「それじゃ、俺が審判やるけど……あんた誰だっけ?」
審判を買って出たゴロウは、まず少年に名前を尋ねた。
「俺はカラシだ。よろしく頼むぜ、審判さんよ」
少年カラシは、一言こう告げると、ダルマを鼻で笑った。
「ふ、ふん。そ、そんなんじゃ俺はび、びくともしないぞ」
ダルマは何とかこう漏らしたが、体が規則的に震えている。手に持っているモンスターボールが今にも滑り落ちそうだ。
このような張り詰めた空気の中、審判ゴロウの声が響いた。
「えー、今からダルマとカラシのバトルを始めます!両者1匹のルールで大丈夫ですね?」
ゴロウの問いかけに、2人とも黙って頷いた。モンスターボールを片手に、準備万端といった様子だ。
「では、バトル始めぇ!」
ゴロウの怒号で勝負の幕が上がった。
「いけ、ワニノコ!」
「出番だ、カラカラ!」
2個の紅白のボールが宙を舞い、それぞれからポケモンが出てきた。ダルマのワニノコと、カラシのカラカラである。
「カラカラ、ホネこんぼうだ!」
先手を取ったのはカラカラだ。その手にあるホネを振り上げ、ワニノコ目がけて突っ込んできた。
「引き付けて避けろ!」
これに対しワニノコは、ただひたすら避けるばかりである。だが、しばらくするとカラカラの背中に隙ができた。
「今だ、ひっかく攻撃!」
ワニノコはカラカラの背中に、自慢の爪を食い込ませた。カラカラには見事なひっかき傷ができた。
「よし、良いぞワニノコ!」
ダルマは思わずガッツポーズを取った。ワニノコもおおはしゃぎだ。
「ふっ、そう来なくてはな。カラカラ、ホネこんぼうだ!」
騒ぐダルマを尻目に、カラシは不敵な笑みを浮かべた。それからカラカラにさっきと同じ指示を出した。カラカラが走ってワニノコとの距離を詰める。
「何度来ても同じだ!ワニノコ、もう一度ひっかく攻撃!」
ワニノコはカラカラの攻撃を右に避けて、腕を高らかと振り上げた。その瞬間、ワニノコの左頬にホネが飛んできた。その衝撃で、ワニノコはフィールドの端まで打ち上げられた。
「ああ、ワニノコ!」
ダルマの悲鳴にも似た呼び掛けで、何とか起き上がったワニノコだが、顔の左半分は大きく腫れあがり、息も絶え絶えだ。
「おっと、カラカラの一撃を耐えられるやつなんて久しぶりだな。ま、次は無理そうだが」
「な、何が起こったんだ……?」
あまりに急な展開に、ゴロウは思わず口を開いた。
「おやおや、審判さんには見えなかったのか?仕方ねえ、説明してやるよ」
カラシ小さくため息を吐いて、喋りだした。
「ワニノコが攻撃を避けるのは計画通りだ」
「な、なんだって!」
「ワニノコが右に避ける!カラカラが走り去る!そのすれ違いざまに一発お見舞いしただけのことだ」
「で、でもよ、いくらなんでも強すぎないか?」
「確かに……普通ならな。だが、俺のカラカラは違う。審判さんもよく見てみな」
問い続けるゴロウに、カラシはカラカラに指差した。よく見ると、右手のホネは普通のものより明らかに太い。
「なんだこれ、やけに太いな。これがどうかしたのか?」
「それこそがカラカラの力の源、太いホネだ。こいつがあれば、カラカラの力は普通の倍になる。これなら説明つくだろ?さて、そろそろ終わりにするぜ」
カラシがワニノコをジロリと見ると、それに呼応してカラカラがうなりあげる。
「く……くそっ!ワニノコ、水鉄砲だ!」
ダルマは顔を紅潮させながら叫んだ。ワニノコの口から、激流の如き水の弾丸が放たれた。
「無駄無駄!打ち払え!」
カラカラは水鉄砲にホネを一振りした。すると、あれほど勢いのあった弾丸をアストラブルーの霞にしてしまった。
「食らいな、ホネこんぼう!」
カラカラはいよいよと言わんばかりにワニノコ目がけて駆ける。もはや一刻の猶予も無い。
「こうなったら、ワニノコ逃げろ!」
「な!ダルマ、正気かよ……」
あろうことか、ダルマはワニノコに逃走の指示を出した。動揺の色を隠せないワニノコだったが、主人の命令は絶対である。やむなくフィールド中を逃げ回り始めた。
「……話にならねえ。必殺の技をお見舞いしてやれ」
カラカラは命令を聞くと、ホネの持ち方をわずかに変えた。そして、ワニノコに投げつけた。
「何だと!ワニノコ避けろ!」
ダルマの叫びも虚しく、ホネはワニノコの背に直撃した。その勢いで、ワニノコは白目を剥いて倒れた。飛んできたホネはというと、長い楕円を描いてカラカラの手に収まった。
「そこまで!このバトル、カラシとカラカラの勝ち!」
勝負あった。結果はカラシとカラカラの圧勝だ。
「こ、ここまで歯が立たないなんて……」
ダルマはしばし呆然とし、膝をついた。そこに地下を出る準備を終えたカラシが近づき、こう言い捨てるのであった。
「やっぱり腰抜けだったな」