「ところでナズナさんよ、1つ聞いて良いか?」
「なんですか?」
俺は茶を飲みながら彼女に尋ねた。俺の視界には日めくりが映っている。今日は8月17日だ。まだまだ暑い日が続くが、時折涼しい風が吹き込むと得も言われぬ気分になる。やはり暑いからこそ涼しさが身に染みる。
「あんたはタンバの出身なのか?」
俺は単刀直入に聞いた。そう、俺が最も気になる点はそれだ。10年前に姿を消したのもナズナなら、この女もナズナ。見た目も大して差異が無い。気にならない方がどうかしている。
「私の出身ですか。……ま、テンサイさんなら大丈夫かな。私、元々はコガネシティに住んでたんです。でも、ちょっとした事故が原因で流れ着いたというわけです」
彼女の言葉に俺はむせ込んだ。俺はそれから深呼吸をし、事実関係の確認をした。
「ま、まさか……10年前に起こった研究所での爆発事故か?」
「あ、ご存知でしたか」
「まあな。かなり派手に報道されたから、あんたの名前を聞いた時にもしやと思ったんだ」
事故……いや、事件の当事者だからな、俺は。これを覚えてなかったら、俺はよほどの薄情者か、あるいはぼけてきたかのどちらかだ。しかし……生きていたか。全くもってうれしい限りだぜ。俺は何度も頷いた。だが同時に、罪悪感にも襲われる。果たして、事件の真相を知ったら彼女はどう思うのか。それを考えると、非常に居心地が悪くなってきた。俺は茶を飲み干すと、立ち上がって玄関へ向かった。
「少し散歩してくる」
「はーい。ご飯の時間までには帰ってきてくださいね」
「ほう、職業安定所か。行くあてもない今、仕事の1つくらい探さないと申し訳が立たないしな。少し見てみるか」
しばらくほっつき歩いていたら、町の外れにある小さな建物を見つけた。潮風に当たるせいか、やや古くさい。
俺は重い引き戸を引き、中に入った。まず目に飛び込んできたのは、壁に貼られた求人票だ。早速目ぼしいものを探すとするか。
「何々、工事現場での作業に飲食店のホール、掃除等か。種類自体は多いが……どれもこれも時給制だな。職業安定所のくせにこんなものばかりで良いのかよ」
「おやあんた、何か仕事をお探しかい?」
俺が毒づいた直後、背後から声をかけられた。振り向くと、ミックスオレの缶を持った男がいるじゃねえか。あと、小さな紙片を握っている。この口調からするに、ここの管理人か。
「……あんたが誰かは知らねえが、これだけは言える。仕事を探すつもりの無い奴がこんなところに来るもんか」
「はっは、まあそう言いなさんな。しかし最近は中々求人が来ないんだよねえ」
「ん、確かに。この求人票、どれもこれも1か月以上も前のものだ」
俺は求人票を1枚ずつチェックした。それを見ていると、今が何月か分からなくなりそうだ。大体が7月中頃のものである。6月なんてやつもあった。男はミックスオレに手をつけながら説明する。
「そこまで余裕が無いんだろうねえ。最近は不景気というお題目を唱えられると、求人の拒否だってまともなことのようにされてしまう。……ところがの、たった今新しい求人が来たんだよ。しかもかなり条件が良い。見てみなさい」
「そりゃどうも。どれどれ……」
俺は、男が持つ紙きれに目を通した。……これは、およそ若手が貰える額じゃねえな。内容を吟味すると、明らかにベテランを狙っている。俺も長いことやってきたが……悪くない。やってみるか。どのみち、こんな年寄りを雇う店なんざ無さそうだしな。
「よし、早速準備をするか。それじゃ、失礼させてもらうぜ」
俺は男に一礼すると、一目散に戻るのだった。
・次回予告
俺が向かったのは、非常にでかい施設だった。そこで採用試験を受けるのだが、その内容は予想だにしないものだった。果たして、採用する気があるのか。次回、第4話「採用試験」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.70
なんだか、ただでさえ字数が少ないのに、最近はそれに拍車がかかったような気がします。一人称ってこんなに書くこと少ないんですかねえ。それなら丁寧に書けば良いだろという話になるのですが、そうするとくどくなると言う罠。まあ、もうすぐバトルが始まるので、そうなればこんなこと考える必要は無くなるでしょう。
あつあ通信vol.70、編者あつあつおでん