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「なんだ、まだアリゲイツのままか。大成しないのは持ち主と一緒か」
「むむ、それはどうですかね。俺もこいつも着実に成長してますよ」
ダルマの4匹目のポケモンはアリゲイツだ。頭のとさかも今晩はよくとがっている。晴れているせいか、そこまで元気というわけではなさそうだ。
「……んなもんどうでも良い。大事なのは勝敗だ。ソーナンス、カウンターだ」
「隙あり、つるぎのまい!」
勝負が再び動きだした。ソーナンスは先程のように頭を反らし、アリゲイツの攻撃に備える。しかしアリゲイツはソーナンスを尻目に戦いの踊りを舞った。その結果、アリゲイツからやる気がみなぎってきた。サトウキビは舌打ちしながら次の手を考える。
「ちっ、読み外したか。俺も衰えたものだ」
「アリゲイツ、冷凍パンチだ!」
ここでアリゲイツは右腕に冷気をため込み、ソーナンスを殴りつけた。カモネギの攻撃でダメージを受けていたこともあり、ソーナンスは苦渋の表情でこらえている。だが健闘むなしくも倒れこんでしまった。
「……2匹やられたか。ソーナンスがやられた以上、こいつも仕事がなくなったな。行くぜダグトリオ」
サトウキビはソーナンスをボールに戻し、4匹目のポケモンを繰り出した。頭を3つ持ち、床に穴を開けている。
「な、なんだあれは。床に穴掘ってるぞ」
ダルマは図鑑をチェックした。ダグトリオはディグダの進化形で、驚異的な素早さを持つ。特性のありじごくはポケモン交換を封じる厄介なもので、地面タイプという都合上電気タイプを狩るのが得意だ。ある技を用いればダグトリオ1匹で全てのポケモンを倒すことも可能である。ダルマはアリゲイツに指示を出した。
「地面タイプか、ならあれが効くな。アリゲイツ、新技アクアジェットだ!」
「甘いな、ふいうちを食らえ」
先手を取ったのはダグトリオだ。ダグトリオはアリゲイツの死角まで床下を移動し、そこから頭で突いた。一方アリゲイツは体中に水をまとい、高速でダグトリオに体当たりした。ダグトリオは潜ってやり過ごそうとしたが、間に合わない。その一撃でのびてしまった。サトウキビは感心しながらダグトリオをボールに回収する。
「晴れ状態の水タイプの技で一撃か。さすがに予想外だぜ」
「よし、やっと4対3に持ち込んだ。これで……あ、アリゲイツ?」
突然、アリゲイツからまばゆい光が溢れてきた。光に覆われたシルエットはみるみるうちに大きくなり、光が収まった時には別のポケモンがいた。アリゲイツより一回りは大きく、手足や尻尾は太くなっている。ダルマは感慨深くそれを眺めた。
「ふん、またしても進化しやがったか。どこまでも悪運の強い奴め」
「……アリゲイツ、やっとオーダイルになったな。さあサトウキビさん、これで俺には百戦錬磨の相棒が揃いましたよ。どんなに追い込まれようと、必ず俺は勝ちます!」
「……その言葉に二言がないのを望むばかりだ。スターミー、もう一息頼むぜ」
サトウキビは1度引いたスターミーをもう1度送り出した。キュウコンの攻撃の影響か、本調子とは程遠い様子である。ダルマは自信満々にオーダイルに命令した。
「アクアジェットで仕留めるんだ!」
「それくらい耐える、重力を強くしろ」
機先を制したのはオーダイルだ。動きの鈍いスターミーに猛スピードで突っ込む。スターミーも負けじと辺りの重力を強くした。ダルマやオーダイルは体が重くなったが、その勢いはもう止められない。
「くそ、まだ倒れないか。オーダイル、今度こそ決めろ!」
オーダイルは続けざまにアクアジェットを使い、ようやくスターミーをダウンさせた。サトウキビはスターミーをボールに収め、5匹目のボールに語りかける。
「あと2匹。このようなポケモンにこうも押されるとは。だがこいつの前ではそれも無意味……出番だカイリュー!」
サトウキビが全身全霊で投げ込んだボールから出てきたのは、ダルマもよく知るあのポケモンだった。ダルマは思わず後ずさりする。
「か、カイリューだって!」
ダルマは伏せながら図鑑を見た。カイリューはハクリューの進化形で、攻守にわたり高い能力を備える。素早さが控えめなのが玉に瑕だが、それを補い余りある程の技レパートリーがあり、どんな戦い方もできる。
「食らいな、ぼうふう攻撃」
「負けるなオーダイル、必殺冷凍パンチ!」
カイリューが先に動いた。背中にある翼で、嵐を思わせる暴風を発生させたのだ。オーダイルは重力と暴風に悩まされながらも着実に前進し、なんとかカイリューに迫る。そして冷凍パンチをたたき込んだ。カイリューはそのまま倒れ……なかった。驚くべきことに、冷や汗こそ流しているがまだカイリューは戦える様子だ。
「ど、どうなってるんだ。つるぎのまいを使って弱点の冷凍パンチを放ったというのに、倒れないだと……」
「……ふははははは。これぞカイリューの特性、マルチスケイルの為せる力だ」
「マルチスケイル? 聞いたことないぞそんな特性」
ダルマは不測の事態に困惑を隠せない。サトウキビは勝ち誇った表情でダルマに説明した。
「おやおや、不勉強な奴め。マルチスケイルは、体力が満タンの時受けた技のダメージを減らす特性だ。大概のドラゴンタイプは低威力の氷技でも致命傷となるが、これがあればそのようなことは起こらない。……これで分かっただろう、お前さんは俺には勝てねえのさ! しんそくを使え!」
カイリューは目にも止まらぬ速さで回転しながら、オーダイルの懐をドリルのようにえぐった。連戦によるダメージがたたり、オーダイルは気絶した。ダルマは思い切り叫ぶ。
「う、うおおおおおおおおおおおお! オーダイルううう!」
「さて、後の3匹は何が出てくるんだ? 骨のあるポケモンなら助かるのだがな」
サトウキビは余裕綽々という言葉を体現したような状態である。ダルマは4匹目のボールを見つめ、手に力を込めた。
「……スピアー、お前に全てを託す!」
ダルマは再度スピアーを投入した。出てきた途端ステルスロックが刺さり、痛々しい。
「はっ、遂に万策尽きたか。しんそくで倒すんだ」
「まだまだ、おいかぜを呼べ!」
カイリューはオーダイルの時と同じくスピアーにしんそくで襲いかかった。スピアーは両腕の針でしのぎながら、今一度おいかぜを発生させた。それと入れ代わりに重力が弱まる。
「耐えやがったか、だが同じこと。もう1度しんそく」
おいかぜを使って満身創痍のスピアーに、カイリューはしんそくでとどめを刺した。力なく落ちたスピアーをダルマは引っ込める。
「……スピアー、助かった。お前が体を張って呼び込んだおいかぜ、無駄にはしない。勝つぞキマワリ!」
