俺たちの住む拠点のアパートに着いたのは、日付の変わる前だった。 なるべくチギヨとユーリィを起こさないようにサイドカー付きバイクをこっそりとしまい、疲れ切った彼女を連れて階段を上る。 ヤミナベのリーフィアに切られた彼女の、ヨアケの半分くらい短くなったボサボサの金髪を見て、俺はいたたまれない気持ちになった。
階段を上っていくと、共有スペースに灯りがついていた。 テーブルを挟んで座っていた二人とその手持ちのハハコモリ、ニンフィアとも鉢合わせる。
「?!…………どうしたのアサヒさん!?」 「ビドー、何があった!」
ヨアケを見て、先に珍しく取り乱したのはユーリィ、それから動揺するユーリィの隣で、俺に心配気味に怒ったのはチギヨだった。 ハハコモリはチギヨを落ち着かせ、ニンフィアはユーリィの手をそっとリボン状の触手で掴んだ。 一昨日ずぶぬれで帰って来てから塞ぎ込んでいたヨアケを知っているからこそ、皆、心配してくれていたのだろう。
「色々だ、色々あったんだよ……俺もまだ整理がついていない」 「じゃあ、一からでいいから説明しろビドー」 「わかっているチギヨ。だが説明は俺がする。だからヨアケは別のところで一息つかせてやってくれ……ユーリィ、頼んだ」
目をしっかり見て頼むと、ユーリィは「わかった、頼まれた」と言い、ヨアケとともに2階の彼女の美容室に連れて行った。たぶんユーリィは切られてボサボサになったヨアケの髪を、見ていられなかったのだと思う。
共有スペースに残されたのは俺とチギヨとハハコモリ。 右往左往するハハコモリにチギヨは「別に、ケンカしようってわけじゃあねえよ」となだめる。 それから俺に椅子に座るように促し、事情を聴こうとするチギヨ。 腰を落ち着けつつも、俺は「先にメールを打たせてくれ」と頼みチギヨの了承を得る。 送り先は少し迷ったけど、自警団<エレメンツ>のデイジーにした。
……書かなければいけない緊急の要件が多かった。 まず、ヤミナベとヨアケが接触したこと。次に、ヤミナベが<ダスク>の中心人物サクであること。 それから、ソテツが生きていて<ダスク>に身柄を抑えられていること。それをとにかくガーベラさんに伝えてほしいこと。 あと<スバル>の所長レインが<ダスク>とグルだから隕石を不用意に渡さないでほしいこと。 最後に、<ダスク>が<エレメンツ>にソテツと引き換えに隕石の本体とやらを要求してきたこと。 長文になってしまった文章を送り終えた後、俺はその送信した文面をメモ代わりに、チギヨに何が起こったのかを伝えはじめた。
***************************
初めてちゃんと入ったユーリィさんのお店は、気取った雰囲気はなく、おしゃれだけどアットホームな場所だった。なんて言ったらいいのだろう、お客さんを緊張させないように気が配られている感じだった。 髪の毛を洗ってもらったあと、鏡の前に座らされる。 改めて切られた髪を見て、これはビー君たちが心配するのも無理はないかなと思った。
「髪の毛、整えてもいいかな……アサヒさん」
ニンフィアにハサミと櫛を取ってもらったユーリィさんが、私の髪の毛を切っていいか確認を取る。 私は、願いを込めて伸ばしていた髪をさらに切るかどうか、迷っていた。
黙っている私に「毛先だけでも、整えない?」とユーリィさんは提案してくれる。 それは、長さをあまり変えない、現状維持という選択肢。 その選択肢を掴むこともできた。でも……。
「あのね、ユーリィさん。私迷っているの」 「……うん」 「私、ユウヅキと再会できる時まで伸ばすって願掛けして髪を伸ばしていたんだ。それは、叶ったんだけどね、そのユウヅキたちに髪を切られて……分からなくなっちゃったの。その……どうしたらいいのか」
鏡面でも内面でも、今の私自身を見つめ返す。 でもそれは、とっても見ていられないものだった。
ユウヅキに記憶を返してもらって、改めて今までの自分がいかに呑気だったかを思い知る。
前の私は……封じられていた記憶が取り戻せたら、昔の状況より多少は良い方に転ぶと思っていた。 そんな甘い理想を私は描いていた。 でも現実は、どうしたらいいのか……わからないことばかりで。 問題しか増えていなくて。
『闇隠し事件』を引き起こしてしまった責任も。 その責任から逃げ出そうとしてしまった過去も。 それらから逃れられない人質になっている今も。
簡単には口にできなくて。伝えられなくて。
独りでケリをつけようとするな、抱え込むなって、前にビー君が言ってくれたけど、話したらどうなってしまうかわからない問題もあって……。 正直、ぐちゃぐちゃになりそうだった。
今まではユウヅキを追いかけて、捕まえるということを、彼と一緒に責任を取ることを目標にしていた。 彼がそれを望まないのは分かっていて、それでも捕まえなきゃ、って思っていた。 でも、いざユウヅキから拒絶されて。 私はもう関わるなって、彼が一人で責任を負うって言われて……。 もうほんと、どうしたらいいのか分からなくて。
私は道を……見失っていた。
ユーリィさんが、鏡の中の私に視線を合わせ、静かに尋ねる。
「……どうしたらいいか、じゃなくて、アサヒさんはどうしたいの? どうなりたいの?」
