前置き:再投稿させてもらいました。よろしくお願いします。
【Shade song】
また人間だ――。 白い毛並みに映える黒色の顔、 そして頭には鋭利なカマみたいなものがついているポケモン――アブソルは体を震わせながらも近づいてくる人間たちから距離を取る為に逃げていった。
最初は皆の為だと思って、やったことだった。 本来ならアブソルという種族は災いを察知しては人々やポケモンたちの前に現れ、その接近している危険を教えてくれるときもある……というポケモンなのだ。 しかし、その災いを知らせるという行為を、人間に勘違いされてしまって、いつしかアブソルは災いを運んでくるポケモンだという虚偽(きょぎ)が出回ってしまった。 ……いや、もしくは勘違いではなく、起こってしまった災いに対する怒りをぶつける相手が欲しかったという、人間の我がままから生まれた虚偽かもしれない。 そのような虚偽を信じてしまった人間たちに対して、アブソルの中では、もう人々に迫っている災いを感じても教えに行かないというものが出ているのも珍しくなかった。 だけど、このアブソルは違った。 なんとかして災いから人々やポケモンを守りたい。 その一心で、今まで災いを察知しては人々に姿を現していたが……返ってきたのは、罵倒(ばとう)と襲撃で、その度に傷ついた。 肉体的にもだが、精神的にも辛いことだった。 守る為に、助けたい為に、災いを教えにきているのに、どうして皆、怖い顔をしてくるのだろうか? 迫ってくる災いではなくて、自分に。 どうして、そのアブソルは逃げなかったのか? これだけ身も心も傷ついて、信用なんか一切してくれないようなモノなど、放っておいて、どこかに旅立てばよいものなのに。 アブソルの身なら、旅立ちは不可能ではないし……逃げられるなら、いつでも逃げられたはずだ。 近くにある村からもっと遠く、遠く離れた場所へと逃げることができたはずなのに、実際に来たのはまだ、村から近いと言われてもおかしくない場所。 アブソル自身も、その場から離れられない自分に懐疑的(かいぎてき)な戸惑いを覚えていた。 なんで、傷つくだけだと分かっているのに、理解を得られるなんて分からないのに、どうして……? アブソルのもやもやが膨らんだその日のことだった。 アブソルは一匹の黒に黄色の模様を入れた、メスのポケモンに出逢った。 彼女は一匹で旅をしているらしく、どうやら、何かワケありのようであった。 久しく誰かと話すなんてことがなかったアブソルだったが、なぜだか、彼女と話しているとき、不思議な気分がした。 安心できるような……そんな感じ。 大抵、誰かと話す前に逃げられたり、攻撃されたりするのに、それがなかったというのもあるのかもしれない。 けれど、それだけではない。 警戒されなかったから良かったという気持ちだけではなかった。 その気持ちが分からないまま、アブソルは思わず尋ねていた。
彼女の旅に自分もついていっていいかと。
けれど、彼女からは首を横に振られただけであった。 無理強いするのもよくないと、仕方なく、彼女と旅をするのを 諦めたアブソルだったが、去ろうと思って駆ける足がなんだか重かった気がした。 どうしてなのだろうか。ただ単に旅の同行を断られただけだというのに、どうしてこんなにも胸が痛いのか。 爪が喰い込んできているのではないかと錯覚するぐらい、胸が痛くて……そして苦しかった。 いつの間にか、アブソルの目から涙が頬(ほお)を伝って(つたって)こぼれ落ちていったのであった。
不思議な雰囲気を出していた彼女に出逢ったその日の夜。 アブソルはぼんやりと月を見ていた。 今日のあの出逢いが頭から離れられなくて、眠れないでいたのだ。 どうして、彼女が気になるんだろう。 それと、自分があのとき感じたものはなんだったのだろうと――。
「いたぞ! シェイドだ!!」
刹那――シェイドと呼ばれたアブソルが我に返ると、何人もの人間が各々ポケモンを連れながら現れていて、あっという間に囲まれてしまっていた。 シェイドという名前、それはアブソルが危険を察知して、知らせに行った村の人たちから名づけられたもので、アブソルの影を見ると災いが起こると言われたことから付けられた名前だった。 ……その影が本当に映しているものは災いではなく、村の人たちやポケモンを助けたいというアブソルの想いだということは誰も気づいてくれなかった。 その影は本来なら希望を与えるものでもあるのに。
