手を挙げてあいさつをした、少し前に一緒に旅をした女の子は相変わらずで、オレンジの髪を片側だけ縛った
独特のヘアスタイルも、パッチリとした目も、その腕に抱えたルリリも、特にこれといって変わったところはな
い。
女の子にしては少し露出が大きい服だけが変わって、逆にそれが少し大人っぽくなったなあと思う。
「どうしたのケンジ」
「いや博士の調査の手伝いの途中で通りがかってさ、どうしてるかなって」
「あたしは特に変わったことはないわよ。ルリリは元気だし、コダックは相変わらず泳げないし」
泳げないし、のところで露骨に微妙な顔をする正直なところも変わっていない。そのハッキリものを言うとこ
ろが彼女の姉たちよりおっかない印象を作っているが、それは裏表がないということも示している。
だから同じようにイライラした時は怒り、困ったことがあればため息をつく正直な性質であるケンジは、カス
ミの性質を仲間として気に入っていた。
「ルリリも元気そうだね」
「ルリー♪」
「当然よ。この子はこのあたしが、手塩にかけて育ててるんだから」
言って、ルリリの頭を撫でる手つきはなんだか手馴れている。昔はタマゴそっくりなポケモンを抱えていた彼
女は、いつしかそれが呼吸をするのと同じ、無意識の動作となっていた。
「せっかくだからあがっていったら? 時間があればだけど。お茶くらい出すわよ」
「いいのかい?」
「ええ。お姉ちゃんたちは出かけてていないけどね」
こっちも相変わらずか。別にお姉さん目当てで来たわけではないけれど、なんだかオーキド博士よりせわしな
い生活をしている気がする彼女の姉たちに、ケンジはハッキリと苦笑いした。
◆
「せっかくだからルリリを観察させてもらいます」
「いいけど……それならあたしも一緒に描かないといけないわね」
彼女の言うとおり、おやつのクッキーが置かれているテーブルにちょこんと座ったルリリは、カスミの側から
離れようとしない。カスミの腕に寄りそって、スリスリとコミュニケイションを取っているルリリは、カスミの
小さな恋人のようでもある。
カスミは水タイプを主力メンバーとするジムリーダーで、そちら方面のポケモンとの相性もいいのだろうけれ
ど、こういう赤ちゃん──いわゆるベイビィポケモンとも相性がいいのかもしれない。
記憶の中の、帽子を被ったカスミと同い年であるはずの少年は、よく彼女にお小言を言われていたものだ。末
っ子なのに彼女は面倒見がいい。
「ボクの観察はポケモン専門なんだけどなあ」
「だってルリリとあたしは仲良しで、二人でひとつみたいなものだもの。ねー、ルリリ」
「ルリー」
彼女に返事をするように、ルリリは彼女の腕の中に収まってしまった。
やれやれ、これは彼女たちの意見を尊重するより他はないようだ。
「感謝しなさいよ。世界の美少女カスミちゃんを、かわいいルリリと一緒に観察出来ちゃうんだから」
「アハハ……貴重な機会を、ありがとう」
さて、その後の完成したケンジのスケッチの中の彼女が、彼女の言うとおりの美少女に描けていたかは定かで
はない。何しろルリリを中心に描いて、カスミの顔は完全に見切れてしまって、それを見たカスミは不服そうに
ふくれっ面をしていたので。
そうは言っても仕方がない。描いてる途中でどうしても意識してしまう彼女の細い腕とか首筋とかパッチリし
た目が、何だか旅の仲間だった人に向ける感情としては不釣合いだし照れくさかったのだ。