「あの、サトウキビさん?」
「どうした朝っぱらから。朝飯ならもう食っただろうが」
「いやいや、そうじゃないです。今から行く場所はどこなんですか?」
「なんだ、そんなことか。今から行くのは俺の職場だ」
「職場?塾の先生じゃないんですか?」
「ふん、俺は仕事を掛け持ちしてるのさ。1つは塾の経営者、1つは技術者。そしてもう1つは……さあ、着いたぞ。ここが俺の3つ目の職場だ」
「しょ、職場?これがですか?」
ダルマは思わず声を上げた。目の前にそびえたつのは、昨日の夜見えた城である。石垣に瓦ぶきの屋根、そして中型ビルほどの高さは、絵巻物に出てきかねないほど豪華と言える。城の周りの広大な敷地は塀で囲まれており、敷地内には大小様々な建物が連なる。そこを大勢の人達が往来する。一見街中と勘違いしそうになる人だかりだ。
「そうだ。ここはコガネ城と言ってな、コガネの新名物であり、街の運営拠点でもある」
「運営拠点?では役所でもあるんですか?」
「そうだ。まあ、俺は役人ではないがな。ついてきな」
サトウキビは城の中に入っていった。ダルマ達も後に続く。
城の中も、外装に負けず劣らずなものである。まず、入ってすぐ飛び込むのは「会議室」と墨で書かれた木札のかかった部屋だ。部屋の左側には「会議傍聴席」とかかれた札と引き戸がる。引き戸の付近には黒山が集まっているが、サトウキビは気にすることなく右側へと向かった。しばらくすると「市長室」の札と障子が見えてきた。サトウキビは障子を静かに引いた。
「おお、やっと戻ってきたか!待っておったぞ」
部屋に入ると、背の低い男がサトウキビを迎え入れた。紋付きの羽織袴に口髭をたくわえ、手には何枚かの紙を持っている。不毛の大地と化した頭からは、汗が流れている。
「ただいま戻りました。なにぶん今回は連れがいましたものでして」
「連れというと、この子達か?」
「その通りです。さて……」
男とひとしきり話し、サトウキビはダルマ達に向かって言った。
「お前達、今から俺は仕事にかかる。この部屋を出てから左に『会議傍聴席』と書かれた札があるから、そこの部屋で待ってろ。じきに俺も行く」
「ちょ、ちょっと待ってください。結局、サトウキビさんの職業は……」
「それはすぐに分かる。とにかく今は時間が無いから、早く行け」
「はあ、わかりました。行くぞ、ゴロウ、ユミ」
ダルマはサトウキビの言われた通り、部屋を出て左に進んだ。しばらくする
と、先ほどの『会議傍聴席』と記された札が見えてきた。その周りには、なおも大勢の人が集まっている。
「会議って、サトウキビさん一体何をやるんだろ」
「雑用じゃねーのか?」
「お茶汲みの可能性もありますね」
「……お茶汲みは雑用とほとんど同じだよ」
ダルマ達は他愛もない雑談をしながら、傍聴席の最前列中央に腰を下ろした。会議室は傍聴席とつながっており、間には手すりが設置されている。会議室の席には議員席、議長席、市長席と書かれており、傍聴席と議長席が向かい合う形となる。議員席は2つに分かれており、議長席と傍聴席との間で向かい合う。また、市長席と議長席は並んでいる。会議室の時計は9時57を指しており、席は全て埋まっている。ただ1席、市長席を除いて。
「おいおい、遅刻か?市長が遅刻なんて、この街も終わりだな!」
傍聴席からは、慣れた感じのヤジが飛ぶ。それに呼応するかのごとく、会議室に2人の男が入場した。1人は空の市長席に座り込んだ。もう1人はサトウキビで、男の隣でしゃがみこんだ。
「あれ、あの人はさっきの部屋にいた方ではありませんか?」
「確かに。あの席に座ったということは、もしや……」
ダルマは顎を左手で触り、右手で左ひじをおさえた。
そうこうするうちに、会議が始まった。まず、議長席に座った男が口を開いた。
「ええー、ただいまより、本日の会議を始めます。本日の議題は……」
「もちろん、『カネナルキ市長の賄賂問題』についてでしょう」
議長の言葉を遮り、1人の議員が挙手をした。すると大勢の議員から拍手が巻き起こった。
「カネナルキ市長は、ある企業から不正に金品を受け取っていた。これを一週間に渡って追求した。もう話し合いの必要は無い!我々は、市長の辞任を要求する」
「こら、イブセ君。人の発言は最後まで聞きなさい!」
議長が議員の1人、イブセなる男を諌めた。
「……議長。1つ市長側から言わせてほしいことがあるのだが」
「今度はサトウキビ君ですか。今日も朝から大荒れですねえ」
「イブセ議員、この賄賂についてだが……誰が持ってきたのかはわかってないのか?」
「誰が持ってきた?くくく、面白いことを言う。君はいつもそうして問題をうやむやにしようとする。君も市長と一緒に辞めたいのかな?」
「ふん、今回はあんたが話をごまかしているようにしか見えないがな。まあい
