」
「ついでに七十億人に一人の凄い才能に目覚めて、奇跡を起こす!」
「んなうめぇ話あるか! 都合のいい絵空事言ってねぇで、学校行けや。
ポケモンマスター目指して遊んでる暇なんかあるか。学校行け、勉強しろ」
カントは微かに怒っているようだ。
ポケモントレーナーから遠ざけようとしているように感じる。
シオンは変なことを言われているような気がした。
さっさとポケモンくれればいいのに、と思った。
「学校なんかどうでもいいじゃないか。それに俺、中学なら卒業したよ」
「あ? そうなのか? いつの間に?」
「昨日。だからこうして今日お願いに来たんじゃないか」
カントは窓に顔を向けた。
つられてシオンも窓の外を見た。
スタートをきったばかりの太陽が煌々と輝いている。
庭に並んだクラボの樹から、無数の花が咲き乱れていた。
「もう春だったのか! そうか、もうそんな時期か」
カントは冬眠し過ごした素振りで言った。
そしてクラボの花は夏でも冬でも咲く。
「そうかそうか。じゃお前もう十五歳か?」
「あと一週間で十五歳だ」
「ほほぅ、そうかそうか」
カントは余韻に浸るようにボーっと天井を眺め出した。
唐突に手を叩きパンッと鳴らした。何か思いついたように。
「そうだ! 進学はどうするんだ? ポケモンポケモン言ってる暇などなかろう!
お前は進学して、高校生になるんだからな」
「いや。俺、受験してないから進学は出来ないよ。
それに今年はもう入れる高校なんてないから」
「んだと? つまり就職したのか?」
「してないよ。面接の練習すらしてない」
「なんだと! 無職なのか! ニートなのか!」
カントは隠すそぶりもせず驚愕の表情を浮かべる。
半ば呆れつつもシオンは言った。
「父さん。俺は本気でポケモンマスターを目指そうと思ってる。
だから高校には行く意味がないし、他の仕事なんてするつもりはない」
「本気なのか?」
「うん」
「馬鹿なのか?」
「違うよ」
「な……なんということだ」
あえての選択だった。
無職になることでポケモントレーナーにならざるを得ない状況を作り出したのだ。
ポケモンマスターにしかなりたくないシオンは逃げ道を潰した。
そして父親がポケモンを渡すべき状況を作り上げたのだった。
「どうしてそんな馬鹿なことを! 自分がおかしいと思わなかったか?」
「思わないよ。ポケモンマスターは将来の夢ランキングで毎年一位になってるから、
結構普通のことなんだよ。
それよりも、なりたくもない大人になって、楽しくもない仕事をやって、
そっちの方が馬鹿げてるよ。
俺はポケモンマスターになって、毎日ポケモンと戯れる至福の時間を過ごして、
高い給料を手に入れる。
そして誰からも愛されるような人生をゲットしてやるんだ」
嬉々としてシオンは語った。
カントの顔が強張り、より一層しわくちゃになった。
苦虫を噛み潰したような、深刻な表情であった。
「まさかそこまで世の中を甘く見ていたなんて」
「俺が馬鹿な奴だって言いたいんだろ。それはもう解ったよ。
解ったからポケモンを譲っておくれ。でないと俺、無職になっちまう」
「確かに無職は困るな。全く本当に困った。だがな、それでもやはり駄目だ。
駄目なものは駄目だ。ポケモンは渡さん」
シオンの予想していた返事と違っていた。
思わず「ハァ?」と罵倒したくなった。
自分の父親が狂ったのかと思った。
「駄目? 駄目だって? 俺がポケモンを必要な理由は言ったよね。
困るんだって言ってる。なのにどうして?
父さんは俺のことが嫌いになったのか?
だから譲ってくれないのか?
どうして俺をポケモンマスターから遠ざけようとするんだよ!」
シオンは激しく声を出していた。
「なぁシオン。お前の欲しがる理由ってのはな、
俺の渡せない理由と比べたらちっぽけなもんなんだよ」
「だから理由を教えてくれよ。さっきからどうしてずっと渡さないの一点張りなんだ?
納得させてくれよ」
「さっきも言ったような気もするが、
手に入らなければ死ぬワケでもないのにポケモンを寄こせなんて言うもんじゃねぇ」
カントは懐から鉄球を取り出して見せた。
赤い半球、白い半球、境界線に丸いボタン。
シオンの胸が高鳴る。
「おお、モンスターボール」
カントの掌から鉄球は離れ、畳の上に落ちた。
音をたて、跳ね返ったボールがカプセルのように割れた。
光が吐き出された。
液体のような光がドバドバと溢れ出た。
光はしだいに固まり形を作った。
光が消えて生き物に変わった。
「これが俺のポケモンだ」
ウサギのような耳をした犬だった。
ベージュ色の体毛、漆黒の瞳、小柄な体格と同等のサイズをした筆のような尻尾。
「こいつって、イーブイじゃないか」
少し信じられない光景だった。
しんかポケモンのイーブイはとにかく珍しく手に入りにくいことで有名だ。
そのうえ人気があり若い女子高生達にチヤホヤされるのだと、
シオンはよく知っていた。
「父さんがポケモン持ってるのは知ってたけれど、まさかイーブイだったなんて。
超レアなポケモンじゃないか」
「お前が欲しがらないように隠しておいたんだが……まぁいい。
それよりどうだ? こいつ超プリティーだろう?」
「微妙。ミーハーのオカマ野郎が持ってそう」
シオンは寝転がり、イーブイと同じ目線になって、見つめあった。
その愛らしい顔つきは女子中学生に集られそうではあったが、シオンの好みではない。
しかしポケモンである以上シオンは欲しがった。
「なぁイーブイ。こんな怪しいおっさんなんかとじゃなくって俺の所にこないか?」
黒い瞳を見つめて誘った。
イーブイはあどけない表情で耳をピンと立てて座り込んでいる。
人語を理解しているのか、シオンには謎である。
「んで、俺と一緒にポケモンマスター目指さないか?
絶対に今の生活よりも楽しくなるぞ」
「人のポケモンを誘惑するんじゃない! 勝手にたぶらかしおって!」
「そこのおっさんより絶対お前のこと大切にするからさ!
