集いの中央都市、その街路は広く明るく開かれているのが特徴である。
入り組まれた小さな裏道も同じ様に。
あたしは息を吸い込むと、まずは追い掛けている側のポケモン達を離れた距離ながら目視しようと試みた。
上手い事気配を殺しながら尾行が出来るのは、比較的印象に残りにくい灰色の毛並みと云った色合いのおかげとも云える。
「……ラッタにドードリオ、ゴルダック、ゴーリキーか。背中向けていても、強者って感じがする」
一体、あたしの持つノーマルタイプから見てすこぶる相性の悪い者がいる。
ポケモンの体は割かし頑丈とは云っても、わざによるダメージは思うより受けてみるが一番に響く―― タイプ相性、くさはほのおに弱く、ほのおはみずに弱く、みずはくさに弱い。
基礎はもちろん、その他の相性ゆかりでも思わぬ所で足を掬われるポイントがある点は、冒険の心得を通してよくよく覚え込んでいる。
「それじゃあ、いつもの“作戦”で行きますか」
建物の影、壁伝いに身を潜めながら。
あたしは目標に向けての照準を合わせようと、タイミングに合わせて横に飛び出していく。
右手から放たれたばくれつのタネが、空の陽射しに反射してキラリと光った。
∴
「こ、此方に来るなってば!」
「悪いがよ、そうは問屋が卸さねぇんだな」
一方、追われている側のコジョフーは、じりじりと距離を詰めてくるガラの悪い進化後のポケモン達を前に、保管器のようなケースをひしと抱え持ちながら次の一手を見出そうとしていた。
落ち着きなく視線を周囲に右往左往、彼の頬から冷や汗が滴り落ちるのも見える。
「そいつは俺らにとって大事な商売道具なんだよ。一攫千金になると云っても良い、とびきり貴重なねぇ」
――だから、返してもらおうか。
もう一方、追い掛けている側の一匹であるラッタの者が、低く傍から聞いたら耳障りに近い声色でそう云うと。
ドードリオとゴルダック、ゴーリキーもまた威嚇の目付き、怖い顔、骨鳴らしをさせながら詰め寄って行く。
「ポケモンの大事なタマゴを何だと思ってるんだ……。これから生まれ行こうとしてる命が、お前達の夢に振り回されるなんて」
キッと睨みを返すように、コジョフーが進化後のポケモン達に切り返しの一言を紡いでいった。
まだあどけない感じの少年に近い高いトーンの声であるが、芯が強く一度決めた事は梃子でも動かぬ気持ちを聞き受ける事だろう。
「見て見ぬフリしたら、この先一生後悔する! お前達には例え傷付けられても、渡さないっ!!」
「んだとぉ!? いい子ぶりやがってテメェ!」
毅然と拒絶の意思を伝えたコジョフーに、業を煮やしてゴーリキーが拳を握りながら勢いよく距離を更に詰める。
そして先手とばかりに“からてチョップ”を繰り出そうとする。
「その端正な顔を歪ませてや……うごぉわっ!?」
炸裂音と共に爆風が巻き起こる。
その刹那に、転ばせられる様にゴーリキーの者が吹き飛ばされた。
ばくれつのタネ――食べた反動に於いて火力抜群の爆風を吹き付ける、優れた攻撃用の道具。
今回は威嚇目的の為に投げ付けたとはいえ、威力が弱まるとしても相手の攻撃を打ち止めるには十分であった。
これは、まだ作戦のその一に過ぎない。あたしは次に、左手の持ったタネを素早く右手に移し替え次の標的に、自慢のしっぽを使いながら建物の壁へと勢いよく打ち込んだ。
∴
突然の出来事に驚いたのは、コジョフー並びに、追い掛ける側の進化後のポケモン達も同じくである。
ドードリオが血走った眼を周囲に向ける中で、変異の正体を追おうとして―― 自らの身がガクンと落ちたかと思うと、赤く光った眼をそのままにゴーリキーに向かい“みだれづき”を仕掛ける。
訳も分からず、周囲にいる誰かに攻め立てる。これは普通の状態と云うにはほど遠い。
「お、おい! 俺だよ、突然目ぇグルグルさせて構え作ってんじゃ――ぐえぇ!!」
泡を食う様に慌てた様子を見せるゴーリキーは、途中から可能な限りの防御態勢を作るしか出来ずに身悶えるばかりである。