どうしたい? どうなりたい? 私が、したいこと。私がなりたい、私。 そう美容師さんみたいに聞かれて、私は鏡に映った私でイメージする。 少なくとも、こんな中途半端な髪の長さの私は嫌だった。 また願掛けして伸ばすのもありかもしれない。でも、それはなんだか違う気がした。
ふと思い出すのは、ヨウコさんにもらったユウヅキとの昔の写真。 あの昔のようには頑張っても戻れない。変わってしまった関係があるから。 だったら、今、私は彼とどうなりたいのか。 これから先どういう関係になりたいのか。
それは、その想いは、自分でも驚くぐらい溢れるように言葉になっていく。
「……バカだよね私。こんなにされても、こんなに突き放されても……追いかけたいと思うの」
不思議なくらいするすると。思考が口に出た。
「一回逃げ出しているのに、それでもおこがましく彼の隣に居たいの」
後ろめたいことも、少しだけ正直に言ってしまう。
「そしてゴメン。正直私たちが引き起こしてしまった責任から、逃げ出したい気持ちはある。ワガママだけど、本当は怖いよ」
恐怖を口にしたことで、見えてくるものもあった。
「でも……それ以上に、彼を、ユウヅキが一人でそれら全部に立ち向かうのに、置いていかれてしまう方が、怖い」
見えたからこそ、譲れないものも見つけられた。
「そうやって私を突き放す彼に甘えたくない」
それらを、並べてみる――――
「だから責任を取りたい、だから追いかけたい、だから私は……!!」
――――するとそこに、道とは呼べないぐらい細い、頼りない、でも辿れるぐらいの何かはあった。 それは……私の意思だ。
その意思を表す言葉を、息を大きく吸って、次の幸せに繋げるように願い、吐き出す。
「私は……! 私は彼の隣に立ちたい……! どんなに立場が変わってしまっても、私がユウヅキとなりたいのは、その先の関係だから……!」
想いを……口にする。
「何より彼にあんな苦しそうな顔のままでいてほしくない……! 苦しむのなら私も一緒に背負いたい、そしていつか一緒に笑いあえるようになりたい……! ――――私は、彼が大好きだから……っ!!」
***************************
……言い切った。言ってしまった。 きれいなキラキラとしたモノからかけ離れた醜くて重い思いを、吐き出した。 愛しいとか恋しいとか、そんな程度の言葉では表しきれないくらい、重すぎるこの感情。 自分でもドン引きだ。顔が恥ずかしさで熱くなる。涙も鼻水も零れて顔がぐちゃぐちゃになる。 みっともなくなる。恰好つかなくなる。苦しくも、なる。
ワガママで、自己中過ぎる私を見て幻滅されると思った。 けど、ユーリィさんが、後ろから私の頭を抱きしめた。ニンフィアがその姿をじっと見ていた。
「……どうしようもないけど、でもえらいな、アサヒさんは」 「どこがあ?」 「ちゃんと口に出せたでしょ。自分の想い」 「でも、こんなの見ていられないよ」 「そんなになってまで、言えるのがえらいの。言えないで終わる人だって、多いんだから……それからアサヒさんの赤裸々な勇気に応えて、私も一つぶっちゃけるね」
その告白は、ユーリィさんの建前だった。 私を気遣った、妥協。彼女は私に折り合いをつけよう、と手を差し伸べてくれた。
「私も<ダスク>なんだ。一応サクとは結構長い付き合いになるかな。私も他のメンバーのようにサク……ヤミナベ・ユウヅキと貴方を許す気はない。でも同時に、ただ苦しんでほしいのかっていうと、ちょっと違うって私は思うの。責任は取ってほしい。でも、貴方たちの不幸を全面的に望んでいるわけじゃない。サクが苦しんでいたかどうかはわからない。けれど私は、サクが長年償い続けてきたのを見ていたのだから、最後までキチンと、みんなを連れ戻すまで責任果たしたのなら、それ以上は求めないつもり」 「ユーリィ、さん……」 「だから、アサヒさんも責任取るっていうなら、私は待っている。ずっと、ずっと待っている。手に負えないところがあったら、仕方ないって手伝うから……ちゃんと責任取ってよね?」
ニンフィアが、私とユーリィさん、二人の頭を撫でた。短くお礼を言うと、ユーリィさんが、体を離す。それから、ハサミを取り、私に質問する。
「さてアサヒさん、髪型どうする?」
ご注文はと尋ねる彼女に返す答えに、もう迷いはなかった。 なりたいビジョンは、既に決まっていた。
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階段に座り込む俺に、チギヨのハハコモリがブランケットをかけてくれた。 小声で「ありがとな」と返し、ルカリオとボールのカプセル越しに向き合う。 ルカリオは何とも言えないような顔で俺を見つめていた。 ふと階段の上を見上げる。チギヨが気まずそうにこっちを見ていた。
こいつらの波導なんて、読むまでもない。 心配されているぐらい、昔の俺だってわかっていただろう。 その心遣いを受け取れる余裕があるかないかだけで。 何も変わりはないはずだ。
「チギヨ。俺とヨアケと、ルカリオは……友達だ」 「ビドー……そうか、友達でいいんだな」 「ああ。友達でいい。ダチだから力になりたい。つまりは、幸せってやつになってほしい」 「俺には、お前と一緒に居るアサヒさんも、幸せそうに見えるけどな」 「違うさ」