ダルマは5匹目のポケモン、キマワリに全てを託した。こだわりメガネをかけたキマワリは今宵も煙たい。ここで、サトウキビが初めて意表を突かれた顔になる。
「馬鹿な、キマワリだと! 晴れを使うのはキュウコンだけじゃなかったのか!」
「その通り。これが俺のやり方、おいかぜ晴れパですよ! キマワリ、ソーラービームだ!」
「なんの、しんそく!」
キマワリより先にカイリューがしんそくを決めた。キマワリはそれを余裕で耐え、太陽光線でカイリューを丸焼きにした。草タイプはカイリューに相性がすこぶる悪いものの、オーダイルが与えたダメージを合わせれば突破できる。強敵カイリューが地響きを鳴らしながら地に伏せた。
「……カイリューがやられたか。残るは1匹、向こうにはおいかぜ。それでも俺はふてぶてしく笑ってやるぜ。ニョロボン、これが最後だ!」
サトウキビはカイリューと入れ替えで最後のボールを投げた。現れたのは渦巻き模様のあるポケモンである。
「こ、これがサトウキビさんの6匹目か。一体何をする気だ」
ダルマは慎重に図鑑で調べた。ニョロボンはニョロゾの進化形で、珍しい水と格闘の組み合わせである。攻撃範囲が広い上、物理と特殊の判別がつきにくい。尚、とある理由で分岐進化のニョロトノの使用率が高いため、相対的にニョロボンの使用率は低い。
ダルマは図鑑をポケットに入れると、最後の指示を送った。
「勝利はもらった、ソーラービーム!」
キマワリはニョロボンに狙いを定め、光の束を集めた。そして、それをまとめて発射。ソーラービームはニョロボンはおろかサトウキビをも飲み込む。周囲が真っ昼間の如く輝く中、サトウキビの笑い声のみが響くのであった。
「……ふっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ! 全く、やってくれるぜ。まさか、この俺を超えるトレーナーが出てきたとはな。20年も経つと時代は変わるというわけか……」
・次回予告
サトウキビとの決着がついた直後、ジョバンニ達が駆けつけた。そこでダルマはサトウキビの正体を知らされる。あまりに衝撃的な事実に、ダルマは動揺を隠せないのであった。次回、第68話「真相はサングラスの奥に」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.48
この勝負、ソーナンスがカウンターをミスった時がターニングポイントでしたね。なんだかんだでアリゲイツは体面を保ったわけです。
ダメージ計算は、アリゲイツ意地っ張りHP攻撃振り、ダグトリオ陽気攻撃素早振り、カイリュー控えめHP特攻振り、キマワリ臆病特攻素早振り、ニョロボン意地っ張りHP攻撃振り。剣の舞を使ったアリゲイツの冷凍パンチでダメージの蓄積したソーナンスをギリギリ乱数で倒せます。更にダグトリオの不意討ちを余裕で耐え、晴れ状態のアクアジェットでダグトリオを乱数1発。オボンを使ったスターミーに晴れアクアジェット2回で乱数で倒せます。カイリューの暴風は、アリゲイツの時に受けたステルスロックと不意討ちのダメージと合わせても乱数。返しの冷凍パンチはなんと乱数で耐えられ、神速で押し切られます。カイリューの神速とステルスロックのダメージをスピアーは耐えぬき、切り札キマワリのソーラービームで、オーダイルの冷凍パンチが最低乱数でもカイリューを寄り切ります。あとはニョロボンをソーラービームで焼き切るのみ。さすが太陽神、初登場から未だ無敗だぜ!
あつあ通信vol.48、編者あつあつおでん
「まずはスピアーか。相性はこちらが有利だな」
「えーっと、あれはフォレトスだっけ? 珍しいポケモンだからよくわからないぞ」
ダルマの先発はお馴染みスピアー、サトウキビの1番手は殻のようなものを装備したポケモン、フォレトスである。ダルマは早速図鑑を開いた。フォレトスはクヌギダマの進化形で、非常に高い物理耐久を持つ。タイプや特性も中々優秀で、主に場を整えるために使われる。
ダルマは深呼吸をすると、スピアーに指示を出した。
「まずはこちらから、おいかぜ!」
「フォレトス、ステルスロックだ」
スピアーは手慣れた手つきで踊った。ラジオ塔の上空で、にわかに風が吹き始める。一方フォレトスは尖った岩を数個、スピアーの近くに飛ばした。岩は空中に浮遊し、スピアーの飛行を妨げる。
「い、岩が浮いてる。暗いのもあるけど、見にくいな」
「……さてさて、次はどうする。まさか、風吹かしただけじゃねえよな?」
「勿論。スピアー、とんぼがえり!」
スピアーはフォレトスに接近し、右腕の針で突ついた。それと同時にダルマの元に逃げ帰る。
「とんぼがえりたあ良い技持ってやがる。フォレトス、重力を強くしろ」
サトウキビが手を上げた。フォレトスは軽くジャンプして床を叩く。すると、明らかにおかしなことが起こった。ダルマはスピアーの代わりのポケモンのボールを投げたのだが、そのボールの軌道が下に押し曲げられたのだ。おかげでロコンはダルマの付近から飛び出した。なお、ロコンにはステルスロックが刺さってダメージを受けている。ダルマ自身も体を支えられず、地べたを這いながら叫ぶ。
「うぐぐ、一体何が起こってるんだ!」
「……これこそ昔俺が流行らせ、そして今では俺しか使えない戦術、重力パーティだ。トレーナーすら巻き込む重力で技の命中を上げ、飛ぶ者すら逃がさない。これが何を意味するかわかれば大したものだが」
「は、はあ。いまいちぴんとこないな。まあいいか、ロコン、これを使え!」
重力が強まったにもかかわらず平然としているサトウキビに驚きながら、ダルマは赤い石をロコンに投げつけた。石がロコンに当たると、急にロコンの体が光に包まれる。しばらくして光が収まると、そこには9本の尻尾を持つポケモンがいた。サトウキビはこれに対し、淡々と分析を進める。
「このタイミングで進化か。この天気、さてはひでりキュウコンだな。そんなポケモンまで用意してたとは、心意気が伝わってくるぜ」
「当然ですよ。キュウコン、だいもんじ!」
ダルマはひざまずきながら威勢を上げた。それに応えるかの如くキュウコンは辺りを晴れさせ、大の字の炎を撃った。重力下ではサトウキビのポケモンとて動きが鈍る。フォレトスは直撃を食らい、黒焦げになってしまった。サトウキビは顔色1つ変えずにフォレトスをボールに戻す。
「ふっ、やってくれる。この間までただの原石だと思ったが」
「頑丈はとんぼがえりで無効化し、だいもんじの命中は重力で補う。俺も成長したということですよ」
「そのようだな。まあ、それでも俺の足元にも及ばないだろうが。さあ行くぜスターミー、久々に本気で戦えるぞ」
サトウキビは笑いながら2匹目のポケモンを繰り出した。出てきたのは、2つの星を重ねたようなポケモンである。後ろの星は回転し、前の星にあるコアが点滅している。
