8年前、ユウヅキと特急列車【ハルハヤテ】に乗って【オウマガ】に来た時のこと。
ギラティナ遺跡までの道中、道に迷っていた私とユウヅキに、道案内を引き受けてくれた女の子が居た。
独りでいたその子は、洞窟内を素っ気なく案内してくれる。薄暗がりの中明かりに照らされたその子の綺麗な銀色の髪に見とれていると、「何?」と釣り目の赤目で睨まれる。
私はとっさに「綺麗な銀色だなって」と正直に応えていた。
そっぽ向いて「……銀色、好きなの?」と尋ね返してくれたので、「好きだよ」と返す。
頬を赤くしながら「渋いんじゃない? 理由とかあるの?」ってさらに聞いてくれたので「ユウヅキの目の色、銀色だから。一緒だね」と笑い返した。
驚いて銀色の瞳を丸くするユウヅキを見て、彼女は「ノロケかよ……」と苦笑いしていた。
女の子は、不思議な力を使って障害物をどけ、いっぱい助けてくれながら目的地まで送り届けてくれる。
魔法使いみたいですごい! とユウヅキと一緒に興奮したっけ。
私はそれ以後の、あの子の行方を知らなかった。
でも彼女の魅力あふれる不敵な微笑みは、覚えている。
その子の名前は確か――――メイちゃん。
そうだ、色んなことがありすぎてすっ飛んでいたけどあの子はメイちゃんだ。
彼女の様子も変だった。けど彼女たちがユウヅキを連れて行ってしまったのもまた事実。
困った、な……。
ユウヅキとビー君を助けるために、私は。私は……。
私は彼女とも立ち向かわなければならないの……?
***************************
連れて行かれる途中、レンタルポケモンの黄色く髭のあるエスパータイプのポケモン、フーディンの『テレポート』を挟んで、俺とヤミナベは遠方へと飛ばされる。
今は俺の波導をルカリオが探知してくれることを祈るしか出来なかった。
転移によって、周囲の景色ががらりと変わる。
「寒っ……!」
思わず声を出してしまうほどの寒気。ざくりとした足元の感触。
進行方向に広がる景色は――――銀世界だった。
少し遠くの方に大きな砦が見える。どうやらそこに連れて行かれるようだった。
ヒンメル地方でこんな景色の場所と言えば、北東の【ササメ雪原】の【セッカ砦】……結構遠くに飛ばされたな。
そう凍えながら考えていると、メイが静かに俺に詰め寄る。
とっさに身構えると胸倉をつかまれ……服にバッジを付けられた。
「何だ、これ」
「…………ルカリオに探知させないための妨害装置」
「えっ?」
「あたしはアンタの考えていることなんて、嫌でもお見通しなの……アンタがルカリオ置いて行ったのも把握済み」
……じゃあ、どうしてここに来てからこのバッジを付けたんだ? という疑問が浮かんだが、そっぽを向かれる。ノーコメントということか……?
とにかく、状況がよくない方向に転がっているのは、わかった。ヤミナベと、そしてユーリィの安全を確保しないと。
周囲の虚ろな目をしたトレーナーとポケモンたちのプレッシャーを感じつつも、毅然とした振る舞いをする。
冷静さを失ったら、命取りだと思った。
***************************
跳ね橋を渡り、【セッカ砦】に入った俺たちは、手錠で両腕を拘束される。
ヨアケに、みがわり人形に化けたメタモンはメイに取り上げられたが、手持ちはまだ没収される気配はない。抵抗されてもかゆくもないということなのだろうか。
城砦の中の上層部まで連れられ、大きな扉の前に立つ。その先に居る奴の波導を感じようとするが、さっきのバッジのせいでうまく見えない。
最近になって慣れてきた力だっただけに、手痛い。
その力に頼ってしまっていたのが目に見えて明らかになったか……。
ヤミナベも緊張しているのか、息を呑んでいた。
メイの念動力で扉が開かれる。サイキッカーやっぱすげえな、トウギリが『はどうだん』に憧れるのも今なら分かる気もする……なんて思う間もなく中に居たアイツに声をかけられる。
「ユウヅキのオマケで君も来るとは思わなかった、ビドー」
「……一人で行かせたら、お前に何されるか分からないからなクロイゼル」
「そのくらいは察せるわけだ。では、こうなることも想定済みだな」
窓の前で佇む白いシルエットの怪人、クロイゼルは苦笑した。
指揮官席でふんぞり返っているマネネが、俺たちに『サイコキネシス』で跪くよう圧力をかける。
それでも屈せずに、踏ん張り続ける俺とヤミナベを見て、「戯れはそこまでにしておくか」と止めさせる。
息を荒げながらなんとか立て直す俺らを、メイはただ静かに見つめていた。
その彼女の違和感に気づいていたヤミナベは、クロイゼルに詰問する。
「レンタルポケモンといい、メイや他の人に何をしたクロイゼル」
「この期に及んで自分より他者の心配とは、愚かしいなユウヅキ。まあ、教えてやらないわけではないが」
マネネを抱きかかえながら、クロイゼルはメイの虚ろな目をじっと見つめ返す。
「メイの一族の超能力は昔、僕が作って与えたものだ。その中でも彼女は特に力に秀でていてね、一番強力な精神干渉の力を少し活用させていただいているわけだ」
「精神、干渉……?」
「正確にはテレパシーの応用だ。頭の中に暗示をかけ操作すると言えばいいだろうか。ちなみにこの力は、案外冷静でなく理性が飛んだ者に特に効きやすい。例えば……暴徒とか」
暴徒。
その想像していなかった単語にわずかに驚いてしまった。そこをクロイゼルは見逃さずに情報で畳みかける。
「そこでユウヅキ。君への憎しみを利用して、効率よく多くを術中に嵌めさせていただくという寸法だ――――ここで行われる君の公開処刑を使って……な」
「処刑……か……」
メタモンに目配せするユウヅキに「安心するといい。メタモンにもアサヒの魂には用はない。だが、あの器でいつまで持つかは見ものではあるが」とクロイゼルが囁く。
看破されている上、あからさまにこちらを煽る発言にからめ捕られないよう、意識を落ち着かせる。
怒りに身を任せれば任せるほど術中に嵌まるなら、頭を冷やし続けなければ。
……けど、そうなると疑問が一つ残る。
「クロイゼル、お前は冷静なんだな」
