「ゆけ、ビードル!」
ダルマはまずビードルを繰り出した。崖の上にいるカラカラが、下にいるビードルを見下ろす形で、リベンジマッチは始まった。
「ふん、その勇気は認めてやるが、無謀が過ぎるぜ」
「何だと!?」
バトル開始早々、ダルマはカラシの挑発に耳まで紅潮させた。
「先手はもらった!ホネブーメラン!」
ダルマが挑発に乗った隙に、カラカラが先手を取った。カラカラは、自らの腕より太い骨をビードルめがけて投げ付けた。
「させるか!ビードル、後退だ!」
カラカラの動きを見たダルマは、すかさずビードルに指示を出した。ビードルはじりじりとカラカラとの距離を離した。
「……少なくとも、賢くはなっているようだな」
ビードルに当たらなかった骨をキャッチするカラカラを見ながら、カラシは言った。
「あたりまえだろ。ビードル、糸をはくだ!」
カラカラの次はビードルの攻撃だ。ビードルは口から糸を吹き出し、カラカラの骨に絡めた。
「よし、そのまま引っ張れ!」
ビードルは糸をたぐり始めた。一方カラカラは、引っ張るということもなく、ただ右手で骨を握っているだけである。次第にカラカラは引きずられ、立っている崖の端にまで到達した。
「よし、そのまま落とせ!」
ビードルの勢いは止まらない。そのまま首を右に大きく傾けようとした。
「……チャンスだ、振り抜け!」
ここにきて、カラシが動いた。カラカラは、左足を前方に出して右膝を曲げ、右手で骨を引き抜いた。すると、たるみ無く張っていた糸の束はいとも簡単に千切れてしまった。引き抜く勢いでカラカラの左足は宙に浮き、ちょうど右足立ちの状態になった。
「何っ!」
「そのまま骨ブーメラン!」
ここで、カラカラは左足を強く踏みしめた。そして体全てを使って骨を投げつけた。骨は空中を縦に一直線に割き、振り向きざまのビードルの頭部を直撃した。ビードルの体は山なりに飛び、ダルマに近づいてきた。
「うおっとおい、危ない危ない」
ダルマはすんでのところでビードルを受けとめた。ビードルの、その弾力ある胴体はダルマの手元で軽く跳ねた。ダルマは何も言わず、ビードルをボールに回収した。
「どうした、もう戦わせないのか?」
カラシは全てをわかっているかのような口振りでダルマに聞いた。ダルマは次のボールを片手に答えた。
「……どうも、一撃でやられたみたいだ。俺がビードルを受けとめた時、もう首が据わってなかったからな」
「なるほど、ならさっさと次のポケモンを出しな」
「言われなくても!頼むぞ、ワニノコ!」
ダルマは、自身の左側にボールを投げた。ボールからはワニノコが登場した。ワニノコは目を大きく見開き、ヒレをゆらゆら動かしている。また、カラカラとワニノコの距離は、ビードルとカラカラのそれより大分離れている。
「……何故だ、いつもなら躊躇なく目の前に出すというのに」
ダルマの普段通りではない動きに、カラシは逆に警戒した。一方、ダルマは胸を張って言った。
「へへっ、これならブーメランも届かないだろ?」
「随分と単純な発想だな。それならこれでどうだっ!」
カラシは、洞窟内に反響する拍手を1回した。すると、カラカラは天井を見上げ、骨を飛ばした。骨は天井すれすれの高さまで達し、加速しだした。あろうことか、届かないはずの骨はワニノコの目の前まで迫っていた。
「ヤバい、水鉄砲で打ち落とせ!」
ワニノコは、斜め上方から来る骨をめがけ水鉄砲を撃った。弾丸は骨に直撃したが、わずかに軌道を変えただけだった。骨はワニノコの左脇腹をえぐり、カラカラの手元に戻った。
「ワニノコ!」
ワニノコは左に1回転し、片膝をついた。ダルマは思わず唾をのんだ。一方、カラシは唾を吐いた。
