「いきますよ、ガバイト!」
ユミの3番手は軽やかに舞い降りた。首元から腹部にかけては深紅、それ以外は瑠璃色の皮膚を持つ。また、背中にはヒレを備えている。
「ガバイトとは珍しいな、しかも色違いか」
「……この子はタマゴから孵ったポケモンなんです」
ユミが漏らした一言に、ふとパウルは食いついた。
「タマゴ? それってもしや、俺があげた?」
「それはわかりません、タマゴは2つ持っていましたから」
「ふーん、そっか。じゃあそろそろ再開しようか、ウッドハンマーだ」
「ならばこちらは砂嵐、起こします!」
勝負は再び動きだした。先手はガバイト、周辺から土煙を巻き起こし、砂嵐が発生した。ウソッキーは砂嵐に隠れたガバイトを捉えることができず、ウッドハンマーは当たらなかった。
「くっ、外したか。ウソッキー、今度は当てるんだ」
「ガバイト、今のうちにつめとぎです!」
ガバイトはウソッキーから距離を置き、片方の爪でもう片方の爪をとぎだした。ウソッキーはこのチャンスを逃すまいと懸命に走り、なんとかガバイトにその腕を叩きつけることができた。
「今です、あなをほる!」
「なんだと、逃がすなウソッキー!」
ここで、ガバイトは地面に穴を空けて地中に潜った。ウソッキーはウッドハンマーで追撃するものの、すんでのところで逃げられた。それからしばし訪れた沈黙。砂嵐の舞い踊る音と2人の呼吸だけが耳に入る。
「……そこです!」
束の間の静寂は、ガバイトがウソッキーの足元から出てくることで破られた。ガバイトは地下から飛び上がり、ウソッキーを穴に打ち落とす。ウソッキーは背中から着地し、周囲の岩で傷つけられた。どうにか地上まではい上がったが、そこでウソッキーは力尽きた。パウルは目を丸くした。
「やりました、これで2匹!」
「こいつは驚いた。ウソッキーをたった1回の攻撃で倒すとはね」
「ふふ、私もあの時よりは成長しましたから」
「そうかい。では俺の3匹目はこいつだ!」
パウルはウソッキーをボールに戻すと、3匹目のポケモンを繰り出した。顔が2つあり、あごにはバツやマルの模様が施されている。また、妙な形のメガネをかけている。
「あれはマタドガスですね。こだわりメガネでしょうか、あれは」
ユミは図鑑をチェックした。マタドガスはドガースの進化形であり、高い防御を持つ。また、毒タイプでありながら特性の浮遊により地面タイプを克服。格闘タイプを受けるためによく使われる。
「防御が高いのは厄介ですが、こちらは能力を上げています。ガバイト、ドラゴンダイブです!」
「そうはいくか、めざめるパワーだ!」
ガバイト対マタドガス、またしても先制はガバイトだ。ガバイトはジャンプし、マタドガスの頭上からずつきをかました。マタドガスはこれをこらえ、体中からエネルギーを放出。これが顔面に直撃し、ガバイトはぼろきれのように動かなくなった。
「ガバイト!」
「……はっはっはっ、やはりめざめるパワーは素晴らしい技だ。せっかくだから教えておくと、マタドガスのめざめるパワーのタイプは氷。ドラゴンタイプは強いからね、対策はしっかりしとかないと」
「……油断しましたわ。あとはこの子だけ、しくじんじゃないよ!」
ユミの瞳が火事になった。彼女はガバイトを回収すると、最後の1匹を送り出した。夕暮れ時の紫色の体毛に、額の赤い宝玉、それに二股の尻尾が印象的なポケモンである。パウルはユミの豹変にうろたえながら、戦況を見通した。
「く、口調が変わったぞ。いやそれより、最後はエーフィか。俺はあと2匹、交代してもいいけど万が一の時マタドガスでは勝てないからな」
「何をごちゃごちゃ言ってやがる。サイコキネシスでぶっ飛ばしな!」
ユミの最後の1匹エーフィは、パウルを待たずに攻撃をしかけた。マタドガスはサイコキネシスに捕まり、雑巾の如くたっぷり絞られる。そして、そのまま目を回して気絶した。パウルは冷静にマタドガスをボールに収める。
「さすがに耐えないか。それにしても、ここまで追い詰められるのは先生とのバトル以来だ。……いくぞ最後の1匹、スリーパー!」
パウルは4個目のボールを投入した。現れたのは、ふさふさした首輪に紐を通したコインを装備するポケモンである。
「スリーパーねえ、そんなのでアタイを止められるとでも?」
