もともと眠りが深い方ではないが、その日は特に早くに目覚めてしまった。 でも、どこか気が張っていたのは俺だけではなかったようで。日の出前の静かな早朝。俺の部屋に意外な来客があった。
チャイムは鳴らされず、ノックのみ。2つの見覚えのある気配がしたが、念のためドアの内側から外を覗き見る。
「うわっ」
思わず声を上げてしまう。扉の外には全身を蔓で覆われた大きいポケモン。モジャンボが居たからだ。見覚えのあるやつだったが、蔓の合間から見える目が暗がりでちょっと怖かった。 更に外から、笑いをこらえる声が聞こえてくる。
「あー、驚かせてゴメンよビドー君。モジャンボと一緒じゃないと気づかれないかと思って」 「ソテツ……」
ソテツ。 最近厳しいことを言われ、それからあまり口をきいていなかった相手だ。 そんな彼の突然の来訪に、俺は戸惑いを隠しきれなかった。 モジャンボのトレーナーのソテツは、トレードマークの緑のヘアバンドを直しながら少々気まずそうに切り出す。
「で……だ。少しキミと話がしたい。入れてもらってもいいかい?」
拒むことも出来たのだろう。 でも、それをすると後悔する。そんな予感がした。だから俺は彼を招き入れた。
「ありがとう」 「いや……」
礼を言われるほどじゃないと言いかけたが、いちいち言うのも変だと思ったので、呑み込んだ。
***************************
流石にモジャンボは個室の中では狭い思いをさせてしまうので、一旦しまってもらった。 リオルたちはまだボールの中で寝ているので、自然と二人きりになる。
「コーヒーぐらいしかないが、それでもいいか?」 「うん。あー、砂糖あるとありがたい」 「どうぞ」
来客用のコップにお湯でとかしたコーヒーとスプーン、それと希望されたスティックシュガー入れを受け渡す。ソテツはスティックを2本取り、コーヒーに混ぜる。甘い方が好きなのだろうか。
「いただきます」
礼儀正しく言ってから、息を吹きかけて念入りにコーヒーを冷ますソテツ。「猫舌なんだ」と特に恥ずかしがる素振りも見せずに呟いた。よく他人に聞かれているから、俺が尋ねる前に先んじて言ったかもしれない。 自分にも淹れておいたコーヒーに口をつけていると、ソテツがこちらを見ていた。
「キミは、結構変わったね」 「そうか? 正直、まだまだだと思うが」 「いや、なんていうか。初めて会った頃に比べて、余裕が見えるよ。心の余裕」
余裕、か。少しは、落ち着いたってことなのだろうか。 過去の後悔ばかりして、八つ当たりして、ふさぎ込んでいた頃に比べると、少しはましになったということなのだろうか。 けれども、それは。
「それは、周りの人のおかげなんじゃないか」
謙遜もあるが、最近思っていたことでもあった。 色んなやつに色々言われたり、考えさせられたり、時に励まされたり。 そんな中、一緒に居てくれたやつも居た。 それらを合わせて考えると、どうにもそいつらの影響は少なからずあると思うのだが。ソテツはそうは思わないようだ。
「そうかな」 「“俺は一人じゃない”……以前助けられた時、そう言ってくれたのはたしかソテツだっただろ。現に、一人じゃ、ダメダメなままだったと思うぞ」 「でも、巡ってきたその縁を頼って頑張った。もしくは頑張っているのはビドー君だろ?」 「買いかぶり過ぎだ……それこそ、頑張れているのは、頑張りたいと思える目的と相手がいたからだ」 「……その相手の一人は、相棒のアサヒちゃん、か」
ヨアケ・アサヒ。“闇隠し事件”で失ったものを取り戻すために手を組んだ相棒。 俺が変わりつつあるのならそのきっかけをくれた一人でもある。
ソテツにはこの間俺の弱点をさらしてしまった時、そんなお前でヨアケの力になれるのか? と痛いところを突かれた。 ずっと反論したかったけど。簡単には口に出来ないでいた。ソテツの言い分も苦しいほど自覚していたからだ。 だからといって、譲れないものもあった。 それを言うなら、今しかない。
「確かに、まだふがいないところも多いし、自信があるわけでもない。でも、俺はあの色んなものを背負いすぎている相棒を守りたい。たとえ、多くを敵に回しても……俺はヨアケの力になる」
たとえ、立ちふさがるのがソテツでも。 ……そこまでは言えなかったけれど。ソテツはその意味をくみ取ってくれた。
「青年よ、よく言った。まあ、いいんじゃないの。そのぐらいの意気込みで」 「……どうも」 「いやいや“ビドー・オリヴィエ”君。キミはもっと、自分を評価してあげてもいいと思うぜ」
遠回しに評価されたことよりも、突然フルネームで呼ばれたことに驚く。いや、表札には書いてあるけど。けれど……。
「……下の名前は、出来れば呼ばないでくれ」 「ゴメン。そしてもう一つ。オイラはキミに謝らなければならないことがある」 「……今日のソテツは、謝ってばかりだな」 「そういう日もあるさ。こういうオイラはレアだぜ?」 「…………」 「冗談だ。ノーリアクションは堪える……今は“闇隠し”で行方知れずなんだけどね……オイラの母は庭師で、キミの御両親と縁あってね。要するに知り合いだったんだ」
庭師。 その人の話は昔、亡くなった親父から聞いていた。 俺の名前の由来となった花を譲ってくれた人だと。それが、ソテツの母親だったとは。 その人も“闇隠し”で行方不明だったとは。
「これはオイラのエゴだからできれば赦さないで欲しいが……早くに両親を亡くしているキミに、私情とはいえ家庭のことで八つ当たりしてしまって、すまなかった」
ああ、そのことか。 いやでもそれは、俺はソテツの家族観を知らなかったわけで。 家族観どころか、彼がヨアケをあんまりよく思ってないのを隠していたのすら気づけなかったわけで。
「……ソテツ。赦さないついでに、教えてくれないか」 「何をだい?」 「何っていうか、あんたのことかな。」 「自己紹介か。なかなかキツイ要求だね」 「こんな機会でもないと、話してくれないだろ?」 「そりゃそうだ……でも今はダメだ」
ソテツは玄関の方を指差す。いつからいたのだろうか。息をひそめているけど、そこにはばっちりあいつの、ヨアケの気配がした。
「仮にも、嫌っている相手に盗み聞きされながら語る気にはなれないね。それにキミたちの邪魔もする気はないしそろそろ帰るよ」
立ち上がり背を向けるソテツ。そのまま彼は、
「ただ、これは<エレメンツ>“五属性”のオイラではなく、ただのオイラからの言葉だ。」
表情は見せずに、でも朗らかな声で。
「オイラに興味を持ってくれてありがとう。大会頑張ってくれ」
そう言い残して去って行った。
そういや、もう当日の朝だということを思い出す。 緊張するのは、まだまだこれからだ。
***************************
気まずい。
「おはよ、アサヒちゃん」 「おはようソテツ師匠……すみません邪魔しました」 「元師匠。いいよ。逃げる口実になったし」
私の謝罪に、ソテツ師匠は淡々と返す。気まずいよう。 盗み聞きをするつもりは、まったくなかったかと言われると嘘になる。だけに、余計気まずい。 ソテツ元師匠はこちらには顔を向けずに、でも私に対して続けて呟く。
「悪くない相棒を持ったね、アサヒちゃん。なかなか、貴重だよ。ああいう力になってくれる子は」 「ええ。本当に、本当にそう思います」 「大事にしなよ。苦い想いをするかもだけど、こういう関係は、大事にしなきゃだめだ。特にキミは……いや、いい」
首を横に振る彼に、私はほっとしかけた。そんな自分に気が付いて、思いとどまる。 しつこいと受け取られるかもしれないけど、聞かなきゃいけない気がした。
