POCKET
MONSTER
PARENT
6
『欲望は違法で満たされる』
ほんのわずかな星屑と、丸みを帯びた半月が、夜空に浮かんで光を放つ。
実家から逃げ出したものの、泊まるあてはない。
シオンは仕方なく今日の宿をあきらめ、ただひたすらに歩いていた。
せっかくなので、宿よりも欲しかったポケモンの在り処を目指して歩いた。
ほおを伝っていたはずの涙は、夜風に吹かれて乾いて消えた。
トキワシティの果てをシオンは見つめた。
人を通さぬ森の壁が連なっている。
街と外の世界を繋ぐ二番道路を視認する。
道は、シオンの知らない誰かによって立ち塞がれていた。
昼間の少女とは別の人物であるようだったが、
シオンが乗り越えなければならない存在に違いはなかった。
シオンは握りしめた拳を、名前も知らない青年を狙って、勢いよく突きつけた。
パァン!
不意打ちのパンチは、青年の手の平に収まってしまった。
分厚い手の平はシオンの拳を握りしめ、
百円玉をセットしたガチャガチャのようにひねりあげる。
「うぎゃぁあああああ!」
たまらず絶叫をあげた。
腕がねじ切れんばかりの激痛に襲われ、シオンは宙を一回転し、しりもちをついた。
尻にしびれるような痛みがヒリヒリと響いた。
「なんて酷い奴だ! 俺の腕がちぎれるところだったぞ!」
「いやいや、僕だって君ほど酷い男じゃないよ。いきなり殴ってくるなんて危ないじゃないか」
青年は野太い声で言った。
シオンが顔を上げると、青年の丸い瞳と目が合った。
狙われている。
シオンは思い出したように恐怖し、
慌てて拳を引っこ抜いて、急いでその場から離れた。
「くっそぉ、なんて力だ。一体何者なんだ?」
「何者って……ただのポケモントレーナーだよ。バイト中のね」
真っ赤な学ラン姿の青年が、西洋風の街路灯に照らされていた。
青年は背が高く、体格も大きく、シオンにはただのポケモントレーナーには見えなかった。
服を着た喋るゴーリキーのように思えた。
「それより、僕に喧嘩の用があるっていうんなら、帰ってもらうけど?」
青年はおどすように、指の関節をポキポキ鳴らした。
棒立ちしていたシオンは、一瞬で正座の態勢に移った。
そして、ためらいなく、前髪と両手を地面にたたきつけた。
そのまま彫刻のように固まる。
今日一日でシオンの土下座は、
なめらかでキレのある素早い動きで完璧なフォームを叩きだせるほどの進化を遂げていた。
「……そこまで真剣に謝るくらいなら、最初から殴ってこなけりゃいいのに」
「たのみがあります」
「えっ? 謝ってるんじゃないんの? 土下座でお願いしてたの?」
「はい。あなたしか頼れる相手がいません。一生のお願いです!」
暗い土の上を見つめながらシオンは祈る。
自分にとって都合のよい答えが返ってくると全力で信じて言った。
「お願いします! あなたの後に続く二番道路を通りたい! そこを退いてもらえませんでしょうか?」
「ええっと、それじゃあ……トレーナーカードは?」
「持っておりません!」
「それならポケモンは?」
「持っておりません!」
「じゃあ無理だね。悪いけど。トレーナーだと証明できないと、ここから先には行けない決まりなんだ」
「知ってます! でも、俺には土下座しか出来ないんだ。そこをなんとかお願いします!」
「……ごめんよ。そういう仕事なんだ」
土下座が通じないと理解するなり、シオンはスッと起立した。
懇願をキッパリとあきらめ、ファイティングポーズを構えた。
「やはりあなたを倒すしかないようだな! 力づくで通らせてもらうぞ!」
シオンは返り討ちに合っていた。
青年にボコボコにやられてしまっていた。
疲れ果てて混乱した後、立っていられなくなり、地べたで大の字になって倒れた。
頭のてっぺんから足のつま先まで、体中がズキズキと痛みが響く。
血が一滴も流れていないのが不思議でならなかった。
「まだだ、まだ終わっちゃいない!」
「口だけはまだ動かせるのか。
でも僕はさぁ、君を叩いてると、一方的過ぎてなんだか悲しくなるんだよ。
それに君のパンチ弱いし、あきらめておくれよ」
「俺のパンチが弱いだって? ……まてよ。
そういえば、あなたはどうして俺の拳をよけない? どうして俺のパンチを受け止め続けるんだ?」
「ちょっとくらい考えてみなよ。例えば君が僕に突っ走って来たとする。それを僕がよけたとする。すると?」