「隣人に怪我をさせられているのに、今こうしている君も大概だがな、ビドー」
否定は、しないのか。俺も否定はできねえけど。
チギヨとハハコモリ、そしてニンフィアのことで決して怒っていないわけではない。
それでも、現状やこれからのことを頭で考えているくらいには、冷血になってしまったのかもな、とも思った。
「さて、これ以上の話を今はする気にはならない。マネネ、二人を牢屋に案内しておけ」
「……ヤミナベは要求に乗った。ユーリィを解放しろよな」
「分かっている」
椅子から降りたマネネは「了解」と元気よく敬礼のポーズを取り、俺たちを引き連れていく。
何とか逃げる方法ないか、と考えもしたが、ユーリィの安全を確認するまではどのみち動けない。メタモンはヤミナベのボールに返してもらえたが、あくまで一時的なことだろう。
焦燥感ともどかしさを感じつつも、今はマネネの後をついて行った。
***************************
ヒンメル地方の地図の上をなぞっていくビドーのルカリオを、あたしたちはじっと見守る。
ルカリオの指が、途中すごい勢いで移動した後、あるポイントで動かなくなる。
首を横に振るルカリオ。どうやらここで彼らの波導は途切れてしまったらしい。
それとほぼ同時だっただろうか、チギヨさんたちの手当をしていたココチヨお姉さんが、携帯端末を片手に持ちながら慌ててやって来たのは。
「大変! 電光掲示板でこんな書き込みが!」
握られた端末の画面には、“逃走中のヤミナベ・ユウヅキの身柄を確保。【セッカ砦】にて明日公開処刑を行う”と記されていた。
急いでルカリオが示した場所【ササメ雪原】の周囲を見る。近辺に【セッカ砦】は確かにあった。
ルカリオが波導を追えなくなったのが気がかりだったけど、それ以上にここからだとだいぶ遠いのが気になる。
ざっくり言えば、地方を南から北に横断するくらいの距離だった。
トラックやバイクを飛ばしても間に合うかどうか。空を飛べる人選も少数で限られている。
重たい空気の中……それでもやっぱりというか、真っ先に行動を起こしたのはテリーだった。
無言でアグ兄を引っぱって、バイクを出させようとする彼に、ネゴシさんは慌てて止めにかかる。
「ちょっと、考えなしに行くつもり?」
「……確かにオレは小難しいことを考えるのは苦手だ。けど考えなくても、オレたちがあいつを見捨てたのに変わりはない。だったら足踏みしているヒマも惜しい。細かいところはなんとかしてくれ」
「そんな、相手の数もろくにわかっていないのに!」
「数が分かればいいのだろうか」
そう言って続くように、モンスターボールからドンカラスを出すハジメお兄さん。
ネゴシさんが「貴方まで何しようとしているのよ?」という必死の問い詰めに「斥候と潜入だ」と淡々と返すハジメお兄さん。
表情では分かりにくいけど、その声はどこか怒っていた。
「俺はこれ以上ユウヅキばかりが引き受けるのはもう我慢ならない。それにあいつは言った、救える者はどちらも救うと。だったらいつまでも後手に回る理由はないだろう」
「確かに、後手に回る理由はないけれど、でも……!」
「これは俺たち個人が考えた結果でもある。行くぞテリー、アグリ」
そして去っていく三人を不安そうな目で見送るネゴシさんに、ジュウモンジ親分が声をかける。
それは一つの提案だった。
「ネゴシ、やっぱりつるむのは無理がある……俺たちは俺たちで“考えて”動いた方が、てめえはやりやすいんじゃあねぇのか?」
「……根拠は」
「俺らはまだ、互いのこと、互いの思惑、そして互いの手の内を知らなすぎる。俺はユウヅキがあんな性格だとか把握しきれてねえよ」
「分かっていないことは……分かってはいるわよ」
口をつぐむネゴシさんにジュウモンジ親分は背を向け出立の準備をしながら続ける。
その口調は、親分にしてはどこか静かで、穏やかな言い回しだった。
「まあ知らねえなりに、個々の実力を信用して任せてくれとしか今は言えねえ。それから俺は一応てめえのことも、信用はしている。だからカバーは任せたぜ」
「……ああもう、引き留めて悪かったわ。お行きなさい。任された分はきっちりこなすわ」
その後ジュウモンジ親分たちが続々と出発する中、あたしはネゴシさんに耳打ちされる。
それは、あたしとライカ、そしてアサヒお姉さんにできる役割の案だった。
少々申し訳なさそうに「参考にするかはお任せるわ、お先に行ってらっしゃい」とネゴシさんは背を押してくれる。その案をお守り代わりにあたしはルカリオをビドーのボールに入れ、アサヒお姉さんを抱きかかえる。
「アサヒお姉さん、ルカリオ。二人を迎えに行こう!」
『うん……!』
あたしたちは頷き合い、そして【セッカ砦】へと急いで向かった。
***************************
俺とヤミナベは、地下牢の向かい合った部屋にそれぞれ入れられる。俺たちの手持ちの入ったモンスターボールと鍵は牢の外でマネネが監視していた。
マネネが楽しそうにこちらを見ているのが、だんだん腹立たしくなってくる。
「くそっ、結局ユーリィの居場所分かってねえし……」
「……彼女をなんとか無事助け出さねば、あの彼に申し訳が立たない」
「無事に逃げる中には、お前自身もちゃんとカウントしろよ、ヤミナベ」
「しているとも」
「本当か?」
「……疑われても、当然か」
「いやそこ肯定しろよ……」
波導が読めなくても、凹んでいるのが声で伝わってくる。ったく、じゃあねえなあもう……と頭の中で悪態を吐きながら、俺は一つだけ反省も兼ねて思ったことを言った。
「なあヤミナベ」
「なんだ、ビドー」
「誰かを助けたいって思ったとき、やっぱり自分がボロボロじゃあ、あまり上手くはいかないんじゃあないか?」
「…………まあ、そうだな」
「誰かを助けるのなら、自分がまず助かってないといけないって、今回俺は思った」
「なる……ほど……」
「現に取っ捕まっているわけだしな」
「それは……その通りだな」
それからしばらく考え込むヤミナベ。真剣なその表情を見て邪魔するのも野暮かと思った。
俺も考え事でもするかと座りながら目を瞑っていたら――――何か金属の欠片が落ちたような音がした。