「スターミーか、かなり速いポケモンだよな」
ダルマは図鑑を眺めた。スターミーはヒトデマンの進化形で、水タイプでは最も速い。その技と能力の都合上、何年経っても昔の型が通用する。それゆえ生きた化石と言われることも。勿論、耐久型やサポートもこなせる。いれば頼れるポケモンであることは確かだ。
「スターミーとはいえ、おいかぜが吹いてる今ならどうってことはないさ。キュウコン、ソーラービーム!」
「んなもの効くか、ハイドロポンプだ」
キュウコンは周りの光を集め、スターミーに発射した。それに差し違える形でスターミーも大量の水を噴射する。ハイドロポンプは天気の影響か、やや効き目が悪い。お互いまともに当たり、肩で息をしている。ここで、スターミーは懐からオボンの実を取り出して食べた。
そんな中、ダルマに吹いていたおいかぜがそよ風になり、やがて無風状態になった。ダルマの額からは冷や冷や汗が流れてくる。
「やば、おいかぜが……」
「どうやら、手品のネタが切れたみたいだな。重力はまだ強い、雷でとどめだ」
おいかぜがなくなったことで素早さが逆転、スターミーが先手を取った。スターミーは雲もないのに雷を降らした。晴れているとはいえ、重力下なら高い命中である。キュウコンは避けきれず帯電し、そのまま力尽きた。
「キュウコン!」
「……おいかぜは止み、ひでり持ちのポケモンもやられた。これで天気を変えられたらどうなることやら」
「ま、まさか!」
「さあ、どうだかな。それより早く次のポケモンを出せ」
「む、むう。カモネギ、仕留めるぞ!」
ダルマは顔を強ばらせながら3匹目のポケモンを投入した。現れたカモネギは岩が食い込むのもお構い無く、茎を軽く研いだ。ダルマはスターミーを指差し、腹から声を出す。
「フェイント攻撃!」
「やれやれ、随分安直な動きだ。戻れスターミー、逃がすなソーナンス」
サトウキビは呆れた様子でスターミーを回収、後続を送り出した。そのポケモンは黒い尻尾を隠すのに必死である。カモネギのフェイントはこのポケモンの頭をはたく程度で終わった。
「ソーナンス……げぇっ、しまった!」
ダルマの顔色がモスグリーンになった。彼は恐る恐る図鑑に目を通す。ソーナンスはソーナノの進化形で、かなり特殊な戦い方を強いられる。特性の影踏みは相手のポケモン交換ができないという極悪性能で、苦手な相手に繰り出し強引に倒すことができる。その他、サポートとしても非常に優秀である。
「どうした、攻撃しないのか?」
「く、くそー。こうなりゃ自棄だ、アクロバット!」
サトウキビの挑発に、ダルマは渋々乗った。カモネギは回転しながらソーナンスに迫る。サトウキビは余裕綽々な表情でソーナンスに声をかけた。
「来たぜソーナンス、カウンターだ」
カモネギは回転の力を利用して軽やかに茎で叩いた。ソーナンスは攻撃を受けてから頭を後ろに反らし、反動でカモネギを弾いた。カモネギは重力を無視して吹き飛ばされ、ダルマの目の前で倒れた。ダルマは眉をへの字に曲げてカモネギをボールに収める。ちょうどこの時、重力が弱まりダルマは立ち上がった。
「うう、やはり駄目だったか」
「……そうなんだよ、俺に勝てる奴なんざこのジョウトにはいない。何故なら俺は……いや、これは言わないでおこう。さっさと次のポケモンを見せてくれよ」
「な、なんだ、あの含みのある一言は。……考えても仕方ない、今は勝利にのみ集中だ。いくぞ、こいつが俺のエースだ!」
ダルマはサトウキビの発言に首をかしげながら、4匹目のポケモンに次を託すのであった。最後の決戦はまだまだ終わらない。
・次回予告
サトウキビが操る重力パーティの前に、ダルマは劣勢に立たされる。このピンチを救ったのはやはりあのポケモンであった。そして、決着は如何に。次回、第67話「最後の決戦後編」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.47
サトウキビさんのイラストを描いてみたのですが、現在ツイッターのアイコンに使用しています。興味のある方は見ておくと良いかも。
ダメージ計算はレベル50、6V、フォレトス腕白HP防御振り、スピアー陽気攻撃素早振り、キュウコン臆病特攻素早振り、スターミー臆病特攻素早振り、カモネギ陽気攻撃素早振り、ソーナンス穏やか特防素早振り。キュウコンの大文字でフォレトス確定1発。頑丈もとんぼ返りで潰せます。キュウコンのソーラービームをスターミーは乱数で耐え、スターミーの晴れハイドロポンプをキュウコンはステルスロック込みで確定で耐えます。このターンで追い風が切れ、スターミーの雷でキュウコン瀕死。カモネギのフェイントとアクロバットをソーナンスは余裕で耐え、返しのカウンターで一撃。
あつあ通信vol.47、編者あつあつおでん
眠れない。あんな話を聞いてしまった日だ。
実際に拓哉という前例があるだけに信じるほかないが、あんなのが二十人もいる。恐ろし過ぎる。
「どうしたの? 翔」
「いや、なんでも。ちょっと水飲みたくて」
隣の布団で寝ていた姉さんを起こしてしまったようだ。別に水は欲しくなかったけど、言ってしまったものなので蛇口の水をひねり、コップの水を飲む。
能力者は負けると能力(ちから)が失われてしまうらしい。理由は分からんが、だいたい負ければ能力が消えると考えていいだろう。
『このまま不祥事が表立ってしまったらポケモンカード自体が完全に信用を失ってしまうの。我儘なのは承知よ。でもこれもポケモンカードの、いや、むしろポケモンの存続のためなの!』
松野さんが言っていたセリフ、あれはやっぱり脅しだ。強烈な脅し。卑怯過ぎる……。
「なあ、翔。この辺でシングル買い(カードをパックで買わず、カード屋で一枚だけカードを買うことをシングル買いと言う)出来るカード屋あるか?」
日曜を挟んで月曜日の放課後。恭介がそんなことをふと尋ねてきた。
「カード屋? あるっちゃあるけど学校からそれなりに距離があるぜ」
「どれくらい?」
「自転車で二十分するかしないかかな」
「それなら行けるじゃん! 蜂谷も誘っていいか?」
「おう」
「よし、先に駐輪場行っといてくれ」
と言うなり俺の机を離れ、廊下に出ようとしていた蜂谷の元へ駆けだす。背後から急に肩を叩かれ驚いた蜂谷だが恭介の話を聞いて嫌そうな顔がどんどん好奇の顔に変わる。
そんな二人を傍目に先に学校の駐輪場に向かうことにした。
「うおおおおおおおお、さみいいいいいいいいいいいい」
「寒いぞちっきしょおおおおおおおおおおお」
「うっせえええええ」
本日の最高気温はわずか八度。五時くらいで日も傾き始めた今では五度切ってるんじゃないかな?