アブソルは村のポケモンたちから一斉に攻撃を受けてしまった。 反撃ができないこともなかったが……アブソルはどうしたことだか、攻撃一つもしなかった。 ひたすら、飛んでくる水や炎や雷、ハサミみたいなものや、カマみたいなものから回避しているだけだった。 本当は攻撃をして、生まれた隙(すき)から逃げ出さなければいけない状況のはずなのに、攻撃をしようとすると、なぜか動きが寸で止まってしまう。 誰も自分のことを助けてくれないのに……そう思ったとき、アブソルの頭の中に光が走った。 そうか……友達が欲しかったのかと。 アブソルがそう思ったのと、肉が深く切れる不気味な音が鳴ったのは、ほぼ同時であった。 首から赤い花が咲き乱れる、その痛みにアブソルは絶叫しながら……やがて倒れた。 村の人たちやポケモンたちと友達になりたくて、そして、いつかなれると心のどこかで信じていたのだろう。 村人やポケモンたちを助けたいという気持ちの他に、その気持ちがアブソルの足をつかんで、どこか遠くに行かすことをさせなかったのかもしれない。 そして、あの彼女に出逢ったときに自分の中で芽生えたものはきっと……友達が欲しかったという気持ち。 だから、旅について行きたいと言ったのだろう。 あれだけ、色々と語ることができた相手だったから……きっと彼女とはいい友達になれると思った。 ここで、ふと、アブソルはこう思った。 友達になりたいと村人たちやポケモンたちに素直に言えばいいのだろうか? いつも攻撃されることを恐れて逃げるのではなくて、ちゃんと逃げずに伝えることができるのならば……。
「な!? こ、コイツまだ立ってくるのか!?」 「グライオンのハサミギロチンは決まったはずだぜ!?」
首から血を垂らし、その身を赤く染めながらもアブソルは立ちあがった。 友達になりたい、その気持ちを伝えたいんだという一心だけが、アブソルの足を支えていた。 もう死んでもおかしくないはずのアブソルを見て、村人たちやポケモンたちが驚嘆(きょうたん)する中、アブソルは口元を動かし始めていた。 すると……辺りには歌声のようなものが響き渡たり始めた。 アブソルは歌っているつもりではなかった。ただ、ただ、伝わるかも分からない想いを声に出していただけなのだが、その想いが本人も気づかない内に歌になっていた。 村人たちもポケモンたちも、その歌声を聴くと動けなくなった。 何やら悲しくて、だけど強くて――。 一人の人間が倒れた。 次は一匹のポケモンが倒れた。 続けて三人の人間が倒れた。 更には四匹のポケモンが倒れた。
最後には、村人もポケモンも全員、倒れていた。 そして……アブソルも倒れた。 ……意識が遠のいていく中で、かすんでいたアブソルの視界に、事実が映ることはもう叶わなかった。 首から垂れた血がアブソルを完全に赤く染め上げた頃、アブソルは力なくだが微笑んだ。
――目が覚めたら、友達ができているといいな――
【Moon lullaby】
「はっ!!」 いきなりの声が月夜に高く昇って消えていった。 もちろん、隣にいたものは背筋に電流が走ったかのように尻尾を立たせながら、声の主を見た。 「だ、大丈夫……? ライト」 「……あ、ごめん。変な夢を見ちゃってさぁ、よく覚えてないけど……って、ライちゃんはまだ起きてたの?」 「うん……今夜は月が奇麗だったから……つい、ね」 一匹の黒に黄色の模様を入れたポケモン――ブラッキーのライの言葉に、白い毛並みに映える黒色の顔、そして頭には鋭利なカマみたいなものがついているポケモン――アブソルのライトも月に顔を上げた。 確かに今夜は満月で、ライの言う通り、奇麗に夜空の中で映えていた。 あの日――旅立ちの前で見ていた満月よりもなんだか不思議な感じで、寂しい気持ちになったりしなかった。 「ねぇ……ちゃんと眠れてる? なんか、ときどきうなされていたみたいだけど……」 「う〜ん、正直に言うと……なんかよく眠れない感じでさ」 ライトは苦笑いしながら答えていた。 ライトは元はとある村の近くに住んでいて、ある日、災い呼ばわりされた村人たちやポケモンに襲われてしまう。 死ぬかもしれない、そのときにブラッキーのライという子が助けてくれて、一命を取り留めたライトはライと一緒に旅立つことになったのだが……。 旅立ち初夜、謎のドキドキがライトを襲っていた。
一体、なんでこうも胸がドキドキしているのだろうかとライトは思った。 そして、その理由にたどりつく時間はさほどかからなかった。 ライトは満月に向けていた視線を一回下ろしてみる。 「どうしたの……?」 「う、ううん! なんでもない! うん、大丈夫だから!」 怪訝(けげん)そうな顔を向けてくるライに対して、ライトはただ笑っていた。 その背中に冷や汗を垂らしながら、ドキドキしていることがライにバレないようにと白い歯まで見せながら。
今まで一匹だけだった。 親と一緒に夜を過ごしたことはあったのだが、こうして友達と一緒に夜を過ごすという経験は初めてだったのだ。 なんか、くすぐったいというか、なんというか、興奮してしまって、ライト更には眠れなくなってしまった。 顔が赤くなりそうなぐらいの興奮で……まぁ、顔は黒だから分かりにくいかもしれないが。 仮に白い毛の色が赤くなったりしないだろうかと、変に心配してしまって、冷や汗が更にライトの背中から垂れていく。 このように脳内で若干パニックを起こしかけそうになっていたライトの体に何かが触れた。
「とりあえず……何があったのかは分からないけど、落ち着いて……ゆっくり体を休めさせないと……まだ、ケガが治ったばかりなんだから」 ライが静かにライトの横に隙間なく寄り、小さな黒い前足をライトの前足に乗せた。ライの黄色の模様が淡くて優しい光を放っている。 すると、不思議なことにライトの沸騰寸前だった興奮が冷めていき、やがて、目を閉じた。 誰かが一緒にいてくれること。 隣にいてくれること。 今までなかった触れあいにこれから戸惑うこともあるかもしれない。 けれど、ライと一緒なら大丈夫……そう不思議に思えるからライは素敵な子だと思う。 これから、今までできなかったことをライとたくさんしていこう。 そして、ライに何かあったときには、力になりたい。 ライトという名前にかけて。 ライの体温から伝わってくる、その温もりにライトは身を寄せながら静かに眠りに落ちていった。 そして、月明かりで照らされてできた影には希望が詰まっていた。 ――ありがとう……ライちゃん……いつまでも友達だよ――
【あとがき】
最初はバッドエンドだけの予定でしたが、なんか、申し訳ないなぁ……と思いまして、 後日談みたいなものも入れてみました。 『Shade song』ではライトさんがどのような想いで、 村人やポケモンの為に行動していたのかな……と考えながら書かせてもらいました。 あのとき、ライちゃんが助けに来なかったらという、あくまでIfバッドエンドです。(汗) ちなみに最後の場面にあります歌とは『ほろびのうた』のことであります。(汗)
『Moon lullaby』は最初に書いたとおり正規ルートの後日談のようなもので、 ふにょんさんのライさんのイラストを見たとき、 「あ、これはライトさんの視線からというのも考えられるかな」と思って、今回の物語を書いてみました。 友達の家とか、修学旅行とかって中々眠れなかったよなぁ……と思いだしながら書きましたです。 ちなみに『lullaby』とは子守唄のことです。
【心の鎖の感想】
ライちゃんと最初はお呼びしようかと思ったのですが……すっかり大人びましたね! これはもうライさんとお呼びした方がいいかと思いましたです。
それにしてもライトさん本当に優しいなぁ……。 私だったら、『かまいたち』で辻斬りの真似ごとをしてたかもしれません。(汗) そしてライさんもまた一つ強くなったみたいで、 自分に打ち勝ったところや、ライトさんを助けるところでは涙腺が熱くなりましたです! これからもライさんや、そしてライトさんの成長に期待大です!
それと、『もどりのどうぐつ』が再登場するとは……! この五分間シリーズは個人的に、他の作品のキャラとクロスオーバーしているところも魅力の一つだと思っています。 次はどんなキャラがクロスオーバーしてくるのかも楽しみにしてます!
【最後に……】
改めて……ふにょんさん、【バッドエンドもいいかもねぇ……なのよ】挑戦させていただきました! ありがとうございました!
それでは失礼しました。
【大人びたライさんにトキメキました】
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