何だ? と目蓋を開け外の様子を見る。するとさっきまでいたマネネの姿が消え、一体の棺のようなポケモン、デスカーンがそこに居た。よくよく耳を澄ませると、デスカーンの閉じた扉の中から何か叩く音が聞こえてくる……聞かなかったことにしようと現実逃避しかけたら、奥から来た人物……黒スーツの国際警察の女性、ラストに小声で「もう大丈夫ですよ」と正気に戻された。
鍵束を拾い上げ鍵を開けるラストに、俺は期待を込めて尋ねる。
「アンタがここにいるってことはもしかして……!」
「はい、ミケさんと、アキラ君も一緒ですよ」
俺の側の扉を開け手錠を外した後、角から姿を現したミケに鍵を手渡すラスト。最後にやって来たアキラ君は……固く拳を握りしめていた。
少しだけ見えた表情で、これは一波乱あるなと俺は察した。
***************************
やって来てくれて手錠も外してくれたアキラに、俺はどう声をかけていいのか分からなかった。
【スバルポケモン研究センター】では、沈黙を貫いてサーナイトに攻撃をさせてしまったのもあり、申し訳なさの方が勝っていた。
結局、眉間にしわをよせた彼の方から口を開くことになる。
アキラにはどんなに責められても仕方がないと思っていた――――しかし、予想外の言葉が飛んでくる。
「どうして僕に助けを求めなかった」
唇を噛み、彼は俺の返答を待っていた。
……思い出されるのは、あの赤い警告灯の中で再会した時の表情。
あの時もアキラはまず「どうして」と聞いてくれていた。
助けを求めていたら、何かが変わっていたのだろうか。
もっとアサヒを苦しませずに済んだのだろうか。
そんな可能性を考えてしまう。
けれど、クロイゼルのやり口を考えてしまい、当時から思っていた返答をしてしまった。
「お前とお前の大事な人を巻き込みたくなかった」
「十分巻き込まれているけど」
「……すまない」
反射的に謝ってしまう。するとアキラは「違う」と呟き、じれったそうに表情をさらに歪める。
彼は視線を一度下に向け、それから再び俺の目を見る。
責めるようなその目には……懇願が映っていた。
「なんで今も助けを求めない」
そこまで言われてやっと、俺は彼を待たせていたことに気づく。
アキラは短く「歯を食いしばれ」と言い捨てた。俺は言うとおりに食いしばり、覚悟を決める。
「君たちの敗因は、一人で背負いすぎたことだ!」
一発。
振り抜かれた握り拳が顔を殴る。
受け止めた痛みは、あとになって痛んでくるが、それよりも痛いものがあった。
この痛みには、衝動的な暴力にはない感情が乗っていた。こんな風に殴られて叱られたのは、初めてだった。
そしてもう二度と御免だとも思う。
だから今度こそちゃんと、しっかり、言葉を口にする。
「その通りだ。反省している……だから、助けになって、力を貸してくれ」
「……分かれば、いい。君も一発殴れ」
ためらっていると「早く」と諭される。どのくらいの力加減がいいのだろうかと迷いながら振り切った結果、結構勢いが出てしまって転ばせてしまった。
「わ……悪い」
「謝るなよ」
背中を向け、表情を隠すアキラ。しかしビドーやミケたちにはその表情を見られ、速足で彼らの間をかいくぐっていった。
話に入るタイミングを逃したミケは、「色々と言いたいこともなくはないのですが、まずは脱出しましょう」とだけ言ってくれる。
それから俺たちはボールを受け取り、ミケの案内を頼りに出口まで急いで向かった
***************************
ユーリィの心配をしつつ、俺たちは建物内を駆ける。見張りが少ないことに違和感を覚えながら、玄関までたどり着くことに成功する。
正面出口から外に出ようとしたところを、ラストは止めた。彼女は「耳を澄ませてください」とジェスチャーする。その通りにするとざわめきが外から聞こえて来た。
それから全員で扉の外を覗き見る。
砦の外には――――人とポケモンの群衆が待ち受けていた。
静かに扉を閉じ、内部へ引き返す。ラストの制止がなければ、突っ込んでいるところだった。
「公開処刑の下見に来たってところじゃあないかな。どのみちタチが悪い」
「規模を、確認してみる」
毒づくアキラ君を横目に、俺はそそくさと波導を邪魔するバッジを外した。ヤミナベも思い出したように外す。よし、これで波導を感じられる――――――――そう思ったのは、甘かった。
気が付いたら、まともに立っていられなかった。うずくまり、口元を手で押さえる。
耳鳴りがして、頭も痛い。とにかく、うるさくて仕方がなかった。
何がって……外に居る連中の抱える気持ち悪く渦巻く負の感情が、一気に流れ込んできて気持ち悪かった。
いつ意識が持っていかれてもおかしくなかった俺に、いち早くバッジを付け直してくれたのは、ヤミナベだった。
彼に背をさすられ上着をかけられる。冷え込み以上の寒気が俺を襲っていた。
「悪い……波導探知は、使い物にならねえ……けど、外はやべえ」
「わかった……無理するな……」
「ユウヅキ、サーナイトの『テレポート』は?」
「試してみる」
アキラ君に促されたヤミナベが、ボールからサーナイトを出し『テレポート』を試みる。だが、サーナイトが首を横に振る。おそらくこの【セッカ砦】自体に対策装置が張り巡らされているのだろう。
ラストがマネネを閉じ込めたデスカーンの様子を見つつ、「さてはて、まさに袋小路ですね……」とぼやく。
ミケはグレーのハンチング帽を被り直し「とりあえず移動しながら、他の手段も考えましょう」と言って思案を巡らし始めた。
うかつに外に出られない以上、逆に建物の内部へと進むしかない。
どことなくクロイゼルに誘い込まれている感じがした。
その予感は……的中する。
***************************
やがて、大広間に出ざるを得なくなる。そこに待ち受けていたのは氷ポケモンたちを引き連れたメイと……ユーリィだった。
「ユーリィ……! ユー、リィ?」
呼びかけても、反応を示さないユーリィ。それでも呼びかけ続けようとすると、ヤミナベとサーナイトが前に出る。