そんな寒空の下を男三人が自転車に乗って道を爆走している。しかもそのうち二人は寒さにやられてしまった。こいつら五月蠅い、一緒にいて恥ずかしい!
「っておまえら道知らないクセに勝手に俺より先行くな! ってそこまっすぐじゃない! 曲がれえええええ! 左に曲がれえええ!」
俺も叫んでしまってる。どうやらもうダメみたいだ。
そんなややこざがあって二十三分かかってようやく着いたカード屋「かーどひーろー」は珍しくポケモンカードをシングル買いできるカード屋である。
ポケカは他のカードよりも置いてる店が少なく、シングル買いになるとより少なく、売ってくれる店となればさらに少なくなる。というのも理由がちゃんとあるのだ。
一応子供向けであるポケカは主に大人が集まるカード屋ではあまり人気ではない。シングル買いになると同じくだ。あんなスペースをとるのに客が来ないとなればもうやる意味がない。
売ってくれるのはまたちょっと違い、いわゆるポケカショックというやつだ。恐らくほとんどの方はご存じだろうが、ポケカは裏面が変わったことがある。そのおかげでポケカを見限ったカード屋が多い。裏面が変わるということは対戦では絶対使えなくなる。まあ、今もレギュ落ち(ポケカのシリーズが変わると、前のシリーズが大会で使えなくなることがある。そのことをレギュ落ちという。最近新シリーズLEGENDに移行したためWCS2010でDPシリーズが使えなくなる)が存在するんだけども。まあもう一度裏面が変わるかもしれないということで売り手が増えても買い手がつかなくなる。ということで売れる店は基本ない。売りたい人はヤフオクでなんとかしてください。
「早く入ろうぜ」
「言われなくてももちろん」
自転車を店の傍に止めてカード屋に入る。かーどひーろーは一階は普通のカード屋である。あちこちに棚があり、遊戯王、ポケカ、ヴァンガードのシングルがある。二階はカード屋によくあるデュエルスペース。ジムチャレ(ジムチャレンジのこと。ポケカの店舗公認大会。詳しくはポケモンカードゲーム公式サイトなどで)もここで開かれることがある。また、デュエルターミナルも二台置かれている。
「うおおおお、いっぱいカードあるじゃん!」
「とりあえず静かにしてくれ」
「いやだって翔よ、こんなにカードあるなんて思ってなかったもん。なあ恭介!」
「うんうん」
「いや、あのさ」
俺よりも十センチ以上背丈の大きい二人の肩に手を置き俺の口元に無理やり二人を近づけ、店主に聞こえないように小さな声で話しかける。
「店主いるじゃんか、あの人すっげー無愛想でむしろ怖いくらいだからあんまりそんなんされると追い出されるかもしれないからさあ」
「それは困る」
「だったら静かにしてくれよ」
「分かった、分かった、心配すんな」
だといいんだけど。こいつらは元がうるさい。先生が静かにしろと言ってまともに静かにする試しがほとんどない。つまり心配するし信用もしない。
巻き添えはごめんだと思って俺は二人から離れ、先にカードを見始める。
バシャーモFB LV.X1820円か……。結構下がってきたな。DPt1のバシャーモの値段も下がってきた。他のカードも値段変動が若干あったみたいだ。これがあるからどのタイミングでカードを買うかが迷ってしまう。
そしてショーケースから離れて今度はカードが雑多に積まれている十円コーナーを見る。
「おっ」
アンノーンGが十円かよ! これは買いだな。ハマナもミズキもあるじゃんか。破れた時空もマークか、いやいや迷うなら買いだ。店主、価値わかってねえな。
その後もカードを見続け欲しいカードを手に持ち、レジの傍にある紙切れとボールペンを取って再びショーケースに戻る。
カード屋は主に盗難防止のために高いカードはショーケースに入れてある。で、そのショーケースに入ったカードをどう買うかというとだいたい二パターンある。
一つ目は店の人をショーケースまで呼び寄せ、これが欲しいと直に訴える方法。
そしてもう一つは店に紙切れとボールペンがあるのでそれに欲しいカードの番号(ショーケースの中のカードにはカードの下に番号が書かれたタグが置いてあることが多い)を書く。かーどひーろーは後者だ。
欲しいカードを書いた紙をレジに持っていくと、店主がこれでもかというほどめんどくさそうに立ち上がり、うわめんどくせえというオーラを体から発しながらショーケースに向かって歩き出す。
先ほども述べたがこの店主、愛想が最悪である。ちなみに髪の毛の残り具合も最悪である。大抵は二階のデュエルスペースでこれまたクソめんどくさそうにぼんやり座ってるだけなのだが今日は割と珍しくレジにいた。普段は三人いる店員のうち誰かがレジの番をしているというのに。
「これかい?」
背後で聞こえるデュエルターミナルのデモプレイの音声よりも声が小さくていちいち聞き取りにくい。
「はい」
ショーケースの鍵は足元当たりについている。いちいちショーケースを開けるためには屈伸運動をしなくちゃいけないのでこの店主はそれがどうも嫌いなようだ。別のショーケースにすればよかったのに。
「1910円ね」
何言ってるかわからない(聞こえない)のでレジの表示を見て財布から二千円を差し出す。ちゃんと90円帰ってきました。ちょっと帰ってくるか不安だった。
「恭介、蜂谷、先に上で待ってるわ」
「おう」
「分かったぜ」
ポケモンとデュエルマスターズのスペースの間に階段があるので登っていく。この階段横が狭くてすれ違うとなると大変である。そして傾斜がかなり急な作りになっている。
登り切った先の二階はパイプ椅子とテーブルが綺麗に並べてあり、全部で二十四席ある。ただ、かなり大きな窓がついているためこの季節では窓際はかなり寒い。
休日はそれなりに混んでいるものの、今日は男か女か分かりにくい中学生か高校生かくらいのヤツが一人いるだけだった。ポケカをしているが知らない人だろう。ここで行われるジムチャレに何度か来たが、見たことがない相手だ。
しかし、そいつは俺を見るなりどこか聞き覚えのある声で話しかけてきた。
「翔、久しぶり」
と。
翔「今回のキーカードだ。って言っても名前だけだけど。
ポケパワーのGUARDが非常に強力!
