四つ子と、双子かける四 朝
四つ子の雛に給餌し、一人ずつ着物を着つけてやり、それぞれ四体ずつの手持ちのポケモンを持たせると、ユディは四つ子を家の外に引っ張り出した。
四つ子はまだどこか寝ぼけながらぶつぶつとユディに文句を言う。
「ねみーんだけど……」
「ねえユディー……今日は何ー」
「ぷう」
「ふぎゅ」
ヒトカゲとフシギダネとピカチュウとゼニガメは、今度こそ自分の相棒を見失うまいとぴったりとトレーナーにくっついている。相棒たちの今朝の戸惑いも知らず、四つ子は互いに手を繋ぎ、寝ぼけて互いにぶつかり合い、そのたびごとにぷぎゅぷぎゅ言っていた。
ユディは、数珠つなぎになった四つ子を引っ張っていた。
「今朝メール来て、大学の友達がトレーナー探してんだと。ちょうどいいから、お前ら連れてくって言ったから」
「……意味が……解らねぇ……」
クノエシティの石畳を五人で歩き、池を橋で渡り、北の大学を目指す。
広い構内の木々はことごとく金や紅や褐色に色づき、煉瓦造りの風情ある校舎の数々を彩っている。そしてユディは四つ子をクラブハウスへと連れて行った。
がらりと、部室の一つの戸をユディは開けた。そして中に声をかける。
「よ、連れてきた」
「おおおおー! あざっすユディ先輩! マジで助かるどころじゃねぇ助かります!」
クラブハウス内でユディと四つ子を迎えたのは、ユディの大学の後輩らしき、四つ子と同年代の少年だった。なぜか腕に大きなタマゴを四つ抱えている。
その四つのタマゴを目にするや否や、目をとろんとさせていた四つ子が覚醒した。
「うおおおお――ポケモンのタマゴじゃねぇか!」
「ほんとだタマゴだ。本物かな?」
「すっげぇぇぇぇ!」
「実物を間近で見たのは初めてだ」
ぴゃいぴゃいと騒ぎながら、四つ子はユディの後輩を一斉に取り囲み、にじり寄る。その少年は四つ子の勢いにたじろぐ。
「お、おお……相変わらずだな四つ子」
「あ? てめぇ俺らのこと知ってんの?」
「知ってるっつーか、お前らが十歳になるまで小学校一緒だったじゃんよ……って、覚えてねーか。お前ら実質小二までしかガッコ来なかったもんな」
四つのタマゴを抱えた少年は笑う。
「四つ子のうち三人がこの前のカロスリーグ出てたってんで、同小の奴と結構盛り上がってたんだぞ。ユディ先輩もリーグ中継ケータイで部室で見てましたしね。結構いいとこまで行ったじゃん、俺らこっそり応援してたし。すげぇよ」
「あー……マジか……」
「つーかお前ら、でっかくなっても顔おんなじなんかー」
どうやらタマゴを抱えた少年は、小学校の時の四つ子の同級生だったらしい。しかしろくに学校に行かなかった四つ子には、生憎その少年に見覚えがなかった。それも少年は仕方がないと笑い飛ばす。
ユディも軽く笑いつつ、少年に向かって本題を切り出した。
「で、そのタマゴか? 問題なのは」
「そう、そうっすよ! なあ四つ子、ポケモンのタマゴ、貰ってくんない!?」
タマゴを抱えた少年は四つ子に向かって身を乗り出す。
四つ子は呆けた。
「え、貰っていいわけ?」
「え、急にどうしたの? お金とるの?」
「わあああい! ありがとぉぉぉ!」
「何のタマゴなんだ」
四つ子に同時に口々に何かを言われた少年はたじろぎつつ、ユディに促されて、腕の中の四つのタマゴの由来について話した。
「……えっとー……このタマゴ、うちのポケモンが持ってたんだけど、四つも隠しててさ……。俺んち、もうこれ以上ポケモン飼えないんだよね。俺がうっかりおやになっちゃう前にトレーナーに貰ってほしいんだよね」
四つ子は納得して頷いた。
ポケモンの世話をするにはお金がかかる。ボールの中に入れておけば衣食住の世話までする必要はなくなるが、それではポケモンを持つ意味がほとんどない。大抵の家庭ではポケモンを持つと、しっかりとポケモンの寝床を用意し、食事を与え、検診を受けさせ――とにかくポケモンを持つと、諸々の費用がかかるのだ。
それに、ポケモンは身近な存在と言えど、人間の手には負えないほどの破壊力も秘めた生き物である。ポケモンを持つ者が皆トレーナーカードを持つとも限らない。トレーナーでない者が手持ちのポケモンで事件を起こせば、それはまたトレーナーが事件を起こした時とは違い、様々な不利益を被る羽目になる。