「ビドー。どうやら彼女も精神操作の影響を受けてしまっているようだ」
冷静でなくなった者がかかりやすいというメイの超能力。それをなんとか解除するためには……術者をなんとかしないといけない。
つまり、メイとの対峙は避けられないということだった。
「メイ、お前の力なら、解いてはくれないか……?」
ヤミナベが、メイを説得しようとする。彼の言葉に、彼女は強く反応する。
メイは帽子を目深に被り、視界を遮って悲痛な嗚咽を漏らす。
「解けるのなら、もうやっている……!」
「……お前の、意思じゃないんだな」
「……もう分からない……制御も、歯止めも効かない」
「メイ……」
ヤミナベが心配そうな顔でメイに声をかけようとする。
彼女はそれに一歩後ずさり、威嚇する。すると大広間の柱がミシミシと音をたてはじめた。
メイの操ったユーリィが、モンスターボールからレンタルポケモンのグランブルを出し身構える。
「! 近寄るな!! 優しくするな!! 揺さぶらないでよ……加減出来ないって言っているだろ!! とっととあんたはアサヒの元に逃げ帰れ!!」
「……彼女の言うとおりにしなよ。ユウヅキ」
グランブルの威嚇の吠えをものともせずに、ユウヅキを引き戻したのはアキラ君だった。
「今の君の甘言は彼女には毒だ。それに君は、アサヒの元に帰るんだろ。だったらここは……僕もやる」
サーナイトがアキラに道を開ける。アキラ君はフシギバナを繰り出し最前線に出た。
「行くよ、ラルド」
グランブルの号令と共に一斉にアキラ君とフシギバナのラルド目掛けてとびかかる氷使いのポケモンたち。
彼はキーストーンのついたバングルを胸の前に掲げ、メガストーンを持ったフシギバナに合図する。
「ラルド、ここが正念場だ――――メガシンカ!!」
輝く光と共に一気にメガフシギバナへと開花したラルドは『マジカルリーフ』を全方位に射撃し、相手が怯んだ隙に拡散式の『ヘドロばくだん』を叩き込み吹き飛ばす。
僅かに届いたコオリッポの発射した『こなゆき』も変化したメガフシギバナの特性、『あついしぼう』の身体には通らない。
そのままメガフシギバナにタックルされたコオリッポが転がっていく。
しびれを切らして床を叩きつけ、地面の槍柱『ストーンエッジ』を仕掛けるグランブルに、ヤミナベのサーナイトが『ムーンフォース』の光球で対抗。両者の技が消滅し合う。
態勢を立て直して再び立ち上がるポケモンたちを見て、ヤミナベはアキラ君に実証済みの情報を伝える。
「アキラ! ポケモンたちは体についたシールを狙えば解放されるはずだ!」
「早く言えよ、ユウヅキ……」
「活路があるのなら、そこを突かない手はないですね、援護しましょう、メニィ!」
さらにミケが、彼のエネコロロ、メニィを出してアキラ君のメガフシギバナを『てだすけ』でサポートした。
「これならいける……狙いすませラルド!」
メガフシギバナ、ラルドは『てだすけ』で得た力をさらに溜める。ギリギリまで引き付け、そして再び『マジカルリーフ』を装填。
刹那のタイミング。
それら全てを読み切り、襲い掛かるすべてのポケモンたちのシールを『マジカルリーフ』で切り裂いた。
「……強くね? お前ら研究員じゃなかったのかアキラ君??」
「確かにポケモンバトルは専門外だ。でも……ただの学者と侮るな」
「お、おう……」
「……とはいっても、期待はしすぎるなよ。向こうもそう簡単にはいかないみたいだから」
そろそろ君もいい加減戦闘に参加しろ、とアキラ君に促され我に返ってアーマルドを出す。
シールをはがされたポケモンたちが、まだこちらを襲おうと構えていた。
どうして解放されていないのか。その疑問にアキラ君は、視線で誘導する。
その先にいるのは……メイ。
「今度はシールじゃなくて、サイキッカーの彼女が指示を与えているようだね」
「いや……彼女は中継地点にされているだけだ。背後で指示を与えているのは、クロイゼルだ」
「史実の人物が? こんな時に笑えないんだけど」
「冗談ではない。俺もアサヒも散々苦しめられてきたからな」
ヤミナベの真剣な表情に、すぐに疑いを取り下げ、メガフシギバナに周囲を牽制させるアキラ君。
だけど攻撃をさばいて行っても徐々に囲まれていき、戦況は悪化していく。
やはりメイを何とかしなければ、でもこの数の中そこまでどうたどり着く?
しかも、肝心のユーリィもどう取り戻したらいいのかが思いつかない。
このままじゃ手詰まり、か……? そう考えている間にも連撃は苛烈になっていく。
「ユウヅキ。彼女の術の特徴、なんでもいいから上げろ」
「……テレパシーの応用の暗示、怒りなど正気を保てなくなるほど術中にはまりやすい、らしい」
「そうか。あまり使いたくない手だったけど……試してみる。カバーは頼むよ」
そう言ってアキラ君は二つ目のボールから、ポケモンを出す。
現われ出でたマジカルポケモン、ムウマージは大きく息を吸い込んだ。
「メシィ、君の呪文でありったけの幸福感を――――ばらまけ」
ムウマージのメシィの呪いの言葉のような『なきごえ』が、辺り一帯に響き渡る。
それは俺たちの心にも異常なほどの不思議な温かさが溢れてくる声だった。
相手のポケモンたちも、ユーリィもその場にへたり込む。淀んだ瞳に、光が戻っていく。
俺はアーマルドと共に合間をかいくぐって、ユーリィの元にたどり着き、彼女の肩を揺らす。
「ユーリィ!」
「う……ビドー……? なんか、頭が、変な感じ……何これ……?」
「しっかりしろ! ニンフィアが、皆が待っている……帰るぞ!」
ユーリィに肩を貸し、ヤミナベたちの元に戻ろうとした。
とりあえず一つの懸念が無くなった。そう思っていたのも束の間。
聞こえてくるうめき声に、振り向いてしまう。
そこに居たのは頭を抱えて叫ぶ――――メイの姿だった。
「!!!……ぐ、が、ああああああああああああああああああああああああ??!!」
苦しむ彼女の周囲の壁に、亀裂が走っていく。
広間の柱が、サーナイトとユウヅキに向かって倒れ始める。
ユウヅキたちはかわそうと思えばかわせたのだろうが、へたり込むコオリッポを庇って柱を抑える方向で動いていた……しかし、勢いを、殺しきれない!
