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  [No.2250] マサラタウンまで何マイル? 投稿者:タカマサ   《URL》   投稿日:2012/02/20(Mon) 01:24:51   173clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 つまるところ、俺たちは“選ばれし者”らしい。
 あのミュウがそう言ったのだから間違いない。

 初夏のある日のことだ。”樹海”とも言えるほどのうっそうと茂る森の中に俺たちはいた。
 額を流れる汗をぬぐって、木々の向こうの空を見上げる。梅雨の真っ只中にのぞいた晴れ間の空は雲量も多く、くすんだ水色をしていて――アイツが俺たちを置いて旅立っていったあの日の、鮮やかな瑠璃色の空と比べると、無残なほどに無感動だった。
「こらっ、遅いぞ。リョースケ! 何度も言うが、今、世界は危機に瀕していて、それを救えるのはボクたちだけなんだ。その使命感が君には無いのか?」
 怒号を飛ばしてきたのは、前方十メートルほど先を歩いているアオイだ。 
「わかってるよ! すぐ追いつくから、待ってろ」
 悲鳴を上げ始めた身体にムチ打って歩調を速める。この森に入ってからもう数時間。起伏を乗り越え、茂みをかき分け、道なき道をずっと歩いてきた。いい加減もうクタクタだ。
 じれったそうに俺を睨んでいたアオイのもとにようやく辿りつくと、彼女の表情はクルッと変わって、ハンティング帽のツバの下からニッと屈託の無い笑顔を俺に向けた。
「ミュウ……」
 子猫の声をデジタル処理したみたいな、独特の響きの声で鳴いて、ミュウが俺たち二人の間をふっと風のように通り抜ける。
 クスクスと笑って俺たちの回りをクルクルと飛び回るミュウ。木々の隙間から漏れる初夏の日差しの中、踊るように宙を泳ぎまわるミュウは、なんだかまるで空中に投影されたホログラム映像のようにも見え、奇妙に現実感を欠いていた。
「そっちでいいの?」
「ミュウ!」
 ミュウはアオイの問いに無邪気な笑顔で頷いて、森の奥深くへ風のように飛び去っていった。
 ミュウが飛び去っていった方向こそが、俺たちが進むべき道を示している。
「行こう、リョースケ!」
 アオイが俺の手をとる。彼女は心からこの状況にワクワクしているらしく、まるで元気いっぱいの少年のようだ――事実、ボーイッシュな容姿の彼女は、まだ声変わり前の、それこそちょうど冒険への旅立ちどきである十一歳の少年のようにも見える。
 こんなに楽しそうな彼女の姿を見るのは、いつ以来だろう。
「ああ……、行こう!」
 俺たちは駆け出した。
 そうだな、アオイ。俺たちはずっとこんな冒険に憧れていたんだ。ワクワクしてるのは俺だって同じさ。
――これから死ぬかもしれない、っていうのにな。

 俺たちの幼馴染にはポケモンマスターがいる。
 十一歳になろうという年、俺たちは小学五年生になり、アイツは修行のため旅に出た。
 今やこの世界で知らないものはいないその少年の名はラピス。十二で犯罪組織ロケット団を壊滅に追い込み、十三でポケモンリーグを制覇し、そして今年、十四の誕生日を迎えた直後に世界一のポケモンマスターの座に登りつめた。
 あの日の朝も、テレビはラピスの勝利を報じていた。チベットの奥地で秘伝の技を守り継いで来たという伝説的な一族の古老は、ラピス自慢のリザードンの前にあっさりとひれ伏した。もはやアイツに敵うものはいなかった。
 テレビ画面の中。ジバコイルの十万ボルトが、メタグロスのコメットパンチが、リザードンのブラストバーンが飛び交うバトルフィールドの中心にアイツはいた。走り、跳び、ひっきりなしに動き回り、指示を叫ぶその姿はまるでダンサーのようだ。三色それぞれのスポットライトが照らす光の円がフィールドを駆け巡り、それを取り巻く観客席は何万という観客に埋め尽くされ、ラピスのポケモンたちがここぞと技を決めた瞬間、津波のような歓声が、カメラのフラッシュの奔流が一斉に噴き上がる。
 一方のテレビ画面のこちら側。眠い目をこすり、ヨレヨレの制服を着て、朝食のアジの開きの骨をちまちまと取っては身をつついてる自分の姿がひどくちっぽけに思える。
 俺たちとアイツとはもはや別の世界の住人だった。