ゴルダックの者は目を見開き、共闘している仲間の失態に呆れと焦りを滲ませる。
「何なんだよ、これ! くそっ、これでは計画倒れになっちまうじゃねぇか!」
「……こ、“こんらん”してる。よく、分かんないけど」
混迷を極める中、コジョフーは焦った表情ながら考察を披露する……と、同時に。
路が開けたと判断するに当たり、彼らから距離を遠ざかろうとバックステップで素早く退き出した。
「あ、コラ逃げんな! ――ていうか、いつまでもピヨピヨしてんじゃねぇドードリオ!!」
目的としていた筈の相手から更に離れられ、怒号を放つと共に地団駄を踏むゴルダック。
腹立ち紛れに今尚攻撃をぶつけるドードリオに、正気を戻させようと蹴りを入れた。
咳き込むと共に、かそくポケモンの口元から殻とツバとが吐き出される。
「いててて、ご、ごめんて……」
「相変わらず容赦無いな、ゴルダックの旦那」
目の色が元に戻り、自身を睨み付けるゴルダックにようやく自分の仕出かした事に気付いておずおずと謝るドードリオ。
ラッタがその様子に、遅れながら起き出していくゴーリキーを見つめながら呆れた様な顔をあひるポケモンに移していく。
ただでさえピリピリする雰囲気が、更に険しくなったのを肌で感じる。
「これ、タネの投げられた後の滓! 黒く焦げたものと、その他の殻が証拠だ。俺達以外にも誰かいる――」
作戦その二は効いてきている。そろそろ此方から出向いてやる番だ。
「――随分とその子一匹の為に、御執心なのね」
「誰だ!?」
我ながらキザっぽい感じはしなくもないのだが、これまでに見聞きしていた事から整理するに当たり。
既にあたしの中で救助の対象は決まっているのも然りである。
お決まりの台詞には、お決まりの応酬で返すのが一つの流儀。時や状況によっては、アドリブを利かして変えたりもするけどもね。
「あたし? あたしはね、通りすがりのバックパッカー。見ての通りただのチラーミィよ」
左手にふしぎだまとタネを持ちながら進化後のポケモン達の後ろへと姿を現していく。
話の中でいつ飛び掛かられても良い様に、摺り足ついでに回避態勢を整えるようにしながら。
「一通りの話は聞かせてもらったわ。大のオトナ大勢が、一匹に寄ってたかって物品を返すよう強要するなんて、高が知れてるのよ」
「さっきの爆発、それに仲間の同士討ち……アンタの仕業だったのか」
ラッタやドードリオ、ゴルダック、ゴーリキーの敵対視。最初はコジョフーの彼だけに向いていたのが、必然的にあたしの方にも集まっていくのが分かった。
傷を多く彩るに至ったゴーリキーの拳、ゴルダックによる“みずのはどう”の構えを見受けた為、次の行動の為にしっかりと気を高めていく。
「おいたの過ぎるお嬢ちゃんには、仕置きが必要だな! ああん!?」
威力こそ強いけれど、要は当ててこそ戦いは成り立つもの。当たらなければどうと云う事は無い。
波状攻撃、二匹によるわざが飛んでくる中で、あたしは持ち前の身こなしを使ってくるりと前転、綺麗に捌きを披露してみせる。
放たれた攻撃はいずれも、壁に当たって轟音と共にひびが入ったのが確認できた。
「悪いけど、そう簡単にやらせないわよ!」
あたしは、負けじと二体のポケモンに向かって凄んでみせると。
道具群のうち事前に左手に出していたタネを再度、軽業の様に右手に移し替えて。
残ったふしぎだまを空に向かって掲げ、その効力を解放するスペルを唱える。そう、このふしぎだまこそ――
「“その身を戒め、封じよ。時と共に抗う術すら失わせん!” しばりだま!」
光が放たれ、砕けると共に。
金色の波導があたしを中心に広がった刹那、ゴルダック、ゴーリキーの体に不可視の鎖が巻き付き締め上げていくのを見届ける。
さらにコジョフーにもう一度飛び掛かろうとしていたラッタやドードリオにも効力が及んだのか、同じく束縛に囚われその身を硬直させていった。
尚、既に遠ざかっていたぶじゅつポケモンには敵意を見せず救助対象として思考を向けていた為、彼まで巻き添えになるリスクは自動的に避けられた形となる。