「…………! ……! ……!!」
もはや声とは呼べない呼吸音を出しながら、メイが柱へと手を伸ばし、空を握りつぶす。
それに合わせて空間が歪み、柱が圧砕されてしまった。
想像以上の火力に呆気に取られていると、上階から足音が近づいて来る。「いや実に凄まじい」と感嘆を漏らしながら階段から降りて来たのは、白い影の怪人、クロイゼル。
アイツは警戒の視線を向けられてもものともせずに下のフロアまでたどり着き、息を荒げるメイの肩に手を置く。
「操られた人間やポケモンたちはともかく、耐性の少ないこの子にそれは劇薬だったようだ。しかし不安定な精神を強制的に安定にしてくるか……流石にソレは困るな」
クロイゼルの視線がアキラ君とムウマージのメシィを捉える。
前方に注意を向けるアキラ君たち。彼らが問答無用でクロイゼルを取り押さえようとしたその一方で――――彼女たち、ラストとデスカーンが何かに気づく。
その視線の向きで俺もムウマージの下の床に敷かれた、異常な空間のひび割れに気づいた。
「! 危ない下ですっ!!」
デスカーンがムウマージを庇って突き飛ばす。直後、寸前までムウマージが居た場所の床の空間を突き破り、影を被ったギラティナが世界の裏側から重い一撃を突き上げた。
『シャドーダイブ』の洗礼をまともに受けたデスカーンが、中に捕らえていたマネネを吐き出して力尽きる。
「……まずいですよ、これは」
ミケの言う通り、戦線を支えていたうちの一体の戦闘不能は大きかった。
クロイゼルたちの狙いは明らかに、ムウマージのメシィ。
ギラティナや復帰したマネネからどれだけユーリィたちを庇いながら戦えるのか……抜け出せない長期戦が続いていた。
しかし、戦いが長引いた結果なのか……戦況が大きく、変わる。
***************************
変化の合図は、二階のガラス窓の割れる音だった。
窓を突っ切って猛突撃する漆黒の翼が、すれ違いざまにクロイゼル目掛けて『つじぎり』を振り下ろす。
マネネのピンポイントで重ねられた『リフレクター』によってその奇襲は防がれたが、続けざまにそのポケモン――――ドンカラスは『つじぎり』の背面切りを繰り出した。
確かにその一撃は入っていた……だが何事もなかったようにクロイゼルは立ち直り、窓淵の外に立つ人物、ハジメに対して嘆いた。
「おっと。直接攻撃だなんてひどいじゃあないか」
「…………止まらない、か」
「ああ止まらない。僕は死なないし止まる訳にはいかないから」
ギラティナが再び姿を消す。こうも姿をちょくちょく消されるとターゲットが誰か分からない……!
外のあの感情の怨嗟を恐れつつも、俺はバッジに手をかける。
アキラ君の呟いた声が、それを引き止める。
「狙いは――――――――読めている」
ギラティナがまた現れ――――ムウマージのメシィの背後に向けて『シャドーダイブ』の鉄槌を下してくる。
けれど奇襲を読んでいたアキラ君たちは、すぐさま振り返り対応した。
「今だメシィ、『イカサマ』!!」
相手の攻撃を利用した『イカサマ』。
その技をもってムウマージ、メシィはギラティナの突撃を誘導し、絡めとって壁に叩きつけた。
壁に空いた大穴からも冷気と雪風が一気に入り込んでくる。
外のざわめき声も、一気に大きくなる。
そのどよめきを割らんばかりの雄叫びが遠くから轟いた。
吠え声の主は……テリーのオノノクス、ドラコ。
「――――どけ!!!」
群衆を割ってトレーナーのテリーと共にこちらへ向かってきたオノノクスのドラコは、その大きな斧牙で二連打の『ダブルチョップ』をギラティナの腹に叩き込んだ。
呻くギラティナの反撃が、オノノクスを引きはがしにかかる。
『かげうち』で滅多打ちにされても、オノノクス、ドラコはギラティナを離さない。
テリーは天を向き、遠くの味方へ要請した。
「構うな、やれ!」
「ライカ! 『エレキネット』!!!」
屋根の上のアプリコットの指示を受けて、雪雲を突っ切って急降下したライチュウ、ライカはオノノクスごとギラティナに『エレキネット』の電撃の網で身動きを取れなくする。
それでもギラティナは『かげうち』で網を切り裂くと、【破れた世界】へと姿を消していった。
今度は逆に囲まれる形となったクロイゼル。肩をすくめる素振りをしながらも、その立ち振る舞いには一切の動揺を見せない。
「まさに多勢に無勢、か。しかし数の暴力には屈したくない性格なのでね――――」
白い外套を翻し、その右腕に持つのは、黒いモンスターボール。
「――――もう少しだけ戦力をつぎ込ませてもらおうか」
それらを背後の地面に叩きつけて更にクロイゼルは、悪夢の化身、ダークライを呼び出しやがった。
「少々手狭だな。ダークライ、もうこの砦壊していいよ」
ダークライが両腕を振り下ろす。するとさっきのひび割れとはスケールの違う線が大広間全体を八つ裂きにする。
「『あくうせつだん』」
技名を言い終えたと同時に一気に砦の大広間が崩れ落ち始める。メイの傍にいたクロイゼルたちは、マネネの『リフレクター』によって守られていた。
このままじゃ俺たちどころかポケモンたちも倒壊に巻き込まれる!
