「テンサイさん、大丈夫ですか?」
「……ああ、このくらいどうということはねえ。こっぴどく書かれちまったがな」
9月14日の月曜日、早朝。俺とナズナは職員室で話し込んでいた。まだ人も少ないから良い気分……と言いたいが、問題が1つ。彼女と席が隣同士なのだ。もう2週間になるが、昔を思い出して中々気まずい。
俺は、さっきまで読んでいた新聞を広げて彼女に見せた。彼女は紙面を眺めると、みるみる膨れっ面になる。
「『化けの皮剥がれたり』、『祝廃部』……随分酷い内容ですね」
「だろ? 所詮マスゴミ、広告主や権力者に都合の良い記事しか書かねえのさ。あとは人の感情を逆撫でするような話。誰も廃部するなんて言ってねえのによ。ま、10年前に身を以て経験してるから、大して驚くことではないさ」
「えっ……10年前に何かあったんですか?」
おっと、俺としたことが口を滑らしちまった。これだからおしゃべりは困る。俺は彼女を睨みつけながらこう釘を刺した。
「何もねえよ。それと、最後のは聞かなかったことにしてくれ」
「は、はい」
よし、どうやらしばらくは大丈夫そうだな。サングラス越しでは俺の瞳は見えねえが、声と雰囲気がある。彼女は表情が固まり、静かに仕事の準備を始めた。さて、俺も今日の内容をおさらいしておくか。これでも今は教師だからな。
そんなことを考えていると、職員室に1人の男が入ってきた。校長のシジマだ。ややきつめの背広を着た中で頭から湯気が立っているのを見る限りでは、朝のトレーニングの後といった様子だな。急いで着替えたのだろう。しかし、その割には元気がないようだが。
「お、校長じゃないですか。こんな朝っぱらから何故に青ざめているのです?」
「……テンサイか。土曜の大会は大変だったようだな」
「ま、そうでもないですよ。マスゴミに捏造記事を書かれるくらい、問題ではない」
「あ、あの記事を見たのか! うーむ、どう説明したら良いものか……」
なんだ、校長はいきなり腕組みしながら考えだしたぞ。どうやら、何か事情を知っているようだな。俺は尋ねようとして、しかしどこからか届く甲高い声に遮られた。
「おーほっほっほっほ、ならば私が説明してさしあげましょう」
俺達は声の方向を向いた。口調は女だが、姿は男か。しみ1つ無い純白のスーツに、しみを全て隠す程黒いネクタイがやけに目立つ。こいつは……職場を間違えているようだな。まあ、俺が言えた立場じゃねえが。
「誰だあんた? あまり見かけない顔だが」
「……あら、新入りみたいね。よく覚えておきなさい、私はこの学園の教頭、ホンガンジよ。それと、さっきの『捏造』の言葉を取り消しなさい」
こいつが教頭か。何故こんな奴を教頭にしたか理解に苦しむ雰囲気だな。だが、そんなことはおくびにも出さず奴に問うた。
「おいおい、随分なご挨拶じゃないか。確かに俺は一言も語っていない。にもかかわらずそう言うからには、それなりの根拠があるんだろうな」
「もちろんあるに決まっているじゃない。この記事は私の言葉をそのまま載せ
ちゃったのよ」
「……なんだと?」
やってくれるぜ。黙っていりゃ、ただの変わった服装のおっさんとしか思われねえものを。オカマ口調をさらけだした上に職場を陥れるような発言をするたあ、見上げた根性だ。俺の頭に幾筋の血管が浮かび上がる。
「あの無様な負け戦の後にね、私に取材が来たの。で、うっかり口を滑らしてしまっという訳ね。お分かり? うっかりとは言え、1度言ったことは取り消せないわよねえ。そういうことだから……さっさと廃部してもらえないかしら」
教頭はお構い無しに言いたい放題。火に油を注ぐとはまさにこのこと。俺も意地になってくる。
「あのなあ……そんな脅しが俺に効くとでも思ったのか? 理不尽な理由に強引な手法。廃部にする根拠になってないぜ」
