翌朝までのことは良く覚えていない。手紙の二枚目を読んだ後、私は“大切なこと”を思い出し、興奮やら焦りやらでしばらくとても眠ることが出来なかった。母が早出の仕事に出て行く音でようやっと少しは眠れていたことが分かった。子供の「私」はまだ寝ている。
まだ起きるには早いと思ったが、これ以上寝られそうも無いのでのそのそ布団から出ることにした。布団の上に立ち上がりせめてたたんでおこうとすると、枕元に一枚の紙が置かれてあるのに気づいた。
『おはようございます。見送りの挨拶もできないですいません。キッチンのところに朝ごはん作っておきました。昨日のカレーもあります、よければ食べてください』
キッチンの方を見やると炊飯器とラップのかけられた皿がおかれてあった。となりのコンロにある鍋にはカレーが入っている。
『昨日は変な話してごめんなさい。さらに遠慮無しで悪いのですが、もう少し変な話の続きをここに書かせてください。宿賃と思って読んでくれたら幸いです。
実を言うと、我が家は旅の方を泊めるのは禁止していたのです。ご存知かとは思いますが、あの強盗殺人事件以来、うちにも小さい子がいますので怖くなってしまって。それなのになぜ今回あなたのこと(お名前すら伺っておりませんでしたね……)を家に招くと決めたのかというと、実を言うとはっきりした理由はないのです。ただあなたの顔を初めて見たときまるで主人が帰ってきたのか思ってしまったのです(不躾なことで申し訳ありません。他意は無いのです。深く捉えないで下さい)。だからという訳でもないのですが、あの子も何かあなたには特別な興味を抱いているようで、どうしても追い返す気になれなかったのです。
昨日はあんなこと言いましたが結局のところ私自身が、叶えた先の見えない夢を追う方々を応援したいと思っているのかもしれません。もしもこれから先困難や挫折、夢のその先に迷うことがあれば、我が家のことを振り返って見てください。何も出来ませんがずっと応援しています』
手紙を読みきり私は身を切り裂かれたような気分だった。母も子供の「私」同様に私に対して何かつながりを感じていたのだ。圧倒的理性でもって息子ではないと理解しつつ、それでも私をここまでの言葉を尽くし応援してくれている。こんなに幸せなことが果たしてあるだろうか。
私は心の中で一つの決意を固めていた。今晩、あの酷い神様に何としても一つの願いを聞き入れてもらう。絶対に、もう一度チャンスを――。