「どこがだ?」と言うチギヨからの質問は来なかった。でも俺は続ける。 俺がヨアケの隣に立てない決定的な理由を言う。
「俺は、アイツに恩を感じてしまっているんだよ。ルカリオと今の関係になれた意味で、救ってもらったんだよ、俺たちは。だからこそ、俺たちはヨアケに恩返ししたいんだ。だから対等にはなれない。だろ、ルカリオ」
ボールの中のルカリオは、苦笑を浮かべ、否定する。 困っている俺に、チギヨは軽く叱りつけた。
「ルカリオだって違うって言っているだろ。それにお前とアサヒさんは、同じ目的を持つ相棒だろ。別に対等じゃなくても、お前はアサヒさんと相棒になりたかったんじゃないか? それに友達ならなおさら、肩を並べられない関係なんて、しんどいだけだぞ」 「チギヨ……」 「もっとも、お前の場合背丈足りねえがな」 「うっせえ」 「もっとでかくなれ。胸を張れるぐらい、心身共にな」 「……うっぜえ……」
少しでもチギヨがまともなことを言っていると思った自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。 ため息をつくと、奴に頭をがしがしと撫でられた。不機嫌そうにしている俺を見て、ルカリオはわずかに笑っていた。ハハコモリはおどおどしていたが。
チギヨの手を払いのけて、立ち上がる。それからユーリィの店の扉の前に行って、ドアノブを掴む。 入る前に、チギヨに聞こえるようにはっきりとした口調で言う。
「いい加減、前髪含めて髪切ってこようと思う」 「おお。じゃあ、髪型に似合いそうな服適当に見繕ってくるぜ」 「あんまり今の変わらない感じで頼む」 「りょーかい。でもロングコートは禁止な」
露骨に嫌な顔を向けていると、こっちに気づいたユーリィが「何しているの?」とドア越しに睨んでくる。文句を諦めて入って注文したら、中に居た全員に口を開けてめちゃくちゃ驚かれた。
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ビー君がユーリィさんに髪を切ってもらっている間。私はやるべきことをしに自室へ一回戻った。 ドルくんたちの入ったモンスターボールに語り掛けながら、手紙を書いていた。
「みんなに、謝らなくちゃいけないことがあるの。覚えているかはわからないけど……私は昔、みんなを置いて行こうとしたんだ」
私の懺悔にみんなは、髪型を見せた以上には驚きもせずに、じっと言葉の続きを待ってくれる。 その反応で、私はもしかしたらと思っていたことに……確信した。
「記憶、消されていたの、私だけだったんだね……」
記憶を覗くという行為自体、頭に負担のかかること。私にオーベムが記憶の封印をされていた時点で、みんなまで調べる対象にならなかったということなのだろう。 ドルくんが目を伏せた。レイちゃんは悲しそうな顔をしていた。ドッスーは眉間にしわを寄せた。セツちゃんは呆けていた。ララくんは目を細め、リバくんは手に持った袋を抱きしめた。 それぞれ、様々な思いを抱きながら、それでも私を見守ってくれていた。 私から離れないでくれていた。 それがとても、痛いぐらい嬉しくて。
「ゴメンなさい。そしてありがとう、それでも私を支え続けてくれてありがとう。ほんと、ポケモントレーナー失格で情けないけど、それでも力を貸してほしいんだ」
全員が私を見上げる。私は願いを口にする。
「私はやっぱりユウヅキと一緒にいたい。そのために彼と戦うことがあるかもしれない。それも覚悟している。みんなは、ユウヅキたちと戦うの、嫌……なんだよね」
これは私の勝手で、みんなを巻き込むと宣言しているようなものだ。 ためらいはないと言えば嘘になるけど、でも私はその上で説得する。
「もう自分からあなた達を置いて行かない。絶対に、絶対に。だからどうか、どうか一緒に戦ってほしい」
……ドルくんがモンスターボールの中から出てきて、私に画用紙を要求する。 慌てて差し出すと、紙にさらさらと尾の筆で何かを描く。 ドルくんはその絵を短時間で描き終え、私に突き出した。
それは、今の私とユウヅキの似顔絵が並んでいる絵だった。 二人ともぎこちなく、でもちゃんと笑っていた。
「ドルくん……うん、こんな風に笑いあえるようになりたい。だから協力お願いしてもいいかな」
首を縦に振り、ドルくんは肯定してくれた。ボールの中のみんなも、応えてくれた。 ありがとう、と何度も何度も呟いて、私は全員分の想いを込めてドルくんを力強く抱きしめた。
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【王都ソウキュウ】の【テンガイ城】の城壁の上に彼は呼び出されていた。 城壁の上にて出てすぐに待ち構えていたのは、彼女の手持ちのフードを被ったような鳥ポケモン、ジュナイパー。 黒縁メガネ越しに目を細め、キョウヘイはジュナイパーの名を呼び主人の居所を訪ねる。
「ヴァレリオ。サモンはどこだ」
