「はっくしょん!洞窟って思ったより冷たいな……」
ここはつながりのどうくつ。キキョウシティとヒワダタウンをつなぐ道である、と言えば嘘になる。正確にはキキョウシティとヒワダタウン、そしてアルフの遺跡をつなぐ天然の迷路である。洞窟ではあるが、山に降る雨水や雪解け水がしみ込むことによって多数の池ができている。
「そりゃ太陽の光がねえからな。ここがひなたならシャツ1枚でも十分だろうよ」
「……あの、サトウキビさん?」
寒風吹き込む中、ダルマが話し掛けた。その相手は、いつもの3人に混じって同行しているサトウキビである。
「どうしたダルマ、金なら貸さないぞ」
「どうしてついてきたんですか?見ず知らずの俺達に」
「随分疑われているようだな俺は」
サトウキビは思い切り笑った。乾いた声が湿った洞窟内にこだまする。
「なんのことはねえ、俺の行き先があんた達と同じだけだ」
「あなたも旅ですか?」
「いや、仕事だ。頼まれた作業が全部終わったからコガネの我が家に帰るんだよ。まあ、ついでに知り合いにも会ってきたんだけどな」
「はあ。仕事って何やってるんですか?」
「そこまで聞くか。……ポケモン預かりシステムのメンテナンスと改良だ」
「預かりシステムって、ポケモンセンターの右端にあるあれですか?」
「まあな。だが、今では預かりシステムは2階のポケモン交換システムも指すんだ。で、交換室の外にあったパソコンを中に移動させていたのさ」
「なるほど、でもパソコンの移動ってそんなに大変なんですか?」
「そりゃお前、一昔前のただのパソコンとはわけが違うんだ。物の転送ができるパソコンは固定されている。俺はこういうことが得意じゃない。だから配線工事からシステムのバージョンアップまで数日かかるんだよ。本当はマサキとかいう奴がやるはずだったんだが……」
ここまで話して、サトウキビは息を大きく吸い込んだ。それから大きく吐き出し、頭を掻いた。
その時突然、右手にある池から何かが飛び出してきた。点々と言うべき目に膝ほどある青藤色の体、それに頬から伸びる薄紫のヒレが特徴である。ヒレは、途中で3本に枝分かれしている。
「あのポケモンは何だ?」
「ありゃあウパーだな。ヒレを見る限り、どうやらメスのようだ」
サトウキビが冷静に解説していると、ウパーはモンスターボールほどの水を飛ばしてきた。狙った先は、意外な人物だった。
「きゃっ!」
「ユミ、大丈夫か!」
水はユミの目の前で四方にはねた。思わずユミが腕を前に出した。それを見て、ウパーはヒレを動かし笑っている。
「イタズラ好きか、良い個体だ」
「あの、それはどういう……あ」
その瞬間、事が動いた。ダルマがサトウキビの言葉に声を発する間もなく、彼の目が1枚の葉っぱを捉えた。葉っぱは一直線に進み、ウパーの頭に直撃。ウパーはしりもちをついた。
「あの葉っぱはまさか……ヤバイな」
「おい、一体どうしたんだ?」
「あ、少し離れた方が良いですよ、危ないですから」
「おいダルマ、もしかしてあのポケモンが怖いのか?」
ダルマが冷や汗を流して半歩後退りしたので、サトウキビがわけを尋ね、ゴロウが冷やかした。だが、2人がダルマの態度のわけを知るのに、言葉はいらなかった。
「オラオラ、ザコはおとなしくしてな!」
急に聞き慣れない言葉が聞こえたので、3人は声のする方向を向いた。そこには、鬼気迫る少女の姿があった。肩に触れるくらいの髪は逆立ち、頭からは湯気がたっている。
「お、おい。あれはもしかして……」
「見損なったぞダルマ!ユミちゃん以外にも女を作っていたのか!」
サトウキビとゴロウは共に飛び上がった。そしてサトウキビはやや前かがみになり、ゴロウは騒ぎだした。
「……なんでそうなるんだよ、ゴロウ。様子はおかしいが、あれはユミだ」
「な、なんだってー!」
「つまり、普段はおとなしいが豹変するのか?小説の設定みたいだな、あの嬢ちゃんは」
サトウキビは苦笑いしながらユミを見た。ゴロウは腰を曲げて「く」の字になっている。もちろん、今のユミにはそんなことは問題ではない。
「チコリータ、構わねえよ。徹底的にやっておしまい!」
ユミが腹の底から叫ぶと同時に、チコリータは至るところから葉っぱを集め、ウパーに飛ばした。その数や、ウパーが落ち葉の中に埋まるほどである。
「……やや一本調子だが、展開が早い。成長株だな」
「サトウキビさん、こんな時によく状況分析できますね」
「まあ、これが俺の仕事だからな」
ダルマとサトウキビがつとめて冷静に状況を話すかたわら、ウパーが落ち葉の中から這い出た。そしてそのまま背中を向けた。
「あ、ウパーが逃げそうだぞ」
「だな。さて、これはどうなるかな?」
無論、この動きを今のユミが見逃すはずもない。彼女は即座に、モンスターボールを腰に装備したウエストポーチから取り出した。
「甘い、逃がさないよ!」
彼女の渾身の1球は空を裂き、ウパーを弾き飛ばしながらも封じた。ボールは最初こそ抵抗の素振りは見せたが、すぐにおとなしくなった。
「ふう……このアタシから逃げるなんて、100年早い……ですわ」
「……どうやら、落ち着いたようだな」
「あら、どうかしましたか、サトウキビさん?」
「いや、何でもねえ。……周りが見えないからこそ何でもできるってか」
サトウキビは額にうっすら吹き出した汗を手ぬぐいでぬぐいながらこう漏らした。
「そ、それじゃあそろそろ行こうぜ。日暮れまでには出ないとな!」
一段落ついたところで、ゴロウが言った。やや声が引きつっているが、皆気にせず歩き出した。まだ今日という日は始まったばかりである。