い、知らないなら教えてやる。今回市長に賄賂を渡したのは、両替商コガネ屋……あんたの有力支持者だ」
「こ、コガネ屋だと!?ばかな、やつらは私が手なずけたはずだ!」
サトウキビの一言に、会議室は嵐に見舞われた。事情を察した傍聴席からは、市長のみならずイブセ議員にもブーイングが浴びせられ、議員席からは驚嘆の声が相次ぐ。イブセ議員は手元の資料を握りしめ、サトウキビはしたり顔だ。彼は攻撃を続ける。
「今の言葉、聞き捨てならねえな。それじゃあまるで、『金を握らせてコガネ屋に自分を支持させていた』と言ってるみたいなもんだ」
「ち、違う!私は……」
「ついでだから言っておいてやるが……手なずけておいたにも関わらず他の議員に賄賂を渡した。これが意味することは何か?答えは簡単、あんたはその程度にしか考えられていないということだ」
「……一体、何が起こっているのだ!私が、議員の中で最も強い力を持つイブセが、こうも手玉に取られるとは……」
「以上だ、議長」
「やれやれ、これでひと段落ですかな。それでは、今日の本題に入りますか」
「どうだ、これがおれの3つ目の職業だ」
時刻は午後の3時、あたりではポケモン向けのお菓子であるポロックやポフィン、煎餅の匂いが立ち込める街中を、ダルマ達は歩いていた。道沿いには川が流れており、海へとつながっている。海には港があり、そこに豪華客船と呼ぶにふさわしい大きさの船が煙をふかしている。
「まさか、コガネ市長の秘書だったとは……いつもあんな感じなんですか?」
「まあな。普段は政策立案から街の調査、資金集めなんかもやるが、市長がやばくなったら助け船を出したりすることが多いな」
ダルマの問いに、サトウキビは静かに答えた。
「例えば、この街がこのような風景になったのも、俺の発案が元になっている」
「おじさまがこのようなことを進めたのですか?」
「そうだ。コガネの近くにはエンジュシティがあるが、あそこは風景を非常に重要視してきた。おかげで観光客やトレーナーからは大人気だった」
「だった?今はそうじゃねーのか」
「……よりにもよって、昔のコガネをモデルとした大都市を目指したわけだ。その結果、中途半端にビルが立ち並び、風情ある景観は潰されていったのさ。そして、観光客は激減。今では体の良い田舎町だ」
「それで景観を重要視しようと?」
「そうだ。コガネは元々大都会で収入はある。そこで、街をあげて大々的に改修工事に取り組んだ。大きな出費だったが、長い目で見れば大成功。カントーのタマムシシティを超えたとまで言われている」
「なるほど。しかし、こうした景観が嫌いな人もいるのでは?」
「確かに、結構いたな。そのために、地下街を作った」
「地下街ですか?」
「そうだ。『ニューコガネ』と呼ぶんだが、地上の家と地下の家がつながっていて、地下から外に出れば、そこはもう昔のコガネだ。繁華街に庭園、ゲームセンターなど、他の街に匹敵する設備が自慢だな」
「あっ、地上に平屋が多いのはもしかして……」
「その通り、地下があるからだ。これで上手く反対派を丸め込んだのさ。他にも、市民や観光客にバッジを配布して、連帯感を強めるといったこともしている。こういう街は皆が仲良くしないといけないからな」
サトウキビは胸を張って答えた。
「……ところで、今日はこれから仕事があるんだが、来てみないか?」
「え、またですか?俺、ジム戦がしたいんですけど」
「俺もやりたいぞー!」
サトウキビの唐突な提案に、ダルマとゴロウは声を上げた。
「心配するな。今日の仕事場にはジムリーダーがいる。もちろんジム戦だってできる」
「本当ですか!それを先に言ってくださいよ」
「それで、おじさまの今日の仕事場はどこなんですか?」
ユミの問いに、サトウキビは指差しで答えた。彼の人差し指の先は、港にたたずむ船を示した。
「今日の仕事場は船だ。市長の資金調達パーティーの手伝いをするのだが、人を呼ぶように言われてるもんでね」
「パーティーですか……ダルマ様とゴロウ様はどうしますか?」
「もちろん行くぜ!ジムリーダーに勝って、ダルマを悔しがらせてやるよ!」
「俺も当然行くよ」
「……決まりだな。それじゃあこっちだ、ついてきな」
「はーい。ゴロウ、ユミ、行くぞ」
今日の目的地が決まったダルマ達は、意気揚々とサトウキビについていくのであった。
・次回予告
船に乗り込んだダルマ達は、ひょんなことから売店を訪れることに。そこである男と出会う。彼は一体何者だ?次回、第25話「つなぎの男」。ダルマの明日はどっちだ!?
・あつあ通信vol.5
サトウキビさんがどんどん超人に迫ってきました。彼はレオナルド・ダ・ヴィンチ程ではないにせよ、万能人をモデルにしています。まあ、しばらくの間は出ないので、次は少し普通の話になると思います。もちろん、後半への繋ぎをしっかりさせるので、是非とも見てください。
あつあ通信vol.5、編者あつあつおでん