ヴァレリオと呼ばれたジュナイパーは、音もたてずに舞い上がる。ゆっくりと1、2回旋回してから城壁の上をなぞるように飛んで行った。 月光照らす中、夜風に吹かれてしばらく歩くと、そこに彼女は座っていた。彼女……サモンと骨を被ったポケモン、ガラガラは城壁の淵に背もたれて、月を見上げていた。 ジュナイパーは淵の上に着地し、トレーナーに倣うように、また月を見上げた。
「案内お疲れ様、ヴァレリオ。やあキョウヘイ。今晩は」 「……わざわざこんなところまで呼び出して、なんだサモン。隕石はもう渡しただろ」 「そのことは改めてお礼を言うよ。隕石を手に入れてくれて、ありがとうキョウヘイ」 「欠片だけどな」 「気づいていたんだ」 「気づかないとでも。で、何の用だ。月見ならコクウとヴァレリオとやれ。付き合わないからな」 「つれないなあ、キミもそう思うだろう、コクウ」
コクウと呼ばれたガラガラは小さく頷き、キョウヘイをまじまじと眺める。 キョウヘイは視線をそらし、目のやりどころがなくて月を見上げた。
「君ら、のんびり月見するタイプじゃなかっただろ。ずいぶん丸く、いや弱くなったな」 「キョウヘイたちは尖って強くなったけどね」 「……強くなければ何もなしえないからな」 「そうだね、でも本当にそうなのかな」
その言葉に、キョウヘイは静かに苛立ちつつサモンを見る。 サモンもキョウヘイを見つめ返し、問答になる。
「俺は、弱かったから失ったんだ」 「あれはキミだけの手に負える事態じゃなかった」 「そうだとしても、俺は負けてはいけない戦いに負けてしまった。勝たなければ意味がない。結果が……すべてだろ」 「結果は結果でしかない。物事の積み重ねの副産物だ」 「なんだと」
低く、唸るような声を出すキョウヘイにサモンはきつく言い返す。
「キミもダークライの悪夢を見ただろう? キミはうまく立ち回ろうとして、肝心な本当に失いたくないものに向き合わなくて失敗しただけだ」 「群れてなれ合うのを嫌いな君がそれを言うか」 「言うよ。断言するけど、今のキミがせいぜい強くなっても失わないのはその捨てきれないプライドだけだ」 「サモン。君……」 「プライドをかなぐり捨ててでも、守らなきゃいけないものもある」
その言葉に、キョウヘイは違和感を覚える。 普段の彼女なら、断言するような言い方を好まないからだ。 その違和感を、キョウヘイは無視できなかった。
「おいサモン。それは……誰の話だ?」
口をつぐむサモン。彼女が自身の感情をあまり口に出したがらないことは、キョウヘイは知っていた。 距離が遠くて近い、キョウヘイだからこそ気づけたのかもしれない。 最近の彼女は、どこか妙だ。
「君は何を守りたいんだ。そこまでして何を失いたくないんだ」
彼女は立ち上がる。それから風の吹く方の暗闇に向き、手を伸ばす。 そしてサモンは、キョウヘイの質問に答えた。
「生きてきた中で初めて……“執着できたもの”だよ」
淡々としたその声は、一番感情が込められているとキョウヘイは思った。 ガラガラのコクウも、ジュナイパーのヴァレリオも、彼女の見つめる先を見ていた。 そこにある景色に、キョウヘイは興味なかった。 ただ、気に食わない何かを彼は抱えていた。
「共犯者には、ならないからな」 「わかっている。でもまたお願いはするかもね」 「君は身勝手だな」 「うん。身勝手だ。でも」
くぎを刺すキョウヘイに、サモンはいたずらな表情を浮かべ、こぼす。
「キョウヘイにはなぜか、ワガママがいいやすいんだ」
それこそ勝手な思い込みだ。とキョウヘイは切り捨てたかった。 ただ、なぜかわざわざいう気にもなれず、ため息だけを吐いた。
夜が、より深くなっていく。 それでも月は、孤独に輝いていた。
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【トバリ山】を越えた南部の荒野に、東西へ延びる広く長い道路がある。 その東側の地点の傍らに、荷台付きの車が止まっていた。 レイン、メイ、サクもといユウヅキは、そこで一夜を過ごしていた。 運転席で寝ていたレインは、助手席で休んでいるはずのサクが見当たらないことに気づき、車を降りる。 荷台ではメイが寝袋を使いギャロップとともに静かな寝息を立てていた。 レインが辺りを見回す。少し離れた木陰に、彼は居た。 彼は手に持った小さな何かを見つめていた。
「今日もまた寝ないのですか、サク」 「ああ。いつも以上に眠れなくてな」 「……やはり、アサヒさんにしたことを、気にして、ですか」 「気にしてないと言ったら、十中八九嘘になる。だが、俺には気にする資格もない」 「……本当に彼女を攻撃して、よかったのですか、サク」 「アサヒが俺の前に立ちはだかり、<ダスク>の邪魔をするのなら……俺は責任者として、誰であろうとその障害を除去しなければいけない。それができると示さなければいけない……」 「サク……」 「ただし、彼女が俺をもう追いかけなければ、その必要は無くなる。だが、それはおそらく……無い」 「断言するんですね。確信に足る理由は?」 「確信では決してない。半分は彼女が頑固な性格だって知っているからで。もう半分は――――俺の願望だ」
苦笑を浮かべるサクを見て、レインは驚いた。苦しい笑いとはいえ、彼が笑うところを何年も時を共に過ごしているレインはほとんど見たことがなかったからだ。
