ぼくはね、ゆうちゃんがだいすきだよ。
ゆうちゃんとぼくはね、大きさがほとんどかわらないぐらいのころから一緒にいるよ。
でもゆうちゃんはあっというまに大きくなっちゃって、だけどぼくを抱えていろんなところへいったよ。
車に乗って海にもいったよ。とっても広かったよ。でも水を吸いすぎてふくらんだり、砂がざらざらしてしまって、ゆうちゃんと一緒におかあさんにおこられた。でもせんたっきでぐるぐるされて、すぐまた同じふとんで寝られるようになったから大丈夫だったよ。
ゆうちゃんが幼稚園に通うようになったときは、ちょっとさみしかった。ぼくをつれていこうとすると、だめよ、っていわれちゃう。さみしかったけど、かえってきたらゆうちゃんが、ただいま、っていってくれるから大丈夫だったよ。
あーそういえば、かばんのそこにぼくをつめこんで、こっそりもっていこうとしたこともあったね。お弁当とかにつぶされてくるしかったけど、もう腕をひっぱられたり身体をねじられたりするのにはなれっこだったから、ぜんぜん大丈夫だったよ。
幼稚園でぼくをおままごとの仲間にいれてくれたよね。ぼくは赤ちゃんの役だったよ。ゆうちゃんがおかあさんで、そうだな、おかあさんとおなじことをおなじような感じでいうから、なんだかぼくはゆうちゃんになった気持ちだったよ。たのしかった。でも色みずをこぼして、しみっちょろになっちゃって、おかあさんにばれちゃっておこられたね。そういえばいっつもふたりでおこられていたよね。たまにゆうちゃんが泣いたりするのが悲しくて、でもぼくは自分でゆうちゃんをぎゅっとすることはできないから、ぼくも泣きたかったけど、ぼくの目はボタンでできていて、なみだがなかったから、だからかわりにぼくの胸はいつでもあけておいたよ。いつでもここでないていいよ。そんなふうにね。ゆうちゃんがきてくれればいつでもぼくはいるんだよ。そんなふうにね。
あー、でも、もうしばらくだね。
いつのまにぼくはゆうちゃんに会わなくなってしまったのかな。もう顔をわすれちゃうよ。はやくきてくれなくちゃ。ちゃんと胸はあけてあるよ。ここだけはねー、ほこりにもダニにもやらなかったんだ。ゆうちゃんはあいつらが苦手でよく、くしゃみなんかして、あおっぱなをしてただろ、だからやらなかったよ。腕はちょっとたべられたかな。でも胸はあけておいたんだよ。ゆうちゃんがいつ顔をうずめてもいいように。泣くときだけじゃなくていいよ。たのしいときもいいよ。いつでもおいでよ。
でも、どうしてきてくれないんだろうね。
ずっとね、押入れの奥でね、ちゃんとおとなしくしてまってたんだけどな。いつからこうしているのかもわすれちゃった。でも待ってたよ。かびのにおいがして、このままかびにやられちゃまずいなと思ったけどもね、ちゃんと座って待ってたよ。いつもゆうちゃんはぼくを抱き上げてくれるものね。ぼくはじぶんでゆうちゃんのところへはあるいていけないけど、でも、それがゆうちゃんはわかってるから、ちゃんとぼくを、抱き上げてくれるものね。わかってるんだ。だからちゃんとしてまってたよ。
押入れがあいた。ぼくをおしこめてたダンボールの壁がひいていく。ひかりがまぶしい。
やった! ゆうちゃんだ! ゆうちゃん!
ゆうちゃんにはやくあいたくて、うでをのばしたいけど、ぼくのうではうごかない。しょうがないね。
でもゆうちゃんのてがのびてきて、ぼくからだをつかんだ。ぼくをひっぱりだした。
ほらね、ゆうちゃんはぼくがあいたがってるのもおみとおしだから、ぼくをこうやって抱き上げてくれるんだよ。ほら! ゆうちゃん、胸、あけておいたからね、ぎゅーってしてもいいんだよ。
あれ、ゆうちゃん、ずいぶんおおきくなったねえ。すごいね。もうまるで、おかあさんみたいだね。おとなみたいだ。
おへや、ちらかってるね。おかたづけしないとだめだよー。ぼくもてつだいたいけど、ぼくったらよくかんがえたら、かたづけられちゃうほうなんだね。でもせっかくだしてくれたのに、すぐかたづけたりなんかしないでね。またいっしょにあそぼ。
「あー、なつかしー」
ゆうちゃんが声をあげた。なんだか聞きなれないかんじ。ゆうちゃん、声もだいぶかわったんだね。でも、舌ったらずもすっかりなくなって、いよいよおとなのかんじ。すてきだね。
だけどゆうちゃんはぼくをだきしめることなく、ぽいとダンボールの中にほおりこんでしまった。鼻歌なんかやりながら。
あれ? ゆうちゃん、まだ、ちょっとしかあってないよ?