そのため、ポケモンの管理が行き届くようにするために、飼えるポケモン数に制限を設けている家庭は多かった。
「ってわけなんだけど……どう? 四つ子全員一つずつ、タマゴ貰ってくんない?」
四つ子は顔を見合わせた。四人の現在の手持ちは、全員四体である。タマゴが孵って手持ちが一体増えたところで、特に差し支えはない。
四つ子を代表してレイアが頷いた。
「ありがたく貰うわ」
「うわーマジか! ありがと四つ子ー! ほんと頼むな、もうなんかタマゴ動き出してて、もういつ孵るかわかんなかったんだよ! はい! ほい! へい! はい!」
少年は歓喜にむせび泣きながら、四つ子に一つずつ、大きく温かなポケモンのタマゴを手渡した。
「何が孵るかは孵ってからのお楽しみってことで。ま、フシギダネやヒトカゲやゼニガメやピカチュウかわいがってるお前らなら、気に入ると思うし!」
タマゴを受け取った四つ子は、感慨深くタマゴを撫でている。それぞれの相棒であるヒトカゲやフシギダネやピカチュウやゼニガメも、恐る恐ると言った表情でタマゴをつついた。
すると、タマゴがひとりでに揺れた。
四つ子は歓声を上げる。
「うおおおおおおおお」
「揺れたねぇ」
「揺れた! 生きてる!」
「当たり前だ」
四つ子は顔を輝かせている。少年とユディは笑った。
「あーほんと、もうすぐで孵っちまうとこだった。マジ間に合ってよかったー。ユディ先輩、ほんとありがとうございます」
「いや、こっちこそ。んじゃ、また今日の五限後からだな。お疲れ」
「うっす! お疲れさまっす!」
そして後輩に別れを告げると、タマゴを抱いて騒いでいる四つ子をユディは引っ張っていき、クラブハウスを後にした。
大学構内を歩く四つ子は、大変な上機嫌ぶりである。道行く人々が振り返り、その微笑ましい光景を見てはニヤニヤしている。
「うっわぁマジでタマゴ貰っちまった……!」
「すべすべしてるね。壊れちゃいそう」
「めっちゃ大切にする!」
「何が孵るんだろうな……」
四つ子は相棒たちと一緒にそれぞれタマゴばかり食い入るように見つめて、ろくに前を見もしない。それが四人横に並列して歩くものだから、通行の邪魔である事この上ない。
ユディに引っ張られるようにして、そして大学の正門前まで、戻ってきた時だった。
四人の抱えるタマゴが、それぞれ同時に大きく揺れたかと思うと。
コツコツと中から音がし。
タマゴに、ぴしりとヒビが入った。
四つ子は顔を見合わせた。
腕の中の大きな、温かいタマゴを見た。
タマゴがもう一度、揺れた。
タマゴに、さらにヒビが入った。
ぴしり、ぴしり。ぱき。
四つ子は絶叫した。
「うわああああああああああああ!! 孵るマジで孵る!!」
「ひゃああああああ孵っちゃうすごい孵っちゃう? すごいすごいすごい」
「やっべぇぇぇぇぇぇ孵る孵る孵るタマゴ孵る!! やべぇぇぇぇぇぇっ」
「おおおおおおおお……タマゴが孵る……!」
四つ子は正門前で悶絶した。
しかしタマゴを放り捨てるわけにはいかない。大切に抱える。タマゴが大きく揺れている。
タマゴ孵化の瞬間らしいと、周辺を歩いていた人々も思わず四つ子の近くに覗き込みに来る。
ひとしきり叫び終えると、四つ子はタマゴから孵るポケモンに自分こそをおやと認識させるべく、タマゴの表面の亀裂を覗き込んだ。
ヒトカゲもフシギダネもピカチュウもゼニガメも、一声も漏らさずに息を詰め、四つ子の肩によじ登り、四つ子と共にタマゴをまじまじと見つめる。
ヒビが広がる。
そして、四つ子の抱える四つのタマゴの中から、それは誕生の光と共に、二方向ずつ飛び出した。
「ぷい!」
「ぷい!」
「ぷい!」
「ぷい!」
「ぷい!」
「ぷい!」
「ぷい!」
「ぷい!」
四つ子と、八匹。
計二十四の瞳が見つめ合った。刷り込みは無事に完了した。
四つのタマゴからそれぞれ孵った、双子のイーブイかける四組は、それぞれのおやに突撃した。
周囲から歓声が上がる。拍手が上がる。指笛も上がる。
ノリのいい男子学生が、叫んだ。