「言ってください」 「傷つくかもよ?」 「それでも」 「わかった――特にキミは、人間関係ってものを過信しすぎているきらいがあるから、気を付けてねってだけの話だ」 「私が、過信……」
心当たりは、あった。それは目を逸らしても、見逃せないくらい、あった。 彼は「この際だから言わせてもらうよ」とさらに忠告を重ねる。
「他人を簡単に信じるから裏切られたと人は感じるものだけど、キミの場合それすらない。相手を信じたいと思うとどこまでも信じてしまう。期待を押し付けてしまう……だからさ、他人を、自分を信じすぎるな。信じるということは、目を逸らすことじゃない。どうしようもない部分も見て受け入れてその上でどう付き合っていくかってことだ……キミが思う程、他人は強くも寛容でもないからね」
その、彼が教えてくれたその考えは、痛いところをつかれると同時に寂しいと感じてしまった。 どうにか反論を試みるけど、それを丁寧にソテツ元師匠はつぶしていく。
「現にキミは心のどこかでオイラとまだ仲良くなれる可能性を捨ててないんじゃない?」 「…………今は無理でもいつかはとは」 「そのいつかは、今じゃないし、来るかどうかはわからないものだ。こうして話していられるのだって不思議なくらいさ。いいや、十二分なんだ」
そうして彼は苦しい笑みをたたえて、話の落としどころを提案した。
「オイラはキミを赦すことはできないし、キミもオイラたちがしたことを赦してはいけない。そうやってバランスはとられるんだ」
彼自身にも言い聞かせるようなその言葉回しは、結構堪える。 これ以上は来るなと線引きされたその溝は、なかなかに底が見えないくらい深かった。
……結局、この時の私はそれ以上の言葉を出せなかった。 出すべきではないタイミングといえば、聞こえはいいのかもしれない。 でも、なんて言いたかったのかは、想いは見つからないままだった。
彼の去った後。 すっかり顔を出した太陽の光は、私の影を濃くしていった。 でも、暗くなりかけていた私を引き戻してくれる光もあった。
「……ヨアケ、色々言われていたが、大丈夫か?」
そろりとドアを開け、彼は心配してくれる。 ドア越しにならまあ、だいたい聞いているよね。
(大事にしなよ)
――思い返される忠告に、心の中で応える。 ちょっとだけ強がりながら。応える。
「大丈夫、ありがとビー君」
いわれなくても、勿論、と――
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自警団<エレメンツ>主催のポケモンバトル大会が、いよいよ開かれようとしている。 この大会はもともと地方を活気づけようとするいわゆるお祭りに近いイベントとして想定されていた。 しかし、俺たちにとってこの大会は違った意味を持っていた。
俺たちにとって、この大会は「防衛戦」でもあった。 “ヤミナベ・ユウヅキ”。 俺らが追いかけている指名手配犯。そしてヨアケの幼馴染みである謎の多い男。 そいつがもう一本の“赤い鎖のレプリカ”の原材料であり、優勝賞品の“隕石”を狙ってこの大会で行動を起こす可能性がとても高い。 だから正直、今までになく緊張していた。
ヤミナベは不思議なくらい今までその足跡をなかなか見せていなかった。 だが、その彼の狙うであろう隕石は現在俺らと協力体制にある<エレメンツ>が保管してある。 つまり、隕石が日の目にさらされるこの大会が、ヤミナベを捕まえる数少ないチャンスでもあった。
「じゃ、改めて配っとくじゃんよ」
大会前の朝、<エレメンツ>の“五属性”の一人、電気属性のデイジーから、白い丸の中に六芒星の描かれたバッジのようなものが各員に配られていた。
「これは……通信機か?」 「違う、発信機。まあ、味方の位置を見っけやすくするためのマーカーみたいなもの」 「? トウギリの“千里眼”と合わせて使うのか?」 「いや、トウギリの遠距離波導探知もそこまで万能でもないじゃんよ。多方をカバーするのには向いてない。だからこっちで自陣の把握を受け持って、トウギリには怪しい動きをするものを積極的にマーク、追跡してもらう」 「なるほど」
納得していると、デイジーに少しなじられる。
「ビドーも波導探知を使えたらもっと楽になるのになー」 「頼りにならなくてすまん。俺はまだ少しの距離しか、しかも集中しないとできないからな」 「いや充分凄いけど。ま、その分ばっちり大会優勝してこいよ」 「う……ところで、通信機は?」 「ビドーはなし。一応参加者の通信やテレパシーもろもろの使用は反則だから。まあ、どうしても連絡したい場合、今回は携帯端末で……って、<エレメンツ>メンバーの連絡先の交換は出来ているか?」 「……と、トウギリぐらいしか……」
正直に答えると思い切りため息を吐かれた。デイジーと連絡先を交換している最中。今までの特訓とか準備期間何やっていたんだ、信じられない、人脈の重要性をわかっていない、と言いたげな視線がずぶずぶと刺さる。 し、仕方ないだろ言い出しにくかったんだ……すみません……。 縮こまっていると発破かけられる。
「忙しくなる前にとっとと行ってこい!!」 「行ってきます!!」
怒鳴られてようやく、打合せや準備をしている<エレメンツ>メンバーの元へ急いで走って行った。
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「あのね、アサヒ。こういうことはちゃんと報告して……って、前にも言ったよね?」 「ごめんなさい……」
ビー君がデイちゃんに怒られていた頃、私も私で叱られていた。プリ姉御に。
叱られた理由は、港町【ミョウジョウ】に行った頃から見える謎の記憶について、<エレメンツ>のみんなに伝えていなかったこと。 ぼんやりしていたらなんとなく言い損ねてここまで来てしまっていた……。 ドーブルのドルくんに助けを求めようとしたけど、「ダメです」と首を横に振られてしまった。だよねえ。正直に言わなきゃダメだよね。
「で、まだ見えるの?」 「たまに、ふとした拍子に」 「心当たりは、ないのよね?」 「うん……失った一ヶ月の記憶でもなさそう」 「不思議ね。輸血とか行ったことはなかったはずよね?」 「ないと思う。大きなけがをしたこともないし」
考え込むプリ姉御。ドルくんは、遠くを見つめていた。 確認だけど、と前置きしてプリ姉御は続ける。
「一応、ヤミナベさんのせいで失われている一ヶ月の記憶の方、だけど、正確には記憶がまるごとなくなっているわけじゃないのよね……」 「えっと下手に思い出させようと弄ると私の頭にダメージがくるって感じのだっけ?」 「ちょっと端折り過ぎ。まあ、でもだいたいそうか。そう、カギがかかっているのよ。パスワードというか、正しい方法で何かをすると記憶が蘇るようになっているカギで一ヶ月ぐらいの記憶を封印しているの」 「その開錠方法が分からないんだよね……」 「まあ、でもその記憶処置と今回の別の記憶が関連しているかは、まだ現段階ではなんとも言えない。でも違和感があるってことは、何かしら原因があるってことだから。用心して置いて。また何か気になったことがあったら言って」 「う、うん」
しょげていると、ドルくんが手を握っていてくれた。 その温かさに、思わずためていた感情を吐露してしまう。
「ユウヅキは、どうして私の記憶の一部を封印したんだろうね」
ドルくんは、なにも答えない。でも、握る手の力を、強めてくれた。 プリ姉御がそっと私の頬を撫でてくれる。