「俺は、アサヒには待っていて欲しい。だが、それと同じように、追いかけてくれることで、どうしても俺はどこか救われてしまっている。おかしな話だ」
その問いかけには、レインは答えられなかった。代わりに答えたのは、いつの間にか起きていたメイであった。
「別におかしくない。だってサク様、ずっとあのアサヒが追いかけてくること、待っている。待ち望んでいる。でなきゃ、そんなモノ大事に持ち歩き続けないでしょ?」
メイに手元を指さされ、「その通りだ」と白状するサク。 レインは荷台からギャロップが下りるのを手伝いつつ、二人のやり取りからサクが大事そうに持っていたものの正体を察した。 そのうえで、確かめるためにもあえてレインはサクに問う。
「それは?」 「発信機だ。彼女が俺の袖をつかんだ時につけたのだろう。あのスタジアムを襲撃した際もダークライがソテツのフシギバナに、似たものをつけられて壊したことがある」 「…………だから、今夜、【ソウキュウ】や【スバル】から離れたここを選んだのですか?」 「いざという時、走りやすいだろ」
頭を抱えるレイン。遠くからが鳥ポケモンが飛び立ち、鳴く声が聞こえる。 その音の他に、排気音が一つ聞こえる。方角はさらに東の方向から、距離はまだ遠い。 だがそれは、夜明けとともに確実にこちらに近づいていた。
「サク様」 「どうするのですか、サク」
メイとギャロップ、レインの視線を受けたサクは、青いサングラスをかけ直して言った。
「次は容赦しないと言った。その覚悟の上で来るならば、今後は彼女の敵として戦うまでだ。彼女は――――アサヒは、俺を追いかけるべきではないのだから」
「俺はまだ、救われてはいけないのだから」
西の空の月がサングラスの内側の彼の瞳の色のように薄白い銀色になり始める。 そして夜明けの太陽と共に、追跡者は現れた。
青いバイクのサイドカーから降りた彼女はヘルメットを取る。 ミディアムショートになったその金髪はさらさらと光と風に輝いていた。 スカートは以前より短くなり、ロングブーツがしっかりと大地を踏みしめる。 こちらを捕えんとその蒼い双眼で睨み、口元に笑みを浮かべるヨアケ・アサヒを見てレインが嗤いながら呟いた。
「夜明けの追跡者……いえ、“明け色のチェイサー”といったところですか」
“明け色のチェイサー”ヨアケ・アサヒは現れた。 ヤミナベ・ユウヅキを捕まえるために、彼女はここに……現れた。
***************************
私もイメチェンしたけれど、同じくヘルメットを取った、運転手のビー君も装いが変わっていた。長かった前髪を含め全体的に髪が短くなっている。以前着ていたグレーのロングコートも、同系色の半袖ジャケットへと変わっていた。 水色のミラーシェードをかけていることで、彼だと認識できるぐらいには、雰囲気が変わっていた。
「お前がヤミナベにつけた発信機のデータ、デイジーが気づいて送ってくれたのにまた先行して突っ走って……もっと怒られても知らないぞヨアケ」 「その時は一緒に謝ってね、ビー君」 「ったく、仕方ねえなあ」
そう言うビー君も、口元の笑みを抑えきれていなかった。
メイって子とその手持ちのギャロップ、それからレインさんとサク……ううん、ユウヅキが静かにこちらを警戒していた。 しばらくの緊張ののち、ユウヅキが口を開く。
「次は容赦しないと言った。それでも来たということは覚悟の上だとみなす」
低い声色で威嚇するユウヅキに、私は応える。
「ユウヅキのばか。そうじゃないでしょう。髪を切ったぐらいで私がキミを追いかけるのをやめると思った? 自ら私の敵だって言えば私がキミを敵だと思うと思った? 私のこと、甘く見過ぎだよ」 「思っては、いなかったさ。甘く見ていたのは確かだがな」
ユウヅキが、モンスターボールに手をかける。続いてその手を私に突き付ける。 私も同じように、モンスターボールを取り出し、ユウヅキに突き出す。
「アサヒ、お前は俺と一緒に居るべきではない」 「ユウヅキ、私は、貴方と一緒に居たい」 「……お前には、もう困ったとき頼れる相手がいる。俺とじゃなくても生きていけるだろ。だから、もう俺を追いかけないでくれ」
その声が、悲しそうに、苦しそうに、泣いているようにも、聞こえた。 ユウヅキにそんな顔させたのは私で、彼を想うべきならその望みを叶えるべきなのだろう。
……私は“闇隠し事件”を引き起こしてしまった自責の念から逃れようとして、彼の前で一度その身を投げようとした。手持ちのみんなを置いて、湖に逃げて……そして、彼にトラウマを植え付けてしまった。彼を、みんなを苦しめ続けてしまった 追いかけられるのを嫌になるのも無理はない。 彼と敵対することを嫌がられるのも無理はない。 でも、それでも、そうだとしても…… 追いかけるのをやめることだけは、また逃げて諦めることだけは、絶対に嫌だった。
「一度逃げた私のことは赦さなくていい。けれど私は貴方に追いついて、隣に立ちたい。そして……」
私はもう片方の手を、差しのべる。 そして決意の笑顔を作って、強く言い切った。
「一緒に生きて、心の底から笑い合いたいんだ!」
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差しのべられたその手。 俺が守りたい、その笑顔。
