とある【ソウキュウシティ】の昼下がり。
明日はヒンメル地方でスワンナ座流星群が見える日……だったのだけどあいにくの雨が続いていた。
【カフェ・エナジー】にて、カツミ君とリッカちゃんがとても残念そうに項垂れていた。
テーブルにうつぶせになった二人が唸る。
「ココねーちゃーん……グラードン呼んできてよー、ひでりで雨雲晴らしてよー」
「それかミミッキュで『りゅうせいぐん』降らして……」
「無茶言わない。ミミッキュはドラゴンタイプじゃないしグラードンも呼べないわよ」
「「ええー」」
「今回は諦めるしかないわよ……まったくアサヒさんとビドーさんからも言ってやってちょうだい」
急に話を振られた私とビー君は驚いてサイコソーダ(スワンナ座流星群スペシャル)でむせた。その突然の出来事にビー君のリオルとカツミ君のコダックがびっくりしていた。
立ち直りの早かったビー君が、少し考えた末申し訳なさそうに言う。
「う……俺のオンバーンも『りゅうせいぐん』の技は憶えてねーんだ。力になれそうになくて悪いな」
「そっかあ……」
「仕方、ないのかな……」
ビー君に淡い期待を寄せて、でも無理そうだとわかりため息を吐く二人。だいぶ凹んでそうな二人を見ていて、どうにか流星群を見せられないかなという気持ちが募っていく。
なんとかしてあげたいあ……いったい、どうしたらいいんだろう?
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結局いいアイデアが思いつかないまま夜になってしまって、私は自室で定期的に電話連絡を取っているアキラ君にぼやいていた。
「――昼間そういうことがあってさ。なんとか流星群見せてあげたいなと考えたんだけど、全然思いつかなくって……どん詰まりだよ、アキラ君……」
『だからってアサヒ。僕に話を振られても……この辺そんなに詳しくないんだけど』
「だよねえ。でもアキラ君ならいいアイデアとか知ってそうな気がして」
『買いかぶり過ぎだって……君の中での僕っていったいどうなっているんだか』
うん、困った時に頼っちゃいたくなる相手であるのは、間違いないんだけど。
改めて私の中でのアキラ君がどういった存在となると、やっぱり初めて出会った時に抱いた第一印象が今でも脳裏によぎる。
「えーと、物知り博士というか、私よりぜったい賢そう」
『なんだかな。あんまり嬉しくはないな』
あんまりいい反応ではなかったので、私は慌ててしまう。
「ご、ゴメン。そうだよね、あんまり頼りっぱなしじゃなくて、自分でも考えないと駄目だよね……」
『そうだよ』
「はい……すみません……」
しょげると、アキラ君が珍しく鼻で笑った。少しびっくりしている間に彼は提案をしてくれる。
『……まあ、でもあんまり頼ってくれないのもそれはそれで嫌だけどね――【スバル】に小さなプラネタリウムあるけど。それならどう?』
「!!! さすがっ、アキラ君さすが!!!」
「まったく、調子がいいんだから」
仕方ないと言いたげだけど、どことなく楽しそうなアキラ君の声に、私もつられて楽しくなってしまった。
そんなこんなで、ココさんに連絡を入れて、急きょ【スバルポケモン研究センター】にリッカちゃんとカツミ君を連れていく事になった。
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翌日。
私とビー君はサイドカー付きバイクに乗って向かうとして、肝心のココさんリッカちゃんカツミ君たちの移動手段を確保していないことに気づき、急きょ同居人のユーリィさんが車を出してくれることになった。
「…………別にいいけどさヨアケ・アサヒさん。もうちょっとさ、昨日のうちに気が付いてよね」
「ごめんなさい、ありがとうユーリィさん……」
ユーリィさんは、なんか私が勝手に怖がっているだけだけど、ちょっと怖い。
彼女も彼女で、私のことが苦手だそうで、余計どう接したらいいのかわからない。
そんなぎくしゃくしている私たちをカツミ君はなんか不思議そうに見てくる。
「ユーリィ姉ちゃんもアサヒ姉ちゃんどうしたの?」
「「なんでもないよ」」
「変な二人」
変なのはその通りだし、何とか仲良くなりたいような気もするので、頑張って話題を振ろうとする。
「ユーリィ……さん!」
「なに」
「ユーリィさんはもし流星群見れたら、何お願いする?」
「雨降っているけど」
「もし、だよ」
「…………ビドーが……」
「えっ、ビー君が?」
意外な名前が出たので、ついドキドキしながら続きを聞く。
「変な意味じゃないんだけど」と彼女は前置きして、そして……
「早く前髪切らせてくれる気にならないか願うよ」
……割と本音っぽいところを喋ってくれた。
盛大にくしゃみするビー君を遠目に、話を続ける。
「あーなんとなくわかる」