「違和感に原因があるように、原因には理由があるものよ。捕まえて聞けると良いわね、その理由を」
その気遣いに、私は少しだけ、少しだけ甘えさせてもらった。
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カツミ君とリッカちゃんとユーリィさんと合流するためミミッキュと一緒に自宅を出ると、見慣れぬ風貌の青年がいた。 正確には、見知った顔が見慣れぬ恰好をしていたの。 リッカちゃんのお兄さんの、ハジメさん。彼は前髪を下ろして、サングラスを外している。服も普段見かけないような、でも落ち着いた色合いのを着ていた。
「ハジメさん……イメチェン、したのね」 「ユーリィさんたちに手伝ってもらってだな……だが今回だけだ。ココチヨさんこそいつもと違うだろう」 「私のはただの私服だってば……リッカちゃんには見せたの、それ」 「前も変だと思っていたけど、なんか更に変だ……と言われた……」 「あらら」
地味に凹んでいるハジメさんの肩を、ミミッキュが少し宙に浮いてどんまいと軽く叩く。 ハジメさんはミミッキュに小さく礼を言うと、青い目を細めて、手に持った小さな機械を眺めた。
「だが、サモンから受け取ったこの波導を変質させる機械のおかげでトウギリに悟られずにリッカに会えるのは助かる。それでも留守にさせてしまうことは多いだろうが……いつも世話になっている。ココチヨさん」 「まあ、困った時はお互い様よ。でも、少しでも会えているのは、本当に良かった」
ハジメさんやリッカちゃんに対しては申し訳ないような、複雑な心境であることには変わりないけど。よかったと思うその想いは本心だった。 ……トウギリは私の彼氏であり、私たちが対立しなければならない組織、自警団<エレメンツ>の波導使い。 ハジメさんが今手に取っているのは、トウの波導探知を逃れるための機械だった。 ちなみにまだ使ってないだけで、私にも配られている。 それを持っているのは、私たちが<ダスク>という集まりに参加していて、<エレメンツ>から隕石を奪おうとしているから。
「……今回の作戦、本当に参加していいのか、ココチヨさん」 「よくはないわよ。でもやるわ」 「まだ、引き返せるんじゃないだろうか、貴方は」 「いやいや<ダスク>に所属しちゃっているカツミ君を放って置けないでしょ。というかハジメさんがカツミ君巻き込んだくせに」 「それも……そうだが」 「分かっているわ……後戻りできなくなるってことは。でもね――」
思い浮かぶのは、トウの姿。本人は平気そうな素振りを見せるけど、日に日に無理を重ねているのは、聞かなくても分かっていた。 上辺だけでも平穏を守るために頑張っている<エレメンツ>に現状を打破する力が残っているとは思えない。 だから、私たちがやらなきゃいけない。 それが結果的に<エレメンツ>と対立することになっても、 トウを裏切ることになっても。私はやってみせる。
「――裏切り者になるからには、半端者ではいたくないのよ」
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ポケモンバトル大会の開催場所であるスタジアムは、王都【ソウキュウ】より西に少しいったところに流れている【オボロ川】の傍にある。(ちなみに【オボロ川】を遡っていくと【セッケ湖】に出る。【セッケ湖】は【スバルポケモン研究センター】のすぐ近くの湖だ。) 大会にエントリーしたポケモントレーナーの数は32名。予選は4人ずつ8組に分かれてのバトルロイヤル。そこを勝ち抜いた8人が本選トーナメントで戦う形になっている。 予選バトルロイヤルも本選シングルバトルも大会の時間の都合上、どちらも一度のバトルフィールドに出せるポケモンは1体だけ。交換はできないルールだ。プリムラたちの回復班はいるが、負担の分散などはよく考えて置かないとな。 選手も結構いるが、観客も意外と多く、満席とまではいかないが結構席が埋まっていた。
「人混み、結構すごいね。ビー君、リオルも大丈夫?」 「ああ、何とかな」
そう俺とリオルを心配してくれたのはヨアケだった。彼女は長い金色の髪を毛先の方で二つにまとめ直しながら、俺たちの緊張を和らげようと声をかけてくれる。リオルもプレッシャーを振り払おうと、いつもより大きい声で応えていた。 そんな中、彼女の手持ちのドーブル、ドルは周囲を警戒するように眺めていた。
「ドルくん、あんまり気を張り過ぎるともたないよ? まだ大会始まってないんだから」
声に反応してドルは彼女を一回見上げる。しかしまたしばらくしたら周囲を見始めていた。 「もう」と零したヨアケもまた、少しこわばった表情をしていた。
受付を済ませ、あとは選手控室に向かうところで知り合いと会う。
「カツミ君とコック、リッカちゃんとココさんミミッキュ! ユーリィさんにニンフィアまで、みんな来ていたんだ!」 「お、ヤッホーアサヒ姉ちゃん!!」
ヨアケの声に応えて思い切りこちらに手を振る少年は、カツミとそのパートナーのコダックのコック。 カツミにつられて丸メガネの少女、リッカ。ミミッキュを抱えたココチヨさんも気づき、笑いかけてくれる。 そして、何故かそこにいるユーリィは目を逸らした。(ニンフィアはちゃんとこっちを見ていた)
軽くショックを受けているヨアケ。そんなヨアケを横目で見ながらユーリィは、小声でばつが悪そうに俺に言った。
「ビドーたち、なんでここに」 「ユーリィこそ」
ユーリィのニンフィアが、リオルをリボン状の触角で撫でまわしている。リオルは少し照れ臭そうにしていた。 視線をぶつけ合う俺たちをいさめたのは、立ち直ったヨアケ。
「まあまあ、ここで会ったのも何かの縁だよ。ね?」 「……そうだな」 「……そうね。で、控室の方に歩いていたってことはアサヒさんとビドーも参加するの? この大会」
質問するユーリィの言い回しに引っ掛かる。一瞬返答できず固まっていたら、
「私たちはユーリィさんの応援に来たのよ。ビドーさんたちは?」
ココチヨさんに言われてようやく、理解する。
「ヨアケは参加しない。するのは俺だけだ」 「そう」 「……お前とはあんまりバトルはしていなかったよな、ユーリィ」 「そうね……昔あげたカイリキー、元気にしている?」 「ああ。頼もしい相棒の一体だ」 「なら、ビドーに預けて良かった」
短い言葉のやりとりだけど、だいぶ、だいぶ久しぶりにユーリィと雑談をできた気がした。
「もしぶつかったら、負けないからな」 「どのみちそれまで勝ち残れたらだけど。その時は受けて立つわ」
そんなやり取りをしていたらリッカが「ライバルだ……!」とメガネ越しの瞳を輝かせ、ココチヨさんが「どっちも応援するわよー!」と意気込み、ミミッキュ両手を上げて小さな旗を振っていた。なんかむずむずする。 急に縮こまる態度の俺を見て思わずカツミとドルが可笑しそうにしていた。コックは首をかしげていた。
「頑張れ、ファイトー!」
ヨアケに平手で背を軽く叩かれ、送り出される。 先に控室に向かうユーリィとニンフィアを、リオルと一緒に、追いかけた。
***************************
(おかしい)
<エレメンツ>“五属性”の一人、電気属性のデイジーが異変に気付いたのは、開会式直前のことだった。 受付のカメラを眺めていたデイジーは、直感、もとい嫌な予感がして、ひとりで大会参加者名簿のリストデータを確認し直していた。 電子機器のなかを移動できるオレンジ色の小さな電気を纏った相棒、ロトムにもデータを調べてもらいながら、目視でも調べていく。 そして彼女は見つける。 先日まで見覚えがなかった選手のデータを、見つけてしまう。
