「なんだ勝ったのかよ、期待外れだぜ」
キキョウジムを出たダルマを迎えたのは、ゴロウの皮肉と旅装束のユミであった。
「そいつは悪かったな、期待を裏切って」
ダルマは誇らしげに答えた。右手には手に入れたばかりのウイングバッジが握られている。
「ダルマ様、さすがですわ!」
「いやぁ、それほどでも」
ユミの賛辞に、ダルマは思わず頭を掻いた。もっとも、視線はユミの姿に釘付けだった。昨日のパーカー姿では目立たなかったが、山あり谷ありの非常にスレンダーな体つきで、ダルマが釘付けになるのも無理もない。膝上20センチはあろう、もはやハーフといえないデニムのハーフパンツに、黒を基調としたチェックのレギンス、手首まである藍色のボディシャツ、そしてその上には赤色のTシャツといった出で立ちである。また、履いている旅行用のブーツは新品そのものだ。
「ところで、これからどうしますか?」
ふと、ユミが尋ねた。キキョウシティは様々な道に分かれているのだが、ジム巡りをする際は32番道路を通るのが慣例となっている。
「そうだなぁ、ここからなら南のヒワダタウンが近いかな」
ダルマはズボンのポケットからポケギアを取り出し、地図を眺めた。ポケギアとは、多機能かつシンプルな携帯式の電話であり、今年の期待商品である。
「おいダルマ、ヒワダに行くなら途中にあるアルフの遺跡に行こうぜ!」
「アルフの遺跡?なんだそれ」
ダルマは首を傾げながらゴロウに聞いた。
「アルフの遺跡ってのは、この辺りにある何千年も昔の遺跡のことだ。せっかく旅をするんだ、色々見て回らないともったいないだろ?」
「確かに、それもそうだな。ユミはどう思う?」
「はい、私もとても興味があります。まだ時間も早いですし、良いと思いますよ」
「そうか。それじゃ、行くか!」
こうして、ダルマ一行はキキョウシティの南、アルフの遺跡へと向かうのであった。
アルフの遺跡は、全国でも屈指の謎を抱える場所だ。ラジオで謎の音が発生する、壁に描かれた模様、石板のパズルなど、様々である。一体誰が何のためにこれらを作ったのか、いまだにそのほとんどが解決されてない。
そんな遺跡の東口に、ダルマ達はやってきた。彼らの目の前には、まばらな人の姿や石室が見える。白衣を着た研究者らしき人や、普通の旅人の足音以外は聞こえてこない。ちょうど雪の降る真夜中といったところだ。
「ここがアルフの遺跡か」
「何だか神秘的な雰囲気がしますね」
「これはもうロマンの匂いがするな!」
ダルマ、ユミ、ゴロウは思い思いの第一声を発した。これらもすぐに吸い込まれていく。
「早速回ってみましょう!」
「そうだな、まずはあの中からだ」
ダルマは目の前にある最も広い石室の中へ足を踏み入れた。ユミとゴロウも後に続いた。
「こ、これは!」
3人は中に入った途端、息を呑んだ。まず目に飛び込むのは、壁に隙間なく描かれた模様である。驚くべきことに、この模様は現代の文字とよく似ている。だが、彼らが最も驚いたのはこの程度のことではない。なんと、模様と同じ姿の生き物がいるではないか。
「あの生き物、もしかしてポケモンか?」
「多分な。あんな不可思議な姿なのは違和感あるが」
「そいつらはアンノーンだよ」
突然背後から声が響き、3人は振り返った。そこには、白衣と坊主頭がよく映える男がいた。
「あなたは誰ですか?」
「俺か?俺はパウル、研究者だ。よければ遺跡について説明するが、どうだい?」
「ええ、是非ともお願いします」
ユミが簡単に応対すると、パウル研究員は説明を始めた。
「よし、まずはアンノーンについてだ。アンノーンってのはシンボルポケモンと言われていて、姿が28種類もあるかなり珍しいポケモンだ。主に全国各地の古代の遺跡に生息している」
「え、ここだけじゃねえのか?」