 森の奥深くへ、さらに一時間ほど歩いたところで、ようやく俺たちは一休みした。
 休憩場所に選んだのは、樹齢千年はありそうな杉の大樹の根元だ。アオイのパートナーであるフシギバナがモンスターボールから出され、その巨体をどっしりと横たえる。フシギバナの発する、人の心を安らがせるという心地よい香りが漂う中、俺は腰を下ろした。
 アオイはといえば、フシギバナの脇腹に身をうずめたかと思うと、すぐにすうすうと寝息を立て始めた。ああ見えて、彼女も結構疲れていたのかもしれない。
 ジリジリと鳴くセミの声を聞きながら、ペットボトル入りのスポーツドリンクを何口か飲んで、ふっと一息をつく。
 心地よい非日常感だった。空を流れていく雲を眺めながら、こうしている間にも、学校ではいつものように授業が行なわれているのだろうか、とぼんやりと思った。
「……ボクに、もっと才能があれば、」
アオイがフシギバナへ語りかける声が聞こえた。起きていたらしい。
「お前もラピスのリザードンみたいに、羽ばたかせてやることができたのかな」
 それだけ言って、アオイはまた目を閉じた。
 俺は自分のパートナーのカメックスが入ったモンスターボールを見つめた。
――ずっと考えていた。十一歳になろうとしていたあの年に、不安や恐れから逃げることなく、ラピスと一緒にポケモンマスターを目指す旅に出ていたら、と。今ごろ俺たちも、アイツと同じように、夢と冒険に満ちた輝かしい世界の中にいただろうか?
 それは無いだろうな、と俺は首を振る。部活のレギュラーさえ勝ち取れない程度の実力。アイツとは最初からモノが違ったのだろう。
 問題は、才能だけじゃない。
 最近は学校も忙しくなり、他の趣味も増えて、ポケモンばかりにかまけている余裕がなくなってきた。試験期間には、一週間カメックスをモンスターボールにしまいっぱなしにして一度も構ってやらなかったことさえある。
 そんなのはトレーナーとして失格だ。ポケモンは道具じゃない。トレーナーのことを“親”とも呼ぶように、トレーナーは自分のポケモンに対し、まさに我が子に対する親のような責任を負わなければならない。――わかっては、いる。
 才能なんて無くたってめげずに、可能な限りの情熱と努力を全て一つのことに捧げることができるのなら、それはそれでカッコいいだろう。だが、俺にはそれさえできない。こんなザマなら、もうトレーナーなんて、すっぱりとやめてしまった方がいいのではないか、とも思う。
「ごめんな……、不甲斐ない所有者(おや)で」
 その言葉を発したのはアオイだ。まるで俺の心を見透かされたようなタイミングにドキッとしつつ、そちらを向くと、彼女はどこか悲しそうな目をして、フシギバナの喉元を撫でていた。
「ミュウ」
 ミュウが再び姿を現す。休憩時間は終わりだ、早く行こう、と。
 俺は自分のモンスターボールを握り締めた。
――けれど、こんな俺でも、世界を救うヒーローになれるのなら……
 今度こそは、決して逃げずに全力を尽くそう、と、俺は誓った。

 いつも通りの一日は、あの日にもまた繰り返されていた。
 授業の間の休み時間、五、六人の女子がアオイの席の回りに集まって、絡んでいた。彼女らはアオイの読んでいた本――図書室の奥から引っ張り出してきたらしい、開いただけで埃の立ちそうな分厚い文学全集の一冊――を取り上げて、口々にアオイのことをからかい、罵っていた。周りの男子もそれに乗って、女子どもに合わせて大笑いしたり、アオイへの悪口を飛ばしたりしていた。
 アオイは終始無言で、表情一つ変えなかった。
 やがてそんなアオイの態度に腹を立てた女子の一人が、アオイの本を教室のゴミ箱に放り込んだ。笑い声が響く。
 その時、授業時間開始のチャイムが鳴った。女子どもがアオイの席から離れ、自分の席に戻っていく。自分の席の回りから人波が引いていくのを待って、アオイはすっくと立ち上がってゴミ箱の所まで行き、自分の本を拾い上げた。アオイは本の埃を払い、大事そうに抱えて、自分の席に戻った。
 中学に入った辺りから、アオイは急にエキセントリックな言動が目立ち始めた。自分のことを「ボク」なんて呼び始め、女の子らしい服装を嫌い、理屈っぽい話し方をするようになった。俺にはタイトルの意味すらわからない難しそうな哲学書を読み始めたかと思えば、アフリカのどこかの小国の政治情勢だとか、鉱物の組成だとか身近な小さな虫の生態だとか、そういう奇妙なものに対し唐突に興味を示し出したりした。
 アオイはまた、クラスメート同士の馴れ合い、特に自分を曲げたり抑えたりしてまで相手に合わせたりするような、そうした欺瞞的な社交関係を毛嫌いしているようだった。周囲はそんなアオイを理解しなかったし、またアオイの方も周囲の低レベルな連中を見下している節があった。
 必然的に、彼女はクラスの中で孤立していった。

