ビドーのルカリオが水源の波導を探してくれたおかげで、なんとか川沿いに出ることができた。
森の中をしばらく歩くと辺りが急激に暗くなりはじめる。ただでさえ謎めいた黒い雲が空一帯を覆っているのもあって、寒気があたしたちを襲った。野生のコロモリの影やホーホーの鳴き声も聞こえてくる。
ジュウモンジ親分たちにメッセージで連絡入れたけど、返事は「アジトで合流しろ」の短い文章のみ。たぶんだけど、電話はかけるのは危険だって判断だと思う。
しんどそうに肩を貸されながら歩くユウヅキさんを見てビドーは「今夜はこの辺で休めるところを作ろう」と言った。
今どこにいるのか把握しにくいのもあるから、みんな特に反対はしなかった。
みがわりロボの姿にさせられたアサヒお姉さんをユウヅキさんに一度預けて、あたしは擦り傷の手当をしてライカと枝やきのみを探しに行った。
集めた枝を組み合わせた後、ビドーのオンバーンが弱めの『かえんほうしゃ』で焚火を作る。
オンバーンのトレーナーのビドーはというと、ユウヅキさんとあと自分の手持ちの治療を行っていた。
力を取り戻した彼のポケモンたちは、休める場所作りを手伝ってくれる。特にエネコロロの『ひみつのちから』で作った洞穴は秘密基地みたいだった。
「そういや、あの後オカトラとは合流できたのか? ポケモン借りていただろ」
「オカトラさん、なんだかんだ合流してポケモン返すとこまではできたよ。でもドタバタしていて、はぐれちゃった……」
「そうか……無事だと良いんだが」
「そうだね……」
あの気持ちいい笑い声のオカトラさんを思い返しながら、無事を案じた。
はぐれたと言えば、アサヒお姉さんとユウヅキさんのポケモンたちは、今は離れ離れになってしまっている。
万が一戦闘になったときは、あたしとビドーで切り抜けるしかなかった。
きのみをかじりながら緊張していると、ビドーがあたしに声をかける。
「見張りは俺とルカリオがしておくから大丈夫だ。お前はヤミナベとヨアケと休んでいろ、アプリコット」
彼の「大丈夫」は強がりだとすぐにわかった。だからあたしは躊躇なく彼の頬の傷に傷薬のスプレーをかける。
うめき声をあげて悶絶する彼をライカとルカリオに抑えるように頼んで取り押さえガーゼを思い切り貼り付ける。
「貴方もあたしもみんなけが人! ライカ、ルカリオ、コイツ自身がサボっていたケガの手当をするよ!」
「ちょ、待てやめろっ、自分でやる! ルカリオも止めてくれ!」
「止めちゃダメだからルカリオ。この程度で痛がっている人のどこが“大丈夫”だって? 大人しく怪我見せなさいっ!」
ルカリオが「止めるわけない、頼む!」と怒り心頭の声であたしに治療の許可をする。
恨めしそうにルカリオを見るビドーの上着をあたしたちは躊躇なく脱がした。
てんやわんやの大騒ぎになっているあたしたちをユウヅキさんは唖然とした表情で遠くから見ていた。アサヒお姉さんはというと何だか可笑しそうに笑いをこらえていた。
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アプリコットは俺を散々あーだこーだと叱ったのち、ヨアケを抱き枕代わりにして仮眠を取り始めた。(結局見張りは交代ですることになった)
あちこち包帯とガーゼまみれにされた俺は、いったん他のみんなをボールに戻してからルカリオと一緒に周囲の警戒をしていた。
そんな俺の隣に、ゆっくりとした動作で腰を下ろした人物がいた。
……俺はコイツのことも、正直まだまだ許せてはいなかった。
けど割り切って、普通に話しかけてみる。
「動くと堪えるぞ、ヤミナベ」
「……だいぶ休ませてもらったから少しはましになった」
「嘘つくと今度はお前が包帯まみれになるぞ」
「嘘ではないのだが……」
俺の隣で暗い川を眺めるヤミナベ・ユウヅキ。その彼の口調は棘が取れていた。
というか、普段は構えているだけで、本来はこういう喋り方をする奴なのかもしれない。
「寝られないのか? それともなんか、俺に話でもあるのか?」
「数年前からろくに寝られていないから、これはいつものことだ……話、か。そうだな。話したいことはそれなりにある。しかしまずこれだけは言わせてくれ――――」
わりと深刻な問題をさらりと流したヤミナベは、俺に頭を下げた。
「――――ありがとう。アサヒの傍に居てくれたのがビドー・オリヴィエ、お前で良かった」
予想外にストレートなその言葉を、素直に受け取れない自分が居た。
静かに顔を上げた彼に、探り探り理由を尋ねてみる。
「……どうしてそう言おうと思った?」
「お前がアサヒを助けてくれたからだ。俺では、アサヒを守れなかったからだ。8年前も、今日も……」
「別に俺も守れてはいないぞ? ヨアケはあんななりになっちまったし」
「守れているさ。少なくとも、クロイゼルの手中からは取り返してくれた。あの時の俺にはそれすら出来なかった……」
「…………」
クロイゼルに歯が立たなかった自分を責めているのだろうか……でもそれだけではなさそうな彼の言葉に、俺は何かが引っかかっていた。
もしもの時は力になってあげて欲しいと、以前ヨアケに頼まれていたことをふと思い出す。
今がその時なのだとしたら、正直荷が重いなと思った。
どうしたらいいのかちっとも分からねえ。けど、逃げる気はさらさらなかった。
恐る恐る、意を決しヤミナベに尋ねる。
「……もっと俺に言いたい事、あるんじゃないのか?」
「ああ……サーナイトのこともだ。お前に叱られて、見つめ直せた。あれ以来『いやしのねがい』は使わせていない。サーナイトにも約束させている」
「そうか……それは、良いことだと思う。思うが……そうじゃなくてだな。もっとこうないのか、不安なこととか、苦しいこととか。ムカつくことでも、なんでも……!」
「? ムカつくことも不安も、苦しいのも俺よりアサヒの方が抱いているのではないか? 彼女に聞いた方がいいのではないか?」
なんとなく焦り始める俺をヤミナベは不思議そうな表情で見る。
その顔を見た瞬間、俺はどうして彼の態度に疑問を持っていたのかに気づいた。
(コイツは……コイツ自身のことをほとんど話してねえ)
ルカリオもヤミナベを不気味がっていた。彼の波導はただただ静かで、静かすぎるほどだった。
思わず肩に掴みかかって問いただす。
「お前はどうなんだよ……! 悔しいとか、ないのかよ」
「……それを言っても事態は何も変わらない」
「そういうのはいいから、言え……!」
「…………わかった、だから肩から手を放してくれないか」
ヤミナベがひどく体をこわばらせていることに気づき、俺は謝りながら手を放す。
それから彼は「すまない」と謝ると、困ったように考え込み始めた。
「…………悔しい、というよりはひたすら無力感を感じた。悲しい、というよりは情けなさや申し訳なさに近い」
「…………」
「クロイゼルの命令とは言え、俺は多くの者を不幸にしてきた。だから俺は、俺たちの手で決着をつけたかった。しかしそれは惨敗に終わった。誰も何も報われないまま、ポケモンたちを置き去りにして、アサヒも助けられないまま……今に至る。とても、とても情けない」
手を突っ込んだ先は、思っている以上に、闇が深い。
語る口元も、塞ぎ込む視線も微動すらしない。まるで表情というものがすっぽり抜け落ちてしまっているかのように。
……多分、ヤミナベは疲弊しきっているんだ。
手当したときに見た無数の傷跡の身体だけでなく、重圧の中耐え続けていた精神も。
波導が静かなのも、安定しているとかじゃない。感情を出せていないからだ。
「こういう感じで、いいのか?」
「あ、ああ。何ならもっとぶちまけてもいいぞ」
「そんなことを言われたのは、いつ以来だろうか……遠慮しておく」
嫌な考えがよぎる。
もしずっと感情を出すことを許されなかったとしたら? それが日常と化していたら?
