天気のいい日は風が吹きます。風が吹くと言っても風力発電の出来るような元気な風ではありません。木々をざわめかせ、花を揺らす、そんな穏やかな風がここには吹きます。
そんな日はいつも住んでる小さな暗い洞窟から外へ出て、洞窟のてっぺんに座ります。高いところに居た方が多くの風にあたれる――そんな気が、するのです。
ハローハローこんにちは
ハローハローこんにちは
風は森の浅い方へ、にぎやかな街の方へ向かって降りていきます。
わたしは頑張ってこえを出しているけれど、わたしのこえを聞き取ってくれるポケモンはそんなにいません。小さい頃、一緒に暮らしていたバクオングおじさんが一番わたしのこえを聞いてくれたけれど、バクオングおじさんが居なくなってしまってから、わたしのこえを聞いてくれるポケモンはいませんでした。
だから、こうやって風の吹く日にこえを出していると、自分のこえが風に乗って誰かに届いたりするような気がして。わたしは風の吹く日にこえを出すのです。
届くわけがないじゃないか。何をやってるんだ。
そう言ってわたしを笑うポケモンはいません。いや、もうこの近くに住んでいるポケモンはいません。みんな、わたしのせいでここを離れてしまいました。
昔のじぶんはひどくおくびょうでした。暗闇は怖くなかったけれど、突然起こること全てが怖かったのでした。石につまずいたり、物が落ちてきただけでわたしはそれをひどく怖がり、しばらくの間泣き続けました。
自分の泣き声の大きさは自分では分かりません。自分はとても大きな声で泣いている、そう気づいたときにはもう遅かったのでした。一番最初に姿を消したのは洞窟に住んでいたズバット達。彼らはとても耳がいいので、わたしの泣き声は彼らにとって十分な恐怖に値するものだったのだろうと思います。他のポケモン達も最初は泣き出したわたしを泣き止ませてくれたり、泣かないように一緒に特訓してくれたり、本当にやさしかった。けれど、結局はわたしの泣き声にあきれて姿を消してしまいました。
ここに住むのは、わたしだけになっていました。
最初は悲しくて、わたしはずっと泣き続けました。みんながいなくなってしまったのも悲しかったけれど、おくびょうな自分であることがそれ以上にもっと悲しかった。こんな些細なことで泣いてしまうわたしなんか大嫌いだった。泣きつかれたら、眠って、眠りが覚めたら泣き続ける。そんな暮らしをしていたけれど、この泣き声のせいでみんないなくなってしまったのなら、泣かなきゃいい。泣かなかったら、きっと帰ってきてくれる。そう気づいて、わたしは泣くのをやめました。一人で暮らせば、他人の行動によって驚くことがないので泣くことはなくなりました。
けれど、泣くのをやめて、長い時間が経っても誰も帰ってきませんでした。
そこで、ようやく気づきました。もう、だれも帰ってこないんだって。
内気なわたしに外に出る勇気はありませんでした。外に出て、新しいポケモンと仲良くなっても、またそこで一人ぼっちになっちゃうんじゃないか。そんな思いが踏み出す足を止めました。
そんなわたしが始めたことは、風と一緒に呟くことでした――。
今日も天気がいいです。今日も風が吹きます。
わたしは洞窟のてっぺんに座って、太陽の光をいっぱいに浴びながらこえを出します。
ハローハローこんにちは
ハローハローいい天気ですね
口を閉ざせば、聞こえるものは微かな風の音だけ。誰からも返事はないんです。もう慣れました。もう慣れたはずなのに、涙が溢れようとするんです。泣いちゃだめ、わたし。
ワタッコの胞子のように、形を持ってこえも風に乗ればいいのに。やまびこのように、すぐに返事がかえってきたらいいのに。
無駄なことなのかもしれません。ばかなことをしているのかもしれません。それでも、わたしは黙ってはいられないのです。涙声ともとれるようなこえでこえを出し続けます。だって、こえを出すのをやめてしまえば、きっと泣き続けてしまう気がするのですから。
ハローハローこんにちは
ハローハロー……
わたしはこえを出すのをやめました。今、今目の前の草むらが揺れた気がしました。こえもしました。きっと、ニンゲンのこえです。
草むらをかきわけ、現れたのはニンゲンの男の子でした。傍らには強そうなグラエナが一匹。わたしは身構えました。バクオングおじさんの言っていたことが頭の中によみがえります。ニンゲンはポケモンを使ってポケモンを襲う。男の子の目がわたしを見ました。グラエナがわたしを見て大きく一回吠えました。きっと、あのニンゲンはわたしを倒すつもりです。
男の子がわたしを見たまま、わたしに近づいてきます。わたしが一歩後ろに下がると、男の子はなぜか足を止めました。
「君の、――こえだったんだね」
男の子がわたしを見て、にっこりと笑いました。わたしは恐る恐る洞窟のてっぺんから降りて、男の子を見ました。
「ずっと、ずっと聞いてた。天気のいい日、風に乗ってくる、こえ――」
わたしは泣きそうになりました。わたしのこえを聞いてくれている人がいました。ちゃんと、聞いてくれる人がいました――。目が熱くなって涙が溢れました。涙が頬をつたって地面に落ちました。
でも、泣いちゃだめ。泣いたら、また、一人ぼっちだから。
男の子がわたしにゆっくりと、近づいてきます。わたしは涙を流しながら、溢れそうになるこえを、こらえました――。