ユウマはその日、わざと約束の午後1時にほんの少しだけ遅れるようなつもりで家を出ました。公園までは歩いて15分くらいですが、ユウマは12時48分に家を出たのです。
何故なら今のユウマは、リンゴの樹から学校へ行くためのパスポート―あのポケモン図鑑に載っていない動物や植物や昆虫の図鑑―を何も持っていなかったからです。
何も持たずにリンゴの樹の案内板の前に立っても、周りの景色は普段通りの公園のままで、学校の校庭へは行けないことをユウマは知っていました。だから、あの場所には、先に大沢君の方が着いている必要があったのです。
自然公園のゲート前で、ユウマは時間を確認しました。午後1時2分。佐渡君が忘れ物をせず、時間通りに着いて待っていてくれれば、図鑑の力でユウマも入れるはずです。
ユウマは深呼吸して、案内板の前へ一歩一歩歩き出しました。すると、案内板まであと5歩くらいのところまで来た時、古ぼけた案内板の向こう側に、男の子の姿が一瞬見えた気がしました。そして―
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カイトは数人の男の子のグループ、何組かの小さい子を連れた大人を遠巻きに見ながら、校門の前でじっと待っていました。
日曜日に校庭が開放されるのは確かなことでした。ただしそれは午後1時からだったのです。佐渡君が時間きっかりに着いていたらどうしよう、待たせてしまったら困るな、と、カイトは落ち着きがありませんでした。右手にぶら下げた、水槽と図鑑の入った手提げは不自然に四角く膨らんでいます。重くて目立つそれを持って一人で立っているのも恥ずかしく、カイトは今か今かと指導員さんが校門を開けるのを待ちわびていました。
指導員さんが現れ、ギィと重い音を立てて校門を開きます。カイトにはそれがずいぶんゆっくりなように見えました。校門が開ききるとバラバラと子どもや大人が校庭へ出ていきます。
一番最後に入って、一番先頭で走りだしたのがカイトでした。けれどカイトは校庭の真ん中にはいかず、雑草が茂る端の方を走って、リンゴの樹の下へ大急ぎで向かいました。
リンゴの樹の辺りはいつものように、ひっそりとしていました。カイトが走ってその影に飛び込む直前、誰かがこの場所へ向かってくる足音が聞こえた気がしました。
そして―