律するなんてレベルではなく、自責も続けるそんな只中で何年も過ごして来たとしたら、その心は一体どんな風になってしまっているのか。
少なくともちょっとやそっとのことでどうにかできる問題でないのは、確かだった。
この短い会話の中で、俺は思う。
彼は根っからの悪人ではないし、簡単に憎める相手ではないと。
むしろ自分の損得を考えない真面目過ぎるくらい真面目な馬鹿だと思った。
だからこそコイツに必要なのは――――望みだ。
「お前はこれからどうしたいんだ?」
一つ一つ、何を望んでいるかを聞く。これが今俺にできることだと、直感を信じた。
ちゃんと尋ねると、ほんの少しだけヤミナベは感情の欠片を零す。
「アサヒはまだ俺と共に生きること諦めていない。俺もまだ諦めたくはない……ポケモンたちも取り戻したい……だが、どうしたらいいのかが分からない」
「分からない、か。だったら俺も一緒にどうすればいいのか考えるさ」
「ビドー……何故そこまでしてくれるんだ? 俺は、“闇隠し”を引き起こしてしまったのに、何故?」
「お前も、そしてヨアケもやってはいない。元凶ではないんだろ。それに、俺には、ヨアケをお前の元に無事送り届けるっていう仕事があるからな。彼女が無事元に戻ってお前のところに届けるまでが、俺の仕事で……やりたいことだからだ」
きっぱりと言い切ると、ヤミナベは「分からない」と繰り返し呟いた。
そんな彼に俺は苦笑いしながら言った。「簡単に分かられてたまるか」と……。
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ビー君たちと交代で、私はアプリちゃんと見張りをする。
アプリちゃんはなんか人形になってしまった私を抱えて動くのが、今までもそうしてきたみたいに慣れた手つきで抱えていた。彼女曰く、「ピカチュウだったころのライカもよくこうしていたから」とのこと。
騒がしくならない程度に、私たちは他愛のないお話をする。
アプリちゃんもさっきのユウヅキとビー君のやりとりを聞いていたみたい。
私は眠らなくてもいい体になってしまったので、交代して見張りをするみんなと話していった。
交代制だったこともあって、あまり暇はしなかったのは余計なことは考えずにありがたかった。
ビー君とルカリオには心配をされ、ユウヅキには逆に心配をしながら夜を過ごす。
以前まで起こっていた見覚えのない記憶や身に覚えのない感情の変化は綺麗に無くなっていて、なんだかすっきりした気持ちで話せていた。
……ううん違う。やっぱりあの場に残してきたみんなのことが気になって仕方がない。
一刻でも早く助けに行きたい。
でもそれが出来ないもどかしさを感じながら、時間は刻一刻と過ぎていった。
やがて夜が明ける。けれど空は相変わらず黒雲に包まれたままだった。
『サイコキネシス』の力で、アプリちゃんと相棒のライチュウ、ライカは上空から現在位置を調べてくれる。
彼女たちは戻ってくると、「この辺だったら、こっちにあると思う!」とビー君を引っ張っていく。
案内された先の森の中に、大きな石が鎮座していた。彼女はその裏手に行って、地面に向かってライカに『サイコキネシス』をさせる。
「本当は<シザークロス>のメンバー以外には内緒なんだけどね、特別に教えてあげる」
そう冗談めかしてはにかむアプリちゃん。ライカがサイコパワーでずらしたのは……地下への入り口だった。
入り口をもとに戻しつつ明かり沿いに階段を下りていくと、広めの通路に出る。
『この辺の地下に、こんな大きなトンネルがあったんだね』
「ううん、この辺だけじゃないよ。割とこの地下洞窟はヒンメルの各地に繋がっているんだ」
『どうりで<エレメンツ>が<シザークロス>のアジト見つけられないわけだ……』
「繰り返すけど、内緒だからね……下手に動くと迷子になるからちゃんとついてきて!」
ライチュウのライカがしんがりを務めつつ、私たちはアプリちゃんに導かれるままアジトへ向かって行った。
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空中遺跡の大広間で、マネネとボクは頼まれていた作業を行っていた。
ボクの背後にいるギラティナは、アナザーフォルム……つまりはこちらの世界の姿になって今は眠っている。
【破れた世界】から出てくるのが久々だったのもあったのか、ギラティナは遺跡の最上階をひとしきり足で駆け回ったのち、休み始めた。
まあ……今は彼もいないし、気を張らなくてもいいのは同意だけどなんだろう、可愛く見えてくるな……。さっきまで蹂躙していたとは思えない。
手に持っていたシールを彼らに貼り終えると、ディアルガとパルキアの力を組み合わせて作ったゲートから、彼が帰還する。
「おかえり、クロイゼル。どうだった?」
「ただいまサモン……結果は、予想通りだった」
予想通り、ということはダメだったということなのか。
駆け寄るマネネの頭を軽く撫でると、彼は大きなため息をひとつついた。
パルキアの空間の力とディアルガの時間の力。二つを合わせて彼は過去、1000年ほど前の平行世界を、“マナ”の居た世界を見てくると言っていた。
結局、その世界でもマナは同じ末路を辿ったのかな……。
「……残念だったね」
「残念でもないさ。マナはそこでは無事に生きていた」
「え……じゃあ会えたの?」
「いいや、会ってはいない。見かけただけだ」
「どうして」
「どうせあの世界のマナは、僕の知っているマナとは違う」
「それでも構わないからキミは会いに行ったんじゃ……ディアルガとパルキアを捕まえて、確認しに行ったんじゃ……なかったのかい?」
「あの世界のマナには会えない」
きっぱりと言い切る彼の顔は、どこか気持ちの整理がついたという面持ちだった。
乾いた笑みを浮かべながらクロイゼルは理由を話してくれる。
「あそこに生きていたマナの隣には、別の僕もまた存在していたからだ」
「過去の、キミが……」
「当時の僕から、友を奪えないだろう? ――――だから、今の僕がマナにまた会うには、やはり復活させるしかない。幸い魂の受け皿は彼女がなってくれた。あとは肉体だけだ」
そう言ってクロイゼルが、台座の上に寝かせられた彼女に歩み寄る。
『ハートスワップ』を使われたヨアケ・アサヒの身体には今、マナの魂が入っている。
しかしマナが目覚める気配は一向にない。でも息はしている。それは、マナの魂、心が生きている証だった。
「待っていてくれマナ。もう少しだ」
優しい目で眠り続けるマナを見下ろすクロイゼル。
その光景を見てボクは、彼らを守りたいという強い執着を再び確認した。
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ふと自分の携帯端末を見ると、キョウヘイから安否を確認する着信とメールが何通か来ていた。
あとで返信しようと考えていたら、クロイゼルに「返事、したらどうだ」と促される。
その言葉に甘えてボクは電話をかけ直すと、わりとすぐに繋がった。
『おい。今どこにいる』
「…………キョウヘイ。ボクは無事だ。キミの方は?」
『話を逸らすな。どこにいるサモン』
「ボクのことは気にしなくて大丈夫だから、自分の身を案じて欲しい」
『指図される覚えはない』
「……ボクは」
『大丈夫ではないだろ。少なくとも、現状のこの地方に居る限りは』
言葉の意味を把握しかねて沈黙してしまう。
ボクが現状を知らないのを見抜いたのか、彼は繰り返し問い詰める。
『……【ソウキュウ】では、結構な数がヤミナベ・ユウヅキとヨアケ・アサヒを血眼になって探している。君の絡んでいる<ダスク>を筆頭に混乱が起きている……その渦中にいないのなら、君はいったいどこにいる?』
王都の惨状がどういうものか細かく把握していなかったのは失敗だった。
失言からどんどん追い詰められていく。続けざまの沈黙は、より疑いを深くする。
『まさかサモン。君が関わっているのか……?』
「……キョウヘイ。キミは共犯者にはならないと言っていただろ。それは今でも変わらないかい?」
不用意にこれ以上立ち入らないように、ボクは彼に確認を取る。
『……ああ。俺は共犯者にはならない』
予想通りの回答にほっとしつつも、半ば自白に近い警告を彼にする。
「だったらキミは知る必要はない。ボクが何をしているなんて、知らなくていい。中途半端に知ったら……道連れになるよ」
線引きをできるのは、ここまでだった。
キョウヘイの言うことが正しいのなら、ボクはとっくに取り返しのつかないことに足を踏み入れている。
クロイゼルにつくということは、このヒンメル地方全部を敵に回すということ。
中途半端に頼ってしまっていたけど、これ以上ワガママに付き合ってもらう義理はない。
(これでいい。これで、いいんだ)
(巻き込めない。巻き込むべきではない)
(だから、早く断ってくれ)
(さあ――――)
『君の言うこときくなんて御免だ――――道連れにしろよ』
『上等だ』と言った彼の言葉に、固まってしまう。
…………言葉が出ない、とはこのことだった。
どこまで。どこまで天の邪鬼なんだキミは。
どれだけ指図されるのが大嫌いなんだよ、キミは……!