だから俺と来いよイーブイ」
カントの声をそっちのけに、シオンは手を伸ばしてイーブイを捕まえようとした。
途端に大きな尻尾が視界を覆った。逃げられてしまった。
イーブイはぴょんとソファに飛び跳ねると男の隣で横になり、眠り始めた。
「ちぇっ、しくじったか」
「イヌは身体を触られるのが嫌いなんだよ」
「イヌ?」
「ニックネームだ。名前が解らねぇから、犬って読んでたんだが、
それが名前として覚えちまった」
「ふぅん。で、解ったからそのイヌをこっちに寄こすんだ」
再び正座に戻してシオンはお願いした。
カントに両手を伸ばして見せた。
渡せというボディランゲージだ。
「本当にお前って奴は……」
カントはイヌをなだめるようになでた。
イヌは逃げる気配も見せない。
心を開いている証に見えた。
自分の時とはイヌの態度が違うことに、シオンは腹が立つのであった。
「よく聞けよシオン。
イヌと俺はな、お前が生まれる前に出会ったんだ。
嫁と別れた時もイヌは俺に付いてきてくれた。
お前が知らない所でイヌと思い出を沢山作ってきた。
俺みてぇな輩と一緒に生きてくれた。
それからずーっと俺の傍にいてくれた。
気障ったらしい言い方すると、俺の相棒なんだよコイツは」
カントは照れくさそうに語った。
「ああ、そうか。うん」
「だから息子のお前にでも相棒を託すなんて真似は出来ねぇよ」
シオンは何故だか奇妙なことを言われているような気がした。
カントは一人のポケモントレーナーである。
自分のポケモンが大切なのである。
そう理解しつつ、シオンは納得してしまいそうになる自分の心に抗った。
「相棒だか何だか知らないけど、そんなの俺には関係ないよ。
父さん、イヌを譲ってくれ。必要なんだ」
真剣な表情を作り、真面目な声で言った。
「シオン。それなら俺にも聞かせてくれ。
お前がポケモントレーナーになったら誰かにポケモンを渡せすことが出来るのか?」
「出来ない!」
「自分に無理なことを他人にやれと言うもんじゃない」
「やっぱり出来る!」
「ならイヌをお前が俺にくれたってことにしようじゃないか」
「それってつまり……くそ! それじゃ俺は何て言ったらいいんだ!
俺は一体どうしたらいいんだ?」
悲鳴にも似たシオンの儚い声は和室内に響いて消えた。
「俺を信頼しているかもしれんコイツを誰かに差し出すつもりはない。
何があっても手放すつもりはない。それだけだ」
無闇に譲ってほしいと言える雰囲気ではなくなった。
ねだっても無駄だと思い知った。
しかしポケモンが欲しい。
しかしポケモンマスターになりたい。
どうするべきなのか解らない。
「だったら俺は一体どうしたらいいんだよ。どうしたらいいんだ」
「ポケモン使いになんてなるな。なるもんじゃない。あきらめろ」
一体どうしたらいいのか。
短時間で凄く頭を使い、悩んだ。
混乱しながら困惑し、頭痛の幻覚を感じた。
二度三度溜息を吐く。
恐怖した時のような悪寒が体中を走った。
そしてシオンは言った。
「ちょっとふざけんなよ、待ってくれよ。なんなんだこれは?」
「あ? 何の話だ?」
「俺はポケモンマスターになるために、明日から修行の旅に出かける予定だったんだぞ。
最強のポケモン軍団を作り上げねばならないんだぞ。
そんでもって、八人のジムリーダーと呼ばれる猛者どもを打倒し、
四天王と呼ばれる化け物どもに連勝して、
最終的にはセキエイスタジアムの覇者となってポケモンマスターと呼ばれるようになる、
ってサクセスストーリーのシナリオが待ってるんだ!
どうしてくれる!」
「だから無理だっつってるだろうに」
「そうだよ! 普通は無理だよ!
頑張ったところでポケモンマスターにもなれるかなんて解らないんだ。
それなのに、ポケモントレーナーにすらなれないってどういうことだよ!
大体さぁ、ポケモンマスターになるには百の試練があると言われているんだぞ!
それなら最初の関門ぐらい楽々クリアさせてくれよ!
ポケモン手に入れるイベントなんかさっさと終わらせてくれ!
早く冒険の旅に出かけさせてくれよ、頼むからさぁ!」
シオンは熱弁していた。必死の訴えだった。
血の滾った拳を握りしめ、強く熱く語っていた。
カントはポカンと口を開けていた。
「……何を言ってんのか解らねぇが、とにかく俺はイヌを手放したりはしないからな」
「嫌だ! トレーナーになれないなんて嫌だ!
目指すことも許されないのか! 何で俺だけ!」
「おちつけ!」
胸の動機が強く激しく聞こえた。
漏れそうになる涙をこらえた。
身体が暖かいことに気がつく。
冷静になろうとした。
暴れても仕方がないことを、シオンはもう解っていた。
あきらめきれてはいない。
ねだりたりない。
しかしカントもまたポケモンが大切で好きなのだった。
もうこの大人に頼んでも絶対に手に入らない、そう思った
落ち着かない気持ちでいながらも、冷静になって思考した。
しばらく無言で、次の手の思案に暮れる。
そして答えを出す。
「それなら他の人に頼むよ。誰かがポケモンを譲ってくれるかもしれないし」
「他だって? 誰にだよ、無理に決まってんだろ」
「他を当たる!」
勢いよく立ちあがった。
シオンの目にはもう父の姿は映ってはいない。
「当てがあんのか?」
「ない! けど探す!」
「やめとけよ。普通に考えてみろ。
誰かに渡してもいいと思うポケモンを飼ってるってのは
矛盾してると思わないか?」
「そのとおりかもしれない。だけど、譲ってくれる人がいるかもしれない!
探してみなきゃ解らない!」
「いねぇよ。いるわけねぇだろ」
「少なくとも父さんに頼むよりは可能性があるさ!」
シオンはカントに背を向けた。後ろから「本気かよ」とため息混じりの声が聞こえた。
部屋を出てふすまを閉じた。靴を履いて、家からも去って行った。
ポケモンが手に入らない結果に、未だ納得出来ないでいた。
何がなんでもポケモントレーナーになってやる、という強い意思があった。
一体どこの誰がポケモンを譲ってくれるというのだろうか。
不安が胸の内側で渦巻いていた。
果たして自分に「ポケモンを渡せ」と馬鹿げたことを頼む勇気が残っているのか。
シオンは、望みを切り捨てる恐怖の方が遥かに強く、
可能性を追い求める方が容易だと考えていた。
つづく?
