夕陽は当たっているが、室内灯が点いていないためやけに暗い。
小さなマンションの五階、そこに一つ小さな声が聞こえる。
「ただいま……」
近づいて聞かないと聞き取れないようなか細い声。しかしその声を聞く相手などそもそもいない。
声の主の藤原拓哉、その母は仕事に出ていた。父は彼の幼い頃に母と離婚し、いわゆる母子家庭。貧困な生活の中、母はいつもパートで家におらず、彼は常に独りぼっちだった。
小、中学校時代共にいじめられたがようやく高校で彼は自分の居場所を見つけた。居場所というのは翔達のグループ。きっかけはずっと独りぼっちだった彼に翔が話しかけたことが始まりだった。
だが、この居場所を失えば今度こそ独り……。
それは彼を押さえつけるある種の呪縛でもある。彼はなけなしの自分の手持ちのお金を全てカードに変え、かろうじてついてきているような状態。翔達のグループはよくカードで遊んでいるためこのような呪縛が本人に植えつけられてしまった。
翔自身は彼がカードを持っていなくとももちろん仲良くするつもりなのだが、拓哉はそれを知っていない。
カードがなくなれば翔達にお払い箱にされ、すべてが破滅、終わりだと思っている。
拓哉の母が稼げど稼げど消えゆく金は、主に拓哉の養育費である。それゆえ嫌がらせも激しい。
仕事で何かある度に、そのストレスは全て拓哉にぶつけられていた。怒鳴り、蹴り、殴り。それら全てが拓哉の感情を不完全にしていった。
本日拓哉は学校の帰り、昼食をケチったお金でカードを買い、それを家で開けることをささやかな楽しみにしてパックを手に持っていた。
母の仕事の帰りは遅いはず。その普段が、安心感が非情を呼ぶ。
部屋へ行こうと廊下を歩むと、リビングの方から本来はいないはずの母がいた。
「おかえり……」
母は拓哉が帰ってきたことに感じる苛立ちをまるで隠さない挨拶を放つ。
「……アンタ、何よそれ」
拓哉が持っていたパックを目ざとく見つけ、取り上げる。
「ぽけもんかーどげーむ……?」
パックを読み上げるとそれを後ろに放り投げ、母は拓哉の服を掴む。
「いい御身分でして!」
拓哉はそのまま後ろに押され、床に倒れこむ。母の怒りは止まらなく、頭を抱えてうずくまっている拓哉に追い打ちをかけるよう蹴りを何度も入れていく。
「アンタ育てるのにどれだけ苦労してるか分かってるの!? アンタにどれだけ金とられてるか分かってるの!?」
声を荒げ、何度も何度も拓哉に蹴りを入れていく。そして蹴られていく度に拓哉の憎悪は拡大していく。
「このゴミっ……!」
と叫び、再び拓哉に蹴りかかろうとした途端。ふと空気の流れが変わった。
「おい……。どっちがゴミか教えてやろうか?」
頭を抱えてうずくまっていた拓哉が、蹴りかかろうとしていた母の脚を掴む。拓哉の真っすぐストレートの髪が、怒りの感情を現わすかのように方々にはねている。
力を入れて脚を掴んでいるためか母は痛がり、狂乱ゆえに声にならない悲鳴を叫び続ける。
「おらぁ!」
そのまま逆に母を押し倒し、母を無視して拓哉は投げ捨てられたパックを拾いに行く。
「アンタ、どうなるか分かってるでしょうね! 私に手を……」
「貴様の運を試してやるよ」
拓哉は母の言葉を流し、拓哉はパックを開封する。
母は拓哉を殴りつけようと近づこうとしたが体が思うように動かない。
拓哉からの剣幕、威圧感が自然に動きを妨げていた。逆光で拓哉の顔はよく見えないが、声は笑っている。
通常、ポケモンカードゲームに入っているカードは十一枚入っているが、拓哉はその十一枚をシャッフルしランダムに一枚抜き取る。
「ほぉ、サマヨールか。当たりだな」
拓哉がサマヨールのカードを母親に向けると、カードが黒い靄に包まれていく。
「さぁ、恐怖に慄け!」
黒い靄は母の手前で止まり、何かを形成していく。モゾモゾと音を立て、カードと同じ絵の───サマヨールが現れる。
拓哉がやれ、と言うと、サマヨールのその両手が母を掴む。するとサマヨール諸共跡形もなく綺麗に消えていく。
母が最後に見た拓哉の顔は極上の悦びに浸っていた顔だった。
翔「今回のキーカードはサマヨールだ!
なんと相手の手札もトラッシュできちゃうカードだ」
サマヨールLv.41 HP80 超 (破空)
超 やみのひとつめ 20
のぞむなら、自分の手札を1枚トラッシュしてよい。その場合、相手プレイヤーも手札を1枚トラッシュ。
超無無 おそいかかる 40+
コインを一回投げオモテなら、20ダメージを追加。
弱点 悪+20 抵抗力 無色−20 にげる 1