「道連れには出来ない」
『それなら俺は一人で行く。君のところへ』
「させない。ボクの都合で手を汚させるわけにはいかない」
『これは俺の都合だ。それに忘れているのか。これでも俺が元悪党の団員だということを』
「洗った足もまた汚すのか」
『勘違いしているな、サモン……協力なんてするものか。俺はキミの愚行を吐き出させて止めに行くだけだ』
止めに来る。
そうきっぱりと言い捨てた彼に理由を聞くと、こう答えた。
『俺はもう失いたくないんだ。凝り固まったプライドにかけてでも連れ戻す……これ以上は言わせるな』
我が道を行きすぎているキョウヘイに珍しくこみ上げるものがあって、思わずボクは笑いをこらえるのに必死になってしまった。
彼はあからさまに不機嫌そうな声で『笑い事じゃない』と言う。
一言謝ってから、ボクはキョウヘイに決別を告げた。
「悪いけどこればかりは譲れない。探し出してごらん。受けて立つよ」
『……覚悟しろ。君の執着を、拭い去ってやる』
その言葉を聞き取ったのを最後に、ボクは通話を切る。
マネネが楽しそうな笑顔でこちらを見上げてくる。
クロイゼルに「いい友をもったものだ」と茶化されて言葉に迷う。
迷った末、「うん、本当にそうだね」と素直に答えておくことにした。
***************************
見覚えのある道に出て、あたしはほっとひと安心する。
ビドーとルカリオも、何かを察知したのか緊張の糸が解けたような顔をしていた。
アサヒお姉さんを抱えたユウヅキさんに向かって、あたしとビドーは一声かける。
「あと少しだから、がんばって!」
「だとさ……踏ん張れ」
「……ああ」
ライカが背中を守りながら確実に歩いて行って、あたしたちは出口にたどり着いた。
洞窟から出ると、深い木々に包まれた森林にでる。目印の置き石も置いてある。ここで、間違いない。
「まだ森なのか?」と落胆気味のビドーに「ここであっているよ!」と慌てて言う。
「一応ようこそ、なのかな? ここが【義賊団シザークロスアジト】のある【アンヤの森】だよ……!」
「昨日の森より、暗い場所だな……」
『たしかに、木々で空が覆いつくされて真っ暗だね……』
ユウヅキさんとアサヒお姉さんがそれぞれ感想を口にしている隣で、ビドーが「観光に来たわけじゃねえんだからさっさと行くぞ」とそっけなくルカリオとずんずん進んでいこうとする。
あたしたちは慌てて追いかける。それから何故かあたしの知っている道とほぼ同じ方に進んでいくビドーとルカリオに驚いていると、その考えも見透かされる。
「ジュウモンジの居るだいたいの方角なら分かる」
「え……なんでわかるの?」
「波導だよ。俺とルカリオはアイツの波導をもう覚えた」
「……なんだか、貴方もルカリオみたいなことが出来るってこと?」
「だいたいそんな感じだ」
それって便利……なのかな? と疑問に思っていたらアジトにたどり着いていた。
テリーとヨマワルのヨル、それとジュウモンジ親分がアジトの入り口で待っていてくれていた。
ヨルがユウヅキさんに興味を示して周りを漂っているのを、テリーは止めにかかる。
でもテリーもユウヅキさんを見て、言葉を詰まらせた。
「あんたは、まさかビドーの言っていた……」
「俺が……ヤミナベ・ユウヅキだ」
名前を言い終えると同時に、テリーはユウヅキさんの胸倉目掛けて掴みかかる。
「あんたが、メルを、ヨルのトレーナーを、攫ったんだな!?」
「そのトレーナーが帰って来られなくなったのは……俺のせいだ」
「! ――――この!」
テリーが拳を振りかぶるのを見て、あたしは慌てて止めに入ろうとする。
でも反応が遅れて間に合わない。そう思っていたら、テリーの殴り拳はビドーによって止められていた。
「何故止めるビドー」
「落ち着けテリー……『闇隠し』をしたのはコイツじゃない!」
「なんだって?」
何かを言おうとするユウヅキさんを、ビドーは制止する。
珍しく今にも暴れ出しそうなテリーに、ライカも戸惑う。
そんな彼らの様子を見て、アサヒお姉さんは割って入るために大声を出した。
『ゴメン! お願い、話を聞いて!!』
突然のお姉さんの声に、テリーとジュウモンジ親分が目を丸くする。
ビドーが説明をしようとしていると、ジュウモンジ親分が口を開く。
「……怪人とやらにあれを見せられて落ち着けってのは無理な話だ。が、弁明は聞いてやる。さっさときやがれ」
「親分……いいのかそれで」
「先走るな」
ジュウモンジ親分に釘刺されたテリーが不服そうにしていた。ヨルはそんな彼の頭の上に乗ってペシペシと頭をはたく。「……わかっている」と零したあと、テリーは「情報収集に行ってくる」と言って走り去っていった。
***************************
親分に促されるまま、あたしたちはアジトの中に入る。
すれ違う他のメンバーやポケモンたちは、誰も彼もそわそわと感情の置き所がなさそうにしていた。
そんな中、見慣れぬ二人を見かける。
ぷにぷにとしたメタモンを連れた白いフードの褐色肌の少年と、青い炎を湛えるランプラーを連れた灰色のフードのオレンジの髪の毛のお兄さん。
彼らにビドー、ユウヅキさん、そしてアサヒお姉さんが反応する。
『シトりん……! イグサさんも!』
「おや、その声は……アサヒさんだね。あはは、ずいぶん姿が変わっているけど、声でわかるよ。ユウヅキさんもビドーさんもご無沙汰だね」
会釈するユウヅキさんとビドーにコロコロと可愛い笑顔で少年は笑う。このみがわりロボ状態のアサヒお姉さんを一声聞いただけで見抜くなんて……いったい何者なんだろう。
「そちらの彼女は初めましてだね、ボクはシトリー。シトりんって呼んでね」
「あ、ええと、あたしはアプリコット。よろしくシトりん」
「アプリコットね……アプりんって呼んでもいい?」
「別にいいけど……シトりんたちは、どうしてここに?」
「あはは、ボクたちはアサヒさんに会いに来たんだ。ね、イグサ?」
シトりんに名前を呼ばれるまでイグサさんは、アサヒお姉さんの方をじっと見ていた。
それから小さく頷いた彼は、みんなに聞こえるように言葉を発する。
「そうだ。そして会えたことで確認は終わった……ヨアケ・アサヒ。君の重なっていた魂は分離しているよ」
『重なっていた魂って……それって……』