「皆さん。今回のがらん堂討伐、ご苦労でした。結果は悲しいものでしたが、これで任務完了です」
一夜明け、ダルマ達はコガネシティのポケモンセンターに集まっていた。がらん堂の崩壊した今、街は日常を取り戻したようである。当たり前のようにトレーナーがポケモンの回復を行い、トレーニングに励む。
「……ということは、俺達全員ポケモンリーグに参加でくると?」
「うん。ダルマ君にユミ君。カラシ君、ドーゲンさん、ボルトさん、ハンサムさん、ジョバンニさん、ゴロウ君。皆さんにこれを渡しておきます」
ワタルは一同に紙を配った。それには「ワタル」という文字とカイリューが彫られた判子が押されている。また、「この書類を持つ者にポケモンリーグの出場権を与える」と書かれている。ダルマは目を通し、念のために確認した。
「あの、これは?」
「許可証だよ。これがあればチャンピオンロードに入れる。後は256人の1人に入れるように頑張ってね」
「ちょ、ちょっと待ってください。俺達の報酬は『ポケモンリーグの出場権』ですよ? これでもし出られなかったら……」
ダルマは慌ててワタルに抗議した。しかしワタルは意に介さない様子である。
「ふふふ、その心配はいらないさ。今の君達なら十分やっていけるよ。僕の目から見ても分かるくらいにたくましくなったからね」
ここで、カラシがワタルに近づいた。それから許可証をワタルに差し出した。表情はいつにも増して険しく、眉間にひびが入りそうな程だ。
「……ワタルさん、1つ言わせてくれ。俺は……」
「俺は?」
ワタルが問い返した。カラシは踏ん切りがつかないのか、中々言いだせない。ここで、事情を察したダルマは助け船を出した。
「おいカラシ、恥ずかしがるなよ。カラシは報酬に現金も欲しいそうなんです。家族に送るとのことですよ」
「おい、余計なことを……!」
「なんだ、それくらいお安い御用さ。今は無理だけど、セキエイに来たら幾らか工面しよう。まずは500万円くらいかな?」
「そ、そんなにですか?」
ダルマは目を丸くし桁を数えた。カラシも思わず唾を呑む。
「いや、むしろ安いくらいさ。発電所での活躍がなければ僕達の勝利はなかったわけだしね。後に正式な報酬を用意しとこう」
「なるほど。良かったな、カラシ」
「あ、ああ。……済まない、ありがとうございます」
カラシはワタルに一礼した。ついでにダルマも頭を下げる。ワタルはダルマの行動に首を捻ったが、すぐに切り替えた。
「それじゃ、僕はそろそろセキエイに帰るよ、始末書をたっぷり書かないとね。ポケモンリーグで会えるのを楽しみにしてるよ」
ワタルはそう言い残すと、手を振りながらポケモンセンターを出ていった。そして、カイリューにつかまり空へ飛び立つのであった。
「行ってしまったか。ふむ、俺達も一端家に戻った方が良さそうだな。ポケモンリーグまではまだ時間があるし、たまった仕事を片付けなくてはな」
「そうだな。私も1度本部に合流しておこう、給料日が近いものでね。またスロットでもやっておくとしよう」
「じゃあ僕は工場の掃除でもしておくよ。ポケモンリーグで知名度を上げて、今度こそレプリカボールを売らないと」
ワタルの退出に釣られたように、ドーゲンにハンサム、ボルトも相次いでポケモンセンターを後にした。残ったのはゴロウ、ユミ、カラシ、ジョバンニ、ダルマである。その中で次に動いたのはジョバンニだった。
「私はがらん堂の屋敷を訪ねてみますかねー。私が捕らえられていた部屋にあった数々の品は、ナズナの遺品でした。がらん堂の生き残りに大事にするよう伝えとかないといけませーん」
ジョバンニはこまのように高速で回転しながらがらん堂に向かった。道行く人々の度肝を抜いたのは言うまでもない。
「俺も行かせてもらうぜ。今回は礼をさせてもらうが、ポケモンリーグでは必ず勝ってみせる」
残り4人となったところで、カラシもダルマ達にしばしの別れを告げた。遂にいつものトリオにまで解体されてしまった。
「みんな行っちゃったなあ。ゴロウとユミはどうする?」
ダルマはぼんやりと2人に尋ねた。するとゴロウは荷物を手に取りダルマに宣戦布告をした。
「俺は1人で行くぜ。もうダルマに負けっぱなしの俺じゃないからな!」
「ふーん、強くなったようには見えないけどな」
「ふっふっふっ、脳ある鷹は爪を隠す。ポケモンリーグで泣いても知らねえからな!」
ゴロウは上機嫌でその場を去っていった。ダルマはただ1人残ったユミに問いかける。
「ゴロウは1人か。ユミは俺と一緒に来る?」
「……ダルマ様、私はダルマ様のライバルです。がらん堂の件が終わった今、私達に馴れ合いは許されません」
突然のお別れ宣言。ユミの瞳はバトルでもないのに燃えていた。ダルマはのけぞりながらもこれに対応する。
「え、だからと言っていきなり豹変しすぎじゃあ……」
「そのようなことはありません。ともかく、私も冒険家を志す者。1人でセキエイ高原に向かいます。それでは失礼します」
ユミはダルマに背中を向けると、さっさと歩いていった。ダルマは半ば唖然としている。8人のグループは瞬く間に離散してしまったのである。
「おいおい、全員ばらばらかよ。仕方ない、大急ぎで家に帰るか。ワカバから東に進めばチャンピオンロードにたどり着くはずだ。いざ、セキエイ高原へ!」
ダルマは気を取り直し意気込むと、リュックを背負いコガネシティを経つのであった。
・次回予告
数々の困難を乗り越え、ダルマはセキエイ高原に戻ってきた。一息ついた彼は様々な思いをめぐらす。次回、第71話「到着」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.51
さて、いよいよポケモンリーグですね。本当に長かった。しかし本番はここからですよ。なんたって次回かその次からは、平均2〜3話使うバトルを何回も繰り広げますからね。がらん堂との勝負どころではありませんよ。まあ、全員既出のキャラ使いますし、あの人とあの人以外は楽でしょうか。展開考えるのは大変ですが。
あつあ通信vol.51、編者あつあつおでん
ヒトガタを失ったのは大きな痛手でした。一対で形となるヒトガタ、もう一つは始末するしかありませんね
でも今だけが限られたもの。流星の封印を解く言霊の子孫をホウエンに留めておくのは難しいわ。
「リーダー!見てください!」
トウカシティのジムトレーナーが、保険の更新ハガキやら宣伝やらを抱えながらも、一つの封筒を取り上げて走って来た。その慌てっぷりにも関わらず、センリは落ち着いて答えた。
