「さあ、大掃除しますよ!」
「そうかい、頑張りなよ」
12月23日の水曜日。学校は今日から冬休みだそうだ。本来なら部活の指導だが、何やら校内で準備があるらしい。仕方ないから家で研究と持ち込むつもりだったのだが、ナズナの一言で事態が変わった。おいおい、掃除はそんなに気張ってやるものじゃないぞ。
「テンサイさん、他人事みたいに言ってる場合じゃありませんよ」
「そう言われてもな。俺は毎日掃除しているからほとんどやる必要無いぞ」
「だったらなおのこと好都合です。私の部屋の片付けを手伝ってください」
やっぱりそうきたか。まあ、俺の部屋は片付いているからな。居候状態である立場からすれば当然だが。俺の部屋は四畳半の畳の周りが板張りの和室で、押し入れがある。部屋にあるのは文机と和風の電灯、それに数冊の本だ。教科書や対戦に関するものが大勢である。これでは散らかりようがない。
ま、掃除してる中で何かするのは落ち着かないからな。手伝うとするか。
「……なるほどな。それなら付き合うぜ」
「お、やる気が出たみたいですね。よし! そうと決まれば行きますよ」
俺はナズナに促され、彼女の部屋まで移動した。そう言えば、彼女の部屋は見たことなかったな。昔は結構ごちゃごちゃしていたが、少しは改善してるだろう。そんな期待はいとも容易く打ち壊された。
「……予想通りというか、ちと散らかりすぎじゃねえか?」
扉を開けた俺は顔をしかめた。昔と大して変わってなかったか。ベッドと入り口の床だけが、この部屋を洋室だと知らせてくれている。そこら辺にビニール袋やら紙やらが散乱しており、机の上には授業で使うであろう資料が山積みだ。彼女は頭をかきながら口を開いた。
「だから呼んだんですよ。私1人では今日中に終わりそうもありませんから」
「だろうな。ではまず不要な物を処分するぞ」
俺は懐から軍手を取り出し、床に散乱する物に手をつけ始めた。手をつけると言っても、念のため確認をすることは忘れない。
「これは捨てても良いな?」
「あ、それは残します」
「じゃあこれは?」
「それも残します」
「……おい、捨てる気あるのか?」
俺は遠い目で彼女を見つめた。10年前と変わっちゃいねえな、本質的には。ちっとは面倒見ないと本格的に問題が出るだろう。
「私もそう思うんですけどねー、中々踏ん切りがつかなくて」
「そうか。んなこと言ってたらゴミ屋敷に、ん?」
ふと、俺は机の上にある写真に目をやった。そこに写っているのは1人の娘と1人の羽織を着た男である。娘はナズナだろう、しかしこの男は誰なんだ? 俺は彼女に尋ねた。
「この写真、写っているのはあんたと誰だ?」
「ああ……それですか。この人はトウサって研究者です。昔私が研究者を目指していた頃に師事していました。相当な有名人だったからテンサイさんでも知ってるはずですよ」
「……有名人、なあ」
これが俺か。彼女と写っているということは、失脚する前か。世間的には失踪を通り越して死亡扱いだから、遺影と言っても差し支えあるまい。しかし、写真の俺は腕組みしてよそ見と、かなり不機嫌だな。俺は元々写真嫌いだから無理もないが。
「そのトウサって奴は、確か随分前に失踪したらしいな。確か弟子を殺害したという疑いがかけられていた。こんな写真を飾るってことは、もしかしてあんたは関係者か何かか?」
「ご名答! 私こそトウサさんの一番にして唯一の弟子なんですよ。ものすごく嫌がられましたが、毎日頼み込んで助手にしてもらいました。口では煙たがってましたけど、みんなから照れ隠しだと言われてましたよ。……だからこそ分かるんです、あの人が私を襲うはずがないって」
ナズナは胸を叩いて答えた。叩いたところで何かが揺れるということは微塵もない。だが、こうもよいしょされるとますます正体を明かすわけにはいかねえな。それと同時に、俺は改めて自らの大罪を悔いた。くそっ、俺はこのような若者を攻撃したと言うのか! そのことを考えると、自然に口が動いていた。
「ふん、大した信頼だな。……すまない」
「え?」
「は、話しづらい内容だったからな。聞かない方が良かったろ?」
俺は適当にごまかした。ごまかしたとは名ばかりで、目が泳いでいる。まあ、幸いにも彼女は気分良く話しているから気付かなかった。
「そんなことありませんよ。私、自分のこれまでのことなんて気にしないですから。隠したところでいずれ知られちゃいますしね」
「それは良い心がけだ。それだけしっかりした芯がある奴は早々いない。姿をくらましたトウサって野郎にも言い聞かせてやりたいぜ、ははは」
俺の乾いた笑い声が部屋に響いた。まったく、実に哀れじゃないか。本当に、今の言葉はこたえるぜ。俺も全てを打ち明けられるくらい強くならねえとな……。
さて、しみったれた話題はここまでだ。俺は半ば逃れるように声を張り上げた。
「さてと、やるならさっさと掃除するぞ。早くしねえと手遅れになるからな」
「はい!」
俺とナズナは、再び捨てるものを選別するのであった。今日は長くなりそうだぜ。
・次回予告
学校主催でパーティーをすることになった。本当は対戦の研究をしたいのだが、ナズナに誘われ渋々ついていくことに。だが、まさかそこであんな機会を得られるとは。次回、第29話「とんでもないプレゼント」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.94
掃除は難しいです。中々面白いものではありますが、何かをしないといけない時に限ってやりたくなるのは何故でしょう。
あつあ通信vol.97、編者あつあつおでん