「お前さん達、今日はここまでだ」
「おお、珍しく早いでマス」
3月24日の水曜日、正午前。既に春休みへ突入し、汗ばむ陽気の中でポケモン達と訓練していた。
そんな日に、俺は切り上げることにした。こんなこたあマーヤ先生の見舞いの時以来だ。思った通りラディヤが尋ねる。
「早いということは、何かあるのですか?」
「ラディヤは察しが良いな。今日はこれからある場所に向かう。弁当食べたら校門で待ってな」
俺はそうとだけ言い残し、そそくさと荷物をまとめに行った。生徒より遅かったら示しがつかねえからな。
「ここで会う人って、一体誰なんですか?」
「そりゃ今に分かる。少なくとも、イスムカはよく知ってるはずだ」
しばし時が移り、刑務所の面会室。ここはタンバの山奥にある施設で、ジョウトやその周辺から受刑者が送られてくる。手持ちのポケモンは全て親族や関係者に渡されるため、脱走は極めて困難だ。全く、俺みたいな奴が白昼堂々来るとは皮肉だぜ。
「ほほう、イスムカ君には黒いお付き合いがあったでマスか」
「違うよ!」
「……お、ようやくご到着だぜ」
他愛ない会話を切り裂くように、ガラス壁の向こう側の錆びた扉が音を立てた。そこから現れた人物に、いの一番声をかけたのはイスムカであった。
「あ、部長!」
「部長、ですか。それはつまり……」
「うむ、そうだな、お互いに説明しておくか。ここに呼んだのはポケモンバトル部の部長だ。去年の事件で他の部員と共に逮捕され、今は収監中。将来を嘱望されていたようだが、これで水泡に帰した。これで間違いないよな、ハーラル君」
「そうです。よくご存知でしたね、報道はほとんど無かったそうですが」
戸惑う部員達に面会相手の紹介をした。頭は丸め、青と白の横縞というパンツにでも使いそうな柄の衣服をまとう。足元はスリッパ、顔面には丸眼鏡を装備している。その端正な顔立ちには似ても似つかぬ境遇だな。
「なに、これくらいは造作もない。それと紹介しておこう。新たな部員のラディヤとターリブンだ。イスムカは……言わなくても大丈夫か」
「ラディヤです、初めまして」
「オイラはターリブンでマス」
ラディヤとターリブンは一礼した。なんとなくうやうやしい様子なのは気のせいではあるまい。そりゃ受刑者だからな、顔にも振る舞いにも出さないのは簡単ではない。だがハーラルは意に介さず返事をした。
「ああ、よろしく。私はハーラルだ。それにしても、イスムカはよく逃げ出さなかったね、感心だよ」
「あ、ありがとうございます」
イスムカは直立不動で声を絞りだした。どうやら、後輩には敬意を持たれているようだな。さてと、掴みはこのくらいで良いだろう。
「……それでは、そろそろ本題に入ろう。去年の事件について、知っていることを全て教えてもらいたい」
「去年と言えば、違法ドーピングのことでマスか? あれは確かもう裁判も終わったって聞いたでマスよ」
俺の発言にターリブンは首をかしげた。ふん、思った通りだ。事実が行き届いてない。
「おいおいそれだけか、少しは考えてみろよ。違法ドーピングは致命的な重罪、起きただけでも大事件なんだぞ。通常なら判決まで大々的に報道される上に長期化するが、今回は扱いが異常に小さいし早い。何かが裏で動いていると読むのが道理よ」
「あ、それはつまり私達の無実を信じているってことですか? ええと……」
「テンサイ、顧問代理だ。それと、別に無実なんか信じちゃねえよ。だが、扱いがおかしいのは気になる。その辺の裏を探った結果、無実の証拠でも出たら信じてやるさ。だから包み隠さず話してくれ」
俺は前に乗り出しハーラルに迫った。彼は微動だにしないが、ゆっくりと口を開く。良い肝っ玉してやがる。
「……分かりました。もとより頼れる人はいませんし、ダメ元です。巻き添え食った他の部員のこともありますし。その代わり、分かったことはこちら側にも伝えてくださいね」
「承知した。それじゃどこからでも良いから始めてくれ」
俺の承諾を確認すると、ハーラルは証言を始めるのであった。果たして、何を聞き出せるかね。
・次回予告
なるほど、これが奴らの知っていることか。鵜呑みにするわけにはいかんが、新聞に載ってない情報が盛り沢山だな。俺の任期は長くない、少しずつ調べるとするか。次回、第40話「真実の原石」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.104
縞パンというものがあることを最近知りました。あれはあれで悪くないですよね。囚人服の例えに使うのはアレでしたが。
あつあ通信vol.104、編者あつあつおでん