望んでいたそれらを目の当たりにして、まぶしくて目に染みる。
「俺の隣に居ても、俺はお前を守り切れない」 「自分の身ぐらい、今度こそ自分で守ってみせる。だから今度こそ一緒に生きて償おう?」
引き寄せられるその誘い。 本当はその手を取りたかった。 本当はその誘いに乗りたかった。
けれど、いや、だからこそ俺は。 俺は……決別を選ぶ。
「それだけは、ダメなんだ。アサヒに償わせるわけにはいかない」
彼女の笑顔が揺らぐ。「なんで」と尋ねる声が聞こえる。 すべてを言ってしまっても良かったのかもしれない。 でも俺は理由を隠して、願いだけを口にした。
「お前に生きていて欲しいから、だ」
モンスターボールの開閉スイッチを押す。光と共に現れたのは、リーフィア。 彼女の髪を切らせた俺の相棒だ。 アサヒもグレイシアのレイを出し、二体が揃う。
俺は……迷いを振り切りリーフィアに攻撃の指示を出した。 アサヒもレイとともに迎撃する。
望まぬ戦いが。 別れの夜明けが、始まった。
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ムラクモ・サクことヤミナベ・ユウヅキはヨアケ・アサヒさんとの決別を選択した。 私は彼の事情を知っていた。責任を取るということの意味を、知っていた。 それでも彼が選んだ道を、私は心からは望んではいなかったことに今、気づかされる……。
どうしてこんなことになってしまったのか。 問いかけるべき相手は、見つからない。
呆然とする私の目の前で、サクのリーフィアが『ウェザーボール』の弾丸を、アサヒさんのグレイシアの凍てつく一閃、『れいとうビーム』を放つ。 二つの技がぶつかり弾け合い、冷風が吹き乱れます。
「サク!」
私の声は、衝撃にかき消され届かない。 ビドーさんがルカリオを出すのを見て、メイがギャロップに、『10まんばりき』を指示、突進して踏みつけるギャロップ。ルカリオとビドーさんはそれを左右にかわし、ルカリオが強力な『おんがえし』の一撃をギャロップに叩き込む。 吹き飛ばされよろけるギャロップにメイは駆け寄ります。 ルカリオにビドーさんは『はどうだん』を溜めさせ、サクのリーフィアを狙っていました。
天候が、変わる。 アサヒさんがグレイシアに『あられ』を指示。グレイシアは霰の中に消えていくようにその特性『ゆきがくれ』で姿を隠す。ルカリオが放った『はどうだん』をリーフィアは深緑の刃『リーフブレード』で真っ二つに叩き切った。
「まったく皆さん好戦的なんですから……サクたちを頼みますカイリュー!」
私は相棒のカイリューを出し、危険を承知の上でサクとリーフィアの方へ突っ込ませます。 その間に私は車に乗り込み、エンジンをかけました。
「?!」
カイリューがサクとリーフィアの体を抱え空へと舞い上がります。
「ここは一時撤退ですサク!!」 「! させない!」
グレイシアの『れいとうビーム』がまっすぐに2、3回飛んできます。カイリューはひらりと交わし、そのまま霰雲の中で上空を離脱しようとしました。 しかし、
「まっがれええええええええええええ!!!!」
彼女の声に合わせるかのように、 直線を描いていたはずの上方の『れいとうビーム』が、反射を繰り返し降ってきます。カイリューはよけきれず右翼に被弾しました。
「カイリュー!!」
カイリューは何とかこらえ、サクとリーフィアを抱えて荷台に着地しました。動揺しながらも私は迷わずアクセルを一気に踏み込みます。 私の意図を組んだメイもギャロップに乗って車に追いついてきます。
「ヨアケ、乗れ!!」 「うんっ!」
しかし彼らにもサイドカー付きバイクがあり、こちらを追いかけてきます。 撤退戦へと戦いは移行していきました。
***************************
追走戦へと、戦いは移った。 俺はオンバーンを、ヨアケはデリバードのリバを出し、それぞれにルカリオとグレイシアのレイを乗せて飛ばした。 俺たち自身はサイドカー付きバイクで直線の大道路を駆けていた。 前方に走るは荷台付きの車。台の上にはリーフィアとヤミナベと、さっきヨアケが撃ち落したカイリュー。それから並走するのはパステルカラーのたてがみのギャロップと、そいつに乗った大きなつばの帽子を被った銀髪女、メイ。
「来るなっての! ギャロップ、『サイコカッター』!!」
ギャロップのツノが光り、念動力によって圧縮された超能力の刃が前方から飛ばされてくる。
「く! 『ばくおんぱ』だ、オンバーン!!」
オンバーンが放つ爆音の衝撃波が『サイコカッター』を相殺、遅れてやってくる轟音が朝焼けに包まれた荒野に響いた。
「リバくん!『こおりのつぶて』! レイちゃんも援護して『れいとうビーム』!」 「『にほんばれ』で天候を変えてください、カイリュー!」 「! 構えろ、リーフィア!」
背にした太陽が熱く光り輝く。 それに反応したヤミナベがリーフィアに声をかける。 リーフィアが台座の上で踏ん張り、ヨアケたちの氷技連撃をギリギリまで引き付け、そして。
光の剣がリーフィアの尾から立ち昇った。 ――――居合一閃。 氷礫と光線が切り刻まれバラバラに落ちていく。 けれど、光の剣は、まだ煌々と輝き続けている……!