相手の強力なワザの効果をシャットアウトする究極のメタカードだ!」
アンノーンGLv.17 HP50 超 (DP4)
ポケパワー GUARD[ガード]
このポケモンがベンチにいるなら、自分の番に1回使える。このポケモンについているすべてのカードをトラッシュし、このポケモンを「ポケモンのどうぐ」として、自分のポケモンにつける。このカードをつけているポケモンは、相手のワザの効果を受けない。(ポケモンについているかぎり、このカードは「ポケモンのどうぐ」としてあつかわれる。)
超無 めざめるパワー 50
自分にダメージカウンターがのっているなら、このワザのダメージは「10」になる。
弱点 超+10 抵抗力 ─ にげる 1
POCKET
MONSTER
PARENT
『大欲情』
ギャロップの電光石火よりも早く走れる人間などいない。
世界陸上の金メダリストであろうとも決して追いつくことのできない圧倒的なスピードでギャロップは突っ走る。
陸上選手に憧れるぐらいなら、最速のギャロップを手に入れる方が楽そうだ。
フーディンの知能指数は五〇〇〇を超えると言われる。
タマムシ大学の教授でさえもフーディンの前では馬鹿同然。
無理に勉強して天才を目指すよりも、フーディンが手にする方が容易い。
エビワラーはボクシングのチャンピオンより強い。
人間では最強の拳を極められない。
ボクサーになるぐらいならエビワラーを味方につけたい。
飛行機を使わずとも、ピジョットは翼をはばたかせて、天空を自由に飛び回る。
その間に人類は、翼が欲しいだの空を自由に飛びたいだの、空に憧れる歌が山ほど生み出していった。
背中に翼など生えてはこない。
それならピジョットを飼いならしたい。
超能力者になれる術を知らない。
ならば念力の使えるヤドランを仲間にしたい。
マジシャンには憧れない。
魔法使いには憧れた。
不可能は可能にはならない。
吹雪を巻き起こすジュゴンに憧れた。
火炎を生み出すブースターが羨ましくなった。
電撃を操る能力を持ったピカチュウが欲しくてたまらない。
将来の夢がまた一つ消え失せた。
つづく?
はじめに
こっから先は、あなたの知らないポケットモンスターの世界。
でも、やっぱり、もしかしたら見覚えのある世界かもしれん。
金のかからん安いオハナシです。
しかし、楽しいひとときを奪われるかもしれません。
気分を害されるかもしれません。
あなたが絶対にしてはならないと思ってることを
平気で行うバカが現れるかもしれない。
その愚かなバカは私なのかもしれません。
何が正しくて何が悪いことなのか、
その答えは恐らく存在してないと思うのですよ。
なので決して深く考えないで貰いたいです。
こんな所で無駄に苦悩してはなりません。
どうか気を楽にして鑑賞していただけたらと思っております。
それから、この[連載]には返信しないように
「ほう、遂にここまでやって来たか。手塩にかけて育てた弟子達を倒すとは、やはり俺の目に狂いはなかったな」
「……サトウキビさん」
ラジオ塔の屋上に、追い求めた人はいた。屋上にあるのは小屋の形をした機械に周囲を照らす照明、追い求めたその人、サトウキビ。そしてダルマだけだ。天上では星々が状況を見守る。そうした中、まずダルマが尋ねた。
「まず先に教えてください。何故このような事件を起こしたのですか? 殺人に手を染め、俺達に濡れ衣を着せてまで実行に移したこの動乱の目的を」
「……そんなこたあ、お前さんが知る必要は断じてない。どうとでも判断するが良い」
サトウキビは腕組みしながら飄々と受け答えした。相変わらず手ぬぐいを頭に巻き、サングラスで素顔を隠している。ダルマはそんなサトウキビに対して食い下がる。
「そ、それはあんまりですよ! せめて何があったくらい説明してくれても良いじゃないですか」
「ふん、知ったところでどうするつもりだ? ゴシップ紙にでも情報を売りに行くか? あるいは俺を揺するか? 所詮庶民なんざ、知っててもろくな行動を取らねえ奴らだからな。そう易々と教えられるか」
「な、それはどういうことですか?」
サトウキビの発言に、思わずダルマは首をかしげた。サトウキビの口から刺のある言葉が徐々にあふれ出てくる。拳を握りしめ、歯ぎしりの音はダルマの耳に届くほどだ。だが、勿論この程度で終わるサトウキビではない。次から次へと飛び込んでくる。
「……お前さんも分かっているとは思うが、フスベの発電所を奪還された時点で俺達が使える電力は限られていた。だから怪電波は重要拠点を除き止め、節電に努めた」
「え、洗脳に使う電波は止めていたのですか? しかし、がらん堂に対する反対運動が起こったなんてまるで聞きませんよ。……もしや、情報統制でもしてるのですか?」
ダルマはこの不意打ちに目を丸くした。サトウキビはしてやったりと言わんばかりに鼻で笑う。サトウキビの意図が掴めないダルマは困惑の色を浮かべるばかりである。
「残念ながら外れだ。俺達がそんなことしなくても、反乱は全く起こらなかったからな。ただ一部、お前さん達を除けば」
「反乱が……起きなかった?」
「そうさ。正気を取り戻し、事情を察した庶民の取った行動は何だったか? それは、無関心だ。自分達は厄介事に巻き込まれたくないと、知らんぷりしたのさ。なんとも情けねえ話だ。こういう奴らに限って、人の粗を知っては喜びやがる。ま、こちらからすれば有り難い話だがな」
サトウキビは執拗なまでに悪態をついた。これが本来のサトウキビという男であると勘ぐってしまうほどの勢いである。これには星達も聞きかねたのか姿をくらまし、空は絵の具で塗ったような真っ黒になった。そんな彼の話が一段落すると、ダルマは静かに、しかし力強く口を開いた。
「……あなたが一般人を敵視するのはよく分かりました。しかし、それでこのようなことが許されるはずないでしょう!」
「はっ、甘いな。元より許されないことなのは承知している。それでも自分のケツくらい自分で拭いてやる。だが……もうこんなしみったれたことをやる理由はねえな」
「え、それはどういう……」