「借金の督促状は受け取らない」
「違いますって!」
誰がツッコミをして欲しいと頼んだと言わんばかりの勢いで、持っていた封筒をセンリに渡す。
「これ!上のお嬢さんのお名前ですよね?」
言われるまでもなくそうだった。センリは思わずその名前に言葉が出ない。差出人の名前はなく、消印も見当たらない。けれど名前だけはしっかりと書かれていたのである。センリは少しだけためらうと、封を切った。
「なんだろう、これ」
不思議な色の紙と美しい字で書かれたメモのようなもの。出て来たのはそれだけだった。何も書いてない。メモには「明日の朝、ミナモシティでお待ちしております」とだけ。
「綺麗だな。何かのチケットかもしれないが」
センリは少しジムを空けると言い残して出て行った。
寄せては返すさざ波。あの時とは打って変わって穏やかなミナモシティの海。砂浜には白い貝殻が打ち上げられ、太陽に反射するハートのウロコがザフィールの目に留まる。持ち主はいまどこの海を泳いでいて、隣には心置けないパートナーがいるのだろうか。
しゃがみ込み、波に触れる。海水は予想以上に冷たい。ため息をつくと立ち上がった。遠くの海を見つめて。
「おぬしがそこで死んでも何の解決にもならんと思うがのう」
誰もいない季節外れの砂浜。だからこそ、ここを選んだのに。振り返るとそこに人はいなかった。いや、いることはいる。一体の美しいキュウコンが。ミナモシティはコンテストが有名なところだから、おそらくそのトレーナーの誰かのポケモンかと思った。
「しかし厄介な運命を背負ってしまったのう。よりによってこんな事態が重なった時代に生まれるヒトガタとは」
何かがおかしいことに気付く。そう、まわりに人間はいない。だとしたら喋っているのは目の前のキュウコンということになる。しかしそれは現実か。いや違うに決まってる。おそらくキュウコンの作り出す幻影だ。
「しかもわしがみたところ、おぬしにとってはあんまりよくない結果かもしれんのじゃが……これ以上友を失うことになりたくなければ、決して沈んでいてはいかん」
「解ったような口をきくな。お前ごときに何が解る。ポケモンなんかに解るものか」
反抗的な若者をあしらうようにキュウコンはしっぽを揺らす。九つのしっぽはどれもみな同じようだ。
「ほっほっほ、わしは何でも知っておるぞ。恋人、いや自分の半身といってもいいほどの存在を失って、ほとんど世界がないように見えてるのじゃろ。大丈夫じゃ、歴史が変わってもほんの些細なこと」
キュウコンは立ち上がると、ザフィールを取り囲むように座る。もふもふのしっぽがザフィールの頬に触れた。その触り心地は、高級な毛皮よりも格段に上だ。
「傷ついた心のままでは帰りにくいじゃろうて。けれどおぬしの帰りを待ってる家族がおるのじゃ。あの日から帰ってないんじゃろう?」
気付けばザフィールの全身がキュウコンのしっぽで撫でられていた。モンスターボールを掴みやすいグローブと袖の間に触れるしっぽ、頬に触れるしっぽ。全てが服の上からだったのに、なぜか直接肌に触れているようだった。それは高級な毛皮に飛び込んだような心地よさ。
「もふもふは世界を救うのじゃ。もちろん、おぬしもじゃ」
あまりのもふもふに目を閉じる。こんなに触り心地の良いキュウコンは初めてだ。幻でもなんでもいい。ずっと触れていたい。
「家族に今までの事も話すとよいぞ。きっと味方になってくれる。それにあの事で誰もおぬしをせめとらん」
キュウコンの言葉に誘導されるように、ザフィールは今までの感情を表に吐き出した。慰めるかのように金色の毛皮は寄り添った。
オオスバメの翼に乗ってミシロタウンへと飛ぶ。ミナモシティの砂浜で出会ったキュウコンに礼を言い、空へと舞い上がった。そしてもう一度礼をしようと下を見た瞬間、そこには何もなかった。嘘のように何もいなかったのである。
キツネに化かされるとはこのことか。今でもしっとりとした艶のある毛皮の感触が忘れられないというのに。オオスバメの羽の感触とはまた違うふんわり感は、まず他では味わえない。
見覚えのある建物が近づく。今頃はどこにいるのか解らない。そして今さら帰ったところでどんな顔をしていいか解らない。それでも帰らなければ、問題を先延ばしにしているだけだ。
「ただいま!」
自宅の扉を開ける。やたらと玄関に出ている靴が多い。不思議に思ってリビングに行けば、一番会いたくない人に出会ってしまう。トウカシティジムリーダーのセンリだ。最後にガーネットのポケモンを預けた時だってまともに顔が見れなかったのに。
「おお、ザフィールやっと帰ってきたか」
「お、ザフィール君ちょうどいい」
父親のオダマキ博士に呼ばれ、一通の開けた封筒を渡される。
「そこの宛名みてよ」
センリに言われてみれば、ザフィールも目を疑う。なぜ今さらガーネットの名前で、しかもトウカジムに送る必要があるのだろうか。中身も見せてもらえば、見た事が無い不思議な色がマーブル模様を描いているチケット。出航の時間、場所まで明確に書いてある。
「けどなんで船なんか……」
「船?何か書いてあるの?」
「はい、時間と場所と……」
センリに見せるが、どこを見てもないと言う。オダマキ博士も同じだ。何も書いてないと。
「いや、ここに書いて……これ誰から届いたんですか?」
「ジムに届く手紙の中にまぎれてたんだよ。誰からもらったのかも解らなくてね。ザフィール君が見えるというなら、それはあげるよ」
2枚のチケットを封筒に入れる。それに書かれていた日付は明日。ミナモシティから出航する船に間に合うように出発しないと。センリと目を合わせないようにザフィールがその場を去る。
「ザフィール君!」
足を止め、センリの方を向く。
「ありがとう。知らせてくれて」
にっこりと笑うセンリに、ザフィールは黙って頭を下げた。
「うーん、ここはどこだ?」
「ここは私が昔いた研究所ですねー。今のコガネ城にあたる場所で、川沿いにありまーす。私の研究室はまさに川の隣、穏やかな立地でーす」
ダルマ達は気が付いたら別の場所にいた。清潔感溢れる廊下である。目の前に上面図があるが、それを見る限りここが研究所なのは疑いない。
「ここにサトウキビさんがいるはず。……もしかして、事故が起こる直前に殺害するのかも」
「だとしたらまずいですねー、事故の時間まであと3分しかありませーん」
ジョバンニは冷や汗を流しながら腕時計を確認した。時刻は午後9時57分、夏でも外は真っ暗な時間だ。
「あと3分! ジョバンニさん、急いで研究室に案内してください」
