雄介君。ゆーすけくん。ゆーくん。ゆーすけ。ゆー。
声は出ないけど、念じてるよ。何年前から念じてるのかな。知らない知らない。知りたくない。そうだね、ゆーすけくんが、にっこにこ笑ってハイハイしてるときから、ずーっと見てたけど、
ここ最近見てないねぇ。うん。押入れを隔てて、ゆーすけくんがしゃべってるのは分かるよ。毎日、声を聞いてるよ。でも、それは押入れを隔ててなんだよねぇ。顔を見たのはいつのことだろう。うーん……。
ゆーすけくんが、ぼくを押入れに片付けてしまったのはいつのことだったかなぁ。お友達が遊びに来て、ぼくのことを見て、笑ってた。ゆーすけくんは、あはは、そうだねと笑って、ぼくを押入れにぽーいって投げ込んじゃった。いつ、出してくれるんだろう。出してくれる日は来るのかなぁー。早く、出してくれるかなー。
暗い押入れの中に、光が一筋。明るい光の中に、埃がきらきら舞ってた。男の人が僕を押入れから出してくれた。うん?この人、ゆーすけくん?あー、ゆーすけくんだ。久しぶりだねー、随分お父さんに似てきたねぇ。もう、子供っぽい顔じゃないねぇ。
ゆーすけくんが、ぼくを軽くぱんぱんと叩く。光の中に舞う埃が、一層量を増した。そんなにぼく、汚れついてたかなぁ?ちゃんと、太陽の光に当てて干してよね。あと、できれば押入れの中じゃなくて机の上においてほしい。らじこんとか、げーむ機とかと一緒に机の上においてほしいな。
あれ?ゆーすけくんの机の上、難しそうなほんでいっぱいだ。漢字がたくさんあるねぇ。ぼくの座る場所はあるのかなぁ……。
あ。暗い。何。袋? 入れないで、また片付けるの? ちぇー、早速押入れから出られたと思ったのに。
がたんごとんがたんごとんがたんごとんがたんごとんがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがた、がたっ。
うぃーんうぃーん。
ものすごい音が、聞こえる。うるさいうるさい。ゆーすけくんの声は聞こえない。上から、たくさんのものが落ちてくる。ぼくのおなかに、落ちてきた何かがめり込む。痛くなんてないんだけど、じぶんのおなかに何かがめりこんでいい気になることがあるはずない。ぼくは真っ黒な袋を切り裂いて、外へ出た。
なぜか、ぼくは動いている。歩いても走ってもないのに、動いている。ん?ぼくのたっている地面が動いているのか。どこにいくのかなぁ?行く先を見つめた。たくさんの騒音。
うぃーんがしゃーんがたんごきごとーん……ごごごごごごごごごごご。
赤い、赤いねぇ。赤い何かがゆらゆらしてる。これ、見たことある。いつか、テレビで見たお馬さんみたいなのが口からたくさん出してた。それに当たった、草や木は真っ黒になって、ぱりぱりになってしまうんだ。え、じゃあ
ぼくもそうなるのか。真っ黒に、ぱりぱりに。あぁ、もう、こんなに近くに。赤い……赤い何かがぼくのすぐそばに。
ぼくもそうなってしまうのか。
……手の先が黒く、ちっちゃくなっていく。零れ落ちた綿は一瞬に消えた。ぼくの体はこうなっているのか。いや、そんなことを言ってる場合じゃないぞ、ぼく。え、何なんで。どうなってるのさ。
ぼくのからだが、消えてく?……消えてるのか。ああぁ、どうして消えるのかなぁ。ゆーすけくんはわざとぼくを消したのかな。いや、そんなことはない。ないよ。ないでしょ。ぼくは、ゆーすけくんが小さい頃から知ってるんだよ。
ゆーすけくんだって、ぼくのことをずっと知ってるんだから、ぼくを消そうとするはずがな――ぼ――捨て――た?
