『はねる』という技は、遠方の地方では自らを鼓舞することによって攻撃力を上げる特殊な効果があるそうだ。
だが、それを除けば特に何も起こらない意味のない技。言ってしまえば価値のない技だと、幼い頃のオイラは考えていた。
あの人……オイラのじいちゃんと、じいちゃんのアマカジとポケモンバトルするまでは、その意見を曲げる気はなかったんだ。
あれはオイラがポケモンバトルになかなか勝てなくなり、スランプに陥ってた頃のこと。悩んでたオイラにじいちゃんはこう言ったんだ。
「ソテツ、お前は『はねる』という技をどう思う?」
最初はその質問の意味が分からなかった。余裕のなかったオイラは半ば八つ当たり気味に「なんの意味も無い役に立たない技」と吐き捨ててしまったんだ。昔のオイラは、ポケモンバトルは強い技を使いこなす者たちが勝てるって、心の底から信じていたからね。
するとじいちゃんはオイラに拳骨を一発食らわせた。あれは痛かったしびっくりしたさ。でもそれ以上に驚くことをじいちゃんは言ったんだ。
「お前さんのフシギダネとわしのアマカジでバトルするぞ。お前さんらをアマカジの『はねる』だけで倒してやるから覚悟しろ」
何を言ってんだ。いくらなんでもそれは無理だろ。とうとうボケたのか……って当時のオイラは思ったよ。
でも、じいちゃんとアマカジは本気だった。本気でオイラとフシギダネにぶつかってきてくれた。
……結果はオイラたちの惨敗だった。見事に『はねる』だけでオイラとフシギダネは惨めに負けてしまった。
『すてみタックル』で突撃させる――――『はねる』でかわされた。
『タネばくだん』を放たせる――――『はねる』で器用に打ち返される。
『ソーラービーム』を撃たせた――――溜めの時間に『はねる』でフシギダネが蹴られる。
『はなびらのまい』を発動させる。さすがにこれはかわせないだろう――――花びら一枚一枚を『はねる』の踏み台にされる。
疲れ果てて、混乱するフシギダネ。フシギダネが混乱で自滅するたびに、ヒメリの実で『はねる』のPPを回復するじいちゃん。
「ずっる!」
「何を言う! そっちの方がPPあるんじゃから文句言うな! 備えて来んかったお前が悪い!」
当時は納得できなかったけど、そういう本気もあるって、今は思える。
じいちゃんが居なければ、オイラはもっと遅くまで、技の強さばかりに固執していたかもしれない。
今のオイラのバトルスタイルは、生まれなかったかもしれない。ある意味、そのアマカジの『はねる』が転機だったんだ。
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「――――このことから言えるのは、どんな技にも特徴がある。一つの技にも、いろんな使い方がある。何パターンも使い道を用意しておけば、コンボも出来るし戦略の幅が広がる。『はねる』一つでさえこんなにもバリエーションがあるんだ。組み合わせは無限大ってのは言い過ぎかもしれないけど役割を与えてやれば、活きる技は多いはずだ――――オイラの強さ、もとい強みを知りたいって質問だったけど。これで答えになったかい、アサヒちゃん?」
「はい! 大変参考になりましたソテツ師匠!」
笑顔で返事をして手帳にオイラの教えをメモしていく少女、アサヒちゃん。
彼女はオイラのことを師匠と呼び、ことあるごとにポケモンバトルのテクニックを教えてくれと付きまとってくる。正直に言うと相手するのが面倒な女の子だ。
アサヒちゃんは理由があって、この自警団〈エレメンツ〉の本部からの外出を許されていない。しかし彼女は行動派で、本部内で出来ることを片っ端からやっているのを見かける。情けないけど、炊事なんかは彼女が抜けるとかなりきつい。悔しいが彼女は任務についていなくても、〈エレメンツ〉に貢献していた。
それでも彼女は時間を持て余して暇なのか、メンバーとちょくちょく会話し、時にはポケモンバトルの自主練をしていた。
どこで話を聞いたのかは分からないが、自警団内で実力を認められたオイラに教えを乞うようになる。
最初はちょっとしたアドバイスをするつもりだけだったけど、それが失敗だった。まさか師匠にされるとは。
周囲からもオイラは“アサヒちゃんの師匠”と認識されてしまったのもまた厄介だ。「師匠なんだから弟子をほったらかすな」なんて言われるのも面倒くさい。
適当にあしらえばいいというのも一理ある。だが悲しいかな。中途半端に投げ出すのも、なんだかアサヒちゃんに負けるようで嫌だったんだ。引くのは彼女からでないと嫌だった。
しかし、この子はしぶとい。外見のふわっとした印象に比べてかなり頑固だ。てごわい。ハングリーだ。
でも裏返せば、まだまだ頭が固かった。
「……バトルスタイルはアサヒちゃんが自分で作り出すものだからね」
「私が、作り出す……」
「他人の意見を参考にするのはいいけど、鵜呑みにして自分で考えることを怠るなってこと」
「……そうだよね、うん……確かに」
「そこで真に受けるのも、流されてる証拠だけどね」
「ええー……」
わはは悩め悩め。と考え込む彼女を見ていたら、話が思わぬ方向にそれた。
アサヒちゃんは、あまり見せない疲れた表情をして、オイラに質問を投げかける。
「師匠、私の行動も『はねる』みたいに意味があるのでしょうか」
いきなり始まる人生相談。付き合うつもりはなかったんだけど……はぐらかす方法もなくはなかったんだけども、オイラは思ったままの言葉を並べた。
「アサヒちゃんは意味がないと何も行動しないのかね」
「それは……」
「……オイラはアマカジの『はねる』自体は、特になんの意味も無い技だったと今でも思っている。でもオイラのじいちゃんはそこに意味を見出した。最初から意味があったんじゃない。後付けだったんだ。意味のある行動とかいったら、それこそオイラたち自警団〈エレメンツ〉のしている活動だって、意味があるのかいまだによくわからない。でも、後から誰かが評価してくれるだけでも意味があったってことなのだろう。意味なんて、そんなものだと思う」
そんな言葉をかけると、彼女が今にも泣き出しそうな面持ちでこちらの顔をじっと見てきた。見つめられるのに耐えかねて目をそらし、とっさに慰めの言葉を口走る。
「まあ、周りに影響を与えていることは確かなのではないかい? それにアサヒちゃんの作るご飯、美味しいし?」
……何を言っているのだオイラ。苦し紛れにしては恥ずかしい。恥ずかしいぞ。
そして努力はむなしく、その言葉がきっかけで彼女の涙腺は決壊した。
「ししょううううわあああああ……!」
「泣くな、泣くんじゃないぞアサヒちゃん。これではオイラが泣かせたみたいではないか……!」
アサヒちゃんの泣き声につられてぞろぞろと集まる他のメンバーたち。オイラは仲間呼びなんて教えた覚えはないっ!
言い訳などする暇もなく……オイラが泣かせた扱いになり、自警団の女性陣から叱られるはめになったとさ。
その時にふと思った。
(これ『はねる』より『なきごえ』の方が、影響力が大きいのではないか……?)
その疑問に答えてくれそうなじいちゃんは、今は行方知れず。ここにはいない。
だから一人で『なきごえ』を使った新たな戦法がないか思案しつつ、気が向いたときにでもアサヒちゃんの訓練で試してやろうとオイラは画策した。
*あとがき
ソテツとアサヒの過去エピソードその1でした。ショートショートみたく増やしていけたらと思っています。