 ミュウに導かれ、樹海の中をひたすら歩いていた俺たちは、やがて森の切れ目に差し掛かった。
 その先にある風景を見て、アオイが叫んだ。
「見ろ、リョースケ!」
 目を疑った。そこにあったのは、ピラミッド風の巨大建造物を中心とした、エキゾチックな遺跡群だったのだ。古代マヤ文明のものを思わせるピラミッドを中心に、神殿や祭壇らしい石造りの建物や、奇妙な様式にデフォルメされた人間やポケモンの像が森の中に開けた広場を取り囲んでいる。
 唖然とする俺をよそに、アオイは遺跡を抱え込む大きな広場の中へ向かって駆け出していく。夏の陽射しの下、瓦礫に混じってレリーフや神像らしきものが散乱する広場を、アオイはフシギバナと一緒に「すごい、すごい」と大はしゃぎしながら駆け回った。
 散乱するレリーフにはアンノーン文字が刻まれ、またそれぞれポケモンが描かれているらしかった。あれはネイティオ、あれはプテラ、あれは……ボスゴドラだろうか?
「ミュウ!」
 周囲の景色に気を取られる俺たちを咎めるように、ミュウが再び姿を現す。
 俺たちの周りをつむじ風のように飛びまわった後、ピラミッド風の建造物の方に向けて飛び去っていった。
 俺たちはまたミュウを追いかけ、その方角へ向かう。
「こんな巨大な宗教施設、いったいどんな人々が建造したんだろ?」
 アオイが漏らす。 
 宗教施設、か……。宗教といえば、アオイの奇怪な宗教観を聞いたのは、ミュウが現れる直前のことだった。

「この国の国民の大多数は無宗教だなんて言うけれど、実際にはみんな何かしらの宗教を信仰しているよね」
 あの日、帰宅途中の道で、アオイは唐突にそんな話を切り出した。
 俺の部活が終わった後、近くのコンビニで時間をつぶしながら待つアオイと落ち合い、一緒に帰るのが俺たちの習慣だ。他のクラスメートには秘密の関係である。
 友人ぶっておきながら、学校ではアオイに対するいじめを見て見ぬふりをする。そんな俺の卑劣な態度をアオイは咎めなかった。むしろ、学校では自分に構うなと、重ねて釘を刺してきていた。
 そんなアオイの言葉に寄りかかって、俺は自分の勇気の無さから目を背けていたのだ。
「まあ、そうかもな。シュンの家は神社だし、シンイチの家はカトリックだ。ウチは……浄土真宗だったかな?」
「そんな話をしてるんじゃない」
 アオイは笑った。
「ボクの定義するところによれば、自分の人生に何らかの価値を与える価値観は全て一種の『宗教』なんだ。『夢』や『信念』と呼ばれるもの……、それに各種の自己認識(アイデンティティ)。無神論者を気取っていたって、実際にはどんな人間もそうした自分自身の『宗教』に縛られている――そうでなければ、生きることも、死ぬこともできないのだから」
 くすくすと、おかしそうに笑いながらアオイは話した。俺には何が面白いのかわからない。
「純粋に論理的に考えれば、人生に何ら価値の無いことは自明だからね」
 アオイはそう言い切って自論を結んだ。
――じゃあ、君は?
 そういう君自身は、君のいう所の『宗教』を何か信仰しているのか?
 そう問おうとした時、

 俺たちの前にミュウが現れた。

 ピラミッド風の建物には、地下へと続く階段の入り口が設けられていた。その先に伸びる地下道を俺たちは進んでいった。
 通路は複雑に折れ曲がっていたが、おおむね螺旋状に地下深くへと下りて行っているようだった。
 先を行くのがドータクン、くるくるとコマのように回りながらそれについていくのがネンドール。この二匹はミュウの手下のようなものらしい。そのミュウはドータクンの頭の上にちょこんと坐っている。俺も自分のカメックスを出した。アオイのフシギバナも合わせて、二人と五匹から成るこのメンバー構成で、俺たちは時々現れるアンノーンを追い払いながら進んでいった。
 ミュウの体が蛍光灯のように光り、その周囲だけを照らしている。
 行く手の先にはただ真っ暗な闇が広がっていた。
 それでも、アオイといえば不安よりも好奇心からくる高揚感の方が勝っているらしく、意気揚々と前に進んでいく。
 それはそれでいい。俺だって少しはワクワクしている。
 だけど……
「なんだろう、この違和感……」
「ん? どうした、リョースケ?」
「……いや、なんでもない」
 そう答えておいたものの、俺は全身にまとわりつくような、なんともいいがたい違和感を拭い去れずにいた。
 俺は自分のカメックスを見た。かつて、アオイとラピスと一緒にオーキド博士から貰った長年の相棒は、俺の視線に気づくと、任せとけ、とでもいうかのように胸を張った。