(ちっ……改ざん、されている)
<エレメンツ>の管理しているサーバーに侵入しデータを書き換えた何者かがいる。 その痕跡から、足跡を消され見失う前に犯人を突き止めるべく、ロトムに追跡をさせる。 デイジーは通信機の専用チャンネルで、本部のプリムラに連絡し対応を求めた。
「プリムラ! 選手のデータが一人書き換えられている! そいつは、そいつの名前は――」
何故こいつが。とデイジーは戸惑う。 これがヤミナベ・ユウヅキだったらどんなに良かったか。 髪型を変えたその顔写真データは、間違いなく彼の者だった。
「――ハジメ! <ダスク>のハジメじゃんよ!!」
デイジーの報告に、プリムラは息を呑む。それから、焦りが隠しきれない声で時間切れを告げた。
『もう、開会式を止めることはできないわ』 「くっ、ゴメン……もっと早く気づけていれば」 『いえ、どのみち今日になってしまった時点で厳しかったとは思う』 「……そこだ。中止が出来ないタイミングを、狙われた可能性もある……ちょっとまて?」
集まった状況の情報。その迷路から彼女はひとつの可能性を割り出していく。
(データを改ざんしたやつは何故ハジメのデータに書き換えたんだ?) (何故わざわざハジメは危険地帯まっただなかのこの大会に変装してまで参加する必要があった?) (なにか狙いがあって? 選手の狙うものと言ったら?) (優勝賞品の、隕石。それを必要としているのは……)
「プリムラ」 『デイジー……貴方の考えはまとまった?』 「ああ。推測の域をでないけど、ヤミナベ・ユウヅキの協力者は<ダスク>かもしれない。たぶん、ハジメは、選手として隕石を狙うと同時に意識を割くための、囮でもあると思う」 『何に注意すればいい? 彼は、どうする?』 「思ったよりもヤミナベ・ユウヅキには協力者が多いかもしれない。そのことを念頭に置いて身構えておいてほしい。ハジメは泳がす」 『わかった』
受け応えたプリムラは、さっそく各員に向けて連絡を飛ばし始める。 その様子を横目に見つつ、続けて監視塔のトウギリにデイジーはチャンネルを繋げる。 会場の中継映像を見ながら、トウギリに問いかけるデイジー。
「トウギリ。今開会式に出ている選手は見えているか?」 『ああ、32名、全員見える」 「その中にハジメがいる、そっちから見て一番左の列の前から6番目の金髪頭」 『……確認した。やはり、波導が違うな。別の波導を発している』 「その波導は憶えてもあんまり意味はないと思うじゃんよ。ハジメは泳がすからルカリオと一緒に目でも確認しておいて」 『分かった』
中継から流れる<エレメンツ>のリーダー、水属性のスオウの挨拶と、開会の宣言をBGMにしながら、ロトムの呼びかけに応じるデイジー。 サーバーの中からこっそりと逃げ出そうとしている侵入者、デイジーのロトムと同じく電脳空間を移動できるポケモン、ポリゴン2を捕捉しつつ彼女は口癖を零した。
「ったく、人手が足りないじゃんよ!!!」
キーボードを叩き、電脳空間上のポリゴン2の逃げ道を塞ぎつつ、マイクを使ってデイジーはロトムにバトルの指示を出した。
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観客席に向かったココさんたちと別れた後、開会式も終わったのでドルくんと巡回をしていると、廊下でこんな会話をしている人たちとすれ違う。
「――なあ、誰が勝つと思う?」 「どうせ、勝つのは外の奴らだろ。あいつら強いポケモン使うし」 「“ポケモン保護区制度”がなけりゃなー……」 「だよなあ、この大会意味あるのか?」 「さあな」
“ポケモン保護区制度”に反発する風潮があるのは知ってはいたけど、こういう場面に出くわすと、やはりなんとも言えなくなる。 “闇隠し事件”以降に他国によって取り入れられた、ヒンメル地方のポケモンを保護するために捕獲行為を制限する“ポケモン保護区制度”。 ヒンメルで暮らす人々は、手持ちのポケモンを増やすだけでもだいぶ困難していた。 思えば、以前遭遇したハジメ君もこの制度で苦しんでいた。
ハジメ君が言っていた、他国のいわゆる賊のような人々による被害、最近はどうなのだろうか。 テレビではあまり取り上げてくれないし、電光掲示板の情報もどこまで信用していいのかわからない。 <エレメンツ>は不透明な現状をイベントなどに夢中になって目をそらしている、という風にも取れなくはない。実際そういう批判も見かけたことはある。
でも、こんなこと思える立場でないのはわかっているけど、少しずつでもこの地方の活気を取り戻そうと動いてくれている<エレメンツ>のみんなの行動を、大会を開くためにしてきた努力を私は否定したくなかった。
(この大会に意味はあると思う)
けどその想いがあるからこそ、もしユウヅキが大会で何かしでかしたら嫌だなと感じる私もいた。 捕まえるチャンスは逃したくはないけれど、このまま何も起きずに大会が終了してくれればいいのにと、どうしてもそう願ってしまう。
「……しっかりしろ、私!」
両手で頬を叩き、弱気な自分に活を入れる。
(捕まえて、いっぱい聞きたいこと話したいことがあるのでしょ?) (だったら立ち止まっている暇はない……動け!)
緊張で重くなりかけた足取りを無理やり動かし、再び会場を巡り始めた……。
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予選のバトルロイヤルを行う組の抽選結果がモニターに表示される。 全8組中ユーリィが7組目で俺は5組目だった。 結構な人数が控室の中、それぞれのエリアやグループを作っていた。手の内を見せないよう、全員ポケモンをしまっていた。 俺とユーリィは壁際で、ほかの選手を眺める。
顔ぶれはざっくりというと、老若男女って感じだった。
ゴーグルをつけた爺さんは準備運動をし、なんか目つきの鋭いメガネで紫の服の青年は俺らと同じように壁際で周囲を眺めていた。緑のスカートのお姉さんは知り合いなのだろうか、髪の長い藍色のパーカーの今にも泣きだしそうな少年を撫でている。赤みがかった茶色の服の、なんかポケモンに例えるとビッパみたいな雰囲気の青年は屈伸をしていた。 さっきの涙目の少年とは別ベクトルの髪の長い金髪の青年と目が合った。なんか青い瞳ににらまれている。 髪が長いと言えば、ユーリィから「いい加減切りに来い」と言われ続けていることを思い出した。いい加減切らねえとな髪。
アナウンスに呼び出され、最初の選手たちがバトルコートへと向かう。 その中には先ほどの金髪もいた。 順番待ちの中、控室のモニターに先の組のバトル映像が流れ始める。
まずは、1組目。
バトルフィールドに東西南北のゲートから現れた4人のポケモントレーナーが、指定位置につく。 三つ編みの少女が白と黒のいかついポケモン、ゴロンダを、細目の男性がヨガのポーズをとっているポケモン、チャーレムを、杖をついたお婆さんが赤い情熱的な姿をした鳥ポケモンオドリドリを出す。 俺にガン飛ばしていたあいつがボールから出したのは、ケロマツの進化系、ゲコガシラ。 身体に巻かれたあの見覚えのある黄色いスカーフが、青い肌に映えていた。
(マツ?! 進化しているけどマツじゃねえかあのポケモン! ということは、……ハジメだったのか! あの睨んできたやつ! 丸グラサンねえとわからねえよ!)
