彼女と定期的にやりとりしている電話の時間が近づく。 やるべきことを片付け、自室にてずいぶん習慣となったその時を、手持ちのポケモンの毛並みをブラッシングしてやりながら待つ。 待ち合わせの時間が分かっている待ち時間はそこまで苦にならない。遅くなる場合や中止にする場合、相手がちゃんと連絡を入れてくれるからだ。 逆にまったく連絡のつかない相手を心配する方が、素直に言いにくいが……苦しかった。 だから僕は今のこのやりとりに、安息を覚えていた。
話し相手は、僕の古くからの友達アサヒ。 古くから、といっても何年かは連絡が取れなくて、また最近やり取りをし始めているという感じだけど。 最近の彼女は、目的のための協力者であるビドーや周りの人々のおかげか、また徐々に無理のない笑顔も見せてくれるようになりつつある。 そのまま、満たされて健やかに暮らしてくれればいいのに……なんて、それは難しいのは解っている。
アサヒには、ユウヅキが必要だ。
それは、長年彼女を見続けた僕の考えだった。 彼女は彼へのしがらみから、執着から、固執から、離れたら……生きてはいけない。それは、精神的な意味で、だ。 そんなバカなことを、と思うかもしれない。でもこれがまた事実であるのは間違っていないだろう、と僕は考えていた。 現に、ちょっとでも彼に近づけそうになっているだけで彼女は嬉しそうだ。疲れていそうだが、いきいきしている、と言ってもいいかもしれない。 追いかけているときこそ、今の彼女は生きていられるのかもしれない。そう思うと、虚しさに襲われてくる。 そんな人の気も知らず、アサヒは続ける。
『――アキラ君。それでね、<エレメンツ>の本部に一回戻ることになったの。出ていってからまだそんなに経ってないけど、久しく感じるなあ』 「そう。うん……アサヒ、また何か隠している?」
感慨に浸る素振りを見せる彼女に、なんとなく適当に聞いてみる。あてずっぽうに呟いた言葉は、図星を射抜いたようだった。
「そんなに僕に言いにくいことか……少し寂しくもあるね」 『ち、ちがうよ、自分でもまだ整理できてないだけだって!』
大げさに言ってみると、慌てる彼女。慌てるのなら、隠すなよ。と内心少し笑いながら、誘導する。
「じゃあ、話しながら整理していけばいいよ」 『うん……? うん……実は、自分に心当たりのない記憶? が見えたんだ』 「それは、アサヒの失われた一ヶ月の記憶?」 『たぶん、違う』
たぶん、と言うが、その返事は、はっきりとした口調だった。 違和感の正体は、直後明らかになる。
『いや……絶対、とは言いきれないけど……私の記憶じゃないと思うんだ』 「詳しく」
――アサヒ曰く。 見覚えのない荒れ果てた景色の中で、見覚えのない群衆とポケモンに囲まれ、知らない人物たちのやり取りの記憶を見たとのこと。 そのやり取りとは、傍から聞こえた声の主である”クロ”と呼ばれる何者かが水色の髪を持つ“ブラウ”と呼ばれた青年に剣を振り下ろされたというものだった。
『近くにいた“クロ”は友達を護ろうとしていた。“ブラウ”に懇願していた。でも、ブラウの周りにいた“みんな”は“クロ”に向かって怪人を殺してくれと言ってきた』 『私……つい最近よく彼らの名前を聞いたんだ。“英雄王ブラウの怪人クロイゼルング討伐”って英雄譚。それにつられて変な夢でも見たのかな、とも考えたよ。でも、私、彼らを知らないけど……知っている。そんな気がするんだ』 『変なこと言ってごめんアキラ君。私は、他の誰でもない、私だよね?』
正直、幻覚だと切り捨てたくもなった。 でもアサヒは怯えていた。 なら、強がらなくてもいい。不安なら不安だと言って……とは言えなかった。本当は言いたかったけど。 強がるからこそ折れていない彼女の心を、足を引っ張りたくなかったからだ。
そして、僕はそういう気張る彼女を昔から見てきた。 だから。
「少なくとも、僕から見て君はアサヒだ。久しぶりに会ってもちゃんと君だって思った」 「僕のほうでも、少しその英雄譚、調べてみるよ。話してくれてありがとう」
僕は彼女に合わせた。寄り添う、なんて綺麗事ではなく、文字通り、話を合わせた。 その方が、彼女の気が楽になるかなと思ったからだ。
『こちらこそ、ありがとうアキラ君』
礼を言われることではない。 言われることは、何も出来ていない。 場を、空気を、気を紛らわせただけだ。
「……ゆっくり、お休み」 『うん、おやすみ』
画面が消えた後も、そこに映っていたアサヒを思い返しため息が出た。 嫌気がさすほど、僕は彼女が心配で、心配で仕方がなかった。 それと同時に、彼女の傍に居てやらないあいつのことを……
よそう。これ以上はキリがない。ボールの中のみんなも、不安そうにこちらを見ていた。
「僕は大丈夫だよ」
そう呟くも、声に力が入っていなかった。 疲れているのだろう。寝て、気を紛らわせよう。 そう思い、部屋のライトを消した。
***************************
私の知らない、私の記憶。
「大丈夫だから」
何もない暗闇の中で、聞こえてくるその言葉。 知らない人の声のはずなのに、愛おしく感じる。
「大丈夫だから」
けれど、その愛おしい声はとても暗かった。
「なんとか、するから。してみせるから」
震えるその声の持ち主の姿は見えない。 でも、深い悲しみは痛いほど伝わってくる。
でも私はキミを知らない。 でも“わたし”はキミを知っている。
……キミの名前はクロ。
もう少し複雑な名前だったきもするけど、“わたし”にとってキミはクロ。
じゃあ、クロを知っている“わたし”は。“あなた”は誰?
***************************
ドルくんの呼びかけで目が覚めた。ドーブルのドルくんは私の最初のパートナーポケモンだ。ボールから外に出ているなんて。久々だな。 買ってあまり間もないカーテンの隙間から差し込む光で、朝だと認識する。
「ん……おはよ。ドルくん。起こしてくれてありがと」
ドルくんは頭を撫でられるのがあまり好きではない。私が生まれるまえから生きているから、年上の尊厳を保ちたいのだろう。まあ、ハグはするけど。
「えい、ぎゅー。ぬくいー」
不思議と抵抗しないドルくんを不思議に思いながら、ぬくぬくエネルギー補充を終え、顔を洗いに行く。 洗面台の鏡の前に立ち、自分の顔を見る。 寝ぐせだらけの金髪と寝ぼけ眼の青い目を見て、多少のがっかりと安堵を感じる。
うん。私は私だった。ヨアケ・アサヒだった。 アキラ君の言う通り、他の誰でもない。
アキラ君の友達で、 ドルくんのトレーナーで、 ソテツ師匠の元弟子で、 ユウヅキの幼馴染で、 ビー君の相棒の、ヨアケ・アサヒ
それが、今の私だ。
「よしっ」
<エレメンツ>のみんなにどう顔を合わせようかとか悩みの種は尽きないけど。 一歩一歩頑張っていこう。うん。
***************************
このヒンメル地方を地道に支え続けている存在がある。 時に住民間のトラブルを仲裁し、時に密猟者を捕まえ、時に連続通り魔を追いかけ。 何かしらいつも忙しそうにしている彼ら。 それが、<自警団エレメンツ>だ。
このまとめ方は雑な気もするが、少なくとも、俺はそう認識している。
<エレメンツ>の本拠地は、王都【ソウキュウ】より北に少し行ったところにある。 平原の真ん中にある、わりと大きなドーム状のその建物【エレメンツ本部】は、安直に【エレメンツドーム】と呼ばれていた。
「そういや、ビー君は【エレメンツドーム】初めて?」
バイクのサイドカー席に座るヨアケが、金色の髪を弄りながら俺に尋ねてくる。 ともに『ヤミナベ・ユウヅキを捕まえる』という目的を共有するこの相棒は、ややこしい事情を抱えている。
「配達で何度か行ってはいるが、入口までだな。中は詳しく知らん」 「そうなんだ、じゃあ時間があったら案内するね」 「そんな時間があればな」 「だね。あーみんなに会うの、緊張する」
それは本当に緊張、なのだろうか。とのど元まで出かかった言葉を飲み込む。 だって<エレメンツ>のメンバーは、お前を『闇隠し事件』に関わった可能性がある、という疑いだけでずっと監視下において、今でもお前のことを赦していないんだろ? 怖く、ないのか? 俺は……そんな奴らに関わり続けるのは、正直怖い。 だけどヨアケ、お前はなんでそんな軽く言えるんだ……。
「ビー君も緊張している?」 「ああ、緊張してきた」 「大丈夫だよ、そんなに怖い人たちではないから。仲悪いって訳でもないし」 「怖くないって……本当なのか?」 「本当。まあ多少気を張っていてピリピリしているところもあるけど、それはこの国の環境のせいもあるから」
そしてそれを作ってしまった私たちのせいでもあるから。
