「よし、今日はここまでだ。各人日曜日は体を休め、来るべき月曜日に備えるように」
「も、もう駄目だぁ……」
9月19日、土曜日。太陽が南中する頃に、今日の訓練を切り上げた。訓練と言っても軽いもので、手始めに5km程走り、筋トレを行うだけなのだが。しかしこの3人には堪えた様子だ。
「おいおい、この程度で音を上げるなよ。若い奴ならすぐに楽になる、しばらくは辛抱するんだな」
「お、鬼でマス……サディストでマス!」
ターリブンは頭から湯気を放った。湯気ってのは寒くなくても出るんだな。今の勢いなら、タービンを回して発電できそうだ。
「まあまあ、落ち着いてくださいターリブンさん。きっと先生も、私達のことを考えてこうしていらっしゃるのでしょうから」
「……やっぱり元気が出てきたでマス! ラディヤちゃんは女神様でマス〜」
……管理も楽そうだ。イスムカがはぶられている気がしないでもないが、気のせいだろう。
「テンサイさーん!」
馬鹿なことを考えていると、誰かが俺の元へ近づいてきた。いつもの声である。
「む、ナズナ先生か。一体どうしたんだ?」
俺は声の主、ナズナに問うた。彼女は右手に花束、左手にかばんを持っている。家に飾るつもりなのか? そんな予想をしていたが、彼女の答えは意外なものであった。
「今からお見舞いに行こうと思うんですけど、一緒にどうですか? 部員のみんなもどう?」
「見舞いか、誰のだ?」
「それはもちろん、テンサイさんが来る前にいたバトル部の顧問さんですよ」
「ほう。そういえばまだ会ったことはなかったな」
確か、マーヤとか言ったか。練習中の怪我に部員の不祥事と、中々の厄年なんだろう。彼女は説明を続ける。
「すごく部活に力を入れていたから、怪我をしたときはとても落ち込んでいたんです。部員がいなくなったことも知ってるはずですし……。そこで、元気な姿を見せて安心させちゃおうってわけです」
「なるほど。まあ、今日はもう訓練も終わったし、勉強も平日にやらせれば問題あるまい。おいお前達、今から見舞いに行くぞ。ついでに後で昼飯おごってやろう」
「おお、太っ腹でマス。早速行くでマス!」
飯に反応したターリブンを先頭に、俺達は入院先の病院に向かうのだった。……これだけ食いつくなら、訓練の餌に使えるかもな。
「この部屋か」
場所は変わってタンバ総合病院。町中にあるこの病院は、古き良き建物が立ち並ぶ中でもかなり浮いている。しかも人口は少ないにもかかわらず、受付はごった返しときた。年寄りが多いのか、不健康な奴が多いのか。
ま、気にすることじゃねえ。俺は扉をノックした。中からどうぞと返事が届く。俺は扉を開き、病室に入った。
「失礼します」
ほう、個室か。病室と言うと相部屋のイメージがあるのだが、良い部屋だ。中身はごく普通、ベッドに机、テレビが置いてあるばかりである。そして、俺達の目の前に1人の男がいた。黒髪の短髪で、もみあげがあごでつながっている。しかし不精と言うわけでもなさそうで、もみあげの幅が整えられている。また、髭はない。患者用の服を着て本を読んでいたが、俺達に気付くと本を机に積み上げた。積み上げたと表現したのは、机に何冊も本があるからだ。そして、男は朗らかな声で応対する。
「いらっしゃい。……ん? んんんんん? ナズナちゃんじゃないか! そして後ろにいるのは愛すべき部員達! ……少し顔ぶれが変わっちゃってるけど」
「マーヤ先生こんにちは。今日は新たな部員を連れてきましたよ。さ、みんな挨拶して」
俺達の会話は自己紹介から始まった。……俺も名乗るべきなのか?