思わず前のめりになりかけたところを、ユーリィに引っ張られる。 実況アナウンスがハジメを含む選手名とポケモンの紹介を済ませ、試合開始の合図を出した。
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サングラスがないと、バトルフィールドを照らす照明は少しだけ眩しく感じる。 訓練したとはいえ、なかなか苦手意識が拭いきれるものではないのだろう。 それに、緊張で冷や汗を流しているのは俺だけではなかった。
「マツ」
ゲコガシラに進化したマツは、無意識に黄色いスカーフを握っていた。 ……マツが俺のもとへやってきた経緯は、サクが【義賊団シザークロス】の頭から聞いて俺に伝えていた。 そのスカーフの意味も、俺は知っていた。 マツにとっての過去のトレーナーへの思い出を、忘れないための品。 俺はマツと、そのマツを手放したトレーナーに対して言ってやる。
「見せつけてやろう、お前の実力を」
マツがこちらを一目見て、静かにうなずいた。
試合開始の合図が、響き渡る。
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始まりの合図とともに、チャーレム使いの細目の男が袖をまくり、キーストーンのついたバングルを取り出した。 チャーレムも呼応するように額飾りのチャーレムナイトを構える。 男性の高らかな声とともに、チャーレムの体が光の帯に包まれ、その姿を変えていく。 メガチャーレムへと進化したそいつが力強く両掌を合わせると、頭部などに巻かれたいくつかの白い帯が、超念力でなびくように浮き始めた。 メガシンカを見届けた細目の男は伸ばした右の手のひらを下に向け、誰よりも先に技の指示を出す。
「チャーレム『じゅうりょく』!」
場に上から押しつぶされるような圧迫感がその場の全員に襲う。 重力のフィールドが展開され、マツもゴロンダも思うように動けなくなり技が当たりやすくなってしまった。飛行タイプのオドリドリにいたっては、空を飛ぶことを封じられることになる。
この時、マツに出させる技で誰を狙うか、とっさの判断を迫られていた。
メガチャーレム、ゴロンダ、オドリドリ。どいつを選ぶか。 この行動で誰が狙われる対象になりやすいだろうか。誰が自分たちを狙ってくるのだろうか。 すべてを読み切るそんな頭脳なんて持ち合わせてはいないが、それでも判断しなければならない。 俺の出した結論はこうだった。
「マツ! ゴロンダに『どくどく』だ!」
マツが毒々しい水球をゴロンダに浴びせ、猛毒状態にさせる。 短期決着のつきやすそうなこの1体だけのバトルロイヤル。この技がどれくらいの意味を成すだろうか……。 ゴロンダと三つ編みの少女がマツを一目見る。その間に婆さんが指で直立させた杖をくるりと回し、赤いオドリドリに指示。
「『フラフラダンス』よ、オドリドリ」
その場の全員の注目がオドリドリへと行く。重力の負荷の中だというのに、オドリドリは『フラフラダンス』を踊り切った。 その踊りを見たマツ、メガチャーレム、ゴロンダは体を揺らつかせる。混乱して思うように動けなくなっているのだろう。 マツに呼びかけをする。マツは頭を抱えて、まだ動けそうにない。 のしかかる重力場と混乱により、ゴロンダが膝をつく。
「っ、がんばってゴロンダ!! オドリドリに『ちょうはつ』!」
片膝をつきながらも、ゴロンダはオドリドリに顔を向け、堪えた笑顔で手招きする。オドリドリは眉間にしわを寄せ、イラついた。腹を立てたオドリドリは、攻撃技しか、使えなくなる。フラフラダンス封じだろう。 婆さんはオドリドリの怒りのパワーを逆手にとって、技に乗せさせる。
「じゃあ、ゴロンダに『エアスラッシュ』ね」 「くっ――ゴロンダ! オドリドリに突っ込んで!」
オドリドリのエアスラッシュを腕で防ぎながら、ひるむような衝撃を跳ねのけて、ゴロンダは間合いを詰めた。 ゴロンダが、技の射程圏にオドリドリをとらえる。
「『からげんき』!!」 ゴロンダの剛腕にオドリドリはリングの端まで吹き飛ばされる。『からげんき』は毒や火傷、麻痺などの状態異常時に攻撃力が上がる技。マツの『どくどく』を利用された形となったか……。 マツが、自分の頭を両手で叩き、体を震わせ正気を取り戻し、声を上げる。 その声に反応して顔を向けたゴロンダが、
「――――」
その男が技名を発音し終える前に――――鈍い衝撃音を放ち、崩れ落ちる。
「――『とびびざげり』」
警戒していたメガチャーレムの攻撃。 混乱から正気に戻るタイミングが、同じくらいだったのだろう。 蹴り終えたメガチャーレムが、手のひらを合わせる。『からげんき』を振り回すゴロンダをまず倒しに来たか。 少女の声に応じて、ゴロンダは立ち上がろうともがいた……しかし、マツ『どくどく』がそれを許さない。
体力を奪われつくしたゴロンダに審判が戦闘不能を言い渡し、少女がゴロンダをボールに戻した。
婆さんが、杖で床をこつとつつき、オドリドリにメガチャーレムを攻撃させる。
「燃えなさい、オドリドリ『めざめるダンス』」 「追撃しろマツ、『えんまく』だ!」
重力場はまだ続く……攻撃をかわしにくくなっているのはメガチャーレムも同じ条件だ。 オドリドリの舞から放たれる炎が、メガチャーレムを襲い、続いてマツの『えんまく』が一回顔に当たる。これで、技の命中率が少し下がる。
ここから先は、賭けになるだろう。 部は悪い。そして前提としてマツに意図が通じているかが肝となる。 おそらく技名を伝える隙はない。
だが、気づいているだろうマツ。 この、ギリギリの好機を、お前なら気づいているだろう。 だから俺は、お前を、
「信じている」
メガチャーレムと男が、目を薄く開く。
「構いません。やりなさいチャーレム――」 「今!」
マツは構える。技名を聞かずとも、構えてくれる。 『とびびざげり』で突っ込んでくるメガチャーレムにカウンターで、 二回目の、『えんまく』を、放ってくれる!