「それは……ヨアケと同じ波導を持った存在。“マナ”ってやつのことか」
割って入ったビドーの言葉を肯定しイグサさんは続ける。
「そう。そして……その“マナ”、“マナフィの魂”こそ……とある者から僕たちにあの世に送って欲しいと仕事として頼まれた相手だ」
魂の分離。同じ波導。マナフィの魂。
話の流れが分からずにチンプンカンプンなあたしの考えをくみ取ったイグサさんは、ある場所の名前を出す。
「【ミョウジョウ】の“死んだ海”は分かるか」
「分かるけど……マナフィが昔の戦いに巻き込まれて死んじゃったから、死んだように静かな海になってしまったんだよね、確か」
「……その海がいつまでたっても死んだままの状態が続く原因は、1000年ほど前からマナフィの魂が転生していないからだ」
「転生出来ない……なにかがあるの?」
「この世にマナフィを引き留めている者がいる――――その者は怪人クロイゼルング。マナフィの友だ。彼がマナフィの魂を未練がましくこの世に繋ぎとめている」
その名前にイグサさんたちを除いた全員が目を見開く。
アイツが今みんなにしでかしていることに関係があるのかもしれない。
身を乗り出すように話にのめり込もうとするあたしを、ジュウモンジ親分の咳払いが我に返す。
「イグサ。てめえの話はいったんそこで区切ってもらう。こっちもこの先のことを考えないといけねえしな……いいな?」
「構わない、ジュウモンジ」
「悪いな……そんじゃ、ヨアケ・アサヒ、ヤミナベ・ユウヅキ。弁明を聞かせてもらおうじゃあないか」
そうこうしているうちにアジトの奥の広間にたどり着いたあたしたちは、彼らを取り囲むようにそれぞれ居場所を探して位置につく。
ユウヅキさんとアサヒお姉さんが、静かに、ゆっくりと話し始める。
ふたりは弁明……言い訳はしなかった。
でも語られたその内容は、あたしの想像をはるかに超えていた。
***************************
ユウヅキさんはアサヒお姉さんと、かつて自分を捨てた親のムラクモ・スバルさんを探して旅をしてヒンメル地方にたどり着く。
【破れた世界】の研究中に行方不明になったスバルさんを見つけるために、あの日【オウマガ】にあるギラティナの遺跡に訪れたふたりは、そこで運悪く怪人クロイゼルングと出逢ってしまった。
怪人クロイゼルングにアサヒお姉さんを人質に取られたユウヅキさんは、駒として動き多くの人とポケモンを集め、そしてギラティナを召喚するという建前でディアルガとパルキアを呼び出すように恐喝された。
もう一つの名前、ムラクモ・サクを名乗って<ダスク>を組織したユウヅキさんは、表向きは【破れた世界】に捕われているみんなの救出を騙って、レインさんという人が作ったレンタルポケモンシステムを使いポケモンとトレーナーを集める。
そして彼はアサヒお姉さんと、命懸けでディアルガとパルキアを呼び出した後、ギリギリでクロイゼルングに反旗を翻す。
実際、怪人に出逢ってしまったせいで“闇隠し事件”を起こしてしまった責任をとても強く感じていた彼らは、償うためにも怪人クロイゼルングとギラティナに挑み、被害者の奪還を試みる。
でも敗北してしまって今に至ったわけで……今こうしてここにいるのが現状だった。
一気に語り終えたあと、ユウヅキさんは、アサヒお姉さんを庇うように抱える手の力を強くして、こう締めくくる。
「償いきれないほどの事件を引き起こしてしまって、大変申し訳ない。それでも……それでも俺はアサヒを守りたかった」
感情のやり場を失っているみんなの中で、ジュウモンジ親分が眼光鋭くして、大きなため息をひとつついた。
「……気に食わねえな」
「…………」
「怪人もだが、いいなりになってトレーナーとポケモンを集めていたてめえもだユウヅキ。事情があっても他人を、ポケモンをないがしろにし過ぎだ」
「まったくもって、その通りだ……」
猛省するユウヅキさんに、親分はこれからのことを問いかける。
「人質に取られてずっと従っていたっていのは、もう従う気は無いってのは分かった。が、散々やらかしたこの後はどうすんだ、手に負えなくなったこの先はどうするんだユウヅキ」
「それは……」
言葉を詰まらせる彼に、あたしだけかもしれないけど……少なくともあたしはもどかしさを感じていた。
しばらくして、ジュウモンジ親分から、衝撃の発言が飛び出す。
前から予想できたことだからショックは思ったほどではなかったけど、それでもやっぱり、その決断は聞きたくないものだった。
「俺は<義賊団シザークロス>を解散して、メンバーを国外に退避させようと思っている」
***************************
<シザークロス>の終わり。
あたしの居場所の、終わりの宣告。
仕方がないこととはいえ、受け入れるまでに時間がかかりそうで。
でも、そんなうだうだ言っている猶予は残されていないのはあたしにだってわかっていた。
ジュウモンジ親分の続きの言葉が、話しあう声が、あたしが聞きたくないせいかなかなか聞きとれない。
もう、みんなと離れ離れになる。バンドも出来なくなる。
そう思うと、今後のことを考えなきゃいけないのにあたしは、あたし、は……。
下を向いて立ち尽くすしか、出来なくなっていた。
ふと、肩を叩かれる。
その丸い手の持ち主は、あたしの相棒のライチュウ、ライカだった。
「ライカ?」
ライカは尻尾のサーフボードから降りて、それをかき鳴らす素振りをみせる。
そのジェスチャーの意味は一発でわかった。
「うん、ありがとライカ」
にやりと笑いながらお礼を伝えると、ライカは「そのほうがあたしらしい」と不敵に笑った。
怪人クロイゼルングのこともある――――確かにこれからのことを考えるのも、大事だ。
でも今! あたしとライカが後悔せずにしたいことは、これしかない!
大きく深呼吸して、ざわめく話し声の中にあたしの声を通す。
「…………ジュモンジ親分!!」
「……! なんだ、アプリコット」
一斉に注目があたしに集まる。
それでも臆さずあたしはあたしの願いを口にした。
今やりたいことを、口にした!
「<シザークロス>のラストライブ! やろう!!」
ポカンとした顔を見せる周囲。そんな状況じゃないのは十二分に解っている。でもジュウモンジ親分が何か(十中八九却下の)言葉を口にする前にあたしは畳みかける。
あたしのワガママを押し通すために……!
