「おい、そろそろ練習試合が始まるぞ。前に出な」
5月22日の土曜日、午前10時。俺達はポケモンセンターの地下にいた。もちろんバトルのためである。練習試合のためにコートを少し借りているというわけだ。ここにいるのは、タンバ学園ポケモンバトル部に、相手となるタンバ商業。審判と旅のトレーナーが2、3人、そして背広のおっさんが複数。このおっさんの割合が最も高いために、なんとも滑稽な風景となっている。
ともあれ、去年の秋以来の対外試合だ。少しは成長した姿を見せてほしいもんだぜ。
「これより、タンバ学園とタンバ商業高校の試合を始めます。使用ポケモンは6匹。以上、始め!」
「いくでマス、ボーマンダ!」
「勝負だ、チャーレム!」
審判の声と同時に、各チームの1人目は構えた。こちらの先陣はターリブンだ。2つのボールが宙を舞う。1つからはボーマンダ、もう1つからはチャーレムが登場だ。
チャーレムとは珍しいな。モンペを穿いたかのような足元に十字架型の頭部が特徴的なチャーレムは、格闘・エスパーという変わったタイプ構成である。何と言っても特性の「ヨガパワー」が強力で、単純な数値の倍の攻撃力を叩き出す。技も豊富なのだが、耐久・素早さともに劣る部分がある。それをわざわざ先発させたということは、恐らく……。
「ほーう? 機先を制す……」
「れいとうパンチ!」
ターリブンが指示を出そうとすると、チャーレムがそれを上回る速さで突っ込んできた。チャーレムはボーマンダの威嚇にも怯まず右手に冷気を溜め、そのままボーマンダのあごをアッパーの要領で殴りつけた。勢いでボーマンダは仰向けになり、首と頭が凍っちまった。動く気配はなく、審判がジャッジを下す。
「ボーマンダ戦闘不能、チャーレムの勝ち!」
「し、しまったでマス!」
「あの馬鹿、あれほど先発のスカーフに気を付けろと忠告してやったのに」
「そこまで! この試合、3対0でタンバ商業高校の勝ち!」
「ぼ、ぼろ負けだ……」
15分後、決着がついた。結局、出鼻をくじかれたまま態勢を立て直せず、押し切られてしまった。男共は情けない声を出す中、ラディアが2人をフォローしている。全く、使っているポケモンを考えればターリブンが主力になってもらわなくては困るんだがな。イスムカはまあ、トゲピーだけでは仕方あるまいが。
「気を落とさないでくださいイスムカ様。次に勝てばいいんですよ」
「そうだ。練習試合なんざ、プロでも目指さない限り勝敗など度外視しとけ。だが、明日からの訓練はきつくするぜ」
俺の宣言を聞いた3人の表情に危機感が走ったように見えた。……別に大したことしてねえんだけどな。
そんな茶番を繰り広げていたら、1人の青年が近寄ってきた。先程の試合で戦ったタンバ商業の奴だ。
「今日はありがとうございました。また一つ成長のきっかけとなりそうです」
「あ、あんたはタンバ商の! あんた強すぎるでマス、おかげで帰ったらえらい目に遭わされるでマスよ。……そう言えば名前を聞いてなかったでマスね。オイラターリブンでマス」
「トンジルです、初めまして。……皆さんの顧問の先生ってもしかして、プロ注目のテンサイさんですか?」
タンバ商のトンジルは一礼をすると、こう尋ねてきた。これにはラディアが返答する。
「その通りです。あ、私はラディヤと申します、以後お見知りおきを。テンサイ先生はポケモンバトルでは負け知らずで指導も適切、風当たりの強い私達バトル部をいつも守ってくださります。そう、まるで父親みたいに」
「そこまで誉めると嘘くさいぜ? それより、あんたも中々やるようだな、トンジル君。背後の観客席はスカウトらしき人だかりができてたぜ」
俺はトンジルの背後を指さした。試合前からいた背広のおっさん達は、皆熱心にメモを取っている。大方、金の卵の経過を観察してたんだろう。無理もない、この青年は4匹のポケモンを使って俺達の6匹を倒したのだからな、しかも2年生でだ。誰が見ても、将来有望だと思うだろうさ。だが、彼は随分謙虚なようだ。
「いえ、自分はそんな……。むしろテンサイさんの方が注目度が高いですよ。新聞でも既に複数球団が獲得を目指す方向ですって」
「はっ、そんなのくそくらえだ。全員返り討ちにしてやる。……ところでよ」
俺は辺りを眺めてからこう切り出した。
「あんた達のチーム、他の奴はどこに行ったんだ? 試合中もやる気無さそうだったぞ」
「ああ、やっぱり分かりますか。実は、自分がいつも1人で試合を終わらせるので、みんなに出番が回ってこないんです。それで全員自分任せに……」
トンジルは申し訳なさそうに答えた。気にするこたあねえと思うが、若さゆえの心配性か。
「なるほど。確かに今日も1人でやってたな。まあ、プロの目を引くレベルなら無理はあるまい」
「それならトンジルが後から出るようにしたらてなうなんですか?」
ここで、イスムカが提案をしてきた。彼が後続に回れば、否応なく全員に出番が回ってくるだろう。一見適当に思われるが、その案は無意味である以上に危険だ。それはトンジルも分かっているようで、首を横に振った。
「それも提案しましたが、顧問に却下されました。順番が変わっても活躍するのは自分で、しかも晒し者になると他のメンバーから抗議があったんです。自分が出てくる頃に相手が態勢を整えたら立て直せないというのもあります」
「ほう。……だとよターリブン」
「な、なんのことでマスか?」
ターリブンは冷や汗を流しているが、具体的には何が問題なのか把握できてないって顔をしてやがる。これはみっちり教えてやらないとな。しかい……ワンマンチームということか。つまりは彼さえ突破すれば勝つのはたやすいと。良いことを聞けたぜ。
「大変なんだな、強い奴がいても。ま、それでも次は負けん。覚悟しとくこった」
「はい、こちらもその時はもっと強くなって待ってますよ」
ふっ、中々清々しい若者だぜ。次の対戦が楽しみだ。
・次回予告
さて、しばし時間がかかったが、ようやっとあれを収穫する時がやってきた。俺は栽培に失敗したが、あっちはなんとか上手くいったようだ。次回、第51話「木の実の1つは黄金の1つ」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.115
ダメージ計算は、レベル50、6Vで行います。チャーレムは陽気攻撃素早さ振りでスカーフ持ち、ボーマンダは控え目特攻素早さ振り。チャーレムの冷凍パンチは威嚇込みでもボーマンダを最低乱数以外1発で落とします。さすがの特性ですね。
あつあ通信vol.115、編者あつあつおでん