ゴロウがこう聞くと、パウルはすかさずこう答えた。
「そこなんだ、問題は。なぜ別の場所にもいるのか?地方を行き来していた証拠があるのはカントーとジョウトくらい。しかし実際は全く環境の違うシンオウ地方やナナシマでも発見されている。」
「昔は同じ場所だったんじゃないですか?」
今度はダルマが尋ねた。これも即答である。
「確かに陸地は何回か大移動している。しかし、この辺りに人やポケモンが住み着いたのは早くても数万年ほども前だ。その頃はもう大体現在の型になっているんだよ」
ここまで話すと、パウルは頭をかいた。そしてまたしゃべった。
「このままじゃ他に先を越されちまうよ、ハハハ……」
「先を越されるってどういうことですか?」
「いやね、全国にはアンノーン研究会ってのがあって、それぞれが分かれて研究しているわけ。みんな野心があるから、他は少しずつだけど進んでいるらしいんだ。ところがここだけ中々進まないから、いずれ大発見を先に見つけらてしまうだろうさ」
パウルはそう言うと、左上を見た。そこでは「!」によく似たアンノーンが天井に張り付いて昼寝をしている。
「なあ、何か良いアイデアはないかい?若いトレーナーさん達よお」
「うーん、俺にはわからん!後は任せた、ダルマ!」
「おいゴロウ、少しは考えるそぶりを見せろ。……ユミは何か思いついた?」
「え、私ですか?」
「何かないかい、お嬢ちゃん。ほんの少しでも良いからさ」
パウルとダルマ達はユミを見つめた。ユミは首を少し左に傾け答えた。
「そうですね……もしかしたら、モンスターボールで運んだのでは?」
「も、モンスターボール?」
「はい、モンスターボールです」
ややのけぞったパウルを見て、ユミは続けた。
「ポケモンはモンスターボールに入ることができます。では、いつから入ることができるようになったのでしょうか?少なくとも、千年以上前のはずです。もし昔からモンスターボールがあったなら、跡を残さずに移動できるのでは?」
「……なるほど、古代のモンスターボールか」
パウルはしばらくあご髭を触りながら何か考えていたが、やがて口を開いた。
「いやはや、これは中々興味深い意見だ。是非とも参考にさせてもらうよ」
「あ、ありがとうございます!」
ユミは目を輝かせながら、深々と頭を下げた。
「すごいなユミ、こんなに短い間にここまで考えるなんて。探検家でも目指しているのか?」
「はい、実はそうなんです。世界中の宝物に最初に会えるなんて、とても素敵ですから」
ダルマの言葉に、ユミは水を得た魚のごとくいきいきと答えた。
「よーし、では貴重な意見の礼に色々案内しよう。しっかり見ていってくれよ!」
話が終わると、パウルが3人を引き連れ歩きだした。その白衣をたなびかせて。
「今日は色々ありがとうございました」
2時間ほど経った後、ダルマ達はアルフの遺跡研究所の前までたどり着いた。日は既に高く、正午が近いことを告げている。そんな中、ダルマがパウルに礼をした。
「いいってことよ、こちらも助かった。……そうだ!」
パウルはおもむろに腰に装着しているボールを手に取った。
「この中にはポケモンのタマゴがある。お嬢ちゃんにあげよう」
「え、私ですか?」
「そうだ。研究者ってのは中々律儀なんだよ。さあ、受け取ってくれ」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
パウルはユミにボールを投げ、ユミは上手くキャッチした。ユミの新しい仲間は、ときどき動くようだ。
「それでは、俺達はこれで失礼します」
「また来るぜ!」
「タマゴ、大事にしますね」
「達者でな!」
皆それぞれに別れの挨拶をし、3人はアルフの遺跡を後にした。1日はまだ始まったばかりである。