「……そのまま俺が二番道路に走って行ってしまう」
「そういうこと」
「なるほど。つまり、あなたと喧嘩しなくても街の外に出られるワケだ。上手くいけばいいんだけどな……」
シオンは体中に力を込め再び立ち上がる。
そして、再び名も知らぬ青年に立ち向かった。
シオンの速度と体積に問題があった。
サッカーゴールを守るゴールキーパーは、ボールを取り損なう事があるかもしれない。
しかし、走って来た人間をとらえ損ねる事は絶対にない。
汗を流し、肩で息をするようになってシオンは初めて気がついた。
この努力では二番道路を通過できない。
「くそぅ。こんなところで俺の野望を終わってしまうのか」
「僕はね、たとえ相手が大人だろうと、ポケモントレーナーだろうと、認められない人間を街の外へは行かせない。
断言するよ。君みたいな普通の若者が相手じゃあ、僕を押しのけるなんて出来やしない」
「なら俺は一体どうしたらいい?」
「帰ればいいと思うよ」
「何だと! お前が帰ればいいんだ!
お前みたいなのがいるから、俺は十四年もトキワシティに閉じ込めらているんだ!」
「もう五、六時間したら帰るよ」
「え? 本当に? 帰っちゃってくれるのか?」
「そりゃそうだよ。僕だって普通の人間なんだし、毎日二十四時間も働いて生きていられるワケないでしょうに。
ヨシノ・ワカバさんが来たら、交替して僕は帰るよ」
「ワカバだって! あの鬼ババァが来るのか? それじゃ帰ってもらったって、全く意味がないじゃないか!」
「ひょっとして、ヨシノさんの知り合い? どうして? 何で意味ないの? 考えてみれば、女性が相手だよ?
君でも暴力振るえば勝てるんじゃない? 力づくで押しのけられない? 何か会いたくないワケでもあるの?」
「ある! あの馬鹿女、俺にポケモンで攻撃してきやがったんだ。それも破壊光線で。死ぬかと思ったよ」
青年の顔からニタリと笑みがこぼれた。シオンは、なんとなく嫌な予感がした。
「へえ。なるほど、つまり、ポケモンを呼ばれちゃったら、さすがの君もあきらめてくれるってことかな?」
「……たのむ。あなたはあの馬鹿女とは違う。話の分かる人だ。
ポケモンで人を襲わせるなんて馬鹿な真似はよしてくれ」
いつの間にか、青年は紅白の鉄球を握っていた。
閃光が瞬き、白の世界にシオンの目がくらんだ。
次の瞬間、ドラゴンが街路灯のスポットライトを浴びていた。
首の長い朱色の恐竜が、
青い悪魔の翼を広げ、
燃え盛る尻尾の先を揺らしている。
リザードンだった。カッコいいリザードンだった。
「ずるいぞ!」
「だって君、このまま帰ってくれないじゃないか」
「アンタみたいなのがリザードン持ってるなんてずるいぞ!」
「……君にとってはずるいのかもしれないね」
シオンは絶望的な状況に頭をかかえていた。
今から、自分より強い青年と、青年よりも強いドラゴンを乗り越えて行かねばならない。
真剣に悩んでみても、一人と一匹の化け物を相手に勝ち目はないと分かりきっていた。
「君はさ、ポケモンを相手にするぐらいならあきらめてくれるんだろう? 帰りなよ」
「卑怯者め! ポケモンに頼らず正々堂々と戦え!」
「たった今、正々堂々と戦ったじゃないか。君がしつこいからだよ、んもぅ」
「んなこと言われたって……じゃあ俺はどうやって街の外に出ていけばいい? ヒントぐらい教えてくれよ!」
「だから家に帰れって」
不意に、青年は手に持っていた鉄球を、真っ赤なジャケットのポケットに収めた。
シオンは自分から見て左のポケットにボールが隠れたのを見逃さなかった。
頭の中でモンスターボールを思い浮かべている内に、シオンは冷静さを取り戻していった。
今はピンチの時ではなく、千載一遇のチャンスであると理解した。
「やっぱり簡単には帰ってはくれないのか」
「俺は今日、家に帰らない」
「ま、いきなり人を殴るつけるような相手だし、嫌な覚悟を決めてきたんだろうけど」
「それより、俺さっき破壊光線に撃たれたって言ったよな? でも生きてる。何でだと思う?」
「あ、撃たれたんだ。そりゃあ、撃ったポケモンのレベルが低かったからじゃないかな」
「そう! それなんだよ。さすが、話が早い! で、だ。
そこにいるリザードンってポケモンはさ、レベルが三十六でもレベル九十八でも姿形は全然変わらないもんだろう?