ドンカラスはハジメを外に連れ出しに外へ。アーマルドはとっさに俺とユーリィを押し倒し、覆いかぶさった。
アキラ君はメガフシギバナのラルドとムウマージのメシィに『ヘドロばくだん』と『シャドーボール』をそれぞれ天井へと撃たせ、なんとか落ちてくる瓦礫の数を減らそうとする。
だが、それだけでは限界があり防ぎきれない。
その最中に、ヤミナベがサーナイトにメガシンカのカードを切る。
光に包まれ、変身したメガサーナイトが、両腕を天井へ伸ばす。
それを見たミケが、エネコロロのメニィへ、メガサーナイトに『てだすけ』するように声を張り上げる。
「すべて防ぎきるぞサーナイト!! 『サイコキネシス』!!!!」
メガサーナイトが全身全霊をもって『サイコキネシス』で残った瓦礫を受け止めようとする。
しかし全部は抑えきれそうになく、潜り抜けてくる破片がヤミナベを襲う――――その間際のことだった。
「――――サク様あっ!!!!!」
彼女が、メイがユウヅキに叫ぶ。
その叫び声と共に、彼女の超念力が。
瓦礫も破片もすべてを散り散りに粉砕した。
……押しつぶされずに済んだが、砂粒まみれになった俺たちは、どうしても。申し訳ないが、流石にどうしても。
彼女のその力に、怯まずにはいられなかった。
***************************
砦の大部屋が一瞬になって砂になった。
ライチュウ、ライカの尻尾と連結したボードに乗ったアプリちゃんに抱えられながら呆気に取られていた私は、その広間跡地の中でみんなの視線を一身に受けている女の子がいることに気づく。
その子は大きな帽子で顔を隠しながら、泣き叫んでいた。
ずっと恐れて、怖がって、我慢していたことを吐き出すように、彼女は怒鳴る。
怒りを、周囲にぶつける。
「……どうせ、どいつもこいつもあたしのことも怪人みたくバケモノだって思っているんだろ!!!! 言わなくても解るんだよ!!!!」
その言葉に、心がずきりと痛む。
マナの記憶で見たクロイゼルは、怪人と罵られ、石を投げられた。
その集団がクロイゼルを見る目の恐ろしさを、私は記憶で追体験してしまっている。
だから、彼女が何を恐れているのかが、そして私がそれを知った上でクロイゼルに対して何をしていたのかが……解ってしまった気がした。
それは、迫害。
恐れて怖れてしまい、遠ざけたいと思う感情。
外に居た集団にも、芽生えている現象だった。
「やっぱりあたしはみんなに害を与える敵だ!!!! 敵なら敵らしくいっそ討伐でもなんでもしてよ!!!!」
痛ましいほどの彼女の苦しみが、苦しんでいることが波導使いでない私にも解る。
それでも隙間から押し寄せる彼女への恐怖に、私は一喝した。
『違う!!!!!!!!!!!!!』
腹の底なんて今は無い、私の大声が雪原に轟いた。本来この声は、喉の概念のない私が奇襲に使えるかもとネゴシさんは言っていたけど、構うものか。
傍にいたアプリちゃんとライカは耳を抑えている。けど「アサヒお姉さん、言って」と彼女は続きを促してくれた。
『メイちゃんは敵じゃない!!!!!!』
「……は?」
『バケモノなんかじゃ、ない!!!!!』
「嘘だ。あたしはバケモノなんだよ!!」
『嘘じゃない!!!! メイちゃんはただユウヅキたちを助けようとしてくれただけ!!! メイちゃんなら、解るでしょ!!??』
「――――!! そう、だけどさ……でもあたしは、その気になったら何でも壊してしまう。危険なんだよ!!!」
『そんなのメイちゃんだけじゃあないよ!!!!』
私の記憶、マナの記憶を根こそぎ掘り起こして、私が傷つき壊れかけた時のことを思い返す。
そしてメイちゃんが昔も今もサイキッカーとしての力をどう使っていたのかを、出来る限り思い出す。
彼女は決して、それを使い暴力を振るおうとはしなかった!
『どんなに強い力を持っていたとしても、いつもは普通に飲んでいる水も、石ころも言葉でさえも他者を傷つけ壊すことは出来る。それをするかしないかだけで、みんな何も変わらない。でもメイちゃんは自分から望んではしなかったじゃん……!』
「…………アサヒ……」
『メイちゃんのそれは……私にとっては私たちを助けてくれた素敵な魔法だよ! 誰が! なんと! 言おうとも!!』
「!!!」
大きな帽子から顔を出し、私を見上げてくれるメイちゃん。その顔は助けを求める女の子のそれだった。
こみ上げてくるそのままの勢いで、私はこちらを一瞥するクロイゼルに啖呵を切る。
『そしてクロイゼル……怪人なんて名乗って凶行がまかり通ると思うな!! その化けの皮剥がして、同じ人間としてもろもろの責任を取ってもらうんだから!!!!』
言い切った私に、クロイゼルは涼しい顔でこう告げる。
「じゃあ、お手並み拝見といこうかアサヒ」
それから彼は、外に向けて指をさす。そこに広がるのは、こちらの様子を伺う大勢の人、大勢のポケモン。
「この群衆から、君はメイとユウヅキをどう守る?」
『――――っ!!!』
私が出来るのは、言葉を発するのみ。手も足も動かないし、力を貸してくれる手持ちのみんなも今はいない。
考えろ、考えろ、考えろ!!!
私だけじゃ出来ないなら、どうすればいい!?
『みんな――――――――ふたりを助けて!!!!』
「任せてアサヒお姉さん!!!!」
紡ぎ出した答え、ありったけの叫びに、アプリちゃんが真っ先に応えてくれる。
それから彼女は大事に持っていたモンスターボールをビー君に投げた。
「受け取って!」
「!」
何とかそのキャッチしたビー君はそのままアーマルドと外の雪原へと駆け出し、受け取ったボールからルカリオを出した。
それから彼は何かバッジのようなものを外し捨て、肩についたキーストーンに触れルカリオをメガシンカさせる。
「メイ……慄いて悪かった! 行くぞアーマルド、ルカリオ!」
「加勢するビドー! 行けドンカラス、ゲッコウガ!」
ドンカラスと飛んできたハジメ君が、ゲッコウガを出しつつビー君の隣に着地する。
ビー君とハジメ君が隣り合っている光景前にもあったけど、その時よりもこうなんだろう、今の方がとても頼もしかった。
でも、状況がよくないのは変わらない。
ビー君たちは、あくまで自分たちから手を出さずに立ち塞がる。
こちら側から仕掛けたら、それこそ連鎖的に爆発しかねないからだ。
限界ギリギリまで緊張感は高まる。
それでも、誰かが一石を投じてしまった。
集団側から投げられたこの一石。それがこちらに落ちるのを皮切りに歯止めが利かなくなるのは安易に想像がつく。
もうダメなの? そう思いかけた時、予想外の光景が目の前に広がる。
***************************
放物線を描き、投げられる一石は、地面に落ちなかった。
石ころキャッチしたのは……大きな泡のバルーン。
いつの間にかやって来ていた上空を飛ぶトロピウスの背から、そのバルーンを発射した彼らが、ビー君たちと集団の間に降り立つ。
