よもすがら都塵に迷う 下
チルタリスがバランスを崩す。
天高く架かった十六夜の月が視界を滑る。
夜空に投げ出されたサクヤを、ゼニガメが追う。
咄嗟に体勢を立て直したチルタリスが急降下し、その背でサクヤとゼニガメの体を受け止め、その衝撃で再度姿勢を崩した。綿雲のような羽毛を必死に広げて空気を抱き、勢いを殺そうとし、それでも地に叩き付けられ、赤い泥に青空色の羽毛を汚した。
小柄なルカリオはおろおろしつつ、それでも己が撃墜したサクヤやゼニガメやチルタリスの傍には近寄らない。
サクヤは全身の激痛を堪えつつ、横たわったまま顔を上げた。
夜凪の波音と潮のにおいが瞼を掠める。
ざっ、ざっ、と紅い砂を蹴るような靴音がすぐ傍まで来たかと思うと、濡れた浜に流れる青い領巾が踏みにじられた。
「お久しぶりです」
サクヤは歯を食いしばり、身を起こしかけた。その左肩を靴底で蹴飛ばされる。散った砂が頬を打った。痛みに悶える。
長身の若者はそれを楽しげに見下ろしていた。
「こんばんは、四つ子さん。自分のこと覚えてますか?」
サクヤはその男の顔も見ず、ただ血の混じった唾を湿った砂浜に吐き棄てた。こちらの名すら覚えていない相手の名を覚えている義理などない。
「…………忘れたな」
「やだなぁもう、エイジですよ。キナンで四つ子さんの家庭教師をやってたじゃないですか」
短髪の男はふわふわと笑いながら、横たわるサクヤの頭や肩や腰を戯れのように蹴りつけていた。
エイジの傍らにはゲッコウガが影のように従っている。ゼニガメがいきり立ってサクヤを助ける体勢に入ると、ゲッコウガの放った水手裏剣がゼニガメを鋭く弾き飛ばした。
夜空の下、町はずれの崖下の海岸。
潮のにおいは血のにおい。
エイジのゲッコウガの舌は伸び、モノクロの服装に身を包んだ青年ユディの体を捕らえていた。主を人質に取られているがために、ユディのルカリオはサクヤの波動を感知した上で、波動弾でサクヤの乗っていたチルタリスを撃墜したのだ。サクヤはルカリオにも同情はするが、ただおろおろと強者の言いなりになるばかりの小柄なルカリオには飼い馴らされたものの哀れさを覚えた。
キナン以来に見るエイジは、白いスーツの上にパーカーを引っかけ、そのポケットに両手を突っ込んで、愉快げにサクヤを見下ろしては靴底で踏みにじる。毒々しく笑い、低く毒づいた。
「いやぁ、よくもまあやってくれましたね。捜しましたよ四つ子さん。あと三匹、どこにいるんです」
「――エイジさん!」
「あ、すみませんユディさん。お疲れ様でした。ゲッコウガ、ユディさんを放していいよ」
エイジの指示にゲッコウガが舌を巻き取り、拘束していたユディを解放した。そこにルカリオが駆け寄り、ユディに飛びつく。
すっかり怯え切ったルカリオを抱きしめてやりながらも、月砕く海を背後にユディは強張った表情で、サクヤを蹴るエイジを睨む。
「……やめてください!」
「いや、このためにユディさんを捕まえたんで。自分、四つ子さんには恨みあるんですよね。この程度じゃ収まらない。……その汚い髪も眼球も内臓も血液も骨髄も皮膚も全部バラして売ってやる。四人分だ。そのお金で世界を浄化できるんだ、四つ子さんも幸せでしょうよ」
そう笑顔でまくし立てるエイジに呆気にとられ、ユディは顔色を失って立ち尽くしていた。
サクヤは骨すら折られかねない勢いで蹴りつけられて波打ち際に身を丸めるばかり、ゼニガメがエイジめがけて放ったロケット頭突きはエイジのゲッコウガにあえなく阻まれる。
ゲッコウガだけではなかった。エイジはメレシーやバンプジンも侍らせている。
ユディはポケモンを持っているとはいえトレーナーではないから、元トレーナーのエイジにポケモンバトルを仕掛けても勝てるとはとても思えなかった。けれども四の五の言ってはいられない。ユディはなりふり構わず、もう一つのモンスターボールを空に投げ上げる。幼馴染を助けるべく。