ユミは図鑑を眺めた。スリーパーはスリープの進化形で、エスパータイプながら高い耐久を持つ。反面決定力がやや低めで、補助技を絡めた戦術が求められる。また、幼い子供を襲うことがあるという。現に、パウルのスリーパーはユミに反応して興奮している。もっとも、彼女がガンを飛ばすとしゅんとなったが。
「止めてみせるさ。先生の邪魔はさせないよ」
「はっ、ならやってみな。エーフィ、瞑想で様子見だよ」
「隙だらけだ、催眠術!」
最後の対決、エーフィが機先を制した。エーフィは意識を集中させ、力を蓄える。他方、スリーパーは振り子を揺らし、エーフィを夢の世界へ引き込もうとした。ところが、眠ったのはスリーパーの方ではないか。パウルは予想外の事態に動揺した。
「ば、馬鹿な! 当たらないならまだしも、スリーパー自身が眠るなんて……!」
「あんた、何勘違いしてんの? この子の特性はシンクロじゃなくてマジックミラーなんだけど」
「ま、マジックミラーだって! 常にマジックコートを使った状態になるあの特性か……!」
「今更気付いても遅いよ、シャドーボール!」
エーフィはどこからともなく黒い塊を数個作り出し、サンドバッグ状態のスリーパーに撃ちまくった。スリーパーは吹き飛ばされ、パウルもまた被弾した。
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!」
「雑魚はすっこんでな!」
「……ははははは、俺もまだまだ弱いな。先生と渡り合えてると思ったけど、実は手加減してくれてたのか」
「パウル様……」
しばらくして、ユミはパウルの元に歩み寄っていた。パウルは乾いた笑い声をあげる。
「しかし、負けは負けだ。もう俺に抵抗する手段はない、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「……私はあくまでがらん堂のやっていることを止めに来ただけ、あなた方をどうこうするつもりはありません。ただ、1つ聞いてもいいですか?」
「ん、なんだい。プライベートな質問でも答えてあげるよ」
「……がらん堂がこのようなことを起こした理由を教えてください。あなた方が私達に濡れ衣を着せてまでジョウト地方を支配しようとした、その訳を」
ユミが問いただすと、パウルは何度も頷きながら言葉を発した。
「ほう、そりゃ確かに気になるよね。……実は、わからない」
「そ、そんな!」
「おいおい、そんな目で見ないでよ。この計画は先生が考えたわけだけど、理由を一切言わなかったんだ。今まではそんなことなかったのにさ。でも、あの時の先生はとても怖かったことは覚えてる。何かに対する怒りとでも言えばわかりやすいかな」
「怒りですか……」
ユミは腕組みしながら首をかしげた。しかし、頭に浮かぶのはクエスチョンマークばかり。考えるのを諦めた彼女は、パウルに礼を述べながら東北東の方角に目を遣った。
「ありがとうございます。ではそろそろ私は行きますので、おとなしくしててくださいね」
「ああ、そうしとくよ。君に逆らったらとてもかなわないてっ!」
最後にパウルの背中を蹴ると、ユミはがらん堂へと向かうのであった。
・次回予告
がらん堂幹部は全て倒された。にもかかわらず、街中を歩くダルマの前に1人のトレーナーが立ちはだかる。果たしてトレーナーの正体は、そして実力は如何に。次回、第60話「雪辱の戦い前編」。ダルマの明日はどっちだっ。
・あつあ通信vol.40
どう考えても現状ダルマ以上の力を持ってますよね、ユミは(種族値的に)。ゴロウやダルマと差別化しようとした結果がこの豪華な面子です。一応ダルマパーティなら有利に戦えるのですが……。
ダメージ計算は、ガバイト陽気攻撃素早振り、エーフィ臆病特攻素早振り、マタドガス控えめHP特攻振り、スリーパー控えめHP特攻振り。ウソッキーのウッドハンマーをガバイトは耐え、ガバイトのつめとぎ穴を掘るでウソッキーを確定1発。ガバイトのドラゴンダイブをマタドガス@眼鏡は耐え、返しのめざ氷でガバイトを確定1発。エーフィのサイコキネシスでマタドガスは確実に沈みます。そして瞑想エーフィのシャドーボールでスリーパーは確定2発。
あつあ通信vol.40、編者あつあつおでん