「ようやく人数が集まってきたな」
9月4日、金曜日。世間的には週末だが、俺達に週末なんて無い。今日の放課後も、イスムカ達と部室に詰めているというわけだ。しかし、さすがに立派な部室だな。物置小屋2つ分くらいの広さはもちろんのこと、大量のボールにパソコン、果ては回復用の機材まで、かつての強豪ぶりが垣間見れる。
「そ、そうですか? 3人は少ないと思いますよ」
「……私はこのくらいが丁度良いですが、皆様が望むのでしたら構いません」
「おお。さすがラディヤちゃん、大人でマス。イスムカも見習うでマス!」
「う、なんで僕が怒られるんだ……」
……この3人には緊張感と言うものはあるのか? こんな奴らが2年後までに立て直しの礎を築けるのか、今更ながら不安になってきた。今に始まったことではないだろうがな。
「ま、細かい話は言いっこ無しだ。それより、今日は重要な知らせが入ってきた。こいつを見てくれ」
気を取り直し、俺はとある紙を1枚ずつ配った。3人は軽く目を通すと、ぽつりぽつりと声を上げてきた。
「これ、秋季大会の案内ですね。僕達出られるのですか?」
「ああ。しかし、それが変なんだ」
「と、言いますと?」
「俺達は部員の殆どを逮捕されたんだぞ? しかも、今では風当たりの強いポケモン虐待でだ。にもかかわらず参加できるなんて、罠としか思えないじゃねえか」
「言われてみればその通りでマス。これは何者かの陰謀でマス!」
ターリブンは顔を真っ赤にさせながら叫んだ。俺は彼をなだめながら、説明を続ける。
「まあ待て。これは俺達から見てもチャンスだ。この大会……参加する価値があるぜ」
「それじゃあ、何か秘策でもあるんですか?」
イスムカのこの問いに、俺は胸を張って言い切った。
「任せな、ちゃんと用意してある。残すはお前さん達の同意のみだが、どうする?」
まあ、嘘だがな。大見得切らねえと乗らないからな、最近の若者は。
「そうですね、策があるなら大丈夫でしょう。僕は参加しますよ」
「オイラも出るでマス。ラディヤちゃんに良いところを披露するでマス」
「……皆様が参加するそうですから、私も参加させていただきます」
イスムカにターリブン、そしてラディヤは首を縦に振った。なんだ、思ったより素直じゃねえか。
「決まりだな。では早速だがこれを熟読しとけ」
3人の意志を聞いた俺は、3冊の本をそれぞれに手渡した。各々何気無しにページをめくる。
「これは、ルールブックですか?」
「ああ。普通のルールとは少し勝手が違うみたいでな。環境を知るのは勝つための1歩というわけだ」
「なるほど。どれどれ……シングルバトル『マルチ』?」
首をかしげるイスムカに対し、ターリブンが解説を入れる。息が合ってるな。
「マルチと言えば、ダブルバトルでのスタイルでマス。トレーナーは2人1組になり、それぞれ1匹ずつ繰り出すのでマス。けど、シングルのマルチなんて聞いたことないでマスよ」
「……実は俺も、これを読んで初めて知った。結構ややこしいだろ?」
ポケモンバトルってのは、もっとシンプルであるべきなんだがな。どうせ、お寒い協調性教育の一環なんだろう。勝負の世界に下らねえ考えを持ち込みやがって。勝負の結果生まれるものは否定しないが、最初からそういうものがあったら生まれる余地がねえじゃないか。
ま、ここで何を言っても仕方ない。もう少しこいつらの反応を見てみるか。
「えーと、どうやら3人1組のシングルバトルみたいですね。3人で合わせて6匹使うようで、1人最低1匹持たないと駄目だそうです。もし、誰かが1匹も使わなかったら反則負けか……案外厳しいですね」
「同じトレーナーのポケモンの交代は自由でマスが、別のトレーナーのポケモンに交代できるのは3回までとなっているでマスね」
「まあ、そういうことだ。ともかく、俺達の戦いはここから始まる。当日までにルールの把握、鍛練をやっとけよ」
俺は3人に漠然な指示を出した。3人はそれに対し、元気に返事をするのであった。
「はーい、わかりました」
「了解でマス」
「承知致しました。皆様、頑張りましょうね」
……さてさて、どうなるか楽しみだぜ。
・次回予告
さあ、いよいよ秋季大会が始まるぞ。あいつらの力がどれ程通用するのか見物だが……果たしてどうなることやら。次回、第11話「地方大会1回戦」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.76
ダブルバトルではマルチという形式がありますが、シングルやトリプルにはマルチってないんですよね。ローテーションは言うに及ばす。ポケモンスタジアム金銀にはシングルのマルチがあったのですが、スタッフ忘れちゃったのかしら。ルールは2人1組で、1人3匹を使います。で、2人のうちどちらかのポケモンが全てやられたら負け。交代にも色々制約があった気がしますが、覚えていないのでこの辺にしときます。
あつあ通信vol.76、編者あつあつおでん