 つまるところ、俺たちは“選ばれしもの”なのだと、ミュウは言った。
 あんな日常にはもう嫌気が差していた。いつもどこかへ旅立ちたいと願っていた。自分の限界なんてまるで無いかのように、パートナーのポケモンと一緒にどこまでも羽ばたいていくラピスのことが羨ましくて、また言いようの無いコンプレックスに常に蝕まれてもいた。
 旅先でのいくつもの出会い、いくつもの別れを経て、自分のポケモンとの絆を深めていく……。ラピスが旅立っていった先にあるはずの、夢と冒険の世界への憧れは募るばかりだった。
 新しい世界への扉の鍵は、ミュウによって唐突に与えられた。
 聞いて驚け。俺たちには世界を救う責務が課せられたのだ。
 ミュウが語ったところによると、かつてこの世界では『光』と『闇』の激しい闘争が行なわれていたという。百五十一億年に及んだ熾烈な争いは、二千年前にある一人の人間の戦士が『闇』側の最強の将であった冥界の王ギラティナを封じることによって一旦終結した。
 しかし、長い年月を経て封印は徐々に解けていき、今ギラティナは復活を遂げようとしている。もしそうなれば、沈黙していた『闇』の勢力は息を吹き返し、『光』との戦いが再び始まることだろう。二千年間の『光』の支配の中で安定して発展を続けてきた人類の文明の存続は危うくなるだろうし、長い平和の中で『光』の勢力が力を弱めている中、今ギラティナが復活すれば両勢力の力関係は一気に逆転しかねない。『闇』が支配する世界への転換――それは今ある世界の滅亡を意味する。
 事実、近年多発する異常気象や社会の混乱は、『闇』の勢力が息を吹き返しつつあることを示す兆候なのだそうだ。
 なんとしてでも、再び封印をかけなおし、ギラティナの復活を阻止しなければならない。そのためには俺たち二人の力が必要になるらしい。
 なぜ俺たちなのか? その理屈はいまいちよくわからなかったが、俺が理解できた限りのことをかいつまんでいえば、どうやら古代人が当時の誰かのDNAにギラティナを封印するために必要なプログラムのようなものを仕込んでおり、それが現代になって俺たち二人の中で発現したというようなことらしい。
 シャッターの閉まった印鑑屋の前、タバコの自販機の光を浴びて、ミュウはそんな突拍子もない話をテレパシーのような何かで語ったのだった。
 にわかには信じがたい話だったが、目の前にいるのは確かにあの幻のポケモンといわれるミュウである。ただ事じゃない事態が起こっていることは確かだ。
「行こう、リョースケ」俺が戸惑いを隠せないでいる横で、アオイは目を輝かせ、力強くそう言った。「世界を救うために!」
 かくして、夕暮れの通学路上にて、俺たちは冒険への出発を決意したのだった。

 地下道を歩き始めてどれほどの時間が経っただろうか。進んでいくにつれて、道はどんどん狭まっていった。
「この地下道は全体として、子宮へ至る産道をイメージして作られているんじゃないかな? 冥界の王が封印されているということは、おそらくこの遺跡群は『死者の世界』をイメージして作られたのだろうけれど……。古代人の宗教が『死』を『生前の状態への回帰』と捉えていたとしたら、『母胎への回帰』をメタファーとしてこの施設が建造されたというのもあり得る話だろう」
 横を歩くアオイがそんなことを話す。
 果たして俺たちは、程なくして、アオイの仮説が当たっているとしたら『子宮』にあたるのであろう、広々とした一室へと行き着いた。
 部屋の中央には、奇妙な風貌の巨大な石像――いや、氷像? ――が置かれていた。
「これが、ギラティナか……」
 その高さは俺たちの背丈の三倍近くはある。鎧を纏っているかのように、無機質な突起物や板状のものに覆われた六本足の竜の姿。
 何か不安をかきたてるオーラのようなものが感じられるそのギラティナ像に俺たちが圧倒されていると、ミュウがドータクンの上からふんわりと飛び上がり、ギラティナ像の側まで行く。
「ミュウ」
 ミュウはギラティナ像の手前に設けられた台のようなものを指差した。ミュウの身体が発する光に照らされ、台の上に二つの手形が描かれているのが見えた。
 俺はアオイと目を見合わせ、台の近くへ進み出ていって、その手形に自分たちの手のひらを合わせた。
 やはり、というべきか、二つの手形は俺たちの手のひらの形とぴったり一致していた。
 台が青白く光りだす。青白い光はやがてギラティナ像の全身をも覆い、水面が波打つように明滅を繰り返す。台に置いた手を通じて、自分の身体がこの遺跡と繋がり、何かエネルギーのようなものが吸い出され、あるいは送り込まれているような感覚がした。
 このまま順調に行けば、これでギラティナの再封印は完了するという。
――世界を救う冒険への出発だなんて意気込んできたけれど、これで終わってしまうとしたらずいぶんとあっけないな。
 そんな想いが頭をよぎる。
 あっさりとすむならそれに超したことはないはずだが、心のどこかに、これ以上の何かドラマティックな展開を期待する気持ちがあることは否定できなかった。
 そのせいだろうか?
 果たして、その願いは叶えられてしまった。
 突然、エネルギーが逆流してきたかのように、雷に打たれたような衝撃が俺の身体を襲った。
「ぐっ……!」
「うわっ!」
 バチン、と何かが弾けるような音と共に、俺たちの身体が台から弾き飛ばされる。
「ミュウ!」
 ミュウが叫び声を上げ、ギラティナ像を指差す。
 パリン、パリンと、ギラティナ像の表面を覆う氷のようなものに亀裂が入っていき、剥がれ落ちていく。やがて、その中から現れた不気味な風貌の竜が身を震わせ、咆哮を上げた。
「ビシャアアアァァァアアアン!」
 時は既に遅かったのだ。
 冥界の王ギラティナは復活を遂げた。