ふぅわぁー。ぼくは飛んでた。鳥みたいにばさばさはしてなかったけど、浮いてた。浮いて、上から赤いのを見てた。赤いのがいろいろなものをどんどん真っ黒にしてた。一瞬だけ、ぼくが見えた気がした。すぐに、見えなくなっちゃたけどさ。
うん、どうして浮いてるのかは分からない。ただ一つ分かるのは、ぼくの体はなくなってしまったことだ。手を見ることも足を動かすことも、丸いおなかを見ることも出来ない。ただ、ぼくは見ることしか出来なかった。……そうだね、見ることができるなら、それで十分だ。浮きながら、動けるみたいだし、そう、ゆーすけくんの所に行く。いや、行かなくてもいいや、ゆーすけくんの話が聞ければ、いいんだ。
「もしもし、みかちゃん?」
「うん。そーだよ」
みかちゃんは、ゆーすけくんと仲のいい女の子だ。ぼくは頑張っておうちの近くに帰った。あんまり、遠くなかった。たぶん。全部、勘で浮いてきただけだから、よく、わかんないけど。今、ぼくはゆーすけくんのお友達のみかちゃんのおうちにいる。勘で来たら、着いただけだ。ゆーすけくんとみかちゃんは毎日のように電話をしてるから、ぼくはみかちゃんのふりをして、ゆーすけくんと話すんだ。だから、今は少しだけみかちゃんの体を借りる。ちゃんと、返すから、ちょっとごめんね。
「ねー、ゆーすけくんは、何かをなくした?」
「へ?」
「ゆーすけくんは、最近、何かを捨てた?」
「いや、ん……」
「ぬいぐるみを、捨てた?」
「……は、はははいや、俺がぬいぐるみなんか持ってるわけないだろ。小さい頃にはいくつかもって」
「捨てたの?」
「い……は?いや、そりゃ、捨てるよ。汚くなってたし、もう、ぬいぐるみ持ってるのとかださいだろ?高校生にもなって、そんなもの」
「……本当に、もういらないの?」
「いらないよ!みかちゃんが、ほしかったならあげたのにさー」
……。
威勢をはりたいだけなの?かっこつけたいから?でも、もう、ゆーすけくんは、ぼくを……捨てたんだ。
「もういらないんだねもうぼくはいらないんだねゆーすけくんはもうぼくなんていらないんだ!!」
「みか……ちゃん?」
「押入れに閉じ込めて! ずっと、暗い中に一人ぼっちにして! 埃まみれになるまで放っといて!自分は友達と仲良くして! やっと、出してくれたと思ったら、すぐに捨てて!」
「……」
「遊びたかったのに! もっといっぱい、遊びたかったのに! 話が聞きたかった! ゆーすけくんをもっと見ていたかった! もっと、一緒にいたかった!それなのに! もう、ゆーすけくんはぼくがいらないんだ!」
ゆーすけくんは何も言わない。ただ、ぼくが借りている体――みかちゃんの目に熱い水がたまって、床に零れた。
「あぁ、もう、さようならなんだね! さようならさようならさようなら!! ばいばい! じゃあね!あー、さっぱりすっきりした! あーさっぱりした! うけけけけけけけけけけけけけけけ――」
耳に当ててた、機械が落ちた。みかちゃんの体がゆっくりと倒れていく。僕は、みかちゃんが倒れる音を聞く前に
外に飛び出した。
もう、ゆーすけくんなんて嫌いだ! 大嫌いだ!
思いっきり、叫ぶ。心の中でだけど。もう、体はないから、ぼく一人で何かをすることは出来ないけど、ふらふらとぼくは街を彷徨う。そんなことをしてるうちに、灰色の空から雪が降ってきた。あれ、何かが思い出せそうだなぁ。
鈴の音。カラフルな光。綺麗な箱。リボン。
あぁ、今日は――
クリスマスだ――。
ぼくが、初めてゆーすけくんと出合った――。
「わー、サンタさんからの贈り物だ! 何かな……うわぁ! ぬいぐるみだ!サンタさん、ありがとう!そうだね、名前名前……じゃあ、「 」ね!」
……ゆーすけくん、ゆーすけくん、ゆーすけくん……。
悲しくて、苦しくて、寂し……い、よぅ。
今、スーツ着た男の人がおおっきなぬいぐるみを抱えて、家に帰ろうとしてる。真っ黒な瞳がぼくをじっと見ていた。まだ汚れていない、綺麗な毛並み、つぶらな瞳、お腹についたリボン――。
ぼくは、笑った。あれは、昔の、ずっと昔の――ぼくだ。
大事にしてもらって、一生大事にしてもらって、幸せになって、楽しく過ごして――ぼくみたいにはならないで。
雪が降る雪が降る。何だかとても眠くなったのでぼくは――寝た。