「もちろんでーす、皆さんちいてきてくださーい」
ダルマに急かされ、ジョバンニは小走りで廊下を進んだ。一同もそれについていく。やがて、「ジョバンニ研究室」と書かれたプレートを発見した。ジョバンニはこっそり扉を開けて忍び込んだ。
「つきましたー。トウサはあそこにいますね」
ジョバンニは物陰に隠れながら辺りを見回した。ジョバンニの研究室はかなりごちゃごちゃしている。ポケモンの研究をしているだけあり大量のボールや書類が保管されている。棚やロッカーが所狭しに並び、本来なら公園程の広さの研究室も見通しが悪い。トウサはダルマ達から約10メートル離れた場所にいた。
「あ、あれが昔のジョバンニさんか。で、あの女性がナズナって人かな?」
「2人で何か話しているみたいですよ」
ダルマとユミが棚の隙間から研究室の奥を眺めると、2人の男女がいた。1人はジョバンニだが、明らかに今と変わりない姿である。せいぜい違いは白衣を着ているくらいだ。彼の後ろには研究で使うであろう機械が鎮座しているが、「DANGER」と記されている。もう1人の女の子も白衣を着用している。黒髪で、15センチくらいのアーチを描くポニーテールだが、背中にまで毛先が届く。内側は深紅のTシャツに黒の短パンという装備だ。また、彼女の背後には開いた窓がある。過去のジョバンニは女の子に話しかけた。
「どうしたのですかナズナさーん。あなたが私と会ったのが知られたら、騒動になりますよー」
「わかってますよ、それくらい。今日は相談に来たんです」
「相談? お金の工面なら勘弁してくださいねー」
過去のジョバンニはポケットから薄い財布を取り出して笑った。女の子、ナズナは膨れっ面しながら本題を切り出す。
「もう、真面目に聞いてくださいよ! ジョバンニさん、トウサさんと一緒に現役科学者を引退してくれませんか?」
「わ、私が彼と引退? どういうことですかー?」
「最近トウサさん、すごく疲れているみたいなんです。私、トウサさんには1度表舞台から退いてゆっくり研究に取り組んでほしいんですよ。でも1人で辞めたらなんて言われるか分からないから、ジョバンニさんも一緒なら良いかなあって思ったわけです」
「なーるほど。……それはそれで悪い話ではありませんねー。私も近頃の注目のされかたには辟易していました。1つ彼に提案するのも良いでしょう、のんびりした研究に戻るように」
過去のジョバンニは何度も頷きながらメモを取った。ナズナは満足げな表情をする。
「ジョバンニさん、今の話は?」
「事実でーす。トウサがこのことを知らないのは当然ですねー、事故以来話す機会がありませんでしたから」
「あ、おじさまがボールからポケモンを!」
ユミがトウサを指差した。皆の視線がトウサを捉える。彼はボールからスターミーを出し、今まさに攻撃を仕掛けようとしていた。
「……あばよ、ジョバンニ。スターミー、ハイドロポンプ!」
「誰か止めてくださーい!」
「駄目だ、間に合わない!」
今のジョバンニは天を仰ぎ、ダルマは頭を抱えた。2人とも状況をわきまえず絶叫である。スターミーのコアから螺旋状に回転した放水が放たれた。みるみるうちにジョバンニに水の槍が迫る。
「あ、危ない、ジョバンニさん!」
ここで、事態にいち早く気付いたナズナが動いた。なんと過去のジョバンニを華奢な腕で突き飛ばし、身代わりとしてハイドロポンプを食らったのである。
「きゃあっ!」
横から割り込む形となったので、彼女はハイドロポンプの勢いに弾かれる。そのまま開いた窓から外に放り出され、川に沈んだ。彼女の着水音が聞こえるのとほぼ同時に、ハイドロポンプが過去のジョバンニの奥にあった機械に命中。機械は煙を出し、火の手が上がった。
「な、なんだと……!」
トウサは状況を理解したくないのか、歯ぎしりしながら目を手で覆った。その瞬間、トウサの姿が消えた。その光景を見届けると、ダルマ達も過去から現在に送還された。残された過去のジョバンニは燃え上がる機械にたまげると、一目散に窓から川に飛び込む。その直後、爆炎が研究室を包んだ。
「サトウキビさん、自分でナズナさんを……」
「……結果はどうあれ、彼自身の手で彼女に手をかけてしまったのですねー」
「おじさま……」
現在に帰ってきたダルマ達は、1人呆然と立ちすくむトウサをじっと見つめていた。未来が変わった様子は見られない。過去に行く前と同じで、夜風が気持ち良い。
「……事実は小説より奇なりとは言うが、全くもってその通りだな。はは、ははははは……」
トウサは一言、ぽつりと呟いた。次に膝をつき、かがんで床を右手で殴りつけた。右手の指の根元から血がにじんでくる。そして、街中に響く声をあげた。
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉををををををををををををををををををををををををヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ! 済まねえナズナ! 俺のせいで、俺がいなければ……。ただ俺は運命を、困難を乗り越えようと……反吐が出るあの男の下でも働いてきたというのに……!」
トウサの声が徐々に上ずってきた。真夜中のコガネに届く悲痛な叫び。ダルマ達は目を閉じうつむいた。
それからいくらか経った頃、ジョバンニはトウサに近寄った。それから背中をさすり、トウサに語りかける。
「トウサ、彼女はあなたの攻撃を受けるまで、あなたのことを心配していました。その思いに応えるためにも、これまでの行いを償うのでーす」
「……罪を償う、か。今更抵抗する気はねえ、好きにしな。だがその前に1つやらせてくれ」
トウサは立ち上がり、とぼとぼと歩いた。その先にあるのはポケギアである。おそらくトウサのものだろう。彼はそれを手に取ると、以前の力強い口調で話し始めた。
「勇敢なるがらん堂の諸君、塾長のサトウキビだ。よくこれまで耐えてきてくれた。ただ今をもって戦いの終了を宣言する。各自戦闘を切り上げ、速やかにコガネへ帰還するように。繰り返し放送する。がらん堂は負けた。コガネに戻って公の指示を待て。以上、今までありがとう」
トウサは感謝の言葉で締めると、ポケギアを投げ捨てた。彼はダルマ達の方を向き、一礼した。
「お前さん達には世話になったな。このような結果になったとはいえ、真実に近付けた。特にダルマは、この俺を超えていったからにはポケモンリーグでも十分勝ち上がれるだろうよ。期待してるぜ」
「サトウキビさん、いやトウサさん……」