「ちっ、仕留めそこねたか。だが、次で決める!」
カラカラは再び天井めがけて骨を投げ掛けた。やはり骨は弧を描き、徐々に加速してきている。
「くっ、しょうがない。ワニノコ、しばらく避け続けるんだ!」
ここからの展開は半ば一方的であった。ワニノコは迫り来る骨をかわし、すかさずカラカラが追撃を行う。この流れが延々繰り返されると思われた。
「くそっ、これで15回目……まだ避けるか!」
「ぐう、何だかワニノコ、疲れてきてるぞ。このままじゃまずいな……」
この長丁場に、ポケモン達はもちろん、カラシとダルマも疲れを見せ始めていた。カラカラの骨の軌道は徐々に鈍くなり、ほとんど落下の勢いだけで攻撃しているようだ。他方ワニノコは、避けるだけなのだが、最初に受けた一発がボディーブローのごとく効いてきた。
「ええい、往生際が悪い!」
カラシが叫んだ、その時だった。カラカラの骨が遂にワニノコに当たった。今度は正面だったが、スピードが遅いのが幸いした。ワニノコは両手をクロスさせて防御姿勢を取り、何とか弾き返した。だが、当然無傷ではない。ワニノコは骨が当たった部位をさすりながら揉んでいた。息も絶え絶えで、今にも座りこみそうだ。
「ふん、ようやく当たりやがったか。そのままトドメだっ!」
カラシはしてやったりの表情だった。カラカラは右肩を軽くほぐすと、最後の攻撃の態勢に入った。
「おいダルマ!このままだと前みたいに負けるぞ!」
「言われなくても分かってる!……しかし、いったいどうする?」
ダルマの手のひらから汗がにじんできた。この場で勝ち誇っているのはカラシとカラカラだけであった。
「……万事休す、か?」
ダルマの目から闘争心が消え失せ、彼は下を向いた。
「上を向くんじゃひよっこめ!」
突然、カラカラがいる崖の方から怒鳴り声が飛んできた。場にいた皆が声の出所を注目した。
「?誰だ!」
「わしじゃ!」
「この声は、おじいさん!」
「こら、ええ加減年寄り扱いするな!」
声の主は、先程腰を痛めたおじいさんだった。老人は、崖を慎重に降りて、ダルマに歩み寄ってきた。
「何を諦めておるのだ!ひよっこ程度の実力のお前さんが、そんな状態で勝てると思ったか!」
老人の顔は溶岩のごとく湯気を撒き散らしていた。ダルマは1歩後退し、言った。
「け、けど、もうワニノコが倒れるのも時間の問題。一体どうしろと?」
「……逆転じゃ」
「逆転?立場がひっくり返ったりするあれですか?」
「そうじゃ。大方、今まで『どうやったらカラカラの攻撃を避けられるか』ばかり考えてきたと見える。違うか?」
「うっ、確かに、言われてみれば心当たりが」
「上手くいく時は別に構わんが、そうでない時は同じ考えに固執しちゃいかん。『いかにして攻撃を避けるか』ではなく、『そもそもどうしてこうなったのか』を考えるのだ!」
「!……わかりました、やってみましょう」
おじいさんの叱咤激励に、ダルマの目に輝きが戻った。それに呼応して、ワニノコも鼻息を荒くする。
「ふっ、長話は終わりか?今度こそかたをつけさせてもらうぜ」
カラシは深くため息を吐いた。カラカラも再度骨を振りかぶった。
「そもそも、あのブーメランが当たらないように後ろに下がった。すると斜め上に投げた。天井すれすれを通り、ワニノコに……あれ?もしかしたら……!」
「何をごちゃごちゃ言ってやがる!カラカラ、これで決めろ!」
「させるか!ワニノコ、思い切り飛び上がれ!」
カラカラが骨を投げる直前、ワニノコは渾身の力で地面を蹴りあげた。その体は2メートル半にまで到達した。そして、ワニノコは手近な岩を掴んだ。これでワニノコとカラカラのいる高さはほぼ同じである。
