9月14日の月曜日、放課後。強い日差しの中、俺と部員達はバトル用コートに集っていた。周りでは他の部が練習をしている。野球部は泥まみれになりながら白球を追い、バスケ部はひたすら走る。で、俺達は……。
「さて、今日から本格的な鍛練を始める。ごたごたのせいで始動が遅れたが、気にせずいくぞ」
「……それは良いんですけど、先生」
「どうして私達はジャージに着替える必要があるのでしょうか?」
「そうでマス。オイラ達はポケモンバトル部、鍛えるべきはポケモンでマスよ!」
イスムカ、ラディヤ、ターリブンは口々に疑問や不満をぶつけてきた。それぞれ学校のジャージを着ている。ちなみに、俺は着流しの袖をたすきでまくっている。やれやれ、最近の子供はわがままなこった。
「ま、そう言うな。ポケモンバトルはポケモンだけが戦うもんじゃねえ、トレーナーも大事な戦力だ。と言う訳で、今から体力テストを実施する。まずは準備運動だ」
俺はラジカセを取り出すと、あるテープを再生した。すると、大音量でラジオ体操のあの曲が流れだす。他の部の奴らが一斉にこちらを向く。だがそんなことは気にも留めず、俺は曲に合わせ体を動かし、声を出した。
「1、2、3、4、5、6、7、8。2、2、3、4、5、6、7、8。おい、お前達も声を出せ!」
「い、1、2、3、4、5、6、7、8!」
3人共、渋々ながら動きだす。周りの視線が気になるのか、目が泳いでやがる。これは早く慣れてもらわないとな。
しばらくして、ラジオ体操第2が終了した。ふう、久々にやったから体が少々痛いぜ。コガネから流れ着いたと言っても、日課をさぼるのは良くないな。
「よし、準備運動は終わりだ。呼吸を整えるついでに柔軟もやっとけ」
俺は地べたに座り、足を広げながら伸ばし、胴を前に倒した。ああ、こっちもあまり曲がらなくなってるな。以前は顎まで地面に届いたが、今では肘より先の腕が接する程度。もっとも、俺が最も驚いたのは別のことなんだがな。
「むぐぐ、硬いでマス硬いでマス!」
……ターリブン、胴と地面の角度が45度もあるじゃねえか。せっかくだから背中を押しておいた。断末魔に近い叫びが聞こえたが、気のせいだろう。
準備運動、柔軟は済んだ。これでようやく本題に入れるぜ。
「では、いよいよテスト開始だ。まずは小手調べに腕立て伏せをやるぞ。回数に制限は無い、できる限り続けろ」
俺が指示を下すと、3人は少し距離を取って腕立て伏せを始めた。皆、ペースは同じくらいか。……しかし、見ているとやりたくなるもんだな。俺も例外ではない。
「俺もやってみるか。ここしばらく鍛えてないからかなり衰えているだろうがな」
俺はカウンターを地面に置き、腕の伸縮を繰り返した。みるみるうちにカウンターの回数が増えていく。一方、3人は徐々にペースダウンしていった。
「むぐぐ……もう無理だっ」
まずはイスムカが脱落。地に伏せた。
「お、オイラも限界でマス……」
次にターリブンがギブアップ。まあまあだが、俺を超えるのは無理そうだ。俺は既に30回こなし、まだまだ余裕が残るからな。
「ま、まだまだできますわ!」
意外にも、ラディヤが辛抱強く数をこなしている。腕が震えているのが俺でも分かる。しかし、ただただ意志の力が彼女を動かしているようだ。これは良いもの見させてもらったぜ。
数分後。俺は後半ばてて、思った程結果が伸びずに終わった。ラディヤも最後は力尽きた。それから休憩を挟み、俺は結果を発表した。
「……全員終わったな。ただ今の結果、イスムカ15回、ターリブン23回、ラディヤ37回、俺58回だ。ふっ、まだまだ……と言いたいところだが、ラディヤだけは非常に優れた結果を残した」
「お褒めに預かり光栄です」
ラディヤは努めて冷静に受け答えた。だが俺は、頬が緩むのを見逃しはしなかった。……どこか、昔の俺と似てる気がするな。負けず嫌いで、顔に出さないところが。
「それに引き換え、男共はひでえな。そんなんじゃ、とても腕利きにはなれっこねえよ」
「は、はあ……。けど、やっぱりトレーナーの体力とポケモンバトルって関係無いと思いますが?」
イスムカが不服を述べた。理由を説明しないから当然だが、まだまだ納得してないようだ。
「まあ、確かにそうだ。ポケモンに頼る戦いをしている奴は大概そう考える。だがな、戦っているのはポケモンだけじゃねえ。俺達トレーナーも戦場で仕事してんだよ」
「戦場で仕事でマスか? オイラ達、指示してるだけじゃないでマスか」
「おいおい、冗談はよせ。勝負は何もスタジアムだけで行われるわけじゃない。ポケモンへの指示なんざ、そのごく一部に過ぎないのさ。それよりも、訓練の相手、教える技のチョイス、食事の管理、士気の鼓舞、ボールの投てき、相手の分析等々、やるべきことはいくらでもあるんだ。今、体を鍛えるのは、お前さん達がポケモンの訓練に付き合えるだけの体力をつけるためのものなんだよ」
俺は端的に説明した。この話を聞いた奴は例外無く困惑の表情を浮かべ、俺に尋ねてくる。こいつらも同じ。俺はただ、いつものように真意を理解させるだけだ。
「な、なんだってー! ……でも、人がポケモンの練習相手になるって、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ、問題無い。むしろ、やらないと困るぞ。ポケモンの数には限りがある、それゆえどこかで人が代わりに相手をしなければならない。ちなみに、技の手本から実際の殴り合いまで、その方法は多岐に渡る。ポケモンの動きをより深く理解するためにも、こうしたことは重要なのだ」
「な、なるほど。明らかに滅茶苦茶な話だけど……わ、分からなくもないですね」
イスムカは釈然としない感じで俺を見た。俺はサングラス越しに彼を見つめる。すると恐れをなしたのか、抵抗を止めた。やっと言うことを聞くようになったか。今のやり方でできないなら、他のやり方に耳を傾けるのが手っ取り早い。あんた達には悪いが、少々強引にやらせてもらうぜ。
「そうだ、人間素直が1番だぜ。さ、そろそろ次の種目に取りかかるぞ」
こうして、体力測定が続くのであった。
・次回予告
今日は仕事が早く終わった。部活もやっちまったし、かなり時間があるな。よし、せっかくだから前の顧問の見舞いでも行ってみるか。次回、第14話「見舞い」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.79
現在私は教育学というものを勉強しているのですが、先生が言うには「教師が身につけさせたいもの、授業計画、実際の授業、生徒の習熟度、の4つの項目があり、それらは大抵一致しない。また、それらをより近付ける方法、身につけさせたいものを研究するのが教育学」だそうです。このような見方をすると、学校のテストは授業と習熟度の関連を調べる古典的な方法とも言えますね。……だったら、平均点がある点になるくらいのテストを作るのは根本的に違う気もしますけど。
あつあ通信vol.79、編者あつあつおでん