ダルマは息を呑んだ。トウサは大きなため息をつくと、サングラスの下から光るものが滴り落ちてきた。
「……さて、ここで1つ問題だ。男が泣くのはいつだ?」
「え、男が泣く時? ……今ですか?」
「……最後まで鈍いな、俺に似てやがる」
トウサは北を向くと、全力で走った。あまりに唐突な動きに、ダルマ達は対応できない。
「いいか、よく覚えとけ! 男が泣くのはっ! 全てが終わった時だっ!」
「トウサさん!」
「トウサ!」
「おじさま!」
トウサはこう言い残すと、柵を越えて落下した。落下点は彼の相方が姿を消した川である。ダルマ達もすぐさま駆け寄り呼びかけた。それに対し、トウサは川に叩きつけられる音で答えるのであった。
・次回予告
がらん堂との戦いは終結した。ダルマ達は約束通りポケモンリーグの出場権を得たのである。向かうはセキエイ高原、ダルマ達はたどり着けるのか。次回、第70話「いざ、セキエイ高原へ」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.50
トウサという名前、私には珍しく由来があります。この3文字を並び替えると「サトウ」となります。サトウキビと縁ある名前なのです。サトウキビは江戸時代の日本をはじめ、カリブ海にアフリカ、南アメリカやヨーロッパを巻き込んだ悲しい歴史があります。それと重ね合わせた結果、サトウキビとトウサになったのです。並び替えたのは先読みされないようにするためですよ。
あつあ通信vol.50、編者あつあつおでん
「翔、久しぶり」
「……誰?」
首の辺りまでボサボサに伸びた髪と茶色の暖かそうなダウン、そして青色のジーンズ。デジャヴがまるで起きない。顔もこれといって目立つほくろとかもないようだし、本当に誰かわからん。
「俺だよ俺」
「ワリオだよ?」
「ちっがーう! 石川薫だ。確かにそのフレーズは知ってるけど」
「ああああああ! 思いだした」
ようやと思いだした。風見杯決勝トーナメント二回戦で戦った石川薫だ。こいつ、一人称が「俺」だけど女なんだよな。
にしても雰囲気がだいぶ違うように思える。前回はボサボサは同じだがもっと短髪で、風見杯はまだ十二月くらいなのに半袖半ズボンと季節違いも甚だしい格好をしていたのだが、今回はちゃんと季節をわきまえている。進歩だ。
「ってどうしてここに。家が近所なの?」
風見杯は一応大会だ。ちょっと遠場でも無理してくる人が多いのだがこんなカード屋に来ると言う事は近所だろう。念のために聞いてみる。
「うん。ここまで電車で二駅」
「電車ってこの辺じゃあ……JRか。でもJRからまた歩かなきゃならないじゃん?」
「足がある」
「なるほどね」
呆れた反面、なんとなく納得してしまった。中身は前から変わらずと言ったところか。
「その制服……。翔は平見高校なのか?」
「そうだけど」
「実は俺も二カ月したらそこに通うことになるんだぜ!」
「へえ。平見高校かあ。……ってえええ!?」
「で、今日は制服採寸の帰りだ」
「あーなるほど。だから今日体育館使えなかったんだな」
ここまで喋って立ちっぱなしだったということに気づく。石川の目の前の席に着いた。
制服採寸といや、そういえばこいつ女子だから一応スカートか。全然想像できんというのはある意味すごい。ちょっと見てみたいな。
「ここで会ったのも折角だし、やろうよ」
と、石川が鞄からデッキを取り出す。枚数的にハーフデッキだな。
「よし受けよう」
俺も鞄からデッキケースを取り出して応手する。石川がひいたプレイマットの上に、シャッフルしたデッキを置いて、手札、ポケモン、サイドの用意を整える。
「先攻は翔からだ」
「よし。俺の先発はヒトカゲ(60/60)だ。そっちはトリデプスGL(90/90)か、相変わらず化石が好きだな」
「そりゃあ、好きなモノは好きだからな」
そう言って、石川はニッと笑って見せる。それにしてもやっぱり笑うとちょっと可愛いな。傍に思いつつヒトカゲに炎エネルギーをつける。
「ヒトカゲの助けを呼ぶでデッキからヒノアラシを手札に加えるぜ」
「よし、俺のターンだな。って勝負やってるけど連れが来たら帰らなくちゃいけないんだよな」
とか言いつつしっかりベンチにたての化石50/50を置き、それに鋼エネルギーを乗せる。
「俺の番は終わりだ」
「連れ?」
「ああ。俺の友達で一緒に平見高校行くことになってるヤツだ。下でカード見てると思うぜ」
ヒトカゲをリザード80/80に進化させ、ヒノアラシ60/60をベンチにだす。続いて炎エネルギーをリザードに乗せて手札のゴージャスボールを石川に見せる。石川が頷いたのでデッキからヒトカゲを選び出す。
「へえ。名前は?」
デッキをシャッフルし直しヒトカゲ60/60をベンチに出した。
「よし、攻撃する。叩きつけるだ」
テーブルの端のコインを取ってトスする。
「向井ってやつだ。こないだの風見杯にも出てたんだぜ」
「向井……? どっかで聞いたことあるような……。オモテ、ウラだから30ダメージ。そんでもって弱点で二倍になって60ダメージだな」
たたきつけるはコインを二回投げ、オモテの数かける30ダメージのワザだ。そしてトリデプスGLは弱点が炎なので、二倍である60ダメージをくらうことになる。これで残りHPは20/80まで一気に消耗、次のターンは倒せるだろう。
「あああ! そうだ、向井ってどこかで聞いたと思ったら風見杯で姉さんと戦ったヤツか!」
石川は鋼エネルギーをたての化石につけ、化石にタテトプス80/80を重ねて進化させ、そしてママのきづかいを俺に見せる。ママのきづかいは山札からカードを二枚引くサポーターカードだ。石川はその通り二枚山札から引く。
「あの人お姉さんなのか! 翔と同じ名字だったからもしかしたらと思ったらそうだったんだな。ターンエンドだ」
「そういやお前には兄弟姉妹いるのか?」
俺はリザードをリザードン140/140に進化させて炎エネルギーをつけ、サポーターのハンサムの捜査を発動する。俺は石川の手札を見せてもらい、自分の手札を戻して五枚までカードを引く。
「いないぜ」
「そうなのか。リザードンの、炎の翼で攻撃。ポケボディーの火炎の陣の効果で、俺のベンチに炎タイプのポケモンが二匹いるからワザの威力は20アップだ。30に20足してそれを二倍、100ダメージだ」
「やるね! 兄弟ってどんな感じ?」
石川がトリデプスGLをトラッシュし、ベンチのタテトプスを場に出す。俺はサイドを一枚引いて、自分の番を終わらせる。
