僕と兄さんはいつでも一緒。
悲しい時も、楽しい時も、苦しい時も、2人でいれば寂しい事なんてなかった。
姿かたち、声も一緒で、道行く人々がものめずらしそうな目で見たり、友達や親戚が僕たちを見間違えるのを見て、遊んでいたんだ。そんな、僕らの夢は、2人でタッグバトルのスペシャリストになるという事。
どちらか一方しかなれないチャンピオンになんか、興味はなかった。
僕は、兄さんが大好きで、10歳になったら、自分のポケモンをもらって、一緒に旅に出て、一緒に強くなって、2人でタッグバトルのスペシャリストになるんだって、ずっと思っていた。
それが、本当にただの夢で終わってしまったのだと気づいたのは、12歳の時。
5歳の時、僕は父さんと離婚した母さんに連れられて、ここ、カノコタウンに来た。兄さんは父さんと一緒にカントー地方に残ったが、それでも僕は10歳になれば、兄さんが迎えに来てくれて、一緒に旅をするんだってチェレンにもベルにも話さなかったが、僕は信じて疑わなかった。そんな期待を裏切るかのように、 あの知らせは人づてに僕の元に届いた。
兄さんがカントーリーグ制覇をしたというのだ。
チャンピオンの誘いを蹴って、ジョウトからホウエン、シンオウと、旅を続けている兄さん。本来なら嬉しく思うはずの報せに、僕はどうしようもなく、裏切られたような感じがした。
兄さんはもう、旅をしているのだ。
1人で。
僕は兄さんが好きで、迎えに来るのをずっと待っていたのに。
兄さんはまるで、『僕なんかいらない。』とでも言うかのように、旅に出てしまった。
それから僕は早く旅に出たくてしょうがなくなった。早く旅に出て、つよくなって、兄さんに追いつくために。 兄さんと同じ実力を得て初めて、僕ら双子は平等になれる。そうしたら、僕が兄さんを迎えに行く。
そう思っていた。
そう思っていたのに、兄さんは今更、僕の前に姿を現した。
まだ僕は兄さんに追いついていないのに。
まだ僕は旅にすら出ていないのに。
予想外の出来事に僕は驚いてしまい、どう反応していいのかわからなくなった。
「さ、トウヤ、君から選ぶんだよ。」
「あ・・・・・・うん。」
チェレンに促され、トウヤは箱の中身をみつめる。
3つのモンスターボールが無機質にトウヤをみつめている。
(兄さんはなんのポケモンを選んだのかな。僕は炎タイプが好きだったけど、兄さんは草タイプが好きだったなぁ・・・・・・。)
そう思ったとき、僕は無意識のうちに、ツタージャのモンスターボールを手にしていた。
「母さん・・・・・・これはない。これはないよ・・・・・・。」
1階でシャワーを浴びおえたリュウヤは、自身の母の用意した服を着て、苦笑いを零した。うすい蒼とグレーのジャケット、グレー交じりの黒いズボン、白と赤の帽子・・・・・・。
どう考えても、先ほどのトウヤの格好と全く同じものだった。
「だって急にくるんだもの、トウヤの服しかなかったのよ。」
「いや、おかしくない? 同じ服を何着も持ってるの? どこのアニメの主人公だよ。」
「本当、こうして見ると瓜2つねー。見分けがつかないわ。」
「双子だからね・・・・・・って、俺の話聞いてる? 」
そう言ってリュウヤはため息をつき、窓の外に目をやる。木の影にあやしい人影が見えるのに気がついて、リュウヤはぎょっとした。なぜなら、リュウヤはその人影の正体をしっていたからである。
(なんで、こんな・・・・・・早くに。)
リュウヤはじっと窓の外の人影を見る。硝子に移った自分の姿の中に、奴らがもそもそと蠢いているのが見える。
「 ! 」
その時、リュウヤは気がついてしまった。
自分は奴らに顔が知られている・・・・・・。
そしてその自分は、トウヤと同じ顔をしているのだ。
リュウヤは、今さら気がついた自分を馬鹿だと思った。いや、元々馬鹿の自覚はあったが、ここまでだったとは予想外だった。
今、リュウヤが逃げ出したとしても、奴らはトウヤとリュウヤの関係に気がつくだろう。気がつかなくとも、奴らはトウヤをリュウヤだと勘違いして襲うかもしれない。これから旅に出るトウヤにとって、それはいくらなんでも酷だというものだ。