「あたし今日ここで歌えなかったら、絶対後悔する。だからやらせてください……!!」
ライカと一緒に頭を下げる。
すると信じられない増援が現れた。
なんと、ビドーとルカリオがあたしの側に立ってくれた。
「いちファンとして、解散するなら俺もラストライブはぜひ聴きたいからな。ルカリオもそういっている」
ぶっきらぼうに顔を背けながら言うビドーにルカリオも小さく笑っていた。
何だかドキドキしていると、シトりんもイグサさんの難色を笑い飛ばして、「面白そうだし、いいんじゃない?」と冗談半分に賛同してくれる。
呆気に取られているユウヅキさんとアサヒお姉さんを横目に、呆れた表情のジュウモンジ親分は、あたしに質問する。
「てめえは誰のためにライブやりたいんだ? 誰に対して歌いたいんだ?」
「アサヒお姉さんとユウヅキさん」
即答だった。
突然呼ばれて驚くふたりに、あたしは胸を張って向き直る。
『えっ、私たち? 私たちって言ったアプリちゃん……?』
「そう。ふたりに向けて、歌いたいんだ。悪いけどビドーとルカリオは今回おまけ」
「尋ねていいだろうか。どうして俺たちなんだ」
調子に乗ったあたしは、昨日からこらえていたことをライカと共にふたりへ突き付けた。
「怪人のせいで! 貴方たちが辛気臭い面構えなのを! あたしが我慢できないから! だよ!!」
そう、これは小さな反逆だ。
このふたりを追い詰めているアイツへの、
怪人クロイゼルングに対するあたしなりの宣戦布告返しだった。
ジュウモンジ親分が犬歯をむき出しにして獰猛に笑う。
「カッカッカ! たしかにその面は気に食わねえよなアプリコット! 仕方ねえ、付き合ってやるよ……!」
「親分っ!! ありがとう!!!」
許可も得て、こうして突発的な<シザークロス>ラストライブの開催が決まった。
あたしとライカ、そしてジュウモンジ親分はすぐに他のメンバーに呼びかける。テリーたちとか説得するのは大変だったけど、メンバー総出で、ビドーたちも巻き込んで簡易ライブ会場を設営し始めた。
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<シザークロス>の奴らとポケモンたちに交じって、俺と俺の手持ちたちも手伝いをする。
カイリキーは特に大活躍して褒めちぎられていた。
休憩中、控室(打ち合わせ中)と張り紙されている部屋に少しだけ立ち入らせてもらった。
中ではアプリコットとライカ、テリーとかジュウモンジ。ドラムのクサイハナ使いの男アグリ(やっと名前覚えた)と他にもモルフォン使いのキーボード引きの女性やバルビード使いのベーシストの男(こっちは名前聞けなかった)が、見たまんま選曲などで揉めていた。
やっぱり邪魔そうだからそっと立ち去ろうとしたら、ライチュウのライカと視線があってしまい、鋭い視線で引き留められる。お前、目つき悪いよな。
「あ! どうしたの、ビドー?」
「……アプリコット。あんまり俺がでしゃばるのもあれなんだが……あいつらにむけて一曲リクエストしてもいいか」
「いいよ! どの曲?」
「え、いいのか?」
「うん? ダメなの?」
軽くオーケーをされてびっくりしている俺に、逆に彼女も戸惑う。
「だって、この中でアサヒお姉さんとユウヅキさんのことよく知っているのって、ビドーだけじゃん?」
純粋な目でそういわれて……そんなによく知らない気がして少し自信がなくなってくる。
正直にそのことを伝えると、アプリコットは「大丈夫」と断言する。
「今、聞いてもらいたい曲のイメージが浮かぶくらいには、ふたりのこと考えているよ、ビドーは」
ヨアケとはまた違った作り笑いを浮かべるアプリコット。
若干決めつけも入ってないか……と思いつつ、リクエストの曲名を告げる。
曲名を聞いた彼女たちは、意外そうな顔をしてから、「いい選曲だ」と口々に言った。
慣れない言葉に戸惑っていると、ライカに鼻で笑わられ、ジュウモンジには「こういう時は素直に受け取って置きやがれ」と軽めに睨まれた。
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私はユウヅキと自由行動を許されていたけど、バタバタしているみんなといるのが居所悪かったので、結局隅っこにいた。
なんだかんだで、昨夜よりも話せる時間ができたのは、幸いだったのかもしれない。
『ユウヅキはともかく、そんなに辛気臭い顔していたかなあ私……』
「今のアサヒはそもそも表情が見えないから余計不思議だ」
『地味にひどい言いぶりっ』
「すまない。でも今、むくれているのは分かる。やっぱり声……じゃないか?」
『声、か……』
声、という単語で思い出したことを告げる。
『私たちは、もっと声を上げるべきだったのかもね』
「だが、巻き込みたくはなかった」
『うん、そうだね。でもジュウモンジさんの言う通り、私たちの手に負えないのも事実だよ』
「……そう、だな。けれど…………」
塞ぎ込む彼に、私は素直になれなかった先駆者として、一つ感想を言った。
『私もね、“助けて”って言えるまでだいぶかかったよ』
ユウヅキも、きっと言えるようになれるよ。
そう願いを込めながら、私は零す。
彼が私を抱く力を強くする。彼の額と人形の額がくっつきそうな距離まで近づく。
涙こそ流していなかったけど、言葉には出さなかったけど……ユウヅキは小さく悲鳴を上げていた。
……その感情に気づいたのかどうかは分からないけど、ビー君のルカリオが「準備が終わった」と私たちを呼びに来る。
<シザークロス>のみんなによる、突然で最後のライブが、開演されようとしていた……。
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簡易建設された会場には、人だけじゃなく、ポケモンたちもいっぱいいた。ビー君のポケモンたちも勢ぞろいで大所帯である。
これだけのポケモンたちに囲まれていると、やっぱり私たちの手持ちのみんなのことがどうしても気がかりになってしまう。
そんな心境を察されてしまったのか、ビー君に言われる。
「あの時、全員連れて来られずに悪かった」
『ううん、ビー君は悪くないよ、悪いとしたら、それは……』
「……そういうところが、辛気臭いって怒られたんだと思うぞ。このライブ終わったら、この先どうするかまた話しあうぞ」
『うん……ビー君、なんか前向きになったね』
「振り返っている余裕がないだけかもな。ヤミナベも、それでいいな?」
静かに頷くユウヅキを、ビー君が席に案内する。
ルカリオとビー君に挟まれる形で、席に座らされるユウヅキ。私は彼の膝の上でライブを聞くことになった。
アプリちゃんたちがステージに立ち、ライブが幕を上げる。
みんなが息を呑んで生まれる、一瞬の張りつめた静けさののち、演奏は始まった。
ドラムのカウントから、刻まれるリズム。かき鳴らされたギターとベース、リズミカルに弾かれるキーボード、そしてその上を彼女のボーカルが芯まで通り抜ける。
音の圧が、全身に響き渡る。歌詞が心に突き刺さって震えていく。そのメロディに乗るようにバックダンサーたちは踊り、それもまた音楽の一部となる。
身体がないのに、私の感情が熱くなっていった。
それは私だけじゃなくて、じっと見ているユウヅキとビー君もルカリオも、みんなもそうだったと思う。
数曲終わって、あっという間に濃い時間は過ぎていき、いよいよ最後の曲になる。
歌いっぱなしで荒い息を整えつつ、アプリちゃんはあたしたちに向かいなおって、МCをする。
「えー、それでは次が最後になります。この曲はビドーからふたりへ送るリクエスト曲です!」
思わず横目で見るユウヅキと私の視線を、ビー君は「前向け」と手のサインで促してかわす。
向かいなおると、アプリちゃんと目が合った。にかっと笑顔を作った彼女は、相棒のライカに合図、ライカは電極を使い、電気で照明ライトを操作した。
そしてアプリちゃんを中心にスポットライトが広がる。
「そして、あたしも今の貴方たちに一番歌いたかった歌です……では、聴いてください! ――――――――“譲れぬ道を踏みしめて”」