サトウキビはダルマの問いかけを無視し、腰に装備しているボールに手を取った。それから彼は鬼気迫る迫力でダルマを促す。
「勝負だ、ダルマ。俺を止めたいのなら力を示してみろ。がらん堂を打ち破ったその力……最後に確かめさせてもらうぜ」
「の、望むところですよ! 絶対にあなたを倒してみせる!」
ダルマもボールを持った。そして、2人同時に最初の1匹を繰り出すのであった。最後の決戦の始まりである。
・次回予告
ダルマとサトウキビ、一世一代の大勝負が幕を開けた。互いに自分の形に持ち込もうと駆け引きを繰り広げるが、ある技で戦況が大きく変わるのであった。次回、第66話「最後の決戦中編」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.46
以前も書きましたが、サトウキビさんは私の理想とするナイスミドルとなっております。本人の実力もさることながら、若い人を積極的に登用。不可能という言葉を破壊するほど働き、人情に厚い。風情も解す。こんな人が本当にいたらかなり慕われると思います。私もそのようになれるよう、精進しないといけませんね。
あつあ通信vol.46、編者あつあつおでん
確かに長いのは大変っす。けどゲームの通りに進行していくので迷うことなく進んだ感じはありました。
ひそかに、おでんさんのペースに負けないと張り合っていたのは秘密です。
次回……というかエンディングさg(
最後までおつきあいありがとうございました。
GJです。
長編を書くのは大変だったと思います。特に1話1話がこの長さで40話は凄いです。ペースの速さもこちらの励みになってました。
次も期待してますよ。
「お、来てくれたねゴロウ君」
「ワタルのおっさん達じゃねえか。待ちくたびれたぞ!」
屋敷の周辺をうろついていたゴロウは、ワタルとユミ、ボルトと合流した。3人とも疲れが顔に出ているものの、目立った外傷等はない。
「悪いねえ、ちょっと勝負に付き合ってあげてたんだよ」
「それで私達、時間がかかってしまいました。そちらは大丈夫でしたか?」
「当たり前だろ。なんたって鍛えに鍛えた俺がいるんだからな! 今はダルマの父さんとハンサムのおっさんとで屋敷の捜索してるぜ」
「そうか。サトウキビ氏の手がかり、何か見つかれば良いのだけど」
ワタルは一息つきながら縁側に腰を下ろした。その光景は、さながら老人のそれとなんら変わりないものである。
とそこに、ドーゲンが大声で叫びながら走ってきた。4人の視線が一斉にドーゲンに向けられる。
「おーい、ジョバンニのおっちゃんがいたぞ!」
「何、本当ですか!」
「ああ。ある部屋に隠し扉があったんだが、その奥にいた。ついてきてくれ」
「皆さん、助かりましたー。ありがとうございまーす」
「どういたしまして。それにしても、まさかおじさまの部屋の押し入れに、隠し部屋へつながる扉があったなんて」
ジョバンニはサトウキビの部屋の隣にある部屋で捕われていた。サトウキビの部屋にある押し入れの壁に隠し扉があり、そこから入るという仕組みだ。現在、ジョバンニがいる部屋にはダルマを除く全員が集合している。部屋にはファイルが2つ無造作に置かれている。他に、食器や机、大量の書類に使い古された万年筆等、様々な品が整然としている。もっとも、整然としている割りには生活感がある。
ジョバンニは発見時、目隠しをされた状態だった。久々に周りの風景を眺めていた彼は、ユミの言葉に思わず飛び上がる。
「まったくでーす……って、ちょっと待ってくださーい。この部屋の手前は彼の部屋なのですか!」
「そーだぜジョバンニのおっさん。自分の部屋の奥に部屋作るなんて、よっぽど見られたくないんだな。弟子はまるで気付いてなかったみたいだくどさ、部屋の広さと外からの幅で気付きそうなもんだけど」
「……なーるほど。彼がこの部屋を隠したがる理由もわからないではありませーん」
ジョバンニはぽつりと呟いた。ワタルはその一言で目の色を変える。たまらず彼はジョバンニへ質問を投げかけた。
「ジョバンニさん、それはもしかして、サトウキビ氏が何者かわかったということですか?」
「ええ、彼の正体はキキョウに着いた夜に確信しました。皆さんにも話しておいた方が良いでしょう」
「そ、そんな馬鹿な……。そのようなトレーナーだったなんて」
「残念ながら事実でーす。彼から確認を取りましたからね」
ジョバンニが一通り話し終えると、ワタルは言葉を失ってしまった。他の皆も困惑した表情を浮かべている。重い沈黙が場を包んだ。そのような状況で、ユミが口を開いた。
「……ところで、ダルマ様はまだいらっしゃらないのですか? お屋敷で合流というはずでしたのに」
「そういやいないな。あの馬鹿息子め、どこをほっつき歩いてやがるんだ」
「ダルマならラジオ塔だ」
ふと、隠し扉の外から声が聞こえてきた。一同は声の方向に注目する。現れたのはすすけたカラシであった。足元はふらついているが、健在の様子だ。ワタルはカラシに近寄り、問い詰める。
「き、君はカラシ君じゃないか! 一体どこに行っていたんだ?」
「俺のことは気にしないでください、全てが終わったら話しますから。それよりダルマです。あいつはサトウキビのいるラジオ塔に突入しました、今頃は接触しているでしょう」
「何、たった1人でか! カラシ君、何故止めてくれなかったんだ?」
ワタルは冷や汗を一筋流した。ドーゲンの顔からは徐々に血の気がなくなる。カラシは腰からボール4個を手に取り提示した。
「……あいつはただの素人だと思っていましたが、いつのまにか十分な強さを身につけましたからね。それに、俺の手持ちは全滅していたので止められなかったんですよ。それより、急いで応援に行った方が良いと思いますよ。万が一ということがあってはまずいでしょう」
「た、確かにそうだ。全員ラジオ塔に向かうぞ!」
カラシに促され、ワタルは全員に指示を出した。7人のトレーナーは一路、ラジオ塔へと急ぐのであった。
・次回予告
