その日の夕方、例の路地裏に着くとそこにはすでにディアルガの姿があった。
「おぉチャンピオン! ここまで来てくれてよかった。もしやしたら家族の歓迎に耐え切れず、また命を絶つのでは無いかとひやひやしたぞ」
さも嬉しそうな声で言った。
「白々しい。分かってたんだろ。そんなことしないって」
「かいかぶりすぎだ。未来なんぞ誰にも分からん。神ですらな……まぁお前らより多少洞察には自信があるがな」
ディアルガの声の調子がずいぶん弾んでいる。よほど私がここに来たことが嬉しいらしい。
「じゃあ、その洞察力で今から私がお前に頼むことも予想できてるんだろ」焦る気持ちを必死でこらえ話を続けた。
「うんうん、分かっているとも! お前を“無”とし、今すぐここから消してやろう」
「違う!! 私を生き返らせてくれ!」
私は思わず叫んだ。ディアルガは私がそれを望まないことを分かっていたはずだ。つくづく酷い神様だと思う。
ディアルガは私の叫びを聞いて笑っていた。一頻り笑い続け、話し始めた。
「あの手紙を読んだのだな。安易に命を絶ったお前がするべきだったことをやっと思い出したのだな」
「そうだ……。私の夢は達成されたと思っていた。夢を叶えたらもうその先を生きる価値なんてないと……。でも、そうじゃなかった。私の夢はまだ続きがあったんだ」
噛み締めるようにゆっくりと私は話していた。
しばらくの間、ディアルガは何も言わなかった。じっと私を見下ろしている。
「私は父上から力を賜り、世界の時の流れを作っている。時の流れは平等かつ普遍的なものである。笑っている、泣いている者、路傍の石にも同じ時が与えられている。だが勘違いするなよ。“時間”とは私の慈悲であり、父上の奇跡だ。その価値は到底お前の夢一つと天秤にかけられるものではない」
唐突にディアルガは話し出した。私は話の脈絡が捉えられず少し混乱した。
「これでお前に説明するのは三度目になるな、チャンピオン。ここはお前にとっての地獄だ。お前はその身勝手な理由で時の流れを拒絶した罪をここで晴らさねばならぬ」
ディアルガは冷たく言い放った。私はようやく言葉の意味を理解した。
「頼む……お願いだから……」
「これもさっき話したことだが、お前はもう死んだのだ。この地獄にとどまるか、“無”となる他はない」
「嘘だ!! なぁディアルガ、お前は神様なんだろ? だったら何でも出来るはずだ。もう一度、私に時間をくれよ!」
「くどいぞチャンピオン! 時の流れに二度は無い。あったとしても決してお前には与えない。罰を受け入れよ」
最後にディアルガはそれだけ言い消えた。路地裏に一人取り残された私は後悔の炎に身を焦がされていた。
あぁ、私はなんと取り返しの着かないことをしてしまったのか。悔やんでも悔やみきれない。
−−どうしたらいい?
−−どうしようもない
−−どうにかしたい!
−−もうおそい
−−何か、何か……
−−何も無い。
繰り返される自問自答。事実を受け入れられない。やり場の無い感情が体の中を暴れ回り、私は地面をのた打ち回った。頭が割れるように痛む。誰か、助けて……。
地獄の苦しみに獣のうなり声を上げる罪人が一人。