その言葉をヨアケは言ってなかったが、文脈的に俺は勝手にそう読み取ってしまっていた。 悪い、癖だ。運転中じゃなかったら、リオルに冷たい目線を向けられているところだ。 気を、しっかり保たねえと。
***************************
溝にかかった橋を渡り、ドームの入口にたどり着く。 配達の時にいつも見かける、腹に渦の模様がある青い格闘ポケモン、ニョロボンを連れたつなぎ姿のおっちゃんが「ご苦労さん」とこちらに声をかけた。
「今日は配達ってわけじゃあなさそうだな……あんちゃんだったんか。例のリオル使いの相棒ってのは」
あれ、俺がヨアケと相棒になったことって、わりと認知されているのか。
「ええ、まあ。改めまして。ビドーといいます」 「ああ、俺はリンドウだ。改めてヨロシク。ビーちゃん」 「ビーちゃん?」
わりとスルー出来ない呼び方に、俺ではなくヨアケが食って掛かった。
「違うよビー君だよ。男の子だよ」 「それも微妙に違う、俺は青年だ」
俺らのやり取りをリンドウさんは笑う。ニョロボンはそのトレーナーに呆れていた。
「冗談だって。でだ……アサヒ嬢ちゃん、帰ってきちまったか」 「リンドウおじさん、ニョロボンもお久しぶりです。帰ってきちまいました……あくまで一旦戻っただけですよ。はい」 「そうかい……スオウたちの言うことなんざ、わざわざご丁寧に聞きに来なくてもいいんじゃない? 自分からいびられにくるなんて、真面目だねえ」 「いやいや、通信だと色々あれですし、駄々洩れですし、情報は共有しておかないと」 「今も昔も風に流れない話はないさ。特に人間に口が付いている限りは絶対なんてないわな。ニョロボンの口は解りにくいが」
ニョロボンが平手のツッコミを軽くリンドウさんに入れる。「事実だろー」と茶化すリンドウさんはじろりとニョロボンに睨まれていた。
「おお怖い怖い。ま、立ち話しているヒマはないんでしょお二人さん?」 「ですね。あとリンドウおじさん、あんまりニョロボン困らせてばかりもあれですよ。ニョロボンが目を回してしまいます」 「それはないない。けっ、とっとと行った行った!」 「はい、そうします」
悪態を吐きあった後スタスタとドーム内に入っていくヨアケ。 慌てて後に続こうとしたら、ニョロボンが俺の腕を掴んでいた。
「ビドーのあんちゃん」 「え、あ、なんだ?」
リンドウさんは顔をわずかに曇らせて、俺だけに聞こえるように言った。
「お前だけは、嬢ちゃんを赦してやってくれ。凝り固まったおっちゃんたちには無理なんだわ」 「え……なんでだ?」 「染みついているんだよ。あの子のせいにして精神的に楽になるのを。おっちゃんたちは弱いから」
その発言に、思わず噛みついてしまう。
「でも、それでいいのか? ヨアケはアンタらに赦されるためにも頑張っているんじゃないのか。それを、アンタらは俺に放り投げるのか……いてっ」
語気を荒げそうになる寸前、リンドウさんに額にデコピンされる。
「それでいいかはあんちゃんに言われるまでもなく、おっちゃんたちが決めるさ。あと多分、おっちゃんたちにその気がまだないように、アサヒ嬢ちゃんも……赦されることをまだ望んでいない」
リンドウさんの視線の先に、こちらに戻ってくるヨアケがいた。 気を取られている間に、頭をポンポンと叩かれる。畜生ガードできなかった。
「ま、悪かった。あんちゃんがどうするかは、任せるよ」
悪気があるのかないのか判別のつかない、飄々とした態度に戻るリンドウさん。 ニョロボンのお腹の模様のように俺の思考も渦巻いていたが、時間切れのようだった。
「ビー君、行くよー」 「お、おう」
呼ばれて、アイツの元に向かう。 色々と言われ、少し見失いかけたが……俺の今のスタンスは、ヨアケの味方で、相棒であることだ。 それは、譲れない。
***************************
<エレメンツ>の中の5人のエキスパートの通り名、“五属性”。 彼らの通り名はかつての王国時代にあった六つの役割をもつ一族の、そのトップたちの別名“六属性”から来ている。 その六人とは――
生活の奉仕者、医療の炎属性。 土地の管理者、庭師の草属性。 察知の熟練者、情報の電気属性。 戦場の守護者、番人の闘属性。 現在は無き者、神官の超属性。 政治の執行者、王族の水属性。
――のことを指す。
超属性は“闇隠し事件”の起こる前に問題を起こして、一族もろともその席を外されていた。 故に、その時から彼らは“五属性”ではあったのだが……結局はその5人も行方不明になっている。 今の<自警団エレメンツ>の“五属性”はかつての一族の僅かな生き残りが集まって、ぎりぎり体裁を守っている、というのが実情。 事件当時まだ若い“五属性”が、色んな人々の力を借りたりして、努力を積み重ねて、なんとか今の<自警団エレメンツ>の形までなった。 その活動は、なかなか表立って認められてない部分も多い。でも、知っている人は知っていた。
ドームの北側に位置する、本部室。そこに彼らは揃って私とビー君を待っていた。
「ビドー君はようこそ。そしてお帰り、って感じもあんまりしないけど、お帰りなさい、アサヒ」
一番に声をかけてくれたのは暖色系の和装を好む、桃色の髪をポニーテールにした彼女はプリ姉御……じゃなかった。炎属性のプリムラ。 みんなの面倒見のいいお姉ちゃんみたいな存在。怒らせると怖い。
「せっかくだし、今日の料理当番アサヒちゃんね」
ちゃっかりと言ってくるのは緑のヘアバンドをしたソテツ師匠。じゃない、私の元師匠の草属性のソテツ。 <エレメンツ>内でのムードメーカーというか、大黒柱的なところがある。
「おい、呼びつけておいてそれはないじゃん、ソテツ」
ソテツ師匠をたしなめてくれるのは、短い黄色の髪の、褐色肌のデイちゃん……電気属性のデイジー。 パソコンとかにとにかく強い。セキュリティとかも担当している。口癖は「人手が足りない」。
「…………だが、久しぶりに食べたいのだが」
目隠しをつけながらマイペースに話を戻して来るのはトウさん。闘属性のトウギリ。 現役の波導使いで、“千里眼”の異名を持つ。ココさんと付き合っているのを私はつい先日知った。
「お前らな……雑談の為に来てもらったんじゃねーぞ……」
そして呆れながら言ったのは、水色の長髪のスオウ王子。水属性のスオウ。 女王が行方不明なので、彼が現在のヒンメルの代表者、ということになっている。王位継承はまだ断っているらしい。わりとフランクな性格。
相変わらずなみんなのやりとりにちょっと安堵を憶えてしまった。いや、気を引き締めないと。 私が緊張しているのが伝わったのか、ソテツ師匠がにっこりと笑う。 そうだね、笑顔を忘れてはダメだ。 少しだけ深呼吸して、私は挨拶をした。
「ただいま、みんな」
***************************
俺、ここに居ていいのだろうか。と引け腰になる自分に嫌気がさす。 バシッと決めろ、第一印象は大事だ。そう思いつつ自己紹介をした。
「えっと、ビドーです。初めましての方は初めまして。改めましての方は改めまして。よろしくお願いします」 「おう、よろしく。敬語はいらねーぜ、ビドー」
そう応えたのは、スオウ王子だった。アンタが一番敬語使わなきゃいけない相手じゃねーか。
「いやいやいやいや、不敬罪とか勘弁ですし」 「大丈夫だぜ、ビドー君。このお飾り王子は適度に軽く扱うほうが、調子に乗らなくてやり易いから」
ちょ、何言っているんだソテツ。それは言い過ぎだろ。と動揺していたらスオウ王子が売り言葉を元気に買っていった。
「お前なあ、いつかボコボコにしてやるぞソテツ」 「ははは、いつもボコボコにされているくせに」 「くっそ、今に見ていろ……」
うわあ、いいのかこれ。王子のイメージ、なんか崩れてくんだが……。 げんなりしている俺をよそに、ヨアケが咳払いをひとつして皆の注目を集める。
「おたわむれ中失礼。で、隕石の情報が手に入ったって聞いたけど、具体的にはどんな感じ、デイちゃん?」 「はいよー、説明の準備はとっくに出来ているじゃんよー。手短に言うと、いやー面倒くさいことにね隕石、今度スタジアムで開かれるポケモンバトル大会の景品になっていた」 「うわあそれは」 「いやあ、今大会エレメンツ主催だし、アサヒに言われる前に告知していたから、取り返しがつかない、じゃん……?」 「タイミング悪かったねえ……」
主催側が急に景品を変えたらブーイングは激しいのは簡単に予想が付いた。 けれども、隕石こそが、“赤い鎖のレプリカ”の原材料。これを事情も知らない奴とかに渡るのも、その手にしたものがヤミナベに襲われる可能性もあって、危険だ。 何か、何か手がないだろうか。
「そこでね、申し訳ないんだけど……ビドー君」 「なんだ?」
プリムラに急に名前を呼ばれて顔を上げる。すると、“五属性”全員と、つられてヨアケも俺の方を見ていた。
「ビドー君、貴方にこのスタジアムのポケモンバトル大会に出て優勝してほしいのよ」