「いま! このとき! 新たな命がタマゴから孵ったのでェェェ――す!」
おおおお、とどよめきが周囲に広がる。正門前の拍手がさらに広がる。
正門の警備員も、案内所の職員も、拍手をしている。年老いた教授も若い学生も院生も、委託された清掃員も、構内の自動販売機の製品の補充に来た作業員も、皆がいい笑顔になっている。
「皆さまッ、盛大な拍手を! 新たな生命の誕生に、祝福をォォォ――!」
さらに件のノリの良い学生が扇動し、拍手がさらにさらに盛り上がる。女子学生が数人で声を合わせて、「おめでとー!」と祝福を投げかける。携帯電話のシャッター音がいくつも鳴り響く。
群衆が四つ子を取り巻き、タマゴから孵ったばかりの八匹のイーブイの誕生を祝った。
四つ子ではなく、ユディが拍手や歓声に手を振って応えている。
一方で、それぞれが双子のイーブイに顔面に飛びつかれた四つ子は、呆然と突っ立っていた。
何が起きたか、わからない。
今、タマゴから小さい生き物が二匹飛び出して、今も顔面に張り付いている気がするのだが、これはどういうことだろうか。
視界が茶色い。温かく、ほのかに湿っている。
もにょもにょ動く。ふわふわである。
四つ子は何も考えずに、なめらかな毛並みの柔らかい腹の感触を顔面で楽しんだ。
顔に張り付いた二匹の小さな生き物は、うごうごとうごめき、ぷいぷいと声を上げている。
四つ子は、恐る恐る、それを顔から引き剥がした。
二対の黒い瞳と視線がぶつかった。
そして、四つ子は完全に落ちた。
「うおおおおおお可愛いじゃねぇかァァァァァァ」
「かっ……可愛い可愛い可愛いっ」
「キャアアアアアアアかわいいいいいいいっ」
「……かわいい。かわいい。かわいい」
四つ子はそれぞれ両手に小さなイーブイを掴み悶絶した。
それぞれの相棒であるヒトカゲもフシギダネもピカチュウもゼニガメも、初めてポケモンのタマゴの孵化に立ち会ってぽかんとしていたが、四つ子の肩にくっつき、双子のイーブイを見つめて、新たな仲間との出会いに表情をほころばせた。
ようやく拍手が鳴りやむと、四つ子の周りには続々と女子学生が集まってきた。
「すごーいかわいい!」
「超やばい! かわいいー!」
「えっ、これってぜんぶ双子ちゃんってこと!?」
「すごい、タマゴから双子のポケモンが孵ることってあるんだね!」
生まれたばかりの八匹の小さなイーブイは、それぞれのおやにぴたりとくっつき、おっかなびっくりといった様子で女子学生を丸い黒々とした眼で見つめている。
ユディが軽く笑いつつ、女子学生を押しとどめた。
「ほら、イーブイたちがびっくりしてますんで、落ち着いてください。大きな声を出さないで」
女子学生は囁き声で、かわいいかわいいと繰り返す。携帯電話でフラッシュを焚かずに写真を撮りまくる。動画を撮る学生もいる。
四つ子は四つ子で、改めて互いの腕の中に収まっているそれぞれの双子のイーブイを見つめた。
赤いピアスのレイアの腕の中に二匹。
緑の被衣のキョウキの腕の中に二匹。
セッカの腕の中に二匹。
青い領巾のサクヤの腕の中に二匹。
小さなイーブイが合計八匹、きょろきょろと自分のおやと、そのおやにそっくりな顔をしたおやの片割れたち三人と、そして自分と同じタマゴから生まれた自分の片割れ一匹と、自分とは違うタマゴから生まれた自分の兄弟六匹を、何もわからないまっさらな頭で見比べている。
そして、イーブイたちは見たままを飲み込んだ。愛くるしい笑顔を浮かべる。
「ぷい!」
「ぷいい」
小さなイーブイは本能的に、おやに甘えかかった。四つ子はよろよろとした。周囲からも歓声が上がった。
そのとき周りの群集の中から、ゴーゴートを連れて肩にエリキテルを乗せた一人の女性が、四つ子の傍まで歩み寄ってきた。ふわりと良い香りが漂う。
「すごい! すごいわ! ねえねえ、このイーブイたちの誕生を記事にしてもいい!?」
美女による突然のそのような申し出に、四つ子は相棒と双子のイーブイと共にきょとんとする。
前髪の特徴的な女性は、笑顔で自己紹介をした。
「私、ポケモンルポライターのパンジーっていいます。ミアレ出版で働いているの」