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あなた、好きなポケモンっている?
私はそうね、やっぱりパートナーでもあるし、プリンかな? まあるくてふんわりして、抱きしめるとふかふかなの。
もしたくさんのプリンに囲まれたりしたら、ふわふわ柔らかできっとすごく気持ちいい! 想像するだけで幸せ!
彼が好きなのはゴーストポケモン。その中でも、特にデスマスが好きだった。
最初はちょっと不気味だな、って思ってたけど、見てみると案外かわいい顔してて、ゴーストタイプも思ったほど怖くないんだな、と思った。
「当時の人たちは、死後の復活の準備としてミイラを作っていたんだ」
彼はよくそんな話をした。彼は古代文明とかそんな感じのものが好きだった。
私たちが出会ったのも、たまたま行った博物館でやっていた、古代文明展みたいな会場だった。
「えー、でも、生き返ったとしても、あんなかっさかさの身体じゃ嫌じゃないかな?」
「あはは。こっちの世界で、ってわけじゃないんだよ。ここで言う「復活」っていうのは、「死後の世界の楽園に復活する」っていう意味なんだ」
「死後の世界に復活???」
「その文明に出てくるとある神様は、先代の太陽神から地上の統治を任されたんだけど、その弟が権力を手に入れるために、兄であり新しい王であるその神様を殺してばらばらにしてしまうんだ」
「ふんふん」
「神様の妻はその死体を集めて復活の儀式を行った。神様は生き返ったけれども、集めたパーツが足りなくて、また死んでしまう。そしてその神様は、死後の世界を統治するようになった」
「ほうほう」
「この宗教の基本となる考え方は、死と再生だ。例えば、この宗教は基本的には太陽信仰なんだけど。太陽は日の出とともに産まれて人々の住む地上の世界を船に乗って旅し、日の入りと共に死んで死後の世界である地下を船に乗って旅し、翌朝また産まれる、というサイクルをたどっていると考えていたんだ。死と再生を永遠に繰り返すわけだね」
「はー」
「人間は死んだら審判にかけられる。生前に正しい行いをした人は神様と融合して、死後の世界にある永遠の楽園で、第二の人生を歩めるんだ」
それはいいんだけど、と私は彼の周りをふよふよと飛び回るデスマスを目で追った。
「それとミイラとどういう関係があるの?」
「死後の楽園に行ったあとも、魂はこちらの世界へ定期的に戻ってこなければならない。そのために、肉体が残っていなければならないんだ。肉体が失われると、魂はあの世から戻ってこられなくなる」
「お盆に迎え火たくようなもの?」
「……う、うーん、どうなんだろ……似たようなものなのかな……? うん、まあ、そういう感覚でいいんじゃないかな? 多分」
どうかな? と彼は傍らのデスマスに尋ねた。さあ? と言うようにデスマスは首をひねった。
彼の家には、何十匹ものデスマスがいた。
みんな金色の仮面を持っているんだけど、よくよく見てみると、その子たちはそれぞれ顔が違った。
「個性があって面白いだろ」
彼は言った。
大人。子供。男。女。黄金の仮面には、色々な顔が映って見えた。
「最近は没個性な顔の子が多いけど、やっぱりこういう子たちの方が僕は好きだな」
磨き布で仮面を拭いてあげながら、彼はそう言って笑った。
彼の家は大きなお屋敷だった。
地下室は危ないから入ってはいけないよと言われていたけど、そもそも広すぎて地下室の階段がどこにあるのかもわからなかった。
その日。
彼の家に行ったけど、彼はいなくて、デスマスもいなかった。
屋敷をうろついていると、床のタイルが不自然にずれているところがあった。
外してみると、地下へと続く階段が現れた。
私は鼻をつまんだ。何とも言えない異臭。
地下はひんやりとしていて、空気がとても乾燥していた。
顔がパリパリになりそう、と思いながら奥に進むと、少し広い部屋に出た。
床に散らばった白い粉と乾燥した草。
壁に飛び散る赤茶色の染み。
麻布にくるまれた「何か」の山。
何、これ。
胃の辺りからすっぱいものがこみ上げてきて、私は慌てて口を押さえた。
「――その昔、ミイラは薬として使われていたんだ」
背中の方から声がした。
私はびっくりしてとびのいた。
数え切れない金色の仮面と、手にナイフを持った男の人が立っていた。
「埋葬されているミイラの周りには、死後の世界で生活するための副葬品が山ほどあってね。それを狙って、ほとんど全ての墓に墓荒らしが入ったんだ」
「ミイラ本体もほとんどが持ち去られ、粉々にされて、薬としてかなりの数が消費されてしまった」
「それじゃあ、死者の魂はどうなるんだろう」
「この世に戻ってくるためには、身体が残っていなければならない。でも、その身体は失われてしまった」
「戻ってきた魂が、行き場を失ってしまったんだ」
「デスマスというポケモンが発見されたのは、その頃のことなんだ」
「知ってる? デスマスが持ってる仮面はね、生前の自分の顔なんだ」
「だけどデスマスもポケモンだからね。デスマス同士の間で卵が出来て、そこから増えることの方が今は圧倒的に多いんだよ」
「そういう子たちは、何とも言えない無個性な顔をしてるんだ。「生前」がないから当然だね」
「でも、やっぱりさ。個性がある顔の方が楽しいだろ?」
「だけどなかなかいないんだよ。ミイラなんてもう作ってないから、当然かもね」
「だから、考えたんだ」
「いないなら、自分で作ってしまえばいいや、って」
「何、怖いことなんか何もないよ。むしろラッキーだと思えばいい」
「だって君は、これから永遠の楽園に行くんだから」
「こっちに戻ってきたらもう身体はないと思うけど、心配しなくてもいいよ」
「ボールに入れちゃえば、衣食住、何の問題もなくなるんだから」
「大丈夫。僕がずっと、大事に育ててあげるからね」
白い刃がきらりと光る。
私は慌てて逃げる。私が立っていた場所に、ナイフが振り下ろされる。
パニックになりながら、私は腰からボールを取った。
「プリンちゃんっ!」
ぽん、とボールが割れて、ピンク色の風船が飛び出す。プリンは大きく息を吸い込んだ。
私は両耳をしっかりと塞いだ。
「『ハイパーボイス』っ!!」
耳を塞いでいても鼓膜が破れそうになる、高周波の爆音。
彼も思わず耳を塞いだ。彼の周りを漂うデスマスも一瞬たじろく。
ゴーストタイプにダメージがないことは百も承知。だけど、ほんの一瞬だけでもひるめばいい。
私はすぐに踵を返して、全速力で地上へ走った。
そして二度と、彼の屋敷には近づかなかった。
彼と出会って、何回目かの夏が過ぎた。
通りがかった博物館では、古代文明の特別展をやっているようだった。
でも私は、もう一生入ることはできないと思う。
この町では、今年に入ってもう5人、行方不明者が出たらしい。
(2012.8.6)
小学校の図書館にあった、たかしよいちの考古学漫画が読みたい今日この頃