「――……!」
当の縛られていった本人は、言葉すら紡ぐのも一苦労である。
わざを当てようと構えを解き放った者からしたら、彫像になったように固められたも同じなのだから。
「ついでよ、これも受け取りなさい!」
しっぽを揺らし、準備運動を整えてから右手のタネを上に向かい放り投げると――
あたしは勢いよく跳躍すると、ローリングの要領できりもみ回転をしたまましっぽで思い切り打ち込んだ。
照準は狙い逸らさず、“しばりだま”の効果によって動けないゴルダック一匹に絞って。
「……っ、うおあぁっ!?」
飛んでいったタネは、ゴルダックの口の中に。
為す術もなく、飲み込んでしまった彼が硬直が解けた時にはもう遅し――目が蕩ける様に、瞳の光を失わせてはその身をうつ伏せに横たえていく。
ゴーリキーは青褪めた眼を、あたしに向けたまま固まったままでいる。
「しばりだまはともかく、すいみんのタネの場合は仕入れがそう簡単じゃないのにね……。あーあ、勿体無い事したわ」
でも、良い機会だわ。そのままオネンネしてなさい。
クスリ、とあたしはにやけて笑う。
誰かがちょっかいを出さない限りは、彼らは一度たりとも行動を起こせない。
必然的に戦いはあたし達の優位に立つ事となった。
∴
その後は動けないままの進化後のポケモン達の脇をすり抜け、保管器のようなケースを持ったまま一部始終を見ていたコジョフーの前まで、あたしは駆け出して行った。
幸い彼には負ってしまった傷は無く、物品も無事そのものである。
「大丈夫? コジョフーくん」
「あ…… チラーミィさん。えっと…あ、ありがとう……ボクに、力添えを、してくれて」
助ける事の出来たぶじゅつポケモンの表情は、最初こそ強張っていたが。
被ったバンダナの緩みを直しながらあたしが試みる問い掛けに、彼はようやく安堵のため息を付く。おずおずとお礼の御辞儀をしていった。
一体何故追われていたのか、その経緯は後程聞いてみるとして…… 助けられた一つの結果に、あたしは口元を緩ませるだろう。
「とりあえず、この場はあたしに任せて。今見聞きした事を、保安官に伝えなくちゃいけないからね」
「そ、それなんだけど…… ボク、このタマゴを、彼らから取り返されたくなかったんだ。密売、その話を聞いてたから。……放って、おけなかった」
「一匹で阻止してくには、危険とリスクが多すぎるわよ。助けられて一安心だけどね。一先ずは、黙ってあたしのやり方を見ていてなさい」
何より、彼らを束縛から解除させてこの都市を阿鼻叫喚の広がる現場にさせるのは――あたしの心情が許さない。
小さくも頷くコジョフーの彼に、あたしもまた相槌を打つ。
少しばかり容量が空いて軽くなったリュックサックを背負い直しながら、この場を比較的厳しく取り締まる保安官の者達に――
荒くれに近い4匹のポケモン達の処遇を委ねる事に決めたのだった。
「えっと、その。アナタの……名前は?」
「ん?」
「ずっと種族名で呼び合うのは、何だから。ボク、コジョフーの…… んっと……」
喧噪の場から一時的に離れ、保安官を呼び出すに当たろうと思考する中。
タレ目のようにおずおずした視線を向けながら、コジョフーの彼があたしに聞いてきた。
話す途中で時折円滑に話せず噛んでしまう様子には、少し首を傾げたのは否定はしないが……
それでも、聞き取る分には問題は見受けない。
「じょ、ジョッシュ=パウアーと申しますっ! 旅の、拳法使いです」
「ジョッシュ、くんね。良い名前じゃないの。アナタが名乗ったのなら、あたしも応える義理があるわね」
すぅ、と息を吸いながら。そして吐き切った折にあたしは名乗りを返していく。
「チナ=コースフェルト。友人を救出する目的の為に、旅をしている…… バックパッカーの一匹よ」
目を小さく見開いて、その名乗りを真剣に聞いているぶじゅつポケモンーージョッシュの姿を、あたしは細々と焼き付けていた。