「そーだなぁ。まあ家によってマチマチじゃないか?」
石川がタテトプスをトリデプス130/130に進化させ、鋼エネルギーをつける。そして達人の帯をつけた。むう。
「まあそうだけど、翔のところはどうだ、って聞いてるんだ」
「俺のとこは姉さんが俺を助けてくれてるって感じかな。喧嘩なんて小学校出て以来したことないからな」
トリデプスは鉄壁というワザをもつ。このワザは30ダメージだが、コイントスをしてオモテなら次の番ワザによるダメージや効果を受けない。
達人の帯の効果でトリデプスはHPとワザの威力が20増えるので、トリデプスのHPは150/150。さらに鉄壁を食らうとリザードンは残りHPが90/140になり、次の俺の番はダメージが与えれないので何もできない。そして次の石川の番にまたエネルギーを一つつけられるとアイアインタックルを食らうと80ダメージ。達人の帯でさらに20ダメージ加算され100ダメージをリザードンが食らうことになり、リザードンが気絶してしまう。
「なるほどね。鉄壁攻撃。トスは……オモテ」
「うわっ、これはめんどいな」
「ラッキーだぜ」
鉄壁の効果でトリデプスは全てのダメージをシャットダウン。これでは攻撃したくても出来ない……。
いや、しかし鉄壁を破る方法はいくらでもある。
「俺のターン。ワープポイントだ! 互いのバトルポケモンを入れ替える。お前のベンチにはポケモンがいないからそのままだが、俺はベンチのヒトカゲをリザードンと入れ替える」
「何のつもりだ」
「ヒノアラシをマグマラシ(80/80)に。ヒトカゲをリザード(80/80)に進化させ、リザードに炎エネルギーをつけてターンエンドだ」
「ちぃ。手札の鋼エネルギーをトリデプスにつけて……」
詰んだな。俺の手札にはリザードンがある。次の番に進化させればリザードのHPは更に140まで上昇する。
石川がこの状況を打開するには鉄壁で三回連続コイントスを成功させなければならない。
というのも、鉄壁を三回連続で成功させてリザードもといリザードンを倒さなければベンチのリザードンがトリデプスを一撃で焼くことが出来る。
勝つ確率はまさに八分の一、だが──。
「あーもう、何考えてもダメだぁ! 降参だ降参! 無駄に運使いたくないし」
「おっと、辞めちゃうのか。ま、また高校とかで会ったらまた相手になってやるよ」
「その前にPCCがあるだろ、そこで勝負だ」
階段の方から複数の足音が聞こえる。恭介達だろうか? ベストタイミング、と言ったところかな。
「石川もPCC出るのか。でも戦えるかどうかは分からないぞ」
「きっと戦うことになるさ。なんとなく」
そう言って石川は今度はニヤリと笑うと、手早く荷物を鞄に片付けて立ち上がり、階段に向かった。
「それじゃあまたな」
階段から現れた足音の主は知らない大人二人と向井だった。予想とは全然違ったじゃん。
それよりも大人二人はともかくとして、たまたま目が合った向井はこちらに一礼すると、石川にひと声掛けて共に階段を降りて行った。
「……。PCC、楽しみが増えたな」
一人でカードを片付け、硬いパイプ椅子にもたれて誰に向けてでもなく呟く。今度ははっきりと聞き覚えのある声が階下から聞こえてきたので自分も荷物をまとめることにする。
下からガヤガヤ声を立てながら興奮してやってきた恭介と蜂谷を叱りながら俺達は家路に着くことにした。
薫「今回のキーカードはトリデプス。
鉄壁で守りつつ、アイアンタックルで攻撃!
ポケボディーもなかなか優秀な俺のカードだ!」
トリデプスLv.56 HP130 鋼 (DPt1)
ポケボディー きんぞくしつ
このポケモンに「ポケモンのどうぐ」がついているなら、ポケモンチェックのたび、このポケモンのダメージカウンターを1個とる。
鋼鋼無 てっぺき 30
コインを1回投げオモテなら、次の相手の番、自分はワザのダメージや効果を受けない。
鋼鋼無 アイアンタックル 80
自分にも30ダメージ。
弱点 炎+30 抵抗力 超−20 にげる 4
「ダルマー、大丈夫か!」
「ダルマ様!」
「ユミにゴロウ! それにみんなも……」
決着がついた直後、ユミやゴロウ達がダルマの元に駆け寄ってきた。サトウキビは全てを察したように呟く。
「全員お揃いといったところか。ジョバンニがいるということは、屋敷も全滅だな」
「……もうやめるのでーす、トウサ。あなたの計画は全て失敗しました、これ以上戦う理由はありませーん」
「それはどうかな。がらん堂は滅びない、何度でも蘇るさ」
「と、トウサ? ジョバンニさん、あの人の名前はサトウキビですよ!」
ダルマは、サトウキビとジョバンニの会話にまるでついていけてない。ジョバンニは手を軽く叩いた。
「おっと失礼、ダルマ君にはまだ説明してませんでしたねー。では改めて……」
「待った、そこからは俺自身が教えてやろう。俺を超えていった褒美だ」
ここでサトウキビが口を挟んだ。ジョバンニは口を閉じる。それから、サトウキビの説明が始まった。
「俺の本名はトウサ、元科学者だ。巷ではポケモンリーグ優勝者としても名が通っている」
「……な、な、な、なんだって! サトウキビさんの正体がトウサ……有り得ない! あんなに輝かしい経歴を持つ人が、何故そのように姿をくらます必要があるんですか!」
「ま、そう急かすな。今更逃げたりなんかしねえからな」
サトウキビ、トウサは明後日の方向をぼんやりと眺めた。そのまま話を続ける。
「俺はジョバンニに勝ち、15でポケモンリーグの頂点に立った。だがそれを最後にトレーナーを止め、科学者になることを決めた」
「科学者? バトルの指導者やプロ選手になるならまだしも、随分突飛な選択だな。道具職人になった俺が言うのもあれだが」
ドーゲンから質問が飛んできた。トウサは即座に返答する。
「簡単なことだ。俺達トレーナーは科学技術に頼りきりで、ついつい感謝を忘れがち。そこで科学に光を当てるため、科学者を志すようになったのだ。3年に及ぶ勉強の末、俺は研究を始められる程になった」
「ふむ、ジョバンニさんから聞いた話と同じだな。確かジョバンニさんはトウサさんに誘われたのでしたよね」
ハンサムがジョバンニに尋ねた。ジョバンニは何度もうなずく。
「その通りでーす。彼の熱意は本物でしたから、私も乗ってみることにしたのでーす」
「……俺は通信についての研究、ジョバンニはポケモンの研究をした。そしてトレーナーを辞めてから8年が経った頃、俺達は今に残る発明を完成させた。ポケモン転送システムとタウリン等の薬だ」