煙に目をくらまされたメガチャーレムの蹴りが、マツの横を通り過ぎる――――着地に失敗したメガチャーレムが深手を負うこととなった。
おそらく、一回の『えんまく』では『じゅうりょく』のせいで『とびびざげり』の狙いがそれることは、なかっただろう。 だが、二発当たったことにより、本当にギリギリだが狙いがそれる可能性がでた。 それを、つかみ取ったマツの度胸にも、感謝をよせつつ……気を引き締めなおす。
――冷静になったオドリドリが、チャンスを逃さずメガチャーレムに淡々と『エアスラッシュ』で追い打ちをかけ戦闘不能に追いやる。審判の宣言ののち、姿の戻ったチャーレムは男のボールへとしまわれる。
バトルフィールドに残るは、マツとオドリドリのみ。 ほぼ同時に、技名が指示される。
「『どくどく』」 「『はねやすめ』」
羽を休ませ体力回復を図るオドリドリに、マツの撃ち出した毒液が当たる。 じわじわとマツの猛毒が、回復した相手のオドリドリの体力を奪っていく。 いつの間にか、重荷になっていた重力のフィールドが解けていた。 お互い、体のキレが戻っていく……。
「いくぞマツ、『アクロバット』!」 「『フラフラダンス』に巻き込んで、オドリドリ」
素早く地面を蹴り、リングの端をも利用してオドリドリの背後から突撃するマツ。 オドリドリはそれを受け止めながら、ふらり、とわざと体制を崩し衝撃を受け流す。
「再びだ!」
攻撃を体ごと受け流されたマツはまた混乱状態に陥っていたが、踏ん張りもう一度リングを飛び回り仕掛ける。だが、今度は当たらず逆に『エアスラッシュ』の反撃を受けてしまう。
「立て続けに『エアスラッシュ』で」
婆さんはオドリドリに攻撃技をさせた。オドリドリは、猛毒によって体力を奪われ続けているから、『はねやすめ』の回復よりも、押し切りにきたのだろう。 空気の刃が起こす風が、こちらにも届く。 怯むような突風の中で、俺はマツの名前を呼び続けた。
「お終いよ。オドリドリ!」 「――マツ!!」
俺の呼びかけに、マツが……大声で応えた。 風の流れが、変わる。 マツの周囲に風が、水が渦巻く。 渦巻く水は、やがて激流となって、マツに力を与える。
「いけ! 『みずのはどう』!!!」
オドリドリの『エアスラッシュ』と特性『げきりゅう』の力でパワーアップしたマツの『みずのはどう』がぶつかる。 激しく流れる水の波動が、空気の刃を打ち破る! そしてそのまま、水流はオドリドリを飲み込み、叩きつけ戦闘不能に追いやった。
審判が俺たちの勝利を宣言する。 思わず腕で汗をぬぐってから、マツの頭を強く撫でた。
「やったな、マツ」
マツはどこか照れくさそうに、でも笑顔を見せてくれた。
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第1グループの試合を、ハジメとマツが勝ち上がった。
アイツのマツのバトルを見ていて、どこか悔しくなっている自分がいた。 でもその悔しさは悪い意味だけではなかったと思う。 この試合を見て……アイツらのことを少し認めていた俺自身に気づいた。 今でもハジメのことは気に食わない。けど、アイツはたぶん。いやきっとマツのことを信じて戦った。マツもそれに応えた。
アイツはちゃんと、ポケモンのことを信頼していた。
その事実がたまらなく悔しかった。そして同時に、その関係に憧れた。 ふと手持ちのモンスターボールを手に取り眺める。 ボールの中のリオルたちと目が合う。みんなは小さく、俺にうなずいた。
「そうだよな、見返してやるんだったよな……俺たちだって、アイツらみたいに、アイツら以上になってやるんだ」
そう呟いて俺もリオルたちに、うなずき返した。
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第2グループはジャラランガ使いの少年が大暴れし、第3グループは紫の服でメガネ青年がリングマで勝ち上がった。 ジャラランガの方が派手な戦いをしていた。リングマは、勝ちにこだわるような、容赦のない戦い方をしていた。個人的にはリングマ使いのメガネの方が厄介な印象があった。 それから、第4グループ。ラフレシア使いの緑のスカートの女性が使っていた戦法? だと思うものに反応してしまった。
(これは、前にソテツが使っていた戦法か?)
結論から言うとぱっと見ラフレシアは、特に何もしていないように見えた。 だが周囲のほかのポケモンの様子が明らかにおかしかった。 そのポケモンたちは毒にむしばまれたように苦しそうに、でも混乱しているように正気を保てていなく、なによりラフレシアに怯んでいるようにみえた。
(えげつねえな)
『あまいかおり』とは異なる別の技のように見えるが、でも周囲の相手が近づくことも叶わず状態異常や行動不能になっていく姿は、どうしてもソテツが使っていた『あまいかおり』を思い出す。それより凶悪なのはラフレシアの毒花粉が合わさってなせる業なのかもしれない。 どのみち、見えない毒に気を付けなければ。
『5組目の選手の方々は、入場控え口まで移動してください』 「じゃ、先に行くぞ」 「せいぜい健闘しなさいよ」
ユーリィに送り出され、ゲートへと案内され向かう。 ゴーグルをかけた爺さんと短いひげの男性が手前の方の通路を曲がっていった。 黒い長めの癖毛を持つ、涙目の藍色のパーカーの少年と奥の通路を目指す最中。少年が、こちらに一礼した。
「あの、ボクはクロガネ=クリューソスといいます。ええと」 「ビドーだ」 「はい。ビドーさんですね。勝負よろしくお願いいたします」 「……こちらこそ、よろしく……クロガネ」
礼儀正しいクロガネは涙を拭って、自分の出場口へ歩いていく。 俺は彼のその行動を見て、考え方を見つめなおさなければいけないのかもしれないと思った。 全員を覚えるのは無理だが、参加者にも個々の名前がある対戦相手だという意識を思い出させたクロガネになんていうか……敬意を表したい。そんな風に考えた。
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バトルフィールドに立つ。照明がわずかに眩しい。でも、あまり眩しすぎないようにとライトの調節をしたとガーベラさんが言っていたっけ。 それぞれの角に立つクロガネを含むトレーナーたちを見やってから、モンスターボールに手を付けようとした。 すると、ボールから、アイツが珍しく飛び出した。
「……お前」
たくましい背中を見せたのは、カイリキーだった。四本の腕のこぶしは、握りしめられている。 俺はアイツとのやりとりを思い出し、カイリキーの意思を尊重した。
「アイツに、ユーリィにいいとこ見せたいよな、カイリキー……いいぞ、お前に頼む!」
ゴーグル爺さんがとぐろを巻いた大蛇、サダイジャを、短いヒゲの男性が木にものまねしているウソッキーを、そしてクロガネがネギを構えた鳥ポケモン、カモネギを出した。
「いくぞ、カイリキー!」
試合開始の合図とともに、全員が動き出した。
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サダイジャとカモネギが、一斉にカイリキーの方に向いた。
「睨めサダイジャ『へびにらみ』!」 「コガネ、いくよ『フェザーダンス』」 「なっ」
ゴーグル爺さんとクロガネが、サダイジャと(コガネというニックネームの)カモネギに指示を出す。狙いは当然と言わんばかりにカイリキーだった。 カモネギがばらまいた羽毛がカイリキーを包み込む、サダイジャは羽毛が地面につく前にするりするりと地を這い、カイリキーの視線の先に表れ、アイツを睨みつけた。 カイリキーは『へびにらみ』と『フェザーダンス』によって、麻痺の状態異常と攻撃に力が入らなくなってしまっていた。 いきなりの展開に一瞬戸惑ってしまいそうになる。その間にウソッキーは全体に岩石を降らすために力を溜めていた。 ヒゲのおっさんがウソッキーに『いわなだれ』の指示を出す。
場面がどんどん転換していく。 置いていかれそうになる。 だけど、俺もカイリキーも狼狽えている暇は、ない!