 俺たちは抵抗を試みたが、かつての『闇』の猛将は到底俺たちの敵うような相手ではなかった。カメックスもフシギバナも攻撃する暇さえなく、相手のギラティナの先制の一撃で吹っ飛ばされた。
「フシギ……っ」
 吹き飛ばされたフシギバナに気を取られアオイが背を向ける。
そのアオイに向かってギラティナが再び攻撃のモーションに入る。
「ミュウ、“トリックルーム”だ!」
 咄嗟の判断だった。すかさずミュウは“トリックルーム”を発動。その場にいる者全員の素早さが逆転し、それまで俺たちを圧倒していたギラティナの動きが極端に鈍る。その隙に俺はアオイをかばって押し倒す。
 逆にこの場で最高の素早さを得たドータクンがギラティナに対し“催眠術”を試みる。眠らない。レベル差がありすぎる。しかし、ギラティナの動きをさらに鈍らせる程度には効いている様だ。
 一方のミュウとネンドールのエスパーポケモン二体も、実態の無いゴースト属性であるギラティナの身体を全力の念力で押さえつける。
 一時的にギラティナの動きは封じられた。
 だが、この状態が持つのはせいぜい“トリックルーム”の効果が持続している間だけだろう。
――その間に俺たちは、決断しなくてはならない。
「リョースケ」壁に打ち付けられたフシギバナの様子を気遣いつつ、アオイが言う。「もう迷ってる時間はない」
「ああ……」
 俺たちは互いの手を握り、向かい合った。 
 ミュウは語った。仮に復活を遂げてしまった後でも、俺たちにはギラティナを封じるための最終手段が残されているのだと。
――自分の命を代償にすること。
 俺たち二人が命を捨てることで、ギラティナに確実に封印をかける。
 そんな方法を古代人は残していた。
「ビシャアアアアアァァァァアアアアン!」
 念力の呪縛を押し破って、咆哮と共にギラティナが口から撃ち出した“波動弾”が爆音を上げて天井をえぐる。崩落する天井――危うく巻き込まれそうに俺たちを突き飛ばし救ったのはカメックスとフシギバナだった。
 俺は身を起こし、自分のカメックスの様子を確かめた。もう力を使い果たしてしまったようで、苦しそうに身を横たえている。自分のポケモンの危機に、俺は激しく動揺した――幸いにも、反射的に、激しいショックを受けることができたのだ。駆け寄ってその身を抱き起こしてやり、その顔を覗くと、カメックスは優しい微笑を俺に返した。
――どうしてこいつは、こんな俺のことをこんなに慕ってくれるんだろう? 俺自身は自分の価値なんてまるで見出せないのに、こいつにとってはそれでも俺は価値ある人間なのか?
 ありがとう、と俺はカメックスに礼を言い、最後にその身を抱きしめてから、モンスターボールに戻した。
 リョースケ、と背後から声がかかる。俺と同じようにフシギバナをモンスターボールに戻し、意を決したような顔を向けてくる。俺たちは互いの意思を確認する。
「……決めたよ、ミュウ。頼む!」
 アオイがそう声をかけると、ミュウはギラティナへの攻撃の手を緩め、こちらを向いて頷く。
 直後、ミュウの身体がフラッシュのように光り輝く。
 グラリと地面が大きく揺れる。部屋の壁が突如としてバチバチと鳴りはじめ、何条もの稲妻が表面を走る。
 巨大な轟音。何かが崩れる音。ガラガラと音を立て、この部屋に続く道が崩壊し、埋まる――これで、どちらにせよ俺たちが戻る道は断たれた。
「グオオオオォォォォォォオオオオオン!」
 唸り声を上げ、ギラティナがへたり込む。
 青白い稲妻が網目のようにギラティナの身体を覆い、網に捕らえられた獣のようにその中でギラティナは呻き苦しむ。遺跡が持つ全てのエネルギーを、ギラティナの封印に費やしているのだ。その効果もまた一時的なものに過ぎない。
 ミュウが俺たちの側にやって来て、儀式の準備を始める。俺たちを取り囲むように、蛍光色に輝く魔方陣が床面に出現する。
 魔方陣の中で、俺はアオイの肩を抱いた。アオイの身体は少し震えていた。
「大丈夫か?」
「うん……。やっぱり、少し怖い、かな」
 儀式の方法はこうだ。
――魔方陣の中、俺たち二人が口付けを交わすこと。
 アオイの顔を見つめる。
 それは幻想的な光景の中だった。魔方陣の放つ神秘的な光の輝きは、まるでここが透明度の高い南国の海の中であるかのような光の加減を演出していた。柔らく、ゆらゆらと揺れる光に包まれたアオイの姿は、いつもの凛とした印象とは違ってずいぶんと儚げだった。
 俺は今までずっと、アオイを異性として意識することを避けてきた。自分が彼女に抱いている感情のことを「恋愛」なんて言葉に簡単にカテゴライズしてしまいたくはなかったし、何よりもアオイを自らの穢れた欲望の対象として見ることは決してすまいと心に誓っていた。けれど、今目の前にいるアオイは、男みたいな振る舞いの中に隠していた女の子らしさを無防備に露にしてしまっているようで……
 透明な二つの瞳は少し潤み、その中に不安を宿している。彼女のその顔の――唇にキスをすれば、全ては終わる。
「リョースケ」
 アオイの両腕が、俺の肩に回る。
「大好き」
 その瞬間のアオイの笑顔は、今までに一度も見たことがないほどに輝いていた。
――終わり方としては、最高なんじゃないか、という気がした。好きな女の子と一緒に、世界の危機を救って消えていく。
 だが……