一瞬、言われたことの意味が把握できなかった。そして、時間をおいてようやく腑に落ちた。
「一応、<エレメンツ>関係者ではないから、出れるには、出れるが……俺が……か」 「頼まれて、くれないか? というか頼むビドー」
スオウが頼み込んでくる。その気になれば命令でもできるのかもしれないが、彼は俺を頼ってくれた。 そんなスオウの姿勢に、自然と躊躇いは消えていった。
「分かった。出来る限り力を尽くす。スオウ」 「助かる。一応こっちからの出来るサポートとして、ソテツ、トウギリ。みっちり鍛えてやってくれ」
スオウの言葉に、軽く返事するソテツとトウギリ。トウギリには以前修行をつけてもらう約束をしていたが、こんな形で叶うとは。 続けてスオウは、ヨアケのポジションを伝える。
「アサヒには、当日はバックアップ要員として動いてもらうぞ――ヤミナベ・ユウヅキがいつ動いて来ても対処できるように、自由に動けるポジションについてもらう」 「分かった、ありがとうスオウ王子」 「じゃあ、作戦考えるから、修行に励む組と作戦考える組、あと通常業務組で別れるじゃんよ」
そのデイジー言葉を皮切りに、俺たちは別行動になった。
***************************
ソテツ、アサヒ、ビドーは訓練ルームへ。プリムラ、スオウは通常業務へ。 そして、俺とデイジーは……作戦会議室に居た。
「トウギリ、特訓組がなんでここにいるじゃんよ」 「いや……すぐに合流するつもりだが、気になることがあってだな」 「気になること?」
デイジーはパソコンのキーボードを叩きながら、俺に問い返す。 俺は……以前【ソウキュウ】でハジメを取り逃がしてしまったことを思い返していた。 あの時、ハジメの波導を見つけられなかったことに対し、違和感を覚えていた。
「デイジー。例えばだ。個人の波導の気配を何かで消すことは、可能か……?」 「可能じゃんよ。理論上はいける」
即答、か……仮にもこの波導感知能力には、自身があったのだが、まだまだ対策を考えねば……。 考え込んでいると、デイジーから「大丈夫?」と聞かれる。正直、地味に凹んでいた。
「波導は個人が発する波だから、それさえ崩して溶け込ませば、例えばメガヤンマの羽音でも、波導を消すのは可能じゃん。でも、そんな個人単位で消せるややこしい機械があったとすると……どこが開発したのやらってのが気になるが」 「……このままだと、俺はあまりアテにならなさそうだな」 「いんや? むしろ、それだけ向こうもトウギリを警戒しているってことじゃんよ。大丈夫、限定的な状況を作れば、になってしまうけどそういう相手の対策はある」
自信ある言い方で、デイジーはその対策とやらを教えてくれる。
「――――なるほど。確かにそれなら……可能だな。」 「じゃろー。まあ、教えてくれて助かった。その可能性も視野に入れつつ策を考えるじゃんよ」
少々慣れも必要そうだから、後で練習に付き合ってほしい、と頼むと、「お安い御用」と帰ってきた。頼もしい。 さてそろそろ特訓組に合流しに行かねば、向こうはどうなっていることやら。 ソテツがやり過ぎていないといいのだが……。
***************************
訓練ルームに至るまでに、色んな<エレメンツメンバー>と彼らのポケモンたちすれ違った。 現在起きている事件や問題にそれぞれが担当して、出動しようとしたり、机を挟んで解決法を考えていたり、逆にプリムラに報告しに行こうとしていたり。 さっきの本部室に向かう途中にも驚いていたことは、全員が全員俺達に普通に話しかけてきたことだ。
「あ、アサヒだ。元気だった? 今日の夕飯作り手伝ってくれない? ……冗談ですよ。真面目にやりますよっと」とか、 「おっとソテツさん、あんまアサヒさんに意地悪しちゃだめですよ」とか、 「アサヒ、そっちの彼は、例のリオル使いの? ……なんか、羨ましいな相棒って。こう格好いいじゃん」とか。 なんだか不思議な感じがした。こういうのに慣れてないだけなのかもしれないが。 それに、彼らはヨアケに気を許しているようにも見えて、ますます違和感というか謎が深まった。
訓練ルームは、ドームの中央付近にあった。結構部屋の数がある。ヨアケが、「わりと時間を譲りあって使っているんだよ」と教えてくれた。貴重な時間を、大事にしないと……。 そのうちの一室に入った後、道中口数が妙に少なかったソテツが、口を開く。
「ビドー君、悪いが先にアサヒちゃんたちと一戦交えてもいいかい」 「俺は構わないが」
ヨアケはどうなのだろう、と彼女の顔を伺うと、彼女はまた緊張していた。
顔が、少しだけこわばった笑顔だった。
――ソテツが呆れたように、「笑うならもっとちゃんと」と言った。 反射的に謝るヨアケに俺は声をかけ、
「無理に笑わなくてもいいんじゃないか」
ミラーシェード越しの鋭い視線をソテツに向ける。 ソテツは、ひどくつまらなさそうに俺の視線を真っ直ぐ見つめる。
「庇わない方が、お互いの身のためだぜ。アサヒちゃんはオイラの教えを自分の意思でやっているだけだ」 「……じゃあなんで、強要しているんだよ。ヨアケのこと、仲間だって、家族のようなものって言っていたじゃねえか」
それが外面だろうと、偽りだろうと、そう言っていたじゃねえか。なのに、なんで。 ……だが、その一言が引き金を引いてしまう。
「家族のようなって言ったのはガーちゃんだけどね。と訂正はいれるよ。でも、ビドー君はわりかし平和な家庭で暮らしていたのだろうね」 「?」 「身内だからこそ、許容できない軋轢はあるものだよ」
そういってソテツは……笑った。 その笑顔に俺は悪寒が走った。
「もういいよ。最初はアサヒちゃんたちと遊んでやろうと思ったけど――――二人まとめて本気でかかってこい」
様子を伺っていたヨアケが、慌てて発言をしようとする。 それをソテツはさせない。 彼は、しっかりと彼女の目に目を合わせて、逃げることを許してくれなかった。
「無理に笑いたくないのだろう? 気軽に笑えないようにしてあげるよ」
***************************
ソテツ師匠が、笑っている。
師匠は昔、そんなに人前で笑うのを好むタイプではなかった。 たぶん、私を笑わせるために彼は笑顔体操という習慣を広めていった。無理して笑って、それが定着した。 だから私は、笑う努力をした。 私が笑うことで、師匠は満足そうにしてくれたから。私が暗い顔をすることを師匠は望まなかったから。 それが、怖くても。贖罪の一つだと思ったから私は笑った。 さっきは、甘かった。つくろったのを見抜かれていた。そのせいでビー君を巻き込んだ。 今度は、しっかりと。しっかりと。
『無理に笑わなくてもいいんじゃないか』
ありがとう、ビー君。でも、私は無理してでも、今は笑うよ。 赦されないために笑うこと。 それが、私が彼に出来ることだから。
あの子の入ったボールを構えて、私はソテツ師匠に笑いかける。
「形式は変わっちゃったけど……約束、しましたからね。思いっきりポケモンバトルをしましょう、ソテツ師匠!」
***************************
「お願い、ララくん!!」
ヨアケの投げたボールから、青い首長で甲羅を背負ったポケモン、ラプラスのララが出てくる。 顔合わせでは見たことあるが、実際にバトルに出てくるのは、初めて見る。 ラプラスか……だったら、今回はコイツに頼もう。
「アーマルド、頼んだ!」
俺が選んだのは、全身を甲冑のようなもので覆われ、鋭い爪が特徴のポケモン、アーマルド。 アーマルドはソテツに一瞬ビビる様子をみせた。 「いけるか?」と尋ねるとこちらに視線をやりツメを振った。なんとかいけそうか。 すると、リオルの入ったボールが一瞬揺れた気がした。悪い、今回は留守番だ。けど。
「応援していてくれ、リオル」
あえてボールから出す。リオルは一瞬驚いたような顔を見せて、それから気難しそうな表情に戻り、頷いた。
ソテツは俺らを眺めると、スポーツジャケットのポケットに片方の手を突っ込んだまま、ボールを下手投げする。
「いけ、フシギバナ」
重い、着地音。 現れたのは大きな花を背負ったフシギバナ。【トバリ山】では、ハジメを軽々と追い詰めたポケモン。それが今度は、俺らで相手しなければならないとは。 思わず生唾を飲み込む。足を、引っ張らないようにしないと。
ヨアケもソテツも口元には笑みを浮かべていた。でも、お互い無理して笑っているように見えて、何故二人にそこまでそうさせるのかが理解できなかった。
ソテツが視線を遠くに向ける。その先には遅れてやってきたトウギリがいた。
「審判役も来たし、じゃ、始めようか。任せたよトウギリ」
ソテツの声色に反応して、トウギリは目隠しを片目だけ見えるようにずらす。