「カイリキー、まずは『ビルドアップ』」
俺の声にカイリキーは反応する。それから構えを取り始める。 分散しているとはいえ、ウソッキーの『いわなだれ』が3体に襲い掛かる。カモネギはおっかなびっくり回避し、サダイジャとカイリキーはかわしきれず食らってしまう。 カイリキーは羽毛と岩礫をはじくように筋肉を震わせ、体に力を取り戻すために、また体の硬さを強めるために『ビルドアップ』を行っていく。
場面は次の展開を迎える。 岩石をまともに食らったサダイジャが、砂を吐いた。 その特性、『すなはき』により吐き出された砂は勢いよく舞い上がり、あたりを砂嵐に包み込む。 羽と砂が舞い上がり、視界を悪くする。ミラーシェードを付けているから目は保護されているとはいえ、視界が悪い。くそっサダイジャ使いの爺さんのゴーグルはこのためか! 岩タイプのウソッキーはともかく、カイリキーとカモネギは砂嵐に苦しまされていた。 ゴーグル爺さんがこの時を待っていたと嬉しそうに指示を出す。
「『ちいさくなる』じゃサダイジャ!」 「えっ」 「くそっ」 「チッ」
クロガネ、俺、ヒゲのおっさんの順で悪態などをつく。 この視界の悪さで砂の中に隠れられでもしたら、タチが悪すぎるぞ……! その時目を閉じたクロガネが、カモネギが、一斉に目を開く。 目に砂が入ってか、緊張のしすぎか、クロガネは涙目になりながらも……カモネギを励ました。
「のまれないでコガネ……『リーフブレード』!」
一閃。 カモネギがネギで砂を真っ二つにスライスし、中にいる小さくなったサダイジャ斬り上げた……! カモネギはその『するどいめ』でしっかりとサダイジャの姿を捉えていた。そうか、その目を持っているカモネギなら、この視界の悪さでも見つけられる。サダイジャの潜伏作戦は通用しない。
「でかした坊ちゃんら! 今だウソッキー『のしかかり』!!」
ウソッキーが宙を舞うサダイジャの上から思い切りのしかかった。 砂のクッッションがあったとはいえ、サダイジャの悲鳴が聞こえた。 思わず動こうとするカイリキーを、俺は呼び止める。
「……カイリキー、今はまだ『ビルドアップ』だ」
砂嵐越しにカイリキーと目が合う。カイリキーは俺の目を見て、しっかりと『ビルドアップ』を積んでくれる。 ゴーグル爺さんが額に汗を垂らせ、あがきの一手を出してくる。
「やってくれたな! サダイジャ、カモネギに『へびにらみ』!」
来た『へびにらみ』……! 次、サダイジャが現れるとしたら、あそこしかない!
「顔の前だ、カイリキー!!」 「!? しまっ」
さっきカイリキーが『へびにらみ』くらったとき、サダイジャは顔面のすぐ近くに来ていた。 カモネギにも同じことをするのならば、姿を現すのは、やはりカモネギの顔の前! 温存していたこの技で決めさせてもらう!
「ねらい撃て! 『バレットパンチ』!!」
速射される拳が小さなサダイジャを捉え、吹き飛ばす。流石のサダイジャもダメージが多かったようで、戦闘不能へとなった。 ……『バレットパンチ』は麻痺により自由が利きにくい体で、カイリキーが唯一早さで対抗できる持ち技だった。温存したかったけど、そう言ってはいられないようだ。 発射後の隙しびれが回るタイミングをウソッキーとヒゲのおっさんは逃してはくれない。
「『もろはのずつき』だ、ウソッキー!」
硬い『いしあたま』でカイリキーに突撃してくるウソッキー。 これは、かわしきれない。そう奥歯を噛み締めたとき。
「コガネ」
羽が再び、舞い降りる。
「『フェザーダンス』をウソッキーに!」
砂交じりの羽毛に包まれ、方向を見失ったウソッキーの『もろはのずつき』が失敗に終わる。 その彼らの行動の意図は掴めなかったが、助かったのもまた事実だった。 しかし、まだバトルは終わってはいない。
再度、ウソッキーの『いわなだれ』がカイリキーとカモネギに降り注ぐ。 カイリキーが怯みつつもガードをしている隣で、カモネギは自らの翼を『はがねのつばさ』で硬化し、岩石を受け流していた。 岩石をしのぎきったカイリキーが、己を鼓舞するように声を上げる。 麻痺もあるし、少々無理をしているようにも見える。
「いけるか?」
俺の問いに、カイリキーは拳を上げて“まだ行ける”と応えた。 そうか。お前がそういうなら、まだ行くっきゃないよな。
「わかった。勝つぞ」
カイリキーが何も言わず、腰を深く落とし、構える。 カモネギも何かしらの技の構えを取っていた。それは、守備よりの力の溜め方だった。 ウソッキーだけが、カイリキーに向かって『もろはのずつき』を繰り出してくる。 ギリギリまでウソッキーを引き付け、カイリキーに技名を叫ぶ。
「『クロスチョップ』!!」
相手の勢いを利用したクロスカウンターならぬ『クロスチョップ』がウソッキーの急所に入った。 吹き飛ばされたウソッキーが仰向けに倒れて戦闘不能に陥り、残るはカイリキーとカモネギのみになる。 カイリキーの体勢が崩れかけたところに、カモネギが駆け出し仕掛けてくる。
「今だよコガネ――――『ロケットずつき』!!」 「カイリキー!!」
カモネギの強烈な頭突きを、とっさにカイリキーは4本の腕で止めにかかる。 勢いに押されつつも、カイリキーは踏ん張って受け止めてくれた……!
「よくやった! そのまま『がんせきふうじ』で固めろっ!!」
岩石のエネルギーで、受け止めていたカモネギの身動きを取れなくする。
「ケリをつけるぞカイリキー! 『クロスチョップ』!!!」 「コガネ!!」
そのまま宙へ放り投げ、落下するカモネギにカイリキーの『クロスチョップ』が決まり決着となった――
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『第5組目、勝者ビドー選手とカイリキー!』
モニターから流れる審判の声で、私とドルくんはビー君たちの予選突破を知る。 画面に映るビー君とカイリキーは、腕を正面から組んで、にやりと笑っていた。やった、まずは一勝だね。 思わず私までガッツポーズをしていると、声をかけられる。
「あの、選手控室はどちらに行けば戻れるしょうか」
そこにいたのは緑の髪留めで、栗色のロングヘアーの緑のスカートの女性だった……ってあれモニターでちらっと見たときには気づかなかったけど? もしかしてこの人は。
「ええと、もしかしてフランさん?」 「ええまあ、あたくしはフラガンシア・セゾンフィールド、フランという愛称で呼ばれることもありますが……あら、この香りは……アサヒさん?」 「はい、アサヒです。ヨアケ・アサヒです。お久しぶりですフランさん。ジラーチの大会以来ですね。ヒンメルに来られていたとは。しかも大会に参加されていたなんて驚きました」 「あらあら、ずいぶん大きくなられていたのでわかりませんでした。でも香りで思い出せましたね」 「覚えていていただけて? 嬉しいです……! あ、選手控室はこちらですよ」 「ありがとうございます、助かります」
フランさんを案内している間にすれ違ったモニターは、第6組目のバトルを流していた。 彼女はドルくんのにおいを嗅ぎながら、「あの時は顔を合わせていなかった子ですね、覚えました」と語りかけていた。 やがてフランさんは私にも話しかけてくれる。
「バトルといえば私は知り合いと一緒に参加していますが、アサヒさんは大会には参加されていないのですね」 「はい。今回は裏方のお手伝いをしています」 「そうですか。叶うならばあの時のリベンジマッチをしたかったですね」 「私もまたあの香り戦法とはバトルまたしたかったです。ああでも、参加していないですが私の相棒が参加していますよ」 「あら、まさか」 「いや単に同じ目的のために手を組んでいる相棒です。そっちじゃありません」 「そうですか。でも楽しみですね。当たってバトルできますように」
ふふふ、とフランさんは笑みを浮かべた。ドルくんはそんなフランさんに警戒を示していた。 もしマッチングで当たったらビー君がんばれ。この人は手ごわいよ……。
フランさんを送り届けて、モニターを見るとバトルは第7組目になっていた。確かユーリィさんの組だ。
「あれ……? ニンフィア、じゃないや」
ユーリィさんが使っていたのは、いつも一緒にいるニンフィアではなく……こわもてなポケモン、グランブルだった。 彼女がグランブルを出しているところを、私は初めて見た気がする。単に普段あまり外に出さないだけなのだろうか。今度紹介してほしいなと思った。
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緑のスカートのお姉さんが戻ってきたころのこと。
(ユーリィの奴、いつの間にグランブルなんてゲットしていたんだ?)