――――その曲は、詞は、挫折からの奮起のメッセージを籠めた歌だった。
――何度も負けても破れても、生き続けている限りそこが終わりじゃない。
ぶつかり合うことすらできずに、すれ違う中で覚えた引っかかり。
その感情を捨てないで欲しい。そのワガママな気持ちは大事なものだから。
もう最後にはわるあがきしか出来なくなったとしても。
守りたいもの譲れないものがまだ残っているのなら、まだ終わりではない。
何度でもまだ立ち上がれるはず。何と言われても決して消えないで。
生きていこうまだまだ命が燃え続ける限り。
思うまま歩んでいこう。譲れぬ道を踏みしめて――
…………メッセージを、エールを聞き終えた後、思う。
(ああ。「諦めないで」って、言ってくれているんだ。アプリちゃんも、ビー君も)
こういう時、感情を表せる笑みを作れる口元があったなら。
涙を流せる目があったら、感謝を拍手で伝えられる身体があったならどんなに良かったか。
拍手喝采の大歓声の中、ユヅウキが私を抱えたまま独り立ち上がる。
彼は大きく深呼吸したのち、アプリちゃんに感謝を言葉で伝えた。
「……確かに……確かに受け取った。歌ってくれてありがとう」
百パーセント全快にはまだまだ遠いけど、その言葉にはユウヅキの感情が乗っていた。
だから私も、ありったけの感謝を言葉にして届ける。
『とっても素敵な歌を、ありがとうねアプリちゃん!!』
「!! どういたしまして!!」
満面の笑顔で返してくれるアプリちゃんに見とれていたら。ビー君とルカリオも立ち上がる。
ビー君もなんかコメントするのかな? なんて呑気なことを考えていると、イグサさんが突然扉を開けてランプラーとシトりんと外の様子を見に行った。
ルカリオとビー君の表情はとても硬く、冷や汗を垂らしていた。
どうしたのか尋ねようとする私の声を押しのけて、ビー君は慌てて大声を出した。
「?!――――やばい! 結構、いやかなりの数の何かがここを目掛けて迫ってきているぞ!!」
その叫ぶ声を聞いた<シザークロス>のみんなの行動は素早かった。
アプリちゃんが渡したマイクでジュウモンジさんが号令を出す。
「団体さんのお出ましだぞ!! 総員、戦闘準備だ!!!」
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あたしたちが急いでビドーのいう大勢を迎え撃つために準備をしていると、アジトの外、【アンヤの森】の中を一足先に斥候してきたイグサさんとランプラー。そしてシトりんが戻ってくる。
シトりんとイグサさんは、だいたいの状況を伝えてくれた。
「あはは、イグサとその辺見てきたよ。囲まれてはまだいないけど相当な数のポケモンが、誰かの指示で動かされている感じだったね」
「その大勢のポケモンの魂の状態が、異常な感じになっていた。おそらく、なんらかの方法で干渉されて操られている」
何らかの方法ってなんだろう……? と疑問が浮かび上がっていたら、あたしたちの携帯端末がまた一斉に鳴り始め、画面が勝手に点灯する。
画面に映るのは、真っ白なシルエットの怪人クロイゼルング。
「やっぱりお前かクロイゼル……!!」
わなわなと怒りを隠しきれないビドーを、ルカリオが「堪えろ」と吠える。
クロイゼルはあざ笑うように、前に言っていた人質やポケモンたちを解放するための条件……“要求”を突き付けてくる。
『通達だ。一つ、“ポケモンを多く捕まえて転送装置を用いて送れ”。二つ、“賊を掃除しろ”……これが今こちらから出す要求だ。賊と言っても指針がなければ動きようがないだろうから、簡易的にリストを作って置いた』
そのリストを見てみると、嫌がらせのように先頭に<シザークロス>の名前も記載されていた。
……こちらに向かってくるポケモンたちの意味。それは、反抗の芽を摘んでおくこと……!
『これは君たちの望みにある程度沿った条件だ。だから君たちもせいぜい奮闘するように』
通話が切れたと同時に、端末を投げ捨てたくなる衝動に襲われたけど、ぐっとこらえる。
「アイツ……あたしたちを潰すのに、他のみんなの感情を利用しようとしている……!!」
「賊が居なくなって欲しいって願っていやがった奴らはそりゃ多いだろうな。てめえの大事な者救いたきゃ、国民同士でも端から裏切って切り捨てろという事だろ」
「く……!」
「さらに言えば、掃除って言葉を使って正義感や免罪符でも煽っているからタチが悪いよな」
ジュウモンジ親分は「嫌われたもんだな、義賊も」と嘆くフリをしてから、ハッサムに目配せしてキーストーンのついたグローブを装着し、拳を握りしめた。
「だが! こっちにも譲れないもんがあんだよ! ――――意地を見せるぞハッサム!! メガシンカ!!!」
弾ける光と共に、フォルムを変えるメガハッサム。長い鋏を指揮棒のように突き出し、開戦の狼煙を上げる。
それに合わせてあたしたちは声を張り上げた。
暗雲の夕時。【アンヤの森】の攻防戦の始まりだった。
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アサヒお姉さんとユウヅキさんをシトりんに預けた後、一気に表に出るあたしたち。
暗い森の中から、赤を中心としたシルエット群が目視できるところまでやってくる。
観測手と遠距離攻撃役のアグ兄が、見つけた相手のポケモンたちを報告する。
「敵前衛確認! マルヤクデ、ブーバーン、バクーダ、バオッキー……とにかく炎タイプ多い! 多すぎる!!」
ジュウモンジ親分にとって、炎タイプは不利な相手だった。
そのことをよくわかっているあたしとテリーが先行に出る。
「ライカ、ぶっ飛ばすよ!」
「先手必勝! いくぜドラコ」
跳びかかってくる先頭の炎猿、バオッキーにライチュウのライカは『10まんボルト』の雷で迎撃。燃えるような模様で大きな体のブーバーン相手にはテリーのオノノクス、ドラコが『ダブルチョップ』で応戦した。
交戦していると、ちらちらと妙なものが目に入ってくる。
「気づいた? テリー」
「気づいている。もう少し確認してみる」
マルヤクデの噛みつきをかわしたテリーは、身軽に近くの木の太い枝の上に飛び乗る。高所から辺り一帯のポケモンたちをざっと眺めて、彼は大きく息を吸ってから、大声で呼びかける。
「ポケモンたちに、何かシールみたいなのが貼られている!!」
遅れてやって来たビドーと親分たちにもその情報が伝わる。
何故かその中に交じって手持ちを持っていないユウヅキさんが前線の方に来ていた。
「下がってろヤミナベ!」
「どうしても確認しなければいけないことがある……!」
ビドーの制止を振り切って、背中にこぶを持つポケモン、バクーダの前に向かうユウヅキさん。
熱気を溜め込むバクーダ。そのこぶに貼られているシールを見て、ユウヅキさんは歯を食いしばる。
「やはり、そうか……これはレインが作った“レンタルシステム”用のマークシールだ……!」
「レンタル……システム……?」
「簡単に言えば、強いポケモンでも別のトレーナーに貸し与えられ指示を出せるシールだ!」
「なるほどそれが“干渉”の正体なんだね……って、危ないっ!」
バクーダだけじゃなく、あたしたちと戦っていた炎ポケモンたちが一斉に『かえんほうしゃ』を仕掛けようとしてくる。
「ユウヅキさん!!」
「ヤミナベ!!」
ユウヅキさんを心配するあたしとビドー。全員にそれぞれにもれなく迫りくる火炎。
同時にしかけられると、他に手が出せないしカバーできない……!
無情な炎上が広がってしまう。そう思っていた。
炎が――――上空へ吸い上げられるまでは。
「『かえんほうしゃ』をまとめて封じろ、ローレンス!」
イグサさんの掛け声に沿って、各地の『かえんほうしゃ』が森の上にいるランプラー、ローレンスの元に誘導されていく。
集まり集まってできた大火球が、ローレンスが展開した札のような霊体エネルギーで『ふういん』された……!
これで、あの子がこの場に居る限り、『かえんほうしゃ』は使えなくなった!