「2対1……手持ちは1体ずつか。ソテツは……」 「フシギバナだけで充分」 「分かった……ソテツはフシギバナ、アサヒとビドーは2体とも戦闘不能になったら決着だ。いいな?」
3人とも首肯で返す。確認したトウギリは、バトルの始まりを宣言する。
「それでは、アサヒ、ビドー対ソテツ……始め!」
***************************
「フシギバナ、『はなふぶき』」
いきなりフィールドに、大量の花弁が舞った。 フシギバナが範囲攻撃技の『はなふぶき』の花弁でラプラスとアーマルドにダメージを与えようとする
「ララくん『こおりのいぶき』っ」
ヨアケのラプラスが口から凍てつく息吹を発射。花弁を凍らせて地に落としていった。 それでも花弁の勢いはなかなか収まらない。俺は援護も兼ねてアーマルドに指示する。
「『あまごい』!」
上空に雨雲を呼び寄せ、雨を降らす技『あまごい』。 雨の重みに、最初に放たれた花びらは今度こそ届かなくなる。 そして、水タイプ技の威力が上がり――――俺のアーマルドは特性『すいすい』を発動する。
「『アクアブレイク』で突っ込め、アーマルド!!」 「! ララくん、『しおみず』で援護して!」
『すいすい』は雨の中素早さが上がる特性。つまり、この環境の中アーマルドは動きやすくなる。ヨアケのラプラスの『しおみず』の援護の中、上がったスピードを生かして『アクアブレイク』の一撃を狙う。 フシギバナは、『しおみず』をものともせず、アーマルドを待ち受けていた。 ギリギリのタイミングで、ソテツが口を開く。
「タネ発射」
直後、ア―マルドがバランスを崩して転んだ。 俺が驚くヒマも与えずに、ソテツとフシギバナは追撃してくる。
「『つるのムチ』で投げ飛ばせ」
転んで身動きが止まったアーマルドが、ラプラスに向かって投げられた。 ラプラスはなんとか受け止めてくれるも、ダメージがでてしまった。 く、次の手を、次の指示を出さなければ。
「ビー君、アーマルドが」
彼女の一言にはっとアーマルドを見る。それからアーマルドが思うように動けずに動揺していることに気づく。 アーマルドが腹部に植えられたタネのせいで特性を『すいすい』から上書きされていた。 たしか、相手の特性を『ふみん』にする技――『なやみのタネ』。 これではアーマルドは素早く動けない。これでは、これ、じゃあ。
「2対1って言って悪い、思い切り勝負できないね。これじゃあアサヒちゃんが全力だせないよね」
お荷物を抱えさせちゃったね。と笑われている気がして、頭に血が上りかける。 なんとか冷静を保とうとするも、直後アクシデントがおきた。
「もっかい『はなふぶき』」
雨の中花弁が再び風に乗って吹雪いて、それが俺のかけていたミラーシェードに張り付いた。 視界が閉ざされる。 アーマルドの姿が見えない、ラプラスの姿も、フシギバナもソテツも、審判のトウギリも観客席のリオルも、ヨアケも。
「くっ、ララくん『こおりのいぶき』!」
彼女の声がして、それでは防ぎきれないと悟る。 咄嗟にラプラスの特性を思い出した。 ラプラスのララは、まだ『なやみのタネ』を放たれていない。 だったらこの一撃は活かせる……!
「アーマルド、ララに『アクアブレイク』!」 「! サンキュ、ビー君!」
水タイプ技を回復できる『ちょすい』の特性のラプラスになんとか『アクアブレイク』で援護できたようだ。よし、なんとかしのいだ。
それから。すっかり花びらまみれになったミラーシェードに手をかけ、外し――
「『にほんばれ』」
――視界が光に襲われた。 その、暴力的な光の雨に、目の前が、 意識が、真っ白になった。
***************************
フシギバナの『にほんばれ』の強烈な光を裸眼で直視してしまったビー君は、膝から崩れ落ちた。 審判のトウさんも、ソテツ師匠も、私も何が起こったのか一発で理解した。 リオルとアーマルドは困惑していた。
「うあ、ああ、あああぁああ……!!!!」
顔を抑えることすらできずに、苦しむビー君。 この症状は、やっぱり。
「アーマルド! 『あまごい』でお願いとにかく光を消して!!」
ビー君の代わりに出した指示をアーマルドは聞いてくれた。 雨雲が再び光を打ち消す。ビー君は、へたり込んで立てない。 そのまま倒れかけるビー君を私は受け止める。
「ビー君、しっかりしてビー君!!」 「う……うう……」
みんながビー君の周りに近づく。これじゃあ、バトルどころじゃない。 心配する私とトウさんをよそに、ソテツ師匠は笑みを消し、受け答えできないビー君を冷たく突き放す。
「今時“光”も克服できてないなんて、話にならないよビドー君……」
それは、“闇隠し”の被害を受けた者が陥りやすい、典型的な“強烈な光へのトラウマ”だった。 出会った時からミラーシェードをずっとつけている印象があったから、もしかしたら光が苦手なのでは、とは思っていた。でも、まさかここまでフラッシュバックするとは。
「そんなので本当にアサヒちゃんの力になれるの?」 「ソテツ!」
滅多に声を荒げないトウさんが、ソテツ師匠を怒鳴る。 師匠はひどくがっかりした様子で、フシギバナをボールに戻し、訓練ルームを立ち去ろうとする。
「付き合いきれないね。オイラも通常業務に戻らせてもらうよ」 「し、師匠」 「はあ、いい加減にしなよ。元師匠だって何回言わせるんだいアサヒちゃん。それに」
引き留めようとする私を、彼はうんざりと言った感じで普段見せない本音を言った。
「それにオイラは、そういう図々しい君が昔っから大嫌いだよ。知っているだろ?」 「知っているよ。私が笑うことで、貴方が私を憎むことをしやすくなるのも」 「なら話が早い。もうそれ、いいよ。やらなくて。しばらく君の顔なんて見たくないから」
彼の突き放す言葉に、私はそれ以上何も言えなかった。 ソテツ師匠が去り、トウさんがプリ姉御を呼びに行っているその間。 『あまごい』の雨に打たれながら、目を瞑り苦しむビー君を私とララくんとリオルとアーマルドは、ただただ見ているしか、出来なかった。
***************************
気が付いたときには、白い天井が見えた。 俺は、医療用ベッドの上で仰向けになっていた。 世界がいつもより眩しく見える。 違和感もあるのでミラーシェードを探すも、見当たらない。
「はい。大丈夫? ビドー君」
誰かが、ミラーシェードを渡してくれる。短く礼を言うと、「どういたしまして」と返ってきた。 ミラーシェードをかけ直して視線を声の方へ向ける。その人は、五属性、炎属性のプリムラだった。傍らには、彼女の手持ちと思われるピンクのずんぐりとしたポケモン、ハピナスが水の入ったコップをトレーに乗せていた。 ハピナスからコップを受け取ると、一気に飲み干してしまった。ひどくノドが渇いていたようだ。
「落ち着いた?」 「……はい」
プリムラから、ここに運ばれた経緯を教えてもらう。それは、あらかた予想通りだった。 俺は、強烈な光を見て、“闇隠し事件”のトラウマを、ラルトスと隠された後の暴力的な光を……あの恐怖を思い出してしまっていた。
「とても、とても……情けない」 「そんなことないわよ。“闇隠し事件”を経験していると、真っ暗闇や強烈な光が怖くなってしまうのは、仕方ないって」
あらかじめ、把握していることや、一瞬のカメラのフラッシュぐらいの明るさは、まだ平気だった。ミラーシェードをかけているなら、尚安心だった。 かろうじて聞き取れたソテツの言葉も、もっともだ。
「こんな弱点を抱えたままで、俺は本当にヨアケの力になれるのだろうか」 「そんな気にしなくても大丈夫よ」 「……?」 「貴方は、自分の意思でここに居ることを選んだ。アサヒの相棒になることを選んだ。なら、そのくらい乗り越えられるわよ」
励まし、だったのだろう。根拠になってない根拠な気もするが、自然とその言葉には説得力があった。
「入るぞ、プリムラ」
低い小声を発し入ってきたのは、トウギリだった。
「トウギリ」 「ビドー……大丈夫か」 「ああ……もう、立てると思う。ソテツには見限られてしまったが……俺に修行、つけてもらえるだろうか」 「何を言っている」
そう、だよな……無遠慮も甚だしい。と顔を伏せると、肩を叩かれた。
「当然だ……望むところだ……するぞ、修行……」 「トウギリ?」 「何に負けても、自分に負けるな……いいな……?」
言葉をかけて、手も差し伸べてくれた。 ここまでされて、甘えないのは逆に失礼だと思った。 だから精一杯握り返した。 だから精一杯、願った。
「ああ。強く、なりたい……頼む」
***************************
先程の訓練ルームの前にくる。そういえばリオルとアーマルド、出しっぱなしだったな。 色々申し訳ねえ。と考え足が止まる。すると中から衝撃音が聞こえた。誰かがバトルの練習をしているのか?