 俺は考えなければならなかった。
 ずっと付きまとっていた“違和感”の正体を。

「やめよう、夏沢」

 彼女が、きょとんとした顔で俺を見る。そうだ。なぜ忘れていたんだろう――中学に上がって以来、俺は普段、彼女――夏沢葵のことを下の名前では呼んでいなかった。
 “違和感”の正体なんて、はじめから明らかだった。
 『光』と『闇』の闘争だなんて陳腐な世界観。古代人がDNAにどうこうしたとかいう無理のある設定。
 こんな荒唐無稽でご都合主義な物語が、現実であるはずがないのだ。
「こんな無茶苦茶な話、君だって本気で信じているわけじゃないだろ?」
「何を、いってるんだ……?」
「いい加減、目を覚まそう、夏沢。ただの中学生が二人死んだごときで、世界は救われも滅びもしない。それが現実だ」
 耳をふさごうとするかのように上がる夏沢の腕を、俺は掴み止めた。

「思い出せ、夏沢――この世界に、ポケモンなんていないんだ」

 空気が、シンと静まったように感じられた。
「ハハ……、何をいってるんだ、リョースケ」
 俺の手を振り払って離れていった夏沢は、信じられないといった表情をしていた。
「ポケモンがいないだなんて、正気でいってるのか? ボクたちの目の前にいる彼らが、君には見えていないとでも?」
「これは夢だ――夢なんだよ、夏沢。ポケモンがいるのはゲームの中の世界だけだ。任天堂が出したゲームソフトの――」
「うるさいッ!」
 俺の声をさえぎって、夏沢は叫ぶ。
 うつむいて、身体を震わせ、ほとんど泣き叫ぶかのように、彼女は続けた。
「ボクは……信じないぞッ! この世界には……いるんだ! たくさんのポケモンたちが――ボクらに夢と冒険をくれる、素敵な生き物たちが……ッ!」
「お、おい……」
「来るなッ!」
 俺が伸ばした手を叩き落し、夏沢は面を上げて俺を睨みつける。俺は慄然とした。怒りか、悲しみか、絶望か――烈しい感情に彼女の顔は歪み、その目に宿る光は炎のように熱くも、氷のように冷たくも見えた。
 凍り付く俺に夏沢は背を向け、走り去っていく。俺は夏沢を追おうとした。だが、そこに突然ミュウが割り込む。目の前でミュウの身体がみるみるうちに変化していく。巨大化し、手足が骨ばっていき、筋肉が隆起し――ミュウツーの姿へと変身を遂げる。
 ミュウツーの鋭い眼光が俺を射抜く。刹那、俺の身体は後ろに吹き飛ばされ、石壁に激突。全身を激痛を襲う。
「あが……ッ!」
 凄まじい力で壁に押さえつけられ、声を出すこともできない。特攻種族値百五十四タイプ一致のサイコキネシス――それは夏沢が俺を拒絶する意志のメタファーだ。

――俺たちはいつから夢を見ていたのだろう?
 俺は徐々に思い出してきていた。
 家に帰らず、二人で夜明けを待ち、“樹海”の最寄り駅までの切符を買って、始発の電車に乗り込んだ。電車の中。いつもの無駄話。旅の目的は、お互いに一度も口に出さなかったけれど、はっきりと認識していた――彼女はそこで自殺するつもりで、俺はついていくつもりだった。
 ミュウなんてどこにもいなかった。
 宗教の持つ大きな意義は、『生』に価値を与え、『死』への恐怖を和らげることだ。急ごしらえで不出来な『宗教』――それでも彼女は信じる必要があった。大好きなポケットモンスターの世界の中で、最も幸福な形で自らの人生にピリオドを打つために……。

