冷たい夜風がさらりと頬に当たって、目が覚めた。
ふと、何かのぬくもりを感じたような気がする。いや実際には、自分の目の前には何もいない。…寝てしまっていた間、毛布のような温かい物に包まれていたような感じがしたのだ。寝てしまっていたから、完全な気のせいなのだと思った。
早く、帰らないと……。見上げた夜空は、木々の間に静かな星が瞬いている。身体のぬくもりが抜けていき、少しだけそれらに見とれてから視線を元に戻した。
ちらりと視界の隅に映った、輝く銀色。目を向ければそれは四足のポケモンだった。薮に隠れておらず、少し遠いけど全身が見えている。よくよく目を凝らせば、銀色に見えたのは純白にも近い毛皮だったことが分かった。月の光をはじき返すそれは、とても美しく思えた。まるで、漆黒の夜空に凛と輝く星々のような、独特の静けさを持つ美しさだった。
そのポケモンは急にこちらを向くと、音も立てずに真っ直ぐ歩み寄ってきた。黒い顔の赤い瞳は、真っ直ぐ私に向けられている。それに、顔の右側に鎌のようなものが付いていて、鈍く光った。私を食べるつもりなのか、襲うつもりなのか。いままで歩いてきた細い小道の上で、ついに手が届くくらいまで、相手は寄ってきた。逃げようにも、足がすくんでしまって動かない。
近づいてきた相手は、私のことを未だに見つめたまま。頭の位置は、私のほうが少し上にあるくらい。そのまま十数秒、見つめ合っていたと思う。少なくとも、今ここで殺したりはしないらしい。赤い瞳が、ある事を問いかけているような気がして、言葉が勝手に口から漏れ出た。
「帰りたい」
正直、話す相手は誰でも良かった。問いかけられている気がしたのも、私の勝手な妄想かもしれなかった。それでも、口から出た言葉は私が心の奥で一番思っていた事だったのだろう。
目の前の黒い顔が、うなずく様な仕草をした。それから、白くて細い足を曲げて伏せるような体勢になった。乗れ、ということなのだろうか? 試しに声を出さずに、またぐようなジェスチャーをすると、もう一度相手はうなずく仕草をした。
多少とまどいながらも、白い毛皮の上にまたがる。すごく触り心地の良い毛皮だった。
私が乗った銀の身体は、私の体重をものともせずにぐん、と浮き上がった。とたん、自分の身体が後方へ置き去りにされそうなほどの風を浴びる事になった。それもその時一瞬だけで、次第に身体をさする夜風は心地の良い感触へと変わっていく。
「帰りたい」とは言ったものの、心はまだ揺れていた。
家に帰っても、父と母が出迎えてくれるわけではない。何でも、一人でしていかなければならないのだから。とはいえ、家以外に帰るところなど無い。
心を揺らし、家に帰りたくないと言っているのは、その耐え難い事実から来る、空ろな寂しさだった。
身体の下で白銀の身体が躍動する、温かい感触が伝わってくる。目の前に迫る樹木の横をすり抜けたところで、心が決まった。
一人でも生きよう。
いつからだろうか、気が付くと私は笑っていた。楽しい、気持ちいい。何かを吹っ切った心が、風に揺すられている。
地面から突き出た岩を飛び越えた。
そう、私は村に帰る……。
月夜の山道を、少女を乗せた銀の疾風が駆け抜けた。
徐々にスピードを緩める銀色。気が付けば、そこは見慣れた、村へ繋がる道だった。背中からストンと降りる。強い決心は、すでに立派に固まったものになっていた。地に足が着いても、もう少しも揺らぎはしない。
ただ、目の前の銀色の相手と別れるのが名残惜しかった。
「ね、また会えるかな? 今度は一緒に遊ぼうね、私頑張るから!」
村の坂道を下っていく少女の後ろ姿を、赤い瞳がまるで励ますように見送っていた。
それは、自分が撃ち殺されるかもしれない危険を冒しても、少女を救ったことを後悔してはいない表情だった。
そして、月が沈む少し前に、彼女は捜索をしていた村の人々に迎えられたのだった。
【次回予告】
新たに村で暮らす事を決意したナツキ。彼女の新たな日常、そして、初めて知った事実とは……
――――――
ずいぶんと凍結状態でしたが、テスト終了と言う事でついに! 更新再開です。 といっても第一話w
そして主人公の名前が出てきてないってどういうことなの…
【好きにしていいのよ】