トウギリが扉を開くと、そこではヨアケが、ラプラスとグレイシアを出して――アーマルドとリオルとバトルの特訓をしていた。 フィールドには、あられが降り注いでいる。
「……もっと! アーマルド、もっと攻撃を見て! リオルはもっと周りを見渡して!」
アーマルドが、ラプラスの『しおみず』を『アクアブレイク』で切りさいていた。リオルは『ゆきがくれ』の特性であられの中に姿を隠すグレイシアの姿を必死にとらえようとしていた。
俺の存在に気づき、彼女たちは特訓を止めて駆け寄る。 何も言えずにいると、リオルとアーマルドが、「大丈夫か」と鳴き声をかけてきた。 そしてヨアケが、眉間にしわを寄せた、力強い笑顔で、俺に言った。
「もっと、もっともっと強くなるよ、一緒に。ね、ビー君!」 「ああ、ああ……!」
強くなりたい、そう願ったら、強くなろう、そう言われた。 それは、とても恵まれたことのように思えた。 俺はこいつらともっと、強くなる。 光にも、戦う相手にも、自分にも負けないぐらい強く、強く。 強くなってみせる。
***************************
日が少し傾いてきた【ソウキュウシティ】の公園。その公園のシンボルである噴水に二人の男女が腰掛けていた。 男性は、黒髪ショートで黒縁眼鏡、紫のシャツを着て眉間にしわを寄せていた。 女性は、茶色のボブカットで、白いフードの黄色いパーカーを着て物静かに座っていた。 ボブカットの女性サモンは彼、キョウヘイに質問する。
「キョウヘイ。この国、どう思う? 一応ボクの故郷なんだけど」 「強くなるための施設や環境が足りていない」 「やっぱり興味があるのはそこなんだ……」
サモンは、予想していた答えが出てきたことで少し残念そうにする。 キョウヘイは気にも留めず、己の感想を続けた。
「“ポケモン保護区制度”、はっきり言って邪魔だ。賊とかの抑制にはなってないし、何より野生の強いやつと戦えない。経験が積めない。強くなれない」
「強くなれない」という単語にサモンは視線を下に逸らし、重ねて質問を続ける。
「そうだね。そういえば、相変わらず最強を目指して旅しているのかい、キョウヘイ」 「くどい。その質問何度目だ」 「さあ。ただ、いい加減キミも故郷に少しは帰ったらとは思っただけだよ。可愛いあの子もいるんだし」 「それこそくどい……それに、君と言えど、命令するなら今回の話は聞かない」 「一応心配のつもりなんだけどね。わかったよ。でもこれだけは聞かせてくれ」
頭を上げ、キョウヘイの瞳を真っ直ぐ見つめて、サモンは尋ねる。
「キミは、最強になった後何を成すんだいキョウヘイ」
キョウヘイは、サモンを睨み返して両腕を組む。
「……サモンが知る必要はないだろ。俺が何を成したいか、なんて」 「そうだね。そうだった」 「君こそ、こんなところで何をしている。隕石なんか欲しがって大会に俺をけしかけるとか、何を企んでいる」 「ボクが何を企んでいるって? それこそ、内緒だよ」
意趣返しされいらだつキョウヘイに、サモンは「ただね」と言い、提案をした。
「共犯者になってくれるなら、教えてもいいよ」
眉根をひそめるキョウヘイに、小さく笑いかけるサモン。 キョウヘイは真意を確かめようと口を開きかけて、閉ざした。
「……断る」 「まあ、その気になったらまた声かけて」 「その気になったらな」
流れる水の音を聞きながら、恐らく、その気になるときはないだろ、とキョウヘイはその時は思っていた。 時間が、事態が、彼女の置かれている状況が、水の如く流れていくとも知らずに……。
***************************
さっきとは別の訓練ルーム、水辺のフィールド。 そこに俺は、リオルと一緒にプールの中に入っていた。プールはバトルフィールドにもなっているのでところどころ陸地がある。水はぬるめなので、そこまで冷えない。 格好は、何故か(購入させられた)水着。(セットで買わされた)水泳帽とゴーグルもつけていた。いや服濡らしたくないが、泳ぐのが子供の時以来なので、単純に慣れない。視線とか、視線とか、視線とか! そして「海パン野郎ビー君爆誕」って呟き、聞こえているぞヨアケ。後で覚えていろ。
プールサイドには、見学のヨアケ。先生のトウギリ。補助要員でスオウがいた。王子、それでいいのか。
「さて、波導の道を教えようと思う。が……その前に、いくつか確認をしておく注意点がある……」
それ、着替える前にやってほしかったんだが。という訴えは無視された。
「その一。波導が見えるようになると、目を瞑っても嫌でも見えてしまう……不可抗力でも、波導ではばっちり見えてしまうので言い訳をすることが赦されなくなる……精神を強く持て……」
なんか後半経験談みたいな感じなんだが、何があったんだ……。 ヨアケは若干、いやかなりどん引きながら「あーそれでたまにデイちゃんやプリ姉御になじられていたんだ……」と納得していた。だからなんの話なんだよ……と思っていたらスオウ王子が親指を立てて、解説とエール? をしてくれた。
「要は脱衣所のばったりとかで見ないって防御が出来なくなるってことだ。一生覗き魔のレッテルを張られることになる。煩悩に負けるな少年!」 「青年だ」 「社会的な死を経験して、甦り大人になれ、青年!」
えっ、そういう話なのかこれ。そういう話なのかこれ? てか、仮にも女性の前で、しかもヨアケの前で開けっ広げに言うなよ王子。 ヨアケはヨアケでなんか「波導使いって大変だね」と達観し始めている。あと隣のリオルの視線が痛い。
「その二……波導は便利だ。ただし使いすぎると死ぬ」 「なんか覗き過ぎたら死ぬみたいで嫌だな」 「真面目な話だ……一つの生命体が使える波導は限れていて……無理して使いすぎると、結晶化という症状を起こして死ぬリスクがある。だから絶対使いすぎてはいけない」 「それ、波導弾放つ夢、命がけじゃ……」 「命がけだ……正直、叶わなくてもいい……」 「ぶっちゃけすぎる……」 「まあ……それでも、波導の力を覚えて、使いこなして強くなりたいか。ビドー」
問われて俺は、リオルの瞳を見た。 強くなりたい。という願いもあったが。 俺は、リオルの見ている景色を見てみたかった。 同じ世界を、見てみたかった。 だから、強く、しっかりと頷き、教えを乞う。
「ああ。教えてくれトウギリ、頼む」
***************************
「波導とはあらゆるものが発する波だ。まず、波の伝わりやすい水中でリオルの発する波導を感じてもらう……ビドー、目を瞑れ。リオルは……一旦隠れてもらう」 「分かった。リオル、隠れてくれ」
目蓋を閉じながらそう指示をすると、リオルは、少し自信なさげのような声で返事した。なんとなく、リオルは不安なのかと思った。
「大丈夫だ。絶対。見つけられるようになるから」
声をかけると。小さく、リオルはさっきよりはしっかりとした返事を返してから俺から離れていった。
「せっかくだし、BGMつけるぜ。頼んだアシレーヌ!」
姿は見えないが、スオウがアシレーヌというポケモンを出した。確か、歌の得意なポケモンだったと記憶している。 アシレーヌの歌声が、辺りに響く。懐かしく。心安らぐメロディだ。 歌か。そういや、シザークロスの歌っていたあの曲ってどっかで売っているのだろうか。 いや……そんな雑念、今は捨てろ。
「リオル。そこで止まってくれ。それじゃあ……目を瞑ったままリオルを探せ……足元には気をつけて、ゆっくりと」 「了解だ」
歌に誘導されそうな意識を、静かに落ち着かせる。 なるほど、歌でリオルの息遣いを隠しているのか。
つまりやることは、波導で見つけるかくれんぼ。だな。
……。 …………。 ………………。 視覚を使わないで、意識を静かにすると、体の他の感覚が研ぎ澄まされていく。水のにおい。水面が、揺れる触感。アシレーヌの歌で聴覚が邪魔されているせいでこの二つが、特化されていく。
(そういえば、リオルは感情を波導で伝えるって昔聞いたことがある) (今、何を考えているのだろうか。今、どんな感情を持って俺を見ているのだろうか) (俺は、リオルのことをまだまだ知らないってことなのかもな) (だからこそ) (だからこそ、俺はお前のことが知りたい)