おはなしはひとことだけ? 抱きしめてもいないよ?
ほら、ぼくの胸があいてるよ。ほこりもダニもいないよ。カビからもまもったよ。かおをうずめてもぜんぜん大丈夫だよ。ぎゅーってしてよ。きっときもちがいいよ。ふわふわだよ。ほら
ダンボール箱のなか、ゆうちゃんの後姿をみつめていたぼくの胸の上に、ぽいぽいとつぎつぎにがらくたがのせられていった。
ああ ゆうちゃん。ぼくの胸、ゆうちゃんのためにあけておいたのに。
ゆうちゃんがダンボールをとじるころには、ぼくはうもれて、右目しかゆうちゃんの顔がみられなかった。
ああ ゆうちゃん。
ずいぶん髪がのびたんだね……。
*
ゴミ捨て場で、ダンボールが動いているのを見た。
ちょうど月曜にゴミを出し損ね、40Lの袋二つをパンパンにしてしまった燃えるゴミたちにサヨナラを告げ、アパートの居間を干物女のゴミ屋敷から脱する決意に満ち満ちた足取りでサンダルをつっかけた水曜の朝のこと。
ダンボールが動いていた。
めっちゃ動いていた。がったがたいってる。いまにも手足が生えて走り出しそうな感じ。超アクティブ。
そういや海の向こうにはごみぶくろのポケモンがいるとも聞いたことがあるけど(お前の部屋に沸いてるんじゃねーのみたいな話題で)、こいつはいったい……。
とりあえず捨て場まで行って、袋二つをぶん投げ、ダンボールを観察してみる。
そしてわかった。こいつはダンボール自体が生を受けたのではない。中になんかいる。かなり出たがってる。きちんとガムテで止めてあるから出られないのか。
ふっと頭の中に、よくあるニュースとかネットの話題が浮かんできた。
ポケモンを捨てるトレーナーの話。
まさかダンボールにポケモンをつめて、なんて、まさかそんなことは。でもそうでなければこのダンボールは、いやいやまさか。
そう思いながらも私は気がつくと、ガムテープを破いていた。
けれど、へんに捩れてしまって、破けない。くそっ、やめろっ、ポケモンが死んだらどーすんだ、舌打ちしてもこのクソニートな指にはガムテに対抗できる力はない。ハサミ。そうだ、ハサミがあれば。
死ぬな! 死ぬんじゃない、ポケモンよ!
私は心のなかでとなえながら、ばたばたと蠢くダンボールを抱えて走った。韋駄天のように走った。あの瞬間の私を見れば誰も運動オンチであることを見抜けはしなかったに違いない。
しかし、私の考察は見当違いだった。いや、ポケモンではあったけどさ。
呪縛を切り取った瞬間、ダンボールの中から出てきたのは、たくさんのガラクタと。
真っ赤に目を血走らせた、一匹のジュペッタ。
ジュペッタは、いまのところ、うちにいる。
最初は暴れた。ものすごく暴れた。埃臭いから洗ってやろうと思ったんだけど、触ろうとしたら金切り声をあげてガラクタを投げつけてきた。どういうことなの。
もしかしてこんな、ゴミみたいに捨てられようとしていたぐらいだから、トレーナーに乱暴されたり、虐待されていたんだろうか……そう思いながらも、暴れ終えたあと魂をなくしてしまったようにぱたと倒れて、しくしくと泣き出した彼をみたら、とても「扱えないし元の場所にもどすかー」とは言えなくなってしまった。
どうしようかと悩み、私もなにを血迷ったか、偶然あった裁縫用の綿をそっと、皿に上にのせて差し出したら、なんと、食べた。
それからジュペッタはうちにいる。
でも、ポケモンのいる生活も、そこまで悪くない。
過酷なバイト、忙しい日は数時間も立ちっぱなしの状況で、へとへとになって帰ってきて、部屋の中から声がする。ぎーぎーと口もとのチャックが擦れるような鳴き声で歌いながらジュペッタがごろごろしている。こいつめー、ともふろうとすると、最初はもうものすごく嫌がって、じゅうたんをブサブサにするまで暴れまわったのだが、しょうがないから放っておくとだんだん寂しそうな顔をするようになった。
だけどいつのまにか、だんだんそばによってくるようになって、ある日目が覚めたら胸の上に乗っていたんだ。
それからは家に帰ってくると、ジュペッタはソファの上でどーんと腕を広げて待っている(だいたいはテレビでバラエティを見ている)。
だから「ただいまぁー」と隣に座ってやるのだ。
だれかが待っている生活というのも、なかなか悪くない。
都会に出てきて、一人で学校行きながらバイトして。帰ってくるとお母さんも弟もいなくて、もちろん料理もつくらないと出てこないし、なにより声がしない。誰もいない。寒い部屋。たまにものすごくむなしい気分になる。とくに疲れているときは、どうして私ここにいるんだろーなんて余計なことを考えてしまったりもする。
だから、誰かがいるだけでちょっと、ほっとしたり。ポケモンだけどね。
ジュペッタを拾ってから一月が経とうとしていた。
その日は連休の中日で、バイト先も客足が途絶えず、新しく入った高校生が途中でダウンしたこともあってか、休みを返上して出ずっぱりだった。足はぱんぱんに張って棒のよう、腰は姿勢を保つことにすら悲鳴を上げている。家に帰ってきたとたんに崩れ落ちてしまった。
布団も敷かずにソファになだれ込んで、ずるずる眠りの淵に滑り落ちる。
夢を見たような気がする。ずいぶん昔、小さい頃、家族で出かけた時、後部座席で揺られてまどろんでいた、あんな感じの。車のやにと埃の匂い。ずっと薄目を開けて窓を見上げていたのか、とっくに閉じたのか、自分でもわからないまま感じる淡い陽光。走行音と規則正しい揺れの間に、気がつくとそれはガタンゴトンと鳴る電車の一両に変わっていて、私は優先席に座っている。そしてものすごく眠い。車内はがらんとしているのにドアのそばに老人が立っている。黒いガラス越しにこっちをうかがっている。空いてるんだからどこへでも座ればいいのに、青い座席に腰掛けてうつらうつらする私を咎めるような目をしている。でもあんまり眠くて席を立つこともできない。すると老人がこっちにやってきた。ずいぶん老けて見えたのにそれは母だった。母はいつのまにか小学生に巻き戻っていた私の頭に手を置いて撫で、そっと胸にかき抱いた。頬をふわと暖かいものが包む。なつかしい匂いがする。
ふと目を覚ました。
現実がさっと横から溶け込んできて、夢はあらかた流れた。私はソファで横になっていた。何かが私の頭をぎゅっとしている。そうっと手を伸ばしたら、自分から弾かれたように離れていった。
暗い部屋の中、サイドテーブルの上にジュペッタがいた。
重たい頭を持ち上げ起き上がると、テーブルの上の黒いぬいぐるみが、せつない赤目でこっちをみつめている。
なんでこいつはいつもこんな寂しそうな顔をしてるんだろうな。
そう思ったら、いま、触ったらまた暴れるのが分かってるのに、手を伸ばさずにはいられなかった。寝起きで固まった腕を伸ばし、薄暗闇のなかジュペッタを持ち上げて、膝元までつれてくる。しかしこいつはまるで微動だにしなかった。ただ赤い光を放つ瞳だけがぱちぱちとまばたきをしている。
こうやってまともに触るのははじめてだった。頭を撫でるとぬいぐるみみたいにもふもふした。でも膝にどっしり重たいのは生き物の感触。腕を握るとほんのり暖かい。干したての枕のようだ。
身体中に溜まった疲れが血に代わってどす黒い鉛のように巡っているような、ボンヤリとした眠気がまだ抜けず、もう一度ジュペッタを抱き枕にして横たわる。ぎゅーっと抱きしめると、埃っぽいような、なつかしい匂いがした。
*
押入れがあいた。ぼくをおしこめてたダンボールの壁がひいていく。ひかりがまぶしい。
やった! ゆうちゃんだ! ゆうちゃん!
ゆうちゃんにはやくあいたくて、うでをのばしたら、うでがのびた。びろん。
あっ、うでがうごいた。うでがのびた。
おもいついて足をうごかしてみると、足がうごいた。
おしりをもちあげたら、ぼくは立つことができた。
やった! ぼくは自分のうでをみた。これで、ゆうちゃんにだきつくことができる! いつもだきしめられてばっかりだったけど、これで、ぼくもゆうちゃんをだきしめられる!
そう思ったんだけど、ぼくはダンボールの中だったんだ。
せっかく動けるようになったのに、ぼくはダンボールの中。ゆうちゃんのためにあけておいた胸にいっぱいのガラクタがのっかってうごけないよ。ゆうちゃんあけて。あけてー。だして。だしてよー。
どんなにうでをばたばたさせても、ガラクタはどいてくれない。ダンボールから出られない。
それでもゆうちゃんにあいたくて、もいっかい抱きしめてほしくて、こんどは抱きしめてあげたくて、ごみの海でうでをのばしてゆうちゃんをさがした。ゆうちゃん。どこにいるの。せっかくうごけるようになったのに、どうしてぼくをとじこめたりしたの。ぼくなにもわるいことしてないよ。みずあそびをしてどろどろになったままおうちにあがったりしないよ。ちゃんとね、おとなしく待ってたんだよ。すわってね。ゆうちゃんがまたあそんでくれるの。
なのにどうして。ぼく、もうずっとひとりでまってたじゃない。もうひとりぼっちはあきちゃったよ。つかれちゃったよう。ゆうちゃん。あいたいよう。抱きしめてよう。ゆうちゃん。
ちからいっぱいうでをふりまわした。でもまわりじゃゴミばっかりガサゴソいうだけで、ちっともうごけない。やだあ、だしてよ、ゆうちゃん、ぼく、あいたいだけなんだよう。たのむよ。だしてくれよう。
そうしたら、とつぜんからだがらくになって、ぽーいとほうりだされた。
ガラクタといっしょにころがりでたばしょは、ぼくの知らないところだった。だれのおへやだろう。ここはどこだ。
そうだ、ゆうちゃんは? ゆうちゃんはどこにいるの?
きょろきょろしたら、知らないひとがいた。
知らないひとはぼくをみおろして、しばらくそのままだったけど、とつぜん手をのばしてきた。そしてぼくのうでをつかんだ。
汗ばんだ手のひら、ゆうちゃんのつめたくてすべすべした手じゃない。
だめだよ。ぼくはゆうちゃんのぬいぐるみなんだから。
手をよけたら、こんどはぎゅっとぼくの胸をつかんできた。
あっ、だめだよ、ぼくの胸はゆうちゃんのためにあけてあるんだから! やめろ!
だけど手はぼくをそのまま持ちあげて、うでのなかに抱きこんだ。汗とかぎなれないにおい、やめろ、やめろ! はなせ!
ぼくはからだをよじってそいつの腕を抜け出すと、へやを出ようとした。でもドアがしまってた。とじこめられたんだ。でられない! どうしてだよ、もうやめてくれよ。ぼくはゆうちゃんにあいたいんだよ、それだけなのに、どうしてみんなぼくをとじこめるの。ゆうちゃんまでとじこめるの。こんなのぜったい、おかしいよ。
そいつがまた手をのばしてきた。
やめろ、やめろ! ぼくはちかくにあったものを手にとってそいつに投げつけた。こっちへくるな! やめろ! さわらないで! ぼくはゆうちゃんにあいにいくの! ぼくはゆうちゃんにあいにいくの!
ドアにかけよったけどびくともしない。だして! ここからだして、ゆうちゃんのところにいかせてよう。
ちがうよ。こんなことのためにうでをのばしたんじゃないんだよ。ガラクタを投げるためでも、ドアをばしばしするためでもないんだよ。手のひらがいたいよ。いたいよう。ぼくはゆうちゃんを抱きしめたかったんだよ。なのにどうして。ゆうちゃん、ゆうちゃん、ぼくをガラクタにまぜてすてちゃったの。ゆうちゃん。ぼくまだいっしょにあそべるよ。あそべなくてもそばにいられるよ。まくらもとにおいてくれたらね、むかしはなにもできなかったけど、いまならゆうちゃんのあたまをなでてあげられるよ。つらいときにはぎゅーってしてあげられるよ。なのにどうして。ゆうちゃん。ぼくいらないの。ぼくにはゆうちゃんがいるよ。ゆうちゃん……
したら、目の前に、おいしそうなわたがあらわれた。
ゆうちゃんとやったおままごと。おりょうりは、お皿にのせてだすんだね。じゃあこれは? このわたは、ぼくが、たべてもいいのかな。
知らないひとが、ごめんね、っていいながら、だしてくれた。
ぼくのどこからかね、なみだがわいてきたせいで、わたがぺったんこになっちゃったんだ。おなかがすいたって、こんなことをいうのかな。
わた、とってもおいしかった。
きがついたらねちゃった。
つぎの日ね、窓があいてたよ。
知らないひとがあけてくれたんだよ。
だからぼく、ここからゆうちゃんを探すことにしたんだよ。
ダンボールがたくさんあるところにいったよ。
わかるんだ、ぼく、ここに置いてけぼりにされたんだ。なんとなく、わかったんだよ。
だからそこからね、よるになったら、ゆうちゃんを探したよ。髪がのびたゆうちゃん。おおきくなったゆうちゃん。ゆうちゃんは、どこにいるんだろう?
きんきらきんのおでこをしたねこに聞いたけど、ゆうちゃんをしらなかったよ。
まっくろな毛をしたいぬに聞いたけど、ねるんだからじゃまするなって、ほえられちゃったよ。
まどのそとにぶらぶらしてたくろいやつに聞いたけど、なにそれおいしいの? っていわれちゃったよ。
ゆうちゃん、どこを探してもいないんだ。なんでかなあ。
だからずっと、知らないひとのおうちにいたんだけどね。
知らないひとがいっつも、よる、みてるへんな箱ね、おもしろいよ。ひととか、ぽけもん、いっぱいうごいてるの。ぼく、あかるくてねむいうちは、ずっとそれをみてたよ。だってあんなにいっぱいひとがいるんだもん、どこかにゆうちゃんがいないかな、って。
でもね。よる、でかけるとき、気づいたんだ。
知らないひと、泣いちゃうんだよ。よるになると。おふとんにくるまって、ふとんをぎゅーってしてるんだけどね、なんでかな、泣いちゃうんだよ。ねてるのに、泣くなんて、おかしいね。でもぼく、どうしたのかなって、みにいったら、知らないひと、おかあさん、って言ったんだよ。
おかあさんって、ゆうちゃんのおかあさんと、おなじおかあさん?
でもなんだか、あったかいかんじするね。ぼくがゆうちゃん、ってよぶときとおなじかんじだね。
ゆうちゃんいないの、さびしいよ。
知らないひと、おかあさんがいないの、さびしいのかな。
知らないひとったらへんなんだよ。
知らないひとには、ぼくは知らないぽけもんなのに、知らないひとはぼくにね、わたをくれるんだよ。わた、おいしいよ。ゆうちゃんを探しにいって、きのえだにひっかけてね、おなかをやぶいちゃったことがあったの。そしたら、知らないひとがね、バンソーコーくれたよ。さわってほしくないの、わかったから、っていって、バンソーコーのはりかた、おしえてくれたよ。ぺろんってはがして、ぺたってはるよ。しっぱいしてね、まるくしちゃったのもあるけどね、ちゃんとはれたよ。知らないひと、えらいぞーって、なでるふりをしてくれたの。ぼく、うれしかったあ。
ゆうちゃん、ごめんね。
ぼく、ゆうちゃんを探しにいくの、さぼっちゃった。
知らないひとといっしょにいるとね、なんだかあったかくなったよ。むかしゆうちゃんといっしょにいたときをおもいだしたよ。
でもゆうちゃんをわすれたわけじゃないの。ほんとだよ。ずっとね、へんな箱をのぞいて探してたもん。そとは危ないもん。からすにたべられそうになっちゃうもん。いぬにかじられちゃうもん。
知らないひと、つらいっていってたよ。
缶ののみもののんで、かおまっかにして、つらいつらい、あしたなんてこなきゃいい、っていってた。
そうかなあ。あしたってあしたのことだよね。あしただって、こなくちゃあしたにならないんだから、いじめちゃだめだよね。ぼくだってすてられたらかなしいのに、あしただってすてられたら、かなしいよ。
っていおうとしたんだけど、知らないひと、そのまま寝ちゃった。
知らないひとの夢をみたんだ。
なんでだろう。ゆうちゃんのね、夢、みたことあるけど、知らないひとの夢みたの、はじめてだったよ。
知らないひとがね、ぼくのゆうちゃんとおなじぐらいのちびだった。
くるまのなかで、こわい夢をみて、こわいようって、おんなのひとに抱きついてた。
そしたら、おんなのひとが、こわくないよっていって、知らないひとをぎゅーってしてたの。
でね、ねすごして、もう夜だったんだけど、めがさめたら、知らないひとがぼくのすぐそばでねてたの。泣いてたの。うううってくるしそうだった。
こわい夢をね、みたのかなって、そしたら、ぼく、知らないひとをね、ぎゅーってしてもいいかなって、おもったんだ。
うでをのばして、知らないひとのあたま、つかんで、ぎゅーってした。
からっぽだった胸のなかにね、知らないひとのあたまがおさまったら、なんだかあったかくて、胸がいっぱいになったよ。
そしたら、知らないひと、おきちゃった。
びっくりしてよけたら、知らないひとがね、ぼくをもちあげたの。知らないひとの手はね、ひんやりしてるよ。だけどなんでかな、つめたくないんだ。からだがあったかくなるよ。
そしたらね。
知らないひとが、抱きしめてくれた。
ぎゅーってしてくれたんだよ。
ぼくね、ぼく、ああ、これだったんだって、気づいたよ。
ゆうちゃん、ごめんね。
ぼく、いっしょに泣いちゃった。なみだって、うつるのかな。ゆうちゃん、あのとき、いっしょに泣いてあげられなくてごめんね。
ぼくもうでをのばして、知らないひと、ぎゅーってした。うでのなかで、ぼくね。
しあわせだったの。
ごめんね。ゆうちゃん。ぼくゆうちゃんをさがせなかったよ。
ごめんね。ゆうちゃん。知らないひとをすきになってごめんね。
ずっと好きでいられなくてごめんね。
でもぼく、いまね、しあわせなんだよ。
ゆうちゃんも、しあわせだといいな……。
*
淡いまどろみの中、目を覚ますと腕の中に、くたびれたうさぎのぬいぐるみがあった。
まだ眠気を引きずった目をこすって、うさぎのほっぺたをむにゅむにゅしてみたけども、暴れ出してぶん殴ってくるようなことはなかった。
時計を見れば、八時半。本日の出勤時刻は過ぎている。
突然38度の熱に襲われたことにした。
バイト先への電話を終えて、カーテンから漏れる仄かな光に照らされた、自室をみる。
片付いていない部屋、ソファの上にうさぎが座っている。
腕をつつくと、ほんのり湿っていた。
「もう寂しくないの」
聞いたら、ちょうど外を車が通りかかったせいか部屋が揺れて、うさぎはぽてっと床に落ちた。
私はそいつを抱えると、もう一度ソファに飛び込んだ。そうだ、せっかくの朝だもの、もう一度寝よう。今度はぐっすり眠れるような気がするんだ、根拠はぜんぜんないんだけど。
横になってうとうとしていると、さっき通った車がエンジンをふかして発進していく音がした。
あー、あれ、ごみ収集車だったか。出しそこねたな。
散らかった部屋を薄目に見ながら、寝返りを打つ。腕の中が暖かい。抱き寄せると、埃っぽいかと思いきや、顔をうずめても息苦しくない。瞼にぬいぐるみのやわらかさを感じながら、二度寝の底に沈んでいった。
おわり
***
【書いてもいいのよ】
【描いてもいいのよ】
【批評していいのよ】
ポケスコに間に合わなかったので、こっちを完結させました。
タイトルは某有名エンディングテーマへのオマージュ。
そのうちこっそり鏡の話も載せたいです(