 彼女は、ずっと戦い続けてきたんだ。人生に意味があるなんて本当は信じちゃいないのに、それでも何かになろうとする、何かを変えようとする戦いを決して止めなかった――戦う前から諦めて、ずっと逃げ続けてきた俺と違って。
 そんな彼女がここまで追い詰められてしまう前に、なぜ俺は助けの手を差し伸べてやれなかった? できたはずなのに、彼女の苦しみに気づいていたはずなのに、そこからさえ逃げ続けてきた。
 サイコキネシスの重圧は彼女の拒絶じゃない。俺自身の自責の念だ。
 だけど、だけど俺は……
「君に……っ……生きていて欲しいんだっ! 葵!」
 声を絞り出した。
 その瞬間――光景が、フリーズした。
 ビーッという不快な電子音と共に、白黒の画像の乱れが眼前を覆う。鳴り響く雑音、押し寄せる嘔吐感。ミュウツーの圧力が消え去った代わりに、五感すべてが混沌の渦に呑み込まれる。
 強烈な眩暈。ぐるぐると世界が振り回されるような感覚。俺がようやくそこから立ち直ろうとした時、目の前の光景に変化が起こる。音と映像のノイズの中から、馴染みのあるあの穏やかなBGMと共に、最初に現れたのは――マサラタウン。
 光景はめまぐるしく移り変わっていく。オーキド研究所。セキエイ高原。ウバメの森。シロガネ山。地下通路――
「葵! どこにいるんだ!」
 ポケモン世界の各地を駆け巡り、俺は葵の姿を探した。

 時間だけが空しく過ぎていく中、後悔と自己嫌悪の念が胸を去来する。
 葵を見つけたところで、俺は彼女にどんな言葉をかけたらいい?
 『死ぬ勇気があるくらいならなんだってできる』? 『生きていればいいこともある』?
 そんな言葉、俺自身だって信じちゃいない。
 ずっと戦い続けてきた彼女に、ずっと逃げ続けてきた俺がいまさらどの口で「生きていて欲しい」だなんて言える? だからせめて――と、俺は決めたんじゃないか。一緒に殉教してやろうと。彼女を独りで寂しく死なせてはやるまいと。世界の誰が認めなくても、彼女にとっては意味のある死を選ばせてやろうと。なぜ土壇場で壊した? 結局のところ、自分の命が惜しくなったというだけなんじゃないのか?
 違う。それは――違う!
 俺は、それでも俺は……
――俺は?

 プチッ、と電源が切れるように、周囲が真っ暗な闇と化す。
 暗闇の中、俺はやっと葵の姿を見つけた。
 闇の果てで、彼女は独りうずくまっていた。すぐ近くにいるのに、歩いても歩いても手が届かない、そんな場所に。
――さあ、帰ろう。葵。ゲームの時間は終わりだ。
 ……泣くなよ? 仕方ないだろ?
 いや……

――泣いているのは、俺か……


 ………………。
 ……………。
 …………。
 ………。
 ……。
 …。


 俺たちは夢から覚めた。

 生々しい現実の感触が、急に襲い掛かってきた。
 全身の痛みに疲労、空腹。肌を打ち、滴り落ちていく雨水の冷たさ。

 誰かの声が聞こえる……。

 行方不明になってから三日目。俺たちは衰弱しきった状態で、捜索隊に救出された。

 森の中で一冊のノートを失くした。
 物語が綴られたノートだ。

 ラピス・ラズリという名の、ポケモントレーナーの少年を主人公とした物語。
 十一歳になろうとしていたあの年から、俺と葵はずっとその物語を二人で作り続けてきた。ラピスは超強くてカッコよく、冷酷さと心優しさの両面を合わせ持った少年だ。彼はポケモンマスターを目指す旅をしながら、様々な事件を解決し、人々を救っていった。ある時は犯罪組織の陰謀を阻止し、ある時は悪徳政治家の不正を暴き、またある時には市井の人々のささいな争い事を仲裁した。
 彼は俺たちにとって、社会や周囲の大人たち、クラスでの人間関係など、様々な人や物事に対する不満の代弁者だった。

 救出された後の俺たちは、すぐさま病院に運ばれた、らしい――その辺りのことを、意識が混濁していた俺はよく覚えていない。
 ただ一つ覚えているのは、俺を搬送した救急隊員に、葵の義父を彼女への面会に来させるなと必死に訴えたことだけだ。

「家に帰りたくない」
 あの日、学校からの帰り道、葵は俺の制服の裾を掴み、そう訴えた。その声は震えていた。
 今夜葵の母親は用事で出かけていて、葵とその義父だけが家に二人きりになるのだという。
 片親だった葵の母親は、去年再婚した。葵が新しく義父となった男のことをひどく恐れているらしいことは知っていた。

 葵は詳しいことを話さなかった。俺も聞かなかった。
 だけど、俺は彼女の悲鳴を聞いていたはずだった。
 ある日、葵の綴った物語の中で、ラピスのリザードンはローティーンの少女をレイプしたロリコン男を焼き殺していた。

 一緒に逃げてほしい、と葵は頼んだ。どこへ、と俺は尋ね返さなかった。おおよそのことは感じ取れたからだ。
 一旦帰宅した俺は、例のノートを持ち出し、親の金をくすねて、家を抜け出した。葵と落ち合い、一緒に夜明けを待って“樹海”行きの切符を買った。