(教えてくれ、リオル)
***************************
ビー君が、目を閉じながらつぶやく。
「…………見つけた」
アシレーヌの歌声の中で、トウさんが、「ほう……」と言葉を漏らしているのを私は聞き逃さなかった。 スオウ王子とアシレーヌも、ビー君をじっと見ていた。 私も、ビー君とリオルを交互に見やる。
ビー君が黙って、ゆっくり動き出す。 ゆっくり、ゆっくりと歩き出す。 着実に――――リオルの方に向かって。 途中、障害物にぶつかりながらも、着実に一歩ずつ水の中を歩んでいく。 そして、ビー君はプールサイドの壁までぶつかった。 上へと手を伸ばしたビー君。 空へ伸ばされるその手を…………リオルは取った。 ビー君は、リオルに笑いかけた。
「言った通り、見つけたぜ、リオル」
プールサイドの上に居たリオルが、とても嬉しそうな声で、一声鳴いた。
「そこまで……目を開けると良い」
ビー君が目を開け、少し驚きながらリオルの顔を見つめる。 リオルは少し泣きかけていた。ビー君はリオルを引き寄せしっかりと抱く。
「不安にさせてゴメンな。大丈夫だ。お前のことは、ちゃんと、覚えたから」
私はただただ驚いていた。私はトウさんのメモの指示でこっそりとリオルをプールサイドに引き上げていた。水の中にいる振動が、波導が伝わるというフェイクを、ビー君は目を瞑りながら看破した。 トウさんが、ビー君を褒める。
「一発とは、お見事……リオルの声は、聞こえたか」 「声、というより早く見つけてくれって念? みたいなのがピリピリとこう、道筋になって来たというか……うまく表現できないが、その念じていたのがリオルだというのは、なんとなく」 「ふむ……まずは第一段階突破だな。自分の親しい者の波導が分かれば、その者とそれ以外の存在が分かる。あとは徐々に個人の波導の形を記憶していけば誰が誰だかわかるようになる……その辺は、慣れと練習だ。第二段階、行くぞ……」 「あ、ああ」
次のステップに進もうとしているビー君達を見届けて、私は一声かけてから、席を外した。 ビー君は、きっかけを掴もうとしている。私も負けてられない。 何が出来るか分からないけど、私は私で出来ることをしよう。
***************************
溜まっていた通常業務がひと段落したので、様子見がてらに作戦会議室を覗く。 すると唸っていたデイジーが、こちらに気づいたとたん開口一番なじった。
「ソテツ……またアサヒを、そしてビドーをいじめたって聞いたじゃん?」 「いじめてなんかないさ。本当のことを言っただけ。それより何か手伝うことある?」 「ありまくり。修行組サボった分こっちで挽回してもらうじゃん。エントリーする奴らのリスト作りとか、手伝って」 「おお、怖い……睨むなよ。コキ使われてやるって言っているのに」 「そういうとこ、直しな。ロトム、ソテツにデータファイルを」
デイジーにタブレットなどを渡される。彼女のパソコンに入っていたオレンジの小さなロトムが、こちらにデータ送信を行う。思うけど、働き者だよねーロトム。 大会登録者の情報が入ったファイルを受け取ると、とりあえずまず目を通す。 その最中、知った名前が目に入る。そして、それが苗字だと気づいて、下の名前はどんなだろと見て。
引っ掛かりを覚える。
「これ、ビドー君の下の名前って……あ、ああ。そういうことか……」
引っ掛かりは、自己解決した。そうか。ビドー君が彼だったのか……。 彼のプロフィールを注視しながら読み、彼の両親が早くに他界していることも知る。 パートナーのラルトスも『闇隠し』被害にあい、家族に頼らず、いや頼れず生き抜いてきた彼のことを思い、失言を振り返る。 そして彼とは少なからず因縁があったことも思い出し、そういう意味では、ちゃんとバトルするべきだったと少し後悔した。 なんとなく、わざとらしくぼやく。
「謝りにくいなあ、彼女のこともあるし」 「ソテツ……謝るなんてのは、自己満足。謝るつもりがあるのなら誠意を見せるしかないじゃん」 「知った風な口を……」 「いやそれこそアサヒはそれずっとやっているじゃん。ソテツにできないことではないと思うけど」 「出来たら今苦しんでない」 「この見栄っ張り。自分で自分の首を絞め続けていろ」 「へいへい」
デイジーに突き放されても、特にダメージはなかった。 結局、自分の感情なんてものは、誰かに協力してもらっても、最後は自分で処理するしかないものだと解っていたからだと思う。 己で割り切るしかない。けれどオイラとしては、不毛だとわかっていても現状に甘んじていたかった。愛想はだいぶ尽きているけど、他に道が見えなかった。 だからこそ、こう思う。 だからこそ、思考がこう帰結する。
ああ、面倒くさい。と。
……何が、という訳でもなく、何でもない、という訳でもない。ただただ疲れのようなものがずしりとのしかかる感覚。これは、何なのだろうね。 頭の中で問いかけても返事がくるわけではない。テレパシーもしていないし。していたとしてもそんな簡単な問題ではないのかもしれない。 ――深く考えるのはよそう。今は職務を果たさねば。 オイラは、<エレメンツ>なのだから。
***************************
「ソテツ……ちょっとだけ、修行組覗いてくれば? さっきから手がなかなか進んでないじゃん」
気を取り直したのも束の間、デイジーに言われて追い出され、こそこそと様子を見に行く。 いや、なんでオイラがこそこそせねばならんのか。しかも差し入れまで使い走りさせられるし。気を回すにしても、こちらへの配慮足りなくないかデイジーさんよ……。
さて、たどり着いた。目の前には二つの使用中訓練ルーム。さてどちらがどちらか。
「悪い、頼んだモジャンボ」
図体の大きいモジャンボを前面にして、直感で片方開けてもらう。 その扉の中は……寒かった。 ああこれ、会いたくない方だ。モジャンボ大丈夫? 行ける? 行けるなら差し入れ持っていって。お願いだ。え、寒くて入りたくない? そうか……。 モジャンボの後ろから覗き見ると、彼女はあられの中グレイシアのレイちゃんと共に何かをしようとしていた。 フィールドがところどころ凍っている。氷タイプの技を乱発しているのか? その割には、彼女たちは、アサヒちゃんとレイちゃんは何かを狙っているようだ。 神経を研ぎ澄ませて集中するふたり。
「いくよ、レイちゃん」
準備万端の合図を出した後。彼女は――早打ちの如く技を指示する。
「『れいとうビーム』!!!」
何かが光った直後、モジャンボの足元の床が凍った。 驚くモジャンボがひっくり返りそうになるのを、なんとか踏ん張らせる。 発射したラインと全然違う方向性に飛んできた。つまりアサヒちゃんたちがやりたいこととは……そういうことか。
「まったく」
ガーちゃんがよく使う言葉を、使わせてもらう。 まったく……ビームを曲げようだなんて、コントロールしようだなんて、無謀にも程度があるぞ。
「あわわ、ごめんモジャンボ、気づかなかった!!」 「本当だよ。危ないじゃあないか、危うくひっくり返ったモジャンボにつぶされるところだった!」 「え、ソテツし……元師匠?」
いまさら存在を隠すことはできない。 半分諦めつつもヘアバンドで目元を覆い、モジャンボの後ろから姿を現す。
「なんで目元覆っているんです?」 「顔見たくないからだよ。察しておくれ」 「あ……そうだった」
忘れてたんかい……こっちが色々悩んでいた時間返せとも言いたくなったが、それはやめた。 ヘアバンドで目元を隠しながら、言うだけのことは、言う。
「ダイヤモンドダスト。グレイシアのレイちゃんならそこまで氷の粒を細かく出来るはずだ」 「え……?」 「そこまで行くと目視はきついけど、逆に軌道を読まれにくいと思う。あと、空中に拘らないなら普通に大きい氷でも汎用性はあると思う」 「なるほど。でも、なんで」 「見ればわかるよ。光線を反射して自在に曲げたがっているって」 「いや何で分かったとかもありますけど、何で教えてくれるんです?」