「イスムカです。先生がお元気そうでなによりです」
「ラディヤと申します。この度入部させていただきました」
「オイラはターリブンでマス。オイラが入ったからにはすぐに全国に行けるでマスよ」
「うんうん、よろしく。壊滅したはずだけど、これは心強いな。……で、サングラスをかけたのがもしかして?」
マーヤは終始笑顔だったが、俺について尋ねると目の色が変わった。それに伴い顔も引き締まる。
「はい、先生の代わりにやってきたテンサイさんです。なんと校長に勝っちゃうくらい強いんですよ」
「……テンサイです、至らぬ者ですが精一杯指導をしています」
俺は軽く会釈をした。先程まで厳しい表情だったマーヤは、ナズナの一言で明るくなった。くるくる表情が変わるな。
「へー、あの校長にかい。今では全国でも評判のあの人でもかなわないか……あれ?」
「どうしましたか?」
ふと、ナズナがマーヤに突っ込んだ。ま、いかにも何かありそうな口ぶりだったしな。
「僕が読んでる本の作者さんに、どことなく似ている気がしてね。ほら、この人だよ」
マーヤはテーブルに積まれている本から1冊取り出し、俺達に見せた。タイトルは『重力パーティ理論』か。表紙をめくったページに作者の写真が載ってあ
る。手ぬぐいを頭に巻き、白衣をまとう男だ。……俺が誰よりもよく知る男である。
「……トウサか。確か、一昔前話題になった科学者だよな」
俺はふとつぶやいた。……トウサ、これは俺の最初の名前。種々の事情で姿を隠し、サトウキビと名乗った。もっとも、今ではサトウキビの名も捨てたがな。
「あれ、テンサイ君も知ってたの? やっぱり彼はすごいねえ、いなくなった後でも大きな影響力を持っている……2人ともどうしたの、暗い顔しちゃって」
「別に俺はいつも通りですよ」
「そ、そうですよ! 気にしないでください」
俺とナズナは適当にごまかしておいた。片や本人、片や当人の相方だったんだ、気まずいのは当然のことだ。……それにしても、俺自身も驚いたぜ。何せ、10年以上も前に出した本をいまだに読んでいる奴がいるんだからな。さすがに時代遅れだろうに、俺だってまめに調整を変えたりするんだから。
「ふーん、ならそうしとくよ。しっかし、ナズナちゃんにも新たなボーイフレンドができたせいか、以前にも増して美人になってるね」
「ふふ、いつも冗談が上手ですね」
「ははは、ナズナちゃんにはかなわないなあ。……ところでテンサイ君、ちょっと頼まれてくれないかな?」
「何をですか?」
俺の返答を聞くと、マーヤはすかさずこう切り出した。
「是非とも君と勝負してみたいんだけどさ、どう? これでもね、少しは名の売れたトレーナーなんだよ僕。これも何かの縁、部員にポケモンバトルの真髄を垣間見させる、良い機会だと思わないかい?」
「……なるほど。悪くないでしょう。しかしその体でバトルなんてできるのですか?」
俺はマーヤの右足を指差した。右足には包帯がぐるぐる巻かれ、枕を置いて位置を高くしている。ついでに、足を伸ばすためのおもりが、紐で足とつながれてベッドからぶらさがっている。どう見ても骨折しているぞこれは。
「なあに、心配無いさ。車椅子があるから指示くらい出せる。そういうことだからさ、さっさと外に出ようよ」
「……分かりました。おいお前さん達、行くぞ」
俺はうなずくと、イスムカ達を連れて外に出るのであった。では、俺の読者のお手並み拝見といくか。
・次回予告
さて、顧問のマーヤと戦うことになった。俺はいつものようにカイリューを軸にするも……まさかあのような戦術を使うとは思わなかったぜ。次回、第15話「晴れの男」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.80
今回初登場したマーヤ先生、名前の由来はツイッターでの募集になります。流月さんが最初に反応してくれたので、採用させてもらいました。キャラの設定上中々登場しないのですがね。今回のような登場人物の名前の募集は、たまにツイッターでやります。私の名前で検索すればたぶん見つかるでしょう。
あつあ通信vol.80、編者あつあつおでん