木造一軒家の一室、男が一人黙々、ある作業をしていた。
男の有様は酷いものだった。下着のみの格好で、黄ばんだタンクトップとトランクスを着て、その間からたるんだ腹が、溶けかかったチーズのように垂れ下がっていた。作業中はボサボサの髪から大量のフケが、天井からぶら下げられたロープを確認する度床へと降り落ちていった。
「よいしょっと」
ロープの真下に置かれた派手な椅子の上に立った。これは男がポケモンリーグで優勝した時にテーブルとセットで親からもらったものだ。優勝記念がテーブルセットなのにも疑問だが、なによりこのデザインが気に入らなかった。有名デザイナーの作品だそうが、自分にはこの真っ赤な色も歪んだ形も全部派手すぎて気に入らなかった。
自殺する準備は整った。後は死ぬだけ。
死に別れた大切な人がいるわけでも無く、返しきれない借金を抱えているわけでもないが、男は自死を決意した。つまらなくなったのだ。
男には長年追い続けてきた夢があった。そしてその夢はつい最近やっと叶った。叶った時は、それはもう有頂天になって喜んで、子供みたいに連日はしゃいでいた。だが、一週間、二週間と経つにつれ余韻は冷め、一つの疑問に囚われるようになった。
――この先は?
お笑いでいう所の、芸人が話終わったあとに意地悪な司会から「ほぉ、それで?」と言われた時と同じだ。先が続かない。夢というのは人生のネタだ。完結すればその先は無い。オチの後に「それで?」なんて言われても、何も出てはこないのだ。
だから死ぬ。そんなバカげたことで、と思われるかもしれないが、男は死ぬことに決めた。オマケの人生をだらだら生きるのは非常につまらない。
首にロープを巻くと繊維がチクチクと刺さって痛かった。何でもいいやと思って家にあった古いロープを使ったのが間違いだった。まぁ、どうせこれから死ぬのだから大した問題じゃないが。
首にロープをかけた状態で、出来る限り部屋をぐるっと見渡してみた。汚い部屋だ。掃除なんて一度もしていない。リーグ優勝した時のトロフィーが右の棚の中に見える。夕日に当たってピカピカ輝いているはずが、棚の窓が汚くてひどく曇って見えた。
未練はない。
――目をつむった。
未来もない。
――重い椅子をどけるのに片足を降ろした。
最後の瞬間ギュッと強く目をつむり、降ろした足に力を込めた。
――さようなら。