(それだけは・・・・・・阻止しなくては。)
「・・・・・・リュウヤ? 」
「 ! 」
母さんが不安そうに声をかけてくる。リュウヤは無理矢理笑顔を作って、
「なんでもないよ・・・・・・。」
と答えた。
「そういえば、リュウヤ、最初のポケモンは何にしたの? やっぱり、フシギダネ・・・・・・かしら? 」
「いや、ヒトカゲだよ。もっとも、今は進化してリザードンだけどな。」
「あら! どうして? 」
母親に追及され、リュウヤは照れくさそうに、
「あいつ・・・・・・、炎タイプ、好きだから。」
と言う。その答えは、お母さんの予想通りの言葉だったらしく、お母さんは「そう。」と嬉しそうに微笑んだ。
ズダンッ ガコンッ バコッ バコッ
上から大きな物音と共に、ポケモンの鳴き声が聞こえてくる。
「あらあら、元気ねー。」
「室内でバトルって・・・・・・おいおい、バイオレンスな友達だな。」
「ちょっと様子、見てきてくれないかしら? 」
「・・・・・・へーい。」
この服装で上に上がるのは気が引けるが、やはりお母さんのいう事に逆らう事はできないし、少し、トウヤのバトルしてるところを見てみたかった。
階段をのぼり、トウヤの部屋に入る。
そこはそれは酷い有様だった。高そうな薄型テレビは傾き、某ゲーム会社の大人気ゲーム機は倒れて転がり、ゴミ箱はむしろゴミを散らかす箱と化し、シーツや絨毯、天井や壁紙は、ポケモンの足跡でぐしゃぐしゃ・・・・・・。
「わーお・・・・・・。」
苦笑いをこぼしながら、トウヤたちの方を見る。
どうやら、トウヤとチェレンが戦って、トウヤが勝ったようだ。
「あ、兄さん、来たの? 」
「ん、ああ、母さんが様子見て来いって。」
「ごっごごごごごごめんなさいっ!! 」
ベルがものすごい勢いで、頭を下げた。
「私がちょっとだけなら大丈夫って・・・・・・。それに、お兄さんとは知らず、思いっきり引っぱって来たりして・・・・・・ごめんなさい!! 」
「や・・・・・・ここ、俺んちじゃないし。それにさっきの事なら、少し驚いたけど(ベルの力の強さに)大丈夫だから・・・・・・ね? 可愛い女の子なら大歓迎だよ。」
「ふぇ!? 」
思わぬ言葉にベルは顔を赤くする。あうあうと挙動不審になった後、「お母さんに謝ってくるー。」と、階段を降りていった。その後を「僕も行くよ。」と言ってチェレンが追う。
「僕と同じ顔で、ベルに妙な事吹き込まないでくれる? 」
「え、何? 彼女だった? 」
「・・・・・・違うよ。」
トウヤはふいっと、そっぽを向き、階段を降りていってしまう。リュウヤはつまらなそうに頷き、その後を追った。
「騒がしくしてすみません。」
「あのぅ・・・・・・お片づけ。」
1階では、ベルとチェレンがお母さんに謝っているところだった。お母さんは寛容にも、「いいわよ、私がやっておくから。」と言い、トウヤとリュウヤの方に目を向ける。
「トウヤ、どんなポケモン選んだの? 」
「・・・・・・ツタージャ。」
「あら! どうして? 」
「・・・・・・。」
トウヤはちらりとリュウヤのほうを見やり、恥ずかしそうに目を伏せた。
「どうでもいいでしょ、そんな事。」
その反応を見て、お母さんはやっぱり嬉しそうに笑うのだ。
離れて育っても、この子達はこの子達なのだと。
「それじゃ、アララギ博士の研究所で。」
「うん、わかった。」
チェレン達と別れ、身支度を始めるトウヤを、じぃっとリュウヤは眺めていた。
お互いになんて切り出したらいいのかわからないせいか、重たい沈黙が続く。
「兄さん。」
「・・・・・・何? 」
最初に口を開いたのはトウヤだった。
「旅は、楽しい? 」
「・・・・・・うん。」
「1人で、寂しくなかった? 」
「・・・・・・。」
リュウヤは答えない。
ジ――――ッとリュウヤが鞄の口を閉めた。それを背負って、部屋から出て行く。その背中を追いかけながら、リュウヤはトウヤに聞こえないように、小さくつぶやいた。
「さみしかったよ。」
『とてもとてもさみしかったよ。』
そしてそんな寂しさを紛らわせてくれた、自身のポケモン達に感謝した。
腰のモンスターボールがそれに答えるように、カタカタと揺れた。