――現実は、辛いね。
 いつだって無慈悲で、理不尽で、矛盾だらけで、キレイ事だけじゃ生きていけなくて。

 だからこそ、俺たちはポケットモンスターの世界に憧れるのだろう。
 生々しい暴力やセックスに汚されていないネバーランドに。
 一人では何の力もない十一歳の少年でも、ポケモンという素敵な仲間さえいれば、どこまでも自由に旅していくことができる世界に――こどもでも、世界の闇を打ち破る術を持つことができる世界に……。
――どこかの評論家なら、こんな俺たちの姿を見て、『最近の子供はゲームと現実の区別もつかなくなって……』などと一論をぶつのかもしれない。ああ、言いたければ言うがいいさ。だけどな――そんなことを偉そうに言う奴らの、誰が葵を助けてやれた? 誰が葵に手を差し伸べてやれた?
 例え親に、教師に、級友に、自分自身に裏切られたとしても――虚構(フィクション)だけは、いつも俺たちの味方だったんだ。

 それから一週間が過ぎて、ようやく俺は葵と面会する機会を得た。
 初夏の陽射しが窓から差し込む、病室のベッドに、葵は力なく横たわっていた。
 葵の身体はやせ細り、頬はこけていた。腕から伸びる点滴の管が痛々しい。仰向けのままじっと動かずに、天井を向くその目は何物も捉えていない様だった。すぐ近くに行くまで、俺のことに気づきもしないようだった。
「笹本か」
 虚ろな目でやっとこちらを向いた葵が、俺を苗字で呼ぶ。
 俺は最初、努めて明るく振舞いながら、持参した見舞い品を差し出した。樹海で失くしたノートの代わりの、新しいまっさらなノート――けれど葵はついと目をそらして、見向きもしなかった。
 そして俺は、葵にかける言葉を失った。何も言えぬまま、葵の傍で、ただ時間だけが過ぎていくのを待つ他なかった。
 病室に射し込む陽射しが暗くなる。雲の影が通り過ぎたのだ。
 開いた窓から、涼しい風が流れ込み、風鈴をチリンと鳴らす。
 
 ジリジリと大声で鳴いていたセミの声が、唐突に途絶えた。

「……カッコ悪いね、私たち」
 突然、葵がそんなことを呟いた。
 くすくすと、自嘲気味に笑い出す葵の姿が、ただひたすら哀しい――頼むから、そんな何もかもを諦めたように笑わないでくれよ。
「……葵」
 俺は葵の身体を抱き締めた。
 葵はビクリと身体を震わせ、それから身をもがき始めた。
「……離せよ、笹本――離せ……っ!」
 抵抗する葵を、しかし俺は離さなかった。
 いつの間にか、俺の目からは涙が溢れ出していた。両目からこぼれ落ちていく涙が、葵の肩に落ちる。

――脳裏に蘇るのは、あの日の鮮やかな瑠璃色の空。
 実際には見たはずのない、けれど記憶の中ではこれまでに見たどんな青空よりも鮮やかなそれは、葵の綴った物語の中に存在した空。小学五年生の葵が綴った、ラピス・ラズリの物語のプロローグ。
『そうか。今日からは俺が、お前の“親”なんだな』
 瑠璃色の空の下、ラピスがその言葉とともに、滅多に見せることの無い笑顔を自らのパートナーと認めたヒトカゲに向けたとき、彼の旅は始まった。親の愛情に恵まれずに育ち、他人に心を許すことの出来ない少年に育った彼は、一匹の純真無垢なヒトカゲとの出会いによって変わっていく。
 それは、葵が既に乗り越えてきた思考――今となっては、既に彼女の中で否定し去られた思想の痕跡。
 けれど、語り得る全ての言葉が空虚なものになろうとも、その物語に感動した俺の存在は――物語の向こうにいた彼女に魅了され続けてきた俺の気持ちは、嘘じゃないんだ。
 俺は――そう俺は……
――“君”という物語を、これからも読み続けていきたいんだ。
 俺は、もう逃げやしない。これからは、君と一緒に戦っていくんだ。俺はもう二度と君のことを裏切らない。カッコ悪くたって、他の誰に笑われたって構うものか。

「……亮助……ぇ…………」
 嗚咽を上げて泣き始めた葵を、俺は強く抱き締めた。
 真っ暗な森の中を彷徨い歩く中見つけた灯火(ランプ)のような、この温もりを――もう二度と、手離すもんか!



――まっさらなノートから、また新たな物語を始めよう。
 ポケモンマスターを目指す少年にだって負けやしない。
 俺たちは、俺たちの旅路を続けていこう。


 大丈夫。
 俺たちには強いポケモンも、
 ポケモンずかんをくれるオーキドはかせもいないけれど……






――いつもいつでも本気で生きている、
  “仲間”だけは、いる。


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