好機と言えば好機。でも、逆に言えばそれ以外の技はやっぱり使えるわけで、向こうの攻撃は止まらない。
バクーダの『いわなだれ』が彼めがけて落下してくる。
そこにジュウモンジ親分のメガハッサムがやってきて鋼鉄の大鋏で叩き切る。
ジュウモンジ親分がユウヅキさんの前に出て、毒づいた。
「なあ、今のてめえは自分が無力だと思うかヤミナベ・ユウヅキ」
「…………ああ」
「だろうな……てめえだけにできることなんざ、たかが知れている。俺たちポケモントレーナーは、ポケモンの力を貸してもらって戦っているのを忘れるな」
ジュウモンジ親分が、ユウヅキさんを真剣な眼差しで睨む。
……親分もビドーもあたしたちもきっと、彼が動くのを待っている。
攻撃をしのぎながら、彼のたった一言を待っている。
その想いは次の親分の一言に集約されていた。
「いつまでも独りで戦うな、ヤミナベ・ユウヅキ!」
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叱咤を受けたユウヅキさんはどうしてそんなことを言うのか信じられないといった顔をしていた。
親分はじれったそうにメガハッサムと共にバクーダに突撃して、十文字切りの『シザークロス』をお見舞いする。
「ったく、うだうだすんな! 責任の所在なんか、今はどうでもいい。手に負えない不始末はソイツだけじゃなくて、他の誰かも一緒にカバーする。そういうもんだろうが!」
「……!」
「てめえはこの不始末どうすんだよ! 独りで頑張って被害を広げるのか、助けを求めるのか、さっさと決めろ!!」
あたしも、ビドーも、テリーも、イグサさんも。シトりんもアグ兄もみんなも、アサヒお姉さんもユウヅキさんの言葉を待つ。
散々お膳立てされて、彼はようやく覚悟を決めた。
責任とか、そういうのだけじゃない。
彼は彼自身の言葉で、どうしたいかの望みを、願いを口にする。
「協力してくれ。クロイゼルを止めて、アサヒを、“闇隠し”の被害者を取り戻したい……!」
言葉を、望みを、願いを。あたしたちは受け取った。
ビドーさんがユウヅキさんにモンスターボールを投げ渡す。
「俺の手持ちを使え、ヤミナベ!」
小さく頷き、ユウヅキさんはボールから出した。
黒く大きな膜の羽を翻し、現れ出たのは、オンバーン。
オンバーンがユウヅキさんを一瞥し、「力を貸す」と一声鳴いた。
「……ありがとう。行こう、オンバーン!!」
こうしてユウヅキさんはビドーのオンバーンと共に戦線に参加する。
ユウヅキさんも交えての、共闘再開だった。
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かけて貰った言葉が、頭の中を駆け巡る。
(いつまでも、独りで戦うな)
あの“闇隠し事件”が起こってしまった日からずっと――――ずっと俺は、俺とポケモンたちで何とかしなければいけないと思っていた。
それが償いであり責任だと考えていた。
集った<ダスク>のメンバーは、贖罪の相手でしかない。どこかでそう考えていたのだと思う。
それは、おごりだった。
(譲れぬ道を踏みしめて)
アサヒをクロイゼルから守る。
そのために大勢の人やポケモンを巻き込んで迷惑をかけてきた俺に、これ以上我儘を貫く資格がないと思っていた。
それが当然のことだと考えていた。
しかし、望みを口にしないことは自ら決めるということから逃げることになるのだと思う。
それは、怠惰だった。
(だったら俺も一緒にどうすればいいのか考えるさ)
どんなに大きな罪でも、押しつぶされても背負うしかないと思っていた。
それが、受けるべき罰だと思っていた。
本当はアサヒすら巻き込みたくなかった。けれど彼女やビドー、アプリコット、ジュウモンジ、次々と声をかけられて思う。
それは。傲慢だったと……。
……本当に、どうすればいいのか分からなくなっていた。
でも彼らは指し示してくれていた。促してくれていた。待っていてくれていた。
(私もね、“助けて”って言えるまでだいぶかかったよ)
……ああそうだ。俺もそうだったよ。8年以上かかって、ようやく言える。
大分遅くなってしまったけど、まだ間に合うと俺は信じる。
過去の失敗を取り戻すんじゃない。
今を未来に繋げるために。
またアサヒたちと一緒に歩むために、俺は、俺は……!
今度こそ、辿り着くために、駆け抜けて見せる。
真っ暗な夜の中、明かりを灯して導いてくれた者と一緒に!
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以前レインから教わった、俺の把握している限りの知識を記憶の底から呼び起こし、対策の手を彼らに伝えるために、声を張り上げる。
「レンタルマークのシールを狙ってくれ! そうすればそのポケモンは自由になる! そしておそらく、このポケモンたちに指示を一斉に出すために中継点を握っているポケモンが居る……そいつが司令塔だ!」
「だったらあたしたちが上空から探してくるよ! ライカ!」
アプリコットがボードを、彼女のライチュウの尾に連結させ、共に『サイコキネシス』で曇天の夜空を飛んでいく。
抜けた穴をビドーから借り受けたオンバーンと一緒に塞ぐ。
相手の後方から放たれる『ふんえん』の爆撃をオンバーンの『りゅうのはどう』で相殺していく。
撃ち漏らしを、味方がクサイハナの『ヘドロばくだん』による砲撃で防いでくれる。
次々くるポケモンたちの対処の最中、隣あっていたビドーとルカリオと背中合わせになった。
「クサイハナ、か……」
「くっそ数多いな……アイツのクサイハナがどうかしたか、ヤミナベ」
「少し思い出していた。あの、ラフレシアのことを」
「ラフレシアってーと、ああ。スタジアムの時のフランの?」
「ああ。ビドー、このオンバーンは、確かあの技を使えたな」
「お前、まさか……!」
「そのまさかだ……協力してくれ、頼む」
ビドーは「断らねえから恐れるなよ!」と激励してくれたのち、ルカリオと共に前線を引き受けてくれる。
オンバーンと共に各メンバーに伝えるために走っていると、アプリコットの報告が周囲に響き渡った。
「見つけたよ! 向こうの司令塔は――――サーナイト! その周囲をゲンガー、ヨノワール2体、リーフィアが守っている!!」
「!! 全員俺の手持ちだ!! ヨノワールの片方はメタモンだ!!」
「えっ、そんな!! それ本当なの、ユウヅキさん!?」
確認のために降りてきたライチュウのライカとアプリコットに「ほぼ間違いない」と伝えた後、彼女たちにも、作戦概要を伝えるのを手伝ってもらう。
「分かった! クサイハナ使いのアグ兄はここをこっちに真っ直ぐ行った所に居るから!」
「すまない、助かる」
「謝る前に走って!」
アプリコットたちに送り出され、急いでその方角へと走った。
気が付くと、密集した木々のほんの隙間から光が差し込む。
いつ間に晴れたのだろうか。と考えていると差し込む月明かりがどんどん明るくなってくる。
「! 違う、オンバーン伏せろ!!」
その違和感と悪寒に、俺は隣を飛んでいるオンバーンに伏せるように指示。
自らも伏せると、その頭上を光の大玉が木々ごと抉り、炸裂した。
暗雲はわずかに“月”の周囲だけどいている。おそらくその月下にいる……サーナイトに力を与えていたのだと思う。
『ムーンフォース』の長距離砲撃。月光の明かりと弾丸が降り注ぐ中、とにかくオンバーンと走る。
光の雨あられの攻撃にこもったサーナイトの心が、一瞬だけ『シンクロ』する。
――――――――――――――――――――――――逃げて。
たったその一言だけを言い残して、『シンクロ』は途切れる。
でもその望みだけは聞けなかった。
「もうお前を置いていくのは御免だ、サーナイト……!」
『ムーンフォース』は着弾ギリギリのところで軌道が逸らそうと足掻かれていた。
それはサーナイトも含め他の者たちも抗って戦ってくれている証だと確信する。
「待っていてくれ、今解放しに行く……!」
脚がもつれそうになるも無理やり踏みとどまり駆け抜けて、ようやく小さい坂の上クサイハナとそのトレーナーのアグリと合流する。
彼に簡潔に作戦を伝え、狼煙がわりの技をオンバーンに指示する。
オンバーンの『りゅうのはどう』が天を突き刺し、雲を貫く。
合図と共に皆が撤退を開始。相手のポケモンたちを一気にこちらに引き込む。
下の方に詰め寄ってくるポケモンたちの様子に、クサイハナとアグリは怖気づいていた。
「本当にうまくいくのか?!」
「ここでやらないと、数で押しつぶされる。頼む」
「だあもう、分かった腹をくくる! 任せたクサイハナ!」
そのまま俺たちは引き返し、しんがりを務めていたジュウモンジとメガハッサムとすれ違う。
「撤退完了だ、任せたからなアグリ、クサイハナ、オンバーン、そしてユウヅキ!!」
「ああ」
「了解親分!!」
相手は十二分に引き付けた。
味方の配置も、タイミングも、もうここしかない!