真っ白な雪に負けない白い肌のアシレーヌを引き連れたスオウ王子は、不敵な笑みを浮かべながら、ユウヅキに振り返った。
「よっ、待たせたなユウヅキ」
「スオウ……?」
「あー、やっと助けに来れたぜ」
あまりにも軽い挨拶に、呆気にとられるユウヅキを差し置いて、スオウ王子は集団に向き直る。それからアシレーヌに大量のバルーンを展開させ、ユウヅキたちを庇うように仁王立ちした。
「お前ら、まさか“俺”に石投げることはないと思うが……それでもユウヅキへの私刑をやるって言うなら、ここは<自警団エレメンツ>とその他一同が全力で止めさせてもらうぜ……!」
スオウ王子の言葉に呼応して、彼の隣にもう一人と一体が着地する。
アマージョを引き連れ、口をへの字にしたソテツさんは、どんどん突き進むスオウ王子に毒づいた。
「一人で先行するんじゃないバカ王子。キミだけ後で石投げてもらえ」
「雪合戦ならいいぜ、やるかソテツ?」
「……雪だるまにしてやるよ」
「こら! 二人ともいい加減にしなさい!」
さらに奥側から新たな大勢影が見える。スオウ王子とソテツさんを叱り飛ばしたプリ姉御やトウさん率いるそのメンバーは、紛れもなく<エレメンツ>のみんな。そして合流したジュウモンジさんたち<シザークロス>などの他の面々だった。
ガッツポーズでこっちに手を振る満身創痍のネゴシさん。きっと<エレメンツ>と掛け合ってくれたのだろう。
二方向から挟まれて動揺する集団を見たクロイゼルは、その景色をじっと見ていた。
やがて彼は私と目を合わせると、大きくため息をひとつ吐き、構えを取る。
ブレスレットのようなZリングに嵌められた黒いクリスタルが輝きだす。
「よくわかった……今日はお開きだ」
彼とダークライが両腕を振り上げると、一帯の銀世界が、暗黒世界へと一瞬で変わる。
ひとり、またひとりとその闇の中に呑まれ意識を失っていく。
「『Zダークホール』」
そう呟かれたこの技は、距離感が分からないけどとても大きな規模で起きていることだけは分かった。
そうして……身体のない私だけを残して、みんな眠りについてしまう。
闇が晴れ天井の壊れた大広間の階段の上に、意識のないメイちゃんを担いだクロイゼルたちはいた。
アプリちゃんの手から零れ落ち、地に転がる私に向けてクロイゼルは話しかける。
「今はこれが限界か。間もなく全員起きるだろうから、今のうちに撤退させていただく」
『メイちゃんを、返せ……!!』
「それは出来ない。彼女にはまだ働いてもらう。それからアサヒ。あまり声を張り上げない方がいい」
続けて発せられた言葉はまるで忠告のようで――――
「度を越して無理すると、肉体のない君の魂は燃え尽きるよ」
――――同時に死の宣告でもあった。
【破れた世界】から迎えに来たギラティナに連れられて、彼らは姿を消す。
メイちゃんの名前を呼び続けても、届くことはなかった。
あの子を助けられなかった悔しさが、無力さがこみ上げてきた私は、
舞い落ちる雪の中で、ただがなるしか出来なかった。
***************************
その後、意識を取り戻した俺たちは、崩れ落ちてない部分の【セッカ砦】内に集まり暖を取っていた。
ユーリィはニンフィアとチギヨ、ハハコモリに無事な姿を見せ、気まずそうに「迷惑かけたね」と呟く。ニンフィアたちは涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら彼女の無事を祝っていた。チギヨは断っても何度も俺とヤミナベに頭を下げ続けた。選択肢が限られていたとはいえ、気にしていたのだろう。ヤミナベは戸惑いながらも、顔を上げて欲しいと訴え、最終的には彼も頭を下げあう謝罪合戦になっていた。
やがて砦内の食料で作ったスープを配給するプリムラやココチヨさんたち。それはヤミナベの公開処刑を下見に来ていた者にもふるまわれていた。
見物人の彼らは最初のうちは納得いかない様子だったが、その意識をわずかに変えた奴らが居た。
ソテツと、アマージョである。
鉢合わせたヤミナベと、ソテツとアマージョ。初めアマージョはヤミナベを見るなりその鋭い蹴りを放とうとした。ところがソテツが割って入ってその攻撃を受けたのだ。
「……憎い気持ちは、オイラも同じだ。でも堪えろ、アマージョ。彼らに八つ当たりしても、じいちゃんたちは戻っては来ない」
うずくまりながらも説得するソテツに、折れるアマージョ。
アマージョに続こうとしたポケモンに対しても、ソテツは言った。
「やめておいた方がいい。ユウヅキとアサヒちゃんは、利用されていただけだ」
どよめきが「信じられない」と言った風に揺れ動く。でもその中には「本当なのか?」と半分以下の少しだけど、興味を示している層もいた。
デイジーが「詳しい話はこっちで引き継ぐ。治療行ってこいソテツ」と気を遣うも、ソテツはそれを拒否。虚栄なのか意地なのかは分からないが、座り込んで話を始めた。
ソテツはデイジーにあるものを貸すように伝える。呆れながらもデイジーはそれを懐から取り出し、彼に貸した。
それはヨアケの携帯端末だった。中には、デイジーのロトムが入っている。
そのロトムこそが証人だった。
ロトムによって記録されていた携帯端末の録音データは、サモンとヨアケの会話内容だった。
短い会話の中には、ヨアケが人質に取られてヤミナベがクロイゼルに協力せざるを得なかったなどの状況を示唆する内容が含まれていた。
ギラティナ遺跡跡地で偶然ヨアケの携帯端末を拾い、ロトムに情報を伝えられたソテツは、流石に情報を共有すべきだと考え、(気まずさ全開の中)<エレメンツ>に持ち込んだそうだ。
「つまり、だ。状況的には人質ちらつかされてポケモン乱獲していた君たちと何ら変わりないってことだ」
そう締めくくるソテツの口元には苦笑が浮かんでいた。でも彼の波導はそんなに波打ってはいなく、どこか落ち着いていた。
……もっともそのあとガーベラに引きずられて行き強制的に治療されている図は良くも悪くも格好つかなさがあって、見ていて正直面白いのを堪えていた。
そうしたらルカリオに抱えられたヨアケに『ビー君もアプリちゃんに似たようなことされていたね』と釘を刺された。
最近きつめだなあと思っていたら、『それからこの間はきつく言ってごめん。そしてありがとう。ユウヅキについて行ってくれて。酷いことされなかった?』と心配される。
結局ヨアケが俺に無茶するなときつく言ったのも、俺がヨアケに不安を隠すなと言ったのも、互いを心配し過ぎてのことだと思った。
心配されなくてもいいくらい丈夫にはなりたいものの、なかなかうまくいかねえな……なんて考えながら、牢屋でヤミナベに言った言葉を振り返る。
「こっちも悪かった。どういたしまして。それから」
『それから?』
「俺は……助けたいっていうのはおこがましいが、ヨアケの力になりたい。でもそのために俺自身がダメになってしまうのは、いけないのは、ちゃんと分かっている、だから……ええと……」
『うん』
