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  [No.3019] 落人たちの刀 投稿者:MAX   投稿日:2013/08/06(Tue) 00:55:08   140clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
タグ:エアームド】 【2000字以上3000字未満】 【作品供養】 【前日談

 昔々、世には戦乱の嵐が吹き荒れていた。
 戦に臨む武士たちは各々が目的を持つ。信頼か恩赦か、何を求めてかは人それぞれだが、命を懸けていることは共通していた。
 そして戦には勝者と敗者があるもの。命を懸けている以上、目的を成し得なければ明日も知れない身となる。名誉の戦死となればそれまでだが、敗残兵や残された家族たちは落武者狩り、残党狩りにその身を狙われることとなり、人目につかない僻地へと逃げ延びていった。

 ある山奥に、敗軍の武士たちとその家族の姿があった。
 残党狩りに怯えてひたすら山奥へと足を進める落人たち。彼らはここの山間に至り、ついに里を作ろうとしていた。
「家には戻れず、身内を除けば敵ばかり。安寧を求めて山へ入り、いったい幾日歩いたことか」
「よもや追っ手もこれほどの山奥に人が住もうとは思うまい。幸いに川も近く、平坦な土地もある。いっそ、ここらを拓いてしまおうじゃないか」
 里を作るとなれば、自ら土地を拓き田畑を耕さねばならない。しかしそれには農具が足りず、鉈や鍬に代わる道具を落人たちは求めた。そのためならば身に纏っていた鎧兜はもちろんのこと、最後の誇りと帯びていた刀もまた「誇りで腹は膨れませぬ」と鎌や包丁に作り変えていった。
「武士をやめれば、刀も人斬りの包丁に成り下がりましょう」
「人を斬らぬだけまだ良いのかも知れんなぁ」
 そうして農耕に使われる刀たち。やがて削れ壊れて、捨てられることは当然である。しかし元は武士の誇りであり、命をつなぐためにと作り変えたそれをただの壊れた農具として捨てるのはあまりに忍びなかった。
「ここで、供養してあげないか」
 落人たちは小さな祠をひとつ建てた。そして直す事さえ叶わなかった金物たちを、これまでの感謝と、いつか打ち直すという供養のために収めていった。

 それから月日は流れて、落人たちに山里の百姓生活が板に付いてきた頃のこと。
 里の娘が河原へ洗い物に行った際、朱塗りの椀をひとつ川に流してしまった。拾おうと手を伸ばすも深山の川は速く深い。ついぞ叶わず娘は不手際を謝るも、里の者たちは叱りはしなかった。
「お前が溺れなくて良かったよ」
「そう、お椀のひとつぐらい、なんということもないだろう」
 そのように軽く見ていた。
 しかしなんたる偶然か、お椀は下流にある平野の人里近くまで流れていった。やがて浅瀬に流れ着いたお椀は人の目に留まり、「何故お椀が流れてきたか」と疑問を呼んだ。
「朱塗りのお椀なんて百姓が使うもんじゃあるめぇ。こりゃ武士様が流したもんじゃねぇか?」
「なんだって武士様が上流で、お椀なんか川に流すんだい。山奥に住んでるんならいざしらず」
「いや、あるんじゃねぇか。武士様が山奥に住まうようなわけっていやぁ――――」
 かくしてお椀を証拠に隠れ里は人に知られ、残党狩りが川上へ向かい里の存在を確かめる運びとなった。
 余所者が里の近くの川沿いを歩いている。その知らせに落人たちは危険を悟る。
「こんなところまで来る余所者なんて、里を探す斥候に違いない。今に討伐隊を呼び込むぞ」
「なんてことだ。もはや叛意なぞ無く、戦もまっぴらなのに」
「せめてあの祠を見せられれば、俺たちはもはや武士ではないとわかってくれるだろうに」
 せめてせめてと悔しく思えど、しかし里を捨てて逃げようと言う者は一人としていなかった。追っ手を逃れて山を歩き続ける恐怖と新たな土地に馴染むまでの苦労は皆二度と御免であり、なにより祠に納めた鎧や刀たちを見捨てる決断を誰もできなかったのだ。

 しかし残党狩りは確実に里へ迫る。山中に鎧姿の者たちが見られるようになり、落人たちもいよいよ追いつめられた。
「何かの間違いであってくれと願っていたが、もはやこれまでか」
「苦労を重ねた末であったが、しばし追っ手を忘れていられたよ」
「短い、夢でしたな」
 落人たちは覚悟を決め、そして祠の前に集まった。そこに眠るのはかつて戦を共にしながら今や変わり果てた戦友たち。祠の中に集めただけで何もしてやれず、落人たちの声に悔しさがにじむ。
「誇りとして連れ歩きながら、手前勝手な都合でその身を作り替え、そして今、不義理を犯そうとしています」
「いつか打ち直すと約束しながらそれも叶わず。置いて逝くことをお許しください」
 言って、せめてもの供養にと柏手を打つ。
 すると祠の中から鳥の声が響き渡り、屋根を突き破って鋼の羽根を持った巨鳥が飛び出してきた。
 驚きざわめく落人たちを後目に、巨鳥は山林へと飛び立つ。しゃらりと鳴る羽音は、まるで無数の刀を一度に抜き放ったかのようだった。
 ほどなくして山中から刀を打ち合う音と、悲鳴と怒号が響きわたる。
「誰かが戦っている」
「まさかあの鳥か」
 剣戟の音を辿って落人たちが山林へ入ってみれば、今まさに鋼の鳥が鎧武者の一団を相手に大立ち回りを演じているところだった。
 鋼の鋭さを持つ翼や爪、嘴が鳥の速さで飛び回り、武士たちが身にまとう鎧ごと切り捨てられていく。やがて残党狩りは一人残らず血の池に伏し、全身を赤に染めた巨鳥は山の何処へか飛び去っていった。
 後に残されたのは呆然とする落人たちばかり。赤く染まった景色を凄惨と思いつつ、その中にきらりと光る物を見つけた。抜け落ちた巨鳥の羽根。血に濡れたそれを拾い、落人はつぶやいた。
「なんて羽根だ……まるで、刀のようだ」
 その一言をきっかけに落人たちは「祠の刀が鳥に変じた」「刀が俺たちを守ってくれた」と口々に言い始める。里は守られた。その事実に落人たちは喜び、そして刀が鳥となって里を守ったと信じた。

 巨鳥が守るが故か、以降に里を脅かす者は現れず。平和な里で人々はまた百姓生活に戻った。
 里の一角には、ひと回り大きくなった祠が建てられていた。


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