言われてみれば、確かに。何で教えたのだろうな。 深く考えたけど、何も理由が思いつかなかった。 なんかどうでもよくなってきたので、適当にでっちあげる。
「そりゃ、嫌がらせだよ。もっと強くなってもらわないと、ボコボコにし甲斐がない。オイラの本気が出せるバトル、まだ出来てないしね」 「……ふふ、なんですかそれ」
彼女が笑う。散々作り笑いを強要していたからわかる。それは素の笑顔だった。可笑しくて仕方がないといった、笑いだった。 まあ、視線を合わせていないから、よく出来た作り笑いかもしれないけど……十分だった。
「笑えばいいさ。君が笑えば笑う程、オイラは君を嫌いになれる。それでいいのだよ。少なくとも、今はまだ」 「そうですね。好きなだけ嫌ってください。ソテツ師匠」 「元だよ。いい加減師匠離れしてくれい。卒業しきれてないじゃないかアサヒちゃん」 「すみません」
ため息をつく。それは呆れもあったけど、溜まっていた何かを外に出すような、ため息だった。
***************************
それからしばらくの間、時間の合間を縫って、頻繁に【エレメンツドーム】に通った。 チギヨの要求通り、配達の仕事をやりながら、特訓を重ねる。 ソテツとはあんまり会話出来てないが、険悪な雰囲気という訳でもなかった。 ひとつわかったのは<エレメンツ>はヨアケを赦さないことで、赦していないという体裁を保っているということだった。 形の上で赦さない。そういうことをしているから、なんとか線引きをしている。 赦したいと思う者も、赦せないと思う者も、一緒くたにそのラインを守っている。 微妙な関係性だけど、ヨアケは「十二分過ぎる」と語っていた。そして、「赦されたいってちょっとおこがましかったな」とも反省していた。 俺は、そうは思わないんだけどな。
あとぶっちゃけ、ここまでしてもらっていると俺も<エレメンツ>の関係者なのでは? と疑問を浮かべたが、「なんとかなる」とスオウも言っていたので、まあ何とかなるのだろう。 いよいよ大会も近づいてきた頃、来訪者がいた。
<エレメンツ>のメンバー、ソテツの現弟子のガーベラが、その人物を担いで連れてくる。
「【ドーム】の周辺でお昼寝していたのを拾ってきました。貴方の知り合いでもあると思ったので」 「ガーベラ、それ誘拐じゃ……って、あ、ああっ」
見覚えのある寝ぐせ頭と赤リュックと、付き添うゴウカザルに、思わず声を上げてしまった。 彼女が目を覚まし、オレを認識する。
「んー、おはよー。あー、ビドーだー」 「おう……アキラちゃん。久しぶり。どうしてここに?」
アキラちゃん。 俺がヨアケと相棒になる前後に、出会ったきのみが好きな女性。 以前俺はなりゆきで彼女からポロックメーカーを譲り受けた。 そのポロックの為にきのみを育てるのは、わりと俺の最近の趣味になっている。 ポロック自体は、あんまりうまく作れないけどな。
「あー、どうにもこうにも、ビドーを探していたんだよ」 「俺を?」 「んー、きのみ、増やせたからね。おすそわけしようかとー」 「あ、は……じゃなかったあのきのみか」
危ねえ、思わずガーベラの前でハジメの名前を出すところだった。ハジメがアキラちゃんにきのみ渡していたのは、ばれたらマズイ気がした。
「あー、ビドーの家行ったら、仕立屋さん? にこっちにいるってきいて。やって来たはいいものの疲れて眠っていたら拾われちゃった。ありがとーガーちゃん」 「ガーちゃんじゃありません。ガーベラです。まったく、ビドーさんくらいですよちゃんと名前を呼んでくださるの。では私はこれで失礼します」
悪態を吐き、ガーベラはアキラさんを下ろす。「力持ちだな」と言ったら「これでも土いじりしているので、体力は少々」と返された。たくましい。
ガーベラが去った後、アキラちゃんはリュックからがさごそと例のきのみを取り出した。
「んー、これ。『スターのみ』っていうらしいんだ。強すぎる力を持っていて、世界の果てに捨てられたって伝承があるってレインのところの本に書いてあった。あー、味はとても美味しいから安心して」 「スター、確かに星っぽいな。星、か……」
星という単語で、少し嫌な記憶が蘇りかける。思わず暗い顔をしてしまったようで、アキラちゃんから心配される。
「あー、無理にとは言わないよ? 要らなかったらそれはそれで……」 「いや、違う。大丈夫。とても珍しそうだけど、貰ってもいいか?」 「んーどうぞどうぞー」 「……その、ありがとう」 「いいってことよー。遠慮はいらないよ。ビドーはきのみを育てる楽しさ、どうやらわかってくれているみたいだしね」 「あれ、言ったか? 育て始めているって」 「あー、わかるよ。楽しさを共有出来て嬉しいよ」
嬉しいと言われて、何故だか俺の方も少し嬉しくなった。 そして……遠慮、か。遠慮しなくていいっていっても、このお願いをしたら、嫌がられるだろうか。 唐突に浮かんだことを言いあぐねていると「んー、言ってみ?」と言われた。お見通しか。
「アキラちゃん、その」 「んー、なーに? ビドー」
なかなか慣れないけど、アキラちゃんの丸い瞳をしっかりと見据え、俺は彼女に申し込んだ。
「俺と、ポケモンバトルしてくれないか」 「いいよー」
丸い目を少し細めて、彼女は楽しそうに受け入れてくれた。
「んー、10年かけてバッジ8個集めた実力を、見せてあげよう」
バッジ8つ。確か他の地方のバトルの強さを表す証だったか。とにかく実力者、なんだな。望むところだ。 でも10年って……別のベクトルで凄くねえか?
***************************
訓練ルームを借りようかとも考えたが、アキラちゃんが「せっかくのお天気だし」と外でバトルすることを進めてきたので乗る形に。 外の平原は風が気持ちよかった。
「あー、ライ、お願い」
アキラちゃんが選んだのは、さっきから付き添っている炎を四肢に纏えるという格闘ポケモン、ゴウカザルのライ。 ゴウカザルに対して俺は、俺たちの戦い方がどこまで通用するかを確認するためにも、リオルを出した。
「任せた、リオル!」
調子はどうだ? とリオルに尋ねるとリオルは波導で教えてくれる。今日は調子がいいみたいだ。
「んー、いつでもどうぞ」 「じゃあ……始めようか」
試合の開始の合図がないと、ちょっとやりにくいなと思ってしまうのは、審判がいることに慣れてしまったからかもしれない。 もう一つやりにくいのは、ゴウカザルとアキラちゃんは、自然体で構えていたこと。 隙だらけのように見えて、隙が見えにくい。 だったら、隙を作るまで!
「リオル、『きあいだま』!」
気合いを込めたエネルギー弾を放つリオル。軌道はちゃんとゴウカザルに向かっている。 それに対してアキラちゃんたち何かしら防いでくるはず。そこを近接戦に持ち込む。
「畳みかけろ、『でんこうせっか』……?!」
技の指示をリオルに出した後、ゴウカザルが「ひとり」でに『きあいだま』をするりとかわした。そして雷撃を纏った拳、『かみなりパンチ』で応戦してくるゴウカザル。 その間アキラちゃんは、いや、今現在も彼女は一切指示を出していない。
「ストップ、一旦引けリオル!」
リオルも同じく戸惑っているのが分かる。俺はアキラちゃんに素直に疑問をぶつけた。
「アキラちゃん。ライに技の指示ださねえのか?」 「あー、アタシが指示出すより、ライの方が早く動いてくれるんだよね。だいたいやりたいこと解ってくれているから、その方がいいのかな、なんて」
なんだそれ。と思っていたら「役割分担ってこと?」と返された。
「んー逆にビドーってリオルと同じ目線でしかバトル見ていない気もするんだ。もうちょっとポケモンに任せてみてもいいんじゃない?」 「つまり……全体を見ろってことか?」 「あー、そうそれ。向き不向きもあるとは思うからものは試しってことでーいくよー」 「わかった」
バトル再開とともに、ゴウカザルが吠えた。 すると、さんさんと急激に日差しが強くなる。
(『にほんばれ』!)