あの人のもとにたどり着いたダルマは、最初で最後の対決をすることに。ポケモンリーグすら注目するその手腕は如何に。次回、第65話「最後の決戦前編」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.45
ストーリーも残すところあと6〜7話。あとは純粋なバトルもの、エピローグのみ。
さて、物語で隠され続けた謎はなんだったでしょうか。そして、その謎が導く結末はいかに。いや、私の拙い文章ならもうバレバレかな。本当はまだまだ上手く隠すこともできるのでしょうが。
なお、第62話にて「あくびをバトンタッチして寝てしまうシーン」がありましたが、これは誤った情報でした。あくび状態のポケモンがバトンタッチしても後続は眠りません。既に記事の修正は行いましたが、読者に誤った知識を教え得る結果となってしまいました。この場を借りてお詫びいたします。
あつあ通信vol.45、編者あつあつおでん
「大丈夫か?」
倒れたガーネットを抱き起こそうとザフィールがしゃがむ。その瞬間にぎりぎりと締め付けるような灼熱感が全身に走った。思わず地面に膝をつく。同時に轟音へ気を取られた。先ほどまでグラードンとカイオーガが争っていたところの壁が崩れたのだ。そういえば地面にはところどころ亀裂が走っているところ、裂け目から水が吹き出していたりしている。
「崩れる……やばい」
痛む肘、悲鳴をあげる太腿。それでも体を起こす。そしてガーネットの体を起こす。視線をあわせてもどこか遠くを見ていて、はっきりとザフィールの方を見ていない。そして感じるのは体温の異常な上がり方。それなのに手は冷たく、体は震えている。
「ガーネット、帰るぞ」
小さくうなずく。本人は答えるけれど、体には全く力が入ってない。手を握られても返す力は本人の元と思えないほど弱い。
「もう終わったんだ。あいつらの思い通りになんてさせない」
ザフィールも万全ではない。一人の体重を全部支えられるほど力が出ない。けれどもここにいたら危険だ。それに何より自分を消そうとしたマツブサの思い通りになりたくない。まだ一つも課題を片付けていないのに、閉じ込められてはたまらない。
「ザフィール……」
つぶやくような声にザフィールは手を止める。
「大丈夫だよ……もう」
「大丈夫なわけないだろ。こんなところで倒れてさ」
「もう……私は無理だから、ね?」
何も言わずガーネットを抱きしめる。頬は熱を帯びて、耳元で聞こえる呼吸は弱々しい。
「そんなこと言うな。絶対に帰る」
岩が落ちる。もうすでに安全な場所ではない。ザフィールは顔をあげた。
「ザフィール……ありがとう。でも、二人で死ぬことなんてないよ」
「ふざけんな。冗談だって言っていい時と悪い時があるだろ!帰るんだよ。それであいつらに」
黙ってザフィールの手に握られるもの。ポケモンが入ったモンスターボール。
「道連れにするわけにはいかないから、連れて行って」
「バカ、お前だって一緒に帰るんだ。まだたくさん……」
次の言葉は遮られた。突然のことでザフィールも状況が解らない。ゆっくりと体を起こしたガーネットが、そっとザフィールの唇を塞ぐ。全く思いもしないこと。時間が止まったかのように、まわりの音が聞こえなかった。ただ目の前の事柄が全てのように体が動かない。
「な、おまえ……」
一度離れてみたガーネットは少し笑ってる気がした。その後に続く言葉が出て来ない。
崩れ行く壁や天井の音にまぎれ、力強い蹄の音。立派な角を振りかざし、二人の手前で前足を折ってしゃがむ。乗れと言うように。立ち上がろうとした時、強い揺れにザフィールの体がよろける。もうすぐ近くまで岩が落ちていた。
「シルク?大丈夫なのか?」
じっとギャロップの目がこちらを向いている。長いまつげ、強い意志。でも見ているとなんだか力が抜けるような。糸が切れたかのようにザフィールが倒れる。
「ああ……ギャロップ……ザフィールをお願いね」
解ったとでも言うようにギャロップの角が揺れた。背中にザフィールを乗せると走り出す。
「シルク……ふざけんな、ガーネット!」
振り向いて叫んだ方向。すでに遠くにいる彼女。催眠術により動かない体で叫ぶ。まだ見える範囲だから降りてしまっても間に合う。彼女を迎えにいかなければならないのに。
耳を裂くような轟音。すぐ目の前が岩で塞がり、ギャロップの足は逃げるように飛び跳ねてかわす。
「え、な、なんで」
何も見えない。後ろには次々に岩が落ちてくる。必ず生きて送り届ける意志が、ギャロップの目に宿る。それが亡き主人の意志。
「とまれ、とまれよ!俺は戻らなきゃいけないだ!戻らなきゃいけないんだよ!」
炎の風は止まらない。とても強い催眠術をかけたのに、背中の人間はもう起きた上に暴れだす。強く脇腹を蹴られたけれど、足を止めることなど絶対にない。
大きな岩が視界を遮る。最後まで無事を見届けられなかったのは残念だが、絶対に大丈夫だと確信していた。きっと願いをかなえてくれる。光の届かない真っ暗な空間にただ一人仰向けになる。
「ガーネット」
頭の方にぼやっとした人影が見える。辛いけれど少し体を起こした。
「キヌ……さっきはありがとう、ギャロップかしてくれて。おかげで私の大切なものを守ることができた」
「いいんだよ。私の為に真実を求めてくれて。それだけでいいんだよ。生きてるガーネットが幸せにならなきゃいけない」
「幸せか……」
頭の中に巡るのは今までの事。ホウエンに来てザフィールに出会って、あれからもう三ヶ月も経って。まさかマグマ団だとは思わなかったけれど、今回のことでちゃんと決別できたのだろうか。それともまだいるとしたら。
ガーネットはそこで考えを止める。なぜこんな時だというのに家族よりも誰よりも先に彼の顔が出て来たのか。そんなこと疑問に思うこと自体が間違っている。もう答えはそこにあった。
「ザフィール、ありがとう。誰よりも好きだった」
今度会えたら、この言葉を何よりも真っ先に言いたい。また会えたら……。
いきなり明るい場所に投げ出される。まともに受け身が取れない状態だったザフィールは背中から地面に落ちた。呼吸が一瞬つまった。
「いてえ……シルク?」
