保安官駐屯所の側にある掲示板近く。
あたしと、縁あって共に待つ事を決めていたコジョフーのジョッシュの二匹は。
号令と指示を出し合いながら現場へと向かう、保安官の任を務めているポケモン達の背中を静かに視線で追っていた。
「これで、事態が収拾に向かうと良いけどね」
「そう、ですね……」
隣で回答に当たるジョッシュの顔は、前に見た時と同じく再び緊張した面持ちだ。
話もそこそこに、あたしも彼も一旦押し黙る。
とはいえ、沈黙こそ数秒で充分……だからこそ、聞いておかなければ。
「ジョッシュくん、アナタが追われていたのってもしかして――」
「今思えば、やり方を考えれば良かったんだろう、けど…… ボクがこのタマゴを、み、密売から防ぐ為に。持ち逃げした事から起因してる」
聞き込もうとする途中。ジョッシュは両手の保管器のようなケースに視線を向け、問いに答え出した。
既に稼働されているのか、その装置にはスイッチのランプが入っている及び中にタマゴが入っているのがあたしにも確認出来た。
今はまだ、動いている気配は無い。生まれてくるまではまだまだ時間は掛かりそう、と云うべきか。
「見ず知らずの誰かに、生まれる前の命が買われて横流しされる―― そういう現実を一番に許したくなかったんだ」
前半の言葉に、心臓の鼓動が早くなる感覚を覚えたが、あたしは何とか押し留めた。
自分自身も含め、ポケモン達には出来る当たりのタイミングまで隠しておきたい事があるのだろう。
このコジョフーの者も恐らく、目の前、近くで聞き出してた悪事に放っておけぬ気持ちに駆られたのかもしれない。
「生まれてくポケモンに、辛い目に遭わせたくなかった。そう云う事? 不確かな方法だとしても、何よりも守りたかったのは」
「まぁね……。“この子”に大事が無かっただけでも、ボクにとっては安心だな。この御礼は必ず返します、チナさん」
見てみる限り、保管器の中のタマゴの模様は… 三角と四角、赤と青色のもの。そして全体には白を基調としているのが特徴。
推察は出来るとしても、あたしはその誕生するであろう種族については敢えて公言しない事と決めた。
何せ、生まれて来てから初めて、祝福と共に種族の拝謁に繋がるのだろうから。
暫くして、ジョッシュは伏せていた顔を元に戻すと、あたしに再度御礼を述べた。
「ボク、物資を調達するのに手頃な場所、知ってるの。良ければ、アナタに教えて――」
「あ、保安官さん!」
ジョッシュはあたしの背中に掛けているリュックサックに視線を向け、道具群の回収・調達に適している場所の情報提供を伝えて行こうとして――
ふと、駐屯所に戻ってくる一匹のポケモンの足音に気付いたあたしが彼から視線を外した為、紡ぐ言葉を一時打ち止める。
白を基調とした、水色のうねる髪を特徴のすらりとした華奢(きゃしゃ)な体格のレッスンポケモン、ウェルカモだ。
この集いの中央都市には、数々の見慣れない種族のポケモンも見受ける事か。
「先程は貴方からの通報、並びに犯罪抑止の御協力に感謝します。おかげで容疑者4名、一斉検挙と相成りました」
「良かったぁ……! あの、ありがとうございます……!」
「いえいえ、礼には及びませんよ。集いの中央都市の治安を守っていくのが、私達の役目ですから」
保安官の一匹であるウェルカモの答えに、丁寧にお辞儀をするあたしとジョッシュ。
離脱する前に、あたし自身がタネやふしぎだま――ゴーリキーに攻撃打ち止め目的の為に投げ付けたばくれつのタネ、ドードリオに向けて壁に正確に角度反射も兼ねて打ち込んだ“曲射”込みのふらふらのタネ。
彼らへの動き封じとして使用したしばりだま、仕舞いにはゴルダックに自身のしっぽで狙い打ちしたすいみんのタネ。
元よりジョッシュ一匹を、あたしに対して喧嘩を売ってきた彼らにはそれなりの制約を与えていった手筈。彼、彼女達保安官の逮捕手順には少しでも手こずりが解消されただろうか。
「最近は此処数日……スリや窃盗、薬物に際する情報提供を多く頂いておりましてねぇ。何がこう、路を踏み外すに至るのか……我々も考える時でしょうなぁ」
ウェルカモは最後に顎を右羽でさすりながら、憂うような呻き声と共に締め括る。
比較的丁寧に明るく対応をして下さるウェルカモの瞳を、あたしはそっと上目遣いになる形で見上げていく。
「一つ、伺っても良いかしら。その情報提供の中に、“誘拐”のカテゴリは含まれてますか?」
「誘拐? あぁ、ポケモンさらいの事ですね」
ジョッシュがあたしとウェルカモ、それぞれに顔を向き直す所で。
あたしは、チルトに関連する情報の収集に可能性を掛けるべく保安官のポケモンに聞き込みを入れてみる。
