「さあさあ、こっちですよ!」
「やれやれ、一体何をそんなに躍起になっているんだ?」
店を出てしばらく歩いていると、小さな小屋が見えてきた。この辺はタンバの北部で、砕ける岩が点在している。そんな辺ぴな場所に小屋があるのだから、否応なしに目立つ。
さらに歩き、とうとう小屋の目の前に着いた。ミツバは鍵を開けると、俺を招き入れる。
「さあどうぞ、ここが私の部屋です」
「……ただの部屋じゃねえか。こんなのを見せるために呼んだのか?」
俺は入室して早々疑問を放った。部屋は7畳の畳に台所、トイレに風呂というシンプルな作りになっている。そこここに桃色の小物があり、若い女性の生活感を醸し出しているが、ややほこりっぽい。そして気になるのが、畳部屋の真ん中に鎮座するこたつだ。秋も深まったとはいえ、タンバにはこたつなんざ無用の長物。冷え症か何かだろうか。
そんな俺の疑問を見透かすかの如く、ミツバは胸を張って言った。
「ふっふっふ、良い質問ですね。でも驚くのはこれからですよ」
ミツバはポケットからポケギアを取り出し、ボタンを押した。すると、静かだった部屋に地響きがとどろくじゃねえか。震源地はまさに目の前のこたつで、いきなりせりあがって扉が姿を現した。
「なっ、こたつが変形しただと!」
「では、下へ参りまーす」
度肝を抜かされる俺をものともせず、ミツバは扉を開けた。そして俺を引きずりながら中に入ると、扉を閉める。しばらくして、がたがた揺られながら体が浮いたような感覚を覚え、そして止まった。扉は開き、俺は一歩前進する。
「やっと着いたか。しかし、暗いからよく分からないな」
俺は辺りを見回した。暗いから上を把握することはできないが、足元なら確認できる。なにやら柱のようなものが点在しており、砂のような手触りだ。また、後ろには先程の扉がある。どうやら、ここは地下室みたいだな。エレベータで降りたなら納得できる。
その時、突然中が明るくなった。サングラスがあるからまぶしくはないが、こりゃスタジアムで使う類の照明だ。
「な……なんだこれはぁ!」
俺は目を見開いた。眼前に広がっていたのは、俺の背丈の5倍はあるだろう人形の模型である。いや、これは模型なのか? 少し動いた跡が見受けられるぞ。まあ、驚くのはこれだけではない。この空色の人形、5体もいるんだ。とてつもない威圧感だな、これは。
「ふふっ、驚きましたか? これこそ私が心血を注ぐ夢の塊、ゴルーグ戦隊です!」
ミツバは胸を叩いた。余程嬉しいのだろうか、頬が緩みっぱなしである。……近頃の中高生は技術力が高いな。ん、中高生? ふと気になった俺は、ある質問をぶつけた。
「……そう言えば、あんたは学校で見ない顔だな。ちゃんと通学してるか? してないなら、学校にも行かずに何をやってるんだ?」
「おお、よくぞ聞いてくれました! 聞かれたからには答えないわけにはいきません」
ミツバは不敵な笑みを浮かべながら、名乗りを上げた。
「メイド喫茶のコスプレは、世を忍ぶ仮の姿。私の正体は、世界制服を企む悪の科学者なのです! 学校なんて行ってませんよ」
「……お、おう。そいつぁ、でかい夢だな」
おい、こいつをどう思うよ。さすがの俺も、おべっかを言うしかねえ。だってそうだろ。俺みたいに不満があれば分からんでもないが、この娘はまだ若いんだからな。
「あ、もしかして本気にしてませんね? 本音はどんどん言ってくださいよ、それも全て野望の助けになりますから」
ミツバはどんどん畳みかけてくる。手にはメモ帳とペンが握られている。仕方ねえ、言っておくか。相手にするのも面倒だがな。
「そうか、では遠慮なく。まず、なんのために世界征服なんざするのかがわからねえ。次に、たかだか数体のロボット程度で征服なんてできるものか。最後に、あんたは科学者と言うより技術者だ。科学技術を活かして物作りをするのは、紛れもなく技術者だからな」
「ふむふむ、確かに一理ありますね。特に最後の指摘は盲点でした。よし、これからは悪の技術者と名乗ります!」
彼女は嬉々としてメモを取った。納得するべきはそこじゃねえだろ。
「おい、他の指摘点はどう説明するんだ?」
「それは言えませんよ、こういうのはトップシークレットですから」
「ふん、そういうわけか」
俺は少し口を閉じた。秘密主義なら聞くわけにもいかねえな。もっとも、聞きたいわけでもないが。
「それでですね、サトウキビさんに頼みたいことがあるんですよ」
「なんだ、懺悔でも聞いてほしいのか? それと、その名前で呼ぶな」
「そうですか。じゃあテンサイさん、私の世界征服の手伝いをしてください!」
「だが断る」
俺は半ば呆れつつ、しかし即座に返答した。どうやら、俺の技術力を欲しがっているみたいだな。まあ、俺はタイムカプセルすら作れるから、狙われてもおかしくねえか。だが、そうはいかない。彼女は色々説得するが、こればっかりは譲れないのさ。
「えー、今のままで良いんですか? テンサイさんの力なら、世界を変えられるんですよ」
「……俺はもう人前に出ようとは思わん。それに、今更悪人に戻るつもりは毛頭無い」
「世界征服は悪人のやることではありませんよ!」
ミツバが語気を荒げた。ん、自分を正義の味方とでも思っているのかね、彼女は。そういう奴は、往々にして堕落するんだ。俺みたいにな。まあ、今は適当にあしらっておこう。
「分かった分かった。ひとまず今日は帰らせてくれ。それと、暇な時があれば話くらい聞いてやろう。こいつを取っとけ」
俺は懐から紙とペンを取出し、電話番号を記した。着信拒否の設定をしとけば教えても大した痛手ではない。これで引いてくれれば良いのだが。
「お、電話番号ですね。私のこと、誘ってるんですか?」
「違えよ。ともかく、俺は帰るからな」
「仕方ないですねえ。じゃあ今日はお開きにしましょうか。テンサイさん、次こそは協力してもらいますよ!」
「へっ、何度でも断ってやらあ。じゃあな」
俺はそそくさとエレベータに乗り込み、ミツバの家から脱出するのであった。……帰るか。
・次回予告
さてと、また試験の時期がやってきた。前回は難しいと非難続出だったが、今回はどうするかねえ。次回、第26話「難しいものなど無い」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.91
ミツバは、大空ぶっ飛びガールとかそんなレベルではなかった。完全に電波娘になってしまいました。本来は学校で出す予定でしたが、ナズナと雰囲気が被るのでこのようなことに。あと、単純にゴルーグを出演させたかったんです。
皆さんは世界征服したいですか?
あつあ通信vol.91、編者あつあつおでん