今まで自分を乗せて思うままに走っていたギャロップはそこにいない。最初からいなかったかのように跡形もなかった。残された蹄の足跡以外は。
「行かなきゃ」
ザフィールが立ち上がる。そしてそれ以上の言葉が出せなかった。めざめのほこらの入り口は落ちてきた土砂により埋まっていた。もう誰も立ち入れず、そして何者もここから出さない。
「うそだろ」
大雨が嘘のように晴れている。穏やかな初夏の風が吹き抜ける。それなのにザフィールの頬には冷たい涙が流れる。
「俺、なんてバカなんだろう、こんなことになるまで気付かなくて」
親のように慕っていたマツブサ、兄のようだったホムラ、姉のように優しくしてくれたカガリ。そして一緒に行動した仲間たち。それらが全て偽りで、その反動が全て自分ではなく最も関係のないガーネットに。
「ガーネット、嘘だって言ってくれ!」
人目をはばからず叫んだ。そうしていなければ立っていられなかった。
何も変わってなかった。景色も風も。ミシロタウンから見える海、そして大きな雲。この季節にちょうどいい空模様。全てが終わらせる為に戻って来た。
「どうしたの?」
家の玄関を開けたセンリが、暗い顔をしたザフィールに問いかける。何も言わず、センリにモンスターボールを突き出した。
「あいつのポケモンです。すみません!俺は何も守れなかった。何一つ!」
「え、どういう?ザフィール君?」
センリが呼び止めるのも聞かず、ザフィールは走る。まともに顔なんて見れるわけがない。まともに伝えられるはずがない。そもそもザフィールがその事実を認めてない。
走って走って、走り抜いた。どこへ行く宛などない。どこへだって良かった。まともに寝ていない体ではそう遠くに行けるはずもない。気付けばコトキタウンを抜け、103番道路にいた。
「おにいちゃん!」
呼び止める声がする。ザフィールが振り向けばガーネットの妹、くれないがエネコと一緒に立っている。
「おかえり!おにいちゃんどこいってたの?すごかったね!おにいちゃんはみた?あらしのなか、とんでくおっきなとりポケモン!」
むじゃきな笑顔にザフィールは答えられない。ただ事ではないことを察知したのか、くれないの口調が強まる。
「おねえちゃんは?いっしょじゃなかったの?」
「ごめん、ごめん!おねえちゃんは……」
くれないを抱きしめ、涙が流れるままにザフィールは泣いた。何がどうなったのか解らず、くれないはただザフィールの言葉を待った。そしてはっきりと告げる彼を突き飛ばす。
「そんなことあるわけない!おにいちゃんのうそつき!」
強くにらまれた。嘘だと思う気持ちと、なぜ何もしなかったという軽蔑の眼差しが混じっていた。
「おにいちゃんのバカ!」
背を向けて走り出すくれないを、エネコが必死に追いかける。ザフィールのことなどおかまいなしに。
彼もちょうど良かった。もう一人になりたい。背負うものが大きすぎる。大きな木の根元に腰を下ろした。そこから見えるのは、のどかな103番道路。そこに生息する野生のポケモンたち。
「そういえば、ここで勝負したときは、ふっかけた上に負けたっけか」
出会いの印象は最悪の一言。それしかなかったのに、いつの間にか心に入り込んできた彼女。木の実栽培が趣味で、ポロックをたくさん作ってて。うそなきも使えば爆裂パンチも使う、絶対に勝てそうになかった相手。どうやって知ったのかカナシダトンネルでは助けてくれたし、カイナシティでは……。
次々に浮かぶガーネットのこと。こんなことならなぜもっと早く優しくしなかったのだろう。あんなことならもっと早く伝えればよかった。
「ガーネット、ごめん。誰よりも好きなんだ」
あんな形で告白されても先がないなら意味がない。答えられないなら意味がない。もう会えないのに、伝えたい言葉はたくさん出てくる。受け取る人はもういないのに。
「……もう行かなきゃ。まだやることはある」
ザフィールは立ち上がる。まだ心は落ち着かないけれど、いつまでもここにいるわけにはいかない。後押しするかのように初夏の風が吹き抜けた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後書き
ルビーサファイアが発表されたころ、行きつけのサイトの絵が主人公二人だったのですが、その絵がどうみてもマグマ団の二人にしか見えなかった。
なので彼にはマグマ団になってもらいました。
ルビーサファイアは他の人は比較的温厚な感じで書かれてるのに対し、ロケット団なみに冷酷な話になってしまった。
この話で一番かっこいいのは実はギャロップ(シルク)であると信じている。
凍った海を渡るシーンが一番書きたかったので、そのためにホウエンにいないポニータを使って使って使って、ようやく書いたあのシーン。
本当はガーネットが乗って行くはずだったのだが、ザフィールになったためなんか王子様っぽくなったが結果オーライ。
元々の名前のルビーとサファイアでいいじゃないかと思ったよ。次書く時はそうするよ。
ガーネットはルビーと同じく赤い宝石、ザフィールはサファイアのドイツ語です。耳慣れない響きだし、なんか悪役っぽさが増したのは、マグマ団なんかやってるし、いいかと思って。
この話のテーマは解る通り復讐。小さい頃の仇を討つと誓ったザフィールも、親友の仇を討とうとしたガーネットも、どこかで気付けば迎える終幕は違ったものかもしれない。ホムラだって命令と自分の心情を秤にかけて迷うことだってなかったはず。無意味ということに。
けれど結果はこのようなエンディング。
それでも一時的には幸せだったのが救い。
この話を読んだ方の最も多い疑問。
ユウキって誰?→敵。
ハルカって誰?→小さい時のザフィールをまあ精神的に助けてくれた子。
え?あらしの中の大きな鳥ですか?
やだなあ
ジョウトの子が海の神様って言ってるんだからもちろん(当局にスナイプされました)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
【何をしてもいいのよ】
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