ミラーシェードつけているからまだ平気とはいえ、鼓動が早くなるし単純に眩しくて視界が悪い。 悩みかけたその時、
(!)
リオルから波導を受け取る。 そうだな、お前と同じ景色を見る。そのために特訓したもんな。 でももしかしたら、同じ景色でも二人で見れば、見方が変わるのだろうか。
ゴウカザルの波導を、感知する。日差しが強いせいか、パワフルな波導だ。 アキラちゃんの方は、穏やかな波導だ。 草木、風、日差し、土。他にも色んな波導がある。その中から、必要な情報を見る。 視界が見えにくくても、これなら戦える。
「…………よしっ、いくぞリオル!」
前方から熱波、『かえんほうしゃ』が来る。炎の勢いが凄まじい。リオルは咄嗟に屈んでよける。 火炎は勢いが上がっているせいか、ゴウカザルもコントロールに集中しているように見えた。 強力だけど、大技か。 だったら。
「でんこうせっか!」
俺の意図を、リオルに伝える。 リオルは屈みながら、『かえんほうしゃ』の真下を潜り抜けてゴウカザルに体当たりをかました。 『かえんほうしゃ』を中断させられたゴウカザルは、踏みとどまり拳を引いて構える。 雷の気配は感じない。『かみなりパンチ』ではない。だとすると……。 追撃をしようと考えているリオルを制止する。
「距離を取れリオル!」
拳が、蹴りが、凄まじい勢いで飛んで、バックステップをしているリオルを追いかけてくる。 『インファイト』……その連打は流石に近距離では見切れない。でも射程外をなんとかキープ出来ている。
「あー、やるねえ。ライ、ジャンプして『かえんほうしゃ』でどう?」
アキラちゃんのアイデアを、瞬時に理解するゴウカザル。高く跳びあがり、太陽を背にして火を吹いて来る。 炎はリオルをぐるりと取り囲んだ。しまった、炎のリングに誘い込まれた。 燃える炎の壁の外から、ゴウカザルが仕掛ける。
「外から突撃くるぞリオル!!」
炎を身に纏った突進『フレアドライブ』が、中にいるリオルめがけて、何度も、何度も直進して襲いかかる。 何回もかすり、熱気にあてられてしんどそうにするリオル。このままでは突進の餌食になるのも時間の問題だ。 いちかばちか……しかない。けど、あとちょっと、あと少し……次だ。 ゴウカザルが再び『フレアドライブ』を構えて、一歩駆け出した瞬間に指示を出す。
「『はっけい』の反動で飛び上がれ!」
大地に波導のエネルギー波を噴出させ、その勢いで高く跳びあがるリオル。 そして、狙っていた日差しの弱まりと共に。『フレアドライブ』を続けていたゴウカザルが急な減速に体のバランスを崩す。
「今だ、もう一度『はっけい』を使え!!」
指示はそれだけで通じた。空中で斜め上に『はっけい』を放ち落下軌道を変えたリオルは、そのスピードを活かしてゴウカザルにかかと落としを喰らわせた――
――そして、ゴウカザルは立ち上がれなかった。 『フレアドライブ』の使い過ぎで、消耗していたのもあったのだろう。 なんとか掴んだ、勝利だった。
「おー、ライ大丈夫? お疲れ様」 「リオルもお疲れ様。やったな」
俺の声掛けに、へたり込んだリオルは、小さく笑みを見せた。 アキラちゃんがオボンのみの携帯粉末をリオルとゴウカザルに呑ませてくれた。 元気が回復したところで、アキラちゃんが感想を尋ねてくる。
「あー、どうだった? 役割分担」 「悪く、なかった。ただコツと意思疎通が大変そうだなと感じた……」 「んー、その辺はあれだね。場数だね」 「場数……」 「そー、敵を知り、己を知ればってやつかなあ。つまりは個性を把握する感じ。この子はどういう風に動きたいのかなーとかを考えて、それに合わせてこっちも動くみたいな。あーきのみ育てるのと似ているかも」 「水の量とか、日差しの当たり具合とか?」 「んー。多分そう。同じポケモンでも、違うからね。そこは模索だね」
アキラちゃんの言っていることは、技のバリエーションとかでも当てはまるかもしれない、と思った。 得意な技、苦手な技。好きな技、嫌いな技――あと戦い方。 時間は少ないけど、そういう点からも見直してみるのもありかもしれない。
「色々、参考になる。助かるアキラちゃん」 「あー、どういたしまして?」
疑問符を浮かべ続けるアキラちゃん。何か考え込んだ後、こんな質問をされた。
「アタシは、見たこともないきのみを集めるために強くなりたいと思ったけど。ビドーは、何のために強くなりたいの?」
強くなりたい、確かにそう願った。 強くなって何がしたいか。か。確かにそこは、深くは考えられていなかった気がする。 何度か味わった勝利。 何度も味わった敗北。 その先になにを求めるか。 ぼんやりと浮かんでくる想い。それは……。
「今までは、失ったものを取り戻したいって思っていた。でも、今はそれもあるけど……もう二度と失いたくないため……と、力になりたい相手がいる……からだと思う」
金色の背姿を思い返し、言葉をこぼす。 相棒だからなのもあれば、恩返しもある。 でも、そういうの抜きに俺は……彼女の力になりたいと思っていた。
「あー、叶うといいね、その願い」 「ああ」
言葉にすると、薄っぺらく感じてしまいそうなその願いは、本人にはまだ言わないでおこう。 きっと、軽々しく口に出していいものではないと、今はそう思ったから……。
***************************
大会までまもなくとなったその日。 作戦会議室に、私とビー君と五属性のみんなが揃う。 デイちゃんが、壁に映されたスライドを使いながら説明をしていく。
「ここまで隕石の保管場所が狙われた形跡がない。秘密裏に保管しているからそうでないと困るけどね。だから……大会の開催中、多分。というか十中八九ヤミナベ・ユウヅキは狙ってくる。その想定で配置と作戦を考えたじゃんよ……」
彼女は、想定出来る限りの注意事項を述べる。
「ヤミナベ・ユウヅキに協力者がいないとも限らない。でもその情報はつかめていないから、怪しそうな動きをしている奴らには声をかけてほしい。いきなり疑うんじゃなくて、慎重にな」 「それと、大量の観客がくる予定だから、万が一パニックが起きた際にはパニックを鎮めるのを優先に人員を割く。後手後手だけど仕方ない。最小限の人数で追跡することになると思ってほしい」 「あと、隕石は予定通り、優勝者に配布する。その後の対処と優勝者の安全に関しては、こっちで任せてほしい。一番いいのはビドーが優勝することだけどな。割り切ろう」
ビー君が「なるべく善戦する……」と小声で漏らした。 プレッシャーになっているのは間違いなさそうだし、無責任かもしれないけど。 私は彼に小声でエールを送った。
「がんばって」 「……ありがとう」
デイちゃんが咳払いをひとつした後、配置と作戦の概要を伝えていった。
ユウヅキ、君が何を考えているのかわからない。 きっと何か目的があって、こんなことをしているのかもしれない。 でも、私たち、一緒に償う道もきっとあるはずだと、私は信じている。 だから……これ以上事件を起こす前に、私が、私たちが捕まえるからね。 私たちが、相手だ。
***************************
薄暗闇の館の中で、青いサングラスの黒髪の男性を中心に人々が集まっていた。 黒髪の人物、サクは頃合いを見て、自身の協力者たち、<ダスク>のメンバーに告げる。
「俺たち<ダスク>は、大会に潜り込んで隕石を狙う。しかし、それが第一目標ではない」 「<エレメンツ>側も襲撃があることぐらい予想しているはずだ。それに備えて準備も整えているだろう」 「だから……隕石を狙うのは、あくまで第二目標だ」
息を呑む<ダスク>のメンバー。 緊張するメンバーに、覚悟を決めているメンバーに。 彼らの目を見渡して、サクも覚悟を決めて話す。
「俺達が狙うのは<エレメンツ>五属性だ」 「強力な彼らの、その一角を落とす……それが今回の目的だ」
波乱が、幕を開けようとしていた。
続く。
|