「決行だ!!」
「おう!! 『しびれごな』だクサイハナ!!!」
力を溜め続けていたクサイハナが、最前線で思い切りその蕾を爆発的に弾けさせる。
痺れ花粉が辺り一帯に巻き散らかされたのを目視して、オンバーンは動く
「吹き抜けろオンバーン! 『おいかぜ』!!!!」
風が森を吹き荒れ、巡る。
横並びに陣取った味方全体へ『おいかぜ』を付与するオンバーン。
全員分へ与えられた『おいかぜ』に乗って、風下に居るポケモンたちに『しびれごな』の花粉が襲い掛かった。
「さあ野郎ども仕上げだ! 一気に畳みかけるぞ!!!!」
そこから総出で崩れた相手のポケモンたちを一気に解放していく。
痺れて動けないポケモンたちからシールを次々と外しいき、そして司令塔のサーナイトたちのところまでたどり着く。
「すまない、待たせた」
息の上がった俺の姿を見たサーナイトたちは、小さく苦笑する。
苦しむポケモンたちを、協力して呪縛から解き放つ。
目に見える最後の一体、サーナイトのシールをはがし、中継点の機械を壊した時、味方の誰かがかちどきを上げた。
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【アンヤの森】の戦いの決着がついた。ヤミナベの機転と全員の協力があったから、俺たちは何とかしのぎ切ることが出来た。“レンタル状態”から逃れることのできたポケモンたちに片っ端から麻痺に効くクラボの実とまひなおしを与えて回る。アキラちゃんの影響で育てていたきのみがここでも役に立つとは思わなかったな……。
その最中、何かを捜しているヤミナベと鉢合わせた。
「どうしたヤミナベ。見つかっていない手持ちでもいるのか?」
「ビドー……リーフィアだけ、見つからないんだ」
「! 草タイプのリーフィアには、『しびれごな』が効かなかったのか……」
「間違いなく、そうだと思う……そういえば、アサヒとシトリーも見ていない。嫌な予感がする」
ヤミナベが不安を口にした直後だった。<シザークロス>のアジトの方で爆発音が聞こえてきたのは……。
顔面蒼白になりながら、俺たちはそこへ向かう。
倒壊したアジトの前には、何かを庇いながら倒れている白フードの少年、シトリーの姿があった。
「大丈夫か!?」
「……あはは、なんとか。いやあ参ったね……あの子には」
シトリーが指さす先には、冷徹な目でこちらを見ているヤミナベのリーフィアが居た。
その口には、“みがわりロボ”を耳からくわえている。
「アサヒっ!!」
ヤミナベの声が虚しく響き渡る。踵を返し、森の中に消えていくリーフィア。
あとを追いかけようとしたとき、突如目の前に現れたランプラー、ローレンスが俺たちを止める。
「僕が行く」
灰色のフードを被ったイグサが俺たちにここで待っているように強く言った。
それは出来ないとイグサをどかしてでも追いかけようとすると、シトリーが呻きながらそれを引き留めた。
「あはは、慌てなくてもヨアケ・アサヒさんは無事だよ。ほらもう喋っていいよ」
『…………ゴメンね、シトりん』
驚くヤミナベに対して、俺はどこか納得してしまっていた。ヨアケの波導がリーフィアの方ではなくすぐ傍に感じられていたからだ。
「じゃあ、さっきリーフィアが連れ去ったのは?」
『シトりんのポケモン。メタモンのシトリーだよ。『へんしん』で私を庇って……』
「だから、シトリーは僕が助けに行く。リーフィアもできるだけ助けられるよう努力する」
落ち込むヨアケに、イグサは背を見せ走り出す。
それでも追いかけようとするヤミナベが、躓いて崩れそうになる。
それを何とか支えると、ぞくぞくと彼らが集まって来た。
「こいつは……」
ジュウモンジたち<シザークロス>は、崩れ落ちたアジトを見てしばらくの間立ち尽くすしか出来なかった。
ただ一人と一体を除いては。
彼女はボードを相棒の尾に重ね繋げ飛び立つ。
風の波に乗りながら、一気にリーフィアを追うイグサを空から追った。
ちらっと見えた彼女の横顔は、とても険しい表情で、泣いているのかと思った。
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まだ夜中とか、近所迷惑だとか。そんなこと関係なしにあたしとライカは空に吠えた。
「わあああああああああああああああああああああ!!!!!」
もはや誰を追いかけているのか分からなくなるほどに、森の上を飛んで、飛んで、飛びまくる。
あたしたちの居場所。
たとえ解散でなくなってしまうとしても、何年も住み続けてきた家。
それをぶち壊されて……とても、とてもとてもとてもとても、腹が立っていた!
「返せええええええええええええええええええええええ!!!!!」
思い出もいっぱいあった。大事なものもいっぱいあった。
あたしの居場所は決して、他人に簡単に踏みにじられていいモノではなかった。
泣いてわめいても帰って来ない、その現実が夜風と共に身に染みてくる。
もはやにじむ視界の中、あたしたちは唸りながら飛び続けた。
そんなあたしとライカの横を、何者かが通り過ぎる。
「!?」
ターンしてこちらに飛んでくる黒いシルエット。思わずあたしはライカに『10まんボルト』を指示。稲妻が前方目掛けて発射される。網のような電撃はかわしきれないと高を括ってしまう。
しかし影はいつの間にか前から消えていた。
「?! どこっ……ぐあっ!?」
完全に不意つかれ、背中から鈍い衝撃が襲う。
気が遠のくあたしとライカは、誰かに抱えられていた。
その誰かに運ばれている最中、失いつつある意識の中で最後に聞いたのは、男性の声だった。
「……悪いがこれしか方法がなかった。そうだろう?」
そのどこかで聞いた声は、冷たさの中に温かさがあった気がした……。
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意識を取り戻した時には、慣れない匂いの場所に居た。
背中もだけど、身体の節々が痛い。
視線を横に向けると、隣でライカがすうすうと息を立てて寝ていてほっとした。
天井が低い。テントの中なのかな……と状況を確認していると、声をかけられる。
そっち側に頭を向けると、ピンク色のぷにぷにとしたトリトドンと遊んでいる青いふわふわ髪のおばちゃ……。いや。たぶんお姉さんが居た。
トリトドンと一緒にこっちを向いた。お姉さんの目元はお化粧でぱっちりとしていた。
「……起きた?」
「……うん」
「あー……そんな警戒しなくても取って食おうってわけじゃないわ。だから休めるうちにもうちょっと寝てなさいよ」
「……そうする」
勧められたままに、眠ろうとする。
でもあのショックを思い出して、怒りがこみあげてきて全然眠れなかった。
熱い悔し涙が溢れてくる。腕で顔を覆っていると、お姉さんが「鼻水、それで吹きなさい」とポケットティッシュを渡してくれた。
「ありがとう……お姉さん」
「いちいち気にしなくていいわ。貴方たち、お名前は?」
「アプリコット。こっちのライチュウはあたしの相棒ライカ。お姉さんは?」
尋ねられるのを待っていたのか、お姉さんは「ふふん」と胸を張って、笑顔で自己紹介をした。
「わたくしはネゴシ。交渉人のネゴシよっ。こっちは愛しのパートナーのトリトドンのトート。ヨロシクねアプリコットちゃん、ライカちゃん?」
「よ、よろしく……」
悪意はないのだけど、どこか迫力のあるネゴシさんたちの笑みに圧倒される。
ジュウモンジ親分……あたし、なんだか濃い人に捕まっちゃったかもしれない。
つづく。