言葉を待っていてくれるヨアケから目を逸らさないようにして、俺はルカリオの波導を感じる。
強くなりたい、力になりたい、そう想った先に描いた願いを、口にする。
それは、今自分自身が願っているモノだけでなく、未来への、将来への目標でもあった。
「俺は……いや、俺たちはもっと背中を預けてもらえるような、そんな頼れる奴らになりたいんだ……ならなくちゃ……絶対、なってやる」
『なれるよ、ビー君たちなら。だからって気負い過ぎない程度に、ね? でも……頼りにしているよ、相棒!』
「ああ、絶対身体取り戻してやるからな、相棒」
こつん、と小さな手に軽くグータッチする。
それからアプリコットとヤミナベに呼ばれて、俺たちはその方向へと向かって行く。
俺にとってその交わした言葉と拳は、大事な誓いと約束の記憶になっていた。
***************************
<エレメンツ>。<シザークロス>。<ダスク>やその他多数。
それぞれの勢力に所属していた人とポケモンが一堂に揃う。
思惑も、スタンスも違う上、相容れない部分も抱えている者同士。
そんなみんなの前に、ユウヅキと私が立っていた。
アキラ君に「ちゃんと言ってみれば」背を押されたのもあるけど、それ抜きでも今私たちの力になってくれているビー君たちも、それ以外のみんなにも、私たちはお願いをしなければならなかった。
私たちだけじゃ収集がつけられないこのヒンメル地方の緊急事態を、何とかするために。
私とユウヅキは言葉を尽くさなければいけなかった。
緊張に包まれながら、私たちは口を開く。
「俺たちは、取り返しのつかないことをしてしまった」
『その罪を背負う覚悟はずっと昔からありました、でも』
「もう責任感のエゴだけで償うにはどうにもならないのは分かっている」
『そんな見栄とおごりはもう捨てます』
「だから“闇隠し事件”の被害者を、メイも含めた今苦しんでいる人とポケモンを、そしてアサヒを助けるのに協力してほしい」
『皆さんの力を、貸してください……!』
「お願いします……」
私たちは頭を下げる。
しばらくの沈黙の中、声をかけてくれる人たちが居た。
「直接力を合わせるのは難しいとは思うが、こっちはこっちなりで動くつもりはある。逃げねえって覚悟決めたからな」とジュウモンジさんが。
「正直オイラはいまだにキミたちを赦してはいけないって気持ちも、憎い気持ちも残っている。けれど、赦せないからって、こちらにも人生を縛ってしまった責任はある……だからそこはちゃんと償うためにも協力するよ」とソテツさんが。
「私たちは貴方たちに責任と傷を背負わせ過ぎた。私たちだって当事者。何ができるかはよくわからないけど、苦しんでいるみんなは放って置けない。少しでも一緒に背負わせて」とココさんが。
それから、続々とそれぞれバラバラな言葉だけど、私たちに声をかけてくれる。
ひとつ、ひとつとまた聞いていくうちに、決意が新たになっていく実感があった。
私は、これだけの人とポケモンを巻き込んで、どれだけのことをできるだろうか。
そう考えながら、途方もないことだと尻込みしそうにもなるけど、考えるのを諦めてはいけないとも思った……。
***************************
話の流れから、しばらくは各地の騒動の収集と呼びかけ、そして<スバル>の所長でもあり、<ダスク>のメンバーのレインさんの捜索があたしたちの目的になった。
理由としては、クロイゼルにギラティナと【破れた世界】に逃げ込まれてしまう現状があった。
それをなんとかできそうな知恵をもってそうなのが、【破れた世界】の研究をしていたスバル博士をよく知っているレインさんだけというのもある。
みんながそれぞれ、出来ることと考えることをしている中、あたしたちもあたしたちで、何かできることがないかを考える。
でも……何ができるんだろうって行き詰ってしまっていた。
あたしは、アサヒお姉さんみたく言葉を並べることも、ビドーみたく戦いの中心にいることも、ユウヅキさんみたく他の人に指示を出せるわけでもない。
ライカが諦めていないのに、ダメだって思ってしまったこともあった。
そういう心の弱さも含めて、乗り越えたいとは思うのだけど、どうすればいいのだろう。
うずくまっていても埒が明かない。せめてこの先、戦えるようにならなきゃ。
そう思えば思うほど、深みから抜け出せなくなっていく気がする。
ライチュウのライカを抱きしめながら悩んでいるあたしは、まだまだちっぽけだなと思った。
ライカは何も言わない。でもずっと傍にいてくれる。言葉は通じないけど、あたしのことを支えてくれているのは、確かだった。
そう考えていたら、自然と立ち上がれていた。
「分からないなら、出来ること探さなきゃ……だよね」
ライカは小さく頷いてくれる。
うん、まだまだもっとやれることあるはずだ。昔諦めてしまったからって今簡単に諦めていいことにはならないはずだ。
そう自分を鼓舞していたら、背後から声をかけられる。
白いフードパーカーの褐色肌の少年、シトりんだった。メタモンのシトリーも一緒だ。
「おーいアプリん」
「わっ、シトりん……?」
「あはは驚かせてゴメン。アプリんのライカは、アローラ地方の姿のライチュウ、だよね」
「そう、みたいだけど」
「だったら」
シトりんはいきなりポーズをとり始める。メタモン、シトリーはライチュウのライカにするりと『へんしん』すると、シトりんと同じポーズをし始めた。
「これがボクたちのゼンリョク、『スパーキングギガボルト』! ……って言っても、Zリング持っていないんだけどねあはは」
「Zリングって……Z技使うのに必要なのだっけ?」
記憶を呼び起こす。確か中継で見ていたバトル大会でも、ジャラランガ使いのトレーナーがそんな感じのポーズと技を使っていた気がする。
そしてクロイゼルもダークライと仕掛けてきて、あたしたちは圧倒されてしまったんだった。
「そうそう。必殺技だね。ちなみにアローラのライチュウには、専用のZ技を出せる道具、Zクリスタルがあるらしいよ」
「それって……持っていればあたしとライカでも使える?」
「あはは、キミたち次第、じゃあないかな?」
シトりんの笑っているような瞳の奥には、あたしの姿が映る。
その瞳に映ったあたしは、もううずくまっているだけじゃなかった。
「どこか目星があればいいんだけど、知っていない? シトりん」
「あはは、【シナトの孤島】にリングの材料の原石が眠っているってウワサは聞いたことがあるよ。行ってくる?」
「行ってくる。行こう、ライカ!」
ライカも「行くか」と一声鳴いて、立ち上がる。
ライカの尾にボードを連結させ、あたしはそのボードに足をかけ『サイコキネシス』で一緒に宙へと飛び立つ。
「情報ありがとね! シトりん!」
「あはは、頑張ってね。アプリん、ライカ」
互いに手を振り合って、あたしたちは出発する。
少しでも力をつけるために、空を進んでいく。
目指すは――――【シナトの孤島】だ。
つづく