「さすがに人が立ち入らない場所とだけあって、うっそうとしてるな」
「これだけ木々に囲まれては、野生ポケモンもあまりいないでしょうね」
最後の訓練から一夜明けた早朝、ダルマ達は決戦の地へ向けて出発していた。進路は、アルフの遺跡の西側にある森林地帯を踏破し、コガネシティの東側から突入するというものである。コガネ東部にはがらん堂の敷地があり、これを奇襲できる点で優れている。だが、その前に最後の難関である大自然が立ちはだかる。
「山道はまだしも、旧道の1本もないとは驚くばかりだな」
「まあ、既に平地に道路がありますからね」
ダルマはハンサムの言葉にさらりと返答した。この辺りは深い森だけでなく、山でもあるのだ。傾斜と遮られた視界のダブルパンチが、道行く者を苦しめる。ダルマはやや息切れをしながらも山中に分け入っていく。
「私達がこの森に入ったのは午前3時。予想では15時間ほどで市街地に到達する。現在は午前8時、もう朝日が射し込んでも良い時間帯だが、いまだに暗いな」
ハンサムは頭上を見上げた。空には雲1つない。代わりに木々の枝や葉が所狭しと並ぶ。おかげで彼らの足下は一向に明るくならない。
「仕方ないです、このような場所ですもの。それよりも、今日中にはコガネシティに入りたいですね」
「ああ、まったくだ。早くこの汚名を返上してポケモンリーグに……あれ?」
ダルマは汗を拭いながらも、ある光景に目を奪われた。そこにいるのは1匹のポケモンである。全身は茜色に染まり、大きな瞳と6本の尻尾が特徴的だ。だが、彼が引き付けられたのはそのようなことではない。なんと、そのポケモンの周りにだけ日光が降り注いでいるのだ。もちろん、ポケモンの上も葉っぱやつるで覆われている。
「こうした僻地にもポケモンはいるのですね。ダルマ様、どうしますか?」
「……まだ気付いてないな。今のうちに、クイックボールの出番だ」
ダルマはリュックのボールポケットからあるボールを取り出した。青地に黄色でバツマークが描かれたボールである。ダルマはそれをポケモンに投げつけた。ポケモンは逃げる暇なくボールに吸収された。しばらくボールは揺れていたが、やがてそれも納まる。ダルマはおとなしくなったボールを手に取り、図鑑で調べた。
「えーと、このポケモンはどうやらロコンのようだな」
「ほう、こんなじめじめした地域にロコンとは……って、これは!」
「どうしたんですかハンサムさん?」
図鑑をそっと盗み見していたハンサムは、いきなり叫んだ。彼に他のメンバーの視線が集まる。
「そ、そのロコンの特性……ひでりではないか」
「ひでり?」
「確か、バトルに出すと天気が晴れになるはずです。一般に、伝説のポケモンが持つ特性ですよね、ハンサム様」
「そうだ。ポケモンにはたまに、新しい特性を持った個体が生まれる。ダルマ君のカモネギにユミ君のイーブイもその類だ。ひでりロコンもそうしたポケモンなのだが、この特性は非常に危険なものとされている」
「危険なもの? ロコンの周りくらいしか晴れてませんでしたよ」
ダルマは首を捻る。そのまま進んでいたのでつまずいた。いまいち実感が沸いてない様子である。ハンサムは解説を続けた。
「それは普段抑えているだけで、実際は陽炎を発生させることだってできる。……ここから離れたホウエン地方である事件が起こったことがあるのだが、その時この特性が悪用された。それはホウエンの大地を荒れさせ、復旧まで時間を要した。そうでなくても、天気を変える特性はバトルで絶大な影響力を持つ。それゆえ密猟や密輸が絶えない。今は取り締まりを強化したから沈静化したが、野生では絶滅したとも考えられていたんだ。まさか生き残りがいたとは……生きていれば色々な縁があるものだな」
ハンサムは歩きながら何度も頷く。ダルマはボールを見つめながら、ハンサムに問うた。
「で、でもちゃんと扱えば大丈夫ですよね?」
「……それは微妙だ。自分だけはと言う者に限って、コントロールできずに捨てていく。私も現場で幾重に渡り見てきたさ」
「そんな、ダルマ様は立派なトレーナーです! この子もきっと……」
「もちろんそれはわかっている。私も君なら問題ないと思うよ。船上で会った時から随分成長しているからね」
ハンサムは朗らかに笑い声をあげた。落ち葉が口の中に入ったが、それを吐きだすとダルマの肩を叩いた。
「この件は口外しないでおこう、全て君に任せる。ただし最後まで面倒みるようにな」
「ハンサムさん……心遣い、感謝します」
ダルマは頭を下げた。ハンサムは前を向くと、また1歩ずつ前進しだした。
「それでは、再び出発だ! 一刻も早くがらん堂を捕まえねばな!」
ハンサムが先頭を快走する後ろで、ダルマとユミ達は着実に山を登る。彼らの足下には先程とは異なり、仄かな木漏れ日が届くのであった。
「……久しぶりだな、ジョバンニ。最後に会ったのは10年前か」
「その通りでーす。しかし……まさかあなたとこんな形で再会するとは思いませんでしたよ」
「ふん。その様子だと、もう気付いちまったようだな。先手を打って正解だぜ」
「当然でーす。電波研究をしていた彼女の亡き今、それを形にできるのはあなたくらいしかいませんからねー。ところで……なぜこのような騒乱を起こしたのですか? 彼女の研究成果まで悪用する必要のある理由なのですか?」
「黙れ、気安くあいつの話をするな。それに、理由ならあるさ。俺を葬った奴らへの復讐という目的がな。……あいつは優秀な女だったよ、体を張って悪人を示してくれたからな。俺はその想いに応えてやるだけだ」
「なーるほど。しかしそうしたところで、彼女は戻ってきませーん。進むべき道を間違えたのではありませんかー?」
「……フハハハハハ! 貴様も老けたものだ、ジョバンニよ。俺の研究テーマを忘れたのか?」
「あ、あなたの研究テーマですかー?」
「そうだ。俺の研究は正しかった。そしてそれは歴史さえ動かすことができる。貴様の命と引き換えに、全てを元通りにしてやる。悪く思うなよ? あいつが教えてくれたからな、元凶は貴様だと!」
・次回予告
コガネシティに足を踏み入れたダルマ達は、作戦通りまとまって進むことに。ところががらん堂幹部に囲まれ、分散を余儀なくされるのであった。次回、第53話「運命の夜」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.33
皆さん大好きな狐ポケモンの登場回でした。私はロコンキュウコンはそこまで好きというわけではありませんが、特性がダルマにぴったりなので採用しました。これでダルマのパーティは原型ができました。キマワリをエースとした追い風晴れパです。果たしてどれだけ戦えるのか。
ストーリーも佳境ですね。コガネにたどり着いた先には何が待っているのか。乞うご期待。
あつあ通信vol.33、編者あつあつおでん