これは、ポケモンだけが暮らす世界で起こった奇跡の物語。
空は曇り、木は焼け焦げ、地面はひび割れた見るも無残な広い荒れ地を、赤い体に黄色い首周りの毛……1匹のブースターが走っていた。肩でハアハアと息をして、汗だくで今にも倒れそうだ。
「……くそっ」
その後ろを、かなりの速さで3匹のグラエナが追いかけてきていた。その目は血走っていて、見るからに普通の状態でないことが分かる。
「グルルル……待てぇ!」
「ま、待ってたまるかよ……!」
ブースターはそう言うが、後ろからどんどんグラエナ達は追いついてくる。
そして1匹のグラエナの鋭いキバが自分に遅いかかろうとしたその瞬間、ブースターは覚悟を決めた。
ーーもう、ダメか……!
その時だった。
「ううううおおりゃああああ!」
その叫びと共に、空から激しい「かみなり」がグラエナ達に降り注いだ。
グラエナ達は「ぐわぁ」や「ギャア」と言いながら地面に倒れ、ブースターは突然目の前に現れたポケモンに驚き、目を見開く。
「だ、誰だ……?」
目の前には、自分と同い年くらいに見える黄色いトゲトゲのポケモン……サンダースがいた。
「自己紹介は後だ! オイ、これ食え!」
そう言ってサンダースはブースターに、体力回復効果があるオレンのみを放り投げた。ブースターはすぐさま口に含み、噛み砕いた。
「早く逃げるぞ!」
「ムグ……て、ちょ!?」
サンダースはそう言って、まだオレンを飲み込めていないブースターの手を握ると、ものすごい速さで駆け出した。
ブースターには周りの景色が風の様に早く過ぎていくように感じた。
「オ、オイ! 速すぎる! ちょっとスピード落とせ!」
「あ? これでも普段の8分の1だぜ!」
「8分の1!? これがか!?」
これの8倍なんて体験したら摩擦で体が燃え上がりそうだ、と感じていたブースターは目の前の光景を見て驚き、叫んだ。
「うわあ! おまっ、前見ろ前!」
「ああ? 前がどうし……って、おわあああ!」
その叫びと共に2匹は足を滑らせ、盛大な水しぶきと共に橋の掛かっていない川に転落した。
ブースターはひっしでもがく。
「お、おい! どうすんだよ! オレ水苦手なんだよー!」
「オイラに言われても知るか! こんなとこにある川が悪い!」
「川のせいにすんな! ……ゴボッ! み、水が……」
「おい! しっかりしろ! 誰か助けてくれー!」
サンダースはブースターを抱えながら叫んだ。
川の上流でその叫び声を聞いた者がいた。
「なんかうるさいわね……行ってみましょうか」
青い体に青い尻尾のポケモン……シャワーズはそう呟くと、下流に向かって泳ぎ初めた。
「……」
少女が見たのは、溺れかけているブースターと、それを必死で助けようとしているサンダースだった。
「あ、オイそこのシャワーズ! 助けてくれ!」
サンダースがシャワーズに呼びかける。ブースターの方は首の毛に水が入り、その重さで今にも沈みそうだ。
「……とにかく、助けなきゃいけないみたいね」
少女はそう呟くと、巨大な波を操る「なみのり」を繰り出し2匹を岸辺へと押し上げた。
「……ぐぇっ!」
ブースターはまだ辛うじて意識があったようで、地面に激突してうめき声をあげた。
「うわっ! おい、もっと優しくやれよ!」
サンダースの方は自慢の脚力で綺麗に宙返りし、スタッと地面に着地した。
「はあ……助かったんだからいいじゃない」
「よくねーわ!」
ギャーギャーと2匹が騒いでいると、遠くの方から先程のグラエナ達の声が聞こえてきた。
「……ヤバッ! おいお前ら! オイラについてこい!」
「「……はい?」」
サンダースが何故かキメ顔でそう言うと、2匹の声がハモッた。ブースターは大分復活していて、シャワーズの方は陸地に上がっていた。
「いいから早く!」
サンダースはそうまくしたて、走りだした。
「おい、まてよ!」
「なんなのよあんた!」
2匹も急いで後を追う。
「だから速いって! スピード落とせ!」
「ちょっと! 乙女に全力疾走させないでよ!」
「うるっせー! つべこべいわずに走れー!」
3匹は騒ぎながら、近くの森へと消えていった。
……後編に続く!