「タウリンって、攻撃の基礎ポイントを上げる薬だよね? おじさんも、発売された時はびっくりしたよ」
ボルトは腕組みしながら昔を思い出しているようだ。トウサは胸を張っている。
「物の構造やポケモンの修正に着目した俺は、データ化して遠方に送れることを発見した。ジョバンニは育て方によるポケモンの成長の差異に気付き、ある能力を重点的に伸ばす薬を開発。どちらも瞬く間に一大センセーショナルを巻き起こし、科学者がにわかに注目されるようになった。だが……」
「だが、どうしたのですか?」
急にトウサの表情が暗くなった。ダルマは疑問に思ったのか、問いかける。
「厄介なことに注目されすぎた。事態を知ったスポンサーが『資金を少数の科学者に集中する』とハッパをかけたのも痛手だった。俺達は衆人環視の中での研究を強いられたのさ」
トウサの顔にはしばらく苦々しさが出ていた。しかし、次の話題に移ると穏やかな顔つきになった。
「そんな俺にもいつしか後輩ができていた。ナズナという女で、電波の研究をしていた。メディアの対応に追われてうんざりした時に何度彼女に助けられたかわからねえ。互いに信頼しあい、最後には自他共に認めるコンビとなっていたのさ」
「最後には……?」
ダルマは何気ない言葉を見逃さなかった。トウサもそれをわかっていたのか、詰まることなく語る。
「そうだ。10年前、ジョバンニの研究室で発生した爆発事故に巻き込まれて以来、彼女は行方不明になっている。恐らくもう生きてはないだろう。当然、メディアはこれに飛び付いた。当初こそ、論調は俺に同情的だったよ、『最愛の相方を失った敏腕科学者の悲しみは深い』ってな」
「……あの、それだけではよくわかりませんよ」
「まあ慌てるな。……事故が起こって数日、ある記事が新聞に載った。『爆発事故はトウサ氏の狂言だ。世間の同情を買ってスポンサーの援助を得ようと企んでいる』という内容だ。言うまでもなく俺には非難が集中。一般人は掌を返したように罵声や嫌がらせをしてきた。そうして、俺は表の世界から身を引いたのさ」
「……そんなことがあったなんて。ん、けど待ってくださいよ。では結局、今回の事件はいわゆる復讐というやつですか?」
ダルマは冷や汗を流しながら確認した。トウサは首を縦に1回振ってそれに答える。
「ご名答。身分を隠した俺は人材を育成し、コガネ発展に尽力し、自らの研究とナズナの研究を続けた。何故か。俺を、トウサを死に追いやったカネナルキと庶民共、彼女を殺したジョバンニに一矢報いるためだったのさ!」
「ど、どうしてそこでジョバンニさんにカネナルキ市長の名前が出てくるんですか?」
「……鈍いな、もてねえぜ。カネナルキはあの記事を書いた記者だ。この記事で名を上げた奴は市長選に立候補、当選したのさ。奴もまさか、俺を昔記事のネタにした男だとは思わなかっただろうよ」
「で、では庶民に対する復讐とは?」
ダルマに続いてユミも追求した。トウサは何かの作業をしながら吐き捨てる。
「……あの男が出任せの記事を書いた時、皆それに疑問を挟むことなく鵜呑みにした。もし誰か1人でも異議を唱えていれば、俺の未来は変わっていたかもしれねえ。長いものに遠慮なく巻かれる奴らにはほとほと呆れたぜ。だから洗脳電波で考えることを止めてもらった。こんな奴らに考えるなんて行為は贅沢だからな」
「私への復讐とはどういうことですかー?」
ジョバンニは身に覚えのない素振りを見せた。その時、何かが切れた音がした。トウサが一気にまくしたてる。
「はっ、とぼけるのも大概にしろ。あの日、お前は彼女と研究室で会った。彼女を守れたのはお前しかいなかったのさジョバンニ! 仮にそれが無理でも、何故俺を擁護してくれなかった? 貴様もそこら辺の凡庸な奴らと同じだったというのか!」
「……それじゃあ、ジョバンニさんをさらったのは?」
「あれは単に俺の正体を隠そうとしただけだ。なかったことになるとはいえ、なるべく表沙汰にしたくはなかったからな。ジョバンニへの復讐は今から行う。俺の後ろを見な」
トウサは自分の背後にある小屋のような機械を指差した。一同の視線はそこに集まる。機械には扉がついてあり、中に入ることができそうだ。扉には窓があり、中を覗ける仕組みとなっている。
「あれは数年前に俺が発明したタイムカプセルだ。例によって人を転送できるように改造してある。今から俺は過去に行き、ジョバンニを殺す。ダルマとのバトルで充電の時間を、今の話でポケモンを回復する時間を稼ぐことができた。最早誰も俺を止めることはできない」
「私を殺害ですって?」
ジョバンニはさすがにのけぞってしまった。目の前で殺害宣言などされては無理もないが。
「そうだ。お前を殺し、あの事故をなかったことにする。そうすれば未来が変わり、今の状況も大きく変わる。お前さん達と会ったことも、市長の死もなかったことになる。もちろん、がらん堂の動乱もだ。ジョバンニの死と引き換えに、俺は失われた10年を取り戻す!」
トウサは一目散に小屋、タイムカプセルに駆け込んだ。それからすぐにタイムカプセルは動きだし、トウサは姿を消した。ダルマは皆に向かってこう叫ぶと、自らもタイムカプセルに入り込むのであった。
「あ、待て! みんな、追いかけよう!」
・次回予告
タイムカプセルを使い、過去に行ったトウサを追うダルマ達。その先で目にしたものは。次回、第69話「10年の時を経て」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.49
12話から登場して67話まで、実に56話もの間謎だったサトウキビさんの素性がようやく判明しました。本来彼はジョバンニのみに復讐するつもりだったのですが、それだとジョウト地方の侵攻に必要性がなくなってしまいます。そこであのような不自然な理由が後付けされたというわけです。結果として風刺っぽくなったから、結果オーライでしょうか。ちなみに、サトウキビさんの本名がトウサなのは言及しましたが、作者としてはトウサと呼ぶことに違和感があります。ストーリーのほとんどでサトウキビと書いていたので、慣れちゃいました。
さて、次回は一体どうなってしまうのでしょう。ジョバンニの運命は、トウサの悲願は? 全てに答えが出る時、読者の皆様が息を呑むことを期待して、今日はここまでとさせていただきます。ありがとうございました。
あつあ通信vol.49、編者あつあつおでん
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