「ちっ、気付きやがったか。だが、それでは何の解決にもなってねえな!」
「それはどうかな?」
ダルマはカラシの言葉をものともしていない。その態度に、カラシは眉を吊り上げ歯ぎしりをした。
「カラカラ、もっと上だ!何としても当てろ!」
カラシの怒号と同時に、カラカラは骨を天井へ投げつけた。その軌道は、最初の投てきより更に高く、このままいけばワニノコに当たることは間違いない。
「まだだ……あともう少し……!」
ダルマの呟きが漏れた時である。骨は天井まで到達し、何か、湿った地面を削る音がしたかと思えば、急に勢いをなくして落下しだした。
「な……カラカラ、気をつけ!」
「もらった!水鉄砲で撃ち抜け!」
カラシが全部言い切らないうちに、ワニノコから一発が放たれた。水鉄砲は、カラカラとワニノコと同じ高さで骨に当たった。激流のごとき水色の弾はそのまま骨を押し流し、遂にカラカラに一撃を与えることに成功した。その後、骨は崖の下に落下した。
「ぐっ、カラカラ!」
「な、なんだ今のは!?いきなりブーメランの勢いがなくなるなんて」
この展開に、カラシとゴロウ達はにわかにざわつきだした。
「へへっ、勝機はブーメラン自体にあったのさ!」
「え?」
「そもそもブーメランを斜め上に投げていた理由は何か?今考えれば、飛距離を稼ぐためだったんだ。その際、軌道は天井すれすれを通っていた。だから、もっと高い位置にいれば、天井に骨をぶつけるのを誘発できる。仮にそれを読まれても、攻撃をされなくなる。まさに起死回生の一手さ!」
ダルマはガッツポーズを取った。一方カラシは、苦虫をつぶしたかのような表情である。
「このまま決着をつけるぞ。ワニノコ、撃ちまくれ!」
ワニノコは、間髪入れずに水鉄砲を乱射した。今のカラカラには十分すぎる威力を持った攻撃を受け、カラカラは背後の壁に叩きつけられた。そして、そのまま地に伏した。
「……これは……」
まさかの事態の連続に、カラシはただただ目を疑うほかなかった。
「ふうう、何とか上手くいったか。よくやったぞワニノコ!」
激戦を制したダルマは、ワニノコに向けて手を伸ばした。ワニノコもダルマに向かって岩壁から飛び降り、ダルマの腕の中に納まった。すると突然、ワニノコが太陽のごとく輝きだした。
「うわっ!なんだこりゃ?」
思わずダルマは手を離した。光はどんどん強くなる。
「ダルマ様、これは進化じゃないですか?」
「進化?随分派手な演出だな」
ダルマ達が言い合う間にもワニノコの光は強まり、次第に形を変えた。
「おおお、これは!」
光が消えた途端、ダルマはうなった。背丈は倍近くになり、尻尾は太く、長い。腹には、黄色の皮膚が広がる中に水玉模様が見られる。
「アリゲイツになりましたよ!」
「アリゲイツか、良い名前だな。これからも頼むぜ!」
ダルマは進化したてのアリゲイツの頭を撫でた。アリゲイツはキバを見せて笑った。
「そういえば、カラシはどこだ?」
ふと、ダルマは辺りを見回した。近くには人の気配が全くせず、ダルマ達と老人しかいない。ただ、地面に麻の縄が散らばっていただけである。
「ふむ、あの少年は既に脱出したぞ。あなぬけのヒモでするするっとな」
「あ、おじいさんいたんですね」
「当たり前じゃ。お前さんみたいな危なっかしい若者は放っておけんからの」
「すみません……」
「それより、邪魔者はいなくなった。急いでヤドンを助けるぞ!」
「そういえばそうだった。行くぞ2人とも!」
「はい!」
「任せろ!」
一段落したところで、老人は洞窟の奥に突き進んだ。3人もすぐさま後を追うのであった。