後からヨアケに聞くのと同じ疑問を、この時の俺は抱いていた。グランブルゲットしているなんて、初耳だぞ。 ……と思ったが、よくよく考えると俺は最近のあいつのことをそんなに良く知らないことに、改めて気が付いて少しだけ凹んだ。
知らないと言えば。 ソテツにも、ユーリィにも、ハジメにも。俺の知る由もないいろんな顔があるのだろう。 俺から見える面では、到底見えない別の側面を持っているのだと思う。 それこそ俺が見た彼らが、すべてではない。そういう意味ではジュウモンジの言っていたことは正論なのかもしれない。 俺を颯爽と助けて見せたソテツも、あんな疲れた笑みで謝るように。 密猟者のハジメも、妹の前では一人の兄で。 俺にはきつめなユーリィも……いろいろあるのかもな。
グランブルが勝利をし、ユーリィが予選通過者の控室にやってくる。 バトル直後で若干興奮気味のユーリィは、深呼吸をしてから俺に言った。
「……私たちも勝ったから。あとカイリキーとあんたの戦い、見ていたよ。やるじゃん」 「……お前もな、グランブルと息があっていた」 「必死に一緒に練習したからね」
珍しく褒められて若干(顔には出さないようにしたが)照れている俺を直視せず、どこか遠くを見ながらユーリィはそう謙遜した。 ユーリィの視線を追うと、第8組目の選手がポケモンを出しているところだった。
会場の、様子がざわついていた。
それは、ブーイングともとれるし、嘲笑ともとれるようなざわめき。 その中心軸にいたのは、あのビッパに似た頭の兄ちゃんだった。 そいつの出したポケモンは――――かわいらしいリボンをつけた、丸ネズミポケモン、どこをどう見てもビッパだった。
「ビッパだ……」とジャラランガ使いの少年ヒエンがこぼす。 「あら」と緑のスカートのお姉さんフラガンシアは頬に手を当てる。 「……なんなんだ、あの人は」と黒髪メガネの男キョウヘイは明らかにいらだちを覚えていた。 「ビッパじゃん!」と俺の後に勝ち上がった深紅のポニーテールの女テイルは口元がにやついている。 「……」ハジメは相変わらず一言も喋らない。だが、その視線はビッパを捉えていた。
俺は、なんとなくさっきの考えを思い出して、
「いや、見かけだけで判断したらまずいんじゃねーか」
そう呟いていた。すると、その場の全員の視線が俺に集まった気がした。
試合の開始の合図が鳴る。 攻撃技が飛び交う中そのビッパはというと、丸くなっていた。 のろのろと、動いては、丸くなる行動を繰り返すビッパ。 なんだあれはと興味を駆り立てるには、注目するには、そして油断するには十分だった。 だが、誰もが途中から違和感に気づいた。
結果から言うと、そのビッパは、刃の斬撃も、激しい泥の弾も、すべての攻撃を『まるくなる』で防いでいた。防ぎきって何食わぬ顔でそこにいた。
今回初めて、ハジメの声を聞いた。
「あのビッパ、『のろい』や『どわすれ』でステータスを上げてから、攻撃を『まるくなる』で完全にしのいでいる」 「技を受けるタイミングに、完全に指示と『まるくなる』のタイミングが重なっているからあんなピンピンしているのか?」 「おそらくそうだろう。きっとあれは、防御の一つの究極系……『まるくなる』の技を発動した瞬間にのみ、その効果が大幅に上がる現象、“ジャストガード”を駆使しているのだろう」
俺の問いかけに、ハジメは普通に受け応える。普通に会話できている驚きもあったが、ビッパと兄ちゃんたちのコンビネーションにも、とにかく驚いていた。その“ジャストガード”を連発しているって……息が合っているってレベルじゃねーぞ。 ハジメは次に、こう宣言した。
「当然、これだけ『のろい』や、特に『まるくなる』をした後には、あれが来るだろう」
モニター越しの兄ちゃんは、エントリーネーム「ハルカワ・ヒイロ」は、ここぞとばかりに技の指示を出す。
――「『ころがる』」、と――
まず一撃目の『ころがる』。泥の弾を撃っていた一体目が吹っ飛び、戦闘不能に陥る。 ビッパの『ころがる』は止まらない。 二撃目の『ころがる』。斬撃を放っていた二体目がリングの端に叩きつけられ、戦闘不能に陥る。 ビッパの『ころがる』は止まらない。 三撃目の最後の『ころがる』。残りの一体が、轢かれて宙を舞った。戦闘不能に、陥った。
審判がジャッジを下すのに、ワンテンポの間があった。ハルカワ・ヒイロとビッパ以外のその場面を見ていた全員が唖然としていた。 審判がヒイロとビッパの勝利を宣言した。
そして、ヒイロはというと、審判から半ばひったくるようにマイクを借りて、スピーチを始めた。
『……この国に訪れて、“ポケモン保護区制度”に悩まされている多くの人に出会いました』 『確かにポケモンをゲットできないのはトレーナーとして、辛いかもしれない。でもその時に彼らが口々にした言葉に、僕は疑問を持っていました』 『“強いポケモンを捕まえられないから強くなれない”、と彼らは言いました』
彼は、その場の全員に問いかける。
『……“強い”ってなんですか』 『強いポケモンを使うから強いトレーナーなのか? いや違う。それはポケモンが強いだけであって、トレーナーが強いわけではないと僕は思う。現に僕は強くない。一匹の丸ネズミのように非力です』 『そしてだからこそ、旅に出て初めて戦ったあのポッポとかコラッタとか自分よりもずっと小さなポケモン達を相手に必死になって泥だらけになって戦った記憶……。あの時は勝てないと思った、命の危機すら覚えた、僕はそんな思い出をずっと大切にしたいと思っている。世界で一番強いポケモンはあのときに出会った草むらのポケモンだと思うんだ』 『長々とりとめのない話を失礼しました。最後に一つだけ、言わせてください』
マイクを片手に、人差し指を高らかに上げ。 ハルカワ・ヒイロは俺ら全てに宣戦布告した。
『お前らなど、ビッパ一匹で十分だ!』
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静けさから一転、ざわつきを取り戻したのは会場だけではなかった。電光掲示板ではネットでも、大会の注目度が上がっていた。 デイちゃんに連絡を取ると、「想定外のことばかり起きる、それがイベントじゃん」と消耗した声で潜り込んだポリゴン2の対応に追われていた。プリ姉御は回復班として忙しくしていて、スオウ王子は何か考え込んでいるように座っていた。 トウさんは特に慌てた様子はなく、いやむしろ強者のバトルにテンション上がっているのだけは隠しきれていなかった。そのことを観客席にいたココさんやカツミ君リッカちゃんに話すと、ココさんは呆れて、カツミ君とリッカちゃんは目を輝かせていた。 見回り組のガーちゃん(また「ガーちゃんじゃありません、ガーベラ」ですと訂正した彼女)は、「あんまり騒がしいのは苦手です」と滅入っていた。 ソテツ師匠からは「本来の目的を忘れて浮かれないように」と釘を刺された。
色々点々としても、不審な気配はデイちゃんの言っていたポリゴン2と、なぜか選手にいるハジメ君のみ。嫌な違和感は募るけれども、その姿を現さないまま、本選が始まろうとしていた。
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対戦カード発表。(敬称略)
第一試合 ビドーVSフラガンシア
第二試合 ハジメVSテイル
第三試合 ヒエンVSヒイロ
第四試合 ユーリィVSキョウヘイ
本選、開幕!
つづく。
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