「次が、来る……!」
強力な一撃が来ることを思わず察し、ハンドルを握る。 緊迫した空気。 じりじりとした沈黙を、ヤミナベが破る。
「――――『ソーラーブレード』!」
二閃目の光の剣は、真上から叩きつけられようとしていた。 狙われたのは、デリバードのリバと、その上に乗ったグレイシアのレイのタッグ。 『ソーラーブレード』は強力な代わりに『にほんばれ』などの日差しが強い環境下でしか連発できない技。アドバンテージを保つためにヤミナベとリーフィアはレイの『あられ』による天候変更を真っ先に潰しに来る……!
「よけてふたりともっ!!」
ヨアケの悲痛な声。その時動いた青い影があった。 ルカリオだ。ルカリオがオンバーンから飛び上がり、『ソーラーブレード』の剣めがけて突っ込んだ。 自発的なルカリオの行動に、俺は指示を……重ねる!
「『はっけい』!!!」
振り降ろしきられる前の、勢いと重さが乗り切る前の斬撃に『はっけい』を打ち込み、衝撃を少しでも弱め起動を反らすことに成功する。 代わりに遥か後方へと飛ばされ、置いて行かれそうになるルカリオを、オンバーンが急いで飛んで回収しに行った。
その隙を、メイとギャロップは逃さない。
「撃ち落せギャロップ! 『マジカルシャイン』!」
鮮烈な妖しく輝く光の攻撃が、俺たちとヨアケたちに襲いかかる。 ミラーシェード越しでも、さっきからの強烈な光どもは手に汗握るくらい、きつい。 それでも、前へ、アイツのところへ……ヨアケたちを送り届けるんだ!! 苦手でも、トラウマでも、克服してやる――――!!
「なめるなああああああ……!!」 「墜ちろおおおおおおおおおっ!!!」
メイとギャロップの気迫と執念がすさまじく、『マジカルシャイン』はより苛烈になっていく! (くそっ! かわし、きれない!!!!)
俺とヨアケの乗ったバイクにも、デリバードのリバも、グレイシアのレイも、一斉に被弾する。 タイヤがやられて、これ以上バイクでは追いかけられない! もうここまでなのか?! 一瞬でもくじけそうになる気持ちを、奮い立たせる。
「いや、まだ諦めてたまるか!!」 「そうだよ、まだだ!! レイちゃん――――『ミラーコート』!!!!」
グレイシアのレイの前に鏡面の壁が作り出され、その鏡からさっき受けた特殊攻撃を、『マジカルシャイン』を倍返しで解き放ちヤミナベたちを追撃する!!
メイとギャロップは持ちこたえるものの、相手の車にも攻撃は当たっていた。 荷台の上では、カイリューがヤミナベとリーフィアを庇い、盾になっていた。 カイリューはその一撃で、戦闘続行不能に陥る。
「カイリュー……!!!」 「カイ、リュー…………すまない」
察したレインの呼び声に、カイリューは応えを返せない。 ヤミナベが、止まった車の荷台の上で立ち上がり、それから新たなポケモンをボールから出した。 そいつは、儚い白さを持つドレスを身にまとったポケモン、サーナイトだ。
「俺が甘かった……撤退する」
発信機をリーフィアに切り刻ませたヤミナベは、サーナイトに力を集めさせる。 撤退時にサーナイトが何をするか、俺はよくわかっていた。 ヨアケも察しがついていたようで、バイクを降りヘルメットを投げ捨て走り始める。 ギャロップに迎撃させようとするメイを、ヤミナベは制止させる。
「メイ。攻撃はもういい。集まれ。まとめて『テレポート』する」 「っ、わかったサク様……」
ヨアケが手に何かをもちながら必死に走る。しかし、到底追いつける距離ではない。 それでも彼女は諦めない。だから、俺が先に諦めるわけにいかない……!
「オンバーン!!!!」
俺は、祈りを込めて最後の指示をオンバーンに託した。
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苦しい、息が上がってくる、追いつけない。 でも不思議と楽になりたいなんて気持ちは湧いてこなかった。 走る私の背中を、とても温かく、強い『おいかぜ』が押してくれたからだ……!!
ありがとうビー君、オンバーン。ルカリオもレイちゃんもリバくんも、他のみんなも。 涙で前が見えにくくなっていたけど、しっかりと見据えて。 私はありったけの声で彼の名を呼ぶ。
「ユウヅキ!!!!」
ここで足を少し緩め、踏ん張りをきかせる―― ――それから、右手に持った筒を全力で振りかぶり、投げた!
