さて、同居人たちに癒されまくるのもたいがいにして、大家さんや同じアパートの皆さんに挨拶に行かなくては。
俺の住むことになった「桜田ファミリア」は三階建てで、一つの階に四つまで部屋がある。俺の住んでいる部屋は304号室なのだが、他の部屋は101号室に大家さんが住んでいるということしか知らない。
ま、俺は人と付き合うのが苦手と言うワケでも無いので、大丈夫だろう。
「よし。お土産も準備できたし、行くか。お前ら、留守番頼むぞ」
そういうと三匹は悲しそうな顔をした。
「おいおい、そんな顔すんなよ。すぐ帰ってくるからさ」
俺は三匹の頭をそっと撫でる。
「じゃ、行ってくるから」
必要以上に後ろめたく感じながら、俺は家を後にした。
「ここがお隣だな」
俺はインターホンを押す。
「はいはーい」
扉の向こうから、人の良さそうな青年が現われた。俺より少し年上のようだ。
「初めまして。隣の304に引っ越してきました赤羽と申します」
「ああ、はいよろしくね」
「あ、もしよかったらコレどうぞ」
「うん、ありがとう。僕は市井。なんかわからないことあったら聞いてよ」
イチイさんはにこっとわらってお土産を受け取った。よかった、普通の人だ。
「では、俺は他の方にも挨拶があるのでこの辺で」
「うん。じゃあね〜」
イチイさんはそっとドアを閉める。大きな音を立てないためだろう。性格よすぎだこの人。
「いや〜、良い人だったな。上手くやっていけそうだ」
よさそうな隣人に出会えたため、弾んだ心で302号室へ行き、インターホンを押す。
「はーい」
今度は活発な印象の女性が出てきた。
「初めまして。今度205号室に越してきましたアコウと申しま………」
俺の言葉の途中に、その人はふんふんと俺に匂いを嗅ぎ始めた。
「……なんですか?」
「きみ、イチイくんの匂いがする!!」
……なんなんだこの人は。
「はあ、さきほどイチイさんの家に挨拶しましたから」
「えー、何で誘ってくれなかったのー」
……ええー。
「いや、引越しの挨拶に誰か誘うって聞いたことありませんよ」
「ぶー」
なるほど。この人は馬鹿なんだな。
「……まあいいや。私は三濃。よろしくね、えーとタナカくん!!」
「アコウです」
タナカって絶対適当だよこの人。
「もういいや。これお土産です。どうぞ」
「イチイさんの私物じゃないの?」
「………」
ドアを閉めた。
「きっとミノさんは普通の人だ。普通の人だ。普通の人だ…………」
自分に暗示を掛けつつ、他の方々を回ることにする。
数分後
「何で誰もいないんだよ……」
旅行やら法事やらで誰にも挨拶をできないまま大家さんのうちへ。
で、俺はドアをノックする。
「はいはい」
このアパートの大家さんは四十代ほどのダンディな男性だった。
「初めまして。このたび越してきました――」
「アコウくんだね。私は色観(シキミ)だ。よろしく」
シキミさんは右手を差し出し、紳士的に笑う。
俺も右手を差し出し、握手をする。いい人そうだ。
「ところでアコウくん。君は304のワケあり物件だったね」
「はい」
シキミさんは話を振ってくる。握手をしたまま。
「確かあそこに出てくる浮遊霊を娘が気に入っていてね。時々遊びにいくかもしれないが、いいかい?」
「勿論です」
俺はにっこりと笑って快諾する。いまだにシキミさんは手を離さない。
「それはよかった。君になら娘をやろう」
「…………ははは」
少し前の言葉を訂正しよう。なんかすぐ娘をやるとか言うし、まだ手を離さないし、シキミさんは変な人だ。