「ヨアケさんもだよ。髪、ちゃんと手入れしないと駄目だからね。毛先跳ねまくりじゃん」
「もとから癖毛で……」
「それは面倒くさがっている言い訳。そういうところすぐに出るからね」
美容師って職業柄もあるのだろうけど、結構、心配してくれているのかな、私の髪の毛。
「……ユーリィさんに、お願いしてもいいのかな」
「使えるものは、もっと使えば?」
トゲのある言い方だけど、OKを貰えたということにしておこう。
……だって、このやりとりを遠目から見ていたチギヨさんとハハコモリが微笑まし気にこちらを見ていたから。
そしてユーリィさんはモンスターボールを投げて野次馬に技を指示。
「ニンフィア! スピードスター!」
「うわなにすんだユーリィ!」
「なにはこっちの台詞よ。何しに来たのよあんたたち」
「お前らが星見に行くっていうから用意してたんだっつーの!」
「は? 用意?」
ハハコモリが衣装箱を手渡してきたので、思わず受け取る。
「へっ、星と言えばこれだろ!」
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「…………プラネタリウム見に来たんだよね、アサヒ?」
「はい、そうですね」
【スバル】についた私たちを出迎えてくれたアキラ君がまず一言ツッコミを入れる。
私たちは、チギヨさんに押し切られた格好をしていた。
(“五属性”のプリムラさんが東方には星を見るときYUKATAを着るという習慣があるらしいって言っていたじゃあないか! という訳で全員分揃えたぜ!!)
そう、浴衣。簡単に着ることのできる仕組みの浴衣っぽい衣装に身を包んでいた。(運転していたビー君とユーリィさんは後から着替えた)
仕立屋のチギヨさん。着物好きのプリ姉御の大ファンだからなー。何かとジョウトで見かけるような和柄の服も取り扱っているんだよなー。
「やっぱり変かなあ浴衣」とぼやいたら、ビー君が間髪入れずに。「似合ってるんじゃねーの。状況にあっているかはともかく」と珍しく言ってくれた。
アキラ君はそんなビー君を一瞥すると、ため息をひとつついた。
リッカちゃんが「トライアタック……?」と謎のつぶやきを零していてココさんがくすりと笑った。
「じゃあ、案内するよ。レイン所長には許可取ってあるから」
「お願いします、アキラ君」
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アキラ君に案内され、そこそこな広さのプラネタリウムドームにたどり着く。
私たちは横傾いた座席に座り、ドームが暗くなるのをじっと待った。
「それじゃあ、あまり上手くはないけど、プラネタリウム上映会を始めるよ」
プラネタリウムの機械の前で、アキラ君はスタンバイする。
もしかして、アキラ君がアナウンスしてくれるの? そう声に出して聞こうとして、思いとどまる。
ドームが暗くなるにつれ、暗くなる夜空のようにその散りばめられた星の輪郭ははっきりしていく。
アキラ君の声に合わせた方角を見上げていくと、大きな星同士の間に光のラインが結ばれていき、絵が浮かんでいく。
よく占いなんかで見る星座も多く、また星座に関する簡単なエピソードなんかも紹介してくれた。大三角の紹介のあと、星が一つ、二つと流れ始める。
スワンナ座の、流星群だ。ちゃんとリクエストに応えてくれたのだろう。カツミ君もリッカちゃんも大喜び。ココさんもユーリィさんも、ビー君も圧倒されていた。
流れ星が終わり、プラネタリウムも終わりかな? と思ったその時。
「あっ大きな流れ星……!」
「すごい! 大きい!」
画面の端から端をほうき星が流れ始める。
(いや、これは……またにくい演出をするなあ)
彼の最後の星の紹介。それは、彼なりのエールだった。
『これは千年彗星。宇宙を旅して、千年に一度だけ僕らの星に近づいてくる星だ――――どんなに離れても、この彗星と僕らの星はまた再会できる。この世界はそういう仕組みになっているんだ』
その言葉は私に向けてでもあるのだろうけど、他のみんなにも伝わっていた。
どんなに時間がかかろうと再会を望めばきっとまた会える。
そんなメッセージに私は、私たちは受け取ったんだ。
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プラネタリウムドームから出て、はしゃぐ子供達二人組を眺めながら、飲み物を飲んで、一息ついていた。
外は相変わらずしとしと雨だ。でも止まない雨はないと思うのと同じくらい、晴れない闇もないんじゃないかな、なんて淡い希望をその時だけは抱きたいなと思った。
それだけ、彼の言葉には力がある。改めてそう思わされる一日だった。
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あとがき
時系列ちょっと先の閑話日常回短編でした。