「受けとりゃああああああああ!!!!!」
流れゆく風に乗せて、届け、届け、 この思いよ、貴方へ届け!
……熱く吹き乱れる追い風に乗って、それは彼の手に届いた。 サーナイトが力を解き放つ。 そして彼らは『テレポート』によってここではないどこかに転移していった。
リバくん、レイちゃん、オンバーンにルカリオ、最後にビー君が私に駆け寄る。 息を切らした私に、ビー君が静かに声をかけた。
「はあっ、ぜえっ、はあっ……」 「……取り逃がしちまったな」 「……うん。でも、今日のところは、これで勘弁しておいてあげる……!」 「そっか。まあ、また追い詰めればいいさ」 「うん……ビー君」 「なんだヨアケ」
胸の奥にひっかかっていたことを、今なら言葉にできるような気がして。 深く深呼吸をして、彼に伝える。
「言えない事情はいっぱいある。それでも私に協力してほしい」
それだけ言うと、ビー君は驚いた表情を見せた。
「今更何を言っているんだ、相棒」 「ビー君?」 「いいかヨアケ。俺とお前の相棒関係はヤミナベを捕まえるまでだ。つまりまだ終わっちゃいない。協力するなって言っても協力するぞ俺は」
それから彼は、口元を歪ませ、目を伏せる。
「事情なんか言えるようになったら教えてくれ。今はそれでいい」 「……ありがとう、助かる」
ビー君は一つ頷くと、「さて、今はどう帰るかだ。どうしたものか……」と頭を悩ませていた。 そんなビー君をよそに、私はレイちゃんやリバ君たちをねぎらいながら物思いにふける。 日はすっかり昇りはじめ、月は再び姿を眩ませた。 でもまた共に一緒に在れる時が来る。そんな予感がしていた。 それは諦めなかったから感じるものだったのかもしれない。
私はまたユウヅキを追いかける。 何度だって、追いかけて見せる。
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あの荒野からは遠く離れた【セッケ湖】の湖畔に、俺たちはサーナイトの『テレポート』で移動してきた。
朝焼けが湖面を輝かせる。手に取ったモノを確かめると、それは昔アサヒにあげた髪留めがくくりつけられていた筒だった。 髪留めを外し、筒を開く。その中には一枚の紙が丸められて入っていた。 それは、俺に宛てられた詩的な手紙だった。
『夜明けの空に映える薄白い月のように 地平線の彼方へと姿を眩ませても 私は貴方を追い続けます』
『私は、貴方と共に生きる道をもう諦めない』
その彼女らしい短い文章を読み終えて思ったのは、一つだけだった。
(……俺だって、諦めたくはないさ)
レインが何か言いたそうにしていた。メイは俺の考えを読んだのか、黙っている。 カイリュー、ギャロップ、リーフィアにサーナイトも、皆が俺の言葉を待っていた。
「戻ろう、<ダスク>がやらなければいけないことは、まだまだ沢山ある」
皆が俺を見て頷く。 そうだ。俺は罪を償わなければいけない。 そしてお前と共に生きるためにも、問題を片づけなければいけない。 今はまだ、共に在れない。
(だが、すべてを終えたら俺は……俺は)
唇を噛みしめ、手紙の筒を握りしめ。 二色の髪留めを見ながら、望む。
(俺はお前の元に、アサヒのいる場所に帰りたい)
強く、強く。今だけは強くそう願った……。
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義賊団<シザークロス>のアジトにて、あたしはいつものように目覚める。 丸々としたピカチュウのライカはまだ寝ている。起こすのも忍びないので、あたしは一人で発声練習でもしようと防音設備のある部屋に向かった。
「あれ、珍しい」
先客が一人。<シザークロス>のお頭。ジュウモンジ親分がギターを練習していた。
「アプリコットか。ちょうどいい入れ。話がある」 「え、なんだろ。新しい仕事の話?」 「……ちげえな」
扉を閉め、親分の隣に立つ。ジュウモンジ親分は眉間にしわをよせて、あたしの方を見ないで言った。
「お前も、あの大会見てたっていっていたよな」 「あー、ビドーとリオル、いやルカリオをなんとなく目で追っちゃって、ね。そういやビドーたち、無事だといいね」 「そうだな」
珍しくそう肯定する親分は、なんだかいつもより小さく見える。 元気がない、というより何をひたすら考えている。悩んでいるようにも、あたしには見えた。
「俺らがアイツとリオルを引きはがしていたら、リオルは、アイツに、ビドーに懐いてルカリオに進化することはなかった」 「お、親分?」 「俺の目は、節穴だった。こんな状態で義賊団は、続けられないのかもな」
確かに、あたしたちはビドーとリオルを引きはがそうとした。今にして思えば、結果だけ見れば、それは間違いだったのかもしれない。 でもそんなジュウモンジ親分は見たくなかったし。 その先の言葉は、あたしは聞きたくなかった。 それでも親分は続ける。 終わりの可能性を、口にする。
「アプリコット。俺たち<シザークロス>は、潮時なのかもしれねえ」
その一言は、その言葉は、声は。 あたしの世界が壊れ始める音だった。
つづく。
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