ウェルカモは対等に、目をあたしの視線に合わせるようにしながら……暫く考えた後にこう回答に繋げてくれた。
「少数ではありますがね――内部事情までは話せませんけれど、身代金要求などの線で受理してるものなら、幾らかは」
「……。ちなみに、パチリスの子については?」
「パチリスの子、関連の被害届……。うぅむ、今の所出ておりませんなぁ。新たに届の提出なら、奥で改めて手続きを――」
「いえ、結構です。気になった事を知りたかっただけ」
パチリス関連の行方不明案件、被害届が、この都市には出ていない――その答えを聞くに当たり、可能性は簡単に上向きになるものじゃないと思い知ったのか、あたしは額に手を当てる。
ウェルカモから、一時保安官駐屯所の建物内に場所を移し、書類云々に署名・手続きをして下さる案を勧めてくれたが、丁重に御断りをした。
「では、この場は私達に御任せを。引き続き、良い旅路を歩まれますよう……」
身を震わせ拘束された容疑者たちが、次第に引っ立てられる。
あたしとジョッシュ、二名の安全を確保する為に、ウェルカモは広場の方に羽を差しながら送り出した。
終始、種族の違いに差別向ける事無く対応をして下さった保安官には後ろ髪を引かれる思いではあったが…… 小さく頷くと、足早に保安官駐屯所から立ち去る事とした。
保安官のポケモンには、後々お世話になるかもしれない。協力的であった者も含めて、この御恩は忘れない。
∴
「ふぅ……」
「重ね重ね、ありがとうございます。ボクが、あのポケモン達の密売品を持ち出した事を…… 筋道逸らさない程度に話しを変えてくれて」
「ううん、気にしないで。そのタマゴだって、アナタの一手と一歩があったおかげで今があるんじゃない」
寂しそうな笑顔を向けながらも御礼を言うジョッシュに、“誇りに思ったってバチは当たらないわ”、と最後にあたしは締め括る。
保安官に伝える通達の内容次第では、ジョッシュ本人も犯罪者として断罪させてしまう懸念も考えられた。
潔白を証明する分も踏まえ、あたしが慎重に言葉のつながりと単語・キーワードを選択の上で治安の守り主達に伝えた点では、偽証にはならないと心の奥に反復して刻み込む。
「えっと、チナさん。良いの? その、パチリスさんの事……」
「この都市にはまだ、あたしの友人が連れ去られている事は認知されていない。その情報が分かっただけでも、これからのプランを変えてく必要がある」
おずおずと、彼があたしに問いかける。
右手をぎゅっと握り締めながら、昔の事、ウェルカモからの話された事を、思い返すように呟き今後の事を考えていた事もあり、少し仏頂面気味に向き直ったのは一瞬。
すぐさまジョッシュが不安にならない様に、あたしは表情を戻していく。
「あの子の御両親から、強く御願いされてるから。“どうか彼女……チルトを見つけて下さい。助けて、下さい”って。諦める気なんて微塵も無いわ」
「チルト、さん……その子がチナさんの探してる……」
あたしの友人、チルトを名前から打ち出す事により、ジョッシュもすぐさま理解しようと努めてくれる。
例え気休めに近くても、ありがたかった。普通のポケモンなら他人事だろうとして、厄介事に関わる事無く離れてしまうから。
「ジョッシュくん、もし良ければ何だけど。この都市にタウンマップが配備されてる場所の案内、御願いしても良いかな?」
「タウンマップーー分かりました、街全体の状況を把握するには打って付け…ですもんね! 付いてきて」
「助かるわ、地図が有ると無いとでは状況の把握に違いが生じるもの」
肩掛けバッグとタマゴの入った保管器のケース、それぞれを所持したままジョッシュが口元を緩ませて頷く。
そして、あたしに目配せすると、出来る限りはぐれないように距離を取りつつ、先導する様に案内に始めようと慣れた足取りで街路を歩いて行った。
性格や応対の仕方もあるかもしれないが…… あたしには、ジョッシュの事は信頼できる、そう認識を改めるに至る。
「あ… ついでにあたしの呼び方、“チナ”で良いよジョッシュくん! こう、カラっとしてる位が丁度良いもの」
さり気無く、あたし自身の他の方への呼称には触れなかったのは…… それ以上に親密になるのが、今の段階ではまだ怖いから、というのもあるかもしれない。
我ながらバックパッカーとして、警戒心と信頼感の違いにはもう少し触れて行かなければならないだろう。
例外を一つ作れるに至った、あたしの救い出した一匹のポケモンを追い掛けながら。チルトへの手掛かりをまた地道に探す為に、タウンマップを手に入れに行動を起こしていく。
途方の無い、長い路になるとしても。あたしはあたし自身を、諦めない。