げっふ、とガチゴラスが息を出した。その目は、満足はしていない様子だった。
デンリュウは呆然としたままだった。だらだらと人間の首から流れ続ける血は、広く地面を赤く染め上げつつあった。
「……どうして、んな事した」
ガチゴラスが俺の方を向いて、つまらなそうに答えた。
「ムカついたからな」
たったそれだけで。
いや、俺にも、その感覚は少しだけ分かる気がした。
ガチゴラスは足で人間胴体を蹴って続けた。
「上手くは言えねぇし、俺自身も分かってねぇ部分もあるが、本当に馬鹿にされた気分だ」
デンリュウは、ふらふらと、立ち上がった。
「馬鹿にされたと思っただけで、殺した? たったそれだけで?」
「十分過ぎる理由さ。俺にとっちゃ」
デンリュウの体全体から、ばち、ばち、と電気が漏れ始めた。憎悪が溢れていた。
「お前もやるか?」
ガチゴラスが、変わらない目のまま、闘志も見せずに血まみれの牙を剥き出しにしてデンリュウに向けた。
その時、複数の足音が聞こえた。
『*****!』
人間達だった。殺されたデンリュウのマスターと同じように白い物を身に着けていて、惨状を目にすると全員がボールに手を付け、投げた。
ぽんぽん、と音を出して、また、俺の見たことの無いポケモン達が出て来た。
『***!』
そして即座に、ポケモン達はガチゴラスに向けて攻撃を放ち、ガチゴラスは応戦し始めた。
けれど、抑えられるのが時間の問題なのは、俺の目から見ても明らかだった。ただ、氷を身に受けても、電撃を身に受けても、ガチゴラスの目は、変わらずつまらなそうなままだった。
「……どうして」
取り押さえられ、ボールに入れられて、ガチゴラスは人間達の手によってどこかに連れて行かれた。
デンリュウのマスターの死体も運ばれて、俺とデンリュウだけが残った。
デンリュウは続けた。
「どうして」
がん、と頭を壁にぶつけて、デンリュウはただ、どうして、とつぶやき続けていた。
デンリュウにとって、その人間のマスターの存在がどれほど重いものだったか、俺には分かりもしないが、番を失えば俺もこうなるだろうか、と少し思った。
壁に頭をこすりつけながら、デンリュウは俺を見て、呟いた。
「君には、分かる?」
「……何となく」
「教えて」
一息吐いて、言った。
「生き返らせられて、何だろうな、俺を俺として扱ってくれてない感じがした」
「……どういう事?」
少し考えて、思いついた。
「俺を命としてでなく、結果として扱ってた感じだった」
多分、そんな所だと思う。
「結果……」
呑み込むにはかなり時間が掛かるだろう、と俺は思った。
冷気を感じて、後ろを振り返ると、ガチゴラスを抑えた内の一匹のポケモンが居た。
「こんにちは」
「……こんにちは」
翼もないのに、地面に足を付けずにふわふわしている。
「ハツユキ……」
ハツユキって種族、ね。
「初めまして、プテラさん。私はハツユキ。ユキメノコって種族」
ああ、ハツユキは名前か。
「初めまして」
ハツユキはデンリュウに向き合って、言った。
「外、出ない?」
デンリュウは無言で頷いた。
日が少しずつ、落ち始めていた。また外に出てくるまでそんなに長い時間があったとは思わなかったが、意外と時間は経っていたみたいだ。
デンリュウは外に出て、ぽつぽつと、言葉を漏らすように言った。
「僕は、元々、マスターの元じゃなくて、野生で暮らしていたんだ」
「縄張り争いなんて事もしてなくて、でもそれでも平穏だったんだけど、ある日サイドンっていうポケモンが現れて、相性最悪なのもあってやられちゃって」
「命からがら逃げた所をマスターに助けられた」
「楽しかった」
「うん」
「楽しかった。とても」
「本当に」
……。
「うああああああああああああっ、あああああああああああああっ」
電気を纏ったその腕で、デンリュウは壁を殴った。壁は黒焦げになって、俺は思わず一歩、引いた。
ばちばち、ばちばち、とデンリュウは泣きながら、電気を撒き散らした。思わず俺は飛んだが、無作為に飛んできた電撃の一つに当てられて、すぐに落ちた。
痺れと痛みでのたうち回る事もあまり出来ない。いい迷惑だとも思う。
ハツユキも遠くで見守るだけだった。
日が暮れるまで、デンリュウは泣き続けた。人やポケモンが来ようとも形振り構わず、誰かが止めようとしても振り払って、感電させて、泣き続けた。