ってことは強そうに見えるだけの雑魚ポケモンなんじゃないの?
俺みたいなのも殺せないじゃないの? 弱っちい雑魚モンスターが相手じゃ俺にも可能性もあるワケだ!」
シオンはリザードンの攻撃を誘っていた。
リザードンはあくびをしていた。
「何が言いたい? 一体何が目的?」
「だぁ、かぁ、らぁ、お前のか弱いポケモンじゃ大した技なんか使えやしねぇだろ、っつってんの!」
「……見え透いた挑発か。でも、まぁいいよ。うん。そこまで言うんならば、お見せしようじゃないか」
ポケモンを侮辱されカッとなったのか、
少しおどかしてやろうと思ったのか、
真相は分からなかったが、
青年はあえてシオンの思惑どおりの働きをする。
青年はシオンの隣にある空間に指を突き付け、言う。
「彼に当てないように……火炎放射!」
リザードンは鋭い牙の並んだ大あごを開き、
喉の奥底から炎の息吹を吐き出した。
光と熱と轟音が列となって、シオンの隣を走り続け始めた。
燃え盛る業火の風は、赤と青の熱い光を点滅させながら、
どこまでもどこまでも長く伸び、龍の如く揺らめいていた。
生きながらにしてシオンは、地獄の光景を目に焼き付けた。
闇を払い除けるような灼熱は、間違いなく人を焼死させる力を持っていた。
エリートトレーナーでなくとも、普通の人間ならばポケモンを人殺しの道具にはしない。
リザードンの攻撃が外れると、シオンは承知していた。
そしてシオンはポケモンバトルがターン制であると知っている。
火炎放射という技は連続で使用することは出来ない。
炎が幻のように跡形もなく消え去り、再び世界に闇が訪れ、リザードンのターンが終わった。
シオンに青年とまともに戦える最後の瞬間がやってきた。
思いっ切り大地を蹴って、熱い空間を駆け抜ける。
熱風に肌を焦がしながら、拳を構え、呆れかえったような青年の顔面を睨みつけ、シオンは踏み込んだ。
シオンの左ストレート。青年の右手で受け止められる。
シオンの右ハイキック。青年の左腕で防御される。
シオンは青年の両腕をふさいだ。
シオンの右突っ張り。青年の赤い上着の右ポケットに入る。
右手を握る。球体を掴んだ。
シオンの腹部に衝撃が走る。
青年の飛びひざ蹴り。シオンの下腹に直撃した。
シオンは後方に吹っ飛び、大地に転がり込んだ。
腹痛と息苦しさに耐え、もだえる間もなくシオンは立った。
「戻れ!」
シオンが手をかざすと、掴んでいた鉄球が口を開いたように真っ二つに割れる。
リザードンの肉体は赤い光へと変身すると、
凝縮されるように小さくなりつつ、
シオンの手の平へと吸い込まれていった。
魂の入ったモンスターボールを掴んだ時、シオンは勝利を確信した。
「よしっ!」
「やられた……まったく見事な手際のよさ。泥棒のセンスあるんじゃない?」
悔しそうな青年に対し、シオンは嬉々と盗んだボールを見せつける。
腹部の痛みに堪えながら青年を皮肉った。
「人質ゲットだぜ! ……いや、この場合はポケじちか?」
シオンの胸の中では、安堵の念と達成感で溢れていた。
争いが終わったと思っていた。
しかし、未だ目的は達成されていない。
つづく?
後書
文章の『読むのが苦痛』を脱出するべく、
『面白くない部分』や『日本語がおかしい部分』などを
全て消してしまおうと意気込んだものの、
そんなことをすれば白紙になってしまうと知ってしまったが故に、
今回もダラダラグダグダな文章を見せびらかすのであった。
小説は難しい……。