「……ふーん、そういう態度取っちゃうのね。なら容赦しないわ、今すぐ潰してあ、げ、る」
教頭は懐から何か取り出した。あれはもしや、部に関する書類か。付近にはシュレッダーが狙ったかのように鎮座する。まずいな。俺としたことが、ついつい感情的になってたぜ。今のうちに軌道修正せねば。
「……待った。1つ俺の話を聞いてくれ」
俺は片膝をついた。その姿はさながら、主君の前にいる忠臣だろう。俺の行動を、皆は注意深く眺める。俺は続けた。
「1年間の猶予をくれ。今すぐ廃部にしたら、あんたの手法が批判されるかもしれねえ。だが1年間存続させてくれさえすれば、必ず試合に勝てる程度に建て直してみせる。その時は存続させてもらおう。しかしもし勝てなければ、潰してくれて一向に構わん。これならあんたも寛大と言う評価がされる。悪い動きには見えないだろ?」
「……あら、私と勝負と言う訳ね。随分久々だわ、私に楯突く奴は。けど、確かに悪くない選択肢。それに、あなたが悔しがる顔も見てみたいし……わかったわ。今回はあなたの無鉄砲さに免じて見逃してあげましょう。ただし、来年の公式大会で勝つことができなかったら、その瞬間廃部にするわよ。ま、せいぜい私を楽しませてちょうだいね、おーほっほっほっほ!」
ホンガンジ教頭は高笑いをすると、ご機嫌な足取りで職員室を後にするのであった。あんたは一体なんのためにここへ来たんだよ。
「……あいつ、どこかで見たことあるような」
そうだ。奴と話している間、どこか知り合いのような雰囲気を感じた。だが俺の知り合いにオカマ口調の男なんざいねえ。果たして……。
「テンサイさん、あんな賭けをして大丈夫なんですか?」
考え込む中、ナズナの声で我に帰った。見ず知らずの人の心配とは、昔から変わってないな。
「大丈夫だ、問題無い。もし問題があれば、あんた達に1番良い助けを頼むさ」
俺はリップサービスをしておいた。こうでも言わねえと厄介だからな。
「すまんの、テンサイ。あやつの横暴は以前からあったのだが、何故か今回は露骨なまでにポケモンバトル部を敵視しておる」
校長が申し訳なさそうに頭を下げた。面接の時に見せた、豪快な面影は隠れちまっている。それにしても、聞き捨てならない情報だな。
「なんか利害でも絡んでいるということか?」
「それは分からん。あやつはポケモンコンテスト部の顧問じゃから、目立ちたいのかもしれんの。それにしても今回はあまりに過激というのが引っ掛かる」
「クビにはできないのですか?」
ナズナはさらっと強烈なことを言うな。どうも嫌われているようだな、あの教頭は。
「それがの……あやつとは3年契約で、今の1年が卒業するまでは解雇できないのだ。そう言うルールになっておるからの」
「なるほどな。まあ、気にするこたあねえですよ。俺は頼まれた仕事を淡々とこなすだけ、誰が邪魔をしても遂行してみせますよ。さ、そろそろ仕事に取り掛かるぜ」
・次回予告
さて、いよいよ本格的な練習に着手するぞ。以前から鍛錬は本人に任せていたが、さすがにあの面子では先が知れている。そこで、若かりし頃の俺の練習メニューを課してみることにしたのだが……。次回、第13話「体を鍛えろ」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.78
皆さんが小説を書こうor読もうと思った理由はなんですか? 私は気まぐれにページを開くのであまり理由はないのですが、タイトルを見て面白そうというのは結構大きいですね。また、書こうと思った理由としては、とにかく自己満足が第一です。自分が面白いと思える作品を作ろうというわけですよ。その結果が、今のダメージ計算に忠実なバトルだったりするのです。もっとも、これら公にされているもの以外にも数多くの黒歴史作品が眠っています。
あつあ通信vol.78、編者あつあつおでん