「出てこいジヘッド! 吠える!」
ユディの投げたボールの中から現れた乱暴ポケモンの二つの頭が、同時に絶叫した。
不意を突かれたゲッコウガが本能的に、エイジのボールに逃げ戻る。
エイジは眉を上げた。
「おやまあ」
「今だルカリオ、サクヤを!」
ユディは叫んだが、すっかり狼狽しきっていたルカリオはユディの曖昧な指示を瞬時に理解できず、びくりとして狼狽える。
その隙にエイジのメレシーのパワージェムが、ユディのジヘッドを吹き飛ばした。
続いてエイジのパンプジンがタネマシンガンで小柄なルカリオを撃ちすえると、ルカリオは反射的に波動弾で反撃を試みるが、これは効果がない。
エイジはサクヤの胴体を踏みにじりながら、ユディに向かって失笑した。
「ははっ、まあトレーナーやったことない方はその程度ですよね」
「ルカリオ、メレシーにボーンラッシュだ! ジヘッドはパンプジンに、噛み砕く!」
ユディは噛みつくように叫んだ。
それは正確無比な指示だったが、それでもエイジのメレシーはルカリオのどこか雑な動きをふわりふわりと躱してしまうし、パンプジンは影に沈み込んでジヘッドの顎から逃れてしまう。ユディのポケモンがどれほど必死に追いすがっても、エイジのポケモンには軽くあしらわれるばかりだった。
エイジはさらに笑う。
「ははっ、ユディさんはまともでも、やっぱポケモンたちが戦い慣れてないから駄目ですね!」
「エイジさんこそ、ポケモンは戦い慣れてても、あんた自身が戦い慣れてないから駄目だな!」
エイジは目を見開いた。
ルカリオとジヘッドに構わず、二体の主であるユディ本人が、直接エイジに飛びかかってきていた。
ユディは華麗な背負い投げを決めた。エイジの長身は吹っ飛んだ。
ウズ直伝のユディの背負い投げ。受け身の取り方など知りもしないエイジを一撃で夜の海に沈め、それを目を細めて見下ろして、ユディは息を吐く。
「元トレーナーはポケモンに頼りすぎなんだよ」
それからメレシーとパンプジンが伸びているエイジの周囲で戸惑っているのを確認すると、ユディは砂浜に倒れ込んだ幼馴染の傍に屈み込み、その顔を覗き込んだ。
「……サクヤ、大丈夫か!」
サクヤは返事をせず、色濃い砂浜を拳で殴って身を起こしかける。そのこめかみは傷つき、着物はあちこちが砂にまみれ汚れている。ユディがその肩を抱えるようにして助け起こしてやると、呻き声が上がった。
こちらも身を起こしかけたチルタリスとゼニガメがサクヤの傍に寄り集い、主人を心配そうに覗きこむ。
サクヤの髪についた砂を払ってやりながら、ユディは俯いた。
「……サクヤ、悪い、巻き込んで」
ユディの謝罪に構わず、サクヤは項垂れたまま鋭く叫ぶ。
「ぼやぼやするなルカリオ! 奴を捜せ!」
ユディはその肩を抱いたまま、背後を振り返った。そして目を瞬いた。
エイジとメレシーとパンプジンの姿が忽然と消えていた。
「……消えた!?」
「おおかたゲッコウガが自力でボールから出て、あの男を連れ去ったんだろうさ。……おいルカリオ、あの男の波動を追えと言っているんだ」
ユディのルカリオがびくりと身を震わせ、それでも主より格上のトレーナーの指示に素直に従ってエイジの波動を探る。そのサクヤの咄嗟の判断にユディはつい感嘆してしまった。
そうこうしているうちにサクヤはよろよろと自力で立ち上がり、翼に傷を負ったチルタリスをボールに戻し、ゼニガメを抱き上げた。ユディもジヘッドをボールに戻す。
「お疲れ、ジヘッド。で、サクヤちょっと怪我見せろ」
「触るな」
傷の様子を見ようとするユディの手を払いのけ、サクヤは不愛想に低く唸った。
「……ユディ、何が起きてる……」
「俺はモチヅキさんから連絡があって、ルカリオの力でレイアを捜してた。そしたらエイジさんに――もともと大学のサークルで知り合いだったんだが……捕まって、まあ後はお察しってとこだな」
「友人は選べ」
ルカリオが軽く吼えて、南東めがけて軽く駆け出す。ユディの制止も待たず、ゼニガメを抱えたサクヤは歩き出した。
サクヤは早足に歩を進めつつ視線を左右に走らせる。右手に夜の海、左手に巨大な岸壁。その光景には見覚えがあった。
「……コウジンタウンか」
「そうだ。ルカリオによると、レイアはこの東の、輝きの洞窟じゃないか」
ユディはすぐに追いついてきた。サクヤは眉を顰めた。
「おい、ルカリオはあの男を捜しているんだろうな?」
「ま、お前がそう指示したんならそうだろうな。エイジさんもレイアを捜してるのかもな……っていうか、お前ら四つ子を捜してんじゃ?」
「なぜ」
「さあ。俺は何も知らんし。お前らアホ四つ子がキナンから脱走したことと関係あるんじゃないのか?」
ユディは涼しい声でそう応じた。
コウジンタウンの南東に向かいつつ、サクヤは黙考する。
レイアを迎えに行くために空路で輝きの洞窟に向かっていた途中で、ユディを人質に取ったエイジに狙撃された。エイジは四つ子を狙っているのか。
キナンシティでセッカが語った仮説がすべて正しいとするならば、エイジはフレア団の人間だった。フレア団は四つ子をどうするつもりなのか。既に四つ子はポケモン協会の敵となっているから、協会とフレア団の利害が一致した今、フレア団は容赦なく四つ子の命を狙ってくるかもしれなかった。現在においては最悪のケースだ。
この事態を打開するには、四つ子は少なくともカロス地方にいるわけにはいかなかった。だからサクヤは一刻も早くレイアを連れて、キョウキとセッカと合流し、この地方から逃げなければならない。
逃げることだけを考えればいい。
サクヤにはもはやフレア団やポケモン協会の意図など、どうでもよかった。
二人はコウジン南東のゲートに入る。そこでようやく、それまで黙っていたユディがサクヤに質問を投げた。
「……なあ、訊いてもいいか? サクヤも、レイアを捜してるんだよな?」
「そうだ」
「キョウキとセッカは?」
「キョウキが、セッカをミアレに迎えに行った」
「――なあサクヤ、お前のチルタリスはまだ飛べるか? レイアを見つけたらどうするつもりだ? 俺はどうしようか?」
ユディはサクヤの半歩後ろで、矢継ぎ早に質問を投げつけた。
ゼニガメを抱えたサクヤは、明るいゲートの半ばで立ち止まる。ユディも半歩遅れてその隣で立ち止まった。ルカリオも二人を振り返りつつ歩を止める。
ユディは肩を竦めた。
「……ま、エイジさんだって、俺のルカリオやお前のニャオニクスがいなけりゃ、そうそうレイアも捕まえられないだろ。ちょっと落ち着け、サクヤ。まず傷の手当てさせろ」
ルカリオを伴ったユディとゼニガメを抱えたサクヤは、コウジンタウン南東のゲートのベンチに腰を下ろしていた。ユディが持っていた救急セットを開いて、サクヤの頭や肩の傷を手早く手当てしてやっている。
幼児のようにユディの手当てを受けつつ、その間ずっとサクヤはぶすくれていた。
敵はポケモン協会や榴火だけでないのだ。エイジはユディを使って四つ子を探し出し、処分するつもりだ。キナンシティの山奥でフレア団によって消された、反ポケモン派の人間と同じように。
エイジはユディによって一時退散したが、そのまま輝きの洞窟へとレイアを始末しに向かっているとしか思えなかった。だから呑気に傷の手当などをしている場合ではないというのに、しかしユディの言う通り、このままレイアと合流したところで、その後の離脱のあてがないのだった。
当初サクヤは、レイアを輝きの洞窟から連れ出したあと、チルタリスでクノエシティまで飛ぶつもりだった。ところがチルタリスは翼に傷を負ってしまい、また、ユディを一人置き去りにするわけにもいかないのだ。
レイアやユディの手持ちに飛行タイプはない。輝きの洞窟からの離脱が困難だった。こんな事ならモチヅキのムクホークを借りるか、ウズに頼んで海神を召喚してもらうか、あるいは最終兵器セッカを放置してキョウキと共にレイアの救出に向かうかするべきだった――後悔が募るばかりで、打開策は浮かばない。
ユディの手当の手つきがどこかたどたどしくて、腹が立つ。
サクヤは焦る。焦りに焦る。
キョウキやモチヅキが榴火に殺されかけて、そちらの二人も心配だというのに、レイアの救出がままならず、さらにはユディという荷物も増えた――。
そのとき、サクヤの傷の手当てを終えたユディが、ぺちりとサクヤの片頬を軽く叩いた。
「サクヤ。しっかりしろ。レイアを何とかできるのはお前だけなんだから」
サクヤの頭にかっと血が上る。
右の拳を振り抜き、ユディの横面を吹っ飛ばした。
「――偉そうに――貴様が! 貴様のせいだろう!」
ゼニガメはサクヤの膝の上で空気を読まずにけらけら笑い、小柄なルカリオはサクヤに怯えて身を縮める。
当の殴られたユディは涼しげな表情もそのままに、まっすぐサクヤを見据えて早口にまくしたてた。
「そうだ。モチヅキさんに頼まれたとはいえ、不用心に出しゃばった俺のせいで、サクヤには迷惑をかけている。本当にすまない。だが――」
「言い訳は要らん。黙れ黙れ黙れ! お前はいつもいつも口先ばかり。さっきのバトルも何だ? 足手纏いなんだ!」
サクヤは珍しくも怒りを言葉に爆発させた。
するとユディも声を荒らげて応じた。凄まじい早口である。
「俺にだってできる事くらいあるはずだ! だからこんな喧嘩は無意味だろうサクヤ、俺に当たるくらいなら、どうすればレイアを連れて無事に逃げられるか考えろよ!」
「お前に指図される謂れはない! 出しゃばっている自覚があるなら帰れ、ユディ。お前がいると事態が悪化する。邪魔だ!」
「俺を放っとく? 正気かサクヤ? 俺はもうポケモン協会にもエイジさんにも面割れてんだぞ? 俺一人じゃ逆らえない、俺を放っとけばむしろお前ら四つ子の不利益になると思うんですがね!」
「知ったことか! 貴様が僕らを知らないふりすればいいだけのことだろう、まったくおとなしくただの学生をしていればいいものを、ろくに戦えないくせに無闇に出しゃばって、目障りなんだ!」
「そんなことは今は関係ない! だから、サクヤ――」
サクヤとユディはひとしきり怒鳴り合った。加熱する言い争いにますます小柄なルカリオは震えあがり、ゼニガメもサクヤの膝から転げ落ちてようよう顔色を失う。
そこに割り込んだのは、気まずげな壮年の男の声だった。
「……えっとー……おーい」
いつの間に傍に立っていたものか。
金茶の髪のロフェッカが、困り果てたように笑いながら二人の若者を見下ろしていた。
ユディがびくりとして立ち上がり、しかし気まずげにロフェッカから視線を逸らす。
「……どうも、ロフェッカさん」
「おーユディ坊、連絡くれなくって寂しかったぜー? お前さんなら四つ子の居場所分かるって分かってたかんな、頼りにしてたのによー」
ロフェッカは鷹揚に笑うと、馴れ馴れしくユディの肩に太い腕を回した。ユディは気まずげにサクヤに視線を送る。
そこで三者は黙り込んだ。
ロフェッカはにやにやとサクヤを見下ろしている。
サクヤはベンチに座り込んだままロフェッカを見上げ、表情を凍り付かせていた。
「…………なんで……貴様が」
ロフェッカはユディの頭を顎でぐりぐりしながら、サクヤに笑いかける。
「ま、ここだけの話、ポケモン協会は、エスパーポケモンのテレポートを使った転送部隊っつーのを、各町に配置しててな」
「……テレポート……」
なるほどそういう移動手段も十分実用に堪えるだろう。ポケモンのテレポートを使ってロフェッカは、チルタリスによって空を渡ったサクヤよりも速く、コボクタウンからコウジンタウンまで来たのだ。
何のためにか――もちろん、ロフェッカもレイアを捜しているのだ。
フレア団とポケモン協会に先んじられつつあるという事実。表情を強張らせたサクヤを見下ろし、ロフェッカはにやにやと下卑た笑いを浮かべる。
「いやぁ、サクヤちゃんがコウジンに来たっつー連絡を受けて、おっちゃん、コボクから慌てて飛んできたのよ。んじゃま、レイアちゃんのとこまで案内してもらいましょうかねぇ?」
粘っこく言い募る。
そのいやらしい口調にサクヤはそっぽを向いた。
「……やはり貴様、あの家庭教師とグルか」
「いやいやとんでもない! 俺らはお前ら四つ子をフレア団から保護しに来たんだぜ?」
ロフェッカは大仰に両手を広げてみせた。
事情を知らないユディは目を白黒させて、ロフェッカとサクヤを見比べている。
サクヤは剣呑に目を細めてロフェッカを睨む。
「……どういう意味だ」
サクヤが素直に質問を返したことに満足したのか、ロフェッカはにんまり笑った。
「俺も、キナンに突然現れたエイジの素性については一通り調べたのよ。そしたらあいつ、どうも犯罪組織のフレア団員らしくてさ。こりゃいかん、四つ子がフレア団に狙われてる! ――ってわけで、ポケモン協会は四つ子をフレア団から保護することに決定した!」
「四つ子がフレア団に狙われている? 本当ですか?」
ユディが目を瞠ってロフェッカを問い詰めると、ロフェッカは得意げに大きく頷いた。
「おーマジよマジよ、大マジよ。っつーわけだサクヤ、レイアとキョウキとセッカの居場所を教えな。お前さんらをフレア団から保護する。……大丈夫だ、俺がお前らをエイジから守る」
ロフェッカはいい笑顔になって、優しく囁いた。拗ねる子供をあやすかのような声音。
サクヤはゼニガメを抱きしめたまま、ロフェッカを睨んでいた。その反応に押しが足りないと感じたか、ロフェッカはユディの肩から腕を外すと屈み込み、サクヤの顔を覗き込む。
「……やっと分かったぜ、お前さんらが黙ってキナンからいなくなった理由。別荘に家庭教師っつって入り込んできたエイジがフレア団だって分かって、それで逃げ出したんだろ?」
サクヤは黙っていた。それは事実に違いなかった。
ロフェッカは心からすまなそうに頭を下げる。
「うん、俺が甘かった。悪いな、お前らを守るのが俺の仕事なのに、頼りにならねぇおっさんで。……だからよ、挽回させてくれよサクヤ。今度こそお前らを守る。絶対、悪いようにはしねぇ」
機嫌の悪いサクヤはただただ沈黙している。
そこにユディが静かに口を挟んだ。
「……キナンでそういうことがあったのか。なあサクヤ、ロフェッカさんはいい人だ。それにロフェッカさんはレイアの前からの友達なんだろ? ロフェッカさんにもレイアを助けるのを手伝ってもらわないか? 時間もないし、今はレイアを助けることを優先すべきじゃないか」
サクヤは渋い顔でユディを見やった。
サクヤの目下の問題は、レイアを確保した後、いかにしてキョウキとセッカと合流するかということだった。ポケモン協会は各街にテレポート部隊を配備しているという。それを利用すれば、あるいはフレア団を出し抜けるかもしれなかった。
ユディも賢げな緑の瞳を瞬いて、ゆっくりとサクヤに頷きかける。
サクヤは嘆息し、青い領巾を引いてベンチから立ち上がった。
「……レイアをエイジから助ける。その後は……僕らをミアレに送ると約束しろ」
「お、ミアレシティにキョウキとセッカがいるんだな?」